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X線分析の進歩 第33集(2002)抜刷 Copyright © The Discussion Group of X-Ray Analysis, The Japan Society for Analytical Chemistry 偏光と位相に関連した放射光X線利用研究 平野馨一,沖津康平,百生 敦,雨宮慶幸 Recent Research Related to the Polarization and/or Phase of SR Keiichi HIRANO, Kouhei OKITSU, Atsushi MOMOSE and Yoshiyuki AMEMIYA

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X線分析の進歩 第33集(2002)抜刷

Copyright ©The Discussion Group of X-Ray Analysis,The Japan Society for Analytical Chemistry

偏光と位相に関連した放射光X線利用研究

平野馨一,沖津康平,百生 敦,雨宮慶幸

Recent Research Related to the Polarization and/or Phase of SR

Keiichi HIRANO, Kouhei OKITSU, Atsushi MOMOSE and Yoshiyuki AMEMIYA

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X線分析の進歩 3333333333 25

偏光と位相に関連した放射光X線利用研究

高エネルギー加速器研究機構  物質構造科学研究所・放射光研究施設 茨城県つくば市大穂1-1 〒305-0801*東京大学工学部附属総合試験所 東京都文京区弥生 〒113-8656**東京大学工学部物理工学科 東京都文京区本郷7-3-1 〒113-8656

偏光と位相に関連した放射光X線利用研究

平野馨一,沖津康平*,百生 敦**,雨宮慶幸**

(2001年 10月 29日受理)

Recent Research Related to the Polarization and/or Phase of SR

(Received 29 October , 2001)

Keiichi HIRANO, Kouhei OKITSU* , Atsushi MOMOSE**

 and Yoshiyuki AMEMIYA**

Institute of Materials Structure Science, High Energy Accelerator Research Organization

1-1, Oho, Tsukuba, Ibaraki 305-0801, Japan*Engineering Research Institute, The University of Tokyo

Yayoi, Bunkyo, Tokyo 113-8656, Japan**Department of Applied Physics, The University of Tokyo

7-3-1, Hongo, Bunkyo, Tokyo 113-8656, Japan

   Synchrotron X-radiation is a very powerful tool for scientific research due toits excellent properties such as high-brilliance, continuous spectrum, short-pulse andpolarization. To date most research has made use of only high-brilliance and/or con-tinuous spectrum of SR. However, the number of research making use of the polariza-tion and/or phase of SR is rapidly increasing in these years. In this paper we report onthe recent results obtained at the Photon Factory: 1) X-ray phase retarder, 2) X-rayphase-contrast CT and 3) detection of the phase shift caused by X-ray diffraction.

[Key words]  Synchrotron radiation,  X-ray phase retarder,  Phase-contrast X-ray CT,X-ray diffraction

(Advances in X-Ray Chemical Analysis, Japan 33, P. 25~43)

 放射光で得られるX線には,高輝度,連続スペクトル,短パルス,偏光などの優れた特徴があ

り,科学の様々な分野でその威力を発揮している.従来の放射光X線利用研究は,放射光の輝度の

高さやスペクトルの連続性しか利用しないものが多かったが,近年,放射光の偏光と位相を積極的

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26 X線分析の進歩 3333333333

偏光と位相に関連した放射光X線利用研究

に利用する研究が急速に増えつつある.本稿ではその中から,つくばのPhoton Factoryで最近得

られた研究成果として,1)X線移相子,2)位相型X線CT,3)X線回折に伴う位相変化の検出,

の三つのトピックスについて紹介する.

[キーワード] 放射光,X線移相子,位相型X線 CT,X線回折

1.   序 言

 最近,放射光X線利用研究に新たな潮流が生じつつある.従来の放射光X線利用

研究は,放射光の輝度の高さやスペクトルの連続性しか利用しないものがほとんど

であった.ところが近年,放射光の偏光と位相を積極的に利用するタイプの研究が

急速に増加しつつある.これは,ESRF(欧州),APS(米国),SPring-8(日本)と

いった第三世代光源の登場によるだけでなく,他の放射光施設で続けられてきた地

道な努力にもよるものである.

 放射光は通常,蓄積リングの軌道面内に偏った直線偏光である.この直線偏光X

線を積極的に活用する研究領域としては,たとえば X線直線二色性や X線ファラ

デー効果などがある.他方,(楕)円偏光 X線に対する要求も,放射光登場の当初

から根強く存在した.この要求を満たすために最初に取られた方法は,軌道面の斜

め上下方向に放射される光(off-plane光)を利用する方法である.この方法では,

軌道面からの視射角が大きくなるにつれて,偏光は直線から円へとゆっくり変化し

て行くが,ビーム強度は急激に減少する.X線磁気円二色性研究の草創期には,もっ

ぱらこの方法で実験が行われた.次に考案された方法は,楕円マルチポールウィグ

ラーなどの偏光可変挿入型光源を用いる方法である.この方法の長所は,軸上で高

輝度の光を得られること,磁石列の配置を変えることで偏光を自在にコントロール

できることである.しかし,(陽)電子ビームの軌道の変化によって偏光が変わって

しまうという欠点や,分光器などのビームライン光学系による偏光解消効果の問題

があるため,定常的にきれいな偏光を得ることは難しい.したがって,高輝度の光

を必要とするけれども,さほどきれいな偏光を必要としないような場合に,この方

法は有効である.たとえば,PF-ARのBL-NE1や SPring-8のBL08Wでは,楕円マル

チポールウィグラーからの楕円偏光X線を用いて磁気コンプトン散乱の実験が行わ

れている.三番目は,X線移相子を用いて放射光の直線偏光を変換する方法である.

