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授業設計における一般化と拡張を志向した 算数的活動の構成の様相 友定章子,姫田恭江,溝口達也 vol.9, no.1 Nov. 2006 鳥取大学 数学教育学研究室 Tottori Journal for Research in Mathematics Education ISSN 1881!6134 Site URLhttp://www.fed.tottori-u.ac.jp/~mathedu/journal.html

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授業設計における一般化と拡張を志向した算数的活動の構成の様相

友定章子,姫田恭江,溝口達也

vol.9, no.1

Nov. 2006

鳥取大学 数学教育学研究室

鳥取大学数学教育研究Tottori Journal for Research in Mathematics Education

ISSN 1881!6134

Site URL:http://www.fed.tottori-u.ac.jp/~mathedu/journal.html

             

授業設計における一般化と拡張を志向した算数的活動の構成の様相

友定章子米子市立住吉小学校  

姫田恭江鳥取大学附属小学校  

溝口達也鳥取大学

1.はじめにわれわれは,日々の授業において,子ど

もの数学的な見方・考え方の育成を図る上で,子どもの数学的問題解決力を促進することをねらう。従って,日々の授業は自ずと問題解決の様相を呈することとなる。これは,単に算数・数学の授業形態を,そうした型にはめ込もうとすることを意味するものではない。このような批判に対して,われわれは次のように問いを返すものである。すなわち,1)そのようにはめ込まれようとする型は,そもそも算数・数学学習の本性から見て意味を有しないものであるか,2)もしそのような型がなにがしかの意味を有するものであるならば,実際に「型にはめ込む」という行為は,無批判に行い得るものであるか(すなわち,そこに教師の創意工夫は見られないのか),というものである。われわれは,こうした問いに対して,肯定的に答える立場に立つ。そのような立場に立つとき,次に,当該

の教材に応じて,いかなる授業の設計が求められるか,が問われる。この場合にも,やはり授業形態の問題(すなわち,学習集団の規模や(物理的な)道具の問題等)も考えられるが,一方で,当該の教材に対して作り上げられる数学的知識・概念の構成の仕方にも目が向けられるべきであると考える。すなわち,算数・数学の授業としての問題解決は,単に与えられた問題が解決されればそれでよしとされるのではなく,

その問題の解決を通していかなる数学的知識・概念が構成されるべきかという点である。このとき,実際の授業では,当該の問題の解決の一般化や拡張,あるいは体系化といった活動が期待される。従って,教師は,その授業設計において,いかにしてそのような一般化や拡張を実現するかを検討する必要が生じる。

しかしながら,この一般化や拡張は,少なくとも授業においていかなる過程を経ていくことがこれを実現することになり得るか,という点については,これまであまり指摘されてこなかった。本研究の目的は,算数(数学)(以下同

様)の問題解決授業を設計する上で,一般化と拡張を志向する「練り上げ」場面における算数的活動の展開の様相を記述し,これらを特徴づけることで,両者の授業構成上の相違点を明らかにすることである。このために,本研究では,先ず算数の授

友定,姫田,溝口; 授業設計における一般化と拡張を志向した算数的活動の構成の様相

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問 題

支援

支援

支援

支援

課題1

課題2

課題n

評価問題/振り返り

一般化・拡張・体系化

練り上げ自力解決 統合的発展的考察

算数・数学的活動A

算数・数学的活動B

算数・数学的活動C

算数・数学的活動B

算数・数学的活動C

算数・数学的活動N

図1 算数・数学の問題解決授業モデル

業として組織される問題解決の必要性を,子どもの算数学習の意味とそこで培いたい教育的意図から述べ,続いて,その構成について,「算数的活動」の組織化として展開する。以上のような授業構成の環境を整えた上で,授業実践,特に「練り上げ」の場面を通じてそこで展開される算数的活動の構成の様相の差異として,一般化と拡張を特徴づける。

2. 子どもの算数学習と問題解決2.1 算数学習の基本的な考え方授業を設計するにあたり,われわれは算

数・数学学習に対する基本的な考え方を整理しておく必要がある。なぜならば,学習観の違いはそのまま授業の構成に反映されるものであるからである。従来からも,様々な立場・分野で学習に係わる議論がなされてきているが,ここではそれらの吟味・検討については省略し,われわれの立場を明確にすることにとどめる。われわれは,日々学習指導を通して子ど

