Title 前立腺肥大症に対する新しい経尿道的温熱療法装置の臨床成績

Author(s) 伊藤, 貴章; 並木, 一典; 相沢, 卓; 小川, 正至; 鉾石, 文彦; 大久保, 雄平; 三木, 誠

Citation 泌尿器科紀要 (1993), 39(11): 997-1001

Issue Date 1993-11

URL http://hdl.handle.net/2433/117986

Right

Type Departmental Bulletin Paper

Textversion publisher

Kyoto University

泌 尿達…己要39:997-1001,1993 997

前立腺肥大症に対する新しい経尿道的

温熱療法装置の臨床成績

東京医科大学泌尿器科学教室(主 任:三 木 誠教授)

伊 藤 貴章,並 木 一典,相 沢 卓,小 川 正至

鉾石 文 彦,大 久 保雄平,三 木 誠

NEW MICROWAVE TRANSURETHRAL HYPERTHERMIA

FOR BENIGN PROSTATIC HYPERPLASIA

—CLINICAL EVALUATION—

Takaaki Ito, Kazunori Namiki, Taku Aizawa, Masashi Ogawa

Fumihiko Hokoishi, Yuhei Ohkubo and Makoto Miki

From the Department of Urology, Tokyo Medical College

Several types of hyperthermic apparatuses are employed to treat benign prostatic hyperplasia

(BPH). As the prostate surrounds the urethra, we believed that transurethral heating allowed for more efficient and uniform heating. A new effective apparatus for this objective was developed. The size of our hyperthermic apparatus was about 52x 45x 20 centimeters and the originating frequency was 2,450±30MHz. We used T-type thermocouples as temperature sensors. The tran-surethral applicator had a cooling system. Thirty patients complaining of obstructive symptoms due to BPH were treated. Hyperthermia was performed 3 6 times for each patients (two times

per week). Each procedure was performed for 60 minutes. The temperature was controlled at 39°C on the urethral surface (43°C at prostate). The overall efficacy of this treatment was effective in 23 of the 30 patients (76.7%). In addition, there were no severe complications. As the size of this apparatus was miniaturized, it could be used at the bed side.

(Acta Urol. Jpn. 39: 997-1001, 1993)

Key words: Benign prostatic hyperplasia, Hyperthermia, Transurethral heating

緒 言

前立腺 肥大症に対する治療法 としては,従 来手術療

法 と薬物療法が主 として行われて きたが,最 近新 しい

保存的療法 と して温熱療法 の有用性 が 報告 さ れ て い

る1-9).著 者 ら もオ リンパス社 と経尿道的 温熱療法装

置t(HT-2"を 共同開発 し,そ の装置の概要 および基

礎的実験 の結果について報告 して きた10・lt).今回,こ

の装置 を小型化 したオ リンパス社製マイ クロ波加温装

置tCUWW"を 用 いて前立腺肥大症患者 の治療を行い,

臨床効果について検討 し良好な結果をえたので報告す

る,

対 象 と 方 法

1.対 象症例

対象は前立腺肥大症 と診断 され,手 術が必要 と判断

され るも何 らかの理 由に よ り手術できなか った症例30

例 であ る.年 齢 は57歳 か ら82歳(平 均68.7歳)で あっ

た,前 治療 として非 ホルモソ性治療薬の投与 されてい

た例が7例,ホ ルモ ン性治療薬の投 与され ていた例が

2例 あ りいずれ もその効果は不十分であ っ4e.合 併疾

患 としては心疾患が2例,高 血圧が9例,糖 尿病が2

例,高 血圧 と糖尿病の両者が2例,そ の他が5例 であ

った.

2,温 熱療法装置

治療 に用いた装置はオ リンパス社製 マイ クロ波加温

装置 曜℃MW"で,先 に著者 らが報告 した装置10・11)を

臨床に適す るように小型化 した も の で あ る.装 置は

2,450±30MHzの マイ クロ波を発生 す る本体 と冷却

水を灌 流させ るポンプ,さ らに治療を記録す る コンピ

ュータよ りな っている(Fig.1).

経尿道的 アプ リケーター(Fig・2)は 従来用いて き

998

騨蝉酵

,と

泌尿紀要39巻11号1993年

贈臨

轟

Fig.1.Themicrowavegenerator。

グ巡__ノ/o=ノ ー

《 。,P/

一Fig.2.Thetransurethralapplicators.

