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chap2-1 違法・地域許容建築群の実態 第2章 旧建築線地区にみる違法・地域許容の実態 (110719) -船場地区におけるケーススタディ- 2- 1 建築線の略史 建築線は 1920(大正9)年の市街地建築物法の制定とともに,当時のドイツの法制度などを参 考に導入された。石田によれば,市街地建築物法では,まず道路は9尺 (2.7m)以上のものとされ, 次いでそのような道路敷地の境界線をもって建築線とすると規定し,さらに建築物の敷地は建築線 に接していなければならないとされたのである (注1) このように建築線は基本的には道路敷地の境界とされたが,特別の理由のあるときは,それとは 別の建築線を指定することができた。そのことが建築線を使っての都市計画的運用がうみだされる ことにつながった。大阪では全ての道路で道路境界線から1尺五寸(約 45cm)さがったところに建 築線(「後退建築線」)が指定されて運用されたり,「郊外地整理一般」として,道路のほとんどない 未市街地に細街路網の計画をたて,この計画道路境界線を建築線として指定するなどの利用が見ら れた。 指定建築線は戦前において,郊外地の無秩序な市街化を防止し,計画的な道路空間を確保するも のとして,耕地整理事業や区画整理事業などの宅地開発手法とともに積極的に活用され,多くの成 果をあげた。池田(1980)は,東京を中心とする事例を中心に,その積極的な意義を評価している (注2) 1950 年の建築基準法の施行に伴い,建築線は廃止され,幅員4m未満の道路の拡幅を目的とした 一般的指定建築線は,同じ内容のまま法 42 条第 2 項の「みなし道路」の規定にひきつがれる。これ 図2-1 船場の旧建築線地区 に対して,申請による建築線で,その間隔(建築線間 距離)が4m以上あるものは,その場所に位置指定さ れた道路があるものとみなされた(法附則5項) (注3) 本章で対象とした船場ならびに,第3章で対象とする 東大阪市の事例は,いずれも上記のケースに該当する ものである。 2-2 船場建築線のあゆみ 船場建築線は大阪市の都心である船場地区の土地利 用高度化をめざしたもので,指定建築線の使い方とし ては特殊なものである(図2-1)。 当時の建物高さの決め方は,絶対高さが31m(百尺) であるものの,前面道路幅員による規制があり,商業 地は前面道路幅員の 1.5 倍,道路より 5.5 mほど奥に 入ると 8 mを加えることができるというものであった。 船場の場合,御堂筋・堺筋・北浜・本町の各通りは 道路拡幅が進んでおり 31 mは可能であったが,それ 以外の道路では,東西方向の多くが幅員約8mで,高

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chap2-1

違法・地域許容建築群の実態

第2章 旧建築線地区にみる違法・地域許容の実態 (110719)

