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PLCの作製技術 次世代PLCでは,回路の機能性を 高め,規模を拡大するとともに,低コ スト化を図ることが求められています. そのためには,基本的な導波路の製造 技術の改善と新規技術のたゆまぬ開発 が必要です. P L C は,光ファイバの製造技術を発 展させ,平面基板上に光回路を実現 しています.材料も同じ石英ガラス (SiO2)を用い,基本となる導波路構 造やガラス形成方法も同じです. PLCの作製工程を図1に示します. まず,火炎堆積法(FHD: Flame Hydrolysis Deposition) により, SiO2ならびにG e O2(二酸化ゲルマニ ウム)ガラスの微粒子を形成してシリ コン(Si)基板上に堆積します.図1 ①の写真は高温のバーナーで,微粒子 を堆積している様子を示したものです. 次に,基板を1 , 000度以上に加熱し て,透明なガラスとして,コア層およ びアンダークラッド(c l a d )層を形成 します.次に,導波路コア部分を残し て加工を行い,再び火炎堆積法により オーバークラッドガラスを形成して,導 波路が形成されます.図1④の写真の ようにクラッドガラスの中に矩形のコ アが埋め込まれた導波路が形成されて います. PLCは安価なSi基板を用いており, 大量・安価に光回路の生産が可能で 光ネットワークを支えるPLCデバイス技術 NTT技術ジャーナル 28 次世代PLCを支える導波路作製技術 図1 PLCの作製工程� Si基板� ②透明ガラス化� SiO 2 -GeO 2 微粒子� SiO 2 微粒子� 導波路コア� オーバークラッド層� アンダー� クラッド層� コア層� バーナー� コア� クラッド� Si基板� ④火炎堆積法と透明ガラス化� ①火炎堆積法(FHD)� ③導波路加工� 高性能な次世代PLC(Planar Lightwave Circuit:プレーナ光波回路)の実現 には,新たな製造技術の開発が不可欠です.PLC作製技術を説明するととも に最新の導波路作製技術のトピックとして,大規模回路の作製に不可欠な超 低損失導波路作製技術,超小型デバイス作製を可能にする導波路作製技術, 自由に導波路を作製でき,高密度集積の可能性を拓くレーザ描画導波路作製 技術を紹介します. こうとく まさき こみなと としみ 神徳 正樹 /小湊 俊海 ゆうすけ しばた ともひろ 那須 悠介 /柴田 知尋 NTTフォトニクス研究所 超低損失 超小型 レーザ描画導波路

次世代PLCを支える導波路作製技術 - NTTPLCの作製技術 次世代PLCでは,回路の機能性を 高め,規模を拡大するとともに,低コ スト化を図ることが求められています.

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PLCの作製技術

次世代PLCでは,回路の機能性を

高め,規模を拡大するとともに,低コ

スト化を図ることが求められています.

そのためには,基本的な導波路の製造

技術の改善と新規技術のたゆまぬ開発

が必要です.

PLCは,光ファイバの製造技術を発

展させ,平面基板上に光回路を実現

しています.材料も同じ石英ガラス

(SiO2)を用い,基本となる導波路構

造やガラス形成方法も同じです.

PLCの作製工程を図1に示します.

まず,火炎堆積法(FHD: Flame

Hydrolysis Deposition)により,

SiO2ならびにGeO2(二酸化ゲルマニ

ウム)ガラスの微粒子を形成してシリ

コン(Si)基板上に堆積します.図1

①の写真は高温のバーナーで,微粒子

を堆積している様子を示したものです.

次に,基板を1,000度以上に加熱し

て,透明なガラスとして,コア層およ

びアンダークラッド(clad)層を形成

します.次に,導波路コア部分を残し

て加工を行い,再び火炎堆積法により

オーバークラッドガラスを形成して,導

波路が形成されます.図1④の写真の

ようにクラッドガラスの中に矩形のコ

アが埋め込まれた導波路が形成されて

います.

PLCは安価なSi基板を用いており,

大量・安価に光回路の生産が可能で

光ネットワークを支えるPLCデバイス技術

NTT技術ジャーナル28

次世代PLCを支える導波路作製技術

図1 PLCの作製工程�

Si基板�

②透明ガラス化�

SiO2-GeO2�微粒子�

SiO2微粒子�

導波路コア�

オーバークラッド層�

アンダー�クラッド層�

コア層�

バーナー�

コア�

クラッド�

Si基板�

④火炎堆積法と透明ガラス化�

①火炎堆積法(FHD)� ③導波路加工�

高性能な次世代PLC(Planar Lightwave Circuit:プレーナ光波回路)の実現には,新たな製造技術の開発が不可欠です.PLC作製技術を説明するとともに最新の導波路作製技術のトピックとして,大規模回路の作製に不可欠な超低損失導波路作製技術,超小型デバイス作製を可能にする導波路作製技術,自由に導波路を作製でき,高密度集積の可能性を拓くレーザ描画導波路作製技術を紹介します.