た2重 管型冷却水灌流装 置 付 き軟 性 アプ リケー ター

(シ リコン製)と 硬性アブ リケーター(テ フロン製)IO)

を症例 に応 じて使い分 けた,こ れ らのアプ リケーター

は冷却水 を灌流 させ ることに より尿道粘膜を保護で き

るようになってい る.温 度測定にはT型 熱 電 対 を 用

い,ア プリケーターの先端 で2ヵ 所 の測温が可能にな

っている.

3.治 療方法

キ シロカイ ンゼ リー にて 尿道粘膜麻酔 を 施 行 した

後,ア プリケーターを挿入 し,そ の先端に付いてい る

バルー ンをふ くらませ アプ リケーターを適切な部位に

固定 した.

本装置は設定温度に よって 自動的にontoffす るよ

うに制御 されてお り,著 者 らは寒天 ファン トムや犬を

用 いた基礎実験で尿道表面を39℃,冷 却水7m1/min

に設定す ると前立腺 内部は43℃ に加温 される ことを

確認 し,実 際の治療 でもアプ リケーターの測温部の最

もマイ クロ波 の アンテナに近い部の尿道表 面の温度を

39℃ に設定 した10).

治療は1回60分 で,原 則 として週2回,合 計3回 か

ら9回 外来にて施行 した.前 治療が行われてい る例で

は,そ れ らをすべて中止 し4週 を経過 した後,温 熱療

法を施行 した.

尿路感染防止のため治療中 は抗生物質の投与を行っ

た.

4.有 効性の評 価

自覚的所見はTableIに 示す ようにス コア値 とし

て算 出 し,他 覚的所見 は残尿量 と平均お よび最大尿流

量 率を測定 した.さ らに 自覚的所見を刺激 症状(昼 間

排 尿回数,夜 間排 尿回数)と 閉塞症状(尿 線の状態,

排 尿開始遅延,排 尿時間延長)に 分け治療前後でのス

コアの変化を調べた.こ れ らは,治 療前お よび治療後

1か 月 目に測定 し効果 を判定 した.

評価基準 として,自 覚的所見は スコア値 の合計 が50

%以 上減少 した場 合 をtt著 効",25%以 上50%未 満の

減少を 駅有効",25%未 満 の減少をtt無 効",ス コア値

が増加 した場合を"悪 化"と した.

他覚的所見 の評価基準 として,残 尿量が25%以 上減

Tablel・Thescoreofsubjectivesymptom

ス コ ア 0 1 2 3 4

昼間排尿回数

夜間排尿回数

尿線の状態

排尿開始遅延

排尿時間延長

4回 以下

0回

良好

5-6回

1回

やや良好

十

十

7-9回

2回

減弱

十

十

10回以上

3回4回 以上

常に減弱

帯

帯

伊藤,ほ か:前 立腺肥大症 ・経尿道的温熱療法

Table2.Theoverallevaluationcriteriaofsubjectiveandobjectivesymptom

自覚的所見 他覚的所見 総合評価基準

著 効 改 善 非常に有効

著 効 やや改善

有 効 改 善 有 効

有 効 やや改善

著 効 不 変 やや有効

無 効 改 善

上記以外の組み合わせ 有効でない

少 し残 尿量の差が30m1以 上の場合を"改 善",25%

以上減少 して い るが,残 尿量の差 が30ml未 満の場

合を 曜曙やや改善",そ れ 以外 を 曜曜不変"と した.尿 流

量 率は平 均 尿 流 量 率 をSirokyi2)の ノモグラムを用

いて評価 した.ノ モ グラム上のSD区 分 でISD区

分以上 の改善があった場合をtt改 善",ISD区 分以 内

の改善が あった場合を(tや や改善",そ れ 以外をtc不

変"と した.こ れ ら残尿量 と尿流量率を合 わせて評価

し,最 終的な他覚的所見の評価 と した.す なわ ち残尿

量,尿 流量率のいずれ も改善 した場合を 喝敏 善",い

ずれか一方が改善 した場合,ま たいずれ もやや改善の

場 合をやや 更敏 善",い ずれ も改善 し な い場合を 星曜不

変"と した.

これ ら自覚的所見お よび他覚的所見を合わせ て総合

評価を行った.評 価基準はTable2に 示 したごと く

である.

