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38 回日本 IVR 学会総会「技術教育セミナー」:相良佳子,他 1 . 頸動脈ステント留置術に必要な血管解剖と CAS 基本手技 (前処置,用具のセッティング,基本手技,後処置・投薬) 宮崎病院 放射線科,大分大学医学部付属病院 放射線部 1) ,大分大学医学部 放射線科 2) 相良佳子,清末一路 1,田上秀一 2,柏木淳之 2,森  宣 2はじめに 頸動脈狭窄症に対する頸動脈ステント留置術(carotid artery stenting;以下 CAS)は総腸骨動脈など末梢血管 領域におけるステント留置術の良好な治療成績や,海 外での CAS の成績を背景に 2000 年頃より本邦におい ても多くの施設で行われてきた。CAS の手技自体は 他の領域と同様に比較的単純であり,ガイディング カテーテルを安全に頸動脈に挿入できる技術と他の領 域のステント留置を多数経験している術者にとっては 比較的容易な手技と思われる。ただし,四肢末梢領 域と大きく異なる点として,ステント留置に伴うプ ラークの破綻による血栓塞栓性合併症の重要性や過灌 流症候群の存在が挙げられる。特に血栓塞栓性合併 症を防止するためにバルーンやフィルターなどの様々 な塞栓防止デバイスを用いた CAS が提唱されてきた。 2009 5 月のセミナー時に本邦において承認されてい たデバイスは,2008 4 月に保険収載された頸動脈用 ステント「PRECISE TM 」および遠位塞栓防止用デバイ ス「ANGIOGUARD TM XP」のシステムのみであったが, 2010 2 月に頸動脈用ステント「Carotid Wallstent TM Monorail TM 」と遠位塞栓防止用デバイス「FilterWire EZ TM 」のシステムが追加承認され,器材の選択肢が広 がった (図 1) 。なお,ANGIOGUARD TM XP Monorail system に改良されている。CAS 実施に際しては「関連 12 学会承認頸動脈ステント留置術実施基準」に基づい 頸動脈ステント ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 第 38 回日本 IVR 学会総会「技術教育セミナー」 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ た実施医および実施施設で行うことが定められてい る。本項では CAS に必要な血管解剖を含めた術前評 価とこれらの保険承認された器材を用いた基本的な手 技,周術期管理について概説する。 術前評価 1)病変部の形態評価:(CTAUS,および血管造影) 狭窄長,総頸動脈径,遠位部内頸動脈径の計測や血管 分岐の角度などを計測する。留置するステントサイズ や使用するバルーン径を選択する際に必須の情報であ (図 2) 2)病変部の性状:(CTAUSMRI)石灰化の程度や潰 瘍形成の有無,プラークの性状評価などを行う。石灰 化が 3/4 周以上あると拡張不良や拡張時低血圧を生じ やすい。MR プラークイメージでは blood black T1WI で高信号を示したり,US で低エコーを示したりする ような不安定プラークは遠位塞栓やステント時にフィ ルターに目詰まりする slow/stop flow の原因となるた め,注意が必要である (図3) Angioguard XP による protection 下の CAS における塞栓性合併症とその危険 因子を検討した共同研究では T1 強調像でのプラーク と筋の信号比(P/M)が 1.5 以上かつ狭窄長 25 ㎜以上の 病変は有意に高率に塞栓症合併を認めており 1,治療 法や手技の選択に注意を要する。 3)頸動脈へのアクセスルートの評価(大動脈弓から大 腿動脈まで):(CTAMRA,血管造影)ガイディングカ 7777 図 1 本邦で現在保険承認されている遠位塞栓防止デバイスと自己拡張型ステントのシステム a : Cordis 社「PRECISE TM 」および遠位塞栓防止用デバイス「ANGIOGUARD TM XPb : Boston Scientific 社「Carotid Wallstent TM Monorail TM 」と遠位塞栓防止用デバイス FilterWire EZ ™a b

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第38回日本 IVR学会総会「技術教育セミナー」:相良佳子,他

1 . 頸動脈ステント留置術に必要な血管解剖とCAS基本手技(前処置,用具のセッティング,基本手技,後処置・投薬)

宮崎病院 放射線科,大分大学医学部付属病院 放射線部1),大分大学医学部 放射線科2)

相良佳子,清末一路1),田上秀一2),柏木淳之2),森  宣2)

はじめに

 頸動脈狭窄症に対する頸動脈ステント留置術(carotid artery stenting;以下CAS)は総腸骨動脈など末梢血管領域におけるステント留置術の良好な治療成績や,海外でのCASの成績を背景に2000年頃より本邦においても多くの施設で行われてきた。CASの手技自体は他の領域と同様に比較的単純であり,ガイディングカテーテルを安全に頸動脈に挿入できる技術と他の領域のステント留置を多数経験している術者にとっては比較的容易な手技と思われる。ただし,四肢末梢領域と大きく異なる点として,ステント留置に伴うプラークの破綻による血栓塞栓性合併症の重要性や過灌流症候群の存在が挙げられる。特に血栓塞栓性合併症を防止するためにバルーンやフィルターなどの様々な塞栓防止デバイスを用いたCASが提唱されてきた。2009年5月のセミナー時に本邦において承認されていたデバイスは,2008年4月に保険収載された頸動脈用ステント「PRECISETM」および遠位塞栓防止用デバイス「ANGIOGUARDTM XP」のシステムのみであったが,2010年 2月に頸動脈用ステント「Carotid WallstentTM MonorailTM」と遠位塞栓防止用デバイス「FilterWire EZTM」のシステムが追加承認され,器材の選択肢が広がった(図1)。なお,ANGIOGUARDTM XPもMonorail systemに改良されている。CAS実施に際しては「関連12学会承認頸動脈ステント留置術実施基準」に基づい

