西端 川崎市立看護短期大学 教授 004 フィットネス運動生理生化学 はじめに この冬は厳冬でした。そのせいで読者の皆さんはインフルエ ンザに罹ったりしなかったですか。そこで、次の冬に備えて(そ のくらい準備期間は必要かもしれないので)、運動と免疫の関 係を考えみたいと思います。 免疫はとてもややこしい ヒトの免疫システムはとても複雑で、理解するのが大変です。 そこで、西端は、学生や一般の人にできるだけ分かりやすいよう にと心がけて解説するようにしているのですが、時に、その結果、 専門家からみると「その説明は間違っている」と思えることがあ るようです。しかし、結論が正しければ、途中の説明は少々間 違っていてもよいと開き直って、ここでもできるだけ簡単(単純) に解説していきたいと思います。 ヒトの免疫には主に2種類があります。その一つは、これまで 出会ったことがない新たな細菌やウイルス(病原体)に対して反 応するもので、「自然免疫 1 」とよばれるものです。もう一つは、過 去に出会ったことがある病原体に対して反応するもので「獲得 免疫 2 」とよばれるものです(表)。 例えば、鳥インフルエンザの感染がヒトの間で広がるように なるパンデミックの場合は、日本人はだれも過去にそのウイル スに感染したことがないので、 いわゆる「免疫」を持っていませ ん。このため、多くの人が感染、発病し、数百万人が死亡する可 能性があると言われています。しかし、日本人が全員死滅してし まうことはなく、多くの人は生き残ります。このときに活躍するの が「自然免疫」で、主に白血球が活躍します。ただ、自然免疫はそ れほど強力ではないので、特に免疫が未熟な子どもや、免疫が 衰えてきている高齢者などでは、負けてしまい、死に至ることが あります。実は、平成23年に、日本人の死亡原因の第3位が、脳 血管疾患から肺炎に変わりました。なぜ、肺炎が3位になった かといえば、免疫が衰えていく高齢者が増えているからです。 過去に感染したことがある同じウイルスや細菌(病原体)に再 び感染した場合や、予防接種を受けた場合に活躍するのが「獲 得免疫」です。獲得免疫の場合に主に活躍するのはリンパ球です。 リンパ球は、予防接種を含めて、過去に感染した病原体のことを 憶えており、それらの病原体をやっつける抗体を作る能力を有し ています。このため、再び同じ種類の病原体に感染した際には、抗 体を増産し、やっつけてしまうので、発病することがありません 3 運動に対する免疫の急性反応 図に、エアロビックダンスに伴う白血球数の変化を測定した 結果を示しました。 エアロビックダンスに慣れた平均年齢が約30歳の女性20名 に協力していただいて、2種類の強度の1時間のエアロビック ダンスを実施した際の様々な免疫細胞数の変化を、西端らが20 年ぐらい前に調べました。「高強度」の場合のエアロビクスパー トの平均強度 4 は約80%で、「低強度」 では約60パーセントでし た。白血球やリンパ球にはたくさんの種類があり、この研究でも 多くの種類を測定したのですが、ここでは、代表として、白血球 数だけを紹介します。 結果としては、「高強度」でも「低強度」でも、エアロビックダン ス終了直後には白血球数は減少しましたが、「低強度」では終了 2時間後には元に戻っていたのに対して、「高強度」では元に 戻っていませんでした。 ここが免疫の難しいところで、白血球数が減っていることが 「免疫能が低下した」ことを必ずしも意味しません。というよりも、 この研究を行ってから今では20年ぐらい経っていますが、いま だにその変化の正確な意味は不明なのです。しかし、少なくとも、 「低強度」の運動では運動終了後の免疫の状態はほとんど変化 しないのに対して、「高強度」では運動終了後もしばらくの間は 免疫が変化した状態になることは分かります。 表:ヒトの免疫の種類と特徴 特徴 自然免疫 獲得免疫 関与する 主な細胞 反応する までの時 病原体に 対する反 白血球 速い(即座) 種類に関わら ず反応する リンパ球 遅い(病原体に関する情報を免疫細胞同 士で交換したり、抗体を産生したりする のに時間を要する) 過去に出会ったことがある種類にのみ反 応する。自然免疫のみでは駆除できない 初めての病原体に対して、遅れて反応す ることもある。

vol117 フィットネス運動生理生化学 36...西端 泉 川崎市立看護短期大学 教授 6 Ú ÿ ' µ ã ù c ¸ 004 フィットネス運動生理生化学 フィットネス運動生理生化学005

