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青森県立八戸高校における模擬講義(2014年8月)で使用する予定のスライド。
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商取引法はなぜ必要(でないの)か?
森田 果(東北大学大学院法学研究科)
本日の模擬講義の目標
商取引法(森田・東北大法学部)2
1. 「商取引法」がどのような場合に必要なのか,あるいは,必要でないのかについて,理解する
2. 商取引法が,どのような機能を果たしているのかについて,理解する
3. 以上のベースを前提として,商取引法がどのように設計されるべきかについて,理解する
交換の利益
商取引法(森田・東北大法学部)3
Example 1 A さんは,リンゴの木を植えて世話をしている。 B さん
はミカンの木を植えて世話をしている。 リンゴが 20 個,ミカンが 40 個収穫できた A さんも B さんも,リンゴとミカンのどちらかだけでな
く,両方を食べたい
Question 1 2 人の間で,どのような交換がなされれば,双方にとっ
て有益な(商)取引が実現されたと言えるだろうか?
交換の利益
商取引法(森田・東北大法学部)4
リンゴとミカンの交換により, AB 両者とも,それ以前より改善した状態になるはず 多くの人は,「リンゴだけ」「ミカンだけ」よりも,両者の
組み合わせを保有している方を望む 経済学で言う「限界効用逓減」
交換(売買契約)の成立には,両当事者の合意が必要→自らの状態が従前より悪化するような交換には同意しないはず 前提=各当事者の自発的な意思決定
Cf. 「パレート改善」 社会の他の誰の状態も悪化させることなく,少なくともある一人の
状態を改善すること パレート改善によって,社会全体は,よりよい(望ましい)状態に移
行する
交換の利益を実現する法ルール
商取引法(森田・東北大法学部)5
では,このような交換を成立させるためには,どのような法ルールが必要か? ① 所有権の割当
所有権=人がその所有物についてなし得ること,なし得ないことを規定している E.g., 木を植える土地の所有権,リンゴの木・ミカンの木(またはリ
ンゴとミカンそのもの)への所有権の割当 ①’ 所有権が侵害された場合の対処に関する法ルール
E.g., 妨害排除請求,損害賠償,刑罰 ② 自発的な意思決定を可能にする法ルール
E.g., 強迫,詐欺,錯誤
履行時期が異なる交換
商取引法(森田・東北大法学部)6
Example 2 A さんはリンゴを植えており, B さんはスイカを植えて
いる。リンゴやスイカの所有権は確定しているが,冷蔵庫はなく,保存できないとする。冬には, B さんは A さんからリンゴをもらい,夏には, A さんが B さんからスイカをもらえば両者の効用は増える。
Question 2 このとき, AB 間の取引を実現し,社会をよりよい状態
に移行させるために,どのような手段が考えられるだろうか? 法ルールを活用する手段と,法ルールに頼らない手段があり得
る
異時点間の交換の実現手段
商取引法(森田・東北大法学部)7
① 貨幣の利用 貨幣の機能の一つ=時間を通じて価値を保存
交換を「売り」と「買い」に分け,物の移転の時間・場所・相手を柔軟に変えることが可能になる
冬にリンゴと貨幣を交換し,夏に貨幣とスイカを交換 リンゴ・スイカは保存しにくいが,貨幣は保存が容易 交換が一時点終了するので,契約不履行の心配はなくなる
異時点間の交換の実現手段
商取引法(森田・東北大法学部)8
② 長期的関係(信頼関係)の利用 A さんと B さんとの関係が長年にわたって続く場合
ある年に B さんがスイカを引き渡さないと,その年は B さんにとって得だが,翌年以降 A さんからはリンゴがもらえなくなってしまう
両者とも長くつき合いたいと考えている場合には,一時的な裏切り行動による利益よりも,取引による長期的利益を重視し,協調行動をとる
実は,中世ヨーロッパや地中海世界など,国をまたがった「法」が存在しない状態では,このような長期的関係を活用して,商取引が実現されてきた
異時点間の交換の実現手段
商取引法(森田・東北大法学部)9
③契約による方法 相手方が約束を守らなかった場合(「債務不履行」)の
場合の対処法を決定 E.g., 冬にリンゴをあげたのに,夏に大雨でスイカが採れな
かったら? E.g., 冬は不作でリンゴ 2 個を収穫し,うち 1 個をあげたが,
夏にはスイカが豊作で 100 個とれた E.g., A さんはまじめに働いて多くのリンゴを収穫し,その半
分を B さんに渡したのに, B さんはまじめに働かず,少量のスイカしか収穫できなかった
これらの場合に,どのような効果が発生するのか? 当事者間の合意(契約)で定める→契約法(商取引法) 債務不履行→損害賠償・解除・履行請求
異時点間の交換はどこまで一般的か?