-船場地区におけるケーススタディ-

2- 1 建築線の略史

建築線は 1920(大正9)年の市街地建築物法の制定とともに,当時のドイツの法制度などを参

考に導入された。石田によれば,市街地建築物法では,まず道路は9尺 (2.7m)以上のものとされ,

次いでそのような道路敷地の境界線をもって建築線とすると規定し,さらに建築物の敷地は建築線

に接していなければならないとされたのである(注1)。

このように建築線は基本的には道路敷地の境界とされたが,特別の理由のあるときは,それとは

別の建築線を指定することができた。そのことが建築線を使っての都市計画的運用がうみだされる

ことにつながった。大阪では全ての道路で道路境界線から1尺五寸(約 45cm)さがったところに建

築線(「後退建築線」)が指定されて運用されたり,「郊外地整理一般」として,道路のほとんどない

未市街地に細街路網の計画をたて,この計画道路境界線を建築線として指定するなどの利用が見ら

れた。

指定建築線は戦前において,郊外地の無秩序な市街化を防止し,計画的な道路空間を確保するも

のとして,耕地整理事業や区画整理事業などの宅地開発手法とともに積極的に活用され,多くの成

果をあげた。池田 (1980)は,東京を中心とする事例を中心に,その積極的な意義を評価している(注2)。

1950 年の建築基準法の施行に伴い,建築線は廃止され,幅員4m未満の道路の拡幅を目的とした

一般的指定建築線は,同じ内容のまま法 42条第 2項の「みなし道路」の規定にひきつがれる。これ

図2-1 船場の旧建築線地区

に対して,申請による建築線で,その間隔(建築線間

距離)が4m以上あるものは,その場所に位置指定さ

れた道路があるものとみなされた(法附則5項)(注3)。

本章で対象とした船場ならびに,第3章で対象とする

東大阪市の事例は,いずれも上記のケースに該当する

ものである。

2-2 船場建築線のあゆみ

船場建築線は大阪市の都心である船場地区の土地利

用高度化をめざしたもので,指定建築線の使い方とし

ては特殊なものである(図2-1)。

当時の建物高さの決め方は,絶対高さが 31m(百尺)

