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知りたい!

世界の今

メタンハイドレート資源開発の背景

 天然ガスの消費は世界的に増加しており、とくに、アジア・太平洋と中東の伸びは著しい。日本の天然ガス消費は1970年のアラスカからの液化天然ガス調達以来、増加の一途をたどっているが、東日本大震災を契機とした原子力発電所停止によって輸入量が増加し、2011年度は初めて1000億㎥をこえた。輸入に要した総額は、5.4兆円と過去最高であり、貿易収支に与える影響も少なくない。さらに、日本の液化天然ガス輸入単価は、アメリカ合衆国の天然ガス先物価格指標であるヘンリー・ハブ価格の数倍であり、その低価格化への取り組みも喫緊の課題といえる。天然ガスは、硫黄分を含まない、ガス体であることから燃焼制御がしやすいため燃焼時に窒素酸化物の生成量が少ない、発熱量あたりの炭酸ガス排出量が少ないなど、環境にやさしい化石燃料である。このため、今後もその需要はますます高まるものと考えられる。このように、日本を始め世界的に将来の天然ガスの需要増加への対応が必要な状況に直面しており、各国において在来型ガス田の開発促進のみならず、頁

けつ

岩がん

中に閉じ込められているシェールガス、石炭層に含まれるコールベッドメタン、浸透性が低い砂岩に存在するタイトサンドガスとよばれる非在来型天然ガス資源の開発が進んでいる。このような情勢のなか、メタンハイドレートについて、新たな天然ガス資源としての可能性評価と商業的産出のための技術整備に向けた研究開発が実施されている。

メタンハイドレートとは

 メタンハイドレートは、水素結合による水分子のかご状構造の中にほかの分子が入り込んだ構造をもつ包接水和物あるいはクラスレート・ハイドレートと総称される化合物の一つである。メタン以外にも多くのガスにおいてもこのような包接水和物の構造を形成することが認められている。その結晶構造は、Ⅰ型およびⅡ型に大別される。Ⅰ型は、水分子で構成する12面体のケージ2個と14面体のケージ6個によって単位構造をなしている。Ⅱ型は、12面体のケージ16個と16面体8個の組み合わせであり、両者とも立方晶である。外観は氷状であり、分解すると水と可燃性ガスであるメタンを生成し、火をつけると燃えるため、燃える氷といわれることもある。 1930年代に、シベリアの化学プラントのガスラインや天然ガスパイプラインにおいて、管内でのガスハイドレート

生成による閉塞事故が多発した。それをきっかけとして、1940年代にメタンハイドレートを始めとするガスハイドレートの生成分解条件、結晶構造、ガス密度などの研究が実施され始めた。メタンハイドレートの結晶構造はⅠ型であり、その理論的組成は、単位格子に含まれる水分子(46個)とメタン分子(8個)の個数から、CH4・5.75H2Oとなる。メタン分子と水分子の個数比5.75は水和数とよばれ、計算上 水1gに対し約220ml(標準状態換算)のメタンが包蔵される。また、メタンハイドレートの比重は約0.92であるため、ハイドレートの単位体積あたり約170倍のメタンが閉じこめられているともいえる。結晶構造が氷のそれと異なるほか構造内にガス分子を含むため、誘電率、音波が伝わる速度、変形のしにくさを表す弾性係数、熱伝導率等の物性値が氷と大きく異なる物質である。そのほか、メモリー効果とよばれる生成促進効果や、ある過冷却度に達したあとに生成を開始する誘導時間が存在すること、分解時には自己保存効果とよばれる分解抑制現象が発現することなど、学術的にも興味深い物質である。代表的なガスについて、ハイドレートの生成・分解反応の境界条件を表す相平衡曲線を図1に示したが、各ガスとも線の左上側がハイドレートの安定領域である。比較的低温・高圧下で安定であり、メタンハイドレートが安定に存在するには大気圧約1kgf/㎠下では-80℃以下の温度、氷点0℃では約26kgf/㎠以上の圧力を必要とする。

