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ボクセルベース流体解析システムの進展 Progress of voxel-based CFD system Kenji Ono * *Functionality Simulation and Information team, VCAD System Research Program, CIPS, RIKEN [email protected] 1. はじめに 初期の計算流体力学は,理論的な考察が厳密に行える直交格子系での計算が主流であった.その 後,利用できる計算機性能の制約から解析的な座標変換や曲線座標系などの方法が考案され,比較的 簡単な任意形状の計算が可能になった.更に,三次元の複雑形状を扱うため重合格子や非構造格子な どの方法が発展してきた.その一方で,格子生成にかかる労力や時間が逆に数値流体解析プロセスの ボトルネックとなり始めた.近年の計算機能力の向上を背景に,格子生成の迅速性・ロバスト性の点 で,再び直交格子系の計算方法に期待が寄せられている[1].一方で,生体などの自然物に対する流 体解析の要請には,MRI/CTの撮影画像に基づくimage-based CFD[2]が有効な方法であり,従来の工業 製品に対する手法と同様に直交系の解法が多方面での活用が期待されている.我々は,VCADの中心 となるボリュームデータにコンシステントに対応するvoxel-based CFDを提案し,その基盤技術開発か ら高精度化・高機能化などの展開を図っている.voxel-based手法は,データ構造の単純さから多くの メリットがあるが,逆に計算規模は大きくなる傾向である.このため,高並列アルゴリズムや局所細 分化(Local Mesh Refinement),負荷分散など計算科学分野のノウハウも必要になる. ボクセル系の計算手法の格子生成およびポストプロセスは一般的な格子生成とは異なる視点が必 要である.このため,シミュレーションの基礎研究と並行し,プリポストを含めたシステム化の研究 を行っている.本稿では,ボクセル手法の周辺技術を概観し,主要な要素技術について述べる. 2. プリプロセス ボクセルソルバーは,形状近似度の点から Fig.1 に示すように Binary Voxel, VOF/AOF, SDF, Polygon-Cut, IBMなどに分類できる.また,データ構造の点からSimple Voxel, Octree, BCM, Multi-Box, Multi-Levelなど多様なバリエーションがある.それぞれの手法において,ソルバーで利用する情報は 若干異なる.例えば,BinaryVoxel は物体をブロック状に近似し,01の状態で記述できる.形状近 似度を上げるためには,体積率や面積率(VOF/AOF),あるいは陰関数(SDF)などの情報が必要となる. これらの形状情報を作成するプロセスがボクセル法における格子生成に相当する.この処理のために, V-Xdc/V-Xgen/V-Xpp[3] が開発された.V-Xdcは工業製品の設計で利用される形状データのクリーニ ング機能を持つプリプロセッサである.V-Xgenは形状データから大規模なボクセルを省メモリ・短 時間で生成するアプリケーションである.V-XppV-Xgenで作成されたボクセルに対し,Fig.2に示す ようにID番号を付与する.これによりソルバーに境界条件を渡すことができる.V-XdcFig.3のよう な入力ジオメトリの水密化機能を追加し,次リリースでV-Xgenと統合される.また,V-Xgen/V-Xpp は内部的なデータ構造としてpFTT-Octreeを採用することにより,主記憶2GB4k 3 程度の格子規模を 扱えるようになる[4]プリプロセッサは,作業性を高めるために対象とするシミュレーション分野へのカスタマイズが 必要となることが多い.今後,アプリケーションの構造をpythonによるバインディングを用いてコア 機能コンポーネントを接続し,カスタマイズ性と拡張性を高める.また,生体系CFD解析の要請から, V-Catデータを内部的に保持できるように機能追加し,生体データからの計算へ対応している. 3. シミュレータ VCADで扱う対象や現象は広範囲にわたることが予想される.シミュレーションの点からは,各 現象に対する計算技術はそれぞれの分野で発展してきた適切な解法がある.したがって,利用者の観 点からは,適切なシミュレータを選択して利用することが望ましい.したがって,統一的な環境で利 用できるシミュレーションコードのコレクションを提供するというアイデアに基づいたシステム化を 推進する.また,マルチスケール・マルチフィジックスなど先端的なシミュレーションへの対応は, コンポーネントの考え方を導入する.さらに,システム開発の効率性,メンテナンスコストなども考 機能情報シミュレーションチーム Functionality Simulation and Information Team

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ボクセルベース流体解析システムの進展 Progress of voxel-based CFD system

Kenji Ono* *Functionality Simulation and Information team, VCAD System Research Program, CIPS, RIKEN

[email protected]

