世界に広がるBONSAI文化と “大宮盆栽”海外展開プロ … ·...

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ぶぎんレポートNo.193 2015年 11月号 9

   日本から海外へ 古くは中国の唐の時代の記録にも見られる盆栽は、平安時代頃には日本に伝わり、今や

「BONSAI」として世界各地に多くの愛好者がいます。この盆栽がどのように海外に広まっていったのか、概要を見ていきたいと思います。 まず、最初に海外で日本の盆栽を紹介したのは、世界博覧会、いわゆる「万博」だったと言われています。今から142年前の1873

(明治6)年のウィーン万博は、明治維新後の明治政府として初めての公式参加であり、パビリオン出展にとどまらず屋外出展も実施、日本庭園や白木の鳥居なども作成するなど大規模なものであったそうです。 当時はジャポニズムといわれる日本趣味が美術界を中心に話題となっていた頃で、この日本庭園に飾られた盆栽も大変な評判を呼び、終了後はすべて買い手がついたということですので、相当高い評価を得たのだと思います。 時は流れ1923(大正12)年、関東大震災がおこります。この震災をきっかけに東京で被災した盆栽業者が盆栽の育成に適した地と

“理想の盆栽郷”という理念を掲げ、大宮に移住して世にもユニークな盆栽村がつくられました。第一次世界大戦による好況も受け、大宮盆栽村は政財界人にも知られ、著名人も訪れる場所となり、順風満帆な頃でしたが、その後また歴史の波にのまれます。 太平洋戦争中は「盆栽は贅沢品であり、時局に適さぬ趣味」と非難を受け、肥料や針金

の不足、さらには盆栽師も徴兵されるなど、大宮盆栽村も廃業が相次ぎ、存亡の危機に立たされます。なんとか凌いで迎えた戦後も、園がGHQに接収されるなど苦難が続きますが、意外なところから評価が高まります。 なんと戦後、大宮を訪れたアメリカの戦略爆撃調査団が盆栽村を視察した際、盆栽を

「平和の芸術」と賞賛し、盆栽に魅了されたGHQの兵士の中には、ジープで買い付けに来たり、盆栽の指導を受けたいという要望もあったそうです。国内よりも国外での評価の方が高く、それによってまた日本でも再認識、再評価という話は、現代にも通じるものがあるエピソードです。 その後は1964(昭和39)年東京オリンピック、1970(昭和45)年の大阪万博でも盆栽展示が行われ、特に大阪万博以降は外国人の来訪や世界各国からの弟子入りが急増したそうです。

世界に広がるBONSAI文化と“大宮盆栽”海外展開プロジェクト

公益社団法人さいたま観光国際協会 広報宣伝事業担当主幹 大和田 昌宏

埼玉彩発見 知られざる歴史を探る

第1回世界盆栽大会(写真提供:一般社団法人日本盆栽協会)

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 70年代以降は、海外各地で盆栽愛好家の同好会などが設立されていき、70年代後半からは盆栽の指導、講演会などの依頼も増え、海外出張がとても多くなりました。海外からの要人の来客も多くなり、盆栽が日本を象徴する文化として定着していき、大宮盆栽村は世界に知られる盆栽の中心地となっていきます。 それらの盛り上がりを受けて1989(平成元)年に、第1回「世界盆栽大会」が当時の大宮市で開催されました。その後「世界盆栽大会」は世界の盆栽愛好者を繋ぐ、4年に一度の盆栽の祭典として、アメリカで2回、他に韓国、ドイツ、プエルトリコ、中国でも開催されています。そして2017(平成29)年、第8回の大会が、28年ぶりに再びさいたま市で開催されることに決定しています。

   最近の欧州盆栽事情 欧州で盆栽が紹介されてからおよそ150年が経ち、今や「BONSAI」という言葉が定着しているのは勿論、それがどのようなものかは欧州各国の一般市民の方でもほぼ知っています。その中でも熱心な愛好家は、自身で盆栽を購入して育てていくということを、普通の趣味として日常的にたしなんでいます。 さいたま観光国際協会では、平成23年度