もに望ましい人間性を形成してほしいと期待する。そのためにわれわれは,算数学習を通して,子どもの思考がそれまでよりも高次のものへと発展することを期待する。しかし,子どもは「学習」しようとして学習するわけではない。ある活動を経たとき,結果としてそれが,教師の視点から見れば「学習」であると映るのである。このとき子どもが行うことは,ある場面に直面して何らかの問題を意識し,それを解決しようとすることである。そうした問題は,しばしば 子どもの直面する困難として生じる。子どもが困難に直面し努力する必要があるような場合「学習」が成立するのである。 従って,子どもが問題を解決する際,ほとんど努力を要しないような場合,われわれは「学習」の程度としては,それほど高いものとしては認めない。無際限な困難

を想定する必要はないが,問題を解決する上で,子どもにとって相当の努力を要するような場合,高い程度の「学習」と認めることになる。(溝口, 1995)

以上のように示される算数・数学の学習観は,次に実際の授業構成においてどのように反映されるかを述べる必要がある。以下では,われわれが期待する子ども像を描き出すことで,その教育的意図を示し,続いて,これが算数・数学教育の目標とする数学的な見方・考え方の育成,従って子どもの数学的問題解決力の促進といかなる関係として認められるかについて議論を展開する。

2.2 創造的実践力の育成と問題解決Haylock(1987) は,学校数学における子

どもの創造性 creative ability を評価することを検討する上で,2つの鍵となる側面の現出を指摘する。それは,数学的問題解決における固着 fixations を克服する能力,及び数学的な場における多様な産出 divergent

production に関する能力である。一方で,創造性という語は,様々な分

野,文脈で用いられる。われわれは,いまこの語を教育,しかも算数・数学教育という営みにおいて考究の対象とするのであるが,一般に創造性が語られるとき,それは,次の3つの様相として述べられることが多い。すなわち,「独創性」「流暢性」「柔軟性」である。「独創性」とは,文字通り,これまでに誰も考えていないような,その個人独自のアイデアの創出によるものを意味する。「流暢性」は,当該のことがらに対して,より多くのものを創出する様相を表す。また「柔軟性」は,当初当該のことがらとは無縁であると思われたようなものに対して,これを結びつけることで新しい何かを生み出すことである。これらの3様相は,なるほど多くの先行研究にお

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いて議論されてきているように,われわれの考える「創造性」を明瞭に説明し,記述しているように思われる。しかしながら,教育の営みに携わるわれわれは,子どもがこれこれの「創造性」を示すことができたといくら分析できたとしても,それでは十分ではなく,むしろいかにして子どもに「創造性」を実現し得るか,が課題として残されることになる。それでは,われわれは,上に示された3

様相としての「創造性」を果たして子どもにいかに実現するべきであるか。このとき,「柔軟性」については,後述するように教授・学習上の問題として定立し得ることは可能であろう。しかし,「流暢性」については,そのことの価値は認め得たとしても,それではいかにしてそのことが具体的に学習指導の対象となり得るかといえば,「他の考え方はないだろうか」の類いの支援に象徴されるように,厳密な意味においては個々の子ども自身が実現することを待つ以上に,現在のわれわれが有する手だてはない。そのことは,もう一つの様相である「独創性」にも関わることとして考えられ,実際の学習指導においては,われわれ教師は,いわゆる「別解」を子どもが想起するために,具体的な視点の変更やそこで用いられる新たな(数学的)道具の示唆を行うのが普通である。もちろん,ここでこのことを否定する意図はなく,「独創性」という様相から見たとき,それは既に子どもによって実現されたものとはなっていないことを示したいのである。この点において示されるように,子どもの算数・数学学習において期待される「創造性」は,言わば「開かれた創造性」といった語義の純粋な意味において子どもに依存するものというよりは,むしろ教育的に,従って教師によって「期待される創造性」である。換言すれば,「創造性」に対して,われわ

れはこれを《目的》概念(目的としての「創造」)として捉えるのではなく,《方法》概念(方法としての「創造的」)として教育の営みにおいてその実現を図ることを意図することが要請される。目的としての「創造」は,既存の知識・概念等の延長としては,いかにしても可能ではなく,これらとは異なるものを新しく構成することによって初めて可能となる。そのようなことを学習の主体である子どもたちに求めることは ,果たして適当であろうか。そうではなく,われわれは,当該の教育目標を実現するにあたり,あたかも子どもたち自身が,数学的知識・概念等を発見し,構成し,導き出したものであるかのような場の構成を図ることを通して,子どもたちが《真理に対する責任の担い手》として成長していくことを期待するのである。そこで,上述のような学習観に立つと

