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国際会議報告 生物と気象(Clim. Bios.8:D-3, 2008 http://wwwsoc.nii,ac.jp/agrmet/sk/2008/D-3.pdf 2008 12 24 日掲載 Copyright 2008, The Society of Agricultural Meteorology of Japan Re-Thinking Global Change Science: From Knowledge to Policy -AsiaFlux Workshop 2008- の報告 植山雅仁 1 ・齊藤 2 ・滝本貴弘 3 1 大阪府立大学大学院生命環境科学研究科 2 国立環境研究所地球環境研究センター 3 岡山大学大学院環境学研究科 Report of Re-Thinking Global Change Science: From Knowledge to Policy -AsiaFlux Workshop 2008- 1 Masahito UEYAMA, Makoto SAITO, Takahiro TAKIMOTO 1 Graduate School of Life and Environmental Sciences, Osaka Prefecture University 2 Center for Global Environmental Research, National Institute of Environmental Studies 3 Graduate School of Environmental Science, Okayama University 1. はじめに 1999 年から開催されてきた AsiaFlux ワークショップでは,陸域生態系における炭素収支解明を 中心にエネルギー・水・物質循環を総合的に理解する様々な研究成果が報告されてきた (高木ら, 2001; 山本ら, 2006; 安田・高木, 2006; 小野・平田, 2007)2008 年の AsiaFlux ワークショップは, 2008 11 17 日から 19 日に韓国ソウル市内の Korea Press Center で開催され,13 200 名以上 が参加して活発な議論が交わされた。これまでと同様に研究発表は 12 日目に行なわれ, 3 日目 はエクスカーションに充てられた。口頭発表は,”Regular”セッション,”CarboEastAsia”セッシ ョン,”ACTSociety”セッションに加えて,”HydroKorea”セッションなど韓国国内プロジェクト の中間報告と情報交換を兼ねた特別セッションが設けられた。2 日目の最後には Leuning (CSIRO, オーストラリア)を座長とした総括,討論がなされた。ポスター発表は,口頭発表を上回る 55 に及ぶ発表があった。ポスター発表の会場が口頭発表の会場と別フロアになっていたことに加え て,初日のポスター発表が口頭発表と平行して実施されたため,参加者の多くは初日のポスター 発表を見逃す結果となった。2 日目は,時間調整がなされてポスター発表だけの時間が設定され たため,口頭発表と同様にポスター発表も盛況であった。しかし,ポスター発表の会場が狭かっ たため非常に混雑し,ポスター発表者との議論が深まりにくかったのは残念であった。以下,各 セッションでの研究紹介と当該研究分野の研究動向について若手研究者という視点から報告する (以下,敬称を省略)2. Opening セッション http://www.agrmet.jp/sk/2008/D-3.pdf

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国際会議報告 生物と気象(Clim. Bios.) 8:D-3, 2008 http://wwwsoc.nii,ac.jp/agrmet/sk/2008/D-3.pdf 2008年 12月 24日掲載

Copyright 2008, The Society of Agricultural Meteorology of Japan

Re-Thinking Global Change Science: From Knowledge to Policy -AsiaFlux Workshop 2008- の報告

植山雅仁 1・齊藤 誠 2・滝本貴弘 3

1大阪府立大学大学院生命環境科学研究科

2国立環境研究所地球環境研究センター 3岡山大学大学院環境学研究科

Report of Re-Thinking Global Change Science: From Knowledge to Policy -AsiaFlux Workshop 2008-

1Masahito UEYAMA, Makoto SAITO, Takahiro TAKIMOTO

1Graduate School of Life and Environmental Sciences, Osaka Prefecture University

2Center for Global Environmental Research, National Institute of Environmental Studies 3Graduate School of Environmental Science, Okayama University