X線移相子は反射型と透過型の二つに大別されるが,6~ 12 keVのエネルギー領域

で一般的に使われているのは透過型である.透過型移相子には,1)偏光のコント

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X線分析の進歩 3333333333 27

偏光と位相に関連した放射光X線利用研究

ロールを容易に行える,2)偏光変換効率が高い,3)試料の直前に位置するためビー

ムライン光学系による偏光解消効果の影響を受けない,といった様々な特徴がある.

他の二つの方法にはないこれらの長所のおかげで,今や,6~ 12 keVのエネルギー

領域は透過型移相子の独壇場であると言っても過言ではない.1991年に登場して以

来,X線透過型移相子は世界各地の放射光施設に普及し,偏光に関連した放射光X

線利用研究の新たな地平を切り拓きつつある.

 X線の位相あるいはコヒーレンスを活用する研究には,X線ホログラフィやX線

スペックル干渉法などがあり,最近はX線位相コントラストイメージングが特に注

目を集めている.X線位相コントラストイメージングはX線の位相情報を利用して

画像を得る手法であり,X線の強度情報を利用する従来の手法よりも遙かに高い感

度を持っている.そのため,これまで観察することが難しかった,生物の軟部組織

のような軽元素からなる試料についても,鮮明な画像を得ることができる.X線位

相コントラストイメージングには,1)X線干渉計を用いる方法,2)角度アナライ

ザ結晶を用いる方法,3)微小 X線源を用いる方法などがある.これらの手法はい

ずれも,試料によるX線の屈折をとらえてコントラストを生成する.X線干渉計を

用いる方法は屈折が比較的小さい場合に特に有効であり,他の方法は屈折が大きい

場合に有効である.X線干渉計を用いる方法の大きな特徴は,縞走査法を取り入れ

ることにより,X線の位相分布を定量的に取得できる点である.さらに,試料を回

転させながら複数の投影方向で位相分布を取得し,それらをX線 CTの原理を用い

て処理すれば,試料の三次元像が得られる(位相型X線 CT).純粋にX線の位相情

報のみに基づいて試料の三次元像を取得できる点が,位相型X線CTの強みである.

 X線の位相はX線回折学においても重要な役割を果たしている.たとえば,X線

がシリコンのような完全に近い結晶に入射してブラッグ・ケースで回折する時,選

択反射領域内で回折X線の位相が 180度変化することが知られている.この事実は

X線定在波法の理論的基礎をなしているだけでなく,X線トポグラフィで欠陥像の

解釈を行う際の基礎でもある.さらに,透過X線(前方回折X線)について見ると,

その位相は回折条件の付近で急激に変化する.この事実はX線透過型移相子の理論

的基礎である.このように,回折に伴って生じるX線の位相変化はX線回折学の随

所で大きな役割を果たしており,将来的にますます重要性を増すことが予想される.

近年,この位相変化を検出する方法の開発と利用が進みつつある.

 本稿では,以上のような最近の動向を踏まえて,1)X線移相子の原理とその応

用,2)位相型X線CT,3)X線回折に伴う位相変化の検出,の三つのトピックスに

ついて紹介する.

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28 X線分析の進歩 3333333333

偏光と位相に関連した放射光X線利用研究

2.   X線移相子の原理とその応用

2.1   X線透過型移相子の原理と応用

2.1.1   原 理

 X線がシリコンのような完全に近い結晶に入射する時,回折条件の付近で複屈折

が生じる.この複屈折を利用することにより,X線移相子を造ることができる.X

線移相子は,回折波を用いる反射型と透過波(前方回折波)を用いる透過型の二種

類に大別される 1).歴史的には反射型が先に開発されたが,効率が低く,取り扱い

が難しいという問題があった.この問題を解決するために開発されたのが透過型で

ある.透過型の可能性が最初に指摘されたのは 1980年のことであるが 2,3),その後,

約 10年の時を経て,1991年にその可能性が実証され,透過型移相子が誕生した 4).

 一般に,移相子の機能は移相量 δと偏光変換効率 Tによって記述される.X線透

過型移相子の場合,移相量 δ は σ 偏光成分(散乱面に垂直な電場ベクトル成分)と

π偏光成分(散乱面に平行な電場ベクトル成分)の間に生じる位相差であり,偏光

変換効率 Tは X線の透過率である.両者は近似的に次式で与えられる.

