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145. 難治性白血病原因遺伝子 Evi-1 を起点とした omics 解析 合山 Key words:Evi-1,造血幹細胞,白血病,エピジェネティ クス *東京大学 医学部附属病院 輸血部 Evi-1 は骨髄性白血病や骨髄異形成症候群で高頻度に活性化されている転写因子であり,Evi-1 関連白血病は治療抵抗 性で予後不良であるため,白血病難治性の鍵となる分子として注目されている 1) .われわれは最近,条件的 Evi-1 欠失マウ スを樹立し,Evi-1 が正常造血幹細胞の維持・増殖に必須の役割を果たしていることを明らかにした.さらに,Evi-1 の不活化 が白血病細胞の増殖を抑制することをいくつかの白血病モデルを用いて示し,Evi-1 が有望な治療標的であることを証明した 2) .しかしながら,Evi-1 が造血幹細胞や白血病細胞の増殖を制御する分子機構の詳細については不明であった. そこで本研究では,Evi-1 欠失細胞,正常細胞,Evi-1 高発現細胞という,Evi-1 の発現量が違う3種類の細胞を用い て,Evi-1 に制御されている標的遺伝子やシグナル伝達経路の探索を行った.また,免疫沈降法を用いて複数の Evi-1 結合 タンパクを同定した.さらに,これらの標的遺伝子や結合タンパクが,Evi-1 による造血細胞の悪性化に果たす役割について検 討した. 1.遺伝子発現(Transcriptome)解析 Evi-1 欠失造血幹細胞,正常造血幹細胞,Evi-1 高発現造血幹細胞を用いて遺伝子発現解析を行い,Evi-1 の発現と正ま たは負に相関する遺伝子の探索を行った.次に,候補遺伝子のプロモーター領域を用いてレポーターアッセイを行い,Evi-1 に より転写が制御される遺伝子を同定した.さらに,クロマチン免疫沈降法を用いて,標的遺伝子プロモーター領域における Evi-1 の結合を確認した. 2.タンパク発現および活性 (Proteome) 解析 Evi-1 高発現細胞および正常細胞における様々なタンパクの発現や活性状態を解析し,Evi-1 によって活性化されるシグナル 伝達経路を同定した. 3.結合タンパク解析 Evi-1 と様々なエピジェネティック因子との結合を免疫沈降法を用いて解析した. 4.Colony replating assay われわれは最近,Evi-1 をマウス骨髄細胞に導入することにより半固形培地上で長期間の培養を可能とする実験系(colony replating assay)を確立した.通常の骨髄細胞が培養を続けるうちに分化してコロニー形成能を失うのに対し,Evi-1 を導入 した骨髄細胞は半永久的なコロニー形成能を獲得する.この実験系を用いて,上記で同定した Evi-1 標的遺伝子や結合タン パクが,Evi-1 による骨髄細胞不死化において果たす役割を検討した. *現所属:Cincinnati Children's Hospital Medical Center, Division of Experimental Hematology and Cancer Biology 上原記念生命科学財団研究報告集, 24(2010) 1

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145. 難治性白血病原因遺伝子Evi-1 を起点とした omics 解析

合山 進

Key words:Evi-1,造血幹細胞,白血病,エピジェネティクス

*東京大学 医学部附属病院 輸血部

緒 言

  Evi-1 は骨髄性白血病や骨髄異形成症候群で高頻度に活性化されている転写因子であり,Evi-1 関連白血病は治療抵抗性で予後不良であるため,白血病難治性の鍵となる分子として注目されている 1).われわれは最近,条件的 Evi-1 欠失マウスを樹立し,Evi-1 が正常造血幹細胞の維持・増殖に必須の役割を果たしていることを明らかにした.さらに,Evi-1 の不活化が白血病細胞の増殖を抑制することをいくつかの白血病モデルを用いて示し,Evi-1 が有望な治療標的であることを証明した2).しかしながら,Evi-1 が造血幹細胞や白血病細胞の増殖を制御する分子機構の詳細については不明であった. そこで本研究では,Evi-1 欠失細胞,正常細胞,Evi-1 高発現細胞という,Evi-1 の発現量が違う3種類の細胞を用いて,Evi-1 に制御されている標的遺伝子やシグナル伝達経路の探索を行った.また,免疫沈降法を用いて複数のEvi-1 結合タンパクを同定した.さらに,これらの標的遺伝子や結合タンパクが,Evi-1 による造血細胞の悪性化に果たす役割について検討した.

