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191 グローバル下でのアグロフォレストリーの変容と生態系に調和した地域社会の 創出-インドネシアにおけるフェアトレードコーヒー栽培を例として Changes of agroforestry in globalization and creation of local communities harmonizing with ecosystem: A case of fair trade coffee in Indonesia Fair trade has been emerging as an alternative trade for alleviating poverty in developing countries and rectifying disparities between North and South. Several organizations exist in the world especially in Europe and North America. Fairtrade Labelling Organizations International (FLO), which has been widely spread in all over the world, is one of the fair trade organizations. FLO developed Fairtrade standards with social, economic and environmental development. Economic development includes payment of Fairtrade Minimum Price and Fairtrade Premium to producers. This study investigated how fair trade coffee could bring economical and social effects to local communities, and what challenges are for maintaining fair trade. Field survey was conducted in May and September, 2011 in a coffee producers’ cooperative in Lintong, North Sumatra, Indonesia. The study objectives are the following: (1) to make clear current situations of producing coffee, (2) to understand historical background of introducing fair trade coffee, (3) to analyze the amount of coffee sold in the international markets, and (4) to identify implemented social development projects. Coffee has been produced in this area and has been significant for farmers to get regular income in this area. The cooperative got FLO certification in 2005 to meet the demands of a supermarket in 略 歴 共同研究者 Wiyono (インドネシア・ガジャマダ大学) ハラダ 田 一 カズヒロ 1993年3月 東京大学農学部農業生物学科卒業 1995年3月 東京大学大学院農学生命科学研究科森林 科学専攻修士課程修了 1997年7月~ 2000年11月  JICA(現:国際協力機構)インドネシア生物 多様性保全プロジェクト長期派遣専門家 2003年1月~ 2008年9月 (財)地球環境戦略研究機関(IGES)森林保 全プロジェクトこの間、 2004年3月 東京大学大学院農学生命科学研究科森林 科学専攻博士課程修了 2005年7月~ 2006年7月  マードック大学・アジア研究センター(オー ストラリア)客員研究員 2008年10月 兵庫県立大学環境人間学部准教授(現在に 至る)

原田 一宏 1993年3月 東京大学農学部農業生物学科 … (インドネシア・ガジャマダ大学) 原 ハラダ 田 一 カズヒロ 宏 1993年3月 東京大学農学部農業生物学科卒業

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グローバル下でのアグロフォレストリーの変容と生態系に調和した地域社会の創出-インドネシアにおけるフェアトレードコーヒー栽培を例として

Changes of agroforestry in globalization and creation of local communities harmonizing with ecosystem: A case of fair trade coffee

in Indonesia

Fair trade has been emerging as an alternative trade for alleviating poverty in developing countries

and rectifying disparities between North and South. Several organizations exist in the world especially

in Europe and North America. Fairtrade Labelling Organizations International (FLO), which has been

widely spread in all over the world, is one of the fair trade organizations. FLO developed Fairtrade

standards with social, economic and environmental development. Economic development includes

payment of Fairtrade Minimum Price and Fairtrade Premium to producers.

This study investigated how fair trade coffee could bring economical and social effects to local

communities, and what challenges are for maintaining fair trade. Field survey was conducted in May

and September, 2011 in a coffee producers’ cooperative in Lintong, North Sumatra, Indonesia. The

study objectives are the following: (1) to make clear current situations of producing coffee, (2) to

understand historical background of introducing fair trade coffee, (3) to analyze the amount of coffee

sold in the international markets, and (4) to identify implemented social development projects.

Coffee has been produced in this area and has been significant for farmers to get regular income

in this area. The cooperative got FLO certification in 2005 to meet the demands of a supermarket in

略 歴

共同研究者

Wiyono(インドネシア・ガジャマダ大学)

原ハラダ

田 一カズヒロ

宏1993年3月 東京大学農学部農業生物学科卒業1995年3月 東京大学大学院農学生命科学研究科森林

科学専攻修士課程修了1997年7月~ 2000年11月 

JICA(現:国際協力機構)インドネシア生物多様性保全プロジェクト長期派遣専門家

2003年1月~ 2008年9月(財)地球環境戦略研究機関(IGES)森林保全プロジェクトこの間、

2004年3月 東京大学大学院農学生命科学研究科森林科学専攻博士課程修了

2005年7月~ 2006年7月 マードック大学・アジア研究センター(オーストラリア)客員研究員

2008年10月 兵庫県立大学環境人間学部准教授(現在に至る)

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Japan. The number of farmers who became members of the cooperative had been gradually increased.