メタンハイドレート 日本の資源の未来

(独)産業技術総合研究所 メタンハイドレート研究センター 成田英夫

図1 代表的なガスの生成・分解相平衡条件

10000

1000

100

-100 -50 0

温度(℃)

1kgf/㎠:1㎠にかかる圧力を表す。

圧力(㎏f/㎠)

50 100

10

1

窒素 メタン

炭酸ガス

硫化水素

プロパン

7

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メタンハイドレート資源の探査とその起源

 1970年代に黒海やカスピ海の湖底からメタンを含むガスハイドレートが採取され、比較的低温、高圧の条件を満たす自然界にも存在することが確認された。地層中のメタンハイドレートの存在は、地震探査によって得られる反射信号から推定することができる。地震探査において、音波がハイドレート層を含む地層中を通過したとき、ハイドレートを含む地層とほかの地層の間に音響的な不連続面が生じ、地震探査記録上に強い反射面として記録される。この反射面は、海底面とほぼ平行に現れることから、海底疑似反射面(Bottom Simulating Reflector、BSR)とよばれ、メタンハイドレート層と直下のガスを含む水層の境界から反射されると考えられている。反射波が海底面と平行に現れる理由は、図1の生成・分解条件と関係している。海底の水温は一般に4℃程度と一定であり、海底下の地層温度はその地層特有の一定の温度上昇率によって深くなるに従い上昇する。その結果、海底下の地層温度は海底面からの深さによって決まり、メタンハイドレートの生成・分解平衡条件を満たす限界深度が海底面と平行となる。以前から、地震探査においてBSRが観測されており、当時はその理由が不明であったが、1970年代にアメリカ合衆国の地質調査所や大学によってメタンハイドレート層と関連づけられた。図2に世界のBSR分布を示した。ここで、○は地震探査によってメタンハイドレートの存在が推定される場所、■は掘削によってメタンハイドレートの存在が確認されている場所を示している。その分布域は、永久凍土地帯および大陸縁辺部の海域に大別される。また、カスピ海やバイカル湖など深い水深を有する湖においても認められている。日本周辺海域でも、北海道周辺、本州から四国、九州西岸

にいたる太平洋側の大陸斜面を始め日本海など、総計12万㎢余りの海域にBSRの分布が認められている(図3)。このように、世界各地でメタンハイドレートの存在が推定あるいは確認されているが、天然ガス資源として認められるには、掘削によってメタンハイドレート層の性質を解析したり、どのくらいまとまって存在しているかなどの評価が必要である。 メタンハイドレート資源の起源については、堆積物中の有機炭素を起源とする生物起源であるとされており、さらに堆積物浅部でのメタン生成菌などの活動によって生成す

る微生物起源と地層中の有機物が熱分解して生成する熱分解起源に大別されている。その区別は、分解ガス中のエタン、プロパン濃度に対するメタン濃度の比および炭素の同位体組成分析によってなされており、一般に微生物起源の場合はほぼ100%がメタン、熱分解起源の場合はエタンやプロパンも多く含むようになる。しかし、ガスの起源とメタンハイドレート堆積層の成因は必ずしも一致せず、日本の東海沖のメタンハイドレート堆積層の場合は、それより下部地層で生成した微生物起源ガス

図3 日本周辺海域のBSR分布

マッケンジーデルタ(カナダ)

マリック

西沙群島南沙群島

アンダマン諸島(インド)

図2 世界のBSR分布

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が移動・集積したもの、カナダのマリック地域のメタンハイドレート堆積層は、深部で生成した熱分解起源ガスが移動過程でエタン、プロパンなどが吸着され、結果的にメタンに富んだガスが集積したものと考えられている。

