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ブラックホールを見る!--X線天文学への招待--
松本浩典
京都大学大学院理学研究科
物理学第二教室宇宙線研究室 助教
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これは何の写真でしょう?
©SOHO
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答え: 太陽のX線写真
©SOHO
太陽の普通の写真
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可哀想なX線写真…
ピアスを飲み込んでしまったミニチュアダックスフント
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X線を使えば、別世界が見えてくる!
Centaurus A という銀河の写真(中心部に巨大なブラックホールがいて、ジェットを噴出)
普通の写真 X線写真
©CXC ©CXC
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銀河団:巨大な火の玉
普通の写真 X線写真
単に銀河の集まり 数千万度の高温ガスの塊
©CXC ©CXC
ちょっとした注意
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注:この講義では、つい癖で「ガス」という言葉を使うかもしれません。それは、単に「気体」という意味です。「天然ガス」「プロパンガス」などの、「燃料」という意味ではありません。
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X線天文学の魅力!
何が出てくるか予測できない!人間の予想を超えた世界が見える。
それも自分たちの手作りの装置で!
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内容
• X線とは何か?
• X線天文学– 歴史
– 日本のX線天文学とすざく衛星
• ブラックホールとX線– 恒星状ブラックホール
– 巨大ブラックホール
– 中質量ブラックホール
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X線の「X」は、正体不明の「X」
発見者: レントゲン(1845-1923)なんだか良くわからないが、体が透けて見える!
X線=レントゲン線1901年第1回目のノーベル
物理学賞受賞
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日本人もいい線行ってた!
レントゲンによるX線の発見…1895年(明治28年)
わずか10ヵ月後に、日本人もX線撮影に成功
島津源蔵=島津製作所初代社長が初の撮影に成功©島津製作所
X線って何?
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X線は、「光」(目にみえるやつ)の親戚です。
X線の前に、少し光の話をしましょう。
親戚とは? どういう意味?
光と色
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プリズム実験 虹:自然のプリズム実験
一口に光といってもいろいろな種類(色)がある。
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光の色と温度赤い光 青い光
温度低い 温度高い
物体の温度(=エネルギー)と色には関係がある
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星の温度の測り方
星の温度は、色で測る
20000度ぐらい
スピカ太陽
6000度ぐらい
ベテルギウス
3000度ぐらい
赤い 青い
X線=色が「青過ぎる」光
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©ISAS/JAXA
携帯電話で使う電波、ストーブの赤外線などは、色が「赤すぎる」光。みんなまとめて電磁波と呼びます。
X線はエネルギーの高すぎる光ともいえる。
色赤い 青い
エネルギー
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まとめ
色 温度 エネルギー
赤 低い 低い
青 高い 高い
X線 すごく高い すごく高い
X線は温度・エネルギーの高い物体から出る。X線自身のエネルギーも高いので、人体も貫通。
では、どのぐらいの温度になったらX線が出るのでしょう?
X線を出す星の温度は?
• X線のエネルギーは、黄色い光の約500倍
• 太陽は約6000度で、黄色い光を出す。
• X線を出す星があったとすると、太陽の500倍熱い!
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6000度×500 = 3000000度(300万度)!
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300万度の星って!?
1950年代に知られている星の温度は、
どんなに高くても数万度。
当時の科学者の常識「百万度の星なんてあるわけないよ。X線星を探すなんて、無駄無駄」
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ところが….ブルーノ・ロッシ
(1905-1994)
©MIT
I must admit that my main motivation for pressing forwardwas a deep seated faith in the boundless resourcefulness ofnature, which so often leaves the most daring imagination ofman far behind.
超簡約:自然は人間より、
はるかに想像力豊かだ!
1962年にロケット実験に挑む。
でも名目は月の観測
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なぜロケット実験?
普通の光 … 空気を簡単に通過。(だから太陽が見える。)
X線…人体をも貫通するX線なのに、大気は通過で
きません。(逆に言うと、宇宙X線から守られている。)
だから、大気圏外に出て観測しなければならない!