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Page 1: vol117 フィットネス運動生理生化学 36...西端 泉 川崎市立看護短期大学 教授 6 Ú ÿ ' µ ã ù c ¸ 004 フィットネス運動生理生化学 フィットネス運動生理生化学005

西端 泉川崎市立看護短期大学 教授

004 フィットネス運動生理生化学 005フィットネス運動生理生化学

はじめにこの冬は厳冬でした。そのせいで読者の皆さんはインフルエンザに罹ったりしなかったですか。そこで、次の冬に備えて(そのくらい準備期間は必要かもしれないので)、運動と免疫の関係を考えみたいと思います。

免疫はとてもややこしいヒトの免疫システムはとても複雑で、理解するのが大変です。

そこで、西端は、学生や一般の人にできるだけ分かりやすいようにと心がけて解説するようにしているのですが、時に、その結果、専門家からみると「その説明は間違っている」と思えることがあるようです。しかし、結論が正しければ、途中の説明は少々間違っていてもよいと開き直って、ここでもできるだけ簡単(単純)に解説していきたいと思います。ヒトの免疫には主に2種類があります。その一つは、これまで出会ったことがない新たな細菌やウイルス(病原体)に対して反応するもので、「自然免疫1」とよばれるものです。もう一つは、過去に出会ったことがある病原体に対して反応するもので「獲得免疫2」とよばれるものです(表)。例えば、鳥インフルエンザの感染がヒトの間で広がるようになるパンデミックの場合は、日本人はだれも過去にそのウイルスに感染したことがないので、いわゆる「免疫」を持っていません。このため、多くの人が感染、発病し、数百万人が死亡する可能性があると言われています。しかし、日本人が全員死滅してしまうことはなく、多くの人は生き残ります。このときに活躍するのが「自然免疫」で、主に白血球が活躍します。ただ、自然免疫はそれほど強力ではないので、特に免疫が未熟な子どもや、免疫が衰えてきている高齢者などでは、負けてしまい、死に至ることがあります。実は、平成23年に、日本人の死亡原因の第3位が、脳血管疾患から肺炎に変わりました。なぜ、肺炎が3位になったかといえば、免疫が衰えていく高齢者が増えているからです。過去に感染したことがある同じウイルスや細菌(病原体)に再

び感染した場合や、予防接種を受けた場合に活躍するのが「獲得免疫」です。獲得免疫の場合に主に活躍するのはリンパ球です。リンパ球は、予防接種を含めて、過去に感染した病原体のことを

憶えており、それらの病原体をやっつける抗体を作る能力を有しています。このため、再び同じ種類の病原体に感染した際には、抗体を増産し、やっつけてしまうので、発病することがありません3。

運動に対する免疫の急性反応図に、エアロビックダンスに伴う白血球数の変化を測定した結果を示しました。エアロビックダンスに慣れた平均年齢が約30歳の女性20名に協力していただいて、2種類の強度の1時間のエアロビックダンスを実施した際の様々な免疫細胞数の変化を、西端らが20年ぐらい前に調べました。「高強度」の場合のエアロビクスパートの平均強度4は約80%で、「低強度」では約60パーセントでした。白血球やリンパ球にはたくさんの種類があり、この研究でも多くの種類を測定したのですが、ここでは、代表として、白血球数だけを紹介します。結果としては、「高強度」でも「低強度」でも、エアロビックダン