頸動脈ステント‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 第38回日本IVR学会総会「技術教育セミナー」‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

た実施医および実施施設で行うことが定められている。本項ではCASに必要な血管解剖を含めた術前評価とこれらの保険承認された器材を用いた基本的な手技,周術期管理について概説する。

術前評価

1)病変部の形態評価:(CTA,US,および血管造影)狭窄長,総頸動脈径,遠位部内頸動脈径の計測や血管分岐の角度などを計測する。留置するステントサイズや使用するバルーン径を選択する際に必須の情報である(図2)。2)病変部の性状:(CTA,US,MRI)石灰化の程度や潰瘍形成の有無,プラークの性状評価などを行う。石灰化が3/4周以上あると拡張不良や拡張時低血圧を生じやすい。MRプラークイメージではblood black法T1WIで高信号を示したり,USで低エコーを示したりするような不安定プラークは遠位塞栓やステント時にフィルターに目詰まりするslow/stop flowの原因となるため,注意が必要である(図3)。Angioguard XPによるprotection下のCASにおける塞栓性合併症とその危険因子を検討した共同研究ではT1強調像でのプラークと筋の信号比(P/M)が1.5以上かつ狭窄長25㎜以上の病変は有意に高率に塞栓症合併を認めており1),治療法や手技の選択に注意を要する。3)頸動脈へのアクセスルートの評価(大動脈弓から大腿動脈まで):(CTA,MRA,血管造影)ガイディングカ

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図1 本邦で現在保険承認されている遠位塞栓防止デバイスと自己拡張型ステントのシステムa : Cordis社「PRECISETM」および遠位塞栓防止用デバイス「ANGIOGUARDTM XP」b : Boston Scientific社「Carotid WallstentTM MonorailTM」と遠位塞栓防止用デバイス「FilterWire EZ ™」

a b

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技術教育セミナー / 頸動脈ステント

テーテルを総頸動脈に誘導できるか,安定が得られるかは手技の成功を左右する大事なポイントであり,事前の検討が必要となる。特に重要な血管解剖は大動脈弓部からの頸動脈分岐であり,大動脈弓頂部と総頸・腕頭動脈起始部の高さにより type IからⅢまでに分類され(図4),typeⅢになるほど誘導は難しい。さらにbovine arch(左総頸動脈が腕頭動脈より起始する)はおよそ9%の頻度で存在するとされ2),場合によっては上腕動脈アプローチを検討する。4)頭蓋内血管評価(図5):同側頭蓋内や他部位の狭窄性病変,脳動脈瘤合併などのチェックとともにウィリスの動脈輪を介した cross flowの予測も重要である。フィルタープロテクションでは順行性血流を維持できるが,フィルターの目詰まりやガイディングバルーンによる血流閉塞時のcross flowが期待できない症例は充分な鎮静が出来るような準備や手技を短時間で行う

など注意が必要である。中硬膜動脈・眼窩下動脈・浅側頭動脈と眼動脈との吻合がある場合には塞栓による視力障害を引き起こす可能性が高まる。また安静時脳血流や脳血管予備能評価(SPECT,XeCTなど)が高度に低下している症例では術後過灌流症候群をきたしやすく,術中・後の十分な血圧管理やTCD,INVOSを用いたモニターが必要である。5)全身合併症の有無:心機能および冠動脈疾患合併の有無(冠動脈CTA),その他の全身性合併症(下肢動脈など他の動脈硬化性病変,腎機能,高脂血症,糖尿病の有無など)の検索を行っておく。

適 応

 内膜剥離術(carotid endarterectomy;CEA)高リスク患者とCASのランダム化比較試験であり,CASの有効性が報告されたSAPPHIRE(Stenting and Angioplasty

図3 プラークの性状MRIプラークイメージa)Black blood 脂肪抑制T1強調像 b)MRA元画像 c)頸部エコーBB T1WIやMRA元画像での高信号や頸部エコーで lucentプラークは不安定プラークを示唆する。またMRA原画像での low intensity rimは fibrous capを反映している。

図2 術前評価a : CTA MIP像:右内頸動脈狭窄の症例 総頸動脈径,遠位部内頸動脈径,狭窄長,ステント留置長,内頚動脈分岐角を計測する。

b : CTA CPR像:潰瘍形成の有無や石灰化の程度,プラークの進展範囲についても評価する。

a b

5.1㎜計測7

4.1㎜計測9

0.7㎜計測8

6.9㎜計測10

36.0㎜計測11

a b c

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with Protection in Patients at High Risk for Endarterec-tomy)trial3)の inclusion criteriaに従って,50%以上の症候性病変または80%以上の無症候性のアテローム狭窄性病変で,かつCEA高リスクを有する症例が現状での一般的な適応とされている(表1)。2009年に改訂された本邦の脳卒中治療ガイドライン4)においても50%以上の症候性狭窄もしくは高度(80%以上)の無症候性頸動脈狭窄で,CEAのハイリスク患者においては,最良の内科的治療に加えてCASを行うことも妥当な選択肢とされている(グレードB)。米国におけるCASとCEAの心血管イベント抑制効果を比較検討した大規模臨床試験であるCREST試験(Carotid Revascularization Endarterectomy versus Stent Trial)5)において,4年後の一次エンドポイント(脳卒中・心筋梗塞・死亡)の発

