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形成にかかわる Wnt シグナリング
Wnt signaling involved in bone formation
濃野 勉 川崎医科大学分子生物学教室
Tsutomu Nohno Dept. of Molecular Biology, Kawasaki Medical School
[サマリー]
Wntで惹 されるシグナル伝達はDNA結合タンパク のTCFファミリーと結合し
て転写を活性化する ß-cateninの細胞内への蓄積を介する標準経路がよく知られている。
この経路ではGSK3ßによる ß-catenin のリン酸化を担う分 複合体が重要で,この活性
調節にはDvl,Axin などを含む多くの因子が関与している。この経路以外にもGタンパ
ク を介するCa2+経路,Dvl から RhoAを介する JNK経路などが並列で作動し,複 な
ネットワークを構成している。Wntシグナルを受け取る受容体には 7回膜貫通型のFzd
タンパク 以外に複数の膜タンパク ,糖タンパク が関係している。その1つLRP-5
は突然変異によって 量が大きく変動することから, 形成, 代 にWntシグナリン
グが重要であると考えられる。
[キーワード&略号]
分化,内 性 化,標準(canonical) Wnt 経路, 標準Wnt経路,
共働受容体(co-receptor)
MMP: matrix metalloproteinase; JNK: Jun N-terminal kinase
Fzd: Frizzled; Dvl: Dishevelled; Dkk: Dickkopf; Krm: Kremen; Stbm: Strabismus
Ihh: Indian hedgehog; sFrp: soluble Frizzled-related protein
PTHrP: parathyroid hormone-related peptide(副甲状腺ホルモン関連ペプチド)
LRP: low density lipoprotein receptor-related protein (低比重リポタンパク 受容
体関連タンパク )
PCP: planar cell polarity(水平面細胞極性)
GSK3ß: glycogen synthase kinase 3ß (グリコーゲン合成 素キナーゼ 3ß)
PLC: phospholipase C
FGF: fibroblast growth factor(線維芽細胞増殖因子)
CRD: cysteine-rich domain
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はじめに
膜性 化で形成される頭蓋 を除く大 分の 格形成の過程は,未分化間充織細胞の
凝集,凝集細胞の 細胞への分化,内 性 化に到る 分化,石灰化 組織の分
, 組織への 管侵入, 芽細胞の分化の順で進行する。この各段階には細胞間の相
互作用にかかわる Ihh,PTHrP,FGF などの分泌性因子が関与しているが,これら以外
にもWntファミリーが注目されている。Wntは 350~380 個のアミノ酸からなる分泌性
糖タンパク で,23~24 個のCys 残基が分子内の共通した位置に保存されている。Wnt
タンパク 自身は細胞外基 に結合する傾向が強く,また一 は糖タンパク や膜脂 成
分と結合しているため,細胞外に分泌されても単純な拡散で標的細胞へ伝えられる可能性
は低い。パルミチル基転移 素と 似の構造を持つ小胞体膜タンパク PorcupineはWnt
の N-グリコシル化を促進して,Wnt特異的な分泌に関与していると考えられている 1)。
Wntには 19 種 のリガンド,10種 の 7回膜貫通型受容体Fzd があるが,それら
の間の対応関係についてはまだ確立されておらず,さらに下流のシグナル伝達,転写調節
に到るまでの経路についても ß-catenin 経路以外は混迷している。最 の研究でFzd と
共に受容体複合体を構成するもう1つの膜タンパク LRP-5/-6 がWntシグナルの認
に必 であり,その1つが 代 に深く関与していることが分かり,Wntシグナリング
の 形成における役割が注目されている。 形成過程では初期の間充織凝集から石灰化に
到るまでの段階でWntやその結合タンパク が領域特異的に繰り し発現しているが,
それらの 細胞や 芽細胞の増殖,分化における役割の全体像についてはまだ十分理
されていない。ここでは胚発生で多面的な作用を持つことが知られているWntファミリ
ーの 形成における役割について,最 の数年間で 明された事項を中心に 説する。