き,われわれは次のように述べられる「創造的実践力(創造性の基礎)」を子どもに培うことをねらう:

! 困難に直面しても,果敢に立ち向かい克服していける子ども;

! 学んだ数学的な見方・考え方(知識・技能等)を,学んだ以上に使いこなせる(実践できる)子ども;

! 学んだことを生かして,さらに新しいことを生み出せる子ども。

われわれは,これまで数回の学習指導要領の改訂を経てきた。そこにおいて,算数科ならびに数学科の教科としての目標の変遷を見た。そのそれぞれに,固有の特徴があり,常にわれわれの教育実践を方向づけてきたことは否定されるものではない。しかしながら,そこに一貫して脈々と流れる算数・数学教育の目的として,われわれは《数学的な見方・考え方の育成》を見ることができる。

友定,姫田,溝口; 授業設計における一般化と拡張を志向した算数的活動の構成の様相

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数学的な見方・考え方は,文字通り「見方・考え方」であり,それ自体われわれにとって観察不可能である。このとき,前節の指摘を受ければ,まさに数学的な見方・考え方が生きて働く場として,われわれは数学的問題解決をおくのである。すなわち,問題解決における活動を通して,子どもの数学的な見方・考え方を顕在化させ,これをもって観察可能な対象とすることを意図するのである。このことは,評価の問題とも不可分な関係にあり,われわれは目標として数学的な見方・考え方を掲げる以上,これを評価する必要がある。上述の通り,観察不可能な対象を評価するにあたり,観察可能な問題解決における子どもの活動を通してこれを評価することを考えたいのである。従って,次に問題とされるのは,問題解決における子どもの活動であり,われわれは,以下に述べるようにこれを「 算数的活動」として位置づけたいと考えるのである。(溝口, 2000)

3.問題解決と算数的活動3.1 算数(数学)的活動目標に対する(方向づけられた)評価の

対象としての活動は,従って,教師の目から見たときにそこに数学的価値の備わったものとして認められる必要がある。単に,何か操作をしていたり,思いを巡らしていたりすればよいとするものではなく,「算数的活動」はこの意味で理論負荷的な対象である(ハンソン, 1986)。そして,そのことは教師側に終始していてよいとされるものではなく,次には子ども自身がそのことを自覚的に行うことを目指したい。すなわちこうした考えの基に,「算数的活動」は,子どもが算数の問題解決において,合目的的に行う活動であり,そこには当該の数学的価値が負荷されていると見なされるのである。それゆえ,「算数的活動」は,

子どもがそのようにするであろうと《予想される》対象ではなく,まさに《期待される》それとして位置づけられなければならないのである。実際の,子どもの算数・数学学習におい

ては,個々の教材に固有なものとして「算数的活動」は特定されるべきものである。このとき,そのような「算数的活動」は,一意に認められるものとして特定されるべきではない。すなわち,われわれは,子どもの学習においてこれを期待するならば,そこには一連の系列としての多様な様相をおく必要がある。換言すれば,子どもが困難としての問題場面に直面したとき,必ずしも一足飛びに,あるいは一様な方向性をもって解決へといたるとは限らない。そのために,われわれは,いかなる数学的価値を有する活動を子どもがいかに経験することによって,真の問題の解決へといたり,かつこれを子どもが評価し得るかを教授上の問題として,同定する必要がある。

3.2 自力解決の相における算数的活動の組織化自力解決について通常見られるのは,授

業にあたり,教師が児童・生徒の予想される反応を列挙することである。このことは,それ自体否定されるものではないし,むしろ(学級・教科の)担任であれば,個々の子どもがおよそどんな行動をするであろうかと予想できることは,望ましいことである。しかしながら,いわゆる「個人差に応じた指導」についての次のような指摘は,授業を設計していく上で極めて重要なことである;「2人の学習者A,Bが,異なる解決(考え方)を実行することが,直ちに教授上の問題となるのではなく,AとB

