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尿路結石内視鏡治療の標準化 第三報:標準化術式の完成にむけて 尿路結石内視鏡治療標準化委員会(代表世話人:公文裕巳、棚橋善克) 太田信隆、公文裕巳、棚橋善克、千葉 裕、津川昌也、奴田原紀久雄、長谷川友紀、 東 義人、麦谷荘一、山口秋人、山田 伸 1.はじめに 尿路結石内視鏡治療の標準化を目指して、2002 年 4 月に日本 Endourology・ESWL 学会に尿 路結石内視鏡治療標準化委員会が組織された。2002 年総会にて、その第一報として、10mm 以上の下部尿管結石に対する TUL の標準術式を提示し、2003 年総会では、その第二報とし て、水腎症を伴う 30mm 以上の腎結石に対する PNL の標準術式を提示した。しかしながら、 標準的症例に対する標準的術式だけでは、日常の診療の場で遭遇する数多くの症例に対応 しきれない。そこで 2004 年総会では、上部尿管の嵌頓結石に対するTUL、珊瑚状腎結石に 対する PNL など、いわゆる problem stone に対する推奨術式について、それぞれのステップ における“工夫”や“こつ”を数例の症例を選んで提示する。これにより、「尿路内視鏡操作に 関する基本的知識と経験を有する泌尿器科専門医取得前後の泌尿器科医が、尿路結石内 視鏡治療を安全に実施するために」という当初の目的に合致する汎用性の高い実践マニュ アルが完成する。なお、これら最終作業を進める上で、本邦における上部尿路結石に対する 内視鏡治療の現状を把握する必要があると考えて、日本泌尿器科学会教育施設を対象とし てアンケート調査を実施したので、その結果の概要についても報告する。 上部尿路結石に対する治療に関するアンケート調査結果 尿路結石内視鏡治療標準化委員会として汎用性の高い実践マニュアルを完成させるため に、本邦における上部尿路結石に対する治療の現状を把握することは重要であると考え、日 本泌尿器科学会教育施設 1304 施設を対象に平成 15 年の 1 年間に行われた上部尿路結石 に対する治療に関するアンケート調査を実施した(アンケート内容については学会ホームペ ージに掲載済:http://www.jsee.jp/ )。 ① 一次アンケート 1304 施設のうち 630 施設(48.3%)から一次アンケートの回答があった。本邦における上 部尿路結石に対する外科的治療として、開腹手術を行った施設は 164 施設(26.9%)、 ESWL は 414 施設(67.0%)、PNL は 226 施設(36.9%)で行なわれていたが、TUL は最も 頻度が高く、440 施設(71.7%)で行なわれていた。なお、後腹膜鏡手術を含む腹腔鏡手 術は 27 施設(4.4%)で行なわれていた(図1 )。

尿路結石内視鏡治療の標準化 第三報:標準化術式の …¼‰ PNLを行なっているのは208施設(41.2%)で、年間の症例数は5例以下の施設が

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尿路結石内視鏡治療の標準化

第三報:標準化術式の完成にむけて

尿路結石内視鏡治療標準化委員会(代表世話人:公文裕巳、棚橋善克)