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さそり座X-1の発見!=X線天文学の夜明け
さそり座の方向に向けたとき、ガイガーカウンターが激しく鳴る。
ガイガーカウンター付ロケット
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ノーベル賞ももらった
リカルド・ジャコーニー(1931年~現在)
2002年、日本の小柴昌俊先生と共に、
ノーベル物理学賞受賞。
注:小柴先生はニュートリノ天文学
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日本のX線天文学
創始者:小田稔先生
(1923-2001)
ロッシ・ジャコーニーと共に、MITでX線天文学の実験に従事。1966年に日本に帰国後、日本にX線天文学グループを作り、指導
力を発揮。日本を世界のトップへと導く。
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本当に日本がトップ?X線天文学…人工衛星が必須。
はくちょう1979--1985
てんま1983--1989
ぎんが1987--1991
あすか1993--2001
ずっとX線天文衛星を打ち上げ続けていることが何よりの証拠!
ちなみに、アメリカはこの20年で2台しか打ち上げていません。
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そして今!
すざく衛星(2005年7月打ち上げ)
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すざく(朱雀)衛星
全長: 6.5m 重さ:1700kg
キトラ古墳の朱雀
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すざくの衛星の観測装置
X線CCDカメラ 硬X線検出器
我々(京大グループ)が開発に参加。
東大などが開発
売ってないので自分たちで作る。
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X線CCDカメラ
デジカメを宇宙空間対応にして、さらにX線用に改造し
たようなもの。
きれいなX線写真がとれる。
X線の「色」が良くわかる。=X線のエネルギーが良くわかる。
クリーンルームで実験中のわたくし
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すざく衛星X線CCDのデータ
低い X線のエネルギー 高い
X線スペクトル
その
エネ
ルギ
ーの
X線
の強
度
超新星残骸E0102のデータ
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「スペクトル」=内容物成分表
ミックスジュースの成分表のグラフのようなもの。
内容物の成分グラフ=スペクトル
0
50
100
150
200
250
みかん いちご バナナ りんご 牛乳
グラ
ム
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スペクトルからわかること(1)
エネルギー
強度
飛び出している部分
各原子に固有のX線(特性X線)
どんな原子がどのぐらいあるのかわかる。
酸素
酸素
ネオン
ネオン
マグネシウム
超新星爆発で、我々の身体の材料が作られた!
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スペクトルからわかること(2)
エネルギー
強度
特性X線を除いた、
全体的な形(曲がり具合)
温度がわかる
超新星残骸E0102は、1千万度の高温ガス
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すざくX線CCDの実力
エネルギー
強度
米国Chandra衛星
ヨーロッパXMM衛星
すざく衛星形が一番くっきり
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すざく打ち上げ2005年7月10日、鹿児島県内之浦宇宙空間観測所(USC)より、M-V型ロケット6号機で打ち上げ。
ここ!
種子島じゃないよ
打ち上げ方向
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ここまでのまとめ
•X線は光の一種である。•X線はエネルギーが高い。•X線は高温物質(温度数千万度)などから出る。•X線は大気に吸収されるので、観測には人工衛星などが必要。
•現在日本はすざく衛星を持っている。•すざく衛星は、世界で一番詳しいスペクトルを検出できる。
•X線スペクトルとは、X線の成分グラフ。
おまたせしました。宇宙の話に入ります。
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これは何だ?
白鳥座の方向に明るいX線星!= Cygnus X-1
X線写真
時間(秒)
エックス線強度
0.1秒以下の時間でX線強度が激しく変動
X線で太陽の1万倍も明るい!
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時間変動の意味
大きさL(km)
例え星が一瞬で消えても、消えるまでにL/C秒かかる。
光速度C(km/秒)=30万km/秒
もし太陽が一瞬で無くなったとしたら….•太陽の直径はL=約140万km•光が通過するのに、L/C=(140万km)/(30万km/秒)=約5秒
結論:5秒ぐらいかけて徐々に太陽は見えなくなる。
Cygnus X-1の場合
Cygnus X-1の場合:0.1秒以下でついたり消えたりする。
従って、大きさは0.1秒×30万km/秒=3万km より小さい。
太陽直径140万km Cygnus X-1はとても小さい星
逆に言うと、点いたり消えたりするのにかかる時間から、物体の大きさがわかる。
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普通の光の写真 Cygnus X-1の位置に見える星は、太陽の30倍
ぐらいの大きな星。
光のドップラー効果を調べて、この星が動いていることがわかった。
普通の光では見えないが、太陽の10倍ぐらいの大きさ
の星の周りを回っているらしい。
X線写真
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Cygnus X-1の正体は?