   ( ) ( )2 3

2 2

Re sin 2

2e h Bhr F F

lV

λ θπδπ φ

≈ −

∆         (1)

    ( )expT lµ= −       (2)

 ここで,reは古典電子半径,λは波長,θBはブラッグ角,Vは単位胞の体積,Fhは結晶構造因子, ∆φは入射角の回折条件からのずれの角(オフセット角),  lは移

相子中を通過するX線の光路長,µはX線の吸収係数である.効率を向上させるに

Fig.1 Calculated (a) phase shift and (b) efficiency. Calculations were made for a (001)-orienteddiamond slab with 0.5 mm thickness. Offset-angle, ∆φ, is that from the Laue-case 111diffraction condition. Incident beam energy is 10 keV.

-1080

-720

-360

0

360

720

1080

-100 -50 0 50 100

Phase Shift (deg)

∆ φ (arcsec)

0

0.1

0.2

0.3

0.4

0.5

0.6

-100 -50 0 50 100

Efficiency

∆ φ (arcsec)

(a) (b)

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X線分析の進歩 3333333333 29

偏光と位相に関連した放射光X線利用研究

は吸収の小さい単結晶を用いればよい. 現在最もよく使われているのはダイヤモン

ドであり,ベリリウムやフッ化リチウムなども使われることがある.(1)式が示す

ように,移相量 δはオフセット角 ∆φによって調整可能である.∆φを調整して δ =

(n+ 1/2) π(nは整数)とすれば 1/4波長板が得られ,δ = (n+1) π(nは整数)とすれ

ば 1/2波長板が得られる.放射光の直線偏光を円偏光に変換するには 1/4 波長板を

用いる.

 移相量 δと効率 T を厳密に計算するには,X線の動力学的回折理論 5) を用いる.

計算例を Fig.1に示す.計算は,10 keVのX線が厚さ 0.5 mmのダイヤモンド(001)

結晶に入射する場合について行った. ∆φはラウエ・ケースの 111回折条件からのず

れの角である.この計算では,∆φ =- 32秒の時,δ = 90度,∆φ = + 32秒の時,δ =

- 90度となっている.なお,この時の偏光変換効率は約 50%である.

 移相量 δと効率 Tは,∆φ = 0の付近で急激に変化し,その外側ではなだらかに変

化する.実用上重要なのは外側の領域であり,(1)式と(2)式はこの領域で成り立つ.

2.1.2   X線磁気円二色性実験への応用

 X線透過型移相子の登場により,6~ 12 keVのエネルギー領域で放射光の偏光を

効率良く簡単に制御できるようになった.すでに応用実験も多数なされており,移

相子の用途が急速に拡大しつつある.ここではその中の一つとして,X線磁気円二

色性(XMCD)実験を取り上げる.

 X線透過型移相子をXMCDスペクトル測定に初めて応用したのはGilesらである 6).

彼らは,エネルギー分散型 EXAFS分光計と移相子を巧みに組み合わせて,Gdの L3

吸収端(E0 = 7.525 keV)付近でラーヴェス相のGdFe2のXMCDスペクトルを測定

した.これに対して筆者らは, 定位置出射型二結晶分光器と移相子を組み合わせて,

エネルギー走査法でXMCDスペクトルを測定する方法を開発した 7).その典型的な

実験配置を Fig.2に示す.放射光は,二結晶分光器で単色化され,移相子で円偏光に

変換されてから,電磁石上の試料に入射する.磁場を反転させた時の吸収率の変化

Fig.2 Schematic view of the experimental setup for measuring XMCD spectrum.

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30 X線分析の進歩 3333333333

偏光と位相に関連した放射光X線利用研究

∆µ t をイオンチェンバーで測定し,これを各エネルギーで繰り返すことにより,

XMCDスペクトルが得られる.エネルギーを走査するには二結晶分光器と移相子を

連動させる必要があるが,これは制御ソフトを用いて行う.

 この実験配置を用いて得られたXMCDスペクトルの例を Fig.3に示す.試料は白

金-鉄合金(白金の含有量は 37.1%)であり,白金のL3吸収端付近で測定を行った.

実線はXMCDスペクトル,点線はXANESスペクトルである.XMCDスペクトルの

半値幅は約 7 eVで,吸収端から高エネルギー側へ 10~ 40 eV離れた領域に微細構

Fig.3 XMCD (solid line) and XANES (dashed line) spectra at the Pt L3-edge in the disordered

37.1at%Fe-Pt alloy.

0 .0

0 .5

1 .0

1 .5

2 .0

-0 .1 0

-0 .0 8

-0 .0 6

-0 .0 4

-0 .0 2

0 .0 0

-4 0 -2 0 0 2 0 4 0

µ

∆µ

(E -E 0) / e V

t (a

rb. u

nit

s)

t (a

rb. u

nit

s)

Disordered37.1at%Pt-Fe

Pt L3-edge

Fig.4 Offset-angle dependence of the ∆µt (solid line) and the 111 diffracted intensity (dashed line).