メタンハイドレート資源の開発

 メタンハイドレート資源から天然ガスを生産するための研究開発が世界的に進められている。アメリカ合衆国では、メキシコ湾、アラスカなどに賦

存ぞん

が確認されており、2012年にはアラスカにおいて小規模の生産試験が行われた。インドでは、東岸、西岸の沖合やアンダマン諸島などで確認されている。中国では、西沙・南沙群島周辺およびチベット高原において掘削調査が行われている。韓国においても、沖合にメタンハイドレートの存在が確認されている。 日本では、現 経済産業省が2001年に「我が国におけるメタンハイドレート開発計画」を発表した。同開発計画の目標は、日本周辺海域におけるメタンハイドレートの商業的産出のための技術を整備することにあり、この開発計画を実行するために、現(独)石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)および現(独)産業技術総合研究所(AIST)などからなる「メタンハイドレート資源開発研究コンソーシアム」が設立された。本プロジェクトでは、日本周辺海域のメタンハイドレート層の3次元探査、基礎試錐などが実施された。これらの取り組みによって、本海域のメタンハイドレート貯留層は、砂泥互層の態様をなしており、メタンハイドレートは砂質層の間隙に胚

はい

胎たい

していること、東海沖から熊野灘にいたる東部南海トラフ海域のメタンハイドレート資源の原始資源量が、日本の天然ガス年間消費量の11年分に相当する約1兆1400億㎥であることなどを明らかにした。

メタンハイドレート資源開発の特徴と生産手法

 自然界では三形態のメタンハイドレートが確認されている。海底面近傍に塊状で存在するもの、海底下の泥層中に塊状で存在するもの、海底下の砂層中の砂と砂の間隙に存在するものである。経済産業省のメタンハイドレート開発プロジェクトでは、間隙にメタンハイドレートを胚胎する海底下の砂質堆積層を優先して開発が進められている。そのおもな理由は、地震探査によって賦存状態の詳細を知ることができること、連続的に賦存していることが期待できること、在来の油ガス田開発技術の多くを適用可能であることなどである。しかし、在来型の油ガス田では、通常数1000mの深さの固結した砂岩などの間隙に高圧のガスとして存在しており、掘削によって容易に自噴するのに対し、メタンハイドレート資源の場合は、固体として存在しているため、何らかの方法で分解してガスとする必要がある。このように、生産の手法に関しては、在来型の油ガス田の

開発技術をそのまま応用できるわけではなく、新たな開発が必要である。そのほかのおもな特徴を以下に示す。①開発対象が大水深の浅層に存在する メタンハイドレート層は、海域にもよるが、いわゆる大水深の海底下200~300m程度の深さに存在しており、これまで、そのような浅層の油ガス田開発事例はない。このため、メタンハイドレート層および上下層の強さや変形のしにくさを評価するための力学特性、生産時に地層内に発生する歪みと坑

こう

井せい

に対する影響などを評価しながら、掘削や坑井仕上げ計画を策定し、坑井の安定性などを確保する必要がある。また、浅層であることから井戸内に設置するポンプなど、生産に必要な機器の配置に空間的制限が加わる。②開発対象が未固結堆積層である 在来型油ガス田では、固結した砂岩などの間隙に高圧のガスが存在しているのに対し、メタンハイドレート資源の場合は、未固結の砂質堆積層の間隙内にメタンハイドレートが固体として存在しているため、初期には固結状態であるが、生産によるメタンハイドレートの消失に伴い、いわばただの土塊となる。海域におけるこのような貯留層の開発事例はないに等しい。また、生産に伴い井戸への砂の流入、井戸周辺への細粒砂の移動蓄積などを要因とする生産障害も考慮しなければならない。③生産時にメタンハイドレート層の性質が大きく変化する 生産にあたっては、固体のメタンハイドレートをメタンガスと水に分解するため、生産につれてメタンハイドレート層の性質が刻々と大きく変化していく。さらに、メタンハイドレートの分解は吸熱反応であり、その分解熱は氷が溶けるときに必要な融解潜熱の1.3倍程度と高く、分解を継続するには何らかの形で熱の供給が必要である。 海底下の砂質堆積層内のメタンハイドレートを分解しガスとして生産するには、図1の相平衡条件を低温高圧の安定条件から高温低圧の分解条件にする必要がある。これまでの生産手法の開発によって、エネルギー効率が高く、生産レートや回収率も期待できる減圧法が開発された。減圧法の操作手順を図4に示す。減圧法は、メタンハイドレート層が本来もっている熱エネルギーを利用する生産手法であるため、エネルギー効率は高い。生産のために必要なエネルギーは、基本的に坑底圧を低く維持するために坑内の水をくみ上げるポンプ動力のみである。 減圧法を実証するための陸上産出試験がカナダのマッケンジーデルタにおいて行われた。マッケンジーデルタは北極圏内に位置し、数層のメタンハイドレート層が凍土の基底の下に存在している。産出試験を行ったハイドレート層の深度は約1100mであり温度は約12.5℃であった。約6日間の試験期間において、減圧法によって連続的に生産でき