に対して,同一の対応でよいのか,それとも異なる対応を必要とするのかが問われ,それによって何種類の対応が必要とされる

友定,姫田,溝口; 授業設計における一般化と拡張を志向した算数的活動の構成の様相

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かが定まる。」(伊藤,1993)すなわち,個人差に応じた指導(解決予想)の根拠は,学習者の可能な解決パターンにあるのではなく,教授上いかなる指導(支援)が要請されるかにある。それでは,そのような「支援」は何に対して,何のために実施される必要があるか。このとき,われわれは子どもの算数・数学的活動に焦点をあてたいと考えるのである。ここで言う「算数・数学的活動」は,単に操作活動や実験的活動のみを意味するのではない。先述の通り(cf. 3.1),「算数・数学的活動」とは,《子どもが算数・数学の問題解決において,合目的的に行う活動であり,そこには当該の数学的価値が負荷されていると見なされる》とするものであり,ここで数学的価値を負荷して子どもの活動を見るのは教師である。そのように負荷された数学的価値が,学習の結果,子どもにも移譲されることをねらうのである。従って,従来「予想される反応」として捉えてきた子どもの活動は,(教師によって)「期待される活動」として捉え直され,これによって,個々の活動には,それぞれどんな数学的価値を負荷するか,ということが位置づけられることとなる。このとき,それでは従来の「予想される反応」は全くその役割を果たさないかといえば,決してそうではない。いくら素晴らしい数学的価値が負荷されようとも,子どもの実態と全くかけ離れた活動を期待するわけにはいかない。また,「期待される」ということは,必ずしも子どもの反応としては予想されないものも含むということであり,従って,次に「支援」が問題とされるわけである。先の指摘にもあったように,支援は子ど

もの個人差に応じた手だてである。しかし留意すべきことは,単に問題の解決を直接的に導くようなものではないということである。上述のように,われわれは期待され

る算数・数学的活動を位置づけた。それらは,それぞれが価値負荷的なものであった。従って,個々の活動は,どれかひとつを子どもが経験すればよいとされるものではなく,(必ずしも自力解決の場だけでとは限らないが)授業全体を通してすべての子どもがこれらの活動を経験することに値打ちがある。そのため,「支援」は,そうした個々の活動の橋渡しとして,子どもの活動の水準を適切に高めていくものでなければならない。そのような自力解決の過程を踏むことが,次の練り上げの場において,真に練り上がっていく様相を,一人一人の子どもが経験し得るものとなる。

3.3 練り上げ:統合的発展的考察まず最初に確認しておくべきことは,練

り上げの場は,決して子どもの解決の発表会であったり,ましてや品評会ではない,ということである。練り上げは,数学的知識や概念についての社会的構成を意図して行われるものといってよい。われわれは,先に学習を子どもの困難の克服と位置づけた。そのような困難は,子どもが個々に克服すべきものであるものの,克服によって達成される認識(知識,概念,等)は個人的であるべきではない。すなわち,社会的に共有される・受け入れられるとされる知識・概念等ををその達成において意図するのであり,学習指導の過程における個々の子どもの個人的な知識の変容を教授学上の

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教育的価値の実現

目 標 の 達 成 期待する活動C

期待する活動B

期待する活動A 支援

支援

図2 活動と支援のモデル

問題として,自力解決の場を置くのである。この意味で,自力解決のための練り上げではなく,練り上げのための自力解決である,ということができる。すなわち,自力解決の過程で,子どもが様々なことを考えたのだから,是非これらを他の子どもに紹介したい,として練り上げが行われるのでは決してなく,練り上げを首尾よく実施しようとするとき,そこにはどうしても個人差が顕在化し,通常授業の最初から練り上げに入ることが不可能なため,まず自力解決の場を置くのである。従って,すべての子どもたちが練り上げの場に参加できることが,必須要件となる。しかしながら,それでもなお,より重要

なこととして,「練り上げ」とは何かと言う根本的問題にわれわれは答える必要がある。数学的問題解決の授業では,所与の問題の解決が得られればそれでよいとされるものではない。そのような問題解決(の過程)を通して,数学的な概念,知識,技能,等を作り上げていくことにこそそのねらいがあると言ってよい。従って問題の解決が得られることは,真の練り上げの開始であると見ることもできる。再度,算数・数学教育の目標に立ち返るならば,それは「数学的な見方・考え方の育成」と述べることができるが,われわれはこのことを子どもの問題解決力の育成ということに還元して目的の達成を図ろうとするのであった。ここで,「数学的な見方・考え方」を育成するとは,「算数・数学にふさわしい創造的な活動ができるようにすること」と言われることもある(中島, 1981)。このとき,そのような「創造的な活動」の典型として《統合的発展的考察》が指摘される。統合的発展的考察とは,「統合による発

