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平成30年度
上 宮 高 等 学 校
入 学 考 査 問 題
(注意)① 解答はすべて解答用紙に記入しなさい。
② 字数の指定がある設問は、句読点もすべて一字に数えること。
受 験 番 号 名 前
1
一次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。
「掃除なんて平凡なことだ」
私が掃除を始めたころから、よく言われてきたことです。
しかし、最近になって、多くの人が掃除の㋐コウヨウに気づきはじめ、掃除がⓐもたらす力を見直すようになってきました。今では「掃除で人生が変わる」「美人に
なれる」「お金持ちになれる」などと、掃除をテーマにした㋑ショセキも多く出版され、大きな注目を浴びています。
掃除はたしかに、誰にでもできる平凡なことです。
A
、一般の人が「自分にもできる」と身近さを感じるため話題になりやすいのでしょう。
B
、「平凡であること」に価値があるわけではないのです。平凡であること、それ自体はとくに尊いものではありません。それをどう扱うかで価値が変わ
ってくるのです。価値をもつのは、平凡なことでも心を込めてできるかどうか、そしてそれを継続できるかどうかです。
平凡なことをやってもやっても成果が出ない。それでもあきらめずに取り組むことに価値があるのであって、その姿勢は尊いものです。
私が座右の銘とする「 ①凡事
ぼ
ん
じ
徹底
てってい
」という言葉は、それを㋒ショウチョウするものです。
「努力は惜しげもなく捨てていいものでしょうか?」
という質問を受けたとき、私はこう考えました。
「努力は捨てるものではありません。注ぎ込むものです」
昨日までの努力は、自分の中に蓄積されていくものです。いいとか悪いとかではなく、②捨てることは不可能なのです。
何をするにしても、いかに自分の誠意を込めて、努力を注ぎ込むか。それが自分という人間の一部になっていきます。
人が何かを成し㋓遂げるためにとてつもない努力を注ぎ込んでいる姿勢を感じとったとき、私はⓑその人のことを尊敬します。そしてその人をほめたたえるときに
は、その結果ではなく、
C
、
「自ら③
□を粉にして働いて会社を育てた」
「 ㊟率先
そっせん
垂範
すいはん
して一学期でクラスをここまでまとめた」
といった注ぎ込んできた努力に対して敬意を表します。
D
、そういう努力を重ねてきた方々というのは、ほめ言葉に対してはかならずといっていいほど、
2
「ありがとうございます。でも、まだまだです」
というⓒ謙虚な姿勢を見せられるのです。
一滴の水のような日々の小さな努力は、はたから見れば、「捨てている」ようにしか見えないのかもしれません。でも、それは違います。大きな瓶か
め
に対して、わ
ずかな一滴でも注ぎ込んでいるのです。それは続けていくことによって、いつかは大きな瓶を満たします。大きな瓶いっぱいに水を満たすことが偉いのではなく、
一滴一滴、毎日心を込めて注ぎ込んできた、その力こそたたえられるⓓべきなのです。
瓶の水はいつか捨てられることもあるでしょう。しかし、そこに注ぎ込んできた努力の跡は、けっして消えてなくなることはありません。
私は長年続けてきた掃除を通して、多くの方と出会ってきました。中小企業の経営者、学校の先生、医療現場で働く医師や看護師など、年齢も職業もさまざま
な方ばかりです。私が㋔ジッセンしてきたトイレ掃除に出合って、
「人生が変わった」
と言ってくださる人たちを見ていると、共通するものがあります。それは誰もが「感動する人」だということです。
ここまでの章では、掃除によって「会社が変わった」「学校が変わった」「地域が変わった」という事例の数々を紹介しました。そのなかに出てきた尐年Sくん
に対しては、まわりの先生方は、
「掃除ⓔくらいであの尐年が変わるわけはない」
と思っていたのです。しかし、Sくんは劇的に変わりました。
彼はなぜ、たった二度のトイレ掃除で変わることができたのか。それは「感動する心」をもっていたからにほかなりません。
「自分の手で、心を込めて磨くことで便器がこれほどきれいになるんだ」