1. はじめに

1999年から開催されてきた AsiaFlux ワークショップでは,陸域生態系における炭素収支解明を中心にエネルギー・水・物質循環を総合的に理解する様々な研究成果が報告されてきた (高木ら, 2001; 山本ら, 2006; 安田・高木, 2006; 小野・平田, 2007)。2008年の AsiaFluxワークショップは,2008年 11月 17日から 19日に韓国ソウル市内の Korea Press Centerで開催され,13国 200名以上が参加して活発な議論が交わされた。これまでと同様に研究発表は 1,2 日目に行なわれ, 3 日目はエクスカーションに充てられた。口頭発表は,”Regular”セッション,”CarboEastAsia”セッション,”ACTSociety”セッションに加えて,”HydroKorea”セッションなど韓国国内プロジェクトの中間報告と情報交換を兼ねた特別セッションが設けられた。2日目の最後には Leuning (CSIRO, オーストラリア)を座長とした総括,討論がなされた。ポスター発表は,口頭発表を上回る 55 件に及ぶ発表があった。ポスター発表の会場が口頭発表の会場と別フロアになっていたことに加え

て,初日のポスター発表が口頭発表と平行して実施されたため,参加者の多くは初日のポスター

発表を見逃す結果となった。2 日目は,時間調整がなされてポスター発表だけの時間が設定されたため,口頭発表と同様にポスター発表も盛況であった。しかし,ポスター発表の会場が狭かっ

たため非常に混雑し,ポスター発表者との議論が深まりにくかったのは残念であった。以下,各

セッションでの研究紹介と当該研究分野の研究動向について若手研究者という視点から報告する (以下,敬称を省略)。

2. Opening セッション

http://www.agrmet.jp/sk/2008/D-3.pdf

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今回の AsiaFlux ワークショップでは,AsiaFlux 設立 10 周年を記念する式典が設けられ,FLUXNET,宇宙航空研究開発機構 (JAXA),日本農業気象学会,ChinaFlux,韓国気象研究所からの祝辞で始まった。奈佐原 (筑波大学)が JAXAの代理として,衛星データの提供で AsiaFlux との連携を深めることを表明し,宮田 (農業環境技術研究所)が,多くの日本農業気象学会員が AsiaFluxの発展に寄与し今後も連携して研究発展に協力するとの蔵田学会長の祝辞を代読した。続いて,

AsiaFlux 各サイトの立ち上げに貢献し去る 10月に急逝した B. Tannerへの感謝状が贈られた。儒教が盛んで礼節を尊ぶ国柄を感じさせるスタートであった。 本セッションの基調講演として,福嶌初代 AsiaFlux代表 (鳥取環境大学)がネットワーク研究の

意義などを述べ,2nd Chair を務めた山本 (岡山大学)が AsiaFlux の沿革を,そして現在の Chairを務める Kim (Yonsei University, 韓国)が今後の AsiaFluxのビジョンと責務を述べた。10年という節目を迎えて,これまでの AsiaFluxの成果を今後につなげるための議論や報告が多かったように思われた。

3. CarboEastAsia セッション

CarboEastAsia (東アジア陸域生態系における炭素動態の定量化のための日中韓研究ネットワーク) は,日本・中国・韓国の連携で進められているフォーサイト事業であり,東アジア域における炭素循環を観測・モデル・リモートセンシングを用いた統合研究により高精度に評価しようと

するプロジェクトである。CarboEastAsia に関連する研究発表は,初日に行なわれ 21 件の口頭発表が行なわれた。 高木 (北海道大学)らは,日本からシベリアにかけてのカラマツ林 8サイトにおける観測データ

を統合解析する事で,温度環境がカラマツ林のサイト間の総一次生産量 (GPP)や生態系呼吸量に強く関連している事を示した。三枝 (国立環境研究所)らは,梅雨前線の停滞により東アジアにおいて特異な夏季となった 2003 年を例に複数のフラックスサイトのデータを統合解析する事で気象条件が与える GPPへの影響について評価を行い,気象条件に対する生態系の応答に空間的な変異が見られる事を報告した。Wang (IGSNRR, 中国)らは,前例のない大雪によって中国南部の森林が大きな被害を受けたことを報告し,植生タイプによってその後の回復過程が大きく異なる事

を示した。平田 (農業環境技術研究所)らは,日本国内の 4箇所の牧草地において渦相関法による測定を行い,化学肥料に比べて糞尿肥料を使用した場合,牧草地の炭素固定量が増加する事を報

告した。谷 (静岡県立大学)らは,CO2 フラックスに比べて微量気体フラックスの研究が東アジ

アにおいて進んでいない事を指摘し,Biogenic Volatile Organic Compounds (BVOCs) の測定結果を紹介した。BVOCsの放出は陰葉では非常に小さく,その放出のほとんどは陽葉で行われている事を報告した。 市井 (福島大学)らは,観測サイトで測定された CO2フラックスデータをモデルの検証に用いる