-0 .0 8

-0 .0 4

0 .0 0

0 .0 4

0 .0 8

0 1 00

1 1 06

2 1 06

3 1 06

4 1 06

5 1 06

-9 0 -6 0 -3 0 0 3 0 6 0 9 0

∆µ

Ref

lect

ed I

nte

nsi

ty (

cou

nts

)

(a rcsec)

t (a

rb. u

nit

s)

∆ φ

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X線分析の進歩 3333333333 31

偏光と位相に関連した放射光X線利用研究

造が見られる.この結果を PF-ARの BL-NE1で得られた結果と比較したところ,良

く一致することが確認された.

 さらに,移相子の偏光可変性のデモンストレーションを行った.入射X線のエネ

ルギーを XMCDシグナルが最大になる点(E=E0+ 2 eV)に合わせ,移相子のオフ

セット角 ∆φを変えながらXMCDシグナルの変化を追った.その結果を Fig.4に示

す.XMCDシグナルは入射X線の円偏光度に比例するので,グラフの縦軸は円偏光

度に相当する.∆φ =± 20 秒の所でシグナルの大きさが最大になっているが,これ

はこの点で円偏光が生成されたことを示す.符号が逆転しているのは,円偏光の回

転方向(ヘリシティ)が反転したためである.これからわかるように,移相子の角

度を僅か数秒~数十秒変えることにより,ヘリシティを反転させることができる.

この特徴を利用すれば,磁場を固定したままXMCDスペクトルを測定することがで

きる.また最近,SPring-8の BL-39XUで偏光変調X線分光法が開発された 8,9).

2.2   光軸収差を補償する二象限X線移相子の原理と応用

 反射型および透過型のX線移相子はいずれも,σ偏光成分と π偏光成分の間に生

じる位相差 δを利用するものである.透過型の長所は,この位相差 δの入射角依存

性が反射型よりも桁違いに小さいことである.これにより,透過型は反射型と比較

して格段に実用的なものとなった.

2.2.1   原 理

 しかしそれでも,透過型移相子には入射X線の角度発散による位相シフト不均一

(光軸収差)の問題が存在する.それゆえ,均一な位相シフトによる高い完全偏光度

のX線が必要な場合,X線ビームの角度発散を抑えることが要求される.この光軸

収差の問題を克服するために開発されたのが,逆方向へのブラッグ反射を与える二

象限移相子である 10).

 Fig.5は,光軸収差を補償する二象限X線移相子の配置と原理を示している.Fig.5

の上部に描かれた単位ベクトル ex,ey,ezは,直交座標系を構成している.入射X

線は直線偏光しており,その振動方向は ex+ eyである.したがって,図が描かれて

いる平面は入射X線の偏光方向に対して 45度傾いている.左の図 Fig.5(a)は,二

枚のダイヤモンド結晶が,非対称ラウエケースで逆方向へのブラッグ反射を与える

ようにセットされている配置を示している.Fig.5(a)に描かれたA,B,CのX線

光路を考えたとき,Aの光路のX線は,Bの光路のX線より,第一移相子に対して,

より高角で入射するが,第二移相子に対しては低角で入射する.Cの光路のX線に

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32 X線分析の進歩 3333333333

偏光と位相に関連した放射光X線利用研究

ついては,その逆となる.

 右上と右下の図 Fig.5(b)と Fig.5(c)は,第一および第二移相子に対応する分散

面を示している.π偏光に対する分散面は,σ偏光に対する分散面より内側にある.

動力学的回折理論によれば,ラウエケースの場合,ブラッグ条件より低角で入射す

る X線が,分散面上の四つの励起点(σ偏光と π偏光に対してそれぞれ二つずつ)

を励起するとき,透過波の振幅の多くは,ローレンツ点 E1および E2の外側の分散

面上の励起点による振幅で占められることになる.X線がブラッグ条件より高角で

入射するとき,状況は逆となる.Fig.5(b)と Fig.5(c)においては,透過波を考え

る際,分散面の重要な部分と重要でない部分を,実線と破線で描くことにより,こ

の事情を示している.透過型移相子がブラッグ条件より高角で働くとき,透過波の

σ偏光の位相が遅れることとなる.第一および第二移相子が,ともに σ偏光に位相

遅れを与えるように機能するとき,第一移相子に対しては Fig. 5(b)の左上の,第

二移相子に対しては Fig.5(c)の右上の分散面が主に励起されていなければならな

い.このとき,A,B,Cの光路で入射するX線は,Fig.5(b)においては,ベクト

ル a1,b1,c1によって,Fig.5(c)においては,ベクトル a2,b2,c2によって,分散

Fig.5 (a) Arrangement of the X-ray double phase retarder system to compensate for the off-axisaberration of the transmission-type phase retarder. (b), (c) Dispersion surfaces in reciprocalspace corresponding to the first and second phase retarders, respectively.

