日本における国民の司法参加の現状と展望
東京大学井 上 正 仁
はじめに
○ 台湾では,「人民觀審制度」をめぐって議論○ 日本では, 2004 年 5 月,「裁判員制度」を導入する法
律制定 ⇒ 5 年の準備期間を経て, 2009 年 5 月施行, 3 年近く経過 2012 年 2 月末までに裁判員裁判を受けた被告人は 3,423
人
○ 背景事情,考え方,導入の趣旨の異同 ⇒類似点と相違点
○ 日本での実施状況,知見,課題 ⇒台湾での議論に資する ・ 2011 年 4 ~ 5 月 司法院,最高法院,台湾大学,東海大学等で講演 ・ 2011 年 11 月 頼浩敏司法院長が率いる調査団来日
⇒最新の情報を提供
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1.概要 ○原則6名の裁判員(一般国民からくじで事件毎に選出)+3名の裁
判官 第一審の公判審理に出席 ⇒裁判官とともに,有罪・無罪の認定,有罪の場合の量刑 ○重大な刑事事件を対象 ・死刑または無期の懲役・禁錮に当たる罪 ・短期1年以上の懲役・禁錮に当たる罪で,故意の犯罪行為により被害者
死亡 ○被告人の拒否不可,自認事件も対象 ○裁判員は裁判官と基本的同等の権限(表決権も) ・法令解釈,訴訟手続上の決定は裁判官の専権
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Ⅰ 裁判員制度とは
2.導入の趣旨 ・・・司法制度改革⇒国民的基盤の強化
・国民自身と司法制度にとっての効用 国民自身が裁判の主体として参加し,責任を分担 ①司法や社会の安全・安心を自らの事柄として認識,自ら支える
意識 ②司法との一体感・親近性⇒司法への信頼
・刑事司法にとっての効用 ・法律専門家だけで行っていた刑事裁判,緻密で確実 ・他面,①国民の感覚と乖離する面(ex.量刑) ②国民には理解困難,時間もかかる ① 一般国民の良識・感覚を反映 ⇒国民に支持される,より良いも
のに ②国民に開かれ,分かりやすく,迅速なものに
3.なぜ陪審制度ではないのか?
○ 陪審制度採用論も ・「官僚司法」批判と司法の「民主化」の主張 民主政(多数決原理)における司法の役割の独自性 ・誤判防止策としての陪審論 ⇒ 根拠不十分
○前提とする刑事司法の現状についての評価 総体として良質の実績 ただ,国民の感覚の反映少ない ⇒国民が参加し,その良識や感覚を反映させることにより 裁判がより良いものに ⇒裁判官と国民から選ばれた者の協同・・・陪審との相違 ・新鮮な感覚の反映 ⇒事件ごとの選任・・・参審との相違
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○旧憲法( 1890 年)時代 旧憲法( 1890 年) 24条「法律ニ定メタル裁判官ノ裁判」を受ける権利 ⇒有力説: 陪審の評決に拘束力を認めるのは違憲 ⇒旧陪審法( 1923 年制定, 1928 ~ 1943 年実施) 裁判所が陪審の評決結果を不当と考えるときは陪審の更新可能 *韓国憲法「法官による裁判」を受ける権利 ⇒陪審員の評決に拘束力を与えない国民参与裁判制度を試行
○ 現憲法( 1947 年) 「裁判所において裁判を受ける」権利と文言変更 ⇒拘束力付与は違憲とする考え方もなお有力であった ・憲法の第 7章「司法」では裁判官についてのみ規定 ・裁判官の独立の保障
○ 制度導入時の考え方(井上など) ・憲法は,裁判官を裁判所の基本的構成要素とするが,これに国民が加 わることを排除していない ・裁判官の独立の保障 ⇒個々の裁判官が独立して職権を行使できること 法定のルールにより少数意見の裁判官が多数意見に従うことは,これ に背馳しない
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4.憲法上問題はないのか?
各国憲法関連規定の対照
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日本国憲法日本・旧憲法( 1890 )
台湾憲法 大韓民国憲法
裁判を受ける権利
何人も,裁判所におい て裁判を受ける権利を 奪われない( 32 条)。 刑事事件において被 告人は,公平な裁判所 の・・・裁判を受ける権 利を有する( 37 条 1 項)。
臣民は,法律に定め た裁判官の裁判を受け る権利を奪われない( 24 条)。
非由法院依法定程序,不得審問處罰( 8 条 1 項)。
すべての国民は,憲法 および法律が定めた法 官により,法律による裁 判を受ける権利を有する( 27 条 1 項)。
裁判所の組織
下級裁判所は,法律の定めるところにより設置( 76 条 1
項)。
法律で定める( 57 条 2 項)。
以法律定之( 82
条)。 法律で定める( 101 条 1 項)。 法院は法官で構成( 101 条 1 項)。
裁判官の独立
良心に従い独立してその職権を行い,憲法及び法律にのみ拘束される( 76 条3 項)。
法官須超出黨派以外,依據法律獨立審判,不受任何干涉( 80 条)。
憲法及び法律により,その良心に従い,独立して審判する( 103 条)。
裁判官の身分保障
心身の故障による職務不能の場合を除いては,公の弾劾によらなければ罷免されず,行政機関は懲戒処分を行えない( 78 条)。
刑法の宣告・懲戒の処分によらなければ免職されず,懲戒については法律で定める( 58 条 1 項)。
法官為終身職,非受刑事或懲戒處分,或禁治產之宣告,不得免職。非依法律,不得停職,轉任或減俸( 81 条)。
弾劾・禁錮以上の刑の宣告によらなければ罷免されず,懲戒処分によらずに停職等されない( 106 条 1 項)。
○ 導入後も違憲論 ・・・多岐にわたる根拠付け
○ 最高裁により合憲性確認 東京高裁合憲判決( 2010 年 4 月 22 日) ⇒最高裁大法廷合憲判決( 2011 年 11 月 16 日) 最高裁第二小法廷判決( 2012 年 1 月 13 日)
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東京高裁 2010 年 4 月 22 日判決高刑集 63巻 1号 1頁
① 被告人の裁判を受ける権利(憲法 32条, 37条)の侵害なし ○憲法が裁判官を下級裁判所の基本的構成員として想定していることは 明らかだが,裁判官以外の者をその構成員とすることを禁じていない。 ○「裁判官の裁判」を受ける権利を保障していた旧憲法とは異なり,憲法 32条が「裁判所における裁判」を受ける権利を保障していることや,憲 法と同時に制定された裁判所法 3条 3項が「刑事について陪審の制度を設 けることを妨げない」と規定していること ⇒国民の参加する裁判を許容し,あるいは排除しないのが立法者の意図 ○裁判員が関与することについての種々の措置 ⇒独立して職権を行使 する公平な裁判所による法に従った迅速な裁判を受けることを被告人 に保障するという憲法の趣旨に沿う。
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(次頁に続く)