より26年度まで経済産業省から「JAPANブランド育成支援事業」の指定、あわせてさいたま市からの支援を受け、「大宮盆栽海外展開プロジェクト」としてEU向けの大宮盆栽の輸出拡大について調査や広報活動を行ってきました。「欧州」と一括りにしても、各国で盆栽事情は若干違っていました。欧州すべての国を詳細に調査できた訳ではありませんが、その中で感じた事柄について記してみたいと思います。 調査は欧州6カ国(イギリス・ドイツ・フランス・オランダ・イタリア・スペイン)を主な対象としました。

ドイツ ドイツでは2001年に第4回世界盆栽大会がミュンヘンで開催されるなど、欧州の中でも早くから盆栽ブームがあったところです。愛好家の集う協会など組織もしっかりと機能しており、大変活動的な印象を受けました。 しかし私が見た限り、街中に盆栽ショップは見当たらず、盆栽の販売は郊外のホームセンターや、高級盆栽を専門的に扱うショップなど、限られていました。

スペイン 近年、日本からの盆栽輸入がかなり増えている国の一つがスペインです。経済情勢によ

OMIYA BONSAI in Paris(2015.3.14 ~ 3.22)フランス・パリ中心地で「大宮盆栽」の期間限定アンテナショップを展開、松雪園 黒須輝夫氏による盆栽剪定デモンストレーションが行われた

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り盆栽市場の浮き沈みも激しいようですが、元首相のゴンザレス氏が盆栽ファンだったこともあり、国営の盆栽美術館も素晴らしいレベルで整備されています。日本からの盆栽を中心に、若手盆栽師達が手入れに勤しんでいました。若手盆栽師の中には、日本の盆栽園で修行をして自国に戻って盆栽で商売を始める方も多いそうです。スペインの盆栽技術レベルは非常に高く、日本人を超える日も遠くないかもしれません。面白いところでは、オリーブの樹を使った盆栽もよく目にしました。

イタリア ミラノ街中にショップがあるほど、盆栽人気の高い国です。芸術家タイプが多いイタリアは、盆栽のレベルも非常に高いようです。ミラノ近郊の老舗の盆栽商社クレスピボンサイ社では、卸売・小売りのみならず、盆栽美術館やさらには盆栽大学も併設し、盆栽文化を総合的に広める役割も担っています。

オランダ 調査した中では一般市民の方への浸透は一番低い印象を受けましたが、物流の拠点であるロッテルダム港を通じ、EUのハブ的役割を担い、オランダ経由で日本を含むアジアからの盆栽が多く輸入されているようです。特に、中国からは安価な盆栽が大量に入っている光景も目にしました。オランダには老舗の

盆栽商社の一つ、ロダーボンサイがあり、ここから欧州各国に広く流通しているようです。また、若手盆栽師クライン氏が主宰する出島盆栽園(日本とオランダの架け橋になりたいということで長崎の「出島」からとっています。)というユニークなコミュニティを拝見しました。盆栽教室の開催や盆栽サロンなど非常に面白い取組みを行っています。

イギリス イギリスはガーデニング文化が基盤としてあり、ドイツと同様に古くから日本の盆栽が入っています。王立植物園キューガーデンには盆栽パビリオンも常設され、数十年前に大宮から渡った盆栽も園名つきで展示されていました。街中に小売店はなく、郊外で専門的に扱っている業者を訪問しました。協会もしっかり組織されており、定期的に展示会が開かれています。

フランス 最近の情勢としては、フランスが一番盆栽に熱いものを感じました。ブームが遅れてやってきたこともあるのか、近年多くの同好会ができているそうです。反面まだあまり良い盆栽の品揃えが薄く、イタリアやスペイン、オランダなどから輸入している印象も受けました。パリやリヨンを中心に若手の作家も増えており、今後の市場拡大の可能性が感じられました。

   欧州での盆栽への入り口 盆栽を始めたキッカケについて、若い人に聞いてみると大きく2つのタイプに分かれました。まずは日本文化そのものに魅力を感じ、武道・禅などから入ってくるタイプ。このタイプで意外なことには、アニメなど日本のサブカルチャーはあまり好きではないとい