ス終了直後には白血球数は減少しましたが、「低強度」では終了2時間後には元に戻っていたのに対して、「高強度」では元に戻っていませんでした。ここが免疫の難しいところで、白血球数が減っていることが

「免疫能が低下した」ことを必ずしも意味しません。というよりも、この研究を行ってから今では20年ぐらい経っていますが、いまだにその変化の正確な意味は不明なのです。しかし、少なくとも、「低強度」の運動では運動終了後の免疫の状態はほとんど変化しないのに対して、「高強度」では運動終了後もしばらくの間は免疫が変化した状態になることは分かります。

他にも運動と免疫に関する研究はたくさん行われており、最近では、単なる白血球やリンパ球の数の変化ばかりでなく、それらの細胞の活動状態の変化も測定することができるようになってきています。そして、それらの研究も、西端らが行った研究同様に、運動が低強度であったり少量である場合には免疫はほとんど変化しないが、高強度であったり多量であったりすると免疫は変化することを報告しています。そして、それらの変化の多くは免疫状態の低下と解釈されています。つまり、高強度の運動や、多量の運動を行うと、一時的に免疫能力は弱くなると考えられています。

運動によって一過性に免疫能が低下することは悪いことか?運動はヒトにとってストレスです。例えば、運動中は心拍数が増加します。時には200拍毎分にまで増加します。このような行為は心臓にとってはとても負担の大きい行為で、もともと心臓に問題がある人の場合は、この結果、心臓が突然止まってしまって、死に至ることもあります。運動中は血圧も上昇します。要するに運動中は高血圧状態になります。競技としてのウエイトリフティングの最中には、血圧計5が振り切れるほど血圧が上昇することもあります。運動中は体温も上昇し、39℃程度に簡単になります。運動していないときに体温が39℃になったらほとんどの人は病院に行くと思いますが、運動中には簡単にそのような状態になります。ところが、「健康のために運動する」ということは今や常識です。いったいどういうことなのでしょうか。健康のための運動とは、安全に絶えられる限度内で身体にス

トレスを加え、そのストレスに対する抵抗力を高めようとする運動です。例えば、運動中に心拍数が増加すること自体は心臓などの負担になるのですが、そのような運動を適切な範囲で繰り返し行っていくと心臓などの機能が向上し、以前と同じ強さの運動を行っても以前ほどには心拍数は増加しないようになっていきます。そして、運動していないときの心拍数(安静時心拍数)も低下していくため、結果的に、心臓の負担は軽減し、心臓病にかかりにくくなっていきます。血圧も同様です。運動中に血圧が上昇すること自体は身体

(特に心臓や血管)にとって負担ですが、そのような運動を適切な範囲で繰り返し行うことによって、血圧の調節能力が向上し、高血圧症を予防したり、既に高血圧の人の血圧のコントロール

を改善したりします。体温も同様で、普段から高体温になる運動を行っている人は、夏場に熱中症になったり、夏バテしたりすることが少ないことが知られています。免疫も同様と考えられます。すなわち、免疫能力を高めるため

には、安全に絶えられる限度内で、免疫能が一時的に低下する程度の運動を、繰り返し行う必要があると考えることができます。逆に、仮に定期的に運動を行っているとしても、その運動の強度や量が不十分であったり、頻度が不十分であったりすれば、図に示した「低強度」のエアロビックダンスのように一過性の免疫能の低下はほとんど生じないため、そのようなエアロビックダンスを繰り返し行っても免疫能の向上は望めないことになります。

過剰な運動は避けた方がよいある程度以上の強度、ないしは量の運動を行うと、免疫能は一過性に低下します。その低下の程度は、強度が高いほど、そして量が多いほど著しくなります。そして、回復にも時間を要するようになります。その一時的に免疫能が低下しているときに、たまたま病原体に接触すると、簡単に感染します。既に感染していて潜伏期間にある人だと、簡単に発病します。もちろん、既に発病している人が運動を行うと、免疫能は一時的に抑制されるので、病状は悪化したり、回復が遅れたりします。このようなことから、夏場の食中毒の予防も含めて、過剰な運動は、感染症予防のためにも避けたほうが良いことになります。インフルエンザが流行している季節は、運動を控えたり、行うにしてもいつもよりも強度を下げたり、量を減らしたりした方が良さそうです。