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X線分析の進歩 3333333333 33

偏光と位相に関連した放射光X線利用研究

面を励起することになる.a1,b1,c1は,第一移相子の結晶面法線ベクトルであり,

a2,b2,c2は,第二移相子の結晶面法線ベクトルである.これらのベクトルの位置

は,X線入射角のブラッグ条件からのずれにより決定される.ここで,σ偏光と π

偏光の透過波に対する波数ベクトルの差 ∆koを導入し,ベクトル a1によって与えら

れる∆koを∆ko(a1)のように表すものとする.Fig.5(b)から,|∆ko(a1)| >|∆ko(b1)| >|∆ko(c1)|

であることがわかるが,逆に,Fig.5(c)では,|∆ko(a2)| <|∆ko(b2)| <|∆ko(c2)|となっ

ていることがわかる.このことにより,第一移相子と第二移相子における位相シフ

ト不均一がキャンセルアウトされ,光軸収差が補償されるのである.

 透過型移相子には,光軸収差のみならず,X線のエネルギー広がりによる位相シ

フト不均一(色収差)の問題も存在する.そこで,光軸収差と色収差の両方を補償

することのできる四象限移相子も開発されている 11).

2.2.2   評価実験

 Fig.6は,二象限移相子による光軸収差補償効果を確かめるために PF BL-15B1に

おいて行った実験配置の図である.ほぼ同じ厚さ(313 µmと314 µm)の二枚の(001)

板ダイヤモンド移相子 PR1と PR2が,111非対称ラウエケースの反射を与えるよう

に,平行ニコルのモノクロメーター兼偏光子結晶と検光子結晶(Hart-Rodrigues型

シリコン 511チャンネルカット結晶)の間に配置された.偏光子および検光子の散

乱面は垂直であり,移相子結晶の散乱面は,これに対して 45度傾いている.光子エ

ネルギーを 8333 eV(ニッケル K-吸収端)に固定し,移相子 PR1と PR2が,同じ方

向に反射を与える場合(一象限配置)と,逆方向に反射を与える場合(二象限配置)

の比較実験を行った.

Fig.6 Experimental arrangement for estimating the effect of the compensation of the off-axisaberration. MP: silicon 511 monochromating polarizer; PR

1 and PR

2: first and second diamond

111 phase retarders; IC1: ionization chamber monitoring the X-rays Bragg-reflected by the first

phase retarder; SC1 and SC

2: scintillation counters monitoring the X-rays Bragg-reflected by

the second phase retarder; IC2: ionization chamber monitoring the X-rays transmitted through

the double phase retarders; A: silicon 511 analyzer crystal arranged in a parallel nicol geom-etry with respect to the polarizer.

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34 X線分析の進歩 3333333333

偏光と位相に関連した放射光X線利用研究

 Fig.7は得られた実験結果である.(a)と(b)は,それぞれ,一象限配置と二象

限配置に相当する.横軸は,移相子のブラッグ条件からのずれの角で,二枚の移相

子を低角側から高角側へと同時にスキャンし,検光子結晶の後方にセットされた

SSDによって,水平偏光成分を測定した.左軸は,対数スケールで描かれた水平偏

光成分で,移相子をブラッグ条件から充分離したところでの値を1としてプロット

されている.右軸はリニアスケールで描かれており,二枚の移相子により反射され

た X線の強度を示している.

 Fig.7(a) と Fig.7(b) には,± 20 arcsecほどのところに極小値をとるディップが

観察される.これは,二枚の移相子を透過したX線の(ダイヤモンド移相子結晶に

対する)σ- π 位相差が,± πとなることにより,近似的に垂直偏光が生成された

ことを示している.移相子の光軸収差によって残留している水平偏光成分は,二象

Fig.7 The rate of the horizontally polarized component to the total X-ray intensity (logarithmic left-hand ordinate) as a function of offset angle from the Bragg condition of the first and secondphase retarders. The right-hand ordinate shows intensities of X-rays reflected by the first(upper curve) and the second (lower curve) phase retarders. (a) and (b) correspond to casesof parallel and anti-parallel geometries, respectively.

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X線分析の進歩 3333333333 35

偏光と位相に関連した放射光X線利用研究

限配置においては一象限配置と比較して,1/10以下の小さな値になっている.計算

された最大垂直偏光度は,一象限配置(a)で,0.87であったが,二象限配置(b)で

は,0.99に達した.また二象限配置(b)では,左右のディップの間に, σ- π 位

相差が急激に変化することによる振動プロファイルが観察されるが,このような振

動は,一象限配置(a)では,光軸収差のため,ぼやけてしまっており観察されな

い.この実験結果により,二象限X線移相子により光軸収差が補償され,一枚の移

相子より均一な位相差が得られ,結果として高い偏光度が達成されることが明らか

になった.

 二象限 X線移相子を利用することにより,硫酸ニッケル六水和物 α 変態結晶に

おけるX線自然円二色性(XNCD)を測定することに成功している 12).さらに,二

象限移相子による偏光スイッチング技術により,X線自然直線二色性(XNLD)13,14),

X線磁気円二色性(XMCD)14-16),X線磁気直線二色性(XMLD)17)のスペクトル

測定とイメージングにも成功している.