1. はじめに

初期の計算流体力学は,理論的な考察が厳密に行える直交格子系での計算が主流であった.その

後,利用できる計算機性能の制約から解析的な座標変換や曲線座標系などの方法が考案され,比較的

簡単な任意形状の計算が可能になった.更に,三次元の複雑形状を扱うため重合格子や非構造格子な

どの方法が発展してきた.その一方で,格子生成にかかる労力や時間が逆に数値流体解析プロセスの

ボトルネックとなり始めた.近年の計算機能力の向上を背景に,格子生成の迅速性・ロバスト性の点

で,再び直交格子系の計算方法に期待が寄せられている[1].一方で,生体などの自然物に対する流体解析の要請には,MRI/CTの撮影画像に基づくimage-based CFD[2]が有効な方法であり,従来の工業製品に対する手法と同様に直交系の解法が多方面での活用が期待されている.我々は,VCADの中心となるボリュームデータにコンシステントに対応するvoxel-based CFDを提案し,その基盤技術開発から高精度化・高機能化などの展開を図っている.voxel-based手法は,データ構造の単純さから多くのメリットがあるが,逆に計算規模は大きくなる傾向である.このため,高並列アルゴリズムや局所細

分化(Local Mesh Refinement),負荷分散など計算科学分野のノウハウも必要になる. ボクセル系の計算手法の格子生成およびポストプロセスは一般的な格子生成とは異なる視点が必

要である.このため,シミュレーションの基礎研究と並行し,プリポストを含めたシステム化の研究

を行っている.本稿では,ボクセル手法の周辺技術を概観し,主要な要素技術について述べる.

2. プリプロセス

ボクセルソルバーは,形状近似度の点からFig.1に示すようにBinary Voxel, VOF/AOF, SDF, Polygon-Cut, IBMなどに分類できる.また,データ構造の点からSimple Voxel, Octree, BCM, Multi-Box, Multi-Levelなど多様なバリエーションがある.それぞれの手法において,ソルバーで利用する情報は若干異なる.例えば,BinaryVoxelは物体をブロック状に近似し,0か1の状態で記述できる.形状近似度を上げるためには,体積率や面積率(VOF/AOF),あるいは陰関数(SDF)などの情報が必要となる.これらの形状情報を作成するプロセスがボクセル法における格子生成に相当する.この処理のために,

V-Xdc/V-Xgen/V-Xpp[3]が開発された.V-Xdcは工業製品の設計で利用される形状データのクリーニング機能を持つプリプロセッサである.V-Xgenは形状データから大規模なボクセルを省メモリ・短時間で生成するアプリケーションである.V-XppはV-Xgenで作成されたボクセルに対し,Fig.2に示すようにID番号を付与する.これによりソルバーに境界条件を渡すことができる.V-XdcはFig.3のような入力ジオメトリの水密化機能を追加し,次リリースでV-Xgenと統合される.また,V-Xgen/V-Xppは内部的なデータ構造としてpFTT-Octreeを採用することにより,主記憶2GBで4k3程度の格子規模を

扱えるようになる[4]. プリプロセッサは,作業性を高めるために対象とするシミュレーション分野へのカスタマイズが

必要となることが多い.今後,アプリケーションの構造をpythonによるバインディングを用いてコア機能コンポーネントを接続し,カスタマイズ性と拡張性を高める.また,生体系CFD解析の要請から,V-Catデータを内部的に保持できるように機能追加し,生体データからの計算へ対応している.

3. シミュレータ

VCADで扱う対象や現象は広範囲にわたることが予想される.シミュレーションの点からは,各現象に対する計算技術はそれぞれの分野で発展してきた適切な解法がある.したがって,利用者の観

点からは,適切なシミュレータを選択して利用することが望ましい.したがって,統一的な環境で利

用できるシミュレーションコードのコレクションを提供するというアイデアに基づいたシステム化を

推進する.また,マルチスケール・マルチフィジックスなど先端的なシミュレーションへの対応は,

コンポーネントの考え方を導入する.さらに,システム開発の効率性,メンテナンスコストなども考

機能情報シミュレーションチーム Functionality Simulation and Information Team

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慮する必要がある.これらの点を踏まえ,Fig.4のようなシミュレータの共通機能をまとめたフレームワークV-Sphere[5, 6]を開発し,それを利用したシミュレータ構築を行っている.これにより,エンドユーザに対して統一的なUIを提供できる.高性能な数値解法ライブラリ,並列処理の仕組みの利用,更にシミュレータのコンポーネント化推進により,再利用性が高まり,シミュレータ開発を効率化で

きる. フレームワークに移植されたアプリケーション単位は,ソルバークラスとして定義される.現時

点でソルバークラスは,Binary Voxelに対応した三次元非定常熱流体シミュレータCBS3D_ICがリリースされている.CBS3D_ICは,V-Xgenで作成したsvxファイルフォーマット形式のファイルを読み込み,直接解析ができる.機能として,様々な内部・外部境界条件の指定が可能である.現時点では,

単一媒質の流動と熱流動(強制対流および自然対流)の計算が可能である. 今後は,HIFUソルバー(FDTD),SDF/IBMソルバー,流体構造連成ソルバー,Octree, Building-

Cube Method, Multi-Level, Multi-Boxなどのソルバーの開発を予定している.