The cooperative could export coffee beans to Japan every year. The cooperative could also carry social

development projects as scholarship supports for members’ children, training programs for members.

In 2011, FLO coffee certification was deprived because of inappropriate management of produced

coffee beans, funds from premium, and related documents. While introducing fair trade in this area

could contribute to implement social development projects, fair trade coffee had some challenges such

as insufficient money, weak organizations, lack of human capacity, and poor supporting systems by

external institutions.

1.はじめに

 昨今、国際的な議論の中で、世界的な森林減少に対処するための森林保全や気候変動政策の立案およびその実施が行われている。そういった議論の中で必ず注視されることが、途上国の熱帯林保全・再生や気候変動緩和を図りつつ、森林とともに暮らす人々の生計向上をいかに実現するかということである。このように、昨今の国際議論では、住民の生計維持を含めた3つの便益、いわゆるトリプルベネフィットが理想的な形であると考えられている。 本研究では、このトリプルベネフィットに関わるフェアトレードコーヒーを取り上げる。コーヒーは途上国の農民にとって貴重な現金収入となる換金作物であるが、一方でアフリカでは貧困問題とも密接にかかわっている(辻村, 2009)。またコーヒーは、その栽培の仕方によっては熱帯林の破壊をもたらすこともあるし、熱帯林の再生に寄与することもある。本研究で対象とするのは、インドネシア北スマトラ州・リントン地区のフェアトレードコーヒーである。その地域で長年実施されてきたコーヒー栽培の実態把握、フェアトレードコーヒー導入の歴史的背景、フェアトレードの販売実績、さらにはコーヒー豆売上で実施されている社会開発プロジェクトの実施状況について把握することにより、フェアトレードコーヒー導入が、地域社会にもたらした社会的経済的影響および、フェアトレードコーヒーの課題について明らかにする。

2.フェアトレードとは

 フェアトレードはもともと慈善活動として1940 年代に始まったものであるが、第二次世界大戦後の1946 年に、アメリカでキリスト教の団体が援助開発NGOとして行ったボランティア活動がフェアトレードの始まりである(渡辺 , 2010)。その後様々な歴史的経緯を経て、フェアトレードは発展してきた。フェアトレードの世界規格である国際フェアトレード・ラベル機構(FLO: Fairtrade Labelling Organizations International)は、フェアトレードを途上国の貧困や南北経済格差を解消するオルタナティブなトレードとして始まった運動であるとしている(フェアトレード・ラベル・ジャパン, 2012)。フェアトレードの特徴は、環境はもちろんのこと、社会的、経済的側面にも配慮していること、途上国の生産者と先進国の消費者が密接に関わっていることなどがあげられる。 フェアトレードには、世界的にさまざまな協会や機構が存在するが、その中でもドイツ(ボン)に本部のあるFLOは最も知られたものの1つである。FLOは国際フェアトレード基準を設定しており、そ

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の基準を満たしたものには国際フェアトレード認証ラベルが添付される。このラベルが添付された商品は、原料が原産国で生産され、輸出入、加工・製造工程を経て、フェアートレード認証製品として完成品となるまでの全過程で、FLOの国際フェアトレード基準が遵守されていることが保証されている。また、この基準を満たしているかどうかを審査する機関(FLO-cert)はFLOの組織内にある。これは、森林認証など、従来の認証制度における評価が第三者機関によって実施されるのとは大きく異なる点である。 上述の国際フェアトレード基準は経済・社会・環境の3つの基準からなっている。それらの基準の中で特記すべき点は、経済の基準として「フェアトレード最低価格の保証」、「フェアトレード・プレミアムの保証」が、社会の基準として「地域の社会開発」が定められていることである。フェアトレードでの最低価格とは、生産コストをまかない、経済的・社会的・環境的に持続可能な生産と生活を支える価格と定義され、現在1.4ドル/ポンドに設定されている。一方、プレミアムとは、品物の代金としてではなく、組合や地域の経済的・社会的・環境的開発のために使われるべき資金として定義され、フェアトレードコーヒーを購入する企業はコーヒーの購入代金とは別に、1ポンドあたり0.20ドルの代金をプレミアムとして支払う必要がある。この資金は、生産者組合の要望に基づいた地域の社会開発プロジェクトの活動費にあてられる。