方 法

1.遺伝子発現(Transcriptome)解析Evi-1 欠失造血幹細胞,正常造血幹細胞,Evi-1 高発現造血幹細胞を用いて遺伝子発現解析を行い,Evi-1 の発現と正または負に相関する遺伝子の探索を行った.次に,候補遺伝子のプロモーター領域を用いてレポーターアッセイを行い,Evi-1 により転写が制御される遺伝子を同定した.さらに,クロマチン免疫沈降法を用いて,標的遺伝子プロモーター領域における Evi-1の結合を確認した. 2.タンパク発現および活性 (Proteome) 解析Evi-1 高発現細胞および正常細胞における様々なタンパクの発現や活性状態を解析し,Evi-1 によって活性化されるシグナル伝達経路を同定した. 3.結合タンパク解析Evi-1 と様々なエピジェネティック因子との結合を免疫沈降法を用いて解析した. 4.Colony replating assayわれわれは最近,Evi-1 をマウス骨髄細胞に導入することにより半固形培地上で長期間の培養を可能とする実験系(colonyreplating assay)を確立した.通常の骨髄細胞が培養を続けるうちに分化してコロニー形成能を失うのに対し,Evi-1 を導入した骨髄細胞は半永久的なコロニー形成能を獲得する.この実験系を用いて,上記で同定した Evi-1 標的遺伝子や結合タンパクが,Evi-1 による骨髄細胞不死化において果たす役割を検討した.

*現所属:Cincinnati Children's Hospital Medical Center,Division of Experimental Hematology and Cancer Biology

 上原記念生命科学財団研究報告集, 24(2010)

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Page 2: 145.難治性白血病原因遺伝子Evi-1を起点とし …...145.難治性白血病原因遺伝子Evi-1を起点としたomics解析 合山 進 Key words:Evi-1,造血幹細胞,白血病,エピジェネティ

結 果

1.Evi-1 下流標的遺伝子 Pbx1 の同定野生型造血幹細胞と Evi-1 欠失造血幹細胞の遺伝子発現パターンを比較し,さらに白血病細胞における Evi-1 との発現相関を解析することにより,複数の Evi-1 標的候補遺伝子を同定した.これらの遺伝子のプロモーター領域を用いてレポーターアッセイを行い,造血関連転写因子 Pbx1 が Evi-1 標的遺伝子であることを突き止めた (図 1A).また,colony replating assayと shRNA を用いた遺伝子発現抑制法を組み合わせ,Pbx1 抑制により Evi-1 高発現骨髄細胞のコロニー形成能が低下することを見出した (図 1B). 

 図 1. Evi-1 下流標的遺伝子 Pbx1 の同定.

(A) Evi-1 下流標的候補遺伝子Mpl, Pbx1, Itga2b のプロモーター領域を用いてレポーターアッセイを行い,Pbx1 の転写が Evi-1 により活性化されることを見出した.(B) Evi-1 を高発現させた骨髄細胞から Pbx1 をノックダウンすると(a),そのコロニー形成能が低下した(b).

 2.Evi-1/ヒストンメチル化酵素複合体による白血病発症機構EVI-1 及びその isoform である MDS1/EVI-1 と様々なエピジェネティクス因子との結合を調べ,EVI-1 がヒストンメチル化酵素 SUV39H1 および G9a と結合していることを見出した (図 2A).また,免疫染色法によりこれらの因子が核内で共在していることも示した (図 2B).さらに,shRNA を用いて SUV39H1 や G9a の発現を抑制することにより,Evi-1 高発現骨髄細胞のコロニー形成能が低下することを明らかにした (図 2C).

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 図 2. ヒストンメチル化酵素 SUV39H1 及び G9a は,Evi-1 による白血病発症に重要な役割を果たす.

(A) EVI-1 および MDS1-EVI-1(long form)はヒストンメチル化酵素 SUV39H1 (左) および G9a (右) と結合する.(B) EVI-1 は SUV39H1 (上) および G9a (下) と核内で共在する.(C) Evi-1 高発現骨髄細胞から SUV39H1 もしくは G9a をノックダウンすると,そのコロニー形成能が低下する.NC, negative control; Suv-1, 2, shRNAs forSuv39h1; G9a-1, 2, shRNAs for G9a. 

 3.Evi-1/ポリコーム複合体の形成Evi-1 結合因子の探索により,Evi-1 が PRC2 複合体(EZH2, SUZ12, EED)と結合していることを見出した (図 3).現在,この結合の生理的意義について検討中である.

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 図 3. EVI-1 はポリコーム複合体と結合する.

免疫沈降法により,ポリコーム構成因子である EZH2 (A), SUZ12 (B),および EED (C) と EVI-1 との結合を示した.