事でプロセスモデルの不確定性を著しく減少させる事が出来る事を報告した。小田(国立環境研究所)らは,インバースモデルを地域スケールに適用する際に問題となる CO2濃度データの不足を

フラックス観測サイトで観測された CO2濃度データで補う事により,インバースモデルの精度向

上が期待される事を報告した。 今回の発表では,日本・中国・韓国の各国毎の統合解析が主で,国境を越えた共同研究成果に

までは至っていなかった。CarboEastAsiaプロジェクトでは,現在も観測データの整備が進められており,今後,観測・モデル・衛星データによる統合解析が進んでいくものと思われる。モデル

や衛星データから導かれた仮説を観測研究にフィードバックしたり,観測研究から得られた新た

な結果をモデル解析に取り入れたりする事で,単独サイトや限られた研究グループでは実証しに

くい事が明らかになれば今後の研究がより面白いものになるのではと感じた。 (植山雅仁)

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4. 水循環

本ワークショップのプログラムを俯瞰して水循環に関係する研究発表を挙げると, HydroKoreaセッション 9件,CarboEastAsiaセッション 2件,そして一般セッションにおいて 6件であった。

HydroKoreaセッションでは,韓国における水災害の防止と安定した水供給に向けた水管理の整備が急務であるという社会的背景から,朝鮮半島の蒸発散量分布地図の作成を主目的とする韓国

内プロジェクトの 9つの関連研究が発表された。Lim (Yonsei University,韓国)らは,再解析データ Korea Land Data Assimilation System (KLDAS)による朝鮮半島の蒸発散量分布が,観測データや他の再解析データと比較して信頼出来る精度を持っている事を示した。Chung (Kyung Hee University,韓国)らは SiB2 を用いた Gwangneung流域における蒸発散量の広域評価,また,Kang (Kangwon National University,韓国)らは衛星データとモデルの組み合わせによって推定した蒸発散量の時系列・広域評価ついて報告を行った。

CarboEastAsiaセッションでは,植山 (大阪府立大学)らは観測データとモデルの組み合わせから,東アジアにおけるカラマツ林の蒸発散量は年平均気温と強い相関がある事,一方で GPPや生態系呼吸量は年降水量と相関がある事を示し,水パラメタが東アジアのカラマツ林の炭素循環に重要

な影響を及ぼしている可能性について報告した。一般セッションでは,Lee (Korea Forest Research Institute,韓国)らは樹液流測定の観測結果から,樹種によって蒸散量に大きな違いがあること,また,飽差や日射といった気象要因によって樹木の水利用が制限されていることを報告した。 水循環は炭素循環と並んで,大気‐陸域生態系間の物質循環に関する主要な研究テーマである。

今回のワークショップでは炭素循環関連の研究発表が大部分を占め,その発表内容も観測に基づ

くプロセス研究から観測データと衛星データやモデルを統合化した研究まで様々な発表が行われ

た。一方で,水循環に焦点を当てた研究発表は HydroKoreaセッションを除くと皆無であり,炭素循環の二次的な結果として紹介されることが多かった。AsiaFlux など Flux-networkが炭素循環を研究主体としてきた背景もあるが,アジアモンスーン地域の気候と植生の特徴を考慮して,今後

の AsiaFluxワークショップでは水循環を表に出したテーマ設定が不可欠と感じた。(齊藤 誠)

5. 炭素循環

近年,フラックスタワー観測のデータは蓄積が進んでおり,環境に対する炭素収支応答の年次

間比較やサイト間比較への利用のみならず,衛星データを用いて広域評価する際の妥当性を検討

するためにも研究が進められている。 Baldocchi (University of California, Davis, アメリカ)は基調講演として,これまでの FLUXNETフ

ラックスタワー観測の総合とりまとめ (Baldocchi, 2008)内容を総括して報告した。現在,フラックスタワーは世界各地の森林,草原,農地など様々な植生上に設置され,FLUXNET に登録されているデータだけでも 950site-yearにおよぶ。彼はそのデータベースを用いて年積算純生態系交換量 (NEE)の頻度分布,GPPと降水量,日射,生態系呼吸量との関係などを示し,フラックスタワー観測からわかってきた事を述べた。また,特に森林生態系について,樹齢や撹乱がそのサイト