太田信隆、公文裕巳、棚橋善克、千葉 裕、津川昌也、奴田原紀久雄、長谷川友紀、

東 義人、麦谷荘一、山口秋人、山田 伸

1.はじめに

尿路結石内視鏡治療の標準化を目指して、2002 年 4 月に日本 Endourology・ESWL 学会に尿

路結石内視鏡治療標準化委員会が組織された。2002 年総会にて、その第一報として、10mm

以上の下部尿管結石に対する TUL の標準術式を提示し、2003 年総会では、その第二報とし

て、水腎症を伴う 30mm 以上の腎結石に対する PNL の標準術式を提示した。しかしながら、

標準的症例に対する標準的術式だけでは、日常の診療の場で遭遇する数多くの症例に対応

しきれない。そこで 2004 年総会では、上部尿管の嵌頓結石に対するTUL、珊瑚状腎結石に

対する PNL など、いわゆる problem stone に対する推奨術式について、それぞれのステップ

における“工夫”や“こつ”を数例の症例を選んで提示する。これにより、「尿路内視鏡操作に

関する基本的知識と経験を有する泌尿器科専門医取得前後の泌尿器科医が、尿路結石内

視鏡治療を安全に実施するために」という当初の目的に合致する汎用性の高い実践マニュ

アルが完成する。なお、これら最終作業を進める上で、本邦における上部尿路結石に対する

内視鏡治療の現状を把握する必要があると考えて、日本泌尿器科学会教育施設を対象とし

てアンケート調査を実施したので、その結果の概要についても報告する。

上部尿路結石に対する治療に関するアンケート調査結果

尿路結石内視鏡治療標準化委員会として汎用性の高い実践マニュアルを完成させるため

に、本邦における上部尿路結石に対する治療の現状を把握することは重要であると考え、日

本泌尿器科学会教育施設 1304 施設を対象に平成 15 年の 1 年間に行われた上部尿路結石

に対する治療に関するアンケート調査を実施した(アンケート内容については学会ホームペ

ージに掲載済:http://www.jsee.jp/)。

① 一次アンケート

1304 施設のうち 630 施設(48.3%)から一次アンケートの回答があった。本邦における上

部尿路結石に対する外科的治療として、開腹手術を行った施設は 164 施設(26.9%)、

ESWL は 414 施設(67.0%)、PNL は 226 施設(36.9%)で行なわれていたが、TUL は最も

頻度が高く、440 施設(71.7%)で行なわれていた。なお、後腹膜鏡手術を含む腹腔鏡手

術は 27 施設(4.4%)で行なわれていた(図 1)。

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② 二次アンケート

各術式における治療内容、あるいは治療方針などを詳細に尋ねた二次アンケートには

505 施設から回答があった。

1. 治療症例数

1) まず、開腹手術は回答があった施設のうち 150 施設(29.9%)で施行されていた。内

容は腎摘出術を行ったのが 51 施設で、腎切石術、尿管切石術などの切石術を行っ

た施設は 111 施設であった。しかし、殆どの施設で年間に 5 例以下と少数例のみで

あった(図 2)。

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2) ESWL を行なっているのは 379 施設(75.2%)と多く、年間 100 例から 300 例の治療

を行なっている施設が最も多くを占めていた(図 3)。なお、ESWL 装置のメーカ別の

シェアーは Dornier,SIEMENS,STORZ,EDAP の順であった(図 4)。また、衝撃波発

生方式は電磁変換方式:圧電方式(ピエゾ):水中放電方式(スパークギャップ)が約

2:1:1であった。

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3) PNL を行なっているのは 208 施設(41.2%)で、年間の症例数は 5 例以下の施設が

多数(80.6%)を占めていた(図 5)。しかし、上部尿路結石治療における PNL の位置

づけとしては ESWL 不成功例に行なうと言うものではなく、主たる治療法として施行

された症例が 83.7%と多数を占めていた。

4) TUL(軟性鏡を用いた TUL を含む)は多くの施設で行なわれており(396 施設,

78.6%)、しかも PNL よりも多くの症例を治療している施設が多く認められた(図 6)。

なお、TUL も PNL と同様、多くの場合、主たる治療法として選択されていた。

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5) 腹腔鏡手術(後腹膜鏡手術を含む)を行なっているのは 27 施設(5.4%)と少数であ

ったが、内容的には腎摘出術だけでなく、尿管切石術、腎盂切石術なども行われて

いた(図 7)。

2. 治療方針

1) 「ESWL に PNL を追加した症例はありますか?」との質問に、「ある」と答えたのが 94

施設(19.2%)で、PNL 追加までに行なった ESWL の回数は 1~10 回、平均 2.88 回、

中央値 2 回であった(図 8)。

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2) 次に、「ESWL に TUL を追加した症例はありますか?」との質問に、「ある」と答えた

施設が 283 施設、57.8%で、TUL 追加までに行なった ESWL の回数は 1~20 回、平

均 3.13 回、中央値 3 回であった(図 9)。

3. PNL,TUL の手技

1) PNL は 218 施設(65.3%)で一期的に施行されていた(図 10)。

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2) PNL 時の腎穿刺方法は 95.0%の施設が超音波ガイド下に行なっており、X 線ガイド

下の施設は 5.0%であった(図 11)。

3) PNL で使用する破砕装置については、2003 年に本委員会が示した標準術式では超

音波砕石装置を推奨していたが、アンケートでは空気ハンマー(リソクラストなど)を

使用している施設が最も多く、44.4%であった(図 12)。

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4) TUL について、「上部尿管結石、あるいは腎結石に対して軟性鏡を用いた

fiber-TUL を行なっていますか?」の質問に対して、「行なっている」と答えたのは

130 施設(28.3%)であった(図 13)。

5) TUL で使用する破砕装置についても、2002 年本委員会が示した標準術式では超音

波砕石装置を推奨していたが、アンケートでは PNL 同様、空気ハンマー(リソクラス

トなど)を使用している施設が最も多く、50.9%であった(図 14)。

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2.いわゆる“problem stone”に対する推奨術式