展を目指した考察」であり,われわれは,まさに統合的発展的考察こそが練り上げの場で行われることとして捉えたいのであ

る。本研究で対象とする一般化や拡張は,まさにこの統合的発展的考察の実際の様相として認められるものである。ともすると,問題解決の授業は,提示された問題が解決されることをもって語られることもあるが,本研究の立場はこれとは異なり,そうした問題の解決を手がかりとして,それを基にどこまで新しい算数を作り出していけるか,といった「練り上げ」を目指すものであり,一般化や拡張はまさにそのような活動として位置づけられるものである。

4.算数的活動による一般化と拡張の特徴づけ

4.1 一般化小学校第6学年における《比の利用》に

ついての以下のような授業場面(2005年12

月16日実施)について議論しよう。授業で提示された問題は,次の通りであ

る :下の図における(三角形,平行四辺形,台形の)面積の比を求めなさい

3 4 2

問題が提示された後,およそどんな面積の比になりそうかという予想が確認されるが,児童から提出された予想は図に示された辺の比そのものであり,児童自身も実際の図形の大きさに合わないことから,これに疑問を抱くことになる。その後,自力解決に進むが,本授業において期待された算数的活動は,以下の通りであった。活動A:「高さ」に何らかの具体的数値を当

てはめてそれぞれの図形の面積を算出活動Aでは,面積を求める上で必要な高

さが与えられていないことから,仮想的に高さをたて,その比を求める。このとき,

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高さはどんな値であっても面積の比は不変であることの認識が要請される。活動B:それぞれの図形を三角形に分割し,

面積の比を底辺の和の比に還元活動Bでは,活動Aにおいて個々の図形の

求積公式を利用するのに対し,ただ一つの求積公式を利用することで,求める面積の比を簡潔に表すことが実現される。活動C:それぞれの図形を台形とみなし,面

積の比を(上底+下底)の比に還元活動Bで,一つの観点により問題の解決

を図っているものの,そのために図形に補助線を加えるという操作が必要とされた。これに対し,活動Cでは,そのような操作を必要とせず,むしろ観点そのものに変更を加えることにより問題が解決される。実際の練り上

げの様子は,以下の通りである。先ず,自力解決の結果,すべての児童が,求める面積の比が 3:8:7 であることを得ていたことから,いかにしてこの比が求められたかに議論の焦点があてられる。先ず,上述の

活動Aが取り上げられ(発表児童は,高さを5とおいた),さらに,この高さがどんな値であってもよいことが,比を簡単にする操作の中で確認される。そして教師から,そこに 3,4+4,5+2 という数が見えてくることが示唆される(ただし,ここでは,それらが直接的に問題の解決になることは示され

ない)。さらに,同様のアイデアで,高さを□で表すという一般化が児童によって発表される。ここでも,児童によって求める比が 3:(4!2):(5

+2) となることが示されるが,それは上記同様,比を簡単にしていった結果得られたものであった。続いて,別の

児童から,上記の活動Bが発表される。ただし,この発表においては,求める比が,純粋に「底辺の和の比に還元」されるといったものではなく,先の高さを□で表すというアイデアが引き続き用いられている。そこで教師から,問題の図に表される図形をすべて三角形と見る,といった視点が提供される。児童は,これによって,発表した児童の解決をよりよく理解することになる。そして,そのような見方をするならば,さらにどんな考え方が可能かということが示唆され,上記の活動C

が,別の児童から発表される。活動Cが発表さ

れたとき,多くの児童が,その解決を理解できていなかった(すなわち,自力解決においては,必ずしもそこまで活動が促進していなかった)。しかし,発表者とは異なる児童の発言により,教室の他の児童がそのアイデアに気づくことになる。すなわち,

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上述のように,何の補助線も必要とせず,すべての図形を一つの観点によって見る見方である。これによって,児童は,教師が練り上げの最初に示唆した辺の比の和が,問題の解決であることを真に理解することとなる。この授業を,われわれの関心事である