商取引法(森田・東北大法学部)10
皆さん(消費者)が店頭で商品を購入する場合 多くは,貨幣により直ちに決済するので,同時決済 ただし,商品ではなくサービスを購入する場合は,先払いに
なりがち 事業者(商人)間の取引
多くの場合は,支払が商品・サービスの引き渡しより後になる E.g., スーパーに食品を毎日納入している業者は,毎日,食品を納入する都度,支払を受けているわけではない
通常は, 1ヶ月分の代金をまとめた上で,翌月末などに支払う 理由
その都度支払をすることは,面倒 金額も大きくなるので,現金決済ではなく,銀行振込などを事後的
に利用した方が安全
交換と契約
商取引法(森田・東北大法学部)11
交換と契約 交換:一時点で終了する取引関係・両者の所有権を前提
e.g., リンゴとミカンの取引 交換の実現には,法ルールは(原則として)不要
契約:時間のかかる取引関係 e.g., リンゴとスイカの取引(貯蔵できないことを前提に)
契約不履行(契約違反)を防ぐ必要がある 行為のタイミングが当事者間で異なるので,先に行動する者は,後
で行動する者の契約違反によって損害を被る可能性がある 途中で状況が変化したり,偶発的事態が生じるという不確実性
を伴う 状況の変化に対する対処法とその責任を決める必要がある
では,契約法はどのような役割を果たしているのか?
契約法の役割=有益な取引の実現
商取引法(森田・東北大法学部)12
契約法が存在しない場合 e.g., A はリンゴを 2 個, B はスイカを 2 個収穫する。
A にとっても B にとっても 1 個目のリンゴ(スイカ)からは 2 の効用を得られ, 2 個目からは 1 の効用しか得られない。このため,リンゴとスイカを 1 個ずつ渡せば互いの効用は高くなるが,収穫時期が異なるので,相手方が品物を渡さない可能性がある。
A\ B スイカを渡す スイカを渡さない
リンゴを渡す 4,4 2,5
リンゴを渡さない 5,2 3,3
「囚人のジレンマ」→そもそも取引が実現しない
契約法の役割=有益な取引の実現
商取引法(森田・東北大法学部)13
契約法が存在する世界では,どのように事態は変化するだろうか? 相手方が約束した物を引き渡さない場合:
損害賠償 履行強制
これらの「契約違反に対する救済」が存在することによって: 自らが約束を守ったにもかかわらず,相手方が約束を守らなかった場
合であっても,相手方が約束を守ったのと同じ状態が実現
A\ B スイカを渡す スイカを渡さない
リンゴを渡す 4,4 2+2,5-1
リンゴを渡さない 5-1,2+2 3,3
契約法の役割=履行の基準
商取引法(森田・東北大法学部)
Example 3. 部品取引契約 部品メーカー A は,ある部品を製造している。その部品
を作る費用は 10万円である。メーカー B は, A からその部品を 12万円で買う契約を結び,代金を支払った。B にとってのその部品の価値は 15万円だった。その後,別のメーカー C は, A に対してその部品を 17万円で買いたいと申し出たため, A は B との契約を履行せず, Cにその部品を売却しようとした。
契約違反の救済方法=履行強制なら 部品は B に
契約違反の救済方法=損害賠償なら B に賠償金 15万円が支払われ,部品は C に
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契約法の役割=履行の基準
商取引法(森田・東北大法学部)
A B
C
10万円 12万円
17万円
( 15万円)
(?万円)
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契約法の役割=履行の基準
商取引法(森田・東北大法学部)
「効率的契約違反」 部品の B にとっての効用は 15万円だが, C は 17万円支払
う意思があるから, C にとっての効用は 17万円以上 C がその部品を使用する方が効率的(社会的に見てそれが望まし
い)= A による契約違反は効率的 同じことは, A にとって,この部品を生産することによって 15万円を超える損失が出てしまうような状況( e.g., 原料費の高騰)でも起きる 代替取引の存在は,機会費用という意味では,全く同じ
逆に言えば,損害賠償額の設定は, A に対し履行するか履行しないかの判断基準を与えるためのツール A は,コストが損害賠償額を超えれば履行しないし,損害賠
償額以下であれば履行する B の当該履行(財・サービス)の評価額がこれを実現
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契約法の役割=投資インセンティヴの実現
商取引法(森田・東北大法学部)
契約はなぜ必要なのか? 部品と交換で代金を支払うことにしておけば,契約の必
要はなく,交換時点で B と C が価格について競えば OK だとすると,事前に契約が必要なのは,そもそもど
のような場合だろうか? B がその部品を利用して製品を作る準備(→設備投資
etc )が必要となる場合 「関係特殊的投資」 relation specific investment