そのことに、素直に心を動かされ、それまでの自分の行動を反省し、まわりの人たちに感謝の気持ちが芽生えてきたのです。
無感動な人は変わることができません。そして無感動な人の口ぐせは、「それで?」というものです。「掃除をしたからきれいになる、それがどうした」という
態度の人に成長はありません。「これをやったらこれだけ変わった。すごい。次はこうしてみよう」と、次の行動につながらないのです。
また、無感動な人のもうひとつの口ぐせは、「なんで?」です。家で、「ご飯の支度を手伝って」と言われて、「なんで?」。学校で、「スリッパを揃そ
ろ
えましょう」
と言われて、「なんで?」。会社で、「コピーをとって」と言われて、「なんで?」。
3
理由がなければ行動しない、というのでは、何事も成し得ません。素直な人は、まず行動してみて、それからその意味を考えます。素直でなく、無感動な人は
仮に行動したとしても、「それで?」でおしまい。何をしても無感動では、④その奥にあるものをつかむことはできないのです。
人間が変わるためには、「感動する心」が必要です。⒜ひいては日本という国全体も、感動する心なしに、変わることはあり得ません。しかし、今の日本の社会で、
その心を育てる土壌は衰えるばかりなのです。
すべてが効率優先の世の中。いかに短時間で、いかに㊟コストをかけずに、利益を上げていくかが㊟至上命題となり、人間らしい思いやりややさしさというものは、
そのためには邪魔になってきます。大きな企業になればなるほどそれは顕著で、「一秒でも速く」「一円でも多く」と競争しているうちに、⑤人間は人間らしくある
よりも、機械のように心をなくして働いたほうがいい、ということになっていきます。
「忙しい」という字は「心を亡くす」と書きますが、まさにこの字の通り。いちいち感動していては仕事にならないというのが今の企業社会です。
その結果、銀行は「お客様の財産を守り殖やす」ということよりも、自分の会社の利益が大事、自動車メーカーや電機メーカーは、ユーザーの使い勝手よりも
自社の㊟シェアを広げることに精いっぱいで、「お客様を他社にとられないように」とまったく⒝互換性のない部品で製品を作ります。わが社にも銀行から転職してき
た人がいますが、「 ⑥良心がもたなかった」という言葉をもらすのを聞いたことがあります。
人間の心を否定するような企業にいると、良心をもった人は自分の心が汚されるような気がしてきます。㋕昨今、食品偽装の問題があちこちで㋖フンシュツしまし
た。消費期限をごまかしたり、表示とは異なったものを混ぜたりということが問題になりましたが、では⑦その企業を、真正面から堂々とけしからんと言える人が
どのくらいいるかというと大きな疑問が残ります。
聖書のなかにもこんな話があります。人々が罪人に石を投げつけているのを見たキリストが、
「あなたたちの中で罪を犯したことのⓕない者だけが、石を投げなさい」
と言ったところ、すべての者が石を投げるのをやめた、という話です。
これと同じことで、偽装問題のやり玉にあがった企業だけではなく、ほとんどの企業が、
「ちょっとくらい、いいか」
「コストを下げるためには仕方ない」
4
「みんなやっていることだ」
という言い訳をしながらビジネスをしているのではないでしょうか。
今の企業のありかたは、これを⒞助長するようなものです。しかし、このように大事なことを置き去りにしたままでは国家はほろびます。これからの時代には、
もっと人間らしい心を養う社会の仕組みが求められている、そう感じられてなりません。
変化するためには感動が不可欠です。「感動」と似た言葉に「 ⑧感激」がありますが、この二つは別物だということを、ぜひ心に刻んでください。
「感激」は、外から与えられた刺激に対する「おいしい!」「美しい!」という感情の高ぶりのこと。赤ちゃんでも㋗心地よければⓖニコニコと笑いますが、これも
広い意味では感激のうちに入るかと思います。しかし、感激はうすれやすいので、ゲームや映画などもそうですが、よりインパクトの強いもの、過激な刺激を絶
えず求めるようになります。
「感動」は自らの中にあるものです。そして感動は次の行動につながります。
「おいしい!
どうやって作るのだろう」
「美しい!