3.インドネシアにおけるフェアトレードコーヒーの実態

3.1 インドネシアにおけるコーヒーの生産および輸出 インドネシアのコーヒーの歴史は1696 年のオランダ植民地時代にオランダがインドネシアのバタビア(現、ジャカルタ)にコーヒー苗を送ったころにまでさかのぼる(Speciality Coffee Association of Indonesia, 2011)。現在、インドネシアの各地域で独自のコーヒーが栽培され、インドネシアは世界でも有数のコーヒー生産国である(図1)。

図1 インドネシアにおけるコーヒー生産量

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300 000

350,000

400,000

450,000

50,000

100,000

150,000

200,000

250,000

300,000

0

トン

出典:財務省(2011)をもとに作成

図2 日本のコーヒー輸入量

 一方、日本は多くのコーヒーを輸入しており(図2)、その中でもインドネシアからの輸入量は多い(図3)。

図3 日本の国別コーヒー輸入量

 現在、インドネシアでは、北スマトラ州の1団体、アチェ州の10団体、計11団体がフェアトレード認証を取得しているが、これらのうち、北スマトラ州の1団体が唯一、日本にコーヒー豆を輸出している。

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3.2 調査対象地の概況 本調査地は、北スマトラ州のリントン地区である。北スマトラ州はコーヒーの一大産地であり、その中でも特にリントンマンデリンコーヒーは世界的にも知られているコーヒーである(エイムック, 2009)。リントンは、インドネシアの第三の都市メダンから約250km、車で約6時間のところに位置する。リントンの概要は次のとおりである。リントンはウンバンハサンドゥタン県リントン郡に属す。リントン郡は標高が 1410 ~ 1470mに位置し、月間降水量は約211mmに達する。ウンバンハサンドゥタン県の人口は171,687人、人口密度は68.76人 /km2 で、一方リントン郡の人口は29,050人、人口密度は160.27人 /km2 である。 前述のように、インドネシアではまずジャワにコーヒーが伝わったが、その後1780 年頃にスマトラへと伝えられ、マンデリンと呼ばれた。1800 年代にはリントンに伝播した。1970 年代になり、この地区のコーヒーがメダンで売買され、海外へと輸出されるようになった。1980 年代に入って、リントンのコーヒーが海外で有名になり始めた。 2011年の北スマトラでのコーヒー栽培面積は57,003ヘクタール、コーヒー生産量は45,482トンであった(Dinas Perkebunan Sumatra Utara, 2011)。リントン地区のあるハンバンハサンドゥタン県のコーヒー生産量の推移は表1のとおりである。

表1 リントン地区のコーヒー生産量

3.3 認証取得の経緯 この地域にフェアトレードが導入されたきっかけは、2001年に、日本のキリスト教会が関わる団体、わかちあいプロジェクトが、この地域で25人からなる農民グループを支援したことである。2002 年から2003 年にかけては、わかちあいプロジェクトは外務省からの補助金(国際開発協力関係民間公益補助金)をもらい、農民のコーヒー栽培の補助をするための活動を実施した。  2003 年に、わかちあいプロジェクトに、イオン(株)からフェアトレードコーヒーを輸入したいという問い合わせがあった。そこで、わかちあいプロジェクトは、今までかかわりのあった農民グループが生産するコーヒーのフェアトレード認証取得に向けて、技術的・資金的支援をすることとなった。全体をまとめる組織として、リントンオーガニックコーヒー生産者組合(APKLO: Asosiasi Petani Kopi

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Lintong Organik)が結成された。 2003 年 8月には認証を取得するための手続きが開始された。その約1年後の2004 年 8月に認証を取得することができた。認証に要した費用は30万円であった。 認証取得後、イオン(株)はこの地域からのコーヒー豆を、日本のコーヒー輸入業者、ワタルを通じて購入し、その豆を焙煎業者ユニカフェに焙煎してもらった後に、袋詰めにして販売した。また、ワタルはイオン以外に、タリーズや無印良品にも豆を販売した(写真1)。

