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NTT技術ジャーナル 2017.5 56 再生可能エネルギーの雷リスク 2012年の再生可能エネルギー固定価格買取制度(FIT) が始まって以来,太陽光発電システム(PVシステム)や 風力発電システムは急速に増加し続けています.一方で, PVシステムや風力発電システムは,良好な日射量や風量 を得るため,周囲に障害物がない開けた土地に設置される ことから,直撃雷を受ける確率が高い設備であることを認 識しておく必要があります. NTTファシリティーズが国立研究開発法人新エネル ギー ・ 産業技術総合開発機構(NEDO)の受託業務として 実施したPVシステムの雷被害 ・ 対策技術の調査結果 (1) よると,中小容量PVシステムの年被害率は1〜2%となっ ています.一見,雷リスクとしては低いようにも思えます が,供用期間を20年とすると,運用中に雷被害が1回以 上発生する確率は,年被害率1%,2%でそれぞれ 18.2%,33.2%となります.特に大容量PVシステム(メ ガソーラ―)は,雷被害の頻度が高く(落雷確率は設備面 積に比例,設備高さの二乗に比例),雷被害時のインパク ト(復旧費用,発電損失)が大きいことから,必ず雷害対 策を実施しなければなりません.非導電性部(コンクリー ト基礎)も含めたメガソーラーの直撃雷リスクのシミュ レーション (2) では,パワーコンディショナ(PCS)や接 続箱において,機器の耐圧4.5 kVを大きく上回る数10 kV〜 約200 kVの 電 圧 が 発 生 す る 結 果 と な り ま し た 図1 ).対策としては,各機器にサージ防護デバイス z x y 落雷点② 接続箱(JB) 落雷点① パワーコンディショナ(PCS) パワーコンディショナ(PCS) 基礎・架台断面図 直流電源線 直流電源線 架台 DC電力線 コンクリート基礎 1.8 m 0.3 m 2.4 m 4.2 m 75.9 m 129 m 13.5 m 6 m 図 1  非導電部材(コンクリート基礎)を考慮したメガソーラーにおける直撃雷時の過電圧シミュレーションモデル f rom NTTファシリティーズ 再生可能エネルギーの雷保護と標準化動向 長期エネルギー需給見通しによると,全発電量に占める再生可能エネルギーの割合は,2030年度までに約20%(現在の約 2倍)になると予想されています.そのため再生可能エネルギーは,これまで以上に安定的な供給を維持することが要求され, 自然災害に対しても十分な対策が必要となります.ここでは,NTTファシリティーズが取り組んでいる雷害対策について,太 陽光発電システムを中心に対策の考え方や標準化動向を紹介します.

rom NTTファシリティーズ · ntt技術ジャーナル 2017.5 57 (spd)を設置することで,落雷時に発生する過電圧を機 器の耐圧以下に抑制することができます.pvシステムの

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NTT技術ジャーナル 2017.556

再生可能エネルギーの雷リスク

2012年の再生可能エネルギー固定価格買取制度(FIT)が始まって以来,太陽光発電システム(PVシステム)や風力発電システムは急速に増加し続けています.一方で,PVシステムや風力発電システムは,良好な日射量や風量を得るため,周囲に障害物がない開けた土地に設置されることから,直撃雷を受ける確率が高い設備であることを認識しておく必要があります.

NTTファシリティーズが国立研究開発法人新エネルギー ・ 産業技術総合開発機構(NEDO)の受託業務として実施したPVシステムの雷被害 ・ 対策技術の調査結果(1)によると,中小容量PVシステムの年被害率は1〜2%となっ

ています.一見,雷リスクとしては低いようにも思えますが,供用期間を20年とすると,運用中に雷被害が1回以上 発 生 す る 確 率 は, 年 被 害 率1 %,2 % で そ れ ぞ れ18.2%,33.2%となります.特に大容量PVシステム(メガソーラ―)は,雷被害の頻度が高く(落雷確率は設備面積に比例,設備高さの二乗に比例),雷被害時のインパクト(復旧費用,発電損失)が大きいことから,必ず雷害対策を実施しなければなりません.非導電性部(コンクリート基礎)も含めたメガソーラーの直撃雷リスクのシミュレーション(2)では,パワーコンディショナ(PCS)や接続箱において,機器の耐圧4.5 kVを大きく上回る数10 kV〜 約200 kVの 電 圧 が 発 生 す る 結 果 と な り ま し た

