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東レリサーチセンター The TRC News No.120(Feb. 2015) 37 1.はじめに miRNA(マイクロRNA)は、遺伝子の発現を調節す る機能を有する長さ2025残基のRNAであり、タンパク 質をコードしないncRNAの一種である。分子量は50008000 Daで、一般的な検出方法を図1に示す。 図1 miRNAの一般的な検出方法 これまでの研究から、miRNAはがん細胞において発現 量が特異的に変化することがわかり、がんの特異的バイ オマーカーとしての有用性が期待されている。図2に乳 がんに関連するmiRNAを示す。赤字で示すmiRNAはが んで発現量が増加、青字で示すmiRNAは減少することが わかっている。 これらのmiRNAの高精度・高感度な測定法が開発でき れば、超早期な乳がん診断が可能となる。 図2 がんに関連するmiRNA miRNAの一般的な測定手法は図₁に示した通りである が、ここでは、2種類の質量分析装置を用いた新たな測 定方法を紹介する。 2.測定対象物質の配列 測定対象物質の配列を図3に示す。測定対象として let-7miR-92a-2-5pを選択した。 let-7a 22 残基のmiRNAで分子量は7181.2 である。 let-7aには、配列の僅かに異なるlet-7 familyが複数存在 する。今回は、その中から12塩基配列が異なる、let- 7b7c7dを用いて、 API5000 LC-MS/MSシステム(以 API5000)を用いた定量測定法の開発を行った。 一方、miR-92a-2-5pは、22残基のmiRNAで分子量は 7180 Daである(図3 ⑤)。配列の長さの異なるmiRNA 7種用意し、Autoflex speed MALDI-TOF/MS(以下 Autoflex speed)を用いて測定方法の開発を行った。 図3 測定対象の配列 3.それぞれの装置の特徴について 2種類の質量分析装置の特徴を図4に示す。これらの装 置を使用し、高感度に精度よく測定するためにはそれぞ れ化合物にあった測定条件の最適化が必要となる。 API5000ではカラムや移動相の選定といったLC条件 の検討から、プリカーサーイオンQ1、及びプロダクトイ オンQ3の選択といったMS条件の最適化が必要となる。 一方、Autoflex speedでは最適なマトリックスを選定 する必要がある。 図4 2種類の質量分析装置 4.API5000によるlet-7分析結果 具体的なプリカーサーイオン選択の事例を紹介する。 miRNAは高分子化合物のため、MS検出できない可能 性があるが、多価イオンを検出すれば、検出可能であ る。図4に示した様にAPI5000の質量範囲は1250までと なっているため、1250以下が選択対象のイオンとなる。 miRNAのモデル化合物であるlet-7aのプリカーサーイオ ンの検出結果を図5に示す。let-7aは分子量が7181.2[特集]第11回医薬ポスターセッション E-4:質量分析装置を用いた miRNAの測定データ紹介 医薬営業部兼生物科学研究部 廣川 順一 ●E-4:質量分析装置を用いたmiRNAの測定データ紹介

TORAY - E-4:質量分析装置を用いた miRNAの測定データ紹介...38・東レリサーチセンター The TRC News No.120(Feb. 2015) が、多価イオンのうち、11価のイオン強度を頂点として、

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東レリサーチセンター The TRC News No.120(Feb. 2015)・37

1.はじめに

 miRNA(マイクロRNA)は、遺伝子の発現を調節する機能を有する長さ20~25残基のRNAであり、タンパク質をコードしないncRNAの一種である。分子量は5000~ 8000 Daで、一般的な検出方法を図1に示す。

図1 miRNAの一般的な検出方法

 これまでの研究から、miRNAはがん細胞において発現量が特異的に変化することがわかり、がんの特異的バイオマーカーとしての有用性が期待されている。図2に乳がんに関連するmiRNAを示す。赤字で示すmiRNAはがんで発現量が増加、青字で示すmiRNAは減少することがわかっている。 これらのmiRNAの高精度・高感度な測定法が開発できれば、超早期な乳がん診断が可能となる。