 4.Evi-1 によるシグナル伝達経路制御機構造血幹・前駆細胞に Evi-1 もしくは vector control を導入した細胞における,様々なシグナル伝達経路の活性を比較した.その結果,Evi-1 高発現細胞では Akt/mTor 経路が活性化されていることを見出した (図 4).現在,Evi-1 が Akt/mTor 経路を活性化する分子機構と,白血病発症における生理的意義について検討中である.

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 図 4. Evi-1 は Akt/mTor 経路を活性化する.

Evi-1 高発現骨髄細胞では,vector 導入骨髄細胞(コントロール)に比べて,Akt および mTor のリン酸化が亢進していた.p-Akt:リン酸化Akt,p-mTor:リン酸化mTor.

 

考 察

Evi-1 の高発現は難治性白血病に深く関与していることが知られているが,その詳細な分子機構は不明であった.本研究では,Evi-1 の発現量を人工的に変化させたマウス造血細胞における様々な “Omics”情報を基に,その一端を明らかにした. 今回Evi-1 の下流標的遺伝子として同定した Pbx1 は,幹細胞制御でHOX遺伝子群と複合体を形成し,造血幹細胞維持に必須であることが報告されている 3).この HOX 遺伝子群は,ヒストンメチル化酵素 MLL によって活性化されることが知られているが,面白いことに Evi-1 の発現はMLL 関連白血病で有意に高いことがわかっている 4).従って,MLL→Evi-1→Pbx1/HOX という転写カスケードが幹細胞制御において中心的役割を果たしている可能性があり,今後の重要な研究課題である.Evi-1 とヒストンメチル化酵素 (SUV39H1, G9a) との結合に関しては,つい最近他の 2 グループからも報告された 5,6).現在様々なヒストンメチル化酵素阻害剤 (HMT inhibitor) が開発されており,その臨床応用が期待されている.また,われわれは以前にヒストン脱アセチル化酵素阻害剤 (HDAC inhibitor) が Evi-1 による転写や細胞増殖を抑制することを示しており 7),HMT/HDAC inhibitor を併用した「Epigenetic Therapy」は,Evi-1 関連白血病に対する有望な治療法に成り得ると思われる.さらに,Polycomb 複合体やAkt/mTor 経路も,Evi-1 による造血幹細胞や白血病細胞の制御に深く関わっている可能性があり,新たな治療標的という観点からも大変興味深い. Evi-1 は白血病の難治性に深く関与していることが知られており,Evi-1 の活性を適切に制御することができれば白血病の新たな治療につながるものと考えられる.今回の成果を基にさらに研究を進め,実際の臨床応用を目指したい.

共同研究者

本研究の共同研究者は,東京大学医学部附属病院血液・腫瘍内科の島辺宗健,吉見昭秀,黒川峰夫である. 

文 献

1) Goyama, S. & Kurokawa, M.:Pathogenetic significance of ecotropic viral integration site-1 inhematological malignancies. Cancer Sci., 100:990-995, 2009.

2) Goyama, S., Yamamoto, G., Shimabe, M., Sato, T., Ichikawa, M., Ogawa, S., Chiba, S. & Kurokawa,M.:Evi-1 is a critical regulator for hematopoietic stem cells and transformed leukemic cells. CellStem Cell, 3:207-220, 2008.

3) Ficara, F., Murphy, M. J., Lin, M. & Cleary, M. L.:Pbx1 regulates self-renewal of long-termhematopoietic stem cells by maintaining their quiescence. Cell Stem Cell, 2:484-496, 2008.

4) Lugthart, S., van Drunen, E., van Norden, Y., van Hoven, A., Erpelinck, C. A., Valk, P. J., Beverloo,H. B., Löwenberg, B. & Delwel, R.:High EVI1 levels predict adverse outcome in acute myeloid

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leukemia:prevalence of EVI1 overexpression and chromosome 3q26 abnormalities underestimated.Blood, 111:4329-4337, 2008.

5) Spensberger, D. & Delwel, R.:A novel interaction between the proto-oncogene Evi1 and histonemethyltransferases, SUV39H1 and G9a. FEBS Lett., 582:2761-2767, 2008.

6) Cattaneo, F. & Nucifora, G.:EVI1 recruits the histone methyltransferase SUV39H1 for transcriptionrepression. J. Cell. Biochem., 105:344-352, 2008.

7) Izutsu, K., Kurokawa, M., Imai, Y., Maki, K., Mitani, K. & Hirai, H.:The corepressor CtBP interactswith Evi-1 to repress transforming growth factor β signaling. Blood, 97:2815-2822, 2001.

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