Case 1;44 歳男性、右尿管結石症例(岡山大学泌尿器科提供)

ESWL2 回施行したが不成功であり、TULを施行した。先端6F の硬性尿管鏡を用

い、Ho(ホルミニウム)-YAG レーザーにて破砕した(図 15, 16)。医療機器は日進

月歩しており、細径の内視鏡と、レーザーの組み合わせが成功をもたらした。良好

な視野を得ること、レーザーを粘膜に照射しないこと。ただし、尿管粘膜に直接照射

が行われなくても熱効果で狭窄が生じてくる可能性があるので、注意を要する。

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Case 2;65 歳男性、右尿管結石および結石周囲にポリープ多発症例(原三信病院提供)

術中の RP にて、結石直下に5cmの陰影欠損がみられ、ポリープが多発と診断。ポ

リープと結石の破砕摘出を施行した(図 17, 18)。予期せぬ病変にも常に備え、冷静

に対処すること、万一準備不足であれば、後日あらためて治療することが重要。

Case 3;54 歳男性、左上部尿管結石(東北公済病院提供)

上部尿管結石に対し、PNL を施行した(図 19, 20)。結石の部位と水腎症の程度によ

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っては上部尿管結石に対してのPNLも有効である。細径の腎盂鏡と超音波砕石・

吸引、最適の穿刺ルートが成功の鍵である。

Case 4;28 歳男性、腎杯憩室内結石の症例(東北公済病院提供)

腎杯憩室内結石に対し、持続硬膜外麻酔下に一期的 PNL を施行した。途中で出血

のため視野不良となり終了。1 週間後、再度 PNL 施行し、結石をすべて摘出(図

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21, 22)。アクシデントに遭遇した場合、深追いせず、後日あらためて施行することが

重要。

Case 5;38 歳女性、右腎シスチン結石(東北公済病院提供)

持続硬膜外麻酔下に一期的 PNL 施行。30 分の手術時間にてほとんど砕石摘出終

了。4.7Fr DJ ステント、および 16Fr.腎盂バルーン挿入し、サムセット 500ml(PH9.0

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に補正)による腎灌流 5 日間施行した(図 23, 24)。術中の XP や内視鏡で完璧と思

われても、”X 線透過性(映りにくい)”結石には腎灌流、結石溶解療法が重要。

3.提言

内視鏡や砕石装置、周辺機器、あるいは ESWL 装置が年々改良されているが、今日におい

ても EE 併用療法の意義は変らない。会員アンケート調査によると、ESWL施行施設とTUL

施行施設はほぼ同数であり、TULはESWL同様ほぼ全国に普及したと思われる。一方、PN

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L施行施設が少ない事より、いまだ十分に普及せず、そのため修練の機会も保証されていな

いことが推測される。

PNL 普及不十分の要因として、PNL に理想的な直径 3cm 前後の、少し水腎を伴う腎結石症

例は、同時に ESWL に最もふさわしい症例であるということ。一方、PNL が第一選択と推奨さ

れる珊瑚状結石や大きい結石は、頻度も少なく、またこういった症例は初心者にはあまり薦

められない。こういった現状をふまえて、本委員会は下記の提言を行う。

① 初心者への提言(PNL 修練のために)

腎・尿路のエコー画像診断を、自ら積極的に行うこと。腎後性腎不全の症例に対し、経皮

的腎瘻造設術の経験を積むこと。

② 研修施設、日本 EE 学会への提言(PNL 修練のために)

結石治療に積極的に取り組む施設が、PNL の月間予定表などを公開し、手術見学、ある

いは手術助手の機会を提供すること。また、日本 EE 学会がこういった教育プランを立ち

上げること。

③ 関係業者、学会、団体、国への提言(より安全で、効率良き治療のために)

関係業者、学会、団体は、新しく開発された医療機器の治験と迅速な認可を、国に働きか

けること。また国は保険制度上の数々の不合理を是正し、臨床の現場が創意工夫して、

治療に専念できる環境を整えること。

4.今後の課題

TULやPNLのそれぞれのステップにおける創意・工夫、あるいは絶対行ってはならない事柄

を、会員皆様と HP 上でのディスカッションを経て、べからず集、コツと落とし穴(TUL編、PNL

編)にまとめた上で、全体の最終版実践マニュアルを完成したい。