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建設労務安全 24・12 20 法律実務シリーズ vol.356 55 一連の偽装問題を見ても分かるよう に、企業が果たす社会的責任に対する社 会の眼は厳しい。企業の生命線はここに あるといっても過言ではないだろう。と りわけ建設業の場合は、労働災害の防止 が強く求められており、災害が起きた際 に重大な法違反が認められると、事業者 には刑事責任が問われることもある。 そこで当コーナーでは、労働災害が起 きた場合に事業者に問われる刑事責任に ついて安西愈弁護士に解説していただ く。            (編集部)

vol.356 統括安全衛生管理をめぐる 問われる労働災 …...2012/12/01  · vol.356 統括安全衛生管理をめぐる 刑事責任上の問題点について 問われる労働災害の刑事責任(その

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建設労務安全 24・1220

法律実務シリーズ

vol.356

統括安全衛生管理をめぐる

刑事責任上の問題点について

問われる労働災害の刑事責任(その55)

一連の偽装問題を見ても分かるよう

に、企業が果たす社会的責任に対する社

会の眼は厳しい。企業の生命線はここに

あるといっても過言ではないだろう。と

りわけ建設業の場合は、労働災害の防止

が強く求められており、災害が起きた際

に重大な法違反が認められると、事業者

には刑事責任が問われることもある。

そこで当コーナーでは、労働災害が起

きた場合に事業者に問われる刑事責任に

ついて安西愈弁護士に解説していただ

く。            (編集部)

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21 建設労務安全 24・12

あることとなるときは、当該請負契約の

うちの最も先次の請負契約における注文

者とする。以下『元方事業者』という)

のうち、建設業その他政令で定める業種

に属する事業(以下『特定事業』という)

を行う者(以下『特定元方事業者』とい

う)は、その労働者及びその請負人(元

方事業者の当該事業の仕事が数次の請負

契約によつて行われるときは、当該請負

人の請負契約の後次のすべての請負契約

の当事者である請負人を含む。以下『関

係請負人』という)の労働者が当該場所

において作業を行うときは、これらの労

働者の作業が同一の場所において行われ

ることによつて生ずる労働災害を防止す

るため、統括安全衛生責任者を選任し、

その者に元方安全衛生管理者の指揮をさ

せるとともに、第30条第1項各号の事項

を統括管理させなければならない。ただ

し、これらの労働者の数が政令で定める

数未満であるときは、この限りでない」

と定め、建設業及び「政令で定める業務」

である造船業であって、「常時50人(ず

い道等の建設の仕事、橋梁の建設の仕事

で作業場所が狭いこと等により安全な作

業の遂行がそこなわれるおそれのある場

所又は圧気工法による作業を行う仕事に

あっては、常時30人)以上」(安衛法施

行令第7条第2項)の労働者が、同一の

場所で作業している場合には「統括安全

衛生責任者」を選任し、その者に「統括

管理」をさせなければならないという義

務を課している。

また、同一の場所で作業している労働

問われる労働災害の刑事責任

11� 統括安衛管理をめぐる刑事責任上の問題点―罪刑法定主義の立場から刑事責任は限定される―

(1)統括安全衛生管理責任とは

建設業においては現実の工事の施工

が、いわゆる重層請負契約関係によって

行われているため、いわゆる元請事業者

(総合建設業者であるゼネコンと称されて

いる事業者の場合が多い)が、工事全体

を統括管理して施工しているのが実態で

ある。そして、重層下請関係の場合、最

先次の請負人であるこれらの元請が、請

負契約を通じて自社が発注者から請け負

った建設工事の完成義務を負っており、

そのため下請負人及びその労働者を管理

し、指導すべき立場に立っていること、

自ら現場を設置し当該現場には多くの下

請負人の作業員が混在して作業する実態

にあること、その計画と施工の状況を最

も把握しやすい立場に立っていること、

これらの混在作業に起因して災害の発生

することも予想されること――等の実情

に立脚して、最先次の請負人である元請

事業者に、これら各下請事業者及びその

労働者の安全衛生に関しても統括して管

理すべき義務を安衛法は定めている。

すなわち、安衛法第15条は、「事業者

で、一の場所において行う事業の仕事の

一部を請負人に請け負わせているもの

(当該事業の仕事の一部を請け負わせる

契約が二以上あるため、その者が二以上

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建設労務安全 24・1222

者が常時50人(特別作業では30人)に達

しない建設現場については、統括安全衛

生責任者の選任義務はないが、特定元方

事業者である以上は、その労働者及び関

係請負人の労働者の作業が同一の場所に

おいて行われることによって生ずる労働

災害を防止するため、必要な措置を講じ

なければならないと定められており、

「特定元方事業者自体の責任として統括

安全衛生管理をしなければならない」義

務が安衛法第30条により課されている。

また、建設業に属する事業の元方事業者

は、その労働者及び関係請負人の労働者

が一の場所(これらの労働者の数が厚生

労働省令で定める50人未満で20人以上)

