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14 15 かな氷原,起伏に富 んだ暗い高地など。 また火山のように見 える山々も発見され ました。殊に驚くべ きはスプートニク平 原の西側で見つかっ た,多角形の模様が 浮かび上がった氷原 です。このパターン は太陽表面に見られ る粒状斑に似ていないでしょうか?もしもここに太 陽の粒状斑を作る仕組みと同じ機構がはたらいてい るなら,その表面下では対流が起こっているはずで す。米ワシントン大学の Bill McKinnon 氏は科学 Nature に発表した論文の中で,スプートニク平 原下から温度の高い窒素の氷が絶えず湧き上がって 表面地形を更新し,この多角形のパターンを作り出 したと報告しています 4。スプートニク平原にはク レーターが見られません。クレーターが無いことは その表面が新しいことを意味します。地下から湧き 上がった氷が表面に達して横に広がり,クレーター を消し去ったと考えれば辻褄が合います。冥王星は 凍りついた天体だと思われていましたが,対流を起 こす熱源があったのです。これは多くの研究者に とって驚きでした。 ハートマークの南西側はソリンと呼ばれる暗赤色 の物質で覆われているようです。ソリンは冥王星の 高層大気中で紫外線が窒素とメタン分子を分解し, イオン化させた後にそれらが再結合して小さな粒子 になるまで成長したものに,更に揮発性ガスが凝結 してできた物質です。冥王星の衛星 Charon の北極 付近にもソリンが堆積していますが,これは冥王星 のメタンガスが Charon の引力により引き寄せられ て凍結し,紫外線によってメタンが重炭化水素に変 わり,最終的に化学変化してソリンになったものと 考えられます 5New Horizons が通過した時は Charon の南極はよく見えませんでしたが,北極と 同じ現象が起きていると考えられ,ソリンが堆積し ていると思われます。 4 つの小さな衛星 StyxNixHydraKerberos は原始冥王星に巨大な天体が衝突して Charon が形 成された際に飛び散った破片が融合して形成された ものだという説が有力です。これらの衛星は,安定 した回転軸を持たずごろごろ転がりながら冥王星の 周りを公転しています。 現在,探査機 New Horizons は一つのカイパー ベルト天体(2014 MU69)に向かっており,2019 1 1 日到着の予定です。 2.日本が関係する現在〜将来の惑星探査 現在,日本の探査機はやぶさ 2 2018 年夏の到 着をめざして小惑星 Ryugu に向かって航行中です。 Ryugu C 型と呼ばれる小惑星の一つであり,太 陽系初期に形成された含水鉱物や有機物を今も保有 していると考えられます。Ryugu の探査を通し, 地球にある水や有機物の起源に関する手がかりが得 られるはずです。はやぶさ 2 2020 年に Ryugu らの試料を持ち帰る予定です 6更に 2020 年代には火星の衛星 Phobos Deimos から試料を持ち帰る計画もありますし 7,木星氷衛 星探査計画 ガニメデ周回衛星 JUICE に参加し 8木星の形成や衛星の生命存在可能性に迫ることも検 討されています。Europa Ganymede 9は内部に 海を持つ可能性が指摘されており,そこには現在で も生命が存在しているかもしれません。 参考文献 1山下直之(2015)遊・星・人(日本惑星科学会誌)24, 326 2Küppers et al. 2014Nature 505, 525 3Prettyman et al. 2016Science 355, 55 4McKinnon et al. 2016Nature 534, 82 5Grundy et al. 2016Nature 539, 65 6http://www.hayabusa2.jaxa.jp 7http://mmx.isas.jaxa.jp/index.html 8https://juice.stp.isas.jaxa.jp 9Saur et al. 2015J.Geophys.Res.Space Physics, 120, 1715 惑星探査が花盛り 千葉工業大学 惑星探査研究センター 吉田 二美 1.