3.4 生産者組合のメンバーになるための条件 インドネシアの法令では組合を結成する際には、必ず規約を作成することが義務づけられている。この組合もFLOの規約に基づいて、コーヒーを生産している組合に適合するように規約を作成した。それによると、農民が組合のメンバーになるための条件として、①ハンバンハサンドゥタン県もしくはその近隣に居住するコーヒー栽培農民であること、②組合のグループに所属すること、③フェアトレード認証を受け入れること、④組合の規約や決定事項に同意すること、⑤組合が主導する教育方針に従うこと、が掲げられていた。 また、メンバーには、①組織の目的について認識する、②フェアトレードについて認識する、③組合の活動には必ず参加する、④生産したコーヒーは必ず組合に販売する、⑤組合での決定事項を遵守する、⑥損益が出た際にはメンバーの責任とすることが義務づけられた。

3.5 コーヒーの栽培・生産と生産量 リントンでは、一般的に2m×1.5mの間隔でコーヒーの苗が植えられており、1ヘクタールあたりでは約 80 本の苗が植えられていた(写真2)。また、コーヒーの間作として、トウガラシ・キャベツ・ジャガイモ・トマトなどの野菜やバナナやオレンジなどの果樹、さらにはローカル名でpetai、lamtoro(マメ科の植物)、dadapといわれている樹木も植えられた。コーヒーの苗にとって樹木を植える利点としては、①風除け、②直射日光の防御、③強雨の防御、④土壌中の窒素固定、⑤燃材としての利用、⑥家畜の飼料としての利用などがあげられる。 この地域では1年に2回コーヒーの一大収穫期がある(写真3)。2011年の場合、9月から12月にかけてと3月から5月にかけての2回であった。収穫はすべて手作業で行われる。まず、機械を使って、収穫したチェリーの赤い外皮を手動ではぎ、果肉を取り出す。その後、水につけて12 ~ 24時間発酵

写真1 日本で販売されているフェアトレードコーヒー

写真2 コーヒー農園

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させ、内果皮(パーチメント)に付着したぬめりを除去する。内果皮を水洗いした後、天日で約20 時間自然乾燥し、水分量が 23%以下になるようにする。組合に所属する農民はこの工程まで各自行う。その後、農民は豆を生産者組合に販売する。

 生産者組合はメンバーから買い取った豆を、さらに大型機械を使って処理する。ただし、この生産者組合は大型機械を所有していなかったので、所有している企業に借りて作業を行った。作業工程は次のとおりである。まず大型機械で内果皮を包む薄い皮を剥ぐ。その状態の豆をグリーンビーン(生豆)という。グリーンビーンは天日で自然乾燥する。乾燥時間は18 ~ 20 時間で、含水量は12 ~ 13%になるようにする。生産されたグリーンビーンは輸出業者によって輸出される(図4)。 この一連のプロセスは、通常のコーヒーを販売する場合のプロセスと大きく異なる(図4)。通常のコーヒーの場合にも、仲買人1に手渡すまでの農民が行う作業工程はフェアトレードコーヒーの場合と同じである。その後、通常のコーヒーでは仲買人1は仲買人2にコーヒーを販売し、仲買人2は生産者組合が行ったのと同じように、天日干しと外皮除去をして、最終的に輸出業者に販売する。

写真3 コーヒー生産プロセス

果実の収穫

発酵 果実の除去水洗い

天日干し

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18%

18%

図4 コーヒーが輸出されるまでのプロセス

 生産者組合の会員数、メンバーの生産したコーヒーの量、土地面積などは表2のとおりである。メンバーが生産したコーヒー総生産量に占めるフェアトレードコーヒー生産量は約10%とごくわずかであった。多くのメンバーは、コーヒーを生産者組合に販売するのではなく、ローカルマーケットに販売していた。 また、前述のように、メンバーが生産者組合に販売したコーヒーはすべて、日本の商社によって日本に輸入され、販売された。

3.6 プレミアムと社会開発プロジェクト プレミアムによって得た資金の運営などについての取り決めは、プレミアム委員によって行われる。プレミアム委員の選定および、その役割については組合の規約(APKLO Premium Fairtrade)に記載されている。それによると、委員は組合を構成する各グループの代表者からなり、任期は2 年間である。プレミアム委員の役割は、①組合のプレミアムの年間使途計画を策定すること、②事前に作