生率は,両群で有意差は認められなかったという報告がなされており,実臨床においては年齢や手技による合併症を考慮して,適応を決定していくことと思われる。CASにおける危険因子としてはshaggy aorta(embolic showerやコレステリン塞栓症)や 術前評価の項目で述べたような不安定プラークの長区域病変(術中・術後の塞栓血栓症),極端な脳循環予備能低下症例(過灌流症候群),重度の心疾患合併症例・冠動脈狭窄が,またCAS困難因子としてはアクセスルートの高度蛇行例や高度石灰化病変(3/4周以上)などが挙げられる。よって治療適応の決定の際にはこのようなCAS危険・困難因子の評価が重要であり,経験が少ないチームで行う場合にはこれらの因子を有する症例は極力避けるべきである。

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技術教育セミナー / 頸動脈ステント

図4 大動脈弓の形態と分岐の高さ大動脈頂部から腕頭動脈起始部の高さの差と総頸動脈径とを比較して分類する。すなわちTypeⅠ: 腕頭動脈起始部の高さと

大動脈頂部の高さの差≦総頸動脈径

TypeⅡ: 等倍< <3倍TypeⅢ:     ≧3倍であり,Type 3になるに従い,カテーテル挿入の難易度が上がる。

図5 ウィリスの動脈輪および脳血流評価a : MRAやCTA,血管造影などで事前に

cross flowの予測をしておく。また外頸動脈からの眼動脈分岐や吻合など血管分岐の変異についても留意しておく。

b : 右頸動脈のバルーン閉塞試験。前交通動脈を介した対側からの供血が認められる。

c : XeCT:左頸動脈狭窄症例。左からダイアモックス負荷後,安静時,サブトラクション画像。左中大脳動脈領域の予備能低下が認められる。

ac

b

TypeⅠ TypeⅡ TypeⅢ

総頸動脈径 総頸動脈径 総頸動脈径

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頸動脈ステント留置術 手技の概略

 頸動脈狭窄時の脳梗塞発生機序はプラーク破綻による血栓塞栓症が80~90%を占め,残りの10~20%が血行動態性である。また,治療対象の多くは破綻しやすいプラークを有しており,治療の主目的は狭窄率の充分な改善よりもプラーク破綻防止である。また現在のフィルターによる遠位塞栓防止デバイスでは血管形成時に生じる破綻プラークの完全な捕捉は出来ない。以上から他の末梢血管や冠動脈狭窄病変などと比較して,より控えめな手技が推奨される,ということを念頭に置いておく必要がある。

1.使用器材(図1)A.フィルタプロテクションデバイスAngioguard XP:8本のナイチノール製ストラットに支えられたポリウレタン膜に100㎛の多数の孔が開けられている。8本中4本のストラットにX線マーカーが付いている。フィルター展開時の径が5~8㎜まで1.0㎜刻みのバリエーションがある。FilterWire EZ:サイズは1種類で,孔サイズ110㎛のポリウレタン製バッグである。サスペンダーに吊られたナイチノールのループが血管壁にフィットし,3.5㎜から5.5㎜までの径をカバーする構造となっている。B.ステントPrecise stent:Open cell designの自己拡張型ナイチノール製ステントであり,6 F以上のシースに挿入可能である。ステント径・長のバリエーションは stent径が6~10㎜,stent長は2㎝(6㎜径のみ),3㎝,4㎝である。Carotid Wallstent Monorail:Closed cell designの自己拡張型ステントであり,コバルト・クロム合金にエックス線不透過性のタンタルを埋植したワイヤーからなる。現在本邦で流通しているサイズバリエーションはfull open時の径・長が 6㎜/22㎜,8㎜/21㎜,8㎜/ 29㎜,10㎜/24㎜,10㎜/31㎜であり,留置する血管

技術教育セミナー / 頸動脈ステント

径によってステント長が長くなる。また最大50%展開後でも,2回までリシースが可能である。

2.手技の概略(図6) ここではセミナー時に準じて主にAngioguard XPとPrecise stentを用いたCASの手技を概説する。Filter Wire EZおよびCarotidWall stentのプライミングや留置方法,注意点など下記とは異なるため,添付文書等を参照のこと。2−1.使用機材のセッティング Angioguard XPの準備(ヘパリンでフィルターをフラッシュ,デプロイメントシース内へのフィルター格納,キャプチャーシースのフラッシュ),ステントやバルーン,Aラインなどのプライミングを行う。2−2.血管造影(頸部・頭部,両側総頸動脈,椎骨動脈) 病変の形態や長さなどや性状評価などCTA,MRIなどによる事前の画像評価は必須である。形状確認,前交通動脈や後交通動脈を介したcross flowの状態などの頭蓋内循環,眼動脈の供血などの把握を血管造影にて行う。2−3. 8Fガイディングカテーテルまたは6Fガイディン