4. ポストプロセス

ポストプロセスは,現時点では直交等間隔格子に対応するsphフォーマットの可視化処理を中心に機能開発を進めている.可視化アプリケーションV-Isioで特徴的な点は,GPU機能を援用した高速ボリュームレンダリング機能,マルチウインドウ・マルチビューの比較可視化機能[7],時系列データアニメーション機能,スクリプトによる自動処理機能などである.16GBの主記憶を持つワークステーションで約2.5億セルの可視化処理が可能である.今後は,より大規模なデータを高速に処理できる並列可視化システムの開発が次世代計算科学プロジェクトで推進中である.

5. アプリケーション

FSIチームで開発を進めているソルバーの計算例を示す. Fig.5には非圧縮流体解析に現れるPoisson Solverのスケーラビリティ評価結果を示す.V-Sphereを用いた反復ソルバーのベンチーマーク結果で,1024 coreまで問題規模に応じて並列性能が向上していることが確認できた[8].Fig.6はCBS3D_ICコードを用いた三次元非定常の熱流体解析の結果を示す.計算機で熱くなった空気は壁面に設置された空調機により冷却され,床面から冷たい冷気が上がってきている様子がわかる.この計

算例では40種類の異なる温度境界条件が適用されている.Fig.7は流体構造連成の取り組みとして膜構造のエアバッグ展開の結果を示す.FEMベースの手法で物体形状の扱いにPrticleを用いたLevelset関数を利用している[9].Fig.8はPhase Field法を用いたミルククラウンのシミュレーション結果,Fig.9は強力収束超音波による治療技術開発のシミュレーション結果である.

6. さいごに

ボクセルベースの流体解析について,プリポストを含めた開発の概要を述べた.工業製品の設計

利用や生体系の流体シミュレーションを対象に,それぞれの目的に対して適切な選択肢を提供できる

CFDシステムを構築し,実際の研究開発の役に立つことが本研究の目標である.今後は,理研で開発が進んでいる次世代スーパーコンピューターでの利用も視野に入れて開発を進めていく.

References

[1] 小野 謙二,“設計における直交格子法の利用”,ながれ・日本流体力学会誌,第21巻・第1号, (2002)16-25.

[2] 劉浩, 岩瀬英仁, 片岡則之, 山本徳則, 山口隆平, 梶谷文彦, 姫野龍太郎, イメージ ベースト血管モデルを用いた腎動脈分岐部の血流動態の解析, 日本機械学会論文集A 編特集号「イメージベースト連成バイオメカニクス」, 2004年9月号.

[3] http://vcad-hpsv.riken.jp/

[4] Takehiro Tawara and Kenji Ono, “Fast Large Scale Voxelization using a Pedigree,” The 10th ISGG Conference on Numerical Grid Generation, Sep. 16-20, 2007, Forth, Crete, Greece, (2007).

[5] 小野 謙二,玉木 剛,“SPHERE - 物理シミュレーションのフレームワークと実行環境の開発”, Transactions of JSCES, Vol. 2006, 20060031, (2006).

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Page 3: Progress of voxel-based CFD systemrans.riken.jp/wp-content/uploads/2008/216_ono.pdfFig. 5 Performance evaluation of iterative solver on RSCC(Riken Super-Combined Cluster). M, L, XL

[6] Kenji Ono, and Tsuyoshi Tamaki, “Development of a framework for parallel simulators with various physics and its performance,” Proceeding of International Conference on Parallel Computational Fluid Dynamics, ParCFD-2007-002, Antalya, Turkey, (2007).

[7] 小野 謙二,吉川 広幸,俵 展丈,“次世代可視化プラットホーム”,第33回可視化情報シンポジウム講演論文集,Vol.25, No.1, (2005)249-250.

[8] 小野 謙二,玉木 剛,野田 茂穂,岩田 正子,重谷 隆之,“オブジェクト指向並列化クラスライブラリの開発と性能評価”,情報処理学会論文誌:コンピューティングシステム,Vol. 48, No. SIG 8(ACS 18), (2007)44-53.

[9] Gaku Hashimoto, Kenji Ono, Hirohisa Noguchi, “Coupled Analysis of High-Speed Flow and Large-Deformable Structure using Partitioned Solution Method with Level Set Function,” 5th Europian Congress on Computational methods in Applied Science and Engineering, ECCOMAS 2008, Venice, Italy, 30 June - 4 July (2008).

VVff=1.0=1.0

0.20.20.40.4

0.60.6

Controlpoint

Level 0 Level 1

Level 2 Level 3

Fig. 1 Classification of shape approximation. Level 0, 1, 2, 3 indicate Binary Voxel, VOF/AOF,

Polugon-Cut, IBM, respectively.

Fig. 2 V-Xpp which has an edit function of ID.

Detection of a hole Repaired geometry

Fig. 3 Water-tight function

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Fig. 4 Integrated framework V-Sphere

Fig. 5 Performance evaluation of iterative solver on RSCC(Riken Super-Combined Cluster). M, L, XL indicate a matrix size, respectively. Suffix org, sph mean original code

and V-Sphere code, respectively.

Fig. 6 Computed result of thermal flow in RSCC computer room using CBS3D_IC solver.

Fig. 7 Airbag deployment. Fig. 8 Phase Field simulation. Fig. 9 HIFU simulation

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