1.憲法上,国民の司法参加が一般的に禁じられているとは解されない (1) ・明文規定の置かれていないことが直ちに禁止を意味するものとはいえない ・憲法上,刑事裁判に国民の司法参加が許容されているか否かは 憲法が採用する統治の基本原理や刑事裁判の諸原則 憲法制定当時の歴史的状況を含めた憲法制定の経緯 憲法の関連規定の文理 を総合的に検討して判断されるべき (2) ・基本的人権の保障を重視した憲法では,特に 31 条~ 39 条で適 正手続の保障, 裁判を受ける権利,公平な裁判所の迅速な公開裁判を受 ける権利等,適正な 刑事裁判を実現するための諸原則を規定 ⇒刑事裁判に当たって厳格に遵守される必要 ⇒高度の法的専門性が必要 ・三権分立の原則の下に,第 6 章で,裁判官の職権行使の独立と身分保障につい て周到な規定 ⇒憲法は,刑事裁判の基本的な担い手として裁判官を想定
最高裁大法廷 2011 年 11 月 16 日判決裁判所時報 1544号 1頁
(次頁に続く)
(3) ・他方,歴史的,国際的に見ると,欧米諸国においては,上記手続的保障とともに, 民主主義の発展に伴い,国民が直接司法に参加することにより裁判の国民的 基盤を強化し,その正統性を確保しようとする流れ ⇒憲法制定当時には,欧米の民主主義国家の多くは陪審制か参審制を採用 ・我が国でも,陪審法の下で開始された陪審裁判が 2043 年以降停止状態 ⇒このような時代背景と国民主権の基本原理の下で,憲法制定の過程において国 民の司法参加が許容されるか否かについても関心 ①旧憲法の「裁判官による裁判」から「裁判所における裁判」への表現変更 ②下級裁判所については裁判官のみで構成される旨不明示 ⇒当時の政府部内では,陪審制や参審制の採用も可能と理解 ・「刑事について陪審の制度を設けることを妨げない」と規定する裁判所法3 条 3 項 も上記の経緯に符号
(4) 国民の司法参加と適正な刑事裁判を実現するための諸原則とは,十分調和可能 ⇒・憲法上国民の司法参加がおよそ禁じられていると解すべき理由なし ・国民の司法参加制度の合憲性は,制度の具体的内容が,適正な刑事裁判を 実現するための諸原則に抵触するか否かによって決せられるべき
(次頁に続く)
2.裁判員制度の具体的内容も憲法に適合 (1) 憲法上の刑事裁判の諸原則確保の上で支障なし ・ 裁判員裁判対象事件を取り扱う裁判体は,裁判官と,公平性,中立性を確 保できるよう配慮された手続の下に選任された裁判員とによって構成 裁判員の関与する判断は,司法作用の内容をなすが,必ずしもあらかじめ 法律的な知識,経験を有することが不可欠な事項ではない 裁判長は,裁判員が職責を十分に果たすことができるよう配慮する責務 ⇒裁判員が,様々な視点や感覚を反映させつつ,裁判官との協議を通じて良 識ある結論に達することは,十分期待可能 ・他方,憲法が定める刑事裁判の諸原則の保障は,裁判官が判断 ⇒公平な「裁判所」における法と証拠に基づく適正な裁判が行われること ( 憲法 31 条, 32 条, 37 条 1 項 ) は制度的に十分保障されている上, 裁判官は刑事裁判の基本的な担い手とされているものと認められる
(次頁に続く)
(2) 裁判官の独立を保障した憲法 76 条 3 項に反しない ・憲法が一般的に国民の司法参加を許容しており,裁判員法が憲法に適合する ようこれを法制化したものである以上,裁判員法が規定する評決制度の下 で,裁判官が時に自らの意見と異なる結論に従わざるを得ない場合があると しても,それは憲法に適合する法律に拘束される結果であるから,憲法 76 条 3 項に反しない ・裁判 l 員制度の下でも,法令の解釈や訴訟手続に関する判断は裁判官の権限 ⇒裁判官を裁判の基本的な担い手として,法に基づく公正中立な裁判の実 現が図られており,同項の趣旨に反しない。 ・ 憲法が国民の司法参加を許容している以上,裁判官の多数意見が常に裁判 の結論でなければならないとは解されない 裁判員の加わる評決の対象が限定されている上,評議に当たって裁判長が 十分な説明を行うこと,評決では多数意見の中に少なくとも 1 人の裁判官が 加わっていることが必要とされていること ⇒被告人の権利保護という観点からの配慮 ⇒裁判官のみによる裁判の場合と結論を異にするおそれがあるからといって, 憲法上許容されない構成であるとはいえない
(次頁に続く)
(3) 特別裁判所を禁止した 76 条 2 項に反しない 裁判員の加わる裁判体は,地方裁判所に属し,その第 1 審判決に対しては, 高等裁判所への控訴および最高裁判所への上告が可能であるから,特別 裁判所に当たらないことは明白
(4) 憲法 18 条後段の「苦役」の禁止に反しない ・裁判員の職務等は,参政権と同様の権限を国民に付与するものであり,これ を「苦役 j ということは必ずしも適切でない ・国民の負担の過重を避けるため,類型的な辞退事由の設定に加え,個々人 の事情を踏まえて辞退を認める柔軟な制度が整備され,かつ,旅費・ 日当 等の支給による経済的な負担軽減措置
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最高裁第二小廷 2012 年 1 月 13 日判決
○裁判員制度による審理裁判を受けるか否かについて被告人に 選択権が認められていないからといって,同制度が憲法32 条, 37 条に違反するものではない。 憲法は,刑事裁判における国民の司法参加を許容しており,憲法の定 める適正な刑事裁判を実現するための諸原則が確保されている限り, その内容を立法政策に委ねている ⇒裁判員制度においては,公平な裁判所における法と証拠に基づく適 正な裁判が制度的に保障されているなど,上記の諸原則が確保さ れている(最高裁 2011 年 11月 15日大法廷判決の趣旨に徴して明ら か
2.裁判員制度の実施状況
( 1 ) 概 況 ○ 2009 年 5 月 21 日の裁判員法施行から 34ヵ月 同年 8 月の初の裁判員裁判(東京地裁)から 32ヵ月
○2011 年 10 月末までに ・起訴人員 4,458 名中終局人員 2,949 名( 66.2% ) ・同年 11 月末までに,起訴 4,665 件中終局裁判 3,372 件
( 72.3% )
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(2)対象事件 ○地方裁判所管轄事件の約2% 2010 年に全国の地方裁判所に起訴された通常第一審事件の被告人 86,387 名中,裁判員裁判の対象となったのは 1,797 名( 2.0% )
○罪名別トップ3( 2009.5 ~ 2011.10 )
起訴被告人数( A )でも,終局裁判被告人数( B )でも, ①強盗致傷( A:25.0% , B:24.3% ),
②殺人( A:21.0% , B:22.7% ) ③現住建造物等放火( A:9.3% , B:9.1% )