2.2.3   X線磁気円二色性偏光コントラストの観察 14)

 二象限X線移相子を利用して,X線磁気円二色性偏光コントラストの観察を行っ

た.実験配置を Fig.8に示す.X線ビームは,最初の二結晶で単色化されると同時に

高度の水平直線偏光に変換され, 次に二象限移相子で円偏光に変換されてから,試

料に入射する.試料には磁場が加えられており,試料を透過したX線像は高分解能

CCD型X線検出器によって記録される.

 厚さ 4 µmの hcpコバルト多結晶の観察例を Fig.9に示す.エネルギーは,XMCD

のシグナルが最大になるよう(0.3 %),コバルトのK吸収端(7709 eV)から 10 eV

Fig.8 Experimental set-up for acquiring images resulting from X-ray dichroism. MP: silicon 422monochromating polarizer. PR

1 and PR

2: first and second diamond 111 phase retarders. PD

1:

PIN photodiode monitoring X-rays reflected by the first phase retarder. PD2: PIN photo-

diode monitoring X-rays reflected by the second phase retarder. IC: ionization chambermonitoring X-rays incident to the sample. S: sample. SR: synchrotron radiation.

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36 X線分析の進歩 3333333333

偏光と位相に関連した放射光X線利用研究

高い点に合わせた.分光器・偏光子には,四回のブラッグ反射を与えるシリコン 422

のチャンネルカット結晶を用いた.また,移相子には厚さ約 300 µmの(001)ダイ

ヤモンド結晶を用い,その角度をラウエケースの 111回折条件付近に合わせた.こ

の像を見ると,試料の磁化方向の違いが像の明暗としてはっきり現れている.コン

トラストに見られる揺らぎは,光子統計と CCD読み出しノイズに起因する統計揺ら

ぎによるものである.

3.   位相型X線CT18)

 これまで一般的に利用されてきたX線イメージングは,被写体によるX線の吸収

を利用して画像を得るタイプのものである.この方法では,被写体に吸収の大きい

重元素が多く含まれているほど,強いコントラストを生じる.しかし,吸収の小さ

い軽元素からなる被写体に対してはコントラストがつきにくく, 鮮明な画像を得る

ことは難しい.近年,この欠点を克服する新しいイメージング手法 ―X線位相コン

トラストイメージング― の開発と利用が急速に進んでいる.この方法の画期的な

点は,X線の強度情報の代わりに(あるいはX線の強度情報に加えて),X線の位相

情報を利用して画像を取得する点である.これにより,軽元素(水素,炭素,窒素,

酸素など)に対する感度が飛躍的に向上し,生体試料についても造影剤なしで鮮明

な画像を得られるようになった.

 X線位相コントラストイメージングには各種の方法がある.しかし,そのほとん

どはX線の位相情報だけでなく強度情報をも含んだ画像を与えるものであり,純粋

に位相情報だけを抽出することは難しい.この点ユニークなのがX線干渉計を用い

る方法である.この方法では,縞走査法を取り入れることにより,X線の位相分布

を定量的に取得できる.さらに,試料を回転させながら複数の投影方向で位相分布

Fig.9 The image resulting from XMCD taken at 10 eV above the cobalt K-absorption edge (7709†eV)after correction for the non-uniformity of the sample thickness.

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X線分析の進歩 3333333333 37

偏光と位相に関連した放射光X線利用研究

を取得し,それらをX線 CTの原理を用いて処理すれば,試料の三次元像が得られ

る(位相型X線 CT).このように,純粋にX線の位相情報のみに基づいて試料の三

次元像を取得できる点が,位相型X線 CTの大きな特徴である.

 位相型X線CTの実験配置例を Fig.10に示す.光源は PF BL-14の垂直ウィグラー

である.これから放射される光は垂直面内に偏った直線偏光なので,偏光による強

度の損失を気にすることなく,水平面内に光学系を組むことができる.光源からの

光は,まず二結晶分光器で単色化され,次にコリメーター結晶で平行化・拡大化さ

れた後,LLL型X線干渉計に入射する.干渉計は FZのシリコン単結晶から一体に

切り出されており,等間隔に並んだ三枚の薄板からできている.干渉計に入射した

X線は,まず一枚目の薄板(スプリッター)でコヒーレントな二本のビームに分か

れ,次に二枚目の薄板(ミラー)で反射された後,三枚目の薄板(アナライザー)

で重なり合って干渉する.ミラーとアナライザーの間の一方の光路上に試料を挿入

し,スプリッターとミラーの間の他方の光路上に縞走査法用の位相板を挿入する.  な

お,干渉計の安定性を向上させるために,全体をフードで覆っている.試料と位相

板を回転させながらX線二次元検出器で干渉縞を記録し,それを計算機で処理して

試料の三次元像を得る.このようにして得られた画像の例を Fig.11に示す 19).右側

の暗い部分が癌の組織であり,左側が正常部位である.