まとめ適度な運動には免疫能を高める効果があることを解説しました。実は、がんも免疫と密接に関係しており、若い成人は免疫能が高いために、発生した癌細胞を免疫細胞が排除しているためにがんになりにくいことが分かっています。そして、適度な運動を継続して行っている人は、大腸がんや乳がんになりにくいことも明らか6になっています。それでは、適度な運動とはどのような運動でしょうか。それは、一般的に処方される健康づくり運動そのものです。「最大酸素摂取量の50~85%強度で、1回20分~60分、週に3~5回行う有酸素運動」、または運動強度や1回の運動時間はこれらよりも少なくても、「合計で週に2000~3000kcalエネルギーを消費する普通歩行や日常生活活動」です。ただし、普段運動を行っていない人がこれらの基準を満たす運動を突然行うと「過剰な運動」になる可能性があります。感染症を予防するための健康づくり運動は、暖かくなってから始め、次の冬になる前にこれらの基準を満たすことができるように徐々に進めてください。

1:「先天性免疫」とか「基本免疫」とよばれることもある。2: 「後天性免疫」とか「適応免疫」とよばれることもある。3:感染した病原体の量が多いと、獲得免疫を持っていても発症することはあります。ただし、その場合でも、軽症ですむと考えられています。

4:実測した最大心拍数に対する割合。5:普通の血圧計は250mmHg以上測定することができない。6:American College of Sports Medicine: ACSM'S Guidelines for Exercise Testing and Prescription Eighth Edition, Wolters Kluwer/Lippincott Williams & Wilkins 2010

図:異なった強度のエアロビックダンスに伴う白血球数の変化表:ヒトの免疫の種類と特徴

特徴 自然免疫 獲得免疫

関与する主な細胞

反応するまでの時間

病原体に対する反応

白血球

速い(即座)

種類に関わらず反応する

リンパ球

遅い(病原体に関する情報を免疫細胞同士で交換したり、抗体を産生したりするのに時間を要する)

過去に出会ったことがある種類にのみ反応する。自然免疫のみでは駆除できない初めての病原体に対して、遅れて反応することもある。

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西端 泉川崎市立看護短期大学 教授

004 フィットネス運動生理生化学 005フィットネス運動生理生化学

はじめにこの冬は厳冬でした。そのせいで読者の皆さんはインフルエンザに罹ったりしなかったですか。そこで、次の冬に備えて(そのくらい準備期間は必要かもしれないので)、運動と免疫の関係を考えみたいと思います。

免疫はとてもややこしいヒトの免疫システムはとても複雑で、理解するのが大変です。

そこで、西端は、学生や一般の人にできるだけ分かりやすいようにと心がけて解説するようにしているのですが、時に、その結果、専門家からみると「その説明は間違っている」と思えることがあるようです。しかし、結論が正しければ、途中の説明は少々間違っていてもよいと開き直って、ここでもできるだけ簡単(単純)に解説していきたいと思います。ヒトの免疫には主に2種類があります。その一つは、これまで出会ったことがない新たな細菌やウイルス(病原体)に対して反応するもので、「自然免疫1」とよばれるものです。もう一つは、過去に出会ったことがある病原体に対して反応するもので「獲得免疫2」とよばれるものです(表)。例えば、鳥インフルエンザの感染がヒトの間で広がるようになるパンデミックの場合は、日本人はだれも過去にそのウイルスに感染したことがないので、いわゆる「免疫」を持っていません。このため、多くの人が感染、発病し、数百万人が死亡する可能性があると言われています。しかし、日本人が全員死滅してしまうことはなく、多くの人は生き残ります。このときに活躍するのが「自然免疫」で、主に白血球が活躍します。ただ、自然免疫はそれほど強力ではないので、特に免疫が未熟な子どもや、免疫が衰えてきている高齢者などでは、負けてしまい、死に至ることがあります。実は、平成23年に、日本人の死亡原因の第3位が、脳血管疾患から肺炎に変わりました。なぜ、肺炎が3位になったかといえば、免疫が衰えていく高齢者が増えているからです。過去に感染したことがある同じウイルスや細菌(病原体)に再