において作業を行うときは、所定資格を

有する店社安全衛生管理者を選任し、

「その者に、当該事業場で締結している

当該請負契約に係る仕事を行う場所にお

ける第30条第1項各号の事項を担当する

者に対する指導その他厚生労働省令で定

める事項を行わせなければならない」

(法第15条の3)と定められている。

このように、事業者で一の場所におい

て行う事業の仕事の一部を請け負わせて

いるもののうち、建設業及び造船業を行

うものは、自分の直接雇用する労働者の

みならず、傘下の請負人として現場で仕

事をする関係下請負人の労働者について

も、その作業が同一の場所において行わ

れることによって生ずる労働災害を防止

する観点から、統括安全衛生管理責任と

いうものが定められているのである。こ

れらの統括安全衛生管理体制について

は、図1のとおりである。

図1 建設現場における安全衛生管理体制

50~

規模(人) 統括安全衛生管理体制(建設現場)

混在現場

20~

~19

現場責任者

現場責任者

現場責任者

現場責任者

統括安全衛生事業者

現場所長

各事業者

各事業者

特定元方

事業者

各事業者

統括安全衛生責任者

安全衛生責任者

作業主任者

安全衛生責任者

作業主任者

安全衛生責任者

作業主任者

安全衛生責任者

作業主任者

元方安全衛生管理者

現場責任者

現場責任者

現場責任者

現場責任者

統括安全衛生事業者

現場所長

店社安全衛生管理者

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23 建設労務安全 24・12

問われる労働災害の刑事責任

(2)直接措置義務ではなく現場の指

導的責任のため罰則は「罰金」のみ

この建設業の特定元方事業者の責任と

される統括安全衛生管理責任の具体的内

容については、安衛法第30条第1項にお

いて、次のとおり講ずるべき措置が定め

られている。

「特定元方事業者は、その労働者及び

関係請負人の労働者の作業が同一の場所

において行われることによつて生ずる労

働災害を防止するため、次の事項に関す

る必要な措置を講じなければならない。

①協議組織の設置及び運営を行うこと。

②作業間の連絡及び調整を行うこと。

③作業場所を巡視すること。

④関係請負人が行う労働者の安全又は衛

生のための教育に対する指導及び援助

を行うこと。

⑤仕事を行う場所が仕事ごとに異なるこ

とを常態とする業種で、厚生労働省令

で定めるものに属する事業を行う特定

元方事業者にあつては、仕事の工程に

関する計画及び作業場所における機械、

設備等の配置に関する計画を作成する

とともに、当該機械、設備等を使用す

る作業に関し関係請負人がこの法律又

はこれに基づく命令の規定に基づき講

ずべき措置についての指導を行うこと。

⑥前各号に掲げるもののほか、当該労働

災害を防止するため必要な事項」

この義務は、現場で作業する労働者の

雇用主である各事業者が直接的危険防止

の措置義務を負っていることを前提とし

て、それらの事業者間の連絡・調整を行

い、全体の作業の遂行が安全になされる

ようにする間接的・指導的責任である。

すなわち、特定元方事業者は、最先次の

請負人の立場で当該工事の施工に関し下

請関係にある各事業者に対し、安衛法上

特別に前記のごとき、連絡・調整等の同

一の場所で元請負人の統括管理の支配管

理で作業を行う請負人の労働者の安全及

び健康を保護すべき義務を負っているわ

けである。

この義務に関し、判例でも、「ところ

で、右義務が行政上の義務であることは

いうまでもないが、右各条における規定

の趣旨は、建設業等における請負人の労

働者に対する労働災害の防止がとかくな

おざりにされる傾向があり、そのため

往々にして大規模かつ悲惨な事故が多発

する事実に照して、当該工事の注文主に

一定の注意義務を負わせ、これに違反し

た者に刑事罰による制裁を科することに

よって、右のような労働災害を防止しよ

うとするにあると解せられる」(昭50・

5・26 山口地裁下関支部判決、林兼造

船・宝辺商店事件)と判示されている。

まさに、間接的な「注意義務」的なも

のであって、直接的な事業者としての危

険防止についての措置義務ではない。元

方事業者としての建設現場における傘下

事業者に対する指導的義務のため、その

義務違反に対する刑事責任については、

50万円以下の罰金(安衛法第120条1号)

にとどまっている。すなわち、本来の労

働者に危険を及ぼすおそれのある危害防

止のための措置義務は各事業者にあり、

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建設労務安全 24・1224

その責任も各事業者が負うというのが原

則である。そのため、統括安全衛生管理

責任はその履行のための指導にとどまる

から刑事責任も軽減されているのである

(図2参照)。

(3)特定元方事業者をめぐる問題

  ――請負契約に伴う責任

統括安全衛生管理責任を負う特定元方

事業者とは、建設業及び造船業であっ

て、「事業者で、一の場所において行う

事業の仕事の一部を請負人に請け負わせ

ているもの(当該事業の仕事の一部を請

け負わせる契約が二以上あるため、その

者が二以上あることとなるときは、当該

請負契約のうちの最も先次の請負契約に

おける注文者とする)」(安衛法第15条)