 一体型のX線干渉計を用いる場合,入手可能なシリコン結晶の大きさに制限があ

Fig.10 Schematic view of the experimental setup for the phase-contrast X-ray CT.

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38 X線分析の進歩 3333333333

偏光と位相に関連した放射光X線利用研究

るため,視野は 2 cm角程度に限られる.しかし,将来的に臨床応用を目指す場合,

10 cm角程度まで視野を拡げることが必要である.これを実現するために,現在,分

離型干渉計への取り組みがなされており,すでに 15 mm× 25 mmの視野が得られ

ている.

4.   X線回折に伴う位相変化の検出

 序言で述べたように,回折に伴うX線の位相変化は回折学において重要な位置を

占めており,最近この位相変化を検出する手法の開発と利用が進んでいる.ここで

は,X線干渉計を用いて透過X線(前方回折X線)の位相変化を測定した例を紹介

する 20,21).

4.1   前方回折X線の位相変化

 X線に対する物質の屈折率は,通常次式で与えられる.

   2

01 12

ern FV

λαπ

= − = −        (3)

ここで,αは屈折率の 1からのずれを表す.しかし,物質中におけるX線の多重散

乱の影響が大きくなってくると,これに補正項 ∆nを加える必要が生じる.シリコ

ンのように完全に近い結晶の場合,補正項 ∆nは動力学的回折理論から近似的に次

式で与えられる.

    ( )2 4 2

2 2 

4 sin 2e h h

B

r F F Cn

V

λπ φ θ

∆ ≈ −∆       (4)

Fig.11 A human kidney sample (5 mm in diameter) obtained with phase-contrast X-ray CT. Theimage maps the difference in the refractive index between the sample and water. The darkerregion on the right is cancerous. The density difference between the normal and canceroustissues is calculated from the image to be 10 mg/cm3.

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X線分析の進歩 3333333333 39

偏光と位相に関連した放射光X線利用研究

ここで Cは偏光因子であり,σ偏光の場合は 1,π偏光の場合は cos(2θB)である.屈

折率の実数部分は X線の位相変化と関係しており,虚数部分は吸収と関係してい

る.したがって,補正項 ∆nによる位相変化 δは次式で与えられる.

   

( )( )

( )2 3 2

2 2

2 Re /

Re

2 sin 2e h h

B

n l

r F F Cl

V

δ π λ

π λπ φ θ

= ∆

≈ −

∆      (5)

この式はX線透過型移相子の理論的基礎をなすものである.実際,σ偏光に対する

位相変化と π偏光に対する位相変化の差を取れば,(1)式が得られる.

 X線の位相変化と透過率を厳密に計算するには,動力学的回折理論を用いる.計

算例を Fig.12に示す.計算は,波長 0.1 nmの σ偏光が厚さ 75 µmのシリコン結晶

に入射する場合について行った.オフセット角 ∆φは,対称ラウエケース 111回折条

件からのずれの角である.計算結果から,1)δの符号は回折条件(∆φ = 0)の高角

側と低角側で反転すること,2)δ の大きさは回折条件付近で最大になること,3)回

折条件から離れるにしたがって δはゆっくりとゼロに近づいていくこと,などがわ

かる.

4.2   前方回折X線の位相変化の検出

 X線干渉計を用いて前方回折X線の位相変化を検出する実験をPFのBL-15Cで行っ

た.実験配置を Fig.13に示す.偏向電磁石からの放射光は,まず二結晶分光器で単

色化され(λ=0.1 nm),次に LLL型のX線干渉計に入射する.試料には厚さ 1.09 mm

Fig.12 Calculated transmittance (solid line) and phase shift (dashed line). Calculations were madefor the X-ray forward diffraction associated with the Si 111 Laue-case diffraction. Othercalculating conditions were λ = 0.1 nm, C = 1 (σ polarization) and l = 76 µm (the thicknessof the crystal slab is 75 µm).

0.0

0.2

0.4

0.6

0.8

1.0

-500

-250

0

250

500

-20 -10 0 10 20

Tra

nsm

itta

nce

Ph

ase

Sh

ift

(Deg

ree)

∆ φ (arcsec)

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40 X線分析の進歩 3333333333

偏光と位相に関連した放射光X線利用研究

のダイヤモンド(001)結晶を用い,それを干渉計のスプリッターとミラーの間の光

路上に挿入した.

 最初に,干渉計を外した状態で,試料によるラウエケース 111反射の回折強度曲

線を測定した(Fig.14(a)).実線は前方回折X線の強度,点線は回折X線の強度で

ある.次に,干渉計を入れた状態で,試料を回転させながら,干渉計を出るO-波の

強度を測定した(Fig. 14(b)).| ∆φ | >10"の領域に注目すると,前方回折X線の強

度はほぼ一定であるのに,O-波の強度は激しく振動している.O-波の強度は,干渉

計内の二本のビーム間に生じる位相差を考慮することにより説明できる.干渉計内

で,一方のビームは空気中を通過し,他方は試料中を通過する.空気の屈折率はほ

ぼ 1であり,試料の屈折率は 1- α + ∆n  (∆φ)であるから,両者の間に生じる位相

差 η は

    ( ) ( )2 Re /n lη φ π α φ λ∆ = − + ∆ ∆       (6)

となる.空気による X線の吸収を無視すると,O-波の強度は次式で与えられる.