であるものの,前面道路幅員による規制があり,商業

地は前面道路幅員の 1.5 倍,道路より 5.5 mほど奥に

入ると8mを加えることができるというものであった。

船場の場合,御堂筋・堺筋・北浜・本町の各通りは

道路拡幅が進んでおり 31 mは可能であったが,それ

以外の道路では,東西方向の多くが幅員約8mで,高

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chap2-2

違法・地域許容建築群の実態さは 12mに制限され,南北方向の多くが6mで高さは9mで制限されていた。

そこで道路幅員を広くして高い建物を建設できるようにするためには2m後退が最適であるという

結論に達し,指定建築線が導入された。2m後退するとはいえ,高さ制限は緩和される。そのため地

主にとって延床面積は増大するという利益がある。いっぽう大阪市は無償で道路拡幅ができ,「建築

線の指定は結構づくめの結論」という一石二鳥の効果が狙われたのである(注4)。

図2-2は現在の船場における旧建築線の指定状況(現在では道路位置指定)を示したものである。

図2-2 船場の旧建築線の指定状況

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chap2-3

違法・地域許容建築群の実態青で示された線は主に南北方向の道路で,現況の道路幅員は概ね6mである。旧建築線は道路中心か

ら5mのところに前面道路と並行に指定されている。赤で示された線は主に東西方向の道路で,現況

の道路幅員は概ね8mあり,旧建築線は道路中心から6mのところに指定されている。

図2-3は交差点における隅切りの図解である。旧建築線の交差部分にあっては,2.5mの隅切り

がなされていることがわかる。

図2-3 船場の旧建築線の道路隅切りならびに高さ制限の緩和

船場における建築線指定の告示は 1939(昭和 14)年4月であった。しかしながらすでに銅・鉄・

木材の使用制限がはじまっており,この建築線によって戦前に高層建築物が建設されることはなかっ

た。その船場は空襲で北部を除いて大半が焼失してしまう。

戦後の戦災復興の過程で建築物があらたに建設されだすが,木造については建築指導が十分でなく

昔の道路境界のままに建てられ,非木造のものでは後退指導が行われつつ,今日に至っている。

このような歴史をもつ船場が,近年にわかに注目を集めている。それは法律的には違法建築物が多

い地区であるにもかかわらず,整然としたビルが揃った都心とは異なる「まちのにぎわい」があるか

らである。

鳴海等は『船場を読み解く』として,船場の建築群の総合的な調査を実施している。そこでは「船

場における壁面線後退空地」として土地利用実態が調査されている。その調査の分析にあたって採用

されている基本視点は,船場建築線が歩道としての空間を確保しえているかどうかである。結論とし

ては,60年以上経過しても歩道空間を形成するという目標を達成できていないと断じ,その原因と

対策を検討している(注5)。

2-3 船場旧建築線地区の現況

(1) 現地調査の方法

船場地区全域について旧建築線と後退前の道路境界に挟まれた部分に着目して,その敷地利用現況・

建物ファサード状態などの観察調査を実施し,旧建築線指定区域内の状況を整理する。観察調査から

得られたデータから違法・グレイ土地利用についての分布状況を把握するとともに特徴や問題点を明

らかにする。

調査・整理にあたっては元大阪市建築行政担当者の協力を得て法的判断のアドバイスを受けるとと

もに,地元で営業を行っており,最近建築行為を行い旧建築線規制の問題を実際に体験した住民から

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chap2-4

違法・地域許容建築群の実態も情報を得た。現地調査は 2006 年 12 月から翌年の1月にかけて実施した。

(2) 違法な土地利用の判定

旧建築線と後退前の道路境界に挟まれた部分や隅切り部分は,建築基準法上の道路とみなされるこ

とから建築物を建築することはできない。この前面空地の利用形態を現地観察した結果,主に A:建

物の突出,B:庇の突出,C:塀の突出,の3点が建築基準法違反となる主なケースであることがわかった。

A:建物の突出

建築当初からの突出と,建築後新たに加えられた増築などにより建築線を越えた状態になったもの

で,全て違法である。ただし柵など簡易的なものや移動可能なものの設置は一時的な突出であると考

えられるため違法とは言い切れない(図2-4)。

B:塀の突出

建築物に付属する門若しくは塀などは建築物と扱われるため,旧建築線を越えて建築することは違

法となる。それ以外の塀は建築物には該当せず違法だとは言えない。また,敷地内に建築物を有しな

い駐車場や空地や運動場に設けられた塀なども同様に建築の扱いがされないため建築物とは認められ

ず旧建築線を越えて設けることが出来る(図2-5)。

C:庇の突出

庇についても塀と同じく,敷地内の建築物と密着して設けられ旧建築線を越えているものは違法と

なる。ただし,その構造が折りたたみ式のものなどは一時的な突出とみなされるため違法とは判断さ

れない(図2-6)

図2-4 建物の突出事例

図2-5 塀の突出事例

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chap2-5

違法・地域許容建築群の実態

図2-6 庇の突出事例

(3) 違法な土地利用の状況

図2-7に船場地区において違法な土地利用であると判定された結果を全体図として示した。また

表2-1に各町の建物棟数と違法と判定された内容別の棟数を示した。船場地区全体の調査建物3,585

棟に占める違法建物数は 1,071 棟(29.9%)であり,町別の違法率をみると北部の今橋(8.3%),北

浜(15.7%)から南船場へと,地区を南に下るほど違法率が上昇する傾向にあり,博労町(40.7%)がもっ

とも高い。

調査建物数に対する違法内容別の割合をみると「建物の突出」が 20.8%と多くを占め,他の違法要

素の割合は「庇の突出」4.5%,「塀の突出」4.5%となっており,その割合は少ない。

この表2-1だけを見ていると,違反率に大きな特徴はなく,均等に違反建築物が分布しているよ

うに思われる。これを表2-2のように地域をグループ化して違反率を見ると,グループが南下する

につれて違反率はあがっていることがわかる。その原因は北部と南部の土地の所有者の違いと所有敷

地面積の違いにある。

図2-8は公開空地を利用した建築物のあるブロックを示したものである。船場の北部には三井住

友銀行や日本生命など,高層の商業ビルが多く建設されており,企業が土地を所有している場合が多表2-1 船場における違法建築の街別・タイプ別件数い。この場合は敷地面積も広く,全体的に街の開

発を行うことが可能である。もちろん壁面はきち

んとセットバックされ,また前面空地は公開空

地や歩道として第3者の立ち入りを許している

場合が多い。斜線制限の関係から,より多くセッ

トバックした方が建物を高く建設できるため,広

い床面積を必要とする商業ビルにとっては得で

あるとも言える。また特に違反率の低い北浜や

今橋はこれらが多く密集している。そのため違

反率も低い。

逆に南部は,まだまだ小さな商店や問屋が多

いため,高層のものを建てることができない。ま

た建てる必要がない。さらに敷地が小さく,セッ

トバックしたくてもできない現状もある。壁面

物件数 建物突出 庇突出 塀の突出 違反数合計 違反率(%)