表2 フェアトレードコーヒー生産者組合の現状

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成した、社会開発プロジェクト実施計画書と照らし合わせながら、資金の使途を明確にしつつ、プロジェクトの成果報告書を作成することである。 本研究の対象である組合の場合、6グループ(2011年の時点でのグループの総数)それぞれから、10人に1人の割合でプレミアム委員が選出され、計16人の委員が選出された。 プレミアムを利用した社会開発のための使途・実施の決定プロセスは下記のとおりである。① 生産者組合の委員が各村・各グループにプレミアムの配分割合を決定する② 実施内容についてメンバー全員で協議する③ メンバーが使用計画をFLO-certに提出する④ 組合が活動案を審査し、特に問題がなければ合意する⑤ 組合がグループに活動資金を支払う⑥ メンバーが活動を実施する⑦ 活動終了後にメンバーが組合に活動報告書を提出 使用計画書には、メンバーとして購入したいものの品目、値段などが記載されている。ただし、購入できるもの、利用できるものはある程度規定で定められている。それらは、トレーニング、農機具など農業に使う機器、子供の教育、社会的インフラの整備(土地や倉庫など)、福祉・健康、文化の発展に寄与するもの、ジェンダーのプログラム、環境保全(樹木植栽やごみ処理など)、レクリエーションなどである。

 対象とした生産者組合のコーヒー販売からの収入とプレミアムは表3のとおりである。組合は多くのプレミアムを得ていた。この組合では、得られたプレミアムを利用して今までに様 な々社会開発プロジェクトが実施されていた。それらは次のとおりである。① メンバーの子供に対する奨学金の支給(2005 年から2007年にかけて、奨学生1人あたり50,000

ルピア/月で、全体として3,600,000ルピア拠出)② 有機農業トレーニングセンターでのメンバーの研修(ぼかし、コンポス、害虫予防器具の作成、1

回あたり6人から8人のメンバーが1週間研修に参加、全体で3,600,000ルピア拠出)③ 日本のNGO(アジア学院)でのリーダー要請研修(2008 年の9 ヶ月間、1人が参加、11,000,000ル

ピア拠出)

表 3 生産者組合のコーヒー販売収益とプレミアム

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3.7 認証のサスペンド・剥奪とその後のコーヒー豆の取引 以上のように、生産者組合は、数年間はフェアトレードコーヒーを生産していたが、2009年からいくつかの問題が発覚し、2009 年7月に認証がサスペンドとなった。その理由は、①プレミアムの一部を組合の運営費に回していたこと、②会議を定期的に開催しなかったこと、③提出する書類に不備があったこと(コーヒーを扱う業者のリストに漏れがあったなど)、④メンバー以外が生産したコーヒーを混入していたことである。 FLOの規則によれば、サスペンドが確定した後、6 ヶ月以内に管理を改善しなければならない。ただし、6 ヶ月以内に改善できない正当な理由が認められた場合には、その期間を伸ばすこともできる。そこで、この生産者組合は事業改善をし、2010 年1月に再度認証を復活させることができた。通常、再度認証を有効にするためにはFLOに対して追加的な資金の支払いが必要であるが、組合がその資金を支払う能力がなかったため、必要な資金の総額(2000万ルピア)のうちの半分のみを支払うことになった。2011年1月に、組合の活動は再度サスペンドとなった。その後は事業改善することができず、2011年5月に認証が剥奪された。