図2 がんに関連するmiRNA

 miRNAの一般的な測定手法は図₁に示した通りであるが、ここでは、2種類の質量分析装置を用いた新たな測定方法を紹介する。

2.測定対象物質の配列

 測定対象物質の配列を図3に示す。測定対象としてlet-7とmiR-92a-2-5pを選択した。 let-7aは22残基のmiRNAで分子量は7181.2である。let-7aには、配列の僅かに異なるlet-7 familyが複数存在する。今回は、その中から1~2塩基配列が異なる、let-7b、7c、7dを用いて、API5000 LC-MS/MSシステム(以下API5000)を用いた定量測定法の開発を行った。 一方、miR-92a-2-5pは、22残基のmiRNAで分子量は7180 Daである(図3 ⑤)。配列の長さの異なるmiRNAを7種用意し、Autoflex speed MALDI-TOF/MS(以下

Autoflex speed)を用いて測定方法の開発を行った。

図3 測定対象の配列

3.それぞれの装置の特徴について

 2種類の質量分析装置の特徴を図4に示す。これらの装置を使用し、高感度に精度よく測定するためにはそれぞれ化合物にあった測定条件の最適化が必要となる。 API5000ではカラムや移動相の選定といったLC条件の検討から、プリカーサーイオンQ1、及びプロダクトイオンQ3の選択といったMS条件の最適化が必要となる。 一方、Autoflex speedでは最適なマトリックスを選定する必要がある。

図4 2種類の質量分析装置

4.API5000によるlet-7分析結果

 具体的なプリカーサーイオン選択の事例を紹介する。miRNAは高分子化合物のため、MS検出できない可能性があるが、多価イオンを検出すれば、検出可能である。図4に示した様にAPI5000の質量範囲は1250までとなっているため、1250以下が選択対象のイオンとなる。miRNAのモデル化合物であるlet-7aのプリカーサーイオンの検出結果を図5に示す。let-7aは分子量が7181.2だ

[特集]第11回医薬ポスターセッション

E-4:質量分析装置を用いたmiRNAの測定データ紹介

医薬営業部兼生物科学研究部 廣川 順一

●E-4:質量分析装置を用いたmiRNAの測定データ紹介

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38・東レリサーチセンター The TRC News No.120(Feb. 2015)

が、多価イオンのうち、11価のイオン強度を頂点として、6価から22価まで検出された。今回、最も感度が良かった11価、m/z 651.8をプリカーサーイオンQ1に設定した。

図5 プリカーサーイオン選択の事例

 API5000によるlet-7ファミリーの測定結果を図6に示す。上からlet-7a、7b、7c、7dのクロマトグラムを示した。let-7aの検量線で1.4 fmolから140 fmolまでの直線性が得られた。

図6 API5000によるlet-7ファミリーの測定結果

5.AutoflexspeedによるmiR-92a-2-5p分析結果

 マトリックスの構造式とその結晶構造を図7に示す。

図7 マトリックスの構造式とその結晶化の様子

 3種のマトリックスとしてHPA、SA、DHBを選択し、添加剤としてはクエン酸アンモニウム(TC)を用いた。

それぞれ結晶のできかたには差が見られた。 検討した結果、添加剤としてクエン酸を用い、HPAとTCの1:1が最適なマトリックであることがわかった。結晶のでき

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がイオン化には非常に影響するため、Autoflex speedの最適化においてはこの選定が一番重要なポイントとなる。 ここで開発した方法を用いて、miR-92a-2-5pを含む7種の混合溶液を測定した結果を図8に示す。 10 fmol/mLの濃度の溶液を測定した結果、7つのピークをそれぞれ分離して検出することができた。 一方、クエン酸を添加しない場合はナトリウムやカリウムの付加体が検出された。

図8 Autoflexspeedによる7種の混合溶液の測定結果

6.まとめ

 今回2種の異なる装置及びmiRNAを用いて測定を行った。 API5000でlet-7ファミリーの測定を行った結果、1.4~ 140 fmolの間で良好な直線性が得られた。 また、Autoflex speedを用いたmiR-92-a-2-5pを含む7種の混合溶液の測定を行った結果、マトリックスとしてHPA:TC=1:1を用いることにより10 fmolの検出感度を達成すること、さらに1塩基ずつ異なる合成miRNA混合溶液の分離検出に成功した。

■廣川 順一(ひろかわ じゅんいち) 医薬営業部兼生物科学研究部 主任部員 趣味:テニス、読書及びサッカー

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