北浜 115 10 5 3 18 16今橋 72 5 1 0 6 8

高麗橋 140 22 5 8 35 25伏見町 74 19 1 5 25 34道修町 186 50 1 7 58 31平野町 225 42 3 4 49 22淡路町 173 31 14 5 50 29瓦町 197 44 11 9 64 32

備後町 99 18 3 3 24 24安土町 91 20 5 8 33 36本町 146 28 0 7 35 24

南本町 204 42 8 8 58 28久太郎町 247 62 17 5 84 34北久宝寺 257 74 5 7 86 33南久宝寺 285 57 11 4 72 25博労町 263 69 30 8 107 41南船場 811 154 43 70 267 33

計 3,585 747 163 161 1,071 30

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chap2-6

違法・地域許容建築群の実態

図2-7 違法な土地利用の実態(全体図)

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chap2-7

違法・地域許容建築群の実態をセットバックさせ歩道にし,高額な資産である土地を第3者に明け渡したとしても,何ら利益がな

い。そのため,建設時にはきちんとセットバックされ壁面が揃っていても,のちに増築や修繕をして,

自分が所有する土地を最大限利用しようという思いから,違反建築物が増えるのである。また簡単な

増築なら2,3日もあれば可能であり,安易にできることも違反率の増加の理由につながっていると

思われる。

船場建築線の目的である,「道路幅を広げ,斜線制限を緩和させ,建物の高層化をはかる」という

目的を本当に達成できているのは,北浜・今橋・高麗橋付近のビジネス街のみであると言える。南船

図2-8 公開空地をもつ街区

表2-2 グループ化した町でみた違反率

公開空地

グループ 町名 物件数 違反件数 違反率

A 北浜 今橋 高麗橋 伏見町 道修町 587 139 23.7%

B 平野町 南本町 瓦町 備後町 安土町 785 220 28.0%

C 本町 南本町 久太郎町 北久宝寺 南久宝寺 1,139 335 29.4%

D 博労町 南船場   1,074 374 34.8%

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chap2-8

違法・地域許容建築群の実態場など南部は高層化する必要が全くなく,また何の利益もないためセットバックすることに消極的で

あるようである。

(4) 「グレイ」な土地利用の判定

(2) で判定した3つのタイプのように,明確な建築基準法違法とは言い切れなくても,船場建築線

の目的の一つである「道路(歩行者空間)として使用が可能である」という観点からみると,建築線

を守って壁面が後退していても,後退した私有空間部分について歩道としての機能を果たすことがで

きないケースがみられる。道路法の道路では占用許可を得ていないという違法にあたる。また建築物

から分離された工作物などが設置されているため,歩行空間としての機能を妨げているケースもある。

このようなケースをグレイな土地利用として,以下のように分類した。

D : 塀の突出(建築物に密着しない工作物)

塀の突出においては,船場建築線内の建築物に密着していないものに限る。船場建築線内の建築物

と密着している塀は建築物と認められるが,そうでない場合は建築物として認められない。なぜなら

船場建築線と後退前の道路境界に挟まれた部分は法律上道路であり,敷地とはみなされないため,建

築物に付属する門もしくは塀とは認められず,建築物の一部ではなく,工作物になるためである。よっ

て違反建築物にはならずグレーゾーンの土地利用に属す。

E : 植栽 (鉢植えのものも含む)

植栽においては,鉢に植えられ移動可能なものと,土着した花壇のようなものとの2通りあげられ

る。両方とも歩行が困難なため,グレーゾーンの土地利用とする。

F : オープンデッキ(移動可能なものも含む)

オープンデッキにおいては,道路に机と椅子が置かれているだけのもの,折りたたみ式の庇と柵が

たてられたもの,また段差をつけているものなど様々あるが,土着せずに移動可能なもの全てを含む

ものとする。

G : 看板の設置 (移動不可能なものに限る)