(図 1,表).対策としては,各機器にサージ防護デバイス

z

x

y

落雷点②

接続箱(JB)

落雷点①

パワーコンディショナ(PCS)パワーコンディショナ(PCS)

基礎・架台断面図

直流電源線直流電源線

架台DC電力線コンクリート基礎1.8 m

0.3 m

2.4 m

4.2 m

75.9 m

129 m

13.5 m

6 m

図 1  非導電部材(コンクリート基礎)を考慮したメガソーラーにおける直撃雷時の過電圧シミュレーションモデル

from NTTファシリティーズ

再生可能エネルギーの雷保護と標準化動向

長期エネルギー需給見通しによると,全発電量に占める再生可能エネルギーの割合は,2030年度までに約20%(現在の約2倍)になると予想されています.そのため再生可能エネルギーは,これまで以上に安定的な供給を維持することが要求され,自然災害に対しても十分な対策が必要となります.ここでは,NTTファシリティーズが取り組んでいる雷害対策について,太陽光発電システムを中心に対策の考え方や標準化動向を紹介します.

NTT技術ジャーナル 2017.5 57

(SPD)を設置することで,落雷時に発生する過電圧を機器の耐圧以下に抑制することができます.PVシステムの場合,ほとんどの配線が屋外に敷設されるため,落雷時の電磁誘導の影響を受けやすいことから,電源線だけでなく,通信 ・ 信号線などにもSPDを設置し,総合的に保護する必要があります(3).

再生可能エネルギーの貯蔵設備としても期待されている水素ステーションについても雷保護が必要です.NTTファシリティーズがWG(Working Group)主査としてかかわったNEDO研究開発事業(4)において,過去に複数回の雷被害が報告された実際の水素ステーションに人工的な雷

(雷インパルス)を印加する実験を行ったところ,ベントスタック*などの設備へ直撃雷があった場合だけでなく,近くの大地に落雷があった場合でも,水素ステーション内に雷サージが侵入することが分かりました(図 ₂).実験の結果,接地極間に約1kV以上の雷サージ電圧が印加されると,計器の誤作動や防爆バリアの損傷といった過去に発生した被害と同じ事象が再現することを確認しました.これらの結果を踏まえ,水素ステーションの設置環境による直撃雷 ・ 雷サージの発生頻度と,設備ごと(電源 ・ 製造 ・

貯蔵 ・ 充填設備など)の雷害時の影響度(水素漏洩や運用停止など)に応じた,雷害対策の要否と対策内容について整理しています.なお,対策効果のフィールド検証として,雷サージ対策を実施した同水素ステーションにおいて,雷サージ電流の観測を約5カ月間にわたり実施したところ,12回の雷サージ電流の侵入が確認されましたが,被害は1回も発生していません.これらの成果は,水素ステーションの雷害対策ガイドラインとしてまとめています.

再生可能エネルギーの雷保護に関する 標準化動向

IEC(International Electrotechnical Commission: 国際電気標準会議)において,再生可能エネルギーに関する雷保護規格の審議 ・ 制定が行われています(図 ₃).風力 発 電 シ ス テ ム に つ い て は,IEC TC(Technical Committee)88において,IEC61400-24「風力発電の 雷 保 護 」 が2010年 に 新 規 制 定 さ れ,2017年 のEdition2.0発行に向けて改定作業が進められています.また,PVシステムの雷保護に関しては,NTTファシリティーズが国内委員会委員長 ・ 国際エキスパートを担っているIEC SC37A WG3,5にて審議されており,2017* ベントスタック:不要な水素を安全に大気中に放出するための排気塔.