副作用については 自覚症状に加 えて,治 療前後 の血

算,血 液生化学,前 立腺腫瘍 マーカー,つ ま りpros一

999

taticspecificantigen(PSA),γ 一sem正noprotein(γ 一

Sm),prostaticacidphosphatase(PAP)の 測 定,

検 尿 を 治療 前 お よび 治 療後1ヵ 月 目に 行 い 検 討 した.

有意 差 の検 定 にはWilcoxonの 符 号付 き 順 位和 検

定 お よびpaired・t検 定 を用 いた.

結 果

1.自 覚 的所 見

著 効16例,有 効11例,無 効2例,悪 化1例 で あ っ

た.治 療 前後 の ス コア値 は,治 療 前10.5±2.7(mean

±SD)か ら治 療 後5.7±3.4と な り有 意(P<0.Ol)に

減 少 して いた(Fig.3).

刺 激 症 状 ス コ アの平 均 値 は 治 療 前4.9か ら治 療 後3,1

とな り,閉 塞 症 状 ス コア の平 均 値 は 治 療 前5.0か ら治

療 後1.6と 減 少 し,症 状 の 改 善 は 閉 塞 症 状 に 大 き い傾

向 が あ った.

2.他 覚 的所 見

改 善2例,や や改 善18例,不 変10例 で あ った.尿 閉

状 態 で あ った な ど何 らか の理 由で 測 定 で きな か った 例

を 除 き統 計学 的 検 定 を 行 った,残 尿量 は 治療 前68.3

±57.1m!(mean±SD)で,治 療 後53.5±55.Omlと

な り有意(P<0.Ol)に 減 少 して い た(Fig.3).平 均

尿 流量 率 お よび 最 大 尿流 量 率 は,そ れ ぞ れ 治 療 前2.7

±L2ml/sec(mean±SD),6.0±2.8ml/secで 治 療 後

4.4±23ml/sec,8.8±3.9m1/secと な り両者 ともに 有

意(P<0,01)に 増 加 して いた(Fig.3).ま た,治 療

前 に 尿 閉 でバ ル ー ンを 留置 して い た 例 は4例 あ り,う

ち2例 で バ ル ー ン抜 去 可能 とな った.

3.自 覚的 所 見 と他 覚 的所 見 の総 合 評 価

`λ コア,

10

5

0

自覚的所見

MEAN±SD

P《0。Ol

CmI}

100

50

0

残 尿 量

MEAN±SD

Pく0.0且

`ml'5●c,

¶0

5

尿 流量 率

'"。"」F均 簾濱量率

一 量大巌瀧量皐

〒

0

MEAN±SD

Pく0.0且

治療前 治療後 治療前 治療後 治療前 治療 後

Fig・3・Thechangeofsubjectivesymptomscore,residualurinevolumeandurinaryflowrate

1000 泌尿紀要39巻11号1993年

自覚的所見 と他覚的所見を合わせた総合評価では,

非常 に有効2例,有 効17例,や や有効4例,有 効でな

い7例 であ り,30例 中19例(63,3%)が 有効以上の結

果 を示 し,や や有効例 を含め ると23例(76.7%)に 何

らか の効果が認め られた.

4.副 作用

副作用 の認 め られた 症例 は5例(16.7%)で あっ

た.各 治療 ごとに認 め られた のは2例 のみで,5例 と

も副作用に対す る特別な処置は必要 とせず,治 療 を中

断せ ざるをえなか った症例はなかった.副 作用 の内訳

はのべ症例数で,尿 意切迫感2例,排 尿時痛2例,血

尿2例,下 腹部痛1例 であ った.血 算,生 化学,前 立

腺腫瘍 マーカーに異常 の見 られた例はなか った.

考 察

近年,社 会の高年齢化に伴 い,前 立腺肥大症は増加

してい くと考 え られ る.ま た,心 疾患や糖尿病な どの

基礎疾患を持 った例 も増え,手 術困難な症例 も増えて

くることが予想 され る.そ の ような症例に対す る保存

的療法 として,尿 道 バルー ソ拡張術夏3),尿道 ステ ン

ト14),温熱療法 「-9)などの有用性が報告 されてい る.

温熱療法は,前 立腺内部 の温度を43℃ 前後に加温

し,複 数回施行す る方法1)-9)と45℃ 以上 に加温 し,

1回 施行 す る方法(高 温度治療 と呼ばれ てい る)15・16)

に分け られ る.