看板においては,移動不可能なもののみをグレーな土地利用と判定した。移動可能なものもたくさ

んあるが,それらは一時的に置かれているだけのため除く。

H : 段差(膝より高いものに限る)

段差においては,膝の高さよりも高いもののみとする。それより低いものは歩道にもたくさん存在

し,また歩行に支障がないとみなし排除した。

以上のようなグレーの土地利用の具体例を図2-9に示した。

(5) 違法・グレイ土地利用の実態

図2-10には違法に加えてグレイな土地利用と判定された結果の全体図を示した。図2-11は

その部分図である。

図2-12に違法・グレイの土地利用の件数を,タイプ別に合計したものを示した。これによると

件数ベースでは,違法と判定されたものが 7割近くを占めており,グレイの土地利用では駐車空間や

緑(鉢物)の占める比率が高いことがわかる。

これを町別に見ると,図2-13のように,各町に立地する建物の数(物件数)に対する違反・グ

レイの土地利用の件数は 30%を超えるものが多い。平均値が低い,平野町,本町,南久宝寺町,南

船場4などは幅員の広い道路(建築線指定のない)に面している区間があるためであり,今町では総

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chap2-9

違法・地域許容建築群の実態

E 固定的な植栽が出てきている

図2-9 グレイな土地利用例

E 移動可能であるが、ほぼ固定されている緑

D 建築物とは分離した壁の突出G 移動不可能な看板の設置

F デッキの張り出し F オープンなカフェに

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chap2-10

違法・地域許容建築群の実態

図2-10 違法・グレイな土地利用の実態(全体図)

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chap2-11

違法・地域許容建築群の実態

(記号の解説)

・赤色で示された太線部分は建築線を越えて建築物が建築されている箇所。細線で示された前面道路に対して平

行な赤線は庇部分が建築線を越えて設置されている箇所。同じく細線で前面道路に対して垂直に示された赤線

は塀が建築線に対して垂直方向で突出している箇所である。また建築物の一部と見なすことができそうな段差・

スロープは赤の格子で網掛けしてある。すなわち赤色で示された箇所は違法であることが明らかな部分である。

・橙で示された前面道路に対して垂直に示されている部分は建築線によって生まれた空間に看板などの工作物が地

面または建築物そのものに設置されている箇所である。

・工作物は設置の仕方次第で建築物とは見なされないことがあり、その判断は難しいためグレーゾーンに分類する。

また、前面道路に対して水平に示された部分も建築線を越えて庇が突出している部分であるが、庇が開閉可能

であるため違法であると断定できない箇所である。

・青色で格子状に網掛けされている部分は駐車場である。駐車場の違法性についての判定は難しく、塀の有無及び

塀を有している場合は敷地内に建築物が建築されているかという判断が必要になる。ここでは違法・適法とい

うことはあまり重要視せず利用内容という面だけを見る。駐輪場は灰色の縁に青の格子で塗り分けてある。

・深緑色で示されている部分は総合設計制度によって生まれた公開空地である。

・鉢の記号と黄緑色の部分は共に植栽を示しているが、前者は移動可能な植栽、つまり鉢物なので前面空地に配置

したとしても法的には全く問題はない。ただ、鉢物と言っても実質的には到底動かせそうにないものも多々あっ

た。後者は土地に定着している鉢物のため土着していると表現した。建築物と一体となっている場合などの理

由により違法、違法でないと分けられる。その判別が難しいためここは全面的にグレーゾーンとした。

・黄色で示されている部分は商業空間として利用されている部分である。オープンカフェなどが設置されている場

合や商品の陳列に利用されている。違法性はその店舗次第で千差万別のため全面的にグレーゾーンとする。商

品の陳列については庇部分の突出と併用されていることが多い。

図2-11 違法・グレイの土地利用の実態(部分図)