○対象事件からの除外(裁判員法 3条 1項)は 1 件のみ *組織暴力団の内部抗争による殺人事件,暴力団関係者から接触を受けた 証人予定者が出廷を拒否 ⇒市民が恐怖 ⇒裁判員確保困難
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裁判員制度対象事件罪名別裁判所新受人員( 2009.5 ~ 2011.10 )
総数4.458
実施状況速報(~ 2011.10 ) 1頁のデータに拠る。
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裁判員対象事件罪名別第一審終局人員数( 2009.5 ~ 2011.10 )
総数2,949
実施状況速報(~ 2011.10 ) 2頁のデータに拠る。
○ 裁判官1名+裁判員4名構成の裁判体による裁判は0件
○ 裁判員6名+補充裁判員2名が選ばれるのが典型
○2011 年 7 月末までの実績 ・候補者名簿への登載: 延べ約 95万 6千人(年 30万人前後) ・具体的事件の裁判員候補者としての選定: 約 24万 5千人 ・裁判員選任のための裁判所への呼出し: 約 11万 2千人 ・選任手続への出席: 約 9万人(出席率 80.0% ) ・裁判員としての選任: 1万 7千人弱 補充裁判員としての選任: 6千人弱 裁判員裁判に参加: 計約 2万 2千人 ( 2010 年の実績では, 1 年間に裁判員・補充裁判員に選任される確率
は 全国で 10,000 人に 1 人 地域により 4,761 人に 1 人~ 33,333 人に 1 人) 21
(3)裁判員の選任
295,036名
344,900名
選任過程の実績2009 年用 2010 年用
245,206 名
179,612 名
89,854 名(出席率80.0% )裁判員 16,590 名
補充裁判員 5,812 名
* 「選定」以下(青ラベル)の数字は 2009 年 8 月~ 2011 年 10 月の実績〔実施状況速報(~ 2011.10 ) 5 , 7頁〕。
呼び出さない措置 65,594 名
呼出し取消し67,354 名
3 1 5 , 9 4
0 名 2011 年用
285,530名
2012 年用
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○ 国民の協力度 ○開始前は疑問視する声も ・各種アンケート結果・・・積極的に参加するとの答え少数
○実績 ・出席率80 %超
○前提として ・負担軽減措置(繁忙期回避の調整,職場での不利益取扱い禁止等) ・相当余裕のある数の候補者を選定(平均 84 名 / 件〔 2010年〕)
重大,複雑困難,長期事件では, 450 名, 180 名, 160 名という事例も ・事前の調査票・質問票への回答を基に緩やかに辞退認容 ( 48.4%〔同上〕)
○選任された裁判員の性別,年齢,職業に偏りなし
○裁判員経験後はほとんどの人が肯定評価
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参加したい4.4%
参加したい4.6%
参加してもよい11.1%
参加してもよい10.4%
余り参加したくないが 義務なら参加
44.8%
余り参加したくないが義務なら参加
42.6%
義務でも参加したくない37.6%
義務でも参加したくない41.4%
分からない2.0%
分からない1.0%
裁判員制度実施前と後での国民の参加意欲の変化
2008 年意識調査 22頁, 2011 年意識調査 49頁のデータに拠る。
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辞退が認められた理由( 2009.8 ~ 2011.10 )
裁判員の属性:性別・年代別( 2010 年)
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男性54.6
%
女性43.6
%
無回答1.8%
20代14.5
%
30代23.0
%
40代21.5%
50代20.2
%
60代17.2
%
70歳以上1.6%
無回答1.9%
2010 年中に裁判員を経験した者( 8.673 名)に対する最高裁判所のアンケート調査結果(回答者 8,285 名,回収率 96.5% )による。
裁判員の属性:職業別( 2010 年)
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勤務54.8%
パート・アルバイト
14.7%
専業主婦・主夫
10.1%
自営・自由業
7.5%
無職6.8%
その他2.7%
学生0.9%
無回答2.5%
裁判員経験者の経験前と後の気持ち( 2010 年)
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前
後
積極的にやってみたかった
7.4%
やってみたかった23.7%
あまりやりたくなかった
34.4%
やりたくなかった19.1%
特に考えず14.7%
不明0.6%
非常に良い経験
55.5%
良い経験39.7%
あまり良い経験とは感じず
2.5%良い経験とは感じず
1.0%
特になし0.4%
不明0.8%
31.1%
95.2%
2010 年アンケート 6頁, 29頁のデータに拠る。⇒ 2011 年上半期アンケートでも著しい変化なし。
(4) 審理期間等○ 当初,公訴事実にほとんど争いのない(量刑のみ争点の)事
件が 先行○ 公判前整理手続に相当の期間 公判は大半の事件で 3 ~ 5 日 長くても 1ヵ月以内(公判審理に充てられるのは 10 日以内)に終了
○ほぼ連日開廷 週末を間に入れて設定する例も ⇒裁判員の家事,リフレッシュ,整理の時間
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審理段階別平均日数( 2010 年)
30
31
裁判員職務従事日数別終局件数
実施状況速報(~ 2011.10 ) 7頁のデータに拠る。
32
○2010 年春頃から,争いのある事件や死刑等重刑の求刑が 予想される重大事件の公判が開始
・全審理期間(特に公判前整理手続期間)がかなり長くなる 実審理期間・公判開廷回数もやや増 ・死刑の求刑が予想される事件では評議にも十分な期間を設定
☆現在までの最長:裁判員選任から判決まで 100 日間( 2012.1.10 ~ 4.13 ,さいたま 地裁, 3 件の殺人を含む 10 件〔首都圏連続不審死事件〕。公判は平日のみ, 2 日開廷 1 日 休みのペース。結審から判決宣告まで約 1ヵ月設定) 次位は 65 日, 60 日(鹿児島老夫婦殺し事件)
自白事件 否認事件2009.8 ~2010.1
80.0% 20.0%
2011.1 ~2011.7
59.9% 41.1%
審理期間・開廷回数(平均)の推移
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* 全審理期間=裁判所の事件受理~終局裁判** 実審理期間=第1回公判~終局裁判。☆算定の基礎となった事件には,裁判員裁判対象事件以外の事件について公判を開始した後に,対象事件と併合され,裁判員の参加する合議体で審理されたものが含まれている。