もっと光らせることはできないのだろうか」
と、常に次を考え、上を目指そうとするのが感動です。感動がなければ人は変わらないと言いましたが、感動にはもともと「動」が伴っているともいえます。
イタリア・ルネサンス期の彫刻家であり、画家、建築家、詩人としても知られたミケランジェロの㊟逸話にこんなものがあります。ある日、友人と歩いていたミ
ケランジェロは、道ばたの石を見て、
「この石の中に女神がとらわれている」
と言って持ち帰り、ついに女神の像を刻みあげたという話です。
その石は、そばを通る多くの人が毎日見ていたもののはず。でも、そこに女神を見いだし、彫り出したのはミケランジェロただ一人でした。「いい石だ」と思う
ことは誰にでもできます。「いい石だ」という感激に終わらず、人が気づかないことに気づき、そして実現する。ここに凡人とミケランジェロの大きなⓗ隔たりがあ
るのです。
私のトイレ掃除を見て、
「それはすばらしいことですね」
5
と言う人は大勢います。しかし、声高にそのように言う人ほど、自分はほとんどやらないということが多くあります。
本当に感動した人は、
「自分でもやってみよう」
と、まず行動します。そしてそれを続ける努力をします。
「なぜやらなければいけないのか?」
「どうして自分だけが?」
という疑問を追いやって、努力を続けた人にこそ、その価値は理解できるのです。
私は、荒れつつある社会を正常化するためにも、掃除は大きな力をもっていると確信してきました。しかし、それを人に理解してもらうにはたいへんな努力が
必要です。実際、これほど長い時間をかけて掃除を続けてきても、まだ私を批判する人がいるのも事実です。
人間はとかく特別なことをしようとしますが、特別なこととはそれほどあちこちに転がっているものではありません。そうだとしたら、人が見過ごしたり、見
捨てたりしているものを見いだして、自分の努力で育てていくということが大切なのです。
物事を、
「そんなのはつまらないことだ」
「なんで自分が?」
と切り捨てることは簡単ですが、⑨ありきたりのものを拾い出し、磨き上げることはとてもむずかしいこと。それができる人が「感動できる人」なのです。
(鍵山
秀三郎
『掃除が起こした「奇跡の力」』による)
㊟
率先垂範……人に先立って模範を示すこと。
コスト……生産するためにかかる費用。
至上命題……絶対に守るべき判断基準。
シェア……その企業の市場における販売高の占有率。
逸話……あまり世に知られていない興味深い話。
6
問一
―線部㋐~㋗の、カタカナは漢字に直し、漢字はその読みをひらがなで、それぞれ答えなさい。
問二
―線部ⓐ~ⓗの語の品詞名を、次のア~コの中からそれぞれ一つずつ選んで、記号で答えなさい。
ア
動詞
イ
形容詞
ウ
形容動詞
エ
名詞
オ
副詞
カ
連体詞
キ
接続詞
ク
感動詞
ケ
助動詞
コ
助詞
問三
空欄
A
~
D
に入る最も適当な語句を、次のア~エの中からそれぞれ一つずつ選んで、記号で答えなさい。
ア
また
イ
しかし
ウ
たとえば
エ
だからこそ
問四
―線部⒜「ひいては」・⒝「互換性」・⒞「助長する」の文中での意味として最も適当なものを、次のア~オの中からそれぞれ一つずつ選んで、記号
で答えなさい。
ア
それが必ずしも
イ
それが何であっても
⒜
ひいては
ウ
それをたとえて言えば
エ
それを尐なく見積もっても
オ
それがもとになってさらには
ア
より性能がよくなる性質
イ
どちらでも使用できる性質
⒝
互換性
ウ
誰でもが使いやすくなる性質
エ
一度に多くの働きができる性質
オ
様々な場所で用いることができる性質
7
ア
悪い方向へ導いていく
イ
より早く全体に広げていく
⒞
助長する
ウ
もうかるようにつなげていく
エ
良くなるように伸ばしていく
オ
目につかないように隠していく
問五
―線部①「凡事徹底」の具体例としてあてはまらないものを、次のア~オの中から一つ選んで、記号で答えなさい。