最近の惑星探査 ここ数年,太陽系の惑星探査が華々しい成果を挙 げています。研究会で次々に披露される最新の画像 の美しさと目新しさには目を奪われます。ここでは そんな惑星探査から得られた最新の知識を幾つか紹 介してみたいと思います。 異なる素顔の二大メインベルト小惑星 Vesta と Ceres 2007 9 27 日に打ち上げられた NASA の探査 Dawn はメインベルトにある大型の小惑星 Vesta 2011 2012 年)と Ceres 2015 年~現在)を訪れ, 両方の天体表面が多数のクレーターで覆われている ことを明らかにしました。Vesta の探査では分化し た母天体由来と考えられている HED 隕石(ホワル ダイト - ユークライト - ダイオジェナイトの頭文字) Vesta 由来であるという確証が得られました。メ インベルトの比較的内側に位置する Vesta の表面に 含水鉱物と炭素が発見されたことは予想外でしたが, Dawn に搭載されたガンマ線及び中性子検出器 GRaND)が水素の分布を調べた結果,これらは Vesta 表面に長期間にわたり降り注いだ炭素質コン ドライトによってもたらされたと結論されました 1Ceres については Dawn が到着するより前に, Herschel 宇宙望遠鏡の観測により水蒸気の存在が 報告されていましたが 2Dawn Ceres 表面の至 る所に氷が存在することを突き止めました。Ceres が形成されて間もなく岩石から氷が分離して氷に富 んだ地殻層が形成されたこと,またその氷が数十億 年にわたってこの天体の表面に残ることを支持する データが得られました 3Vesta Ceres の水素量は Ceres の方が圧倒的に 多く,Vesta dryCeres icy な天体と言えます。 ●玉ねぎ構造の Churyumov-Gerasimenko 彗星 2004 3 2 日に打ち上げられ,2014 8 月に Churyumov-Gerasimenko 彗星に到着した ESA 探査機 Rosetta は,Churyumov-Gerasimenko 彗星 核の複雑な形状を明らかにしました。 この彗星は 2 つの塊 が衝突して合体し,こ のような形になったと 考えられます。高分解 能で撮られた地形の分 析から,この彗星核は 固い物質と柔らかい物 質が交互に積み重なっ た,玉ねぎのような層 構造をしていることがわかりました。このような層 構造ができるということは,彗星核が非常にゆっく りと成長してきたことを示唆しています。 水素同位体(D/H)比の分析からは,この彗星に 太陽系形成以前に凝結した物質が含まれている可能 性があることがわかりました。 ●驚くべき冥王星の姿とその衛星系 NASA の探査機 New Horizons 2006 1 19 日に打ち上げられ,2015 7 14 日に冥王星のそ ばをわずか 3 分間で通過しました。New Horizons が撮影した冥王星の画像が初めて公開された時,そ の表面にある差し渡し 1200 km のハートマークには 誰もが驚きました。非公式にですがこのハートマー クはスプートニク平原と呼ばれています。冥王星の 表面について,大方の研究者はクレーターに覆われ た単調な地形を予想していました。しかし冥王星に は実に多様な地形が見られました。多数のクレー ターが見られる氷丘,乱雑に隆起した山々,なめら Vesta Ceres Hydrogen (weight%) 0 0.04 Hydrogen (weight%) 1.8 3.2 図1 Vesta と Ceres の水素の分布図。Ceres の 方が圧倒的に水素量が多い。 ©NASA/ JPL-Caltech/UCLA/MPS/DLR/IDA/PSI 図2 Churyumov-Gerasimenko 彗 星 の 彗 星 核 ©ESA/ Rosetta/NAVCAM 図3 冥王星(右下)と衛星カロン (左 上)Ralph/Multispectral Visual Imaging Camera (MVIC)が撮影した青色,赤 色,赤外線の合成画像 ©NASA/JHUAPL/SwRI 図4 スプートニク平原の西端の多角形の模様が浮か び上がった氷原 ©NASA/JHUAPL/SwRI