全審理期間 実審理期間 開廷回数 公判前整理手続期間
2009.5 ~11.10
全体 8.3 月 N/A 3.9回 5.5 月自白 7.2 月 N/A 3.5回 4.7 月否認 10.2 月 N/A 4.6回 6.9 月
2009.5 ~11.1
全体 8.0 月 N/A 3.8回 5.3 月自白 7.1月 N/A 3.4回 4.6月否認 9.7月 N/A 4.4回 6.6月
2009.5 ~10.10
全体 7.7 月 N/A 3.6回 5.1 月自白 7.0 月 N/A 3.4回 4.5 月
否認 9.1 月 N/A 4.2回 6.4 月
2009.5 ~10.1
全体 5.5 月 4.6 日 3.3回 3.1 月自白 5.2 月 4.6 日 3.2回 3.0 月
否認 6.4 月 4.7 日 3.7回 3.5 月
地裁・支部 期間(選任~判決) 起訴罪名 判決(求刑)
さいたま
100 日( 2012.1.10 ~4.13 ) 殺人( 3 件),詐欺等 4.13宣告予定(死刑)
大阪 60 日( 2011.9.2 ~10.31 )
現住建造物等放火,殺人等 死刑(死刑)
東京 41 日( 2012.2.1 ~ 3.12 ) 覚せい剤取締法違反 無罪(懲役 14 年等)
鹿児島 40 日( 2010.11.1 ~12.10 )
強盗殺人等 無罪(死刑)
さいたま
34 日( 2011.1.12 ~2.14 )
危険運転致死傷幇助 懲役 2 年(懲役 8年)
大津 31 日( 2010.11.2 ~12.3 )
殺人 懲役 17 年(無期懲役)
堺 24 日( 2011.3.1 ~ 3.24 ) 強盗強姦,同未遂等 無期懲役(無期懲役)
津 23 日( 2011.2.3 ~ 2.25 ) 強盗殺人未遂等 懲役 25 年(懲役 25年)
宮崎 22 日( 2010.11.16 ~12.7 )
殺人等 死刑(死刑)
横浜 19 日( 2010.10.29 ~11.16 )
強盗殺人,殺人等 死刑(死刑)
長期裁判員裁判事例
*他に, 3つの殺人・強盗殺人等が 3区分の区分審理され,全体を合わせて 40 日間を要した 例( 2011.9 ~ 12 ,仙台地裁)もあった。
○ 公判前整理手続は全般的には順調 ・期日回数は 3 ~ 5回 両当事者の準備や証拠開示等のために期日と期日の間に日数を置く結果,
開始から終了まで 4 ~ 7ヵ月かかることが多い ・争いのある事件や難事件,公判前(精神)鑑定が行われる事件 より長期間 ⇒長期化の傾向 ・証拠開示は,検察官も一般的には緩やかに開示する方向 ・争点整理・審理計画策定も,全般的には実効的 ・一部の弁護人には,裁判所が審理期間の短縮を重視し過ぎるという
不満も ・両当事者に,裁判所が証拠採用を絞り過ぎるという不満も
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(5) 公判前整理手続
裁判員裁判法廷(北海道・釧路地方裁判所における模擬裁判)
〈裁判所広報パンフレットから〉36
(6) 公判の審理(a) 法廷等
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法廷に設置されたディスプレイ(広島地方裁判所)(裁判所パンフレットから)
○ 法廷で見て聞いて分かる弁論・立証が浸透 ・冒頭陳述は1~ 2枚のメモを配布(表やチャート等を使用) 争点,要証事実と証拠との関係明示 ・被告人側も冒頭陳述 ・争いのない事件の場合,検察側立証は書証の限定的使用 ・調書使用の増加傾向 ⇒最高裁長官も注意 ・証人尋問・被告人質問は,証人が裁判員の方を向いて答えられる
よう 質問者が立ち位置を工夫 ・鑑定結果などの提示・尋問には,適宜,図,イラスト等を活用 ・被害者の遺体や負傷状況等の写真の展示は必要最小限の範囲・部
分に 限定
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39
○ 裁判官も,証言等の分かりにくい点や不十分な点につき 即座に補充質問,独自の視点からの質問も多い
○ 裁判員も比較的積極的に質問 ・質問し易いように,証人の証言・被告人の陳述の後,休憩を入れ, 緊張をほぐしたり,整理の時間を取る配慮も ・両当事者の質問とは別の視点からの的を射た質問も少なくない
○ 裁判員の集中力確保・疲労防止のため,比較的頻繁に休憩
○ 裁判員の理解を容易にするため,争点ごとに審理,評議する という措置を取った例も ( 2011.10 ~ 12 ,水戸地裁。殺人等の罪につき被告人の犯人性と殺意の有無が争点と なる事件で,公判前整理手続の結果,先ず犯人性について審理し,中間評議で結論 を出した後,次に殺意の有無について審理し,最後に判決の言い渡しをするという 審理日程を決定)
裁判員にとって審理は理解しやすさかったか?
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( 2010 年中に実施の裁判員裁判で裁判員を務めた人に対するアンケート結果)
理解しやすかった63.1%
普通28.6%
理解しにくかった7.1%
不明1.2%
法廷での手続全般について分かりにくかった点・理由
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事件内容が複雑15.0%
証拠・証人が多数4.3%
法廷で話す内容17.1%
審理時間が長い4.4%
その他25.0%
特になし37.1%
不明13.7%
( 2010 年中に実施の裁判員裁判で裁判員を務めた人に対するアンケート結果)
裁判官・検察官・弁護人の法廷での説明等の評価
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分かりやすかった40.4%
分かりやすかった71.7%
分かりやすかった88.6%
普通41.7%
普通23.6%
普通10.3%
分かりにくかった16.9%
分かりにくかった4.0%
分かりにくかった0.5%
不明1.0%
不明0.6%
不明0.7%
( 2010 年中に実施の裁判員裁判で裁判員を務めた人に対するアンケート結果)
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○弁護人の説明,発言等の分かりやすさについての評価低い ・被告人の弁解・主張自体の分かりにくさ ⇒弁護人はそれに沿った防御を余儀なくされる ・刑事弁護は,基本的に,個々の弁護士の活動 ⇒個々の考え方・流儀 サポート体制不十分 ・弁護士会も,個々の弁護士の集まり ⇒裁判所,検察庁のような組織的・継続的な取組みや指導が必ずし も容易でない。 ⇒弁護人の能力・熟度にバラつき ⇒弁護人複数選任 弁護士会も,事例・ノウハウの蓄積,研修の高度化
○ 経年変化 ・検察官の分かりやすさの評価低下 ・・・供述調書多用の影響?