表 メガソーラーにおける落雷時のPCS/接続箱(JB)に発生する過電圧(kV₀-p)のシミュレーション結果

PCS JB① JB② JB③ JB④ JB⑤ JB⑥ JB⑦ JB⑧ JB⑨ JB⑩

落雷点① 1₄1 -₇₆.₂ -₄₀.1 -₂₂.1 -1₅.₀ 1₆.₇ -₂₂₈ ₅₃.₅ ₄₆.₄ ₅₉.₂ ₅1.₂

落雷点② ₉1.₇ -1₃.₀ -1₇.₇ -₂₂.₃ -₃₃.₆ -1₆₃ -1₇.₈ -1₉.₇ -1₉.₄ -1₉.1 -₂1.₄

ベントスタックへ印加

ベントスタック

水素ステーション

近傍大地へ印加

接地極へ印加

図 ₂  水素ステーションにおける雷インパルス印加試験

IEC TC81   Lightning protection(直撃雷保護,雷サージ保護全般の基本規格:11規格)

IEC TC88   Wind energy generation systems

IEC SC37A Low-Voltage SPDs

(風力発電システムの雷保護規格:1規格)

(低圧電源・通信・信号用SPDに関する規格:8規格(審議中含む))WG3 低圧電源用SPDの選定と適用基準

WG5 低圧電源用SPDの試験方法と要求性能

WG4 通信用SPDの試験方法と要求性能及び選定と適用基準

IEC SC37B Specific components for surge arrester and SPDs(SPDなどを構成する個別部品に関する規格 :9規格(審議中含む))MT1 GDTとMOVの試験方法 

MT2 ABDとTSSの試験方法 

WG3 耐雷トランスの試験方法

:NTTファシリティーズが国内委員長青字:NTTファシリティーズが国際エキス

パート赤字:NTTファシリティーズ当社が国際エ

キスパートおよび国際コンビナ

図 ₃  IECにおける雷保護関連規格の主な審議体系

NTT技術ジャーナル 2017.558

年7月にIEC61643-31「PVシステム用SPDの試験方法と要求性能」とIEC61643-32「PVシステム用SPDの選定と適用方法」がそれぞれ発行されます.これと並行して,当社が主査を務める国内WGでは,2017年2月の最終国際規格原案(FDIS)が成立した時点で翻訳作業に着手し,速やかにJIS(日本工業規格)が発行できるよう取り組んでいます.さらに,今後の直流需給制御 ・ グリッド化の雷保護に向けて,整流器や蓄電池などの直流電源用SPDの規格化も進められています.国際委員会のメンバのほとんどは雷防護メーカですが,当社はSPDユーザとして,またPVシステムや直流電源システムのSIerとして,特に安全性 ・ 信頼性および経済性の観点での意見を各規格に反映させています.

雷保護に関する標準化のトピックス

■電源SPD用分離器電源用SPDは,経年劣化や過大な雷サージによって短

絡故障に至る場合があるため,故障したSPDを電路から切り離すための「SPD分離器」をSPDと直列に設置しなければなりません.これまではSPD分離器として,雷サージで不要動作しないように定格電流が大きなブレーカーやヒューズ(例:定格125 AのgGヒューズ)が使用されていました.そのため,SPDが故障した際に分離器の遮断動作に遅延が生じることから,SPDの焼損や上位遮断器トリップによる給電停止などの障害に至る場合がありました(図 ₄).

そこでNTTファシリティーズでは,雷保護における安全性を確保するため,定格電流30 A相当の高速遮断特性を有しながら,20000 Aの雷サージ電流でも溶断しない

SPD分離器専用のヒューズ(FDSシリーズ)を開発しました(図 ₅(a)).SPD内蔵の熱切り離し機構とFDSシリーズを組み合わせて使用することにより,SPD故障時の全電流領域での遮断が可能となったことから,平成27年版国土交通省建築電気設備設計基準におけるSPD分離器の要求性能にも反映されています.また,現在,改定作業中のIEC61643-12「低圧配電システム用SPDの選定と適用方法」にも日本から意見を提出しており,現在の国際規格原案(CD)に当社のFDSシリーズの特性が取り入れられています(図5(b)).これらの一連の取り組みに対し,2016年12月に第64回電気科学技術奨励賞を受賞しました.■電源用 ・通信用耐雷トランス