1. 形成における Wnt ファミリー
200 以上の要素で人体を構成する 格は と の 2種 の組織から成り,これらの
組織は 細胞, 芽細胞,破 細胞などから構成されている。 格形成は ができる予
定の場所で未分化の間充織細胞が凝集することによって開始される。この間充織凝集は最
終的に形成される の形に従って こり,凝集した細胞は 分化の系譜をたどる。凝集
した細胞は IIb,IX,XI 型コラーゲンや細胞外基 タンパク を発現するようになり,
細胞へと分化して特徴的な最終的形態の雛型となる 性 を構成するようになる
2)3)(図 1)。 端 に位置する 細胞は恒久的に の形 のままで 止 細胞とし
て維持されて関節としての機能を持つようになる。 とその周辺の 細胞は成 板
を形成して成熟し,最終的には 細胞へと置きかわってゆく。この 細胞の成熟によっ
て から へと遷移してゆく過程で, 止期にある未成熟 細胞はまず最初に増殖を
開始し,前肥大性の細胞外基 産生細胞になる。前肥大性の増殖 細胞はX型コラー
ゲンを産生する肥大 細胞へ変わり,最終的に後期肥大 細胞へになり,石灰化が進
む。石灰化が始まった肥大 層へは周囲の組織から 芽前駆細胞が侵入し, 内の
で置き換わり,この過程はMMP-9,MMP-14 などの基 タンパク によって促進され
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る。
このような分化は前肥大 細胞と 膜に由来するシグナルによって調節されてい
る。分泌因子の Ihh は前肥大層で発現し,縁関節 膜でのPTHrP の誘導を介して
分化を負に調節している 4)(図 1)。従って,Ihh を肢芽で過剰に発現すると 細胞の
終末分化が 害される。しかし, 膜からのシグナルがない場合には Ihh は終末分化
を促進するので,Ihh の直接作用は 分化を促進することにある 5)。このことはヘッジ
ホッグ受容体である patched-1 が Ihh で誘導され,Ihh 発現細胞の 接で発現している
という事実からも支持される 6)。Ihh は局所的に 端 の成 を開始し,PTHrP とは独
立した様式で初期分化が進行中の初期 細胞の増殖を促進する 7)8)。 細胞の分化を
調節する他の分泌性因子としては,FGFファミリーとWntファミリーがある。主にFGFR3
を介する FGFシグナリングは 細胞の増殖と分化を調節し, 形成に対して抑制的な
作用を示す。一方,Wntファミリーは発生のさまざまな局面で時間的,位置的に特異的
な発現を示し,形態形成の誘導因子,細胞の極性決定因子,増殖分化の調節因子として多
様な機能を持っている。
初期の肢芽ではWnt-3a,Wnt-5a,Wnt-7a が発現し,四肢の 性決定に関与して
いる。その一方でWnt-4,Wnt-5a,Wnt-5b,Wnt-14 は分泌性のWnt拮抗タンパク
である sFrp-3(別名 Frzb)とともに発生途上の 格で発現し, 格形成の過程でそれぞ
れ固有の作用をしている 9)~14)。Wnt の発現は 形成前の間充織凝集では見られないが,
逆にWnt活性を 害する sFrp-3 は間充織凝集から発現している。このことは,Wnt-1
とWnt-7a が 分化を 害する活性を持ち 15),またWnt-10a やWnt-11 も同様の作
用を示すという事実と関連している。 分化の後期の段階ではWnt-4 やWnt-14 が将
来の関節が形成される場所で発現し,Wnt-5a とWnt-11 は 膜で発現し,Wnt-5b は
増殖盤の前肥大 層で発現する。sFrp-3 は 端 の関節 になる 位で発現するよ
うになる。Wnt-5a の過剰発現により 細胞の成熟が れて の短縮と内 性 化
の 害が生じること,またWnt-4ではそれが逆に促進されることなどが知られている10)13)。
Wnt-4 は関節で発現し, 細胞の肥大を促進するが,Wnt-5a は前肥大層で発現し,
肥大を 延させる作用を示す。Wnt-14 は関節の境界領域で発現し,関節形成の初期段階
で作用している 14)。
特異的なWntシグナリングの調節は受容体系だけでなく,Wntに拮抗することが知
られている結合タンパク よっても調節されている。Frzb などの sFrp ファミリーは囮
型受容体の1つで,Fzd と 似の構造をとるWnt結合性のCRDを持つが膜貫通領域が
欠けている(図 2)。sFrp ファミリーは5種 が同定され,これらはそれぞれ領域,細
胞特異的に発現し,Wntに対する 害効果にも選択性がある。例えば sFrp-3 は 分化
に,sFrp-2 は筋分化に関係すると考えられる 11)12)。sFrp-1 は 芽細胞や 細胞で発現