•X線だけで太陽の1万倍も明るい。•重さは太陽の10倍ぐらいあるらしい。•しかし大きさは数万kmしかないらしい。
(太陽の100分の1ぐらい。地球に毛が生えた程度)
あらゆる可能性を検討し、生き残ったのは….
Cygnus X-1 はブラックホールである。
この説を世界で初めて唱えたのは、小田先生(1971年)。
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Cygnus X-1 想像図
光で見える星
ブラックホール
相手の星を吸い込んでいる
X線
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ブラックホールとは?
広辞苑より高密度で重力があまりに強いために物質も光も放出できない天体。物
体
重力弱 重力強 重力極大
物体
光
ブラックホール
あくまでイメージです。正確ではありません…
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相対性理論
ブラックホールは一般相対性理論で存在を予言されていた。でも当時は、実在するとは誰も思っていなかった。
一般相対性理論•重力に関する理論•アインシュタインがほぼ一人で作った
アインシュタイン(1879—1955)
X線天文学がブラックホール
を実在のものにした!
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ブラックホール
X線
すごい速さで物質が落ち込む。やがて、物質同士の摩擦で熱が発生し、数千万度以上になってX線を出す。
どうしてX線が出る?
ブラックホールそのものではなく、周囲がX線を出す。
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どこでブラックホールは生まれる?
星(恒星)は、次第に燃料を燃やしつくし、寿命を迎えます。
そのとき起こす大爆発を超新星爆発と言います。
ブラックホールは、超新星爆発で出来ると考えられています。
少し星(恒星)のことを勉強しましょう。
その前に原子の話
47/65すべての物質は、「原子」という小さな粒から出来ています。
ヘリウムの場合
電子
陽子
中性子
原子核
10-8m10-15m
数値記法について
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10-8=0.00000001のこと1.0から小数点が左へ8回移動
105=100000のこと1.0から小数点が右へ5回移動
ゼロをたくさん書くとわかりにくくなくなるので、このように書くことが多いです。
星の燃料
• 星は巨大なガス(気体)の固まり。ほとんどが水素とヘ
リウム。
• 水素やヘリウムの原子核融合(原子核同士がくっつく反応)でエネルギーを出します。
– 天然ガスなどの普通の燃焼は、原子同士がくっつく反応。
• つまり、自分自身が燃料。
• 燃えカスとして、どんどん原子番号の大きな原子ができます。
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周期表
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星の体であり、また燃料
2段目以降は、星の燃えカス!
なぜ星は飛び散らない?
• 星は固体ではなく、気体。
• どうして飛び散ってしまわないのか?
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答: 重力で飛び散るのを引き止めているから!
重力って?
質量を持つ全てのものは、お互いに引き付けあっています。これを万有引力と呼びます (ニュートンのりんごで有名)。
•地球の重力は、みなさんと地球が引き付けあう力です。•星は質量が大きいので、重力も強力です。•みなさん自身も、お互いに引き合っています。ただ、あまりに弱い力だから気がつかないだけ。
質量の大きいものほど、またお互いの距離が近いほど、万有引力は強くなります。
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星のつりあい
圧力 重力(万有引力)
原子核融合反応
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燃料がなくなったら?
星の外部は吹き飛んで超新星残骸。
星の内部は圧縮されてブラックホール(もしくは中性子星)©CXC
(アニメ有り)
星は、自分自身が燃料。なくなったらしぼむしかない。
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超新星爆発の実例
1987年2月23日の大マゼラン星雲
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小柴先生は、この超新星爆発からのニュートリノを検出して2002年のノーベル賞を受賞。
1987年2月24日の大マゼラン星雲
超新星爆発
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爆発の跡:超新星残骸Cassiopeia A Kepler Crab
E0102-72 G320.4-1.2 W49B
©CXC
超新星残骸のX線写真集 アニメーション
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カシオペアAの中心
ブラックホール(か中性子星)?
X線写真
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超新星残骸のスペクトルSN1006
FIBI
ONe
Mg Si
SAr
Ca Fe
星の内部の核融合で作られた原子がたくさん!
我々の身体の原子は、昔どこかの星で作られた。
すざく衛星スペクトル
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ブラックホールには他にも種類が!