《一般化》から見ると,次のように議論される。活動Aを展開する中で,高さが具体的な数値から□を用いて表すという一般化がなされたが,本授業で指摘されるべき重要な一般化はこれとは別の点にある。活動Cにおける観点の変更を指摘したが,より詳しく述べれば次の通りである。活動Bにおける求積公式の利用は,公式が直接適用できるために図形を個々の三角形に分割したことは上に述べた通りである。一方活動Cでは,台形の求積公式を利用しやすいように図形に操作を施しているわけではない。台形の定義に基づいて,平行四辺形を台形の仲間として見る(包摂関係)ことで, この公式をより広い範囲に適用できるようにしている。さらに,このような見方を(直角)三角形にも拡げて見ているのである。このとき,台形の求積公式には,何らこれまでと変更がなされたわけではない。言わば,既知の数学的アイデアを,これまで以上にその適用範囲を拡大していると指摘できる。換言すれば,台形の求積公式の利用の《一般化》が行われたといえる。

4.2 拡張以上の《一般化》に対して,算数・数学

学習における《拡張》の場面として典型である(!小数)の乗法の意味の拡張の場面について検討しよう。乗法の意味の拡張とは,言うまでもなく,(!整数)の場面で,

乗法の意味が「同数累加」であったのに対して,この意味づけでは(!小数)の意味をうまく説明することができないため,これを「割合としての意味」すなわち,A!p について,「Aを1と見たときにそのpにあたる大きさ」として意味づけることである。以下では,実際の第5学年の《小数の乗法の意味の拡張》の授業(2004年7月8日実施)を考察することとしよう。授業で提示さ

れた問題は,次の通りである:1m

が80円のリボンがあります。このリボン2.5mのねだんはいくらでしょう。問題が提示された後,求める値段が,

80!80=160よりは大きく,80!3=240よりは小さいことが見積もられる。かけ算は,はじめ同数累加として意味づけられる。すなわち,当初そのような「問い」の下に考察されたものである。しかし,時間とともにそのような「問い」は失われ,結果として,子どもは,同数累加の意味にもはや無自覚である。それゆえ,子どもは,80!2.5

の立式に対して,それほど抵抗を感じることがなくなっている。これが,本時の教授学的問いが定立される所以である(溝口,

2004)。引き続き,教

師から,児童の見積もりが「80円の2こ分/3こ分」を意味することから,当該の問題場面が「80円の2.5こ分」と解釈され,その妥当性が問われる。 この際,児童から,80!2.5=80+80+40のアイデアが提案されるが,これがこれまでのかけ算の意味とは一致しないことが話し合われる。これにより,本時の課題が,当該の問題の解決を通して「かけ算の新しい意味を

友定,姫田,溝口; 授業設計における一般化と拡張を志向した算数的活動の構成の様相

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考える」ことであることが確認される。自力解決の

後,児童から様々な解決のアイデアが発表される。しかしながら,そこでの算数的活動の展開は,前述の《一般化》の場面の様相とは異なるものである。このとき,新しく作られる意味は,(!整数)の意味を基にして考えられるものではない。むしろ,新しい意味ができた後に,これまでの(!整数)の意味との比較を通じて,これを取り込んでいくこと,換言すれば統合していくことになる。これが《拡張》である。拡張とは,普通次のように述べられる:《領域Dで意味Mが成り立つ。D

を含むより広い領域D’において成り立つ意味M’が,Dに限定したときMと同値であるとき,M’はMの拡張であるという。》もしそうであるならば,(!小数)について乗法の意味を拡張しようとするとき,少なくとも次のような活動の様相が要請されることになろう:1)整数の場合に成り立ったかけ算の意味が,小数の場合(!小数)では,不

都合であることの認識;2)小数の「乗法」の意味をつくる/小数の場合に成り立つ意味の構成(この時点では,厳密にはまだ乗法であるとは宣言できない);3)新しくつくった意味と,既に在る意味との比較;4)

既に在る意味を,新しい意味に統合。本授業においては,上記の 1) の活動が,問題提示の相で展開され,これに引き続いて,自力解決の相で,児童は 2) の活動を様々に創意工夫する。練り上げの相では,そうした児童の解決を基に,3)~4) の活動が展開されたものである。