   

( ) ( ) ( ){ }( ) ( ) ( )( )

21 exp

  1 2 cos

I T i

T T

φ φ η φ

φ φ η φ

∆ ∝ + ∆ ∆

= + ∆ + ∆ ∆          (7)

ここで,T(∆φ)は試料を透過するX線の透過率である.この式を用いて計算したO-

波の強度を Fig.14(c)に示す.実験値と計算値は比較的良く一致している.両者の

Fig.13 Schematic view of the experimental setup. Monochromatic X-rays (λ = 0.1 nm) by a pair ofsilicon (220) perfect crystals are incident upon a triple Laue-case X-ray interferometer. Inthe interferometer, a (001)-oriented diamond slab with 1.09 mm thickness is inserted intoone of the two coherent beam paths. The diamond crystal is adjusted near to the Laue-case111 diffraction condition. The intensities of the interfering outgoing beams (O-beam and H-beam) are measured by detectors.

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X線分析の進歩 3333333333 41

偏光と位相に関連した放射光X線利用研究

僅かな差は,試料結晶の歪みによるものである.

 ここでは最も単純なX線二波回折の場合を紹介したが,本手法はX線,γ線,中

性子線などのあらゆる回折現象に応用することができる.すでに背面反射に関する

研究やイメージングの試みなどもなされており,本手法の用途が広がりつつある.

Fig.14 (a) Rocking curves of the diamond crystal measured without the X-ray interferometer. Thedashed line is the intensity of the diffracted beam, and the solid line is the intensity of theforward-diffracted beam. (b) Measured O-beam intensity with the X-ray interferometer. (c)Calculated O-beam intensity.

0

2000

4000

6000

0

4000

8000

12000

Forw

ard-

Diff

ract

ed In

tens

ity (c

ount

s)

Dif

frac

ted

Inte

nsity

(cou

nts)

(a)

∆ φ (arcsec)-50 -25 0 25 50

0

4000

8000

12000

Inte

nsity

of O

-wav

e (c

ount

s)

(b)

∆ φ (arcsec)-50 -25 0 25 50

0

10

20

30

-50 -25 0 25 50

Inte

nsity

of O

-wav

e(a

.u.)

∆ φ (arcsec)

(c)

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42 X線分析の進歩 3333333333

偏光と位相に関連した放射光X線利用研究

5.   おわりに

 偏光と位相に関連した放射光X線利用研究は非常に多岐にわたっており,現在も

網羅する領域を拡げながら急速に進展している.SPring-8,APS,ESRFなどの第三

世代放射光施設の登場,さらに TESLAや LCLSなどの X線自由電子レーザー計

画 22,23)といった,放射光科学を取り巻く今日の状況を考えるとき,この傾向はます

ます加速するであろうことが予想される.したがって,これまで以上の熱意をもっ

て,新しい研究テーマの開拓,実験方法や光学素子の開発・改良に取り組む必要が

ある.特に,X線自由電子レーザーに関しては難問が山積みになっており,卓越し

たアイデアと技術が大いに求められている.PFのような第二世代の放射光施設は,

ビームの輝度などの点で第三世代放射光施設より劣るものの,特に基礎研究の領域

で重要な役割を担うことができるであろう.なぜなら,基礎研究の領域では最初の

着想が最も重要であり,その検証と応用を行うのに,必ずしも最先端の光源を必要

としない場合が多いからである.PFのような施設は優れたアイデアを時間をかけて

ゆっくり育てていくのに適していると言える.   本稿で紹介したX線移相子や位相

型 X線 CTなどは,まさにその良い例である.

 本稿は,めざましく発展し続ける放射光科学の一端を素描したものにすぎないが,

今後の放射光科学の行方を考える上で,一つのヒントにでもなれば幸いである.

謝辞

 本稿で紹介した研究成果は,以下の方々との共同研究により得られたものです:

菊田惺志先生(SPring-8),石川哲也先生(SPring-8),板井悠二先生(筑波大学),圓

山裕先生(岡山大学),武田徹先生(筑波大学),上ヱ地義徳博士(東京大学),佐藤

公法博士(東京大学).この場を借りて皆様に心から感謝申し上げます.なお,本稿

で紹介した実験は,物質構造科学研究所・放射光研究施設(Photon Factory)と東

京大学工学部附属総合試験所・強力X線実験室を利用して行われました.スタッフ

の皆様の温かい御支援・御協力に心から感謝いたします.

参考文献

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X線分析の進歩 3333333333 43

偏光と位相に関連した放射光X線利用研究

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