グシースを総頸動脈に挿入(図6a) 8Fガイディングカテーテルまたは6Fガイディングシース内に先端形状つきの4~6Fカテーテルを挿入しコアキシャルシステムとしてロードマップガイド下に挿入する。その際ガイドワイアー先端は可能な限り外頸動脈遠位部に挿入しておくことが重要である。筆者らの施設では通常インナーカテーテルの形状としてJB2 typeを用いているが,大動脈との分岐角度が急峻な場合にはSimmons typeも使用している。また,カテーテルの追従が困難な場合には固めのワイヤーを用いることもある。また浅側頭動脈にガイドワイヤーを挿入し,それを表面から圧迫して保持する方法も報告されている。基本手技から少し外れるが筆者らの施設ではガイディングカテーテルとしてバルーンカテーテルを用いることが多く,その際は9Fのシースが必要となるが,(1)ステント挿入時のバックアップが強化できる,(2)フィルター挿入時に血流遮断を行うことにより遠位塞栓の危険性が減少できる,(3)slow/no flowとなった際にバルーンカテーテルからより迅速かつ効果的にデブリス吸引が行える,などの利点を有する。2−4.フィルター挿入 病変部を越えてフィルターワイヤーを内頸動脈咽頭部の遠位まで挿入し(図6b),デプロイメントシースを引いてフィルターを展開する(フィルター中心部の4点マーカーが離れ,展開したことを確認する(図6c))。Angioguard XPのサイズ選択は血管径の1.0~1.5㎜大きめとする。フィルターサイズが大きすぎるとフィルター膜のたわみにより,フィルター膜と血管壁の間の間隙が増大するとともに血管攣縮を起こしやすい。またフィルターが傾くとフィルター膜と血管壁の間の間

Inclusion criteriaGeneral criteriaAge ≥ 18 yrUnilateral or bilateral atherosclerotic or restenotic lesions in native carotidarteriesSymptomatic ≥ 50% stenosis of the luminal diameterAsymptomatic ≥ 80% stenosis of the luminal diameter

Criteria for high risk (at least one factor required)Clinically significant cardiac disease (congestive heart failure, abnormal stress test, or need for open-heart surgery)Severe pulmonary diseaseContralateral carotid occlusionContralateral laryngeal-nerve palsyPrevious radical neck surgery or radiation therapy to the neckRecurrent stenosis after endarterectomyAge > 80 yr

表1 SAPPHIRE trialにおける登録基準(文献3より引用)

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技術教育セミナー / 頸動脈ステント

図6 右内頸動脈狭窄症に対するステント留置術(正面像)a : 右内頸動脈近位にshort segmentで潰瘍形成を伴う高度狭窄を認める。b : フィルターワイヤーを内頸動脈咽頭部の遠位まで挿入する。展開前のマーカーは一つに重なって見える。c : デプロイメントシースを引き抜いてフィルターを展開する。きちんと展開されれば4つのマーカーが離れて認識できる。

d : 狭窄をステントや後拡張のバルーンが通過する程度に控えめのサイズで前拡張を行う。 狭窄が高度ではない場合には前拡張せずにdirect stentingを行うことも多い。e : 狭窄部を越えて,病変部全体をカバーするような位置にステントを挿入する。f : ステントを展開する。g : 目的血管径と同じか,やや小さめのサイズのバルーンを用いて後拡張を行う。h : 後拡張後の右総頸動脈造影。拡張の程度やslow flow/no flowがないかを確認する。

隙が増大するので注意する。高度屈曲病変や高度狭窄病変では狭窄部をフィルターが通過しない可能性があるが,その際は,⒜塞栓防止デバイスをバルーンタイプのものに変更する,⒝固めのマイクロガイドワイヤーを通過させ屈曲を進展させる,⒞フィルター通過前に小径のバルーンで前拡張を行う,などの工夫が必要となることもある。

2−5.前拡張(図6d) 原則として3㎜前後の控えめの径で行う。第一の目的はステントや後拡張のバルーンの通過性を良くすることであり,狭窄が高度でない場合は前拡張を行わずにdirect stentingを行うことも多い。但し高度狭窄・屈曲病変にdirect stentingを行った場合は後拡張のバルーンが挿入困難となる危険性がある。

a b cd e fg h

狭窄部

ガイディングシース

AngioguardXP

AngioguardXP展開後

前拡張バルーン ステント

デリバリーシステム

ステント展開

後拡張バルーン

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2−6.ステント留置(図6e,f) デリバリーシステム挿入時・抜去時にはフィルターワイヤーの移動に注意する。ステントサイズは総頸動脈径より少し大きめ(<1㎜),内頸動脈内留置の場合は留置部の最大径より少し大きめの径とし,病変全体をカバーする長さのものを選択する。遠位部の屈曲を是正しようとして屈曲をカバーして長い範囲に置くと,遠位部で内頸動脈のキンクが起こり易い(アコーディオン現象)ことから注意が必要である。2−7.後拡張(図6g) 目的血管径と同じか,やや小さめのサイズで行う。残存狭窄率≦40%であればacceptableとする。過度な拡張,多数回の拡張は塞栓性合併症の危険を増加させることから避けるべきである。2−8.血管造影 頸部(図6h) 病変部の拡張の程度,stent内のplaque protrusionやslow flow, no flowの確認(フィルターの目詰まり)を行う。Slow/no flowの場合は吸引カテーテルを挿入し,デブリスの吸引を行う。2−9.フィルターワイヤー回収 キャプチャーシースを挿入し,フィルターを収納する。フィルターのマーカーがひとつになり,フィルター近位マーカーとキャプチャーシースのマーカーが接することを確認する。フィルターの抜去時に屈曲病変・狭窄残存病変ではフィルターがステントに引っかかる場合があるが,無理に引っ張るとフィルター破損や回収不能となる場合があるため非常に危険である。その際は一旦ステント遠位側に戻し首の回旋やガイディングの向きや位置の調整を行うことで解決を試みる。2−10.血管撮影 頸部・頭部(図6i〜l) 遠位塞栓の有無,ステント内血栓やプラーク突出の