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ること、坑底圧力が低いほどガス生産レートが高まること、生産のために投じたエネルギーに対する回収されたエネルギーの比が大きいことなどが実証され、商業的な生産手法としての可能性が確認された。

海洋産出試験

 2013年1月から3月にかけて、メタンハイドレート資源を対象とした海洋産出試験が第二渥美海丘(愛知県渥美半島沖南南東約70㎞、三重県志摩半島沖南東約50㎞の海域)において行われた。産出試験に先立ち、2012年2月から3月にかけて、事前掘削として生産井や分解域の拡がりを観測するためのモニタリング井の坑井掘削を行ったほか、6月から7月にかけて第二渥美海丘のメタンハイドレート層から圧力を保持したコア試料を採取した。これらの試料の分析結果と事前掘削で得られた地層性状の遠隔計測データと合わせて、メタンハイドレート層およびその上下層の特性を解析し、海洋産出試験における減圧法の生産条件と生産挙動について解析が進められた。 この海洋産出試験は、海洋における世界で初めての挑戦であり、対象が大水深の比較的浅い層であること、在来型の生産環境よりも温度・圧力条件がかなり低いこと、坑底は接触している地層からきわめて大きな応力をうけること、メタンハイドレート層の性質の評価方法や生産シミュレーション技術が商業的な生産技術を確立するために実証段階にあることなど、これまでの油ガス田開発技術が経験していない不確定な部分が数多くあったが、約6日間の生産期間で約130000㎥のガスを回収した。産出試験地点の水深は約1000mであり、メタンハイドレート層はさらにその下260m~330mに存在している。地球深部探査船「ちきゅう」

によってメタンハイドレート層まで井戸が掘削されたのち、坑内ポンプなどが井戸内に設置された。生産手法として坑内ポンプで井戸内の海水を汲み上げる「減圧法」が採られた。産出試験によって、「減圧法」が海域のメタンハイドレート資源にも適用できること、連続的な生産が可能なこと、比較的多量のガスが生産できることなどを実証した。今後、この海洋産出試験結果を実践的かつ科学的に検証し、商業生産の可能性について評価が行われる。

メタンハイドレート資源開発が与える効果

 メタンハイドレートは、エネルギー資源に乏しい日本にとって魅力ある価値をもつ。とくに、天然資源の開発に対する主権的権利を有する排他的経済水域内に賦存していることが大きな意味をもっている。メタンハイドレート資源からの経済的な天然ガス生産技術が確立された場合、エネルギー資源の大半を輸入にたよっている日本にとって、天然ガスの長期的な安定供給、自給率の向上などの直接的効果だけではなく、いわゆる地政学的な状況を変化させることから、資源外交に与える効果も少なくないとみられる。さらに、世界に先がけてこのような新資源の商業生産が可能となれば、それをプラットフォームにしてほかの海洋技術、海洋産業の新展開が期待できる。 メタンハイドレート資源からの商業生産を実現するためには、技術開発面のみならず、情報発信、相互対話を通じた社会の理解の増進や今後の開発を担う研究者、技術者の育成も並行的に考えなくてはならない。

 本稿の内容の一部は、経済産業省「メタンハイドレート開発促進事業」

において実施された成果をもとにしている。

図4 減圧法の手順

①�洋上から掘削後、井戸を設置し、穿せん

孔こう

などにより井戸とメタンハイドレート(MH)層を通じさせる。

②�坑内ポンプを設置し、井戸内の海水をくみ上げると、穿

せん

孔こう

を通じてMH層の圧力が低下する。

③�MH層の圧力が低下するとMHが分解し、生成したメタンと水が生産される。

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