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112. 水痘帯状疱疹ウイルス感染機構の解明 定岡 知彦 Key words:水痘帯状疱疹ウイルス, 感染性ウイルス粒子産生 神戸大学 大学院医学研究科 感染症センター 臨床ウイルス学 水痘帯状疱疹ウイルス (varicella-zoster virus: VZV) は, ヒトに感染して初感染においては全身性に水痘を発症し, 脊髄後 根神経節に潜伏した後, 様々な要因により再活性化し, 帯状疱疹としての新たな病原性を示す. in vitro の実験系において VZV 感受性細胞は非常に限られており, 溶解感染実験で用いられるのに充分なウイルス粒子産生量を得られるのは, ヒト胎児肺細胞 由来の MRC-5 細胞, HEL 細胞, あるいはヒトメラノーマ由来の MeWo 細胞が散見されるに過ぎない. 他のヘルペスウイルスにおいては, in vitro での実験系において培養上清中に充分な感染能力を有するウイルス粒子産生が認 められ, その感染拡大様式は培養上清中に存在するウイルス粒子による経路 (cell free 経路) と, 細胞表面に発現したウイルス 由来の糖タンパク, あるいは細胞間隙に存在するウイルス粒子上のウイルス糖タンパクにより媒介される細胞間伝播 (cell-to- cell 経路) に大別される. VZV 感染においては培養上清中にウイルス粒子の放出は認められるものの放出されたウイルス粒子に 感染性はほぼ認められず, その感染拡大様式は細胞間伝播経路に依存している. しかしながら, VZV 感染細胞破砕により得ら れた cell free ウイルス粒子は感染性を保持しており, またヒト-ヒトの感染拡大においては接触感染あるいは飛沫感染による伝 播形式を取る事よりその感染拡大において cell free 感染が介在する事は論を待たない. 本研究においては, VZV 感染においてすべてのヘルペスウイルスに保存されるウイルス粒子構成タンパクである ORF49 タンパ クが, in vitro における cell free 感染に寄与する感染性ウイルス粒子産生に機能しており, また充分な cell-to-cell 経路での 感染拡大にも寄与する事を明らかにしたので報告する. 方法および結果 1.ORF49M1L ウイルスの作製と trans-complementation 系の確立 当研究室において確立している VZV-BAC (bacterial artificial chromosome) 遺伝子改変系を用いて, ORF49 遺伝子に おける翻訳開始アミノ酸をコードする ATG (methionine: M) を CTG (leucine: L) に変異 (M1L) させ, VZV- BACORF49M1L ゲノムを大腸菌内において作製した. 作製した VZV-BACORF49M1L ゲノムを VZV 感受性細胞である MeWo 細胞に遺伝子導入したが, ウイルス粒子の再構築は起こらなかった. そこで ORF49 タンパクを恒常的に発現する MeWo 細胞 (MeWoORF49 細胞) を作製し, この細胞に VZV-BACORF49M1L ゲノムを導入する事で, ORF49 変異ウイルスであ る VZVORF49M1L ウイルスを得た. MeWoORF49 細胞は MeWo 細胞とは異なり (図 1A), 野生体 VZV 感染 MeWo 細胞と 同程度に ORF49 タンパクを発現しており (図 1B, C), trans ORF49 タンパクの供給を行える事が明らかとなった. また VZV- BACORF49M1L ウイルスはウイルス感染の指標として用いた糖タンパクである glycoprotein E (gE) は発現していたが, ORF49 タンパクを全く発現していなかった (図 1D). 上原記念生命科学財団研究報告集, 26 (2012) 1

112.水痘帯状疱疹ウイルス感染機構の解明 定岡 知彦...成の場であるtrans-Golgi network由来のマーカーであるTGN46 (blue) で染色した. 核はcyanで表している

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Page 1: 112.水痘帯状疱疹ウイルス感染機構の解明 定岡 知彦...成の場であるtrans-Golgi network由来のマーカーであるTGN46 (blue) で染色した. 核はcyanで表している

