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NTT技術ジャーナル 2016.8 31

特集

NetroSphereの普及に向けた取り組み

多様なサービス創出に向けて

NTTは通信回線をベースとした従来のB2Cモデルから,図 ₁ で示すような,NTTが触媒となって多様なプレ イ ヤ ー に サ ー ビ ス を 提 供 す るB2B2Xモデルへと大きく舵を切ろうとしています.このような中で私たちは「ミドルB」(B2B2Xの真ん中のB)が,キャリア内のルータやファイアウォールといった転送系サービス機能を自由に連携させることで,多様なサービス創出が可能になる世界をめざしています.

各機能の提供形態と仮想化技術

従来,キャリア内の転送系サービス機能は機能ごとに開発された専用ハードウェアによって構成されてきました.このような構成では,機能とハードウェアが一体化するため,ある機能で使用率の低い計算資源があっても別の機能からは利用できず,余剰資源が発生する分,非効率になるといった問題があります.

仮想化と呼ばれる技術では,ハードウェアと各機能の間に仮想化層を挟むことで各機能からハードウェアを隠蔽します.つまり,ハードウェアから機

能を分離できるため,仮想化技術をうまく用いれば,ハードウェアにとらわれず,計算資源を必要なときに必要な分だけ各機能へ割り当てる,柔軟で効率的なネットワークが実現できます.例えば,ハードウェアから機能が分離する仮想化されたネットワークでは,機能ごとの専用装置の必要性がなくなるため, 1 つの汎用サーバ上に,仮想的なマシン(VM: Virtual Machine)を複数稼動させ,それぞれのVMの中で機能を実現することが可能です.しかし,仮想化特有の問題として,性能が著しく低下するという課題が知られています.次にその一例として,仮想

通信高速化 仮想化 サーバ

エンドユーザへ多様なサービスを提供

流通

観光交通 エンタテインメント

製造オフィス

医療介護福祉環境

キャリア事業スイッチ

ルータ ファイアウォール

セキュリティ ゲーム

音楽

サーバデータベース

コンテンツ事業 オフィス,製造業

転送系機能群

転送系機能の連携による新たなサービス創出

映画

図 ₁  B2B2Xモデルへ向けて

MAGONIA(SPP):機能間高速連携技術

NTTネットワークサービスシステム研究所では,多様なサービス創出をめざして,転送系サービス機能の組合せを可能とする転送系クラウドの実現を進めています.この実現のためには,サービス機能間を性能劣化なしに接続することが必要です.本稿ではNTTとIntelのコラボレーションにより開発した,機能間の通信遅延を削減し,サービス機能の多様な組合せを可能とする機能間高速連携技術Soft Patch Panel(SPP)について紹介します.

中なか むら

村 哲てつ ろう

朗 /小お が わ

川 泰やす ふみ

高た か だ

田 直な お き

樹 /中なか むら

村 宏ひろ ゆき

NTTネットワークサービスシステム研究所

NTT技術ジャーナル 2016.832

NetroSphereの普及に向けた取り組み

化されたネットワークにおいて機能間を連携させるケースを紹介します.

機能間連携における課題

仮想化されていない従来のネットワークでは,複数の機能を連携する際,ハードウェアスイッチによって装置どうしをつないでいました.仮想化されたネットワークでは 1 つの汎用サーバ上で複数のVMが稼動するため,複数の機能を連携する際,VMどうしをつなぐためのスイッチも汎用サーバ上で実現する必要があります.例としてOpenStack* 1と呼ばれる統合仮想環境の中では,VMどうしをつなぐ仮想的なスイッチとしてOvS(Open vSwitch)*2というソフトウェアスイッチが標準的に使用されています.しかしOvSでは,もともとスイッチングに特化して開発されたハードウェアで行っていた処理をそのままソフトウェア的に実現する

ことになるため,十分な性能が得られません.その結果,サーバ内部で物理NIC(Network Interface Card)からVM,あるいはVMからVMにパケットを受け渡す際のネットワーク処理がシステム全体のボトルネックとなってしまいがちです.市中技術の中には,このボトルネックを回避するため,仮想化におけるソフトウェア的なスイッチング処理を完全に省略し,各仮想マシンに直接物理NICを見せるパススルー技術も存在します.例えば,パススルー技術の1 つであるSR-IOV(Single Root I/O Virtualization)* 3では物理NICを直接VMにみせ,ソフトウェア的なスイッチング処理を物理NICに搭載されたハードウェア機能で実現することができます.しかし,物理NICを追加せずにVMを増やしていくとハードウェア側でボトルネックが出てしまいますし,接続の切替が動的に行えないなど,

機能とハードウェアの分離が不完全になることから,仮想化のメリットが大きく損なわれてしまいます.