有無の把握を行う。2−11.止血 術前からの抗血小板薬投与や術中・術後の抗凝固療法が必要なことから,筆者らの施設ではAngiosealⓇなどの止血用デバイスを用いている。その際は穿刺が総大腿動脈であり,高度石灰化のないことなどを確かめておく。2−12.その他の留意点 その他安全に手技を行うための留意点を以下に列挙する。*大腿動脈にシース挿入後は全身ヘパリン化(ACT

250~300)を行う。Carotid Wallstentの添付文書では275秒以上に維持するよう記載されている。

*全ての手技はロードマップガイド下に,出来るだけbiplane systemで行う。*頸動脈洞の反射による低血圧・徐脈が約半数の症例で起こるため,硫酸アトロピン,昇圧剤をすぐに投与できるように準備しておく。リスクが高い場合(高度石灰化病変・屈曲病変)には拡張直前に硫酸アトロピン20~40㎎を投与する。

周術期管理と投薬

1.抗血小板薬 術中術後のステント血栓症を防止するために非常に重要であり,最低3日前から投与する。 決まった投与法は定められていないがAspirin 単独投与群よりも2剤併用群のほうが術中・術後塞栓性合併症が少ないという報告もあり,Aspirin 85~300㎎/day(バイアスピリンⓇ)をベースに下記のうち1剤と併用することが一般的である。1.Clopidogrel 50~75㎎/day(プラビックスⓇ)

図6 右内頸動脈狭窄症に対するステント留置術i : フィルターワイヤー回収後の右総頸動脈側面像j : 正面像k : 頭蓋内側面像l : 正面像ステント内血栓やプラーク突出,頭蓋内の遠位塞栓が無いことを確認する。

i j k l

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2.Cilostazol 100~200㎎/day(プレタールⓇ)3.Ticlopidine 100~200㎎/day(パナルジンⓇ) 1と3は同系の薬剤であり併用しない。1は3よりも副作用が少なく,CAPRIE試験においてその有効性が示された6)。Aspirinと短期併用により,TCDで検出される微小塞栓を抑制したとの報告もあるが7),併用による出血性副作用の増加を示唆する報告もある8)。またCilostazolは抗血小板効果が弱いが,それ以外にも平滑筋遊走抑制効果など多方面の効果があり,再狭窄予防効果も報告されている9~ 12)。中にはAspirinやClopidogrel resistance の症例が存在するため,注意が必要である。投与期間に関しては術後30日まで2剤併用することが一般的であるが,その後の継続期間や投与薬剤については脳出血などの危険性もあり決まった投薬方法はない。冠動脈や他の脳血管狭窄などの併存病変を伴っている症例も多く,個々の症例によりその投与法は異なると思われるが,筆者らの施設では上記のうち少なくとも1剤を永続投与としている。

2.その他の薬剤 脂質異常症の治療薬であるStatin(リピトールⓇ,リポバスⓇなど)はコレステロール低下作用以外にもプラークを安定化させるなどの多面的作用があり,ステント留置時の合併症や再狭窄を低減させる可能性がある13)。

3.血圧管理A)低血圧 頸動脈洞反射により約半数の症例で見られる。収縮期血圧80~90mmHgであれば,硫酸アトロピン投与(50㎎)を行い,さらに低下するようであれば昇圧剤投与を行う。場合によっては一時的ペーシングを考慮する。B)過灌流症候群 血圧は160mmHg以下にコントロールする。多くの症例は頸動脈洞反射のため自然に90~120mmHgとなるので自然経過でよい場合が多いが,過灌流症候群の危険性が高いと判断された場合には収縮期血圧100mmHg程度に厳重に管理する。

まとめ

 頸動脈ステント留置術に必要な血管解剖とCAS基本手技について概説した。前述のごとくCASは比較的簡単な手技であるが,特有の合併症や危険性を有する。良好な初期成績を出すためには,まずは基本手技の理解は当然であるが,それ以上に十分な術前検査によってステント留置の高危険群・困難群の評価を行い,術者の熟達度に応じた適応の決定が重要であると考える。

【参考文献】1) 柏木淳之,清末一路,中原一郎,他:Angioguard

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2 . 治療成績,周術期合併症,基本手技困難例,リスクマネージメント

医真会八尾総合病院 放射線科・脳血管内治療科,奈良県立医科大学 放射線科1)

高山勝年,中川裕之1),吉川公彦1)