これまでの話:Cygnus X-1など、太陽の10倍ぐらいの重さのブラックホール (恒星質量ブラックホール)
実は、ほとんどの銀河の中心に、太陽の100万倍から1億倍
のブラックホールがいることがわかっています。
これらを巨大ブラックホールと呼びます。
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我々の住む銀河の中心
太陽の100万倍ぐらいのブラックホールがある。
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太陽の100万倍の巨大ブラックホール
30光年
天の川銀河中心X線写真
アニメーション
©CXC
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すざくで見た銀河中心
鉄カルシウムアルゴン
硫黄 鉄の2本の特性X線=1億度ぐらいの高温ガス
銀河中心
銀河中心には、温度1億度の高温ガスが充満している。
なぜ?ブラックホールの影響?超新星爆発?すざく衛星が挑む、最大の謎の一つ。
~200光年
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宇宙最大の巨大ブラックホール
普通の光
乙女座にあるM87銀河 X線写真
太陽の1億倍の重さの
ブラックホール
ジェット
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ブラックホールの重力の証明すざくでとった、MCG6-30-15銀河の
巨大ブラックホールのスペクトル
鉄
本来の形
鉄の特性X線の形が、
すごくゆがんでいる。
ブラックホールの強烈な重力の影響
一般相対性理論の予言と一致。
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巨大ブラックホールはどこで生まれる?
最近までよくわかっていなかった。
巨大ブラックホールと恒星ブラックホールの間のサイズのものを我々が発見!
•恒星ブラックホール太陽の10倍ぐらい
•中質量ブラックホール太陽の1000倍ぐらい
•巨大ブラックホール太陽の100万倍以上
M82銀河のX線写真
どうやらブラックホールは成長するらしい。
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日常生活とブラックホール
ブラックホールは、強烈な重力のため光も吸い込みます。これは、重力の理論である一般相対性理論で理解できます。
一般相対性理論は、日常生活でよく使うある物に欠かせません。なんでしょう?
答:カーナビ
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カーナビGPS衛星
GPS衛星と電波で通信し、
自分の位置を算出。
地球の重力の電波に対する影響を考慮しないといけない。
その理論こそ相対性理論
みなさんが社会に出るころには、相対性理論の理解は必須になっているでしょう。がんばってください。
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まとめ
• X線はエネルギーの高い光の一種である。
• したがって温度の高いものから出る。
• ブラックホールは強烈な重力で光も吸い込む。
• しかし、ブラックホールは物を吸い込む時に高温ガスを作るので、X線で光る。
• ブラックホールには3種類– 恒星ブラックホール…太陽質量の10倍程度
– 中質量ブラックホール…太陽質量の1000倍程度
– 巨大ブラックホール…太陽質量の100万倍以上
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さいごに我々日本のX線天文グループは、2012年ごろの
打ち上げを目指し、ASTRO-H衛星の開発を
進めています。
みなさんが大学に入学して、卒業研究をするころには、素晴らしいデータが得られることでしょう。
一緒に研究しましょう
ASTRO-H衛星計画
以降バックアップ
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光の色 (虹)X線、光…電磁波という波
電気と磁気が交互にうねりながら進む
他の波の例: 水の波(電気力の元)
(磁気力の元)
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波の他の例:音波
波長によって音が変わる。波長が長い…低い音波長が短い…高い音
音(音波)=空気自身のうねり
波長が波の性質を決める!
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光という波 (電磁波)
波長 音 光
短い 高い 青い
長い 低い 赤い
光の性質も、波長で決まる!
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物体の温度と波長の関係
物体の温度: T (絶対温度 K)物体が出す光の波長: L (cm)
波長と温度は、おおよそ次のように反比例L = 0.3/T
実例1:太陽(6000度)の場合、L=0.3/6000=10万分の5cm黄色い光はだいたい10万分の6cm だから、ほぼ正解!
実例2:人間(310度)は、L=0.3/310=1000分の1cmこれは赤外線。だから赤外線カメラで暗闇でも見える。
絶対温度とは普通の摂氏の温度に273度
足したもの。
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X線を出す星の温度は?
波長と温度は、おおよそ次のように反比例L = 0.3/T
X線は原子一個分の長さぐらいL=0.00000001cm=1億分の1cm
方程式を立ててみよう。1億分の1cm = 0.3/T
(答) T=3000万度!
なぜ色と温度・エネルギーが関係する?
簡単には答えられません。申し訳ありません。大学で、物理を勉強すればわかります。
電磁気学…電気と磁石の学問量子力学…原子の世界の学問熱統計力学…熱に関する学問
どれも、現代の全てのテクノロジーの基礎です。しっかり勉強してください。
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