3.8 事例からみるフェアトレードコーヒーの現状と課題 本研究で対象としたリントン地区のコーヒー生産者組合は、日本のイオン(株)の要望もあり、日本のNGOの支援のもとフェアトレード認証を取得した。その後、フェアトレードコーヒーは日本の商社を通じて日本に輸入され、イオン(株)をはじめいくつかの企業で取り扱われた。しかし、組合自体が様 な々問題を抱えていたために、2回の認証のサスペンドを経て、2011年5月に認証が剥奪されてしまった。認証が剥奪された理由として次のことが考えられる。第一に、認証を取得し、認証を維持していくためには多額の費用がかかることである。本事例ではその費用を日本のNGOが支援したからこそ、認証取得に至ったが、その後の継続的な審査に必要な資金がなかなか準備できないという問題があった。第二に、組合の資金が不十分なために、メンバーの生産したコーヒー豆を組合が買い取ることができないことがある。メンバーは本来生産した豆をすべて組合に売ることが義務づけられていた。しかし、表3にあるように、メンバーがフェアトレードコーヒーとして組合に販売したコーヒーの割合は全体のせいぜい10%ほどであった。メンバーが組合ではなく一般のマーケットに販売したのは、組合がメンバーからのコーヒーを購入するだけの資金を用意できなかったためである。フェアトレードの規約によると、コーヒー豆を購入する輸入商社は、生産者からの要望がある場合には、生産者と契約を交わした後に総支払い額の最大60%を事前に支払うこと、支払いは輸送の8週間前までに完了することが義務づけられている(FLO, 2011)。しかし、この組合は、輸入商社に事前支払いを依頼したにもかかわらず、支払いをしてもらえなかった。そのような事情はあるにせよ、組合内で十分な資金管理ができなかったことは問題である。第三に、組織の脆弱性の問題である。組合のメンバーに有能な人材がいなかったために、結果的に組合の代表がほとんど1人でフェアトレードの管理運営をしていた。そのため、管理運営の負担が大きくなりすぎ、すべての側面に十分に目が行き届かなかった。第四に、支持基盤の脆弱さがあげられる。FLOや日本の支部フェアトレード・ラベル・ジャパン(FLJ)は認証機関であり、組合が認証を維持するのが困難になった際に、組合を支援する立場にあるわけではなかった。結局、組合は外部からの支持を得ることができなかった。 以上、調査結果からフェアトレードの抱える問題が露呈したが、一方で、フェアトレードにはプレミ

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アムによる社会開発プロジェクトの実施という利点もあった。この組合で実施されていた子供に対する奨学金の支給、メンバーへの農業トレーニングや研修の実施は、資金が確約された社会開発プロジェクトだからこそできるものであり、地域で将来活躍する人材を育成するという意味でも意義がある。 今後この組合が生産するコーヒーがフェアトレードコーヒーであり続けるためにはどうすればいいのだろうか。フェアトレードコーヒーであり続ける必要があるのだろうか。生産者にとっては、FLOのフェアトレードコーヒーとして販売するためには、認証を維持しなければならない。これは組合がフェアトレードから自律できないことを意味している。フェアトレードの制度そのものは良い側面も多いものの、フェアトレードに固守するあまり、フェアトレードであり続けること自体が目標になってはならない。重要なのは、生産されるコーヒーが社会的にも経済的にも、地域社会により多くの便益をもたらす仕組みを維持していくことである。 輸入業者や消費者にとってフェアトレードはどのような位置づけなのだろうか。フェアトレードコーヒーが生産されても、それを輸入する人、購入してくれる人がいないとフェアトレードは成り立たない。フェアトレードが地域経済を活性化し、プロジェクトを通じて社会開発に寄与する良い制度だとしても、それを購入する消費者がフェアトレードのことに無知であったり、無関心であったりしたらその存在意義が失われてしまう。オーストラリアのスーパーマーケットでは、世界の国々で生産されたフェアトレードコーヒーが多く陳列されていた。一方、日本のスーパーマーケットをみると、フェアトレードコーヒーの商品は限られている。今後日本にフェアトレードコーヒーを普及させるためには、企業などによるフェアトレード普及のための努力、消費者の意識向上などが必要であろう。

謝 辞  本研究を実施するにあたり、公益財団法人アサヒグループ学術振興財団の助成を賜りました。現地で調査を実施するに際しては、生産者組合代表のガニ・シラバン氏をはじめ、生産者組合のみなさんに多大なる協力を頂きました。心より感謝申し上げます。

参考文献

Dinas Perkebunan Sumatra Utara (2011) Luas dan Lahan Produksi Kopi di Sumatra Utara 2011.

エイムック(2009)Coffee Lovers. 枻出版社.

写真4 オーストラリアのスーパーで販売されているフェアトレードコーヒー

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フェアトレード・ラベル・ジャパン(2012)http://www.fairtrade-jp.org/about_fairtrade/000012.html, 2012 年11月22日アクセス.

FLO (2011) Fairtrade Standard for Coffee for Small Producer Organizations. Speciality Coffee Association of Indonesia (2011) Indonesia’s Arabica Coffees “Excellence in

Diversity”. 辻村英之(2009)『おいしいコーヒーの経済学 キリマンジャロの苦い現実』太田出版.渡辺龍也(2010)『フェアトレード学 私たちが創る新経済秩序』新評社.