112. 水痘帯状疱疹ウイルス感染機構の解明

定岡 知彦

Key words:水痘帯状疱疹ウイルス,         感染性ウイルス粒子産生

   神戸大学 大学院医学研究科   感染症センター 臨床ウイルス学

緒 言

水痘帯状疱疹ウイルス (varicella-zoster virus: VZV) は, ヒトに感染して初感染においては全身性に水痘を発症し, 脊髄後根神経節に潜伏した後, 様々な要因により再活性化し, 帯状疱疹としての新たな病原性を示す. in vitro の実験系においてVZV感受性細胞は非常に限られており, 溶解感染実験で用いられるのに充分なウイルス粒子産生量を得られるのは, ヒト胎児肺細胞由来のMRC-5 細胞, HEL細胞, あるいはヒトメラノーマ由来のMeWo細胞が散見されるに過ぎない.他のヘルペスウイルスにおいては, in vitro での実験系において培養上清中に充分な感染能力を有するウイルス粒子産生が認められ, その感染拡大様式は培養上清中に存在するウイルス粒子による経路 (cell free経路) と, 細胞表面に発現したウイルス由来の糖タンパク, あるいは細胞間隙に存在するウイルス粒子上のウイルス糖タンパクにより媒介される細胞間伝播 (cell-to-cell 経路) に大別される. VZV感染においては培養上清中にウイルス粒子の放出は認められるものの放出されたウイルス粒子に感染性はほぼ認められず, その感染拡大様式は細胞間伝播経路に依存している. しかしながら, VZV 感染細胞破砕により得られた cell free ウイルス粒子は感染性を保持しており, またヒト-ヒトの感染拡大においては接触感染あるいは飛沫感染による伝播形式を取る事よりその感染拡大において cell free 感染が介在する事は論を待たない.本研究においては, VZV感染においてすべてのヘルペスウイルスに保存されるウイルス粒子構成タンパクである ORF49 タンパクが, in vitro における cell free 感染に寄与する感染性ウイルス粒子産生に機能しており, また充分な cell-to-cell 経路での感染拡大にも寄与する事を明らかにしたので報告する.

方法および結果

1.ORF49M1L ウイルスの作製と trans-complementation 系の確立当研究室において確立しているVZV-BAC (bacterial artificial chromosome) 遺伝子改変系を用いて, ORF49 遺伝子における翻訳開始アミノ酸をコードする ATG (methionine: M) を CTG (leucine: L) に変異 (M1L) させ, VZV-BACORF49M1L ゲノムを大腸菌内において作製した. 作製した VZV-BACORF49M1L ゲノムを VZV 感受性細胞であるMeWo細胞に遺伝子導入したが, ウイルス粒子の再構築は起こらなかった. そこでORF49 タンパクを恒常的に発現するMeWo細胞 (MeWoORF49 細胞) を作製し, この細胞に VZV-BACORF49M1L ゲノムを導入する事で, ORF49 変異ウイルスである VZVORF49M1L ウイルスを得た. MeWoORF49 細胞はMeWo細胞とは異なり (図 1A), 野生体VZV感染MeWo細胞と同程度に ORF49 タンパクを発現しており (図 1B, C), trans な ORF49 タンパクの供給を行える事が明らかとなった. またVZV-BACORF49M1L ウイルスはウイルス感染の指標として用いた糖タンパクである glycoprotein E (gE) は発現していたが, ORF49タンパクを全く発現していなかった (図 1D).

 上原記念生命科学財団研究報告集, 26 (2012)

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 図 1. VZV感染と ORF49 タンパクの発現.

非感染MeWo細胞 (A), 非感染MeWoORF49 細胞 (B), 野生体VZV感染MeWo細胞 (C), VZVORF49M1L 感染 MeWo 細胞 (D) を, VZV 感染の指標である glycoprotein E (green), ORF49 タンパク (red), ウイルス粒子形成の場である trans-Golgi network 由来のマーカーである TGN46 (blue) で染色した. 核は cyan で表している.Scale は各図中に示している.

 VZVORF49M1L ウイルスはMeWo 細胞において感染拡大が可能であったが, 野生体VZV に比べて, 1/2 程度その感染は減弱していた. この感染の減弱は trans な ORF49 タンパクの供給により回復し, MeWoORF49 細胞において VZVORF49M1Lウイルスは, 野生体VZV と同程度の感染拡大を示した (図 2). すなわち, ORF49 タンパクがVZV の in vitro における cell-to-cell 経路に依存した感染拡大に機能していることが明らかとなった.

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 図 2. VZV感染と VZVORF49M1L 感染におけるウイルス増殖の比較.

各ウイルスを, MeWo 細胞あるいは MeWoORF49 細胞で増殖後 (Propagated cell), cell free ウイルスを調製し,MeWo 細胞あるいはMeWoORF49 細胞に感染させ (Titrated cell), 感染 5 日後に形成される plaque size を測定した. Error bar: SEM, *: p < 0.05 (Student’s t-test).