Soft Patch Panel

Soft Patch Panel(SPP) は こ れらの課題を解決し,仮想化されたネットワークで高速かつ柔軟に機能間連携を実現する新しい技術です(1).SPPは,先ほど説明したSR-IOVのような直接物理NICをVMにみせるパススルー技術とは異なる方法で高速性を実現しています.具体的には図 2 で示すように,VM間に共有メモリを用意し,各VMが同じメモリ空間を直接参照できる構成にすることで,従来ではボトルネックとなっていた仮想化層でのパ*1 OpenStack:オープンソースで開発されて

いるクラウド環境構築用のソフトウェア.*2 OvS:オープンソースで開発されている仮

想スイッチ.*3 SR-IOV:仮想化環境のI/O性能を向上させ

るためのパススルー技術の1つ.

(a) 従来技術 (b) 新技術■ OvS

機能A

パケットコピー

OvS

物理NIC

機能B

パケットコピー

振分け処理

振分け処理

機能A

物理NIC 物理NIC

SPP

機能A 機能B機能B

■ SR-IOV ■ SPP

汎用サーバ汎用サーバ 汎用サーバ

共有メモリ

機能層仮想化層ハードウェア層

図 2  SPPと従来技術の構成イメージ

NTT技術ジャーナル 2016.8 33

特集

ケットコピーを省略しています.さらに,物理NICと共有メモリ間のパケットのやり取りにはIntel DPDK* ₄という高速化技術を用いています.

こ の よ う な 構 成 を と る こ と で,SPPはSR-IOVと同程度以上の性能を実現しています.前述したように,VMを増やす際,SR-IOVではパケットの振分け処理を物理NICのハードウェア機能で実現しているため,処理性能を得るためには物理NICを追加する必要があります.一方,SPPではハードウェアと機能が分離された構成のまま高速化を行うため,物理NICを追加することなく図 ₃ で示すような高い性能を得ることができます.

また,このような構成であれば,各VMのメモリ空間の参照先を制御することで,パケットの入力先,出力先をソフトウェア的に変更することができ

ます.こうすることでSPPはVM間やVMと物理NIC間の動的な接続切替を実現しています.ネットワーク運用者からはメモリ空間などの複雑な構成を意識することなく,簡単な端末操作によってリアルタイムでネットワークの接続変更を行うことができます.このような接続切替の操作はまさにパッチパネルで行われてきたことであり,SPPはパッチパネルを仮想化されたネットワークで実現し,ソフトウェア的にネットワーク制御できるようにしたものだといえます.

このように,SPPをインフラ内部の基盤技術として使用することによって,ネットワーク運用者やミドルBから,キャリア内の転送系サービス機能を性能劣化なく柔軟に組み合わせることが可能になります.

今後の展開

SPPはNTTとIntelとのコラボレー

ションにより研究を進めてきました.NTTとしての課題感,めざす方向を共有したうえで,Intelと要件レベルの議論を実施し,その結果に基づいてIntelで実装されたものの評価をNTTで行っています.実装されたSPPは,OSS(Open Source Software)としてインターネット上で公開されています.実用化に向けては,セキュリティ面の強化や保守管理機能の追加など,多岐にわたる検討を継続して行っていく必要があります.

今後もさまざまなユースケースを通してSPPを洗練していくとともに,より使いやすい技術に仕上げていくことで,新たなサービスや価値の創出とNetroSphere構想の実現に貢献していきたいと考えています.

■参考文献(1) http://www.dpdk.org/browse/apps/spp/

*4 Intel DPDK:OSカーネル内でのパケット処理を省略し高速化する技術.

(左から)中村 哲朗/ 小川 泰文/ 高田 直樹/ 中村 宏之

SPPは仮想化のメリットを損なわずに,皆様の機能を高速に連携します.乗せて動かしてみたい機能など,お気軽にご連絡ください.

◆問い合わせ先NTTネットワークサービスシステム研究所 ネットワーク制御基盤プロジェクト

TEL ₀₄22-₅₉-₆₉₁₄FAX ₀₄22-₅₉-₅₆₅₃E-mail nakamura.tetsuro lab.ntt.co.jp

VM数

OvS

SR-IOV

SPP

10.0

1.0

2.0

3.0

4.0

5.0

6.0

7.0

8.0

9.0(Mpps)

2 3 4 5 6 7 8

スループット

図 ₃  SPPの性能評価結果


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