生命科学概論講義資料 ~乳癌について - Yamaguchi...

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生命科学概論講義資料

~乳癌について

注意

本資料の内容は学習用限定です。2次利用 はしないでください。

理解しやすいように単純化、簡略化しており、 医療現場の実際と異なる点があります。

乳癌について

山口大学大学院医学系研究科先端分子応用医科学講座

分子病理学

近藤

智子tfuruya@yamaguchi-u.ac.jp

主要死因別粗死亡率年次推移(対人口10万人)

資料

厚生労働省

人口動態統計

主要死因別年齢調整死亡率年次推移(対人口10万人)

資料

厚生労働省

人口動態統計

年齢調整死亡率とは

年齢構成が著しく異なる人口集団の間での死亡率や、特定の年

齢層に偏在する死因別死亡率などについて、その年齢構成の差

を取り除き、そろえて比較する場合に用いる。死因別死亡率は人

口10万人あたりで表現する。

粗死亡率(死亡者数を単純に人口で割ったもの。人口10万にあた

りで表現する。)が増加していたとしても、単に人口の高齢化のみ

が原因となっている可能性がある。年齢調整死亡率を用いること

により、年齢構成の変化の影響を除いた形での死亡率比較が可

能になる。

主要死因別年齢調整死亡率年次

推移と主要死因別粗死亡率年次

推移(いずれも対人口10万人)の

比較

死因別粗死亡率

死因別年齢調整死亡率

資料

厚生労働省

人口動態統計

今日の講義内容

乳腺ついて

乳がんの疫学

乳がんのリスクファクター

乳がんの症状

乳がんの診断

乳がんの治療

乳腺思春期になると女

性ではエストロゲ ン分泌が増加し、 その影響で、乳

房が脂肪組織の 増加とともに大き くなり、乳頭の管 が発達し、その枝 が脂肪組織内へ

伸びる。

乳腺の活動が もっとも高まるの

は妊娠、授乳期 である。

非妊娠時の乳腺組織

妊娠時の乳腺組織 非妊娠時の乳腺組織

乳がんの疫学

毎年、世界全体で100万人を超える女性が、乳癌と診断され、 40万人以上が乳癌が原因で死亡している。

日本は欧米諸国と比較して乳癌にかかる女性は少ないが、それ でも現在日本人女性の乳がんの発症率は8人に1人と増加傾向 にある。この原因として食生活をはじめとする生活習慣の欧米

化があげられる。アメリカの日本人移民は日本国内在住者より罹患率が高いことがしられ

ています。

現在、部位別の女性のがんで最も多いのが乳がんである。

乳がんの罹患数と死亡数の推移

罹患者数(推定)

死亡者数

資料

国立がんセンターがん対策情報センター厚生労働省

人口動態統計

女性の部位別がんの推移(対人口10万人)

1993年を境に乳がんが

胃がんを超える。

資料

国立がんセンターがん対策情報センター

女性の年齢別がん(2002年にあらたにがんと診断された人数)

資料

国立がんセンターがん対策情報センター

資料

国立がんセンターがん対策情報センター

乳がんの年齢別罹患率年次比較(対人口10万人)

乳がんの疫学

毎年、世界全体で100万人を超える女性が、乳癌と診断され、 40万人以上が乳癌が原因で死亡している。

日本は欧米諸国と比較して乳癌にかかる女性は少ないが、それ でも現在日本人女性の乳がんの発症率は8人に1人と増加傾向 にある。

現在、部位別の女性のがんで最も多いのが乳がんである。

しかし、一年間に乳がんで死亡するひとの数は、乳がんにかか る人の数の3分の1程度である。これは女性の乳がんが比較的 予後がよい(=生存率が高い)ことと関連しています。