とされており、「事業者」、すなわち安衛

法の適用を受ける事業を営む法人または

個人であって、一の場所において行う事

業の仕事の一部を請負人に請け負わせて

いるものが事業者となる。

そこで、労働者を一人も使用しない個

人事業主(いわゆる一人親方)はいくら

一つの場所において、その事業の仕事の

一部を他人や他社に請け負わせる場合で

あっても、「事業者」にならないから、

本条の適用が問題になる余地はない。

すなわち、特定元方事業者とは、

①建設業または造船業を行う

②事業者(労働者を使用する者)であって

③一の場所において行う事業の遂行に関し

④その事業の仕事の一部を請負人に請け

負わせているもの

――である。

そこで、前記の事業者であって「一の

場所において行う事業」という要件に関

し、「一の場所」において行うという意

味は、「『一の場所』の範囲については、

請負契約関係にある数個の事業によって

仕事が相関連して混在的に行われる各作

業現場ごとに『一の場所』として取り扱

図2 統括安全衛生管理責任と各事業者の責任

A社B社C社D社

特定元方事業者(統括安全衛生責任)

同一の建設現場

混在作業

①協議組織の設置・運営

②作業間の連絡調整

③作業現場の巡視

④安全衛生教育の指導・援助

⑤工程・機械の配置計画と関係請負人の指導

⑥合図・標識・警備・その他の統一

⑦新規作業者への周知の資料の提供

請負事業者(事業者責任)

〈事業者としての危険防止措置義務〉

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25 建設労務安全 24・12

われるのが原則であり、具体的には、労

働者の作業の混在性等を考慮して、この

法律の趣旨に即し、目的論的見地から定

められるものであること」(昭47・9・

18 基発第602号)とされている。そこ

で、建設業関係においては、ビル建設工

事では「当該工事の作業場の全域」がこ

れに該当するとされ、土木工事関係にお

いては、地下鉄道建設工事等では当該工

事の工区ごとに「一の場所」とされ、造

船業関係では「船殻作業場の全域、艤装

又は修理作業場の全域、造機作業場の全

域」が、これに当たるとされている。

また、構内の常駐業者に修理等を発注

する場合についても、「鉄鋼業において、

その事業として常態的に行う炉等の補修

を構内に常駐する修理業者に請け負わせ

る場合には、当該鉄鋼業の事業者は、法

第29条の元方事業者となる」とされ、「な

お、大がかりな補修工事であって、外部

の設備修理業者等に発注するものは、独

立の建設工事とみなされる」(昭48・3・

19 基発第145条)とされている。この

場合には、建設業者のほうが安全管理責

任をすべて負わなければならず、鉄鋼業

者等は純然たる注文者となり、「特定元

方事業者」にはならない。

問題は、「事業の仕事の一部を請け負

わせる」という要件の「事業の仕事」と

いうことであるが、この点については、

厚生労働省の明確な通達が出されておら

ず、ケースバイケースで第一線労働基準

監督機関における解釈と取扱いに任され

ているのが実情である。しかし、販売ま

たは運搬業者の労働者の統括管理に関

し、「工事用器材の購入に附ずいして、

工事用器材の運搬等のため、これらを販

売または運搬する業者の労働者が作業場

内に入り作業を行う場合があるが、この

場合、元方事業主にはこれらの労働者に

関しては統括管理の義務はないものと解

して差し支えないか」という照会に対

し、「設問の労働者を使用する事業の事

業主が、関係請負人となる場合には、元

方事業主は、これ等の労働者についても

法第57条(現行=安衛法第30条)の義務

を負う」(昭42・4・4 基収第1231号)

とされていることから考えると、請負の

対象となるのは、“当該事業場における

事業目的遂行のために必要とされる一切

の仕事”とし、その仕事を請負契約によ

って遂行する場合が該当すると解され

る。この場合、請負契約によって行われ

る事業は、主たる仕事に限られるとか、

付随的な仕事は除くということは条文の

解釈上からはいえず、要するに要件は請

負契約関係のみがその要件となる。

ただし、目的が安全衛生管理であるか

ら、この面からの限界は当然のことなが

らあることは言うまでもない。混在作業と

ならない単なる運送のみで、単独作業と

して工事用器材を運搬してきた運送業者

の労働者が、器材荷卸しの作業中、自ら

被災することがあっても、これらの器材

運搬作業が請負契約によらず運送契約に

よる場合には、運送事業者は関係請負人

に該当しないから、特定元方事業者の統

括安全衛生管理責任の対象とはならない。

問われる労働災害の刑事責任