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chap2-12

違法・地域許容建築群の実態合設計制度を活用して,むしろ公開空地が多

くとられているケースが多い。

いずれにしても,船場地区において,違法・

グレイな土地利用が群として存在しているこ

とが,あらためて確認された。

(6) 違法・グレイ土地利用のプラス面

船場は大阪市の都心として,商業・業務機

能が卓越している地区であるが,そこには多

くの「違法・グレイの土地利用」と判定して

よい事例があることが確認された。しかしな

がら,それらの土地利用の中には,むしろプ

ラスに評価してよいと思われるケースも多く

観察することができた。それは以下のような

事例である。

①建築物の突出(違法)

地域内に残存する非戦災の近代建築や文化

財(歴史的建造物など)は大阪・船場の歴史

の証人である。また角地や狭小敷地の店舗兼

住宅も戦災復興の過程で発生してきたケース

図2-12 船場における違法・グレイの土地利用件数

図2-13 船場における町別違法・グレイの土地利用件数

物件数 前面利用のある物件数

北浜 115 46今橋 72 19高麗橋 140 48伏見町 74 43道修町 186 92平野町 225 60淡路町 173 77瓦町 197 96備後町 99 36安土町 91 42本町 146 49南本町 204 83久太郎町 247 99北久宝寺 257 113南久宝寺 285 94博労町 263 142南船場1 169 111南船場2 243 104南船場3 228 90南船場4 171 60合計 3,585 104

40.0

26.4

34.3

58.1

49.5

26.7

44.5

48.7

36.4

46.2

33.6

40.7

40.1

44.0

33.0

54.0

65.7

42.8

39.5

35.1

0 10 20 30 40 50 60 70

北浜

今橋

高麗橋

伏見町

道修町

平野町

淡路町

瓦町

備後町

安土町

本町

南本町

久太郎町

北久宝寺

南久宝寺

博労町

南船場1

南船場2

南船場3

南船場4

違法 グレイ建物の突出 747塀の突出 161庇の突出 163営業・商業空間 7オープンデッキ 23工作物 51植栽(土植え) 66植栽(鉢物) 103段差・スロープ 19駐車空間 210駐輪場 8

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chap2-13

違法・地域許容建築群の実態が多い。戦後の船場の歴史がこのような小規模なケースに含まれている。

②壁の突出(違法・グレイ)

歩道としての機能を阻害しているが,壁とはいえ町のアクセントとなるデザインになっており,こ

の地域での社会活動の様子や植栽が見た目に良いと考えられるものも多い。

③庇(違法・グレイ)

庇の持つ機能は,固定的なものであれ,収納可能なものであれ,外部にも内部にも良い効果を及ぼす。

歩道としての機能を阻害するわけでもない。複数で配置しデザインすることで統一感や連続感を生み

出すことも可能である。

④植栽(グレイ)

地面に植栽を施した例であっても,緑は良好な市街地環境を形成する重要な要素の一つであり,歩

道としての機能の阻害が,場合によっては緑の存在が補っていると評価できるものもあり,地域的に

も許容される程度は高いとみられる。

⑤工作物(グレイ)

ウッドデッキは工作物の扱いであるが,設置されると緑のある景色とマッチングする装置となって

いる。飲食店にある場合では席数の確保や外部と内部を繋ぐ装置・空間となることから公共の利用が

可能ということで許容されていると考えられる。

⑥駐車空間(グレイ)