イタリア・クレスピボンサイ社(http://www.crespibonsai.com/)の盆栽大学での講義

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う方が多かったことです。当然日本好きならサブカル系もと思いがちですが、盆栽を好きな方は、いわゆる純日本風なものに魅力を感じているそうです。愛好家の中には盆栽だけにとどまらず、盆栽を飾るための「床の間」まで自作してしまう方も多いそうです。さらに郊外に住まいのある富裕層では、「庭園ごと日本風にして、池をつくって橋をかけて、錦鯉と盆栽」という方も非常に多いようです。 もう一つは、祖父母や両親から誕生日やクリスマスなどで手頃な盆栽をプレゼントされ、次第に盆栽に魅了されていくタイプです。このケースの場合、最初は10 ~ 20ユーロ程度の中国などの盆栽が多いようです。 街中やホームセンターで売られているのは、ほとんどこの中国盆栽で、物量では圧倒的なシェアを誇ります。欧州ではこのように花を贈る感覚で盆栽をプレゼントするということも多いようで、業者ではバレンタイン用やクリスマス用パッケージも制作していました。 番外編としては、映画「ベストキッド」の作品中でミヤギさんという空手の師匠が、盆栽の手入れをしているシーンを見たのがきっかけだったという方や、10代の頃に親に連れていかれた展示会で盆栽を見て衝撃を受けた

(体に電流が走った!という表現でした)という方もいらっしゃいました。盆栽の愛好者が集う展示会に行くと、様々な盆栽Tシャツを着た方をお見かけします。中には「盆栽命」とタトゥーを入れている方も。愛好者の年齢層は日本では信じられないほど若いのです。

   盆栽メディア事情 愛好家達の情報収集の場としては、どんなメディアが使われているのでしょうか。従前からあるのは書籍、雑誌類です。育成方法な

海外で出版されている盆栽雑誌

どノウハウ本は種類も多く、大きな書店にはコーナーもありました。雑誌に関しては、各国ごとに盆栽雑誌が盛んに出されています。フランス「Esprit Bonsai」はパリ駅中のキオスクでも売られていました。これまではフランス語版だけでしたが、昨年から英語版の発行も始めています。さらにオランダの

「Bonsai Focus」社では、英語・オランダ語・ドイツ語・イタリア語・スペイン語・フランス語版まで発刊しています。そのほかにも各国数誌が存在している上、各国の協会でも会報誌を発行しています。中には日本の盆栽業界誌と提携し、記事を翻訳して掲載しているところもありますし、多くは電子書籍化されており、本屋さんまで足を運ばなくても雑誌を入手できるようになっています。 調査を始めた段階から、「マーケットのニーズが大変あるのに、日本からの情報はあまりなくて残念だ。」という声が多く聞かれました。残念なことにこれまで日本としては海外での評価が高かったことにより、きちんとしたマーケティングが行われておらず、日本からの情報発信が乏しい状況が続いています。世界の盆栽愛好家は常に日本を注目しており、今でも憧れをいただいています。情報発信に関しては言語の壁は勿論ありますが、この辺りは公共機関だけが担うより、民間のビジネスチャンスでもあり、早期改善が望まれるところでもあります。 そして現代の情報化の波は当然盆栽界にも

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押し寄せております。盆栽愛好者の年代が日本と比較すると若いこともあり、ウェブサイトで情報を得る、情報を交換するのは日本より海外の方が進んでいます。特に最近はFacebookなどソーシャルメディアを通じた情報拡散力が勢いを増しています。大宮盆栽Facebookページもほぼ購読者は外国人です。さらに、以前は剪定方法や培養管理などノウハウ、ハウツーも書籍中心でしたが、今やYouTubeです。最近ではオランダのメディアBonsai Empireが月額制でオンラインの盆栽教室まで始めています。 もちろん、盆栽自体の売買に関しても欧州圏内ではネット販売が盛んになりつつあり、各企業もネット販売にシフトしていくものと思われます。

    大宮盆栽のブランド力の    再認識と確立 調査を行った中ではじめに驚いたのは、盆栽愛好者の中で「大宮」という地名が非常に知名度が高かったことがあります。大宮を訪問したことがある方も多く、各園の名前や園主などもよく知られています。まだ大宮を訪れたことがない人たちには、いつかは行ってみたい、憧れの地として認識されていました。これは非常に大きな財産であり、大宮盆栽ブランドを改めて再定義するため、プロジェクトとしてもブランドロゴの作成とブランドイメージの醸成を行いました。デザイ