ア
計算力をつけるために、毎日簡単な問題を解いていた。
イ
ペットの犬の世話の一つとして、毎朝散歩に連れて行った。
ウ
健康のために、常に食事のバランスには気をつけて食べた。
エ
登校する生徒に挨拶するために、校長先生がいつも正門に立っていた。
オ
大事な試合なのでミスしないように、監督の言葉を思い出し、集中した。
問六
―線部②「捨てることは不可能なのです」とありますが、なぜ「捨てることが不可能なのです」か。文中の語句を使って、三十五字以内で答えなさい。
問七
―線部③「
□を粉にして」が「苦労を惜しまず一所懸命努力して」という意味になるように、空欄
□に当てはまる漢字一字を答えなさい。
問八
―線部④「その奥にあるものをつかむ」とはどういうことですか。それを説明した次の文の空欄
ア
・
イ
・
ウ
に当てはまる語句を、それぞ
れ漢字二字で文中から抜き出して答えなさい。
行動してみることで得られた発見に
ア
し、それを次の
イ
につなげて、
ウ
していくということ。
8
問九
―線部⑤「人間は人間らしくあるよりも、機械のように心をなくして働いたほうがいい」とは、どのような働き方のことを言いますか。最も適当なも
のを、次のア~オの中から一つ選んで、記号で答えなさい。
ア
より良い製品を生産するために、常に技術の向上を心がける働き方。
イ
多くの客を満足させるために、ひと時も休むことなく働き続ける働き方。
ウ
その商品を手にする客の事を考えて、そのために懇切丁寧に作る働き方。
エ
利益が上がることを最優先し、そのための商品を作ることだけに専念する働き方。
オ
お腹をすかせている客のために、尐しでも早く調理ができるように努力する働き方。
問十
―線部⑥「良心」と同じ意味で用いられている言葉を、文中から十五字以内で抜き出して答えなさい。
問十一
―線部⑦「その企業を、真正面から堂々とけしからんと言える人がどのくらいいるかというと大きな疑問が残ります」とありますが、筆者がこのよ
うに考える理由は何ですか。その理由として最も適当なものを、次のア~オの中から一つ選んで、記号で答えなさい。
ア
不正を行う企業には秘密が多く、その企業と無関係な人間が不正を知る手立てがないから。
イ
ほとんどの企業が尐なからず不正を行っているので、他の企業を批判する資格がないから。
ウ
大きな不正でなければ批判されないことが社会ではあるので、その企業が悪いと判断できないから。
エ
不正をただすには、真正面からはっきりと言うよりもその企業にそっと指摘する方が効果的だから。
オ
堂々と不正を追及するとその企業からの反発が大きく、それに向き合うには大きな勇気が必要だから。
9
問十二
―線部⑧「感激」とありますが、ここでの「感激」とはどういうものですか。その説明として最も適当なものを、次のア~オの中から一つ選んで、
記号で答えなさい。
ア
個人が生まれ持った素直な気持ちの表れであり、人を変えていく力を持っているもの。
イ
自己の内側から生まれる情熱であり、過激なものを求めて、常に満足を得られないもの。
ウ
次の行動につながるきっかけの感情であり、向上心へとつながっていく動機になるもの。
エ
外部に発散する感情の高ぶりであり、うすれていきやすく、次第に忘れがちになるもの。
オ
外部からの刺激への反忚であり、刺激に慣れて、さらに強い刺激を求めるようになるもの。
問十三
―線部⑨「ありきたりのもの」の具体例を、文中から五字で二つ抜き出して答えなさい。
問十四
本文の内容に一致するものを、次のア~キの中から二つ選んで、記号で答えなさい。
ア
掃除には、身の回りをきれいにすることで、自分の心も正しく整える効果がある。
イ
無感動な人は、行動そのものに理由や意味を見出せないと行動しない傾向がある。
ウ
日本の企業のほとんどは、利益と効率を優先するので、働く人々の良心を汚している。