し破 細胞の形成を 害するが,これは破 細胞分化因子と結合してその活性を 害する
ことによる。
sFrp-3 はWnt-l およびWnt-8 に拮抗作用があり, 原基の発生と同時期に凝縮
前の間充織細胞で発現が始まり,続いて 端 の関節 ,増殖盤の前肥大 細胞で発
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現する。sFrp-3 の過剰発現により の短縮がおこり,関節の融合, 細胞の成熟の
れ,その結果として石灰化や基 タンパク 分 素の抑制, 形成の 害が見られ
る。sFrp-3 や優性欠損型LEF1 の過剰発現では 細胞は未成熟の状態に維持される
(Enomoto-Iwamoto et al., 投稿中)。逆にWnt-8 や構成活性型LEF1 の過剰発現では
細胞の成熟,肥大化,石灰化が抑制される。このように,sFrp-3 依存性のWntシグ
ナルの強弱によって 格形成における 分化の調節や関節 の形成,維持が強く影
される。しかし,sFrp-3 が生理学的に拮抗するWntは 原基の 傍で発現するWnt
に限られるはずであるが,Wnt-1 やWnt-8 の発現はそのような 位で見られず,他の
Wntメンバーの発現も知られていない。sFrp-3 の発現は関節 において強く,肥大
細胞層において弱くなる。この発現パターンは 細胞の成熟,肥大化期にWntシグ
ナルが活性化され,機能している可能性を示す。
これら以外に,BMPや nodal とも結合してその活性を 害するCerberus や,EGF
リピートを持つWIF などもWntと直接結合することでそのシグナリングを 害,調節し
ているが,これらの 形成における役割についてはまだ不明な点が多い。
2.細胞間 Wnt シグナリング
形成にかかわるWntファミリーの多岐にわたる作用を 釈するためには,Wntに
よって惹 されるシグナリングについて理 する必要がある。最 の研究でWntシグナ
リングに関与する多くの細胞内および細胞外の成分が次々と同定されてきた。それらの中
でも細胞外または細胞膜表面でWntと結合し,シグナリングにかかわる因子が注目され
ている。Wntリガンドが直接結合する受容体Fzd はN末端側にCRDを持つ 7回膜貫通
型の構造をとる。10種 の Fzd 受容体と個々のWntリガンドとの対応関係については
まだ断片的にしか判明していない。その理由の1つとしては結合 析を行うのに必要な活
性型の精製タンパク としてWnt-3a やWnt-5a など限られた種 のWntしか成功して
いない点がある。他の理由としてはWntシグナルの細胞内伝達系が ß-catenin がかかわ
る標準経路以外に複数あり,シグナリングが多岐にわたっていること,さらに受容体を構
成する因子もFzd だけでなく,複数の膜タンパク ,ヘパラン硫酸糖タンパク などが
構成要素として関与し,Fzd タンパク 以外の因子によって大きく影 されることなどが
ある。限られた例として,Wnt-5a/Fzd-5,Wnt-4/Fzd-6,Wnt-7a/Fzd-10 などが
いくつか知られているが,これらも用いたアッセイ系に依存する可能性がある。さらに,
生物学的に差があると知られているWnt (wingless)と Fzd の場合でも,結合親和性は1
桁程度しか違わないので,結果の比 と 釈には注意が必要である。
1)受容体複合体の構成因子
Fzd とともにWnt受容体系として機能する分子にLRP-5/-6(ショウジョウバエで
は arrow)がある。これらは低比重リポタンパク 受容体に構造が 似した膜貫通型タ
ンパク である。LRP には 10種 が知られ,そのうちの 5種はアポリポタンパク E
に結合するが,他の多くはリガンドが不明であった。それらの中で構造の 似したLRP-
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5 と LRP-6 には,YWTDリピートおよびCys に富むEGFドメインがそれぞれ4回繰り
す細胞外のドメインと,タンパク 相互作用にかかわるAxin 結合領域を持つ細胞内ド
メインがある 16)17)。Wnt がそのシグナルを細胞内に効率よく伝え,ß-catenin を介する
標準シグナル伝達系を活性化するためには,これらFzd と LRP の両者の膜タンパク と
結合することが必要であり,それゆえLRP-5/-6 は Fzd の共働受容体と呼ばれている(図
2)。
2)Dkk と LRP-5/-6 の関係
Wntシグナリングを細胞外で調節する多様な因子が知られているが,その中で興味
あるのがツメガエルの頭 誘導にかかわる因子として同定されてきたCerberus,Frzb,