 我が国でも頸動脈ステント留置術(carotid artery stenting,以下CAS)が2008年4月から保険認可された。欧米ではすでに複数の遠位塞栓予防のembolic protec-tion device(EPD)およびステントが使用されている。しかし我が国では2010年4月までEPDはAngioguard XP,ステントはPreciseステントだけであったが,2010年5月からEPDはFilterWire EZと,ステントはCarotid Wallstentも新たに保険認可された。 ここではAngioguard XPとPreciseステントを用いたCASを中心に治療成績ならびにCAS合併症,基本手技困難例およびそのリスクマネージメントについて述べる。

Angioguard XPとPreciseステントを用いたCASの成績

 Angioguard XP/RXとPreciseステントを用いた頸動脈内膜剥離術(CEA)ハイリスク2001例での成功率は93.7%(残存狭窄が30%以下),周術期脳梗塞の発生率は3.2%,うち治療側は2.9%,心筋梗塞0.7%,MAE 4.4%と報告されている1)。自験例129例,135病変では技術的成功率は98.5%(133/135),脳梗塞3.7%(5/135)うち治療側の脳梗塞は3.0%(4/135),心筋梗塞1.5%(2/135)でMAEは 4.2%でほぼ同等の成績であった。自験例の技術的成功の定義はAngioguard XPを挿入し,Angioguard XP下でステント留置および拡張ができ(残存狭窄が30%以下)および回収をできたものとした。技術的成功が得られなかった2例中,1例ではAngioguard XPが挿入できず,1例ではAngioguard XPを挿入できたがステントを最適位置に留置できなかった。いずれの症例も高齢者75歳以上でかつ内頸動脈の分岐角度が急峻な動脈硬化の強い症例であった。

2.CASの周術期合併症

1)脳梗塞 EPDを用いても脳梗塞は完全には防げない2)。Angio-guard XP/RXの2001例での報告では治療側の脳梗塞の発生頻度は2.9%1)で,自験例では3.0%であった。筆者らはフィルター内に多量のdebrisが認められたにも関らず,術後に脳梗塞が認められた例を経験しており,debrisがすり抜けたと考えられ,本例では術前MRIプラークイメージで不安定プラークを示していた。またフィルタータイプのEPDではフィルターの目詰まり

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と考えられる内頸動脈の血流障害 slow flow現象が認められ,その頻度は9.3%で3),自験例では19.4%であった。Slow flow現象が起れば脳梗塞の発生率が高くなるといわれ,その予測因子として不安定プラークが挙げられている4)。

2)徐脈,低血圧,心筋梗塞 CAS特有の合併症の一つとして徐脈,低血圧がある。術中および術後の徐脈,低血圧は高頻度に起り,発生頻度は42%という報告もある5)。その機序は頸動脈圧受容体刺激による迷走神経反射と考えられており,通常一時的である。しかし徐脈,低血圧の期間が数日から長い例では2週間位遷延する場合がある。頸動脈狭窄と冠動脈狭窄の合併率は高いといわれ6),徐脈,低血圧が起れば狭心症や心筋梗塞の原因にもなるため注意が必要である。術中の徐脈,低血圧は特に後拡張時に多く起る。心筋梗塞の頻度は0.7%1),自験例では1.5%であった。 術後の徐脈に対するペースメーカーについては,自験例320例で必要になった例は1例もなく,通常ペースメーカーは必要ないと考えられる。

3)過還流症候群 CEAやCAS後の特有の合併症の一つとして過還流症候群がある。その病態は血管拡張により脳血流が急激に増大し脳実質に障害が起る状態で頭痛だけの場合もあるが,重篤な場合は痙攣や脳内出血が起ることもある。CEA後の過還流症候群の頻度は 1.3%と報告されている7)。CAS後の脳内出血の発生頻度は0.6 8)~0.8%9)

とまれであるが,抗血小板薬や抗凝固薬を投与していることもありいったん起ると致命的になることが多い。CEA術後に起る脳内出血と較べて発症時期が早いといわれ,特にCASでは術後12時間以内に多い。そのためその原因が高血圧性脳内出血と類似しているのではないかとも推測されている9)。その予測因子として高度狭窄例で対側閉塞や対側高度狭窄を伴ったもの,側副血行路不良例,高度循環予備能低下,slow flow MCA(中大脳動脈がゆっくり造影される)などといわれている。 自験例では過還流症候群は1.3%(4/320)で,その内訳は頭痛0.6%,痙攣0.3%,脳血出血0.3%であった。

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4)網膜動脈塞栓症 非常にまれであるが,起ると最悪失明に至る重篤な合併症の一つである。 Percusurge system(バルーンプロテクションデバイス)を用いた場合,症候性になったのは1.25%(1/80)と報告されている10)。自験例では320例中1例(0.3%)で失明を経験している。

CASの長期成績

再狭窄と脳梗塞 CAS後の再狭窄率は4.85%11),自験例(226病変)では5.6%であり,他の冠動脈や末梢動脈領域に較べて低い。Preciseステント留置後の再治療率は0.7%と低い。自験例では再狭窄の多くは術後6ヵ月以内に起っており,多くが無症候性である。 治療側の脳梗塞の発生率も 0.23%11),自験例でも0.88%で低い。 最近報告されたCEA通常リスクにおけるCASとCEAを比較した無作為比較試験CREST studyでも周術期合併症以降の脳梗塞の発生率はCASで2.0%,CEAで2.4%とほぼ同等と報告された12)。