こうとく  ま さ き こみなと と し み

神徳 正樹 /小湊 俊海な す ゆうすけ   し ば た ともひろ

那須 悠介 /柴田 知尋

NTTフォトニクス研究所

超低損失 超小型 レーザ描画導波路

特集

NTT技術ジャーナル 2005.5 29

す.低損失な導波路が形成できるこ

と,高い信頼性を得ていること,さま

ざまな回路が自由に設計できることな

どの優れた特性を持っています.より

大規模・高性能な光回路の実現を目

指して導波路作製・設計技術の開発

が進められています.

究極の低損失を目指して

大規模な光回路の実現には,まず低

損失な光導波路が必要です.PLCは

ポリマーや半導体などの他の導波路材

料と比べると,格段に低損失な導波路

が形成できることが大きな特長です.

しかしながら,光ファイバと比べると,

まだ損失低減の余地があります.

導波路の伝搬損失の波長特性を

図2に示します.従来1.55μm帯の

伝搬損失は1.6,dB/m程度となってい

ましたが,導波路作製技術の改良によ

り,導波路表面の極微小な凹凸を減

少させて,伝搬損失を0.6,dB/mまで

低減できました.長い導波路をPLC上

に実現するには,導波路を曲げること

が必要です.このため,導波路の曲げ

損失も伝搬損失の大きな要因の1つと

なっていました.

直線導波路と曲線導波路の接続部

の従来構造と新規構造を図3に示し

ます.従来は,直線導波路と一様な

曲げ半径の曲線導波路とを導波路の

中心軸をずらして接続(オフセット接

続)を行っていました.軸ずれ量を最適

化しても,直線部と曲線部でフィール

ド分布がわずかに異なるため損失を生

じていました.それぞれの接続点の損失

はごく微量ですが,大規模回路では100

以上の接続個所があり,累積すると大

きな損失となります.今回,曲げ半径が

徐々に減少する曲線(クロソイド曲線)

を用いて直線導波路と曲線導波路を

接続することにより0.3,dB/mの超低

損失な導波路が実現できました(1).こ

の低損失導波路形成技術により,さ

らなる光回路の大規模化,低損失化

の推進が期待できます.

究極の小型化を目指して

大規模な光回路を安価に実現する

には,光回路素子の小型化が欠かせま

せん.そのためには,導波路の曲げ半

径の低減が必要です.例えば,光ファ

イバの曲げ半径は通常数cm程度です

が,これでは素子のサイズは非常に大

きくなってしまいます.PLCは,導波路

の比屈折率差Δ≒(n1-n2)/n1

(n1:コアの屈折率,n2:クラッド

の屈折率)を高めることにより,曲げ

半径の低減を図ってきました.Δ=

0.75%(HighΔ:HΔ)導波路で

5mmの曲げ半径を,Δ=1 . 5%

図2 導波路伝搬損失の波長特性�

3.0�

2.5�

2.0�

1.5�

1.0�

(dB/m)�

(μm)�

伝送に不適な波長帯�

1.2 1.3 1.4 1.5 1.6 1.7

波長�

導波路損失� オフセット接続�

製造技術改善�

クロソイド曲線�

設計技術改善��0.5�

�0.0

図3 曲げ導波路の接続構造�

一様な曲げ半径 R

(a) 従来構造(オフセット接続)� (b)  新規構造(クロソイド曲線)�

曲げ半径 小�

曲げ半径 ∞�

導波路�フィールド分布�

(Super HighΔ:SHΔ)導波路で

は2mmの曲げ半径を実現しています.

今回,図4に示すハイメサ導波路構造

を導入することにより,水平方向の比

屈折率差Δを25%に高め,曲げ半径

を250μmまで低減しました.ハイメ

サ導波路はSiO2のクラッド層で挟まれ

た導波路コア層の両側をエッチングし

て,導波路の横方向を空気で強く閉じ

込めた構造となっています.

このハイメサ導波路を用いて,AWG

(Arrayed Waveguide Grating)波

長合分岐回路を作製したところ,従来

のHΔ素子の素子サイズと比べると20

分の1,SHΔ素子と比べると6分の

1へと大幅に素子サイズが低減され,

5×7mmと非常に小型の素子が実現

できました(図5).

通常,小型の素子は従来構造の

PLCと比べると損失が大きいことが問

題でした.NTTフォトニクス研究所で

は,アレイ導波路とスラブ導波路の接

続部にスロープ形状を作製する技術(2)

などを用い,通常のAWGに匹敵する

1.85,dBの低損失素子を実現していま

す(3).小型化と素子特性を両立させ,

高密度集積を低コストに実現できる可

能性を拓きました.