4.3 一般化と拡張の展開の様相の比較ここでわれわれが議論すべきことは,

《拡張》の《一般化》との違いである。上述のように,《拡張》は,はじめに拡張されるべき意味(概念)が所与のものとして示された上で初めて可能であるということである。これに対し,《一般化》は,既知のものを文字通り一般化していくことであり,そこには認識上の方向性が認められる。すなわち,両者は認識論的に見て,かなり違った様相を呈するであろうということである。《拡張》と《一般化》は, どちらも数学的な見方・考え方(の育成)として必要かつ重要なものであることは間違いない。両者はよく混同されて用いられることもあるが,上記のような検討を踏まえるならば,明確に区別されるべきものであることが確認され,従って授業,特に練り上げの場においてもその展開の仕方には異なるアプローチが要請されることになろう。実際,算数的活動の組織化として,上記の一般化の展開を意図した場面において,算数的活動A~Cが,それぞれのよさを確認しながらも,それぞれの活動で着目したアイデアをさらによりよく用いようとすれば,といった組織化が仕組まれていた(図4)。

これに対し,拡張の展開を意図した場面においては,算数的活動の展開として,あら

友定,姫田,溝口; 授業設計における一般化と拡張を志向した算数的活動の構成の様相

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M M

M’D

D’

D

図3 拡張のモデル算数的活動A 算数的活動B 算数的活動C

図4 一般化を意図した活動の展開の様相

かじめ必要とされる活動(解決)が用意された後に,これらの比較検討,あるいは再解釈といった展開が要請されることが指摘される(図5)。

5.一般化と拡張における子どもの克服すべき困難性と教師の支援結語に代えて,最後に,算数的活動に

よって特徴づけられた一般化と拡張について,そこに見られる子どもが克服すべき固有の困難と,かつこれに対する教師の支援に関する教授学的示唆を指摘することとしたい。図4および図5に見られるように,算数的

活動の,特に練り上げの相における展開は,明らかに《一般化》に比べて《拡張》の方が,その複雑さが指摘され得る。《一般化》においては,各活動の展開について,次のことが確認される。すなわち,《一般化》のプロセスにおいて保存された数学的アイデアは何であるか,そしてそのような数学的アイデアによって従来の「特殊」であったどんなものが統合され得たか,といった点である。同時に,児童においては,そのような各活動(解決)の特徴的なアイデアを反省的に見出すことが要請

され,従ってこれが児童の有する困難として指摘される。一方教師側には,そうした解決の反省(振り返り)を促す支援が要請され,児童の思考において,これが習慣化されることが教授学的に望ましい。《拡張》においても,《一般化》と同

様,活動(解決)を振り返ることは要請されるものの,そこで反省的に抽象された数学的アイデアそのものを思考操作の対象とする困難が必然的にともなう。本研究においては,この点に関する子どもの発達的な観点からの考察は今後の課題として残されるが,少なくとも教授学上の問題として,このような活動の展開を促進する支援の重要性は算数(数学)学習において決定的であることが指摘されるものであり,併せて,本研究で取り上げた小数の乗法の授業展開にも見られたように,授業全体の設計がこうした練り上げに焦点化される必要性があることが指摘される。

引用・参考文献ハンソン, N. R. (村上陽一郎訳)(1986). 科学的発見のパターン. 講談社学術文庫.

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溝口達也 (2004). 学習指導における子どものコンセプションの変容に関する研究. 鳥取大学教育地域科学部教育実践総合センター研究年報, 13, 31-41.

中島健三 (1981). 算数・数学教育と数学的な考え方:その進展のための考察. 金子書房.

友定,姫田,溝口; 授業設計における一般化と拡張を志向した算数的活動の構成の様相

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図5 拡張を意図した活動の展開の様相

算数的活動A

算数的活動B算数的活動C

...

算数的活動C

算数的活動A

算数的活動B

...

鳥取大学数学教育研究  ISSN 1881!6134

Site URL:http://www.fed.tottori-u.ac.jp/~mathedu/journal.html

編集委員

矢部敏昭 鳥取大学数学教育学研究室 [email protected]

溝口達也 鳥取大学数学教育学研究室 [email protected]

(投稿原稿の内容に応じて,外部編集委員を招聘することがあります)

投稿規定

! 本誌は,次の稿を対象とします。• 鳥取大学数学教育学研究室において作成された卒業論文,修士論文の要約/抄録

• 算数・数学教育に係わる,理論的,実践的研究論文/報告• 鳥取大学,および鳥取県内で行われた算数・数学教育に係わる各種講演の記録

• その他,算数・数学教育に係わる各種の情報提供

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