 2.ORF49 タンパクの感染性粒子産生における機能我々はVZV 感染において, ORF49 タンパクと同様にすべてのヘルペスウイルスにおいて保存される糖タンパクである glycoproteinM (gM) の成熟が, VZV感染に特徴的な多核巨細胞形成を通した cell-to-cell 経路に依存した感染拡大に機能していることを明らかにしている 2). すなわち, 未成熟 gM のみを発現する VZV 感染では, 多核巨細胞の形成がまったく認められず, cell-to-cell 経路に依存した感染が VZVORF49M1L ウイルスと同様に減弱していた. しかし, VZVORF49M1L ウイルス感染MeWo細胞においては, 多核巨細胞の明らかな形成が認められ, gM とは異なる様式でORF49 タンパクが感染拡大に機能している事が示唆された.そこで, MeWo細胞とMeWoORF49 細胞でのVZVORF49M1L ウイルス感染の相違について検討した. ORF49 タンパクはウイルス粒子構成因子であり, MeWoORF49細胞で感染拡大した VZVORF49M1L ウイルスはそのウイルス粒子上にORF49 タンパクを保持するが, MeWo細胞で感染拡大した VZVORF49M1L ウイルスはウイルス粒子上にORF49 タンパクを保持しない(図 3).

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 図 3. VZVORF49M1L 感染細胞からのウイルス粒子の精製と ORF49 タンパクのウイルス粒子への取込み.

非感染 MeWo 細胞, 非感染 MeWoORF49 細胞, 野生体 VZV 感染 MeWo 細胞, および VZVORF49M1L 感染MeWo細胞でのORF49 タンパクの発現とともに, ORF49 タンパルのウイルス粒子への取込みを, western blotting にて検出した.

 このウイルス粒子上に ORF49 タンパクを保持する VZVORF49M1L ウイルスと保持しない VZVORF49M1L ウイルスを, それぞれMeWo細胞あるいはMeWoORF49 細胞に感染させ, その感染拡大様式と感染性ウイルス粒子産生について検討した.ORF49 タンパクのウイルス粒子上での有無に関わらず, VZVORF49M1L ウイルスは MeWo 細胞において同程度減弱した感染を示し, この感染の減弱はMeWoORF49 細胞において同様に回復した (図 2). しかしながら, MeWo細胞から得られたウイルス粒子の感染性は, MeWoORF49 細胞から得られたウイルス粒子に比べ 10 倍程度減弱しており (図 4), このことにより,ORF49 タンパクが VZV感染において, 感染性ウイルス粒子の産生に機能している事が明らかとなった. 

 図 4. VZV感染と VZVORF49M1L 感染における感染性ウイルス粒子産生の比較.

各ウイルスを, MeWo 細胞あるいは MeWoORF49 細胞で増殖後 (Propagated cell), cell free ウイルスを調製し,MeWo 細胞あるいはMeWoORF49 細胞に感染させ (Titrated cell), 感染力価を測定した.

 

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考 察

本研究により, すべてのヘルペスウイルスに保存される ORF49 遺伝子の VZV 感染における機能が明らかとなった. すなわち,ORF49 遺伝子産物が感染性ウイルス粒子産生に機能しており, cell-to-cell 経路においては ORF49 欠損により 1/2 程度, cellfree 経路においては 1/10 程度感染が減弱した. このことは, in vitro での cell-to-cell 経路に依存したVZV の感染様式においては, ORF49 タンパクの機能により産生される感染性ウイルス粒子が寄与する感染拡大様式とともに, 感染細胞表面あるいはウイルス粒子表面に発現する糖タンパクに介在される多核巨細胞形成を伴う感染拡大様式が, 充分な感染拡大に必要である事を示唆する.VZV 感染において, 宿主への感染後の個体内での感染拡大に伴う病原性発揮では, ORF49 タンパクの寄与はそれほど大きくないことが本結果より推測され, 治療用の ORF49 タンパクを標的とした新規抗ウイルス薬の開発は困難に感じられる. また本邦において開発された VZV ウイルスに対するワクチンは非常に効果的であり, 安全性においても高いことは周知の事実である. しかしながら, 近年の移植医療やがん患者の増加による免疫抑制患者の増加を鑑みた時, VZV ワクチンを接種した健常人からの免疫抑制患者への感染伝播は脅威となる. このような状況において, ORF49 に変異を導入した VZV ワクチンの開発により, 健常人生体内での充分なウイルス複製にともなう免疫誘導による発症予防とともに, 個体間での感染拡大に寄与する感染性ウイルス粒子産生の減弱による感染拡大の防止が可能となり, 今後の新規VZV ワクチン開発に寄与できると考えられる.

共同研究者

本研究の共同研究者は,神戸大学大学院医学研究科臨床ウイルス学分野の森 康子である.

文 献

1) Sadaoka, T., Yoshii, H., Imazawa, T., Yamanishi, K. & Mori, Y : Deletion in open reading frame 49of varicella-zoster virus reduces virus growth in human malignant melanoma cells but not in humanembryonic fibroblasts. J. Virol., 81 : 12654-12665, 2007.

2) Sadaoka, T., Yanagi, T., Yamanishi, K. & Mori, Y. : Characterization of the Varicella-Zoster VirusORF50 Gene, which encodes glycoprotein M. J. Virol., 84 : 3488-3502, 2010.

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