評価 2009 年 2010 年 2011 年上半期
裁判官は分かりやすかった 90.7% 88.6% 86.7%
普 通 7.4% 10.6% 11.5%
検察官は分かりやすかった 80.3% 71.7% 66.7%
普 通 17.8% 23.2% 27.8%
弁護人は分かりやすかった 49.8% 40.4% 35.8%
普 通 37.8% 41.2% 42.7%
評価 2009 年 2010 年 2011 年上半期
審理は理解しやすかった 70.9% 63.1% 60.3%
普 通 23.9% 28.6% 30.9%
表27 理解容易度評価の経年変化
表 25 ,表 26 のデータ,および平成 21 年アンケート調査結果報告書 5頁, 平成 23 年(1~ 6 月)アンケート調査結果報告書 7頁のデータに拠る。
45
評議室(津地方裁判所)(裁判所パンフレットから)
(7) 評議
46
○頻繁に中間評議 ・当日の審理の整理,要点についての裁判官との質疑 裁判官による説明等
○ 最終評議は 1 ~ 2 日( 7 ~ 9 時間)がほとんど ⇒死刑事件や深刻な争いのある事件の例外(前述)
○ 裁判員の満足度は全般的に高い ・裁判官による意見の押し付けの不満は少ない
平均評議時間全事件 522.5 分自 白 447.5 分否 認 651.3 分
最終評議の時間別判決人員
実施状況速報(~ 2011.10 ) 8頁のデータに拠る。
評議についての裁判員経験者の評価
48
評議の雰囲気 議論の充実度
( 2010 年中に実施の裁判員裁判で裁判員を務めた人に対するアンケート結果)
話しやすい雰囲気77.3
%
普通20.7
%
話しにくい雰囲気1.6%
不明0.4%
十分に議論できた71.4
%
不十分であっ
た7.1%
分からな
い20.1
%
不明1.4%
(8) 判 決
49
終局人員 有 罪 有罪・一部無罪 無 罪 家裁移送
公訴棄却・移送
2,949 2,864 4 11 1 69
終局区分別人員( 2009.8 ~ 2011.10 )
(a) 有罪・無罪の認定
実施状況(~ 2011.10 ) 3頁のデータに拠る。
○争いのない事件が先行 ⇒当初,無罪判決なし
○争いのある事件の公判が開始 ⇒初の無罪判決(千葉地裁 2010 年 6 月 22 日判決) 2011 年 10 月末までに 10 件 * 2011 年 7 月 1 日現在,裁判員裁判での全面無罪は 8 件のうち 5 件
は覚せい剤 密輸事件〔朝日新聞 2011.7.2朝刊 38 面〕
一部無罪判決,縮小認定判決も
○少年被告人に対する裁判員裁判で家庭裁判所への移送(少年法 55条)が
相当とされたのは 1 件(東京地裁 2011 年 6 月 30 日決定)
50
(b) 量刑○ 法定刑の幅大きく,裁判員には「相場感」なし⇒最もとまどう点
・検察官の求刑が一つの手掛かり ・弁護人も最終弁論で意見を述べるように ・最高裁事務総局「量刑検索システム」開発 ・ 2008 年 4 月以降に言い渡された裁判員裁判対象罪種に係
る事件の 判決のデータを集積 ⇒ 10数項目( ex. 計画性の有無,凶器の種類等)入力す
れば,類 似事件の量刑の範囲・分布状況がグラフで示される ・検察官,弁護人も利用可能
⇒・一般国民の感覚を反映するという趣旨に反しないか? 裁判員経験者のごく一部に不満も ・他方,「量刑不当」は控訴理由となり得る
51
52
量刑別判決人員
実施状況速報(~ 2011.10 ) 9頁のデータに拠る。
○ 実績 ・全般的には,裁判官のみの裁判の場合と顕著な差なし ・求刑 ×0.75 ~ 0.80 くらい ・求刑を上回る量刑の例(求刑+ 1 ~ 3 年) * 1.5倍の刑の言い渡し事例(大阪地裁 2012 年 3 月 22 日判決〔父母による 1歳
児の虐待死事件。求刑懲役 10 年⇒ 15 年言渡し〕 大幅に下回る(求刑の 5割未満)例も
・重大な事件ではやや重くなる傾向 ・特に性犯罪,傷害致死では重くなる傾向
○弁護側による情状酌量の求めが困難化したとの指摘 ・前科がないことや年齢が若いことなどを紋切り型に主張しても効
なし ・被害者に対する謝罪・示談なども有利な事情として考慮されにく
い ・・・「悪いことをした以上,謝り,被害を償うのは当たり前」という感覚
⇒第一審判決後に示談を成立させ,控訴審で持ち出す例も ⇒控訴審での破棄事例の中では,それを理由にするものが多い
53
(9) 控 訴○控訴率は従前の裁判官裁判の場合よりやや低い ・当初,自白事件がほとんどのため ○ 当初の控訴申立は,専ら被告人側からの量刑不当を理由 とする控訴申立 ・ 2009.8 ~ 2010.5 検察官からの控訴申立 0 最高検方針「国民の視点,感覚などが反映された結果はできる限り尊重」
○控訴裁判所も慎重 ・裁判員制度の趣旨尊重,原判決維持の傾向 ・少数の第一審判決破棄事例のほとんどは,原判決後の事情変化 (示談成立)を理由とするもの * 2001 年 4 月末までに裁判員裁判の第一審判決が控訴審で破棄された 27 件中
21 件はその理由によるもの〔中国新聞 2011.5.27朝刊 29 面〕 54
裁判員裁判第一審判決に対する控訴( 2009 年~ 2010 年)
55
判決人員 控 訴 控訴率
総 数 1,648 536 32.5%
自白事件 1,085 268 24.7%
否認事件 563 268 47.6%
終局被告人数
絶対的控訴理由(理由齟齬・不備等)
訴訟手続法令違反・法令適用の誤り
事実誤認 量刑不当 判決後の情状
その他
388 8 ( 2.1%
)
37( 9.5%
)
103( 26.5%
)
208( 53.6%
)
28( 7.2%
)
4 ( 1.0%
)
○控訴理由別控訴審終局被告人数(すべて被告人側の控訴)
控訴審の審理・結果
56
終局被告人数 *
控訴棄却原判決破棄
取下げ その他差戻し 自判 **
261 208( 79.7%
)
0 12 ( 4.6%)
40( 15.3%
)
1 ( 0.4%)
第一審控訴審記録受理
~控訴審終局
裁判官裁判 4.9月
裁判員裁判 3.5月