ナーとして原研哉氏に依頼し、ビジュアルイメージを作成いただきました。数年間の活動ではありましたが、結果として日本・大宮からの情報発信として愛好者には大変好評を博し、それなりの成果が出せたと感じています。原研哉氏プロデュースによるロゴ、パンフレット、ウェブサイトは、若い世代にアピールでき、時代にあったシンプルなデザインで、いわゆる“クールな”盆栽を見せられ、大宮盆栽のブランド価値を向上することに繋がりました。 これらブランド価値の再定義、プロモーション事業の成果、訪日観光客増大の影響もあり、さいたま市大宮盆栽美術館も昨年度は過去最高の3,000人の外国人訪問客がありました。

   新盆栽村 このように、大宮盆栽村は世界に大きな影響を今も与え続け、また、世界からも敬意と羨望のまなざしを向けられています。アメリカ・オレゴン州ポートランドでは、大宮盆栽村に啓発されて、盆栽ビレッジを作ろうという動きが2012年から始まっています。盆栽文化の中心となり、その後多くの著名な盆栽師を輩

Bonsai Empire Online Course (http://course.bonsaiempire.com)

大宮盆栽Webサイト(http://omiyabonsai.jp)

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世界盆栽大会は、1989年、盆栽の故郷・さいたま市(旧大宮市)で第1回大会が開催されました。その後、4年おきに世界各国で開催が引き継がれ、盆栽の普及と国際親善に大きく貢献してきました。そして、2017年、28年ぶりに世界盆栽大会の発祥の地・さいたま市で開催されることとなりました。

第8回 世界盆栽大会 in さいたま〈世界盆栽大会発祥の地 さいたまに再び〉 2016年5月から大会参加登録開始

開 催 日 2017年4月27日(木)~4月30日(日) ●4月27日(木)開会式、記念デモンストレーション ●4月28日(金)~30日(日)盆栽・水石展、デモンストレーションなど ※開会式、デモストレーション、レセプション、日本文化体験教室、盆栽シャトルバスツアーなどの  参加には大会参加登録(有料)が必要となります。会   場(メイン会場)さいたまスーパーアリーナ 大宮ソニックシティ パレスホテル大宮 (サブ会場)武蔵一宮氷川神社 さいたま市大宮盆栽美術館 大宮盆栽村主   催 第8回世界盆栽大会inさいたま実行委員会(事務局:一般社団法人日本盆栽協会)共   催 さいたま市お問合わせ 第8回世界盆栽大会inさいたま実行委員会事務局(一般社団法人日本盆栽協会内) TEL:03-3821-3059

出した大宮盆栽村は、今も彼らの憧れであり、海を超えて志を受け継ごうということに感銘を受けました。彼らはクラウドファンディングで資金を集め、2万ドルも集まったそうです。

   次世代へ向けて 中国に生まれ、日本で育まれた盆栽文化は今や世界に広がっています。文化が広まるのはもちろん素晴らしいことで、盆栽をきっかけに交流が行われるのは大きな意味では世界平和に繋がることでもあり、相互文化を知るきっかけにもなり得ます。反面、このままの盆栽熱の温度差でいくと、国外の盆栽浸透度が成熟し、技術面でも日本を追い越し、日本の存在感は薄まっていく予感もあります。今こそ日本の盆栽文化を情報発信していく時期に来ていると感じています。 かつて30数軒もの盆栽園があったといわれる大宮盆栽村は今や5~6軒を残すのみ。盆栽の栽培に適した理想郷をつくるという壮大な実験は大きな成果を生みましたが、都心からのアクセスの良さ、広い道幅のある閑静

な街並みは、住宅地としての価値を上げて高級住宅地となり、その結果、盆栽園の維持や相続も大変困難な時代となってしまいました。 2017年にさいたま市で28年ぶりに開催される第8回世界盆栽大会は「~盆栽、次の100年へ~」というテーマとなっています。この100年で世界に広がった盆栽は、次の100年でどうなっていくのでしょうか。大宮盆栽村は90年を超えました。これから100年後まで大宮盆栽村が世界の盆栽の尊敬を集める存在でいられるよう、私どもも側面からサポートを続けていきたいと思います。

大会誘致の際に使用した市立植竹小学校の生徒が育てる盆栽を紹介したスライド。テーマは「~盆栽、次の100年へ~」

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