自由に導波路を描く

フェムト秒超短光パルスレーザ光を

透明ガラスにレンズを用いて照射する

と,集光点付近の屈折率が上昇しま

す.集光点を移動させると,その軌

跡に沿って導波路が形成できます.こ

のレーザ描画導波路作製技術が新た

なPLC作製技術として注目されてい

ます(4).

PLCは,平面的な膜から導波路を

形成するため,3次元的に導波路を作

製することは非常に困難でした.レー

ザ描画技術を使えば,任意の方向や

形状に導波路を形成でき,高密度な

3次元導波路回路が実現できると考え

光ネットワークを支えるPLCデバイス技術

NTT技術ジャーナル 2005.530

図6 PLCへの導波路描画方法�

複数回走査�

レーザ光�

レンズ�

ガラス�

断面図�

図5 小型AWG素子の実現�

16チャネル100 GHz AWG

本報告(Δ25%)�5×7 mm

6分の1�3分の1�

20分の1�

SHΔ(Δ1.5%)�15×15 mm

HΔ(Δ0.75%)�27×27 mm

図4 ハイメサ導波路構造�

コア層�

Si基板�

SiO2

空気�

特集

NTT技術ジャーナル 2005.5 31

られます.さらに,レーザ描画により,

作製したPLCに自由に導波路を追加

して,全く異なった機能回路の実現が

期待できます.

ところがレーザ描画導波路は自由に

導波路が形成できる反面,描画に時

間がかかるため,複雑な光回路の作製

にはあまり向いていません.そこで,

PLC作製技術と融合することにより,

高機能かつ自由に機能を替えられる新

たな光回路が期待できます.

またレーザ描画によりPLCに導波路

を作製することは非常に困難でした.

PLCで用いられているガラスは導波路

形成のための添加物が含まれているた

め,高強度の光を照射すると,損傷を

生じやすく低損失な導波路の形成が困

難でした.そこで,図6のように細長

い何本かの導波路を重ね描画すること

により,ほぼ矩形の導波路を低損失に

形成することに世界で初めて成功しま

した(5).

さらに,このレーザ描画導波路を用

いて,PLC導波路の接続を行いまし

た.図7は2つの離れた導波路を,

レーザ描画導波路を用いて接続を行っ

たものです.図7(b)の写真は,レーザ

描画導波路とPLC導波路の接続部を

示したもので,位置ずれなく接続でき

ていることが確認されました.接続損

失および偏波依存性も十分に小さく,

新たなフレキシブル光回路形成技術の

可能性を広げました.

今後の展開

NTTフォトニクス研究所では,開発

した新たな導波路作製技術を用いて,

高機能で低コストの次世代光部品を実

現し,アクセス系からコアネットワー

クにわたる光通信ネットワークの高性

能化・大規模化・経済化に貢献して

いきます.

■参考文献(1) T. Kominato, Y. Hida, M. Itoh, H. Takahashi, S.Sohma, T. Kitoh, and Y. Hibino:“ExtremelyLow-Loss (0.3 dB/m) and Long Silica-BasedWaveguides with Large Width and ClothoidCurve Connection,”in Proceeding of ECOC2004, TuI.4.3.

(2) A. Sugita, A. Kaneko, K. Okamoto, M. Itoh, A.Himeno, and Y. Ohmori:“Very low insertionloss arrayed-waveguide grating with verticallytapered waveguides,” IEEE PhotonicsTechnology Letters , Vol. 12, No. 9, pp. 1180-1182, Sept. 2000.

(3) M. Kohtoku, T. Shibata, H. Takahashi, and O.Nagai:“Low-loss Compact Deep-ridge Silicawaveguide based AWG with vertically tapered

waveguide,”in Proceeding of ECOC 2004, We3.7.6.

(4) K. M. Davis, K. Miura, N. Sugimoto, and K.Hirao:“Writing waveguides in glass with afemtosecond laser,”Opt. Lett. 21, p. 1729,1996.

(5) Y. Nasu, M. Kohtoku, and Y. Hibino:“ Flexible Interconnection in PLC withFemtosecond-laser-written Waveguides,”inProceeding of OECC 2004, 13E1-5.

(左から)神徳 正樹/ 小湊 俊海/

那須 悠介/ 柴田 知尋

技術改良の積み重ねにより,最先端のPLC光部品が実現されています.新たな導波路作製技術によりPLCの高機能化・低コスト化に貢献していきます.

◆問い合わせ先NTTフォトニクス研究所複合光部品研究部TEL 046-240-4066FAX 046-240-4529E-mail [email protected]

図7 レーザ描画導波路による導波路接続�

10 μm

PLC導波路� レーザ描画導波路�

レーザ描画�導波路�

導波路�

(a) 模式図� (b) 顕微鏡写真�

500 μm

レーザ光�

レンズ