○控訴審での平均審理期間
○控訴審結果別終局人員( 2009 年~ 2010 年)
*裁判官裁判事件については 2009 年の,裁判員裁判事件については 2010 年の,データによる。
* このうち 90 が上告申立。** 自判 12 のうち 11 は,第一審弁論終結後の事情に由る破棄・自判。
○争いのある事件の裁判員裁判が開始 ・控訴率上昇 ・無罪,一部無罪,縮小認定判決も⇒検察官も控訴(量刑不当で
も控訴)
○控訴裁判所も,第一審の審理に注文をつけるように ・審理不尋,理由不備による破棄事例(東京高裁 2010.7.14 判決) ・無罪判決破棄・差戻し(東京高裁 2011 年 3 月 29 日判決〔証拠採否判断
の誤り〕)
・無罪判決破棄・自判(逆転有罪)(東京高裁 2011 年 3 月 30 日判決〔証拠評価〕)
・量刑不当破棄・自判(軽い刑の言渡し) (東京高裁 2011 年 3 月 10 日判決,広島高裁 2011 年 5 月 26 日判
決) ・有罪判決破棄・自判(逆転無罪) (福岡高裁 2011 年 10 月 18 日判決〔心神耗弱⇒心神喪失〕) (福岡高裁 2011 年 11 月 2 日判決〔犯人性不認定〕
⇒最高裁第一小法廷 2012 年 2 月 13 日判決 ⇒裁判員裁判に対する控訴審審理の在り方についての議論
に
大きなインパクト
57
控訴審逆転有罪・上告審再逆転無罪事例
○ 被告人は,他人に頼まれて,クアラルンプール(マレーシア)から1 kg 近い量の覚せい剤をチョコレート缶3箱に 収納しボストンバック内に隠して成田空港着の航空機で持ち込み,税関の検査場を通過しようとして発見され たとして,覚せい剤密輸の罪等で起訴。○ 被告人は, (i) Aから偽装パスポートの密輸入を依頼されて同地に行き現地の男に会ったときに,偽造パス ポート入りの袋のほかにチョコレート缶を預かったもので,Aへのみやげだと考えていた, (ii) その際,中に覚 せい剤が入っているかもしれないと不安を感じたものの,外見上異常がなかったことから,その不安は払しょ くされた,などと弁明,覚せい剤の存在の認識はなかったとして,無罪を主張。○検察官は,①被告人が覚せい剤密輸の罪で裁判中のAからの依頼で,報酬を約束され,航空運賃等も負担し てもらって同地に赴き,チョコレート缶を持ち帰っていること,②チョコレート缶が不自然に重い(各缶の裏に 380g のチョコレートが入っている旨の表示があったが,缶の重さが1 kg を超えていた)こと, ③税関検査時の 被告人の言動や被告人の弁明の不自然さ,等の事実からみて,被告人は覚せい剤の存在を知っていたはす だと主張
58
千葉地裁 2010 年 6月 22日判決 検察官の指摘する点は,いずれもそのことから直ちに,被告人が覚せい剤の存在を知っていたとまで断定することはできず,被告人の言い分を排斥することはできないから,被告人がチョコレート缶内に違法物質が隠されているのを知っていたことが,常識に照らして間違いないとまでは認められない。
検察官控訴
第一審(裁判員裁判)
第一審判決破棄・自判(有罪)(原審での証拠に加え,原審では検察官が撤回していた証拠を職権で取り調べた結果)・逮捕当初以降,チョコレート缶を預かった経緯についての被告人の供述が何度も変遷し ているのは,自己の供述が捜査状況により通用しなくなると,その都度,供述を変えて 嘘の話を作ったということにほかならず,外見だけで覚せい剤が入っているかもしれな いという不安を払しょくしたという被告人の弁解も不自然,不合理であるから,信用し難 いことや,第一審で検察官が指摘した①~③の事実その他の点を総合すると,被告人 はチョコレート缶内に覚せい剤が隠匿されていることを認識していたと認めるのが相 当。 ⇒原判決は証拠の評価を誤り,事実を誤認したものであるから,破棄。・懲役 12 年,罰金 600万円に処する。
59
控訴審(東京高裁 2011 年 3月 30日判決)
被告人側上告
60
最高裁第一小法廷 2012 年 2月 13日判決1.控訴審における事実誤認審査の在り方 ○控訴審の性格は原則として事後審 ⇒第 1 審と常に同じ立場で事件そのものを審理するの ではなく,当事者の訴訟活動を基礎として形成された第 1 審判決を対象として,事後的な審 査を加えるもの ○第 1 審では直接主義・口頭主義 ⇒証人を直接取り調べ,その際の証言態度等も踏まえて 供述の信用性が判断され,それらを総合して事実認定 事実誤認の審査は,第一審判決の証拠の信用性評価や証拠の総合判断 が論理則,経験則に照らして不合理といえるかどういかという観点から =相対的控訴理由としての「事実誤認」(刑訴法 382条)の意味 ⇒具体的に示す必要 +裁判員制度の導入により直接主義・口頭主義が徹底 ⇒より強く妥当2.第一審判決の事実認定の合理性 ○被告人の弁解はおよそ不自然不合理とまではいえす,排斥できないとした第 1 審判決のよ うな評価も可能 ○検察官主張の各事実その他の間接事実も,被告人に覚せい剤の認識がなかったとしても 説明できるもの ⇒原判決は,第 1 審の説示が論理則,経験則等に照らして不合理であることを十分に示した ものとはいえない ⇒刑訴法 382条の解釈適用の誤り(法令違反) 破棄・自判(検察官の控訴を棄却) *白木裁判官補足意見(次頁)
【白木裁判官補足意見】 ○従来の控訴審実務 記録に基づき,まず自らの心証を形成⇒それと第 1 審の事実認定・量刑を比較⇒差異が あれば,ミスからの心証に従って第 1 審の認定・量刑を変更,という運用が多かった ○裁判員制度施行後は改める必要 裁判員裁判では,ある程度の幅を持った認定(=様々な視点・感覚を反映させた判断), 量刑が許容されるべき =控訴審は,裁判員裁判の第 1 審の判断をできる限り尊重すべき ⇒第 1 審の判断が論理則・経験則等に照らして不合理なものでない限り,許容範囲内の ものと考える姿勢を持つことが重要
61
○ 裁判員裁判判決に対する控訴審の在り方をめぐる議論 ○裁判員制度導入の際,上訴の規定に変更なし 裁判員裁判による有罪・無罪の認定,量刑についても控訴可