Dkk1 などである。頭 誘導には一般に後 側構造の形成を促進するWnt活性を抑制す
る必要があり,これらはすべてWntシグナリングに対して拮抗作用を持つ。Dkk以外の
Wnt拮抗作用を持つ因子は細胞外でWntリガンドと結合し,Fzd 受容体との結合を競合
的に 害している(図 2-(4))。すなわちCerberus,Frzb は受容体 Fzd に結合するWnt
を奪い合ってシグナリングを 害している。
これに対してDkk1 はWntと結合せず,最 までそのWnt 害活性の機序について
は不明であった。最 になってDkk1 はWnt-Fzd 系の共働受容体LRP-5/-6 のリガン
ドとして機能することが判明した 17)~19)。Dkk1 はWntシグナリングに対して 害作用を
持つにもかかわらず,Wntにも Fzd にも結合せず,またWntと Fzd の結合にも影 し
ない。Dkk1 と Dkk2 はいずれも LRP-5/-6 を過剰発現している細胞に結合し,その親
和性はWntと Fzd の場合よりもはるかに い。ツメガエルの初期胚を使った実験やタン
パク の結合 析などから,Wntにより誘導されるFzd と LRP の受容体複合体の形成が
少量のDkk1 で 害されることが判明した。さらに,変異の導入などによってDkk1 の
結合は 3,4番目のEGFリピートに,一方Wnt-Fzd は 1,2番目のEGFリピートに結
合することが示され,また細胞内ドメインにはAxin との結合に必要な領域がある。この
細胞内のAxin 結合ドメインはLRP の活性に必 で,これが変異または欠失すると膜貫
通領域の欠失と同様に優性欠損型の受容体となる。これらの作用機序をまとめると図 2
のようになる。
すなわち,WntシグナルがないときにはAxin を含む細胞内タンパク 複合体はリン
酸化を介して ß-catenin を分 する(図 2-(1))。Wntが Fzd と LRP からなる受容体に
結合するとAxin が LRP に奪われて ß-catenin のリン酸化系が不活性化され,ß-catenin
が細胞内に蓄積する(図 2-(2))。その結果 ß-catenin は核へ移行してTCFファミリー
と結合し,標的 伝子の発現を誘導する。Dkk1 がWntと共存するとDkk1 は共働受容
体LRP に結合してWntが LRP に結合できなくなり,その結果としてWntシグナリング
が抑制される(図 2-(3))。この過程には新たに同定されたもう1つの 親和性膜受容体
Krmタンパク が関係しているかも知れない 20)。すなわち,DkkがWntに対して抑制
効果を発揮するためには,このKrmがDkkに対する共働受容体として必要であり,Dkk
はKrm/LRP 受容体の細胞外ドメインに結合して,これら受容体複合体がエンドサイト
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シスで細胞内に取り込まれ,その結果LRP が細胞膜から消失し,Wntの受容体 Fzd との
相互作用による活性化が こらなくなる(図 2-(3))。Krmは膜に繋ぎ留められている
必要はあるが,細胞内領域は活性に必 ではないので,この点はLRP の場合と異なって
いる。
Dkkファミリーには4種のメンバーが知られており 21)22),LRP-5/-6 と結合するこ
とでWntシグナリングに影 している 18)19)。Dkk1 は Fzd の共働受容体LRP-5/-6 のリ
ガンドであり,Dkkの結合によってWntシグナリングは一般に抑制される。Dkk1とDkk4
はWntシグナリングを抑制するが,Dkk2 と Dkk3 にはその活性がない。逆にDkk2 は
標準Wnt経路のシグナリングを活性化する作用を持ち 23),これは2番目のCRDが LRP
と結合することによって こるが,Dvl系はこの効果に関与していない24)。このようにLRP
のリガンドであるDkkファミリーはそれぞれのメンバーによって機能的な差があり,ま
た発現している細胞も異なっている。
3)LRP-5/-6 の変異と 代
LRP-5 は硝子 への 管進入を伴う 粗鬆症の原因 伝子であり,欠損型突然変
異は常染色体劣性 伝の 粗鬆症を伴う偽神経膠腫症(OPPG)の原因となることが同定
されている 25)。これらはすべてLRP-5 の機能喪失変異で,優性欠損型のLRP-5 ができ,
Wntとの結合,または細胞内でAxin との相互作用が失われて,ß-catenin 経路のWnt
シグナリングが減弱すると考えられる。従って,ヘテロでも有意な 量の低下が見られ,
Wntシグナリングが 量の維持に関与していると想定される。LRP-5 は 芽細胞で発現
しているので,ノックアウトマウスではWntシグナリングが 害された結果として,