び感染した場合や、予防接種を受けた場合に活躍するのが「獲得免疫」です。獲得免疫の場合に主に活躍するのはリンパ球です。リンパ球は、予防接種を含めて、過去に感染した病原体のことを

憶えており、それらの病原体をやっつける抗体を作る能力を有しています。このため、再び同じ種類の病原体に感染した際には、抗体を増産し、やっつけてしまうので、発病することがありません3。

運動に対する免疫の急性反応図に、エアロビックダンスに伴う白血球数の変化を測定した結果を示しました。エアロビックダンスに慣れた平均年齢が約30歳の女性20名に協力していただいて、2種類の強度の1時間のエアロビックダンスを実施した際の様々な免疫細胞数の変化を、西端らが20年ぐらい前に調べました。「高強度」の場合のエアロビクスパートの平均強度4は約80%で、「低強度」では約60パーセントでした。白血球やリンパ球にはたくさんの種類があり、この研究でも多くの種類を測定したのですが、ここでは、代表として、白血球数だけを紹介します。結果としては、「高強度」でも「低強度」でも、エアロビックダン

ス終了直後には白血球数は減少しましたが、「低強度」では終了2時間後には元に戻っていたのに対して、「高強度」では元に戻っていませんでした。ここが免疫の難しいところで、白血球数が減っていることが

「免疫能が低下した」ことを必ずしも意味しません。というよりも、この研究を行ってから今では20年ぐらい経っていますが、いまだにその変化の正確な意味は不明なのです。しかし、少なくとも、「低強度」の運動では運動終了後の免疫の状態はほとんど変化しないのに対して、「高強度」では運動終了後もしばらくの間は免疫が変化した状態になることは分かります。

他にも運動と免疫に関する研究はたくさん行われており、最近では、単なる白血球やリンパ球の数の変化ばかりでなく、それらの細胞の活動状態の変化も測定することができるようになってきています。そして、それらの研究も、西端らが行った研究同様に、運動が低強度であったり少量である場合には免疫はほとんど変化しないが、高強度であったり多量であったりすると免疫は変化することを報告しています。そして、それらの変化の多くは免疫状態の低下と解釈されています。つまり、高強度の運動や、多量の運動を行うと、一時的に免疫能力は弱くなると考えられています。

運動によって一過性に免疫能が低下することは悪いことか?運動はヒトにとってストレスです。例えば、運動中は心拍数が増加します。時には200拍毎分にまで増加します。このような行為は心臓にとってはとても負担の大きい行為で、もともと心臓に問題がある人の場合は、この結果、心臓が突然止まってしまって、死に至ることもあります。運動中は血圧も上昇します。要するに運動中は高血圧状態になります。競技としてのウエイトリフティングの最中には、血圧計5が振り切れるほど血圧が上昇することもあります。運動中は体温も上昇し、39℃程度に簡単になります。運動していないときに体温が39℃になったらほとんどの人は病院に行くと思いますが、運動中には簡単にそのような状態になります。ところが、「健康のために運動する」ということは今や常識です。いったいどういうことなのでしょうか。健康のための運動とは、安全に絶えられる限度内で身体にス

トレスを加え、そのストレスに対する抵抗力を高めようとする運動です。例えば、運動中に心拍数が増加すること自体は心臓などの負担になるのですが、そのような運動を適切な範囲で繰り返し行っていくと心臓などの機能が向上し、以前と同じ強さの運動を行っても以前ほどには心拍数は増加しないようになっていきます。そして、運動していないときの心拍数(安静時心拍数)も低下していくため、結果的に、心臓の負担は軽減し、心臓病にかかりにくくなっていきます。血圧も同様です。運動中に血圧が上昇すること自体は身体