惑星探査が花盛り 図2 Churyumov-Gerasimenko 彗星の彗星核 ©ESA/ Rosetta/NAVCAM 図3 冥王星(右下)と衛星カロン (左上) Ralph/Multispectral Visual Imaging

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かな氷原,起伏に富んだ暗い高地など。また火山のように見える山々も発見されました。殊に驚くべきはスプートニク平原の西側で見つかった,多角形の模様が浮かび上がった氷原です。このパターンは太陽表面に見られる粒状斑に似ていないでしょうか?もしもここに太陽の粒状斑を作る仕組みと同じ機構がはたらいているなら,その表面下では対流が起こっているはずです。米ワシントン大学の Bill McKinnon氏は科学誌 Natureに発表した論文の中で,スプートニク平原下から温度の高い窒素の氷が絶えず湧き上がって表面地形を更新し,この多角形のパターンを作り出したと報告しています 4)。スプートニク平原にはクレーターが見られません。クレーターが無いことはその表面が新しいことを意味します。地下から湧き上がった氷が表面に達して横に広がり,クレーターを消し去ったと考えれば辻褄が合います。冥王星は凍りついた天体だと思われていましたが,対流を起こす熱源があったのです。これは多くの研究者にとって驚きでした。

ハートマークの南西側はソリンと呼ばれる暗赤色の物質で覆われているようです。ソリンは冥王星の高層大気中で紫外線が窒素とメタン分子を分解し,イオン化させた後にそれらが再結合して小さな粒子になるまで成長したものに,更に揮発性ガスが凝結してできた物質です。冥王星の衛星 Charonの北極付近にもソリンが堆積していますが,これは冥王星

のメタンガスが Charonの引力により引き寄せられて凍結し,紫外線によってメタンが重炭化水素に変わり,最終的に化学変化してソリンになったものと考えられます 5)。New Horizonsが通過した時はCharonの南極はよく見えませんでしたが,北極と同じ現象が起きていると考えられ,ソリンが堆積していると思われます。

4つの小さな衛星 Styx,Nix,Hydra,Kerberos

は原始冥王星に巨大な天体が衝突して Charonが形成された際に飛び散った破片が融合して形成されたものだという説が有力です。これらの衛星は,安定した回転軸を持たずごろごろ転がりながら冥王星の周りを公転しています。現在,探査機 New Horizonsは一つのカイパー

ベルト天体(2014 MU69)に向かっており,2019年1月 1日到着の予定です。

2.日本が関係する現在〜将来の惑星探査現在,日本の探査機はやぶさ 2が 2018年夏の到

着をめざして小惑星 Ryuguに向かって航行中です。Ryuguは C型と呼ばれる小惑星の一つであり,太陽系初期に形成された含水鉱物や有機物を今も保有していると考えられます。Ryuguの探査を通し,地球にある水や有機物の起源に関する手がかりが得られるはずです。はやぶさ 2は 2020年に Ryuguからの試料を持ち帰る予定です 6)。更に 2020年代には火星の衛星 Phobosと Deimos

から試料を持ち帰る計画もありますし 7),木星氷衛星探査計画 ガニメデ周回衛星 JUICEに参加し 8),木星の形成や衛星の生命存在可能性に迫ることも検討されています。Europaや Ganymede9)は内部に海を持つ可能性が指摘されており,そこには現在でも生命が存在しているかもしれません。

 参考文献1) 山下直之(2015)遊・星・人(日本惑星科学会誌) 24, 3262) Küppers et al.(2014)Nature 505, 525

3) Prettyman et al.(2016)Science 355, 554) McKinnon et al.(2016)Nature 534, 82

5) Grundy et al.(2016)Nature 539, 65

6) http://www.hayabusa2.jaxa.jp

7) http://mmx.isas.jaxa.jp/index.html

8) https://juice.stp.isas.jaxa.jp9) Saur et al.(2015)J.Geophys.Res.Space Physics, 120, 1715