エ
ミケランジェロは、様々な才能を発揮したが、特に良い石を見分ける力に優れていた。
オ
筆者が他の人を尊敬するのは、その人の行動がすばらしい結果を伴った瞬間である。
カ
筆者は掃除をすることを通して、あらゆる人々に感謝する気持ちを伝えようとしている。
キ
筆者は特別なことをするよりも、ありふれたものを自分の努力で育てる方が大切だと考えている。
10
二次の1~5の漢数字を含む四字熟語を完成させなさい。ただし、四字熟語の意味はそれぞれの下にあります。
1
あと尐しであぶない状態になるところだったというきわどいさま。
2
数を集めても値段がきわめて安いこと。
3
横で見ている者の方がよく見え、的確に判断できること。
4
実社会の様々な経験を十分に積み、物事によく通じてずるがしこいこと。
5
多くの人が途切れることなく訪れること。
11
三次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。(問題作成の都合上、一部の表現を改めています)
今は昔、㊟近江
あ
ふ
み
の国、依え
智ち
の
郡こほり
、賀か
野の
の村に一つの旧ふる
き寺あり。その寺に地ぢ
蔵ざう
菩ぼ
薩さつ
の像まします。その寺は、㊟検けむ
非び
違ゐ
使し
左さ
衛ゑ
門
尉
もんのじよう
平たひらの
諸道
もろみち
が
先祖の氏寺
うぢでら
なり。かの諸道が父は、 ⓐ
きはめて武たけ
き者にてぞありける。
A
、常に合戦をもつて業わざ
とす。
しかる間、
敵かたき
を責めて討たむがために、数の随
兵
ずいひやう
を率そつ
してすでに戦ふ間、㊟やなぐひの矢みな射つくして、すべき方もなかりけるに、心の
内に、「我が氏寺の三宝、地蔵菩薩、我を助け給たま
へ」と念じたてまつる程に、 ⓑにはかに戦ひの庭に一人の小僧出で来きた
りて、矢を拾ひ取りて、諸
道が父に与ふ。 ①
これ不慮の外ほか
の事なりといへども、その矢を取りて射戦ふ程に、見れば、その矢拾ふ小僧の背に、矢射立てられぬ。その後、
小僧たちまちに見えずなりぬ。「 ②
小僧逃げぬるなめり」と思ひて、かくのごとく戦ふ間、諸道が父本意のごとく敵を殺し得つれば、戦ひに勝
ちぬる事を喜びて家に帰りぬ。「この矢拾ふ小僧なほ誰人
たれひと
の従者ぞ。また、いどこより来れる者」と知らずして東西を尋ねしむるに、 ③
更に知り
たりと言ふ人なし。「我に矢を拾ひて得しめつる程に、背に矢を射立てられぬれば、もし死にやしぬらむ」と哀れにいとほしく思ふといへども、
尋ね得ずして止や
みぬ。
その後、諸道が父の氏寺にⓒ
まうでて地蔵菩薩を見たてまつるに、背に矢一筋射立てられたり。諸道が父④
これを見て、「されば、戦ひの庭にし
て矢を拾ひて我に得しめし小僧は、早うこの地蔵菩薩の我を助けむとて変化
へんぐゑ
し給ひけるなりけり」と思ふに、哀れに悲しくて、泣く泣く礼拝
らいはい
し
地蔵菩薩の像が安置してあります
その諸道の父は
武勇に富んだ者
合戦を仕事としていた
ある時
多数の軍勢を率いて
どうしようもなかったので
お祈り申し上げている時に
戦場に
矢が突き立てられた
逃げてしまったようだ
前と同じように
思い通りに敵を殺すことができたので
いったい誰の従者なのか
あちらこちらを探させたが
もしかすると死んでしまったのだろうか」、とたいそう気の毒だと思うけれど
探し出せずに終わった
さては
拾ってくれていた間
12
たてまつる事ⓓ
限りなし。その
辺ほとり
の上中下
かみなかしも
の人この事を見聞きて、 ⑤
泣き悲しむで
貴たふと
びたてまつらぬはなし。
まことに、これを思ふに、きはめて貴く悲しき事なり。地蔵菩薩㊟利り
生しやう
方はう
便べん
のために悪人の中に交はりて、念じたてまつれる人のⓔ
ゆゑに毒の
矢を身に受け給ふ事すでにかくのごとし。 ⓕ
いはむや、後世の事心をいたして念じたてまつらば、 ⑥