電源線や通信線から侵入する雷サージに対する対策には,SPDによって雷サージ電流を接地にバイパスさせる

(=配線と接地の一時的な等電位化)方法のほか,耐雷トランスにより,配線の一部を物理的に絶縁し,雷サージの侵入を防止する方法があります.耐雷トランスは,無線基地局の電源引込み線や異フロア通信線用の絶縁モジュール

(インタフェースC)など,これまでNTTグループにおいて多くの実績がありますが,実は海外ではほとんど使用されていません.そこで,2012年に日本からSurge Isolation Transformer (SIT)としてIECにNP提案(New work item Proposal)し,NTTファシリティーズが国際コンビナとして規格原案を取りまとめ,2016年10月にIEC61643-351「 通 信 及 び 信 号 用SITの 要 求 性 能 と 試 験 方 法 」,2017年3月にIEC61643-352「通信及び信号用SITの選定と適用基準」を制定しました.現在,電源用SITについても新規格制定に向けて取り組んでいます.SITの対策はSPDに比べて雷保護効果が高い反面,コスト的には高

電源用SPD

電源用SPD

図 ₄  不適切なSPD分離器の選定による電源用SPDの焼損例

NTTファシリティーズfrom

NTT技術ジャーナル 2017.5 59

いのが現状です.SITが国際標準化され,市場が国外にも拡大することで価格低減が図られると考えています.

今後の展開

今後の100年間で,落雷数は現在の約2倍になるといわれています.また,電子機器の省エネのため,ICなどの駆動電圧が低下することにより機器のサージ耐力は低下する傾向にあります.さらに,電力のグリッド化やIoTによる機器間のネットワーク化が進むと,雷サージの侵入経路が増加することになり,雷リスクはこれまで以上に高くなると想定されます.一方,雷放電特性の解析や雷害対策技術の高度化も進んでおり,「技術」により雷リスクを低減することは十分に可能です.NTTファシリティーズでは,さらなる雷保護技術の研究 ・ 開発,雷リスク低減の標準化 ・ 法制度化,啓発活動を通して,安心 ・ 安全な社会の実現に貢献していきます.

■参考文献(1) 新エネルギー ・産業技術総合開発機構:“平成21年度成果報告書 太陽光

発電システム雷害の状況 ・被害低減対策 技術の分析 ・評価などに係る

業務,” 2010.(2) S. Mochizuki, K. Yonezawa, Y. Takahashi, T. Idogawa, and N. Morii:

“Surge Current Withstand Capabilities of SPDs in PV Systems Using the FDTD Method,” Proc. of APL 2015,Nagoya,Japan,June 2015.

(3) 森井:“太陽光発電システムの雷被害と対策及び標準化動向について,” 静電気学会誌,Vol.40,No.6,pp.283-288,2016.

(4) 新エネルギー ・産業技術総合開発機構:“水素ステーションにおける雷被害対応技術の研究開発,” 2016.

(5) A. Sato, N. Morii, and H. Sato:“Requirements for and development of fuse-type SPD disconnector,” Proc. of ICLP 2014,Shanghai,China,Oct. 2014.

◆問い合わせ先NTTファシリティーズ 研究開発部 ファシリティ部門 建物ソリューション担当

TEL ₀₃-₅₆₆₉-₀₈₃₀FAX ₀₃-₅₆₆₉-1₆₅₂E-mail moriin₂₂ ntt-f.co.jp

(a) 外観

機器内蔵タイプ

IEC標準タイプ

Table. Examples of electrical ratings for disconnectors

(b) IEC61643-12 ed3.0 に掲載予定のFDS特性

Figure. Time-current Characteristics of SPD and SPD disconnector

SPD disconnector(FDS-30A)

SPD

10000

1000

100

Current(A)

10

10.001 0.01 0.1 101

Time(s)100 1000

Rated current

30 A28 A

23 A

20 kA:15 times

Surge waveshape Breaking capacity

AC250 V100 kA8/2015 kA:15 times

10 kA:15 times

Surge withstand capability

図 ₅  SPD分離器用ヒューズ(FDSシリーズ)