惑星探査が花盛り

コ ラ ム

千葉工業大学 惑星探査研究センター 吉田 二美

1.最近の惑星探査ここ数年,太陽系の惑星探査が華々しい成果を挙げています。研究会で次々に披露される最新の画像の美しさと目新しさには目を奪われます。ここではそんな惑星探査から得られた最新の知識を幾つか紹介してみたいと思います。●異なる素顔の二大メインベルト小惑星VestaとCeres

2007年 9月 27日に打ち上げられた NASAの探査機 Dawnはメインベルトにある大型の小惑星 Vesta

(2011~ 2012年)と Ceres(2015年~現在)を訪れ,両方の天体表面が多数のクレーターで覆われていることを明らかにしました。Vestaの探査では分化した母天体由来と考えられている HED隕石(ホワルダイト -ユークライト -ダイオジェナイトの頭文字)が Vesta由来であるという確証が得られました。メインベルトの比較的内側に位置する Vestaの表面に含水鉱物と炭素が発見されたことは予想外でしたが,Dawnに搭載されたガンマ線及び中性子検出器(GRaND)が水素の分布を調べた結果,これらはVesta表面に長期間にわたり降り注いだ炭素質コンドライトによってもたらされたと結論されました 1)。

Ceresについては Dawnが到着するより前に,Herschel宇宙望遠鏡の観測により水蒸気の存在が報告されていましたが 2),Dawnは Ceres表面の至る所に氷が存在することを突き止めました。Ceres

が形成されて間もなく岩石から氷が分離して氷に富んだ地殻層が形成されたこと,またその氷が数十億年にわたってこの天体の表面に残ることを支持する

データが得られました 3)。Vestaと Ceresの水素量は Ceresの方が圧倒的に

多く,Vestaは dry,Ceresは icyな天体と言えます。

●玉ねぎ構造のChuryumov-Gerasimenko 彗星2004年 3月 2日に打ち上げられ,2014年 8月に

Churyumov-Gerasimenko彗星に到着した ESAの探査機 Rosettaは,Churyumov-Gerasimenko彗星核の複雑な形状を明らかにしました。この彗星は 2つの塊

が衝突して合体し,このような形になったと考えられます。高分解能で撮られた地形の分析から,この彗星核は固い物質と柔らかい物質が交互に積み重なった,玉ねぎのような層構造をしていることがわかりました。このような層構造ができるということは,彗星核が非常にゆっくりと成長してきたことを示唆しています。水素同位体(D/H)比の分析からは,この彗星に太陽系形成以前に凝結した物質が含まれている可能性があることがわかりました。

●驚くべき冥王星の姿とその衛星系NASAの探査機 New Horizonsは 2006年 1月 19

日に打ち上げられ,2015年 7月 14日に冥王星のそばをわずか 3分間で通過しました。New Horizons

が撮影した冥王星の画像が初めて公開された時,その表面にある差し渡し 1200kmのハートマークには誰もが驚きました。非公式にですがこのハートマークはスプートニク平原と呼ばれています。冥王星の表面について,大方の研究者はクレーターに覆われた単調な地形を予想していました。しかし冥王星には実に多様な地形が見られました。多数のクレーターが見られる氷丘,乱雑に隆起した山々,なめら

Vesta Ceres

Hydrogen (weight%)0 0.04

Hydrogen (weight%)1.8 3.2

図 1 Vesta と Ceres の水素の分布図。Ceres の方が圧倒的に水素量が多い。©NASA/JPL-Caltech/UCLA/MPS/DLR/IDA/PSI

図 2 Churyumov-Gerasimenko彗 星 の 彗 星 核©ESA/Rosetta/NAVCAM

図 3 冥王星(右下)と衛星カロン(左上)Ralph/MultispectralVisual Imaging Camera(MVIC)が撮影した青色,赤色,赤外線の合成画像

©NASA/JHUAPL/SwRI

図 4 スプートニク平原の西端の多角形の模様が浮かび上がった氷原©NASA/JHUAPL/SwRI