乳がんは早期発見できれば、治せるがんなのです。

乳がんのリスクファクター

乳がんの発生・増殖には性ホルモンであるエストロゲン が関与しています。エストロゲンレベルを上げるような

ものがリスクファクターとして確率されています。

初経期間が早い、閉経年齢が遅い

出産歴がない、初産年齢が遅い、授乳歴がない

閉経後の肥満

乳がんの家族歴があること

長期間にわたるホルモン補充療法をうけていること

など

エストロゲンとは

女性ホルモンの一つ。卵胞ホルモンとも呼ばれ、閉経前

の女性では卵巣からの分泌が最も多い。子宮の発育や子宮内膜の増殖、乳腺の発達を促す。エ

ストロゲンにより、女性はいわゆる女性らしい体つき(乳

房の発達、腰、太ももの皮下脂肪の増加)になる。

エストロゲンは皮膚、骨、血管、脳や肝臓 にも作用し、動

脈硬化になりにくくしたり、骨量を保つなどの作用も持って

いる。

乳癌の症状

他のがんと同様、乳癌も初期には症状がありませ ん。しかし病気の進行とともにいろいろな症状が

でてきます。

しこり

乳頭分泌

乳房の形の変化

わきの下のリンパ節がはれる

など

しこり乳がんが大きさが5mmから10mm程度になると、注

意深く触れば自分でもわかるようなしこりになります。 ただし、しこりがふれたからといってそれがすべて乳

がんということではありません。(良性病変でもしこり は触れます。)

乳汁分泌

授乳期以外の乳汁分泌はさまざまな原因でおこりま す。乳汁分泌がある場合、両側性か片側性か、乳汁 の色などを確認しましょう。片側の乳首から血性(血

液の混じったような色)の乳汁が出ている場合は注 意が必要です。

乳房の変形

乳がんが大きくなって皮膚近くまで進展すると、そ の部の皮膚がひきつれてえくぼのようになることが あります。さらに乳がんが進むと皮膚の色が赤く

なったり、皮膚表面がオレンジの皮のようにでこぼ こになってきます。

わきの下のリンパ節がはれる

一般に乳がんが大きくなり、一番はじめに転移する のがわきの下のリンパ節で、しこりとして触れます。 乳がんのなかには乳腺での病変は触れないのに、 わきの下のしこりで気づかれることもあります。

完全病理学より引用

自分でできる乳癌のチェック

しこりがある乳房の位置が左右対称でない乳房の皮膚がへこんでいる指でつまむとへこむ(えくぼができる)反対に皮膚が盛り上がっている乳頭が引っ込む乳頭が傾いている。乳頭から血液の混じった分泌液がでる。乳頭や乳輪にしつこい湿疹ができてなおらない。乳房の皮膚がオレンジの皮のようになる。

乳がんの診断

触視診

マンモグラフィ

超音波検査

穿刺吸引細胞診

生検病理診断

CT, MRI

視診・触診

自己チェックと同じように、視診、触診がお こなわれます。

視診、触診のポイントはおおむね自己チェッ クのポイントと同じです。通常、仰向けになっ ておこないます。

マンモグラフィーの写真

マンモグラフィーは乳腺組織が豊富な若い女性の 乳腺には不向き

超音波検査の方が正常の乳腺組織との分解能が 優れている

超音波検査

細胞診・組織生検

視触診、マンモグラフィーや超音波検査で乳癌の疑 いがある場合、さらに詳しい検査として細胞診や生

検を行う。

細胞診とはしこりに細いはりを通して細胞を吸引し、 採取された細胞に癌細胞があるかないかを調べる

検査。

しこりからある程度の大きさの組織を採取して、顕微 鏡で調べるのが生検。

吸引細胞診

生検(Biopsy)病変部からある程度の大きさの組織を採取し、顕微鏡で調べる検査。

乳がんでは針生検マンモトーム生検外科的生検

の3つがある。生検では乳がんかどうかがわかるのみならず、

その乳がんの性質(悪性度はどのくらいか、ある 種の抗がん治療が有効か否かなど)も調べるこ

とができる。

乳がんの組織像

(完全病理学より引用)

神戸協同病院 のHPより引用

針生検

細胞診でもちいるものより やや太い針を使用し、しこ りから組織を採取し、検査 する方法。

マンモトーム生検

触知できないがマンモグラフィや超音波検査で認めら れる小さな病変から組織を採取し、検査する。一回の

穿刺で複数の組織標本を採取することが可能。

外科的生検

たいていの場合、細胞診や針生検で乳がんか他の良 性病変か判断することができるが、これらの検査でも

良悪の判断が難しいことがある。この場合により広い 病変(あるいは病変すべて)を手術室で採取し顕微鏡 でしらべるのが外科的生検。より大きな組織を採取す るので情報量は増えますが、大きく切開するため患者 さんへの負担も増えます。

マンモトーム生検

座って検査を受ける場合のイメージ像(GE横 河メディカルシステム)