前者 では おもに 経直腸的 アプ リケーター が 用 い ら

れレ5・7-9),治療成績は,本 邦では,自 覚的所見,他 覚

的所見的 を総合評価 で岡田 ら8)が70%,本 間 ら9)が,

67.7%,安 本 ら7)が63%と 報告 して い るが,Stroh-

maierら4),Srangaら5)の 報告 では,そ れぞれ7.1%,

28%で あ り,Strohmaierら4)は あま り有効ではない と

報告 してお り,評 価は まち まちである.一 方,経 尿道

的 アプ リヶ一ターを用いたSapozinkら6)ら は,10回

の複数回施行に より,自 覚的所 見で81%,他 覚的所見

で71%の 高い有効率 をえた と報告 して いる.前 立腺が

尿道を取 り囲む ように存在するとい う解剖学的特 徴か

ら,経 尿道的に加温 したほ うが よ り効果的 と考え,著

者 らも経尿道 的アプ リケーターを利用す る装置を開発

した10).そ して自覚的所見では30例 で中27例 で何 らか

の改善が見 られ,自 覚的所見 と他覚的所見を合わせた

総合評価 でも76.7%に 何 らか効果 を認め,良 好な結 果

を示 した.ま た,Sapozinkら6)の 用 いた アプ リケー

ターは冷却機能がないが,本 装置に おいては2重 管型

の冷却水 灌流装置がついてお り1。)尿道粘膜 を保護 でき

る利点 がある,

45℃ 以上 に 加温 す る高温度治療 に関 して,福 庭

ら16)が経尿道的 アプ リケーターを用 いた装置で,有 効

性80%と 報告 している.Devonecら17・18)に よると・

前立腺を45℃ 以上に加温す ると前立腺 内部に変性壊

死が生 じ,そ れ が線維組織に置 き変わ りそ の結果前立

腺が縮小する と報告 されてお り,馬 場 ら15)も前立腺を

45℃ 以上に加温する単 回治療後 のTUR標 本に 肉眼

的な壊 死を認めた と報告 している.一 方,わ れわれの

装置をは じめ前立腺を43℃ に 加温 す る 複数回治療

では,著 明な組織変 化は生 じない とされてお り19),著

老 らの成犬前立腺に よる検討 でも熱に よる組織変化は

な く10),よ り非侵襲的 といえる.

前立腺肥大症に対す る温熱療法の作用機序はい まだ

に よく解 明され てい ない.前 立腺内部の α一receptor

の障害7・19)や平 滑筋 の障害7),な ど が 上げ られている

が,推 測の域を脱 していない.こ の ような ことか ら現

段階では,あ る程度placebo効 果が ある ことは否定

できないが,他 覚的所見で明 らかな効果が認 め られ た

症例や,尿 閉でバ ルー ンを留置 していた例 で自排 尿が

可能にな った例 もあ り,治 療効果があったこ とは明ら

かであ る.今 後 さらに症例数を増や し,詳 細 な検討 を

す る予定である.

われ われ の装置 は他の報告7-9)の915MHzと 異 な

り2,450±30MHzの マ イクロ波 を用 いて い るため,

小型で安価 な装置が作製可能である旦o).今回使用 した

装置 もマイ クロ波発生装置本体 は 高 さ20x幅45x奥

行52cmと 小型で,治 療に際 し,ベ ッ ドサ イ ドで簡

単に実施でき便利であ る.

本装置の有効性を他の装置 と比較す るこ とは統一 さ

れた基準がないため困難であ る.前 立腺肥大症 の重症

度の分類 につ いてもい くつか試 み られ ている20・21)b:各

報告で異 なっている現状であ る.今 後統一 した基準で

有効性を判断すべ きであ るが,少 な くとも今回の検討

では,本 装置に よる前立腺肥大症に対す る治療は,重

篤な合併症 もな く安全で,有 効な治療法 のひとつ と考

えられ る.

結 語

著者 らがオ リソパス社 と共同開発 した装置 を小型 化

した,オ リンパス社 製 マイ クロ波加温装置 璽℃MW"

を用いて前立腺肥大症 に対 し経尿道的温熱療法 を施 行

した.自 覚的所 見,他 覚的所見を合わせた総 合評価 で

76.7%の 症例に何 らかの効果を認め,璽 篤な副f'F用も

な く,安 金で有効な治療法 と考え られた.

文 献

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鶴 臨 鷺1欄)(迅速 掲載)