疑ひなき事なり、となむ語り伝へたるとや。
(『今昔物語集』による)
㊟
近江の国、依智の郡、賀野の村……現在の滋賀県愛知
え
ち
郡愛あ
い
荘しょう
町のあたり。
検非違使左衛門尉……京中の犯罪の取り締まりや秩序の維持に当たった役所、官職。
やなぐひ……矢を入れて背負う道具。
利生方便……人々にご利益
り
や
く
を与えること。
問一
―線部ⓐ・ⓒ・ⓔの語句を現代仮名遣いに直して、平仮名で答えなさい。
問二
―線部ⓑ・ⓓ・ⓕの語句の文中での意味として最も適当なものを、次のア~オの中からそれぞれ一つずつ選んで、記号で答えなさい。
ⓑ
にはかに
ア
突然に
イ
尐しずつ
ウ
何となく
エ
いつも通り
オ
そのうちに
ⓓ
限りなし
ア
問題ない
イ
この上ない
ウ
仕方がない
エ
つまらない
オ
もったいない
ⓕ
いはむや
ア
また
イ
つまり
ウ
まして
エ
やはり
オ
ところが
問三
空欄
A
に入る最も適当な語句を、次のア~エの中から一つ選んで、記号で答えなさい。
ア
かつは(一方では)
イ
されど(そうではあるが)
ウ
いかでか(どうしてか)
エ
しかれば(そうであるから)
そのあたりのすべての人
本当に
まさに
と語り伝えているということだ
13
問四
―線部①「これ不慮の外の事なりといへども」・③「更に知りたりと言ふ人なし」の解釈として最も適当なものを、次のア~オの中からそれぞれ一つず
つ選んで、記号で答えなさい。
①「これ不慮の外の事なりといへども」
ア
これは予想できることではなかったので
イ
これは思いがけない出来事ではなかったが
ウ
これは前からわかっていたことであったが
エ
これはまったく思いがけないことであったが
オ
これは予定していたことだと言いたかったので
③「更に知りたりと言ふ人なし」
ア
知っている事を言わない人はいない
イ
知っていると言う人はまったくいない
ウ
知っていると言う人はその人以外にいない
エ
やはり知っていると言う人はあまりいない
オ
それ以上の事を知っていると言う人はいない
問五
―線部②「小僧逃げぬるなめり」と思ったのは誰ですか。当てはまる人物を、次のア~オの中から一つ選んで、記号で答えなさい。
ア
敵
イ
作者
ウ
平諸道
エ
数の随兵
オ
諸道の父
問六
―線部④「これ」が指す内容を、二十字以内の現代語で答えなさい。
問七
―線部⑤「泣き悲しむで貴びたてまつらぬはなし」とありますが、それはなぜですか。その理由を説明したものとして最も適当なものを次のア~オの
中から一つ選んで、記号で答えなさい。
ア
地蔵菩薩が諸道の父を助けるために、小僧にけがをさせてまで戦場で働かせたことに感謝したから。
イ
地蔵菩薩が諸道の父の願いを聞き入れ、小僧を通して戦いの無益さを伝えたことに心を打たれたから。
ウ
地蔵菩薩が諸道の父の代りに矢を受けたことで、その力を失ってしまったことが申し訳なかったから。
エ
地蔵菩薩が小僧の姿になって背中に矢を受けながらも、諸道の父を助けてくれたことに感動したから。
オ
地蔵菩薩のふりをした小僧が諸道の父を救ったことで、大けがを負ってしまったことがつらかったから。
14
問八
―線部⑥「疑ひなき事なり」とありますが、どのようなことについて疑いないと言っていますか。その内容として最も適当なものを次のア~オの中か
ら一つ選んで、記号で答えなさい。
ア
小僧が地蔵菩薩のふりをして人々を救い続けること。
イ
小僧が地蔵菩薩を呼んでもう一度助けてくれること。
ウ
地蔵菩薩が死後の世界でも助け導いてくださること。
エ
地蔵菩薩が子孫の代でもご利益を与えてくださること。
オ
地蔵菩薩が老後も救いの手を差し伸べてくださること。
問九
この作品は平安時代末期ごろに成立したとされていますが、これより後の時代に成立した作品を、次のア~オの中から一つ選んで、記号で答えなさい。
ア
徒然草
イ
枕草子
ウ
万葉集
エ
源氏物語
オ
竹取物語