Cbfa1 に依存しない 芽細胞の増殖と機能の障害による 量の顕著な減少が こり,眼
では 管内皮の細胞死による退縮が 害されて眼球内への継続的な 管進入が こる 26)。
LRP-5 を介するWnt-1,Wnt-2,Wnt-3a などのシグナリングは ß-catenin を介する経
路で作動し, 芽細胞の機能に必 である。しかし,これらの形成過程に直接関与してい
るのが具体的にどのWntメンバーなのかについては不明な点が残されている。一方で
LRP-5 のコドン 171 の点突然変異ではDkk1 によるWntシグナリングの 害が欠如し
て逆にWnt活性が上がり, 吸収のマーカーは正常であるがオステオカルシンなどの
形成のマーカーが上昇して,最終的に 密度が くなる 27)。このように LRP-5 は多機能
の分子であるので,その変異箇所によって多様な形 が現れる。変異による 伝的多型性
は 量や 密度の個体差に関係していると考えられ, 粗鬆症発症の危 率にも関係する
ので,今後の検証が待たれる 28)。
LRP-6 のノックアウトマウスではWnt-3a,Wnt-4,Wnt-7a などをそれぞれノック
アウトした場合と 似の表現型が見られることから,LRP-6 はWntシグナリングに必
の共通構成因子であり,ß-catenin 経路を活性化するFzd の共働受容体として比 的広
範囲に機能していると考えられる。このような変異による形 の違いは,一般に発現して
いる細胞,組織が広範囲であるかどうかに依存するので, 似の構造と機能を持つLRP
ファミリーであっても形 が異なるのは当然であろう。
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3.細胞内 Wnt シグナリングの多様性
Wntが細胞膜の Fzd を含む複合受容体に結合してから多様な効果を現すまでの過程
には,複数の細胞内シグナル伝達系が並列あるいは複合的に作動していることが知られて
いる(図 3)。すなわち,(1) ß-catenin 経路(標準Wnt経路); (2) 平面内細胞極性(PCP)
または収斂伸 (convergent extension)経路; (3) Wnt/Ca2+経路; (4) 紡錘糸の向
きによる 対称細胞分裂を担う経路である 29)。この中で最もよく調べられているのが ß-
catenin の蓄積と核移行を伴う経路で,これは標準Wnt経路とも呼ばれている(詳細に
ついてはhttp://www.stanford.edu/̃rnusse/wntwindow.html を参照)。
Wntシグナルがないときには,Axin を含むタンパク 複合体によってシグナル伝達
の となる ß-catenin が細胞 内で分 されている(図 3)。すなわちWntが存在しな
いとき,Axin は APC上でGSK3ßと ß-catenin を捕捉し,ß-catenin は GSK3ßによっ
て速やかにリン酸化される。リン酸化された ß-catenin はユビキチン化されてプロテア
ソームで分 され,細胞 中には遊離の ß-catenin はほとんど存在しない。Wntが Fzd
に結合すると,Dvl が活性化されてGBPを含む複合体がGSK3ßを捉えてAxin,APC
系から奪う。その結果 ß-catenin は GSK3ßによるリン酸化から れ細胞 へ残存する。
すなわち,ß-catenin はリン酸化されていないのでユビキチン依存性のプロテアソーム分
系に移行せず,細胞内に遊離型として蓄積し核内へ移行する。核内移行した ß-catenin
はもともと核内に局在するLEF1/TCF と結合して転写活性化複合体を形成し,標的 伝
子の転写を誘導する。標準経路ではWntが Fzd 受容体に結合するとAxin が共働受容体
LRP の細胞内ドメインに結合して細胞膜へ移行し,APCやGSK3ßからなる ß-catenin
のリン酸化複合体が 体して不活性化され,ß-catenin がリン酸化されないで蓄積する機
序も同時に作動している(図 3)。
Wntが異なるタイプのFzd 受容体に結合することによって,ß-catenin 経路以外の
シグナル伝達経路が活性化することも知られており,例えばDvlから RhoAを介した JNK
の活性化,Gタンパク によるPLCの活性化と細胞内のCa2+濃度の上昇,protein kinase
Cの活性化などによるWnt応答 伝子の発現である(図 3)。PCP 経路は細胞の収斂伸
に関与し,低分子型Gタンパク のRhoAを介してMAPキナーゼの1つ JNKの活性
化により,AP1を活性化して標的 伝子の転写を誘導する 30)。これは標準Wnt経路と同