における NEEの強度に影響を与えている事を報告した。今後の展開として衛星やモデルとのカップリングによる NEE や GPP の広域評価,長期連続観測を行うことにより気象条件の変化に対する NEE変動の評価が必要である事が示唆された。Oechel (San Diego State University,アメリカ)は招待講演として,長年研究対象としてきたアラスカ州北部のツンドラ生態系での温室効果ガス交

換と地球温暖化の影響を報告した。極域では地球温暖化の影響が顕著で,温度の上昇とともに乾

燥化も進行しており,ツンドラ生態系は 1980年代までは二酸化炭素の吸収源であったが,それ以降は放出源に移行している事を述べ,極域における地球温暖化の影響は他の地域よりも敏感であ

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る事を示した。また,メタンフラックスと各種物理量,気象要素との関係を解析した中で水位と

の関係が重要である事を指摘した。加えて,観測場所によりフラックスの大きさが異なるツンド

ラ生態系において,フラックスの広域評価のためには航空機観測が有用である事を報告した。Che (National Dong-Hwa University,台湾)らは,山地の亜熱帯森林におけるタワー観測から霧の多発によるフラックス評価への影響について問題提起し,Hong (Yonsei University,韓国)らは,降雨時の渦相関法の適用可能性について報告した。降雨や霧といった形で現れるモンスーンによる湿潤な

気候は,アジア地域の特徴であるが,それらがフラックス観測に基づいた二酸化炭素収支にどの

程度のバイアスとなっているかという点について課題が残されていると感じた。 ポスター発表でも各種生態系での炭素循環についての研究が発表された。宮田 (農環研)らはバ

ングラデシュの水稲二期作田と日本の水稲単作田における NEE や GPP の比較結果を発表した。単作田では非耕作裸地の期間が 1 年のうち 7 ヶ月強にも及ぶため,その期間の土壌呼吸量が年間NEEに占める割合は大きい事を報告した。一方,二期作田では水稲非耕作期間に雨季が位置しているために土壌表面が水で浸され土壌呼吸が抑制される事,雨季がひこばえの生育を促しその

GPP が観測される事から非耕作期間の二酸化炭素放出量は小さい事を示した。また,単作田では収穫後の稲藁は土壌に鋤き込まれるが,二期作田では稲藁も圃場外に持ち出されるため純生物相

生産 (NBP)は二期作田の方が小さくなるという結果を報告した。 (滝本貴弘)

6. 衛星データ・プロセスモデルを用いた研究の動向

近年の社会的な要請から地球規模での炭素循環の解明に向けてこの分野の研究発表は他の学会

でも活発に行なわれており (例えば,鈴木ら, 2008),今年の AsiaFlux ワークショップでも多くの研究成果が発表されていた。Leuningらは基調講演の中で,モデルの検証を行なう際は空間・時間代表性の近い観測データを用いて行なう必要があるとし,渦相関法によるフラックスデータの時

間代表性は数時間から数年であるとした。また,モデルによっては固定値とされるパラメタも対

象とする時間スケールによっては変数として扱う必要がある事などを報告した。原薗 (University of Alaska, Fairbanks, アメリカ)らは,衛星リモートセンシングの分野で広く用いられてきた正規化植生指数 (NDVI)が生態系によっては炭素循環を説明する指標として不十分である事を報告し,草地などの比較的均一な群落形状を持つ生態系については可視バンドを用いた緑色比 (GR)が有効である事を示した。また,今後のリモートセンシングを用いた広域化に際しては生態系毎に有効

な植生指標を検討する必要がある事を指摘した。奈佐原 (筑波大)らは,リモートセンシングを用いた高精度な陸域生態系のモニタリングに向けて地上レベルでの更なる検証が不可欠であるとし,

Phenological Eyes Network (PEN)による地上レベルでのリモートセンシング研究から得られた特徴的な事例を紹介した。 ポスター発表でも広域的なフラックスの評価にむけた研究発表が多数なされ,佐々井 (名古屋