前面空地よりさらに建物をセットバックさせて駐車空間として活用している例である。問屋を含む

商業業務地区として形成されていることから荷捌き空間としても前面空地に対する駐車場としての需

要は高い。歩道としての機能は阻害するが,路上駐車を防ぐ効果も期待できる。

以上の具体例を図2-14に示した。

これらの事例は,いずれも建築線の意図からすれば道路に沿った歩行者空間を確保するという目的

からみれば,それを阻害している土地利用である。しかしながら船場のように商業・業務機能が集積

しているところでは,このように違法・グレイの土地利用といえども,その地区の来訪者にとって,

歩行者空間を代替しうるプラス効果のある土地利用が観察しうる。商業空間は道路側からの来客のた

めの空間の設えが重視される。オープンデッキやカフェ空間化している入口は,その意味からは楽し

く,賑やかな雰囲気をもっている。業務空間については,その前面空地が駐車場化し,荷物の積み下

ろし空間としても役立っている。この荷捌き空間もまた,歩行者空間の確保とのトレードオフの関係

をもつともいえるだけの重要な空間となる。もともと建築線は駐車場や空き地など建築物がない敷地

には効力をもたないため,交差点と交差点の間(区間)に1か所でもそのような空間があると,現況

の道路端にフェンスが設置されるなどして歩道としての機能を阻害する。そのため建築物はセット

バックしつつも,私的な土地利用が優先するという事態がもたらされるのである。

それらの土地利用は違法・グレイなものとはいえ,地区を訪れる人にとっては,必ずしもマイナス

として評価されないため,敷地・建物所有者相互の間で,一種の「地域許容状態」が生じ,戦後 60

年以上も経過した今も,違法地域許容建築群の状態が継続していることを考えると,旧建築線をてが

かりにしつつも,新たな地域活性化につながる土地利用の計画に向けた動きがでることが期待される

のである。

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chap2-14

違法・地域許容建築群の実態

①壁・門(歴史的な建て物,広告的機能をもつ壁の突出)

⑤工作物(デッキの張り出し)

③庇(庇の突出により、入口を明示したり、駐車場屋根としての利用も)

⑤工作物や庇の張り出しの下がカフェ空間に

図2-14 地域的に許容しうる違法・グレイな土地利用

2-4 まとめ

船場は大阪都市圏における都心に位置する地区である。本研究は主に「まちなか」における問題を対象としているが,船場は居住世帯も少なく,「違法・地域許容建築群」の発生は,小規模敷地上の商業空間において発生しているものである。本地区を最初に選択したのは,元大阪市職員から違反建築が多いという情報を得たことで,建築線の歴史や,その違反・グレイの基準を理解するうえで大い

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chap2-15

違法・地域許容建築群の実態に役にたつ事例であった。一般に都心の商業やオフィスの空間は規模のメリットがあるため敷地の統合,高層化による容積の増大を特徴とする。船場の北部はその特徴をよく示しており,建築線が有効に機能する以上に,戦後の総合設計制度を利用し,容積率のボーナスを得る見返りに道路と建物の間の空地が十分に確保されている。これに対して船場の南部は飲食・卸小売業・サービス業などが多く,比較的小規模な店舗の集積によるメリットが期待できる。地域を訪れる客にとっては,ゴミゴミしつつもにぎわいのある雰囲気が評価されている。そのような需要を反映して,旧建築線で期待されたような敷地の統合による高層化は進展しなかった。土地利用の実態からすれば,少なくとも南部では建築線によって想定された街区イメージにそぐわない状況が生まれており,同時にそれが決してマイナス面ばかりの評価ではないのである。戦争を超えて,法律上は継続されてきた規制であるが,現代の土地利用の実態に合わせて,街区ごとの新たなイメージをつくりだしてゆくことが求められているといえよう。

注(注1)『日本近現代都市計画の展開』石田頼房,自治体研究社,2004(注2)『都市周辺市街化地域における市街地形態の計画的規制手法に関する研究』,池田孝之,学位論文,1980(注3)建築基準法の附則5項には次のように記されている。(この法律施行前に指定された建築線)5 市街地建築物法第7条但書の規定によって指定された建築線で,その間の距離が4メートル以上のものは,その建築線の位置にこの法律第 42条第 1項第 5号の規定によるどうろの一の指定があったものとみなす。(注4)『大阪建設史夜話』,玉置豊次郎,大阪都市協会,1980(注5)『船場を読み解く』,大阪大学工学研究科・都市デザイン研究室,2004.3 この報告書は船場研究の集大成ともいえる研究で,第 3章「船場における壁面後退空地」が本研究と直接関連するだけではなく、歴史的な形成過程や空間の構成原理など豊富な研究内容をもっている。