様にDvl の活性化で始まるが,最 RhoAの活性化にかかわる分子としてDaam1が同
定された 31)。この経路は収斂伸 に関与する4回膜貫通型のタンパク Stbmによって
も促進される(図 2-(5))。この StbmはDvl との相互作用を介して ß-catenin 経路に対
しては抑制的に作用し,JNK経路に対する効果とは逆である 32,33)。Dvl に結合している
キナーゼPAR-1 は逆に ß-catenin 経路に対して促進的に,JNK依存性経路に対しては
害的に作用する 34)。もう1つの 標準経路であるWnt/Ca2+経路はDvl とは 依存的に
活性化され,三量体型Gタンパク の活性化とそれに続くPLCの活性化を介して,細胞
内のCa2+濃度の上昇と protein kinase Cの活性化などが こる。この経路には転写因子
NF-ATの活性化による標的 伝子の転写誘導が関与している 35)。
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Wntシグナリングは初期発生,器官形成から成体組織の機能維持に到るまで,多く
の局面で多様性でかつ保存的に利用され,最終的な細胞の運命や行動に影 している。複
なシグナル伝達経路が正常に機能し,調節されていない場合,発生的な欠損や腫瘍の発
生が こるので,個々の組織で時間的,位置的,および量的にも正確にシグナリングが調
節されていなければならない。そのために多くの因子がこれらの経路に関与し,多様な
Wntシグナルに対する適切な応答を可能にしていると考えられる。
おわりに
細胞表面の受容体複合体でWntシグナルが受けとめられてから後の細胞内での経路
も細胞間のシグナリング以上に複 になっている。ß-catenin を介する標準経路による
形成の調節はおもにWnt-8 が役割を演じていると考えられるが,その時間的,位置的な
発現パターンからはすべてのWnt作用がWnt-8 のみでは説明できない。すなわち,Wnt
シグナリングが 形成, 代 に関与している証拠はあるが,どのWntによって担われ
ているのか不明である。さらに,Wntの受容体 Fzd は7回膜貫通型であり,そのシグナ
ル伝達経路はDvl を介する経路だけでなく,三量体型Gタンパク 共役型の経路が作動
していることは容易に想定される。事実,Wntシグナルが百日咳毒素に感受性のGoや
Gt,あるいは PLCを活性化するGqを介して作用することが示されている。従って,こ
れらの経路がWntシグナリングのもう1つの重要な局面を担っていると考えられ, 標
準経路についても注目する必要がある。
個々のWntと Fzd との対応関係だけでなく,その細胞内シグナル伝達経路に対する
関与の程度,共働受容体との相互関係,さらにシグナル伝達の下流側での統合などについ
て理 しなければならない。特に 分化, 形成において標準および 標準のWnt経
路がどのように関連しているかについては,具体的にどのWntが 形成過程で作用して
いるかが不明であるのと同様に,現状では断片的にしか分かっていないので,多くの 明
しなければならない問題点が残されている。
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- 10 - 02.8.1
[図の説明]
図 1 細胞と 芽細胞の分化を調節する 伝子
上は 細胞,下は 芽細胞の分化過程を示す。 分化の初期段階では Sox9 などが作
用し,後期段階ではCbfa1 その他の因子が作用し,II 型コラーゲンを発現する増殖性
細胞から Ihhと PTH/PTHrP受容体を発現する前肥大 細胞への分化が促進される。
Ihh は 膜と 襟の両方に作用し, 膜では 細胞の肥大を妨げるPTHrP の産生
を促し,一方FGF/FGFR3 系は Ihh の発現を抑制する。 細胞ではCbfa1 の過剰発現
で Ihh の発現が誘導され, 襟では Ihh によって 芽細胞の分化を惹 するCbfa1 の発
現が誘導される。肥大 細胞はVEGFを産生して 管の侵入を促進し,石灰化した肥
大 は補充された 細胞, 芽細胞によりMMP9を介して再吸収される。 襟由来
の 芽細胞は基 を I型コラーゲンに富む基 で置き換えて 形成が進行する。(Wagner
& Karsenty2)より改変引用)
図 2 Wnt 拮抗作用を持つ Dkk, Frzb (sFrp-3)の作用機序と膜受容体複合体を
構成する Fzd,LRP,Krm との相互関係
詳細は本文参照。
図 3 細胞内 Wnt シグナリングの多様性
詳細は本文参照。
[プロフィール]
岡山大学大学院理学研究科修了後,川崎医科大学助手。’82~’84 ボストン生物医学研究
所スタッフフェロー。’96 より現職。