CASの基本手技(図1)

 米国でconsensusが得られているCASの基本手技は以下のとおりである13)。⑴ EPDを病変部を超えて通過させる。通過困難な場合は径2㎜のバルーンで前拡張後EPDを通過させる。

⑵ 径3.0 or 4㎜のバルーンで前拡張⑶ ステント留置⑷ 径 5~ 6㎜のバルーンで後拡張(病変径に対して

60%から80%程度,自験例では径4㎜のバルーンが多い)残存狭窄が30~40%でも容認。

⑸ EPD回収

CASの基本手技困難例

1)ガイディングカテーテル挿入困難例(図2,3) ガイディングカテーテル挿入の難易度は総頸動脈と大動脈弓の形状により大きく3つに分けられる。Type 3 archは一番難易度が高い(図2)。挿入困難な場合は上腕動脈approachも考慮する。また特殊な場合として外頸動脈起始部狭窄(図3),外頸動脈起始部閉塞(図3),内頸動脈から総頸動脈に狭窄がある場合もガイディングカテーテル挿入が困難であることが多い。なぜならガイドワイヤーを外頸動脈に挿入することが難しいため,十分なガイドワイヤーのback upが得られない状態でガイディングカテーテルを挿入しなければならないからである。対策として柔軟性の高いガイディングカテーテル(例テルモ社のDestination)を使用する。またはリスクを伴うが内頸動脈狭窄を越えてガイドワイヤーを挿入し,back upが得られた状態でガイディングカテーテルを挿入する。

2)Angioguard XP挿入困難例(図4)⒜Angioguard XPに不向きな病変1  Angioguard XPの先端ワイヤーは内頸動脈の入り口に挿入できるが,さらに挿入するとフィルター部分が外頸動脈に入ってしまう。なんとかAngioguard XPを挿入できたが,Preciseステントを至適位置に留置できなかったため,最終的にはAngioguard XPを回収し,0.014 inchワイヤーに交換してPresiceステントを再度至適位置まで挿入して留置した。⒝Angioguard XPに不向きな病変2  Angioguard XPの先端ワイヤーは潰瘍に入り,狭窄部に挿入できない。

 Microguide wireを狭窄部を越えて留置した後,径2㎜のバルーンでpre-pre PTA後,Buddy wire tech-

図1

フィルター挿入 前拡張 ステント留置 後拡張 フィルター回収

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niqueでAngioguard XPを挿入したが挿入困難であった。また狭窄部より遠位部の内頸動脈は屈曲しておりAngioguard XPが狭窄部を越えても留置位置まで挿入するのは困難なことが予想される。⒞Buddy wire techniqueが必要であった病変  Angioguard XPの先端ワイヤーが狭窄部を越えないため,microguide wire(0.014 inch wire)を狭窄を越えて留置した後,guide wireに添わせてAngio-guard XPを挿入できた(Buddy wire technique)。⒟Pre-pre PTAとBuddy wire techniqueでAngioguard

XPを留置した例。  Angioguard XPの先端ワイヤーが狭窄部に挿入できないため,microguide wire(0.014 inch wire)をマイクロカテーテルとともに用いて狭窄を越えて留置し,径2㎜のバルーンでPTA後,guide wireに添わせてAngioguard XPを挿入できた(Buddy wire tech-nique)。

CASのリスクマネージメント

 術前リスク評価項目として生理学的項目と解剖学的項目がある。

1)生理学的評価項目 CAS術中,術後に起る合併症のリスクを予測するための項目で心機能,虚血耐性,脳血流等などがある。

(1)心機能 評価の目的は,術中,術後の徐脈,低血圧が起った場合の心合併症を予測するため。心機能低下,冠動脈狭窄→徐脈,低血圧→心筋梗塞,不整脈 心エコー検査は必須であり,心機能,壁運動,弁膜症の有無等を評価する。心エコーの結果で循環器内科と相談し,心筋シンチ,冠動脈3D-CTA,心臓カテーテル検査等が必要か判断している。冠動脈3枝病変での頸動脈有意狭窄の合併率36.0%6)と報告されており,術前の冠動脈疾患の評価は必要である。 筆者らは術前に心電図,心エコーを施行し,異常がなければ,他の検査は行なわずにCASを施行している。・合併症予防術中:CASではダイナミックに血圧が変化するため

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a b

Ⅰ Ⅱ Ⅲ

Aortic Arch Classification:Difficulty level from ⅠtoⅢ

図2 図3 a : 外頸動脈から総頸動脈の狭窄b : 外頸動脈閉塞

a b c d図4

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血圧のモニターは必須と考えられ,筆者らは必ず持続動脈圧モニターを橈骨動脈または大腿動脈のシースから行っている。 後拡張直前に硫酸アトロピン1A(0.5㎎)を静注し,心拍数が上昇してから後拡張を施行する。ゆっくりバルーンを inflateし,正常圧に達したら直ちにバルーンをdeflateする。たとえ心拍数が低下してもバルーンをすぐにdeflateすれば通常心拍数は回復する。術中,術後の徐脈に対するペースメーカーについては,自験例320例で必要になった例は1例もなく,通常ペースメーカーは必要ないと考えられる。血圧低下が起った場合,昇圧剤として100倍希釈のノルアドレナリン(ノルアドレナリン1A(1㎎)と生理食塩水100㏄)を1㏄ずつ投与し適宜コントロールしている。昇圧を直ちに行うためにはCVラインからの昇圧剤投与が望ましい。術後:筆者らは必ず少なくとも1日は ICUで管理し,持続血圧モニターおよび心電図で,徐脈,低血圧,不整脈をモニターしている。 初期の症例で術後遷延する高度低血圧のため,術後27時間後に心筋虚血と考えられる突然の心室細動が起り,蘇生後脳症になった重篤な合併症を経験している。そのため心合併症を伴ったハイリスク例の場合は昇圧薬投与によって血行動態が安定するまで ICUで管理している。