(特に心臓や血管)にとって負担ですが、そのような運動を適切な範囲で繰り返し行うことによって、血圧の調節能力が向上し、高血圧症を予防したり、既に高血圧の人の血圧のコントロール

を改善したりします。体温も同様で、普段から高体温になる運動を行っている人は、夏場に熱中症になったり、夏バテしたりすることが少ないことが知られています。免疫も同様と考えられます。すなわち、免疫能力を高めるため

には、安全に絶えられる限度内で、免疫能が一時的に低下する程度の運動を、繰り返し行う必要があると考えることができます。逆に、仮に定期的に運動を行っているとしても、その運動の強度や量が不十分であったり、頻度が不十分であったりすれば、図に示した「低強度」のエアロビックダンスのように一過性の免疫能の低下はほとんど生じないため、そのようなエアロビックダンスを繰り返し行っても免疫能の向上は望めないことになります。

過剰な運動は避けた方がよいある程度以上の強度、ないしは量の運動を行うと、免疫能は一過性に低下します。その低下の程度は、強度が高いほど、そして量が多いほど著しくなります。そして、回復にも時間を要するようになります。その一時的に免疫能が低下しているときに、たまたま病原体に接触すると、簡単に感染します。既に感染していて潜伏期間にある人だと、簡単に発病します。もちろん、既に発病している人が運動を行うと、免疫能は一時的に抑制されるので、病状は悪化したり、回復が遅れたりします。このようなことから、夏場の食中毒の予防も含めて、過剰な運動は、感染症予防のためにも避けたほうが良いことになります。インフルエンザが流行している季節は、運動を控えたり、行うにしてもいつもよりも強度を下げたり、量を減らしたりした方が良さそうです。

まとめ適度な運動には免疫能を高める効果があることを解説しました。実は、がんも免疫と密接に関係しており、若い成人は免疫能が高いために、発生した癌細胞を免疫細胞が排除しているためにがんになりにくいことが分かっています。そして、適度な運動を継続して行っている人は、大腸がんや乳がんになりにくいことも明らか6になっています。それでは、適度な運動とはどのような運動でしょうか。それは、一般的に処方される健康づくり運動そのものです。「最大酸素摂取量の50~85%強度で、1回20分~60分、週に3~5回行う有酸素運動」、または運動強度や1回の運動時間はこれらよりも少なくても、「合計で週に2000~3000kcalエネルギーを消費する普通歩行や日常生活活動」です。ただし、普段運動を行っていない人がこれらの基準を満たす運動を突然行うと「過剰な運動」になる可能性があります。感染症を予防するための健康づくり運動は、暖かくなってから始め、次の冬になる前にこれらの基準を満たすことができるように徐々に進めてください。

1:「先天性免疫」とか「基本免疫」とよばれることもある。2: 「後天性免疫」とか「適応免疫」とよばれることもある。3:感染した病原体の量が多いと、獲得免疫を持っていても発症することはあります。ただし、その場合でも、軽症ですむと考えられています。

4:実測した最大心拍数に対する割合。5:普通の血圧計は250mmHg以上測定することができない。6:American College of Sports Medicine: ACSM'S Guidelines for Exercise Testing and Prescription Eighth Edition, Wolters Kluwer/Lippincott Williams & Wilkins 2010

図:異なった強度のエアロビックダンスに伴う白血球数の変化表:ヒトの免疫の種類と特徴

特徴 自然免疫 獲得免疫

関与する主な細胞

反応するまでの時間

病原体に対する反応

白血球

速い(即座)

種類に関わらず反応する

リンパ球

遅い(病原体に関する情報を免疫細胞同士で交換したり、抗体を産生したりするのに時間を要する)

過去に出会ったことがある種類にのみ反応する。自然免疫のみでは駆除できない初めての病原体に対して、遅れて反応することもある。