CT、MRI検査

生検で乳がんと診断されると、乳がんの広が り(乳腺組織にとどまっているのか、他の場所 へ転移していないか)を確認する目的で、CT

やMRI検査(いずれも画像検査)が行われる。

さまざまな検査結果より、診断時のがんの進展 の程度がわかります。進展の程度を表すのが

病気(ステージ)であり、以下の3つの指標から なります。

T:tumorのT乳房内での腫瘍の広がり(大きさ)

N:nodeのN (lymph node=リンパ節)リンパ節への転移

M:metastasisのM (metastasis=転移)乳腺以外の他の臓器への転移

がんの病期分類

T0 T1 T2 T3 T4

M0N0N1N2N3

M1

I期

IIA期

IIB期

IIIA期

IIIC期

IV期

IIIB期

乳がんの病期分類

0期

非浸潤がん

I期 しこりが2cm以下でリンパ節転移がない

II期 しこりが2cmを超える、あるいは、リンパ節転移 がある。(さらに2A期、2B期にわかれる。)

III期

リンパ節転移が進んでいる場合、しこりが

5cm をこえてリンパ節転移がある場合、しこりが皮膚

や胸壁に及ぶ場合。(さらに3A期と3B期とに わかれる。)

IV期

鎖骨上リンパ節に転移があるか、他の臓器へ転移 が認められる場合。

乳がんの病期分類

乳癌の治療

外科的治療(手術)

放射線治療

薬物療法化学療法

ホルモン療法

分子標的治療

治療法はどうやって決めるのか

術前の検査でえられた情報をもとに、治療法 が選択されます。

臨床病期はどの程度か?

臨床病期がすすんでいなければ完治をめざし手術で腫瘍を摘出され

ることが多いですが、乳がんが進行しており、手術ではすべての癌組

織を取り除けない場合は全身状態等も考慮して手術以外の方法が

選択される場合が多い。

薬剤感受性はあるのか?

術前検査でホルモンレセプター陽性であるかといった情報は抗がん

剤選択の際に多いに役に立ちます。

治療法の決定には患者さんが医師とよく話しあい、納得することが大事です。患者さんの要望も考慮されますので、遠慮なく医師と話し合ってください。

手術

がん治療の基本は、がん組織(がん細胞)を取 り除くことです。切除範囲についてはがんのひろ

がりの程度によって変わってきます。

乳がんではわきの下のリンパ節もともに切除さ れることが多いです。これはがんがすでにリン

パ節に転移していないかを確認し、術後さらに 薬物治療、放射線治療を行う必要があるかどう かの判断材料にもなります。

乳がんの手術かつては乳がんの手術では乳腺のさらに下にある胸筋

まで切除する方法が標準術式でしたが、現在では筋肉 へがんの浸潤が見られるときに行われます。

現在の標準術式は乳房を切除し、胸筋を残す胸筋温存 乳房切除術(単に乳房切除術ということもある)です。

できるだけ乳房を残す手術方法として乳房温存手術が あります。がんから2cm程度のマージンをとって切除しま

すが、顕微鏡レベルでのがん細胞の残存の可能性があ るので、術後放射線療法を行うことが普通です。がんの 広がりが大きい場合はこの術式は適応になりません。

リンパ節郭清について

手術ではがんそのものと同時にわきの下のリンパ節も切除します。これをリ

ンパ節郭清といいます。リンパ節郭清の意義についてはすでに述べましたが、

リンパ節郭清をすると手術をした側の腕にリンパ浮腫(むくみ)が出たり肩の

痛みや運動障害がおきることがあります。写真:完全病理学より引用

センチネルリンパ節生検腋窩リンパ節郭清では、術後のリンパ浮腫、しびれといった

患者さんの生活に支障を来た症状があらわれることがある。 そこでリンパ節郭清をおこなわずともリンパ節転移の有無

を知る方法としてセンチネルリンパ節(sentinel=見張り番) 生検という方法がとられるようになった。

センチネルリンパ節は最初に転移が生じるリンパ節のこと でこのリンパ節に転移がなければ、他のリンパ節にも転移 がないと考えられる。

現在、手術中にセンチネルリンパ節の術中迅速診断(手術 中に凍結切片をつくり短時間で顕微鏡による検査を行うこ

と)が山口大学附属病院でも行われている。センチネルリン パ節に転移がなければ腋窩リンパ節郭清は通常省略され

る。

放射線療法

現在では主に、乳房温存術後に行われることが 多い。

5~6週間かけて50から60グレイかける。

放射線を照射する際にはどうしても正常部がか かってしまうので副作用(皮膚炎など)が避けら れない。

薬物療法

ホルモン療法

化学療法

抗体療法

ホルモン療法

生検および手術摘出組織を調べて、がん細胞がホル モンレセプター(エストロゲンレセプターあるいはプロ

ゲステロンレセプター)を有している場合に中心となる 薬物療法。

一般的にホルモン療法は化学療法より副作用がマイ ルドであり、長期間使用できるのが特徴ですが、薬物 によっては子宮がんのリスクがあがったり、他の病気 (血栓症、骨粗しょう症)のリスクが上がることがありま す。