⇒裁判官の間で,控訴審の在り方をめぐる議論 ・第一審の裁判員裁判の結果を最大限に尊重すべきとする立場 裁判所は,自ら真実究明にあたるという旧来の像から離れ,裁 判員制度の導入によって求められるようになった,当事者の
主 張・立証に基づき,これを吟味するという立場を控訴審でも貫く
べき(裁判員裁判尊重説)
・最終の事実審として,従来どおり,第一審の誤りをチェックし,積極
的に真実の解明を図るべきとする立場 控訴審における新たな主張を許したり,証拠調べを行うこと
を躊 躇すべきでない(真実追究説) 62
63
○ 背景 ○現行刑事訴訟法の控訴審 旧法の覆審⇒事後審査審 ・第一審公判中心主義の理念 ・最高裁の負担軽減⇒控訴審の法律審化
○他方で,新たな証拠の取調べ可 実際にも,事実誤認,量刑不当を理由とする控訴が多数 第一審も書証に依存⇒控訴審でも同様の心証形成可能 ⇒控訴審の続審化
○ 事実認定についての控訴審での審査の在り方 ・心証優位説・・・控訴審自ら証拠から心証を形成し,それに照らして第一審の 事実認定を評価 ・論理則・経験則違反説・・・原則として第一審の記録に基づき,第一審の事実 認定における証拠の評価やそこからの推論に論理則・経験則違反がないかを 審査
○ 裁判員制度導入時に控訴の規定が不変更であった理由 ○国民が参加した裁判の結果を尊重⇒控訴不可とすべき? ・裁判官のみの控訴裁判所が審査し,覆すことが正当化される
か? ・第一審は直接主義 ⇒記録のみで評価し,覆すことが適切か? ○事実誤認や不当な量刑は匡す必要(多数の意見) ⇒現行刑事訴訟法の事後審査審という原点への立ち返り 控訴審は,第一審の記録に基づき,その判決に誤りがないかどうかを
チェックするという役割に純化 ⇒法規の変更は不要(従来の続審的運用の変更)
○裁判官の間でも,第一審尊重,論理則・経験則違反説有力化の観 近時の控訴審破棄事例 ○最高裁判決 =裁判員裁判尊重説+論理則・経験則違反説
64
( 1 ) 国民の意識の変化 ○裁判員・補充裁判員経験者 ⇒国民一般への波及 ・参加すれば肯定的評価が圧倒的 ・刑罰制度や犯罪者の矯正・社会復帰に対する真摯な関心・問題 意識を抱かせる・・・ esp. 死刑問題についての国民的議論の契機
・国の権力作用への直接参加の体験 ⇒少なからぬ政治的意味
○国民一般 ・日常的・継続的報道,裁判員経験者の感想の公表等 ⇒裁判・司法への親近感 ・中等教育課程での法教育 ⇒次世代の理解増進
65
3.裁判員制度導入の意義
裁判員制度実施前と後での裁判に対する印象の変化
66
公正中立
信頼できる
身近である
納得できる
国民感覚が反映事件の真相が解明
手続・内容が分かりやすい
迅速
裁判・司法を自分の問題として捉える
0
2
4 実施前に抱いていた印象
実施後の印象
( 2011.1 ~ 2 月に実施された国民の意識調査の結果。数値は,「そう思わない」,「あまりそう思わない」,「どちらとも言えない」,「ややそ う思う」,「そう思う」という5の選択肢に順に1~5の点数を割り当て,各質問事項ごとに回答の点数を集計して算出した平均点。)
( 2 ) 刑事司法における変化 A. 公判審理等の大きな変容(既述) ○見て,聞いて,分かる司法 ○公判中心主義,直接主義・口頭主義の実効化 ○当事者主義の実効化 ○公判の連続的開廷・集中審理 ○「精密司法」⇒「核心司法」への契機
(2) 法曹三者の意識・スタンスの変革 (a) 裁判官 ○これまでの真実究明への強い責任意識 =職権主義的「精密司法」・供述調書への依存 ・裁判員とともに審理・評議 ⇒主張吟味型対応 ・公判中心,書証限定 ⇒・ 「核心司法」 ・当事者主義の実効化 ○裁判員に対する説明・種々の配慮,裁判員との意見交換 ⇒・暗黙の前提,当然視してきた事項の客観化・確認 ・新鮮な視点の認識 ○刑事部への人材配置 ⇒ 刑事裁判官の充実
68
(b) 検察官 ○捜査重視 ⇒公判活動にも注力 ○供述調書への過度の依存を見直す契機 ○取調べの録音・録画の要求への対応 ⇒捜査についての意識変化の可能性
(c) 弁護人 ○定形的ないしおざなりの主張,独りよがりの法廷活動は通用せず
○弁護活動の適否・不十分性露見 ⇒意識的な改善・向上の努力の契機 ○尋問技能の向上
69
(3)刑事訴訟法規の解釈・運用の変化 (a) 証拠開示の拡充 ○最高裁判例の積極主義的傾向
70
公判前整理手続における証拠開示命令の対象は検察官が現に保管するもの
に限られず,捜査の過程で作成された警察官の取調べメモなどもその対象に
なる。(最高裁第三小法廷 2007 年 12 月 25 日決定・刑集 61巻 9号 895頁,最高裁第一小
法廷 2008 年 9 月 30 日決定・刑集 62巻 8号 2753頁)
(b) 証拠法・事実認定の厳格化 ○証拠能力の判断 これまでは,裁判官が証拠能力と証明力の双方を判断 ⇒証拠として採用し,調べてから証明力を判断しようとする傾向 証拠能力は裁判官が,証明力は裁判官と裁判員が判断 ⇒不適切な証拠を裁判員に提示させないよう,証拠の採否の段階での 証拠能力の判断が厳格化する可能性 ex. 類似前科による立証を不許容とした東京地裁 2010 年 7 月 8 日判
決 ⇒控訴審で破棄(東京高裁 2011 年 3 月 29 日判決)
⇒最高裁の判断注目
○供述調書の扱い ・裁判員裁判の公判での使用,事実上限定 ・証拠としての許容の要件である「任意性」(被告人の自白), 「特信性」(証人等の供述)の判断が厳格化の可能性 ・取調べ録音・録画の要求強まる ⇒政治的争点化
鹿児島選挙違反事件,足利事件,大阪郵便不正事件,布川事件等の影響
+裁判員裁判 71
○情況証拠(間接事実)による証明 ・直接証拠がなく,情況証拠によって犯罪事実を認定するためには,「情 況証拠によって認められる間接事実中に,被告人が犯人でないとし たならば合理的に説明することができない(あるいは,少なくとも説 明が極めて困難である)事実関係が含まれていることを要する」とし た(最高裁 2010 年 4 月 27 日判決・刑集64巻3号233頁) ・・・裁判員裁判事件ではなかったが,それを意識?
