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マスコミ論(伊藤賢一) 2008/06/09 19 第 9 回 マス・メディアと暴力 9-1) メディア暴力は有罪か マス・メディア(特にテレビ、画)に登場する力シーン(以後、「メディア力」と記述) 実際の人々の力傾向と関係があるのではないか、と多くの人々が思っている。 ・アメリカでは 1940 年代からテレビと青少年との接触に関する研究、特に力との関係に注目 ・日でも 1994 年に総務庁青少年対策部による調査 全体としては、メディア力と力的行為との関係は明確 9-2) メディア暴力をめぐる理論 a) カタルシス効果 カタルシス catharsis もともとはアリストテレスが、悲劇がもつ感情浄化・解放作用をこう呼んだ メディア力はカタルシス作用を持っているのではないか、という説 メディア力に接触することによって、視聴者は代理的に攻撃に参加し、自分の攻撃的・敵対 的感情を、誰をも傷つけることなく、和らげることが可能となる、とされた フェッシュバック(Feshbach, S., 1955欲求不満を持った学生が、物語をくことによって欲求不満を解消 フェッシュバックとシンガー(Feshbach, S. and Singer, R. D. 1971宿舎で生活する少年たち 625 名を対象に、力番組と非力番組を見せ、攻撃性を調査 力番組を視聴した少年たちの方が攻撃的傾向が減少 結果の解釈、評価の仕方が批判される b) 観察学習効果 人は生まれ持って犯罪や力を行うわけではなく、それらの行為をどこかで観察し学ぶ(観察学習 observational learning)。メディアで示された力行為を習得し、ある状況でそれを実行する。 リーバート(Liebert, R. M., 1972)による図式化 1)刺激接触、(2)習得、(3)受容の三段階に分ける バンデューラら(Bandura, A. et. al., 1963)の実験 保育園児 96 名(男児 48 女児 48)に対して、等身大の人形に対する力行為を示す 力刺激を示した方が、示さないよりも多くの力行為が観察される 力行為の提示の際に、力によって罰を受けることを示すと、抑止効果が見られる

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マスコミ論(伊藤賢一) 2008/06/09

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第 9 回 マス・メディアと暴力

9-1) メディア暴力は有罪か

マス・メディア(特にテレビ、映画)に登場する暴力シーン(以後、「メディア暴力」と記述)

→ 実際の人々の暴力傾向と関係があるのではないか、と多くの人々が思っている。

・アメリカでは 1940年代からテレビと青少年との接触に関する研究、特に暴力との関係に注目

・日本でも 1994年に総務庁青少年対策本部による調査

→ 全体としては、メディア暴力と暴力的行為との関係は明確

9-2) メディア暴力をめぐる理論

a) カタルシス効果

カタルシス catharsis → もともとはアリストテレスが、悲劇がもつ感情浄化・解放作用をこう呼んだ

メディア暴力はカタルシス作用を持っているのではないか、という説

→ メディア暴力に接触することによって、視聴者は代理的に攻撃に参加し、自分の攻撃的・敵対

的感情を、誰をも傷つけることなく、和らげることが可能となる、とされた

フェッシュバック(Feshbach, S., 1955)

欲求不満を持った学生が、物語を書くことによって欲求不満を解消

フェッシュバックとシンガー(Feshbach, S. and Singer, R. D. 1971)

宿舎で生活する少年たち 625名を対象に、暴力番組と非暴力番組を見せ、攻撃性を調査

→ 暴力番組を視聴した少年たちの方が攻撃的傾向が減少

→ 結果の解釈、評価の仕方が批判される

b) 観察学習効果

人は生まれ持って犯罪や暴力を行うわけではなく、それらの行為をどこかで観察し学ぶ(観察学習

observational learning)。メディアで示された暴力行為を習得し、ある状況でそれを実行する。

リーバート(Liebert, R. M., 1972)による図式化

(1)刺激接触、(2)習得、(3)受容の三段階に分ける

バンデューラら(Bandura, A. et. al., 1963)の実験

保育園児 96名(男児 48女児 48)に対して、等身大の人形に対する暴力行為を示す

→ 暴力刺激を示した方が、示さないよりも多くの暴力行為が観察される

→ 暴力行為の提示の際に、暴力によって罰を受けることを示すと、抑止効果が見られる

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c) 脱感作効果

人間は物事に慣れるもの(脱感作 desensitization)。メディア暴力に慣れてしまうと、暴力に対する

嫌悪感がなくなり、平然と受けとめることになるのではないか。

ドラブマンとトーマス(Drabman, R. S. & Thomas, M. H., 1974)

小学校 3-4年生 44名(男 22女 22)の半分だけに暴力行為の多い西部劇を見せ、その後二人の子供が別の部

屋で遊んでいるのを観察させ、何か起きたら知らせるように指示

→ 二人は実験者に、ケンカをするように指示されている

→ 西部劇を見なかった子供は 58%が知らせたのに、見た子供の 17%しか知らせなかった

d) 涵養(培養)効果

ガープナーが提唱(Gerbner, G, & Gross, L, 1976)

人々はテレビと現実を混同し、テレビの世界を現実のものとして受け入れてしまうことがある

テレビ視聴が多い人ほど、テレビによって世界観を涵養(cultivation)される傾向が強いはず

テレビ的世界の実態を統計的にとらえる → テレビ的答え(television answer)を作成

テレビ視聴の量が多い視聴者の方がテレビ的答えが多くなる傾向

9-3) メディア暴力への対応

岩男壽美子(2000) → 一週間にわたり午後 5時から 11時までの時間帯に放映されたドラマ番組の内容を分析

1977, 1980, 1983, 1986, 1989, 1994年に同じ時期を選んで調査

この間に怪我をした登場人物は 1744人、死者は 1001人。日本のテレビ番組も多くの暴力描写。

→ 必要なのは、メディアの中の暴力行為を減らすことではないか(日本では自主規制のみ)

教育的介入(educational intervention)の試み → メディア・リテラシーの一環として各国で実施

9-4) テレビゲームと暴力

2000年 8月大分県野津町一家 6人殺傷事件 → テレビゲームに対する関心が高まる

メディア暴力との違い → ①役割演技・参加性、②暴力行為への報酬性、③暴力行為の正当化、

④難易度・活動性・競争性

研究の数は少ないが、概ね影響を認める方向

【参考文献】

岩男壽美子, 2000, 『テレビドラマのメッセージ ― 社会心理学的分析』, 勁草書房

佐々木輝美 1996, 『メディアと暴力』, 勁草書房

村松泰子, 1982, 「マス・コミュニケーションの内容」, 竹内・児島編, 『現代マス・コミュニケーション論』, 有斐閣

渋谷明子, 2003, 「テレビゲームと暴力」, 坂元章編, 『メディアと人間の発達』, 学文社.

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図 9a 人々の信頼度について「テレビ的答え」をした人の割合(%)(佐々木, 1996: 77)

図 9b 日本のテレビドラマにみる暴力 (岩男, 2000: 149, 159)

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日本経済新聞, (2005年 11月 6日)