A の部品でないと使えないような機械への投資(生産設備の設置 etc )など
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契約法の役割=投資インセンティヴの実現
商取引法(森田・東北大法学部)18
「ホールドアップ問題」 このような投資がある場合, A から部品が届かないと, B の投資は無駄になってしまう(事後 ex post )
無駄になる可能性があることを考慮に入れた B は,このような関係特殊的投資を(十分に)行わなくなってしまう(事前ex ante )
このように,十分な事前の投資が行われないことは,社会的に望ましくない
契約法の役割=投資インセンティヴの実現
商取引法(森田・東北大法学部)
ホールドアップ問題への対処 継続的契約の解消の法理
法律には書かれていないが,裁判例として確立 B が適切なレベルの投資をしているときには, A は,それを補填してあげなければならない(さもないと,契約を解除することはできない)
ただし, B が過剰な投資をしている場合には,その全てが補填されるわけではない ∵全てを補填してしまうと, B に無駄な投資をしてしまうインセンティヴが発生してしまう
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契約法の役割=デフォルトの提供
商取引法(森田・東北大法学部)
多くの契約法ルールの存在意義 これらの大部分は任意規定
任意規定=当事者の合意によって変更できる合意 任意規定なのに存在しているのは why ?
完備契約 complete contract:将来起こりうる全ての事態への対処を書き込んだ契約 実際に,完備な契約を起草するためには,非常に大きなコストがか
かる このため,現実の契約 不完備契約 incomplete contract そのような場合の合意のギャップは,任意規定が埋める
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契約法の役割=デフォルトの提供
商取引法(森田・東北大法学部)21
どのような形でデフォルト(初期設定)を契約法が提供すべきだろうか? ① 多数派デフォルトルール
世の中で,より多くの当事者が利用するであろうデフォルトを採用
∵より多くの人が,デフォルトをそのまま利用できるので,契約内容について交渉・合意するコストが削減できる
②情報強制デフォルトルール 情報(契約内容に影響を与える可能性のあるもの)を持っている
者に対し,その情報を開示するようなインセンティヴを与えるデフォルトを採用
E.g., 高価品の明告 運送契約において,「通常の品より著しく高価な物品については,そ
の価額を明示しない限り,賠償しません or 通常の物品と同等額しか賠償しません」というルールを採用
契約法の役割=リスク分配
商取引法(森田・東北大法学部)22
商取引の実現には,さまざまなリスクがある 商品を運んでいる途中で,交通事故によって,傷がついたりな
くなってしまったりしたら? 代金を銀行振込で支払おうとしたら,ウイルスソフトのせいで,
間違って別人に支払ってしまったら? 自動車の部品(窓ガラス)の製造を請け負っていたところ,国際的なガラス原料の値上がりによって,当初の契約で決められていた価格では,製造者側に赤字が出るようになってしまったら? あるいは逆に,ガラス原料の国際価格が下落した一方で,自動車の販売競争が激化して,自動車メーカーは部品の納入価格の引き下げをしてほしくなったら?
これらのリスクは,どのように分配されるべきだろうか? 契約で合意されていればそれに従うが,合意されていなかった
ら?
契約法の役割=リスク分配
商取引法(森田・東北大法学部)
リスク分配の基本 最安価費用回避者( least cost avoider )あるいは最適
な問題解決者( best problem solver )にリスクを負担させる
どうしてか? リスクをコントロールできる A (コスト 1 )とコントロールで
きない B (コスト 10 )との取引を考える: A にリスク負担させれば 1 のコストですむが, B にリスク負担
させると 10 のコストがかかる この場合に,無理に B にリスク負担させてしまうと,その分,
契約価格が上がる( B が売主の場合。 B が買主の場合ならば下がる)から, A にとっても不利益
AB としては, A にリスク負担させた方が合理的(パレート改善する)
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契約法の役割=リスク分配
商取引法(森田・東北大法学部)24
デフォルトルールとしてのリスク分配 当事者が契約で,リスクの所在について明示の約束をし
ていなかった場合 このほか,当事者の合意内容が曖昧で,その解釈が当事者間で
一致しないような場合についても,同様 最安価費用回避者(最適問題解決者)にリスク負担させ
ることが望ましい
まとめ
商取引法(森田・東北大法学部)25
商取引法の役割 有益な取引の実現 履行の基準 投資インセンティヴの実現 デフォルトの提供 リスク分配