大学)らは,AsiaFluxの複数サイトで観測されたフラックスデータを用いて衛星ベースのプロセスモデルの検証結果について報告した。また,齊藤 (国立環境研究所)らは,AmeriFlux の複数サイトのデータを用いて CO2フラックスを評価するための経験モデルを構築し,植物機能型 (PFT)を考慮する事で経験モデルであってもプロセスモデルと同等以上の再現性が得られる事を報告した。 生態系モデルやリモートセンシングの検証については,フラックスデータの共有化が図られる

につれて単一サイトから複数サイトでなされる事が多くなってきており,精度,代表性,適用性

に関してモデル間の比較と相互の評価が進んできていると感じた。今後は,対象とする時間・空

間スケールに応じた観測データを用いてモデルの検証がなされる事で,環境要因に対する生態系

の応答がより高精度で評価されるだろうと感じた。 (植山雅仁)

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7. 総括・討論

研究発表の 2 日目最後に Leuning を座長として総括討論がなされた。以下のサブテーマ 5 つが取り上げられ,今後の AsiaFluxの方向性や解決すべき問題について議論された。 7.1 モデルとデータの統合化手法 観測データと陸域生態系モデルによる統合化が進む中で,両者の対象とする時間・空間スケー

ルの相違によって生じる問題が指摘された。例えば,タワー観測では 30分から 1時間程度の変動を対象としているのに対し,モデルでは対象となる時間・空間スケールが(タワー観測に比べ)

大きいこと,また,モデルでは空間的に均一な植生を仮定して計算を実施しているが,実際のタ

ワー観測では地表面が不均一であること等,両者を直接的に比較する事は難しいとの指摘があっ

た。 7.2 リモートセンシングを用いた広域化手法 リモートセンシングによる輝度情報とフラックス観測情報の統合について今後更なる研究が必

要である事が確認された。輝度情報からフラックスを推定するためには,モデル化のプロセスが

不可欠であり植生タイプ毎に最も代表性のある植生指標を検討する必要性が指摘された。また,

観測データが対象とする生態系を十分に代表できているかを検証する必要性が指摘された。例え

ば,Oechel らが測定を行っているツンドラでは植皮の非一様性が高く,観測データの代表性について更なる検討が必要であるとした。一方で,Baldocchi は,AmeriFlux の測定結果から森林生態系に関してはある程度の代表性のある観測が出来ているとした。リモートセンシングを用いた広

域化のためには,生態系毎に植生指数やモデルを検討し,その精度,代表性,適用性に関して評

価する事が不可欠であると総括された。 7.3 グローバルモデルの検証手法 近年のモデル研究の進展により広域的なフラックスの地理的分布を評価できるようになってき

た反面,モデル計算による分布の検証が不十分である事が指摘された。このようなモデル結果に

ついては,現時点では観測による十分な検証が難しく,次の 10年で解決すべき課題である事が強調された。その際に,リモートセンシング,インバージョンモデルなどの異なる手法との比較に

加えて,更なる観測サイトの増設や航空機観測が有効な手段となりえる事が総括された。 7.4 タワー観測による生態系交換量の検証 観測された生態系交換量や蒸発散量に関しても依然として不確定性が高い事が指摘された。タ

ワー観測によるフラックスについては,時別値や日別値に関しては高精度な測定が可能だが,年

間値や生態系呼吸量の測定値には不確定性が高い事などが指摘された。このような不確定性の高

いフラックスデータを用いてモデルの検証を行うことに対して注意が必要である事が指摘された。

一方で近年の観測ネットワークの整備が進むにつれて,年次間差や空間分布などの相対値につい

て,良く評価できている事が述べられた。今後,タワー観測データを検証していくために,生態

学的な測定データなどとの相互比較が不可欠であると総括された。 7.5 微気象学において解決するべき問題 今回の AsiaFlux ではモデルやリモートセンシングを用いた研究報告が多数なされたが,微気象

学観測での解決すべき問題についても指摘があった。エネルギー・インバランス問題については

指摘されて以来,依然未解決な問題であり,貯熱項などを含めてより長期的な時間スケールでの

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検証を進める必要性が指摘された。また,今回は議論が深まらなかったが,オープンパス測器を

用いた渦相関法による非生育期間における下向きのフラックスの原因やこれまでのデータの補正

方法など,観測研究そのものに解決すべき問題が多く存在していると感じた。 (植山雅仁)