乳癌細胞におけるエストロゲンレセプター(ER)の発現(抗ERモノクロナル抗体による酵素抗体法染色標本)

化学療法がん細胞の細胞周期に作用することで抗がん剤とし

ての効果を発揮するものが多い。

がん細胞特異的に作用するものがあればよいが、ほ とんどの化学療法剤が正常の細胞にも作用してしま

います。そのため効果が発揮される用量と副作用が でてしまう用量との差が少なく(場合によっては若干

逆転していることもある。)副作用が避けられないの が現実です。

副作用をなるべく軽減すべき努力はされていますが、なか なか完全になくすことは出来ていません。

乳がんの代表的な化学療法CAF療法

シクロホスファミド、アドリアマイシン、5-FUの 3剤併用療法

CMF療法シクロホスファミド、メトトレキセート、5-FUの3 剤併用療法

タキサン系薬剤パクリタキセル、ドセタキセルなど

いずれも副作用には脱毛、吐き気、嘔吐、骨髄抑制などがあります。

*骨髄抑制:

化学療法剤により骨髄の血液を作り出す機能が抑えられること。

そのため白血球が減少し、感染に対する免疫力が低下する。

分子標的薬

化学療法剤は正常細胞にも作用し、副作用が 避けられないという問題がありますが、近年、が

ん細胞に特異的に発現している物質に作用す る薬剤が開発されています。これを分子標的薬 といいます。分子標的薬はがん細胞特異的に

作用するので、副作用をおさえつつ、高い効果 も得られると期待されています。

乳がん領域ではハーセプチンという薬剤がしよ うされています。

化学療法剤

正常細胞 がん細胞

がん細胞だけでなく、正常細 胞にも作用してしまう!(心で しまう!)

分子標的薬

正常細胞 がん細胞

がん細胞に特異的に発現して いる分子に対し作用するので

がん細胞だけをたたくことが できる。

ハーセプチンとはハーセプチン(一般名:トラスツズマブ

乳がんの中にはがん細胞膜表面にHER-2たんぱくとい 膜たんぱくを過剰に発現しているものがあります。HER-

2たんぱくはEGFR(上皮増殖因子レセプター)の一種で、 これを押さえることにより乳がん細胞の増殖をおさえ腫瘍 縮小させます。

現在ハーセプチンは乳がん組織でHER-2たんぱくの過 剰発現のある患者さんの再発時に使用します。(研究的 に再発予防で投与している施設もありますが、保険適用 外です。)

HER-2たんぱくが過剰発現しているかどうかは切除され たがん組織を免疫染色して判断します。またはHER-2を コードする遺伝子が増幅されていないかどうかFISH法を 使うこともあります。

ハーセプチンの作用模式図

国立がんセンター薬剤部パンフレットより

乳癌細胞におけるHER-2の過剰発現(抗HER-2モノクローナ

ル抗体による酵素抗体法染色標本)

写真:完全病理学より引用

乳癌細胞におけるHER-2遺伝子の増幅(FISH法)

DNAチップ研究所

パンフレットより

マンマプリント癌は遺伝子の異常な変化の蓄積によって引き起こされます。マ

ンマプリントは個人個人の腫瘍細胞中の遺伝子について、リス ク判定に有用な70遺伝子に標準をあて、その遺伝子の発現が 腫瘍細胞中で亢進しているかあるいは減っているのかをチェッ クし、個々の症例のリスク判断をするサービスです。

欧州では6000例以上の試験によりその信頼性は評価されてい る。

2007年2月、アメリカ食品医薬局(FDA)の承認をうける。

リスクの程度がわかれば、対策も立てやすい

それぞれの患者さんにあった治療ができる

個別化医療(Personalized Medicine)

DNAチップ研究所

パンフレットより

乳がんは早期発見できれば、治る可能性の高いがんなのです。

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