⇒裁判員裁判にも影響 ex. 鹿児島地裁 2010 年 12 月 10 日判決(鹿児島老夫婦殺し事件。 被害者宅上記の要件充たしていないとして無罪〔検察官控訴中〕)
福岡高裁 2011 年 11 月 2 日判決(現住建造物等放火被告事件で,情況 証拠に基づき被告人の犯人性を認定した裁判員裁判による第一審有罪 判決を,上記の要件に欠けるとして破棄し,被告人を無罪とした)
(4)刑法等の解釈,在り方への影響 ○裁判員に説明可能,理解・適用の容易なものとする必要 ⇒ ・単なる用語の言い換えでは不十分 ・意味不明,独りよがりの学説は駆除? ・真価問われる ex. 未必の故意 責任能力(心神喪失・心神耗弱)
○法規間の不整合や矛盾の是正・合理化 疑義の余地を少なくする明確化・平明化
○量刑の理論的基礎への関心,合理化・システム化の議論
73
(5) 報道の在り方 ○報道機関が自主的に取財・報道のルールを策定 ⇒新聞(主要全国紙)は相当に変化 ・注目事件の過熱取材・報道 ・一定方向に偏った一面的報道や興味本位の報道も
○裁判員の方が冷静・理性的 ・・・ ex. 押尾事件(男性タレントが,女性と性行為を行うに当たり,合成薬物の MDMA錠を同女に渡し,これを飲んだ同女が錯乱状態になり,やがて意
識 不明に陥ったのに,速やかに救急車を呼んで救命する措置を取らなかっ たため,死亡するに至らせたとして,保護責任者遺棄致死の罪で起訴さ れた事件。 2010.9 東京地裁)。
報道による不適正な影響は,今のところ認められない
74
Ⅳ 今後の主要な課題
(1) 長期重大複雑事件への対応 ○より長期間の審理必要な事件に対応可能か? ・参加可能な人だけを裁判員候補者に? ⇒特定の種類の人に偏ってしまわないか?
○区分審理・部分判決制度の有限性 ・徐々に利用 ⇒ 両様の評価 有効・有意義 v. 量刑に当たっての全体把握困難 ・区分審理が不適切な場合少なくない 検察官の立証上の必要(犯意・計画等の共通立証,事件相互が他の立証
のための間接事実となる関係にある場合等) 複数事件を合わせると死刑相当の場合など
○裁判員裁判の対象からの除外 ・可否,当否? 弊害のおそれの有無?
(2) 鑑定 ○特に精神鑑定等,専門家の見解が分かれる事件の場
合 ・裁判員に理解・判断可能か? ⇒控訴審での責任能力否定による逆転無罪事例 (福岡高裁 2011 年 10 月 18 日判決)
○公判中に鑑定が必要になり,中断した場合の取り扱い
76
(3) 死刑事件 ○対象とすることの当否 ・過酷だから除外すべきという意見も ⇒ 刑罰を科すのも,法律専門家が国民の意思と無関係に
行ってき たものではなく,国民の意思に基づいて代行してき
たもの ・死刑制度についても,一般論や感情論ではなく,真剣に向き
合って議 論し,判断する契機 ・独りで判断するのではなく,他の裁判員や裁判官と意見を交換し合い,
議論した上で全員で決定
○評決要件についても,全員一致,特別多数決などの主張
⇒他の刑事事件との整合性? 一人(少数者)による法の実質的適用拒否の危険?
77
78
○ 死刑求刑が予想される事件についての特別の配慮 ・裁判員候補者を通常より相当多く選定,補充裁判員も多めに ・裁判員選任手続における死刑廃止論者の取扱い ⇒自動的排除ではなく,法に従った判断ができないか,公平な判 断ができないかがポイント ※最高裁事務総局作成の裁判員候補者に対する質問例 「絶対に死刑を選択しないと決めているか」
○ 裁判員・補充裁判員,同経験者に対する心理的ケア
(4) 性犯罪の取扱い ○裁判員裁判の対象から除外すべきだという被害者援護団
体等の主張 ・地元住民である裁判員や裁判員候補者に事実を知られ
る ⇒被害者が二次被害やさまざまな苦痛・不利益を被
る ・被害者がそのことを恐れ,被害を警察に届けることなどを躊躇
⇒・性犯罪だけが特別か? 殺人事件などでも家庭や関係者の内密にしたい事情
が絡んでい る場合が少なくなく,被害者等は地元の人に知られた
くないと思う こと考えられる。 ex. 血縁・地縁の濃密な地方
・種々の配慮で相当程度,軽減できるのでは? ex. 裁判員選任手続において,候補者には被害者の氏
名等は明 らかにしないで質問するという運用
79
(5) 守秘義務 ○制度設計時から争点 ⇒マスコミ等の根強い争点化 ・陪審支持派,マスコミ,一部研究者等の 「裁判官による意見の押し付け」に対する警戒 報道・研究上の関心 ⇒事後的チェック,開示可能に アメリカの陪審員の例,裁判員経験者の心理的負担強調 ・裁判員の議論の自由の確保,被告人等の秘密保護の必要性 ⇒守秘義務必要 アメリカは例外的,他の諸国には守秘義務 他の裁判員による暴露を危惧する心理的負担も
○裁判員経験者の意見 ⇒守秘義務の範囲についての戸惑いを示す者 しかし,義務の存在自体に対する強い反発はない
80
おわりに
○比較から学ぶ ・難しさ・・・前提となる制度・その運用実態,人的・物的条件,関係者や国 民の意識・考え方の差異 ・相互の共通点・類似点だけでなく,相違点も認知,尊重 関心を寄せ,そこから学ぶ