8. 若手の会

ワークショップ 2日目の総括・討論終了後,会場最寄りのホテルで Young Scientists Meetingが開かれ,中国,日本,韓国からポスドク前後の若手研究者と韓国の学生約 40人が参加した。AsiaFlux WorkShop 2007で設置が決まった“Youth AsiaFlux”の公式活動として開催され,ゲストに最先端の研究者を招き,夕食をともにしながら普段の学会発表では聞くことのできない研究哲学や研究

観を聞くこと,アジア各国の若手研究者間で親交を深めることを目的とした。ゲスト研究者とし

て Baldocchi,Campbell (Campbell Scientific, Inc, アメリカ),原薗,Leuning,Oechelが招かれた。各テーブルに 5-8 人の若手研究者とゲスト研究者が着席し,会の前半はゲスト研究者を囲んで,テーブル毎に自己紹介や研究内容について情報交換と議論を交わした。後半は平田の司会で,前

もって若手から受け付けた研究活動全般にわたる質問に対して,ゲスト研究者が答えるという形

で進められた。ゲスト研究者の人となりや研究人生観を知ることができたのは貴重な経験であっ

た。また,同年代の海外の若手研究者がどのような研究を行っているか,どのような問題に直面

しているかを知ることができたことも有意義であった。(滝本貴弘)

9. エクスカーション

エクスカーションはKoFlux Gwangneung Supersite (Kim et al., 2006)での観測タワー見学ツアーと,韓国最南端に位置する済州島での 1 泊 2 日見学ツアー,2 つが用意された.韓国を代表するフラックス観測サイトである KoFlux Gwangneung Supersite 見学ツアーはワークショップ 3 日目の 11月 19 日に開催された。当観測サイトはソウル市内からバスで 1 時間ほど走った国立森林公園 (Korea National Arboretum)内に位置する。当日は,大陸からの寒気の影響で現地の気温は-5℃と非常に寒い中,Lee (Yonsei University, 韓国)や現地で観測を行っている延世大学の学生達に非常に熱心な説明を受けた。落葉広葉樹と常緑針葉樹の混交林の美しさが印象的だった。(齊藤 誠)

謝辞

本論をまとめるにあたり原薗芳信氏,山本晋氏から有益なコメントを賜りました。著者 (植山) は,本ワークショップの渡航費用を A3 CarboEastAsia「東アジア陸域生態系における炭素動態の定量化のための日中韓研究ネットワークの構築」に助成していただきました。

引用文献

Baldocchi, D., 2008: ‘Breathing’ of the terrestrial biosphere: lessons learned from a global network of carbon dioxide flux measurement system. Australian Journal of Botany, 56, 1-26.

Kim, J., Lee, D., Hong, J., Kang, S., Kim, S.-J., Moon, S.-K., Lim, J.-H., Son, Y., Lee, J., Kim, S., Woo, N., Kim, K., Lee, B., Lee, B.-L. and Kim, S., 2006: HydroKorea and CarboKorea: cross-scale studies of ecohydrology and biogeochemistry in a heterogeneous and complex forest catchment of Korea. Ecological Research, 21, 881-889.

小野圭介・平田竜一,2007: International workshop on flux estimation over diverse terrestrial ecosystems

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生物と気象(Clim. Bios.) 8, 2008

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in Asia -AsiaFlux Workshop 2006- の報告. 生物と気象, 7:D-1. 鈴木力英・丸山篤志・植山雅仁・金龍元・原薗芳信,2008: 2007年アメリカ地球物理学連合(American

Geophysical Union)秋季集会報告. 生物と気象, 8:D-1. 高木健太郎・溝口康子・鈴木智恵子,2001: AsiaFluxワークショップ 2000(International Workshop

for Advanced Flux Network and Flux Evaluation‐Kick off Meeting of AsiaFlux Network‐)報告. 生物と気象, 1, 23-28.

山本哲・高木健太郎・安田幸生・三枝信子,2006: 第4回 AsiaFlux ワークショップ 2005報告. 天気, 53, 413-418.

安田幸生・高木健太郎,2006: AsiaFlux ワークショップ 2005 (4th AsiaFlux Workshop の報告. 生物と気象, 6, 11-14.

写真 1. 会場の様子