(2)虚血耐性(図5) 評価の目的は,術中にフィルター EPDの閉塞が起る場合があり,起った場合に手技が継続できるかどうかを評価するため(虚血耐性があるかどうか)。虚血耐性なし→フィルター閉塞→不穏,痙攣,手技不可能→合併症 評価方法:脳血管造影検査,マタステスト 筆者らは術前に脳血管造影の所見で前交通動脈を介するcross flowがない場合は,特に注意して,フィルター閉塞が起った場合すぐに鎮静薬を投与できる状態でCASを施行している。

(3)脳血流評価 評価の目的は,CAS後の過還流症候群の高危険群であるかを予測するため。脳血流低下,脳循環予備能低下→過還流症候群→痙攣,脳内出血→後遺症,死亡 対側の閉塞または高度狭窄を伴った高度狭窄例や側副血行路が不良の場合(脳血流低下や脳循環予備能が低下している場合)過還流症候群のリスクが高い。 筆者らは脳血管造影検査の所見で対側の閉塞または高度狭窄を伴った高度狭窄例や側副血行路の不良例に限って,術前に脳血流シンチやCT perfusionで評価している。予防 術後の血圧を低く保つことといわれているが,CAS後の多くは術後低血圧になることが多いため,現実的には至適な血圧は不明であるが,筆者らは収縮期圧120 mmHg以下でコントロールしている。また後拡張後に頭痛を訴えた時には降圧薬を投与し,プロポフォール等で沈静をかける。通常過還流症候群のピークは1週間であるためその間は ICUで管理することもある。

2)解剖学的評価項目 CASの手技自体の難易度を予測するための項目で,アクセスルート,Angioguard XP留置,病変のプラーク性状等が挙げられる。

(1)アクセスルート 下肢動脈,ASOの有無,大動脈弓の形状,総頸動脈の走行や起始部の狭窄の有無,外頸動脈の狭窄または閉塞を確認する。筆者らは,術前にABI,3D-CTA,MRA等で確認している。 大動脈弓(type 3)でshaggy aortaの場合は上腕動脈アプローチも考慮する。

(2)Angioguard XP留置 狭窄部フィルター留置予定部位の走行や狭窄の有無。フィルター留置予定部位から狭窄までの距離,走行,屈曲の有無,内頸動脈分岐角度の程度を検討する。

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図5 a : MCAまで造影 十分b : 対側ACAまで造影 まず大丈夫c : Cross flowなし 要注意

a b c

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 Angioguard XP留置が難しい病変は内頸動脈が急峻に分岐している例やフィルター留置予定部位から狭窄までの内頸動脈の屈曲が強い場合には,挿入および留置困難で,難易度が高くなる。Buddy wireで血管を伸ばして挿入する場合もあるが,Angioguard XPの挿入にこだわって合併症を起こしてはいけないので,治療を断念することも必要である。特に初心者ではAngioguard XP挿入困難が予測される例では避けるべきである。自験例で,Angioguard XP挿入困難例で挿入に時間がかかり対側ではあるが1例major strokeを経験している(図4a)。

(3)病変のプラーク性状およびプラーク体積 Angioguard XPでの塞栓症のリスクが高い病変として,MR plaque imagingでT1強調像でのプラークの信号/後頸筋の信号の比が1.5以上でかつ狭窄病変の長さが25㎜以上と報告され14),自験例でもまたAngioguard XPで治療側に脳梗塞を起した例は,全例MR plaque imagingで術前不安定プラークを示した狭窄病変であった。 また全周性の高度石灰化病変もCASの適応外になるため,術前のCTでの評価が有用である。

まとめ

 2010年CEA通常リスク群での無作為比較試験(CREST study)でCASはCEAと同等であるとの結果が出たが 12),CASの術者は高い技術をもった術者134名に限られていた。術者の専門領域の内訳は循環器内科医40%,神経放射線科医23%,血管外科医16%,放射線科医11%,脳外科医7%,神経内科医3%で,専門領域別での合併症が一番低かったのは神経放射線科医で,合併症が一番高かったのは血管外科医であった15)。 我が国でAngioguard XPとPreciseステントを用いた656例でのCASの成績は,術後30日以内の周術期合併症の脳卒中は6.6%で良くはなかった。しかし年間症例数30例以上の施設では3.8%で,米国での成績と同等であった。CASはあくまでも予防的治療のため周術期合併症を起こさないことが要求される。CEAハイリスク病変が必ずしもCASローリスク病変ではないので,そのためにも術前のCASのハイリスク病変であるのかの評価が重要であり,術前のCASハイリスク病変は初心者では避けるべきである。

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