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巻頭言   小宮山 宏   …………………………………………………………………… 1 特集 国立大学法人化後の大学最前線 …………………………………………………… 2 産学連携における九州大学の改革  小寺山 法人化後の産学連携 ―進化する九州大学の産学連携 ―   谷川 徹 連載 産学連携と法的問題 第7回 産学連携と秘密保持契約   荒井 俊行   …………………………………… 10 地域の産学連携事例 睡眠時無呼吸症候群(SAS)の早期発見・早期治療サービスの事業化 谷川 武    …………………………… 13 大学発ベンチャーの若手に聞く 知のトライアングルを早慶連合で実現 ―人工血液で人類を救う― 高木 智史氏(株式会社 オキシジェニクス) 平尾 敏    …………………………… 15 ヒューマンネットワークのつくり方 ふるさとが取り持つ“人の縁” 梶谷 浩一    ……………………………………… 17 産学官エッセイ 産学官連携活動に携わって思うこと ― 産業界と大学での経験を踏まえて―    戸田 秀夫   …………………………………… 20 特別寄稿 先端技術産業調査会 研究会 講演 「第3期科学技術基本計画の展望」 有本 建男   ………………………………………… 23 イベント・レポート 「日本鉄鋼協会シンポジウム『動き出した産学連携現状と期待』」報告 ………… 28 編集後記 ……………………………………………………………………………… 29 2006 年 6 月号 Vol.2 No.6 2006 http://sangakukan.jp/journal/

2006年 6月号 - 産学官連携に関する情報サイト九州大学の産学連携は、産学連携センター(kastec)、ベン チャービジネスラボラトリー(vbl)と各部局が連携した産学

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Page 1: 2006年 6月号 - 産学官連携に関する情報サイト九州大学の産学連携は、産学連携センター(kastec)、ベン チャービジネスラボラトリー(vbl)と各部局が連携した産学

●巻頭言   小宮山 宏   …………………………………………………………………… 1

●特集 国立大学法人化後の大学最前線   …………………………………………………… 2 ●産学連携における九州大学の改革  小寺山 亘 ●法人化後の産学連携 ―進化する九州大学の産学連携―   谷川 徹

●連載 産学連携と法的問題 第 7回 産学連携と秘密保持契約   荒井 俊行   …………………………………… 10

地域の産学連携事例 睡眠時無呼吸症候群(SAS)の早期発見・早期治療サービスの事業化                               谷川 武    …………………………… 13

大学発ベンチャーの若手に聞く 知のトライアングルを早慶連合で実現 ―人工血液で人類を救う― 高木 智史氏 (株式会社 オキシジェニクス)                          平尾 敏    …………………………… 15

ヒューマンネットワークのつくり方 ふるさとが取り持つ“人の縁”    梶谷 浩一    ……………………………………… 17

●産学官エッセイ 産学官連携活動に携わって思うこと ―産業界と大学での経験を踏まえて―    戸田 秀夫   …………………………………… 20

●特別寄稿  先端技術産業調査会 研究会 講演 「第3期科学技術基本計画の展望」     有本 建男   ………………………………………… 23

●イベント・レポート  「日本鉄鋼協会シンポジウム『動き出した産学連携現状と期待』」報告  ………… 28

●編集後記   ……………………………………………………………………………… 29

2006年 6月号

Vol.2 No.6 2006

http://sangakukan.jp/journal/

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東京大学 総長小宮山 宏(こみやま・ひろし)

●産学官連携ジャーナル

http://sangakukan.jp/journal/産学官連携ジャーナル Vol.2 No.6 2006 1

大学は現在、グローバルでしかも熾烈な競争環境下に置かれている。私は総長就任以来、東京大学を世界一の総合大学にしたいと深く心に期してきた。このことは、世界の有力大学の動向に照らしてみると、東京大学が教育・人材育成の場として、あるいは未来をけん引する研究の場として世界のリーディング・ユニバーシティーであるということだけに留まらず、社会との間で知が交叉する創造の場(“産学官連携の本質”)としても、21世紀をリードしていく存在でなければならないということを意味している。大学に対する社会の要請は多様であり、例えば環境問題といった社会・産業界の複雑な問題への包括的な解あるいは高度な専門知識の提供など、期待に直接応えることは決して容易ではないが、大学が何らかの行動を起こすことが求められている時代が到来したのである。20世紀における学術の進歩は、学術領域の極度の細分化をもたらした。日本学術会議に登録されている学会の数が 900 をはるかに上回るという事実にそれが如実にあらわれている。専門を異にする人々の相互理解は著しく困難になっている。東京大学は 4,000 名を超える教員を擁しているが、このような大学の巨大化と領域の細分化とが相まって、それぞれの自律性が強調され、協調性が希薄化しているというのが大学の現状だ。私は、東京大学が世界のリーディング・ユニバーシティーであるとの評価を得るためのキーワードの一つは「自律分散協調」であり、この困難を克服するための基盤こそが「知の構造化」であると考えている。こうした認識に立って、東京大学は社会連携・産学連携を積極的に推進している。優れた研究成果を目に見える形で社会に還元することは、東京大学の重要な使命であり、そのための基盤整備と具体的な実績づくりは、私が常に注視している事項であり、総長としての最大の関心事の一つである。産学連携の推進は、全学的な戦略組織としての産学連携本部が中心となって行っており、企業との活発な交流の場となる「産学連携協議会」の運営、「知の構造化」を具現化し、共同研究改革を実践するスキームである「Proprius21」の運用、大学発ベンチャー支援のためのさまざまなインフラ整備、学生起業を支援する「アントレプレナー道場」の実施等は、私が昨年発表した「アクションプラン 2005 ~ 2008:時代の先頭に立つ大学世界の知の頂点を目指して」の中に盛り込まれている。 「知の構造化」は、細分化した知識を相互に関連づける営為であり、研究者が自らを全体像の中に位置付けることを可能にし、社会の要請と人類の知との交叉によって新しい概念を生み出すことを可能にするための挑戦だ。大学が卓越した研究を一層推進しつつ、産学官連携によって「知の構造化」を進めることで、学術の成果と社会の問題が交叉する場となり、新しい学術領域、新しい社会のモデルを生み出し、ひいては新しい産業を創出することが可能になると確信している。

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産学官連携ジャーナル Vol.2 No.6 2006 2http://sangakukan.jp/journal/

図1 九州大学産学連携推進機構(出典: http://www.astec.kyushu-u.ac.jp/)

九州大学産学連携推進機構

九州大学の産学連携は、産学連携センター(KASTEC)、ベンチャービジネスラボラトリー(VBL)と各部局が連携した産学連携推進機構(BLO)によって運営されています。KASTECはリエゾン部門とデザイン総合部門とプロジェクト部門で成り立っており、BLOの中核を担うセンターです。

総長(産学連携推進機構長)

ベンチャー・

ビジネス・

ラボラトリーの長

運営

委員会

知的財産

本部長

センター

専門委員会

センター委員会

産学連携センター長

(総長が指名する副学

長又は総長特別補佐)兼 任

産学連携推進委員会

技術移転推進専門委員会産学連携推進専門委員会

リ エ ゾ ン 部 門 ※デザイン総合部門※プロジェクト部門客   員   部   門

企   画   部   門リ エ ゾ ン 部 門技 術 移 転 部 門起 業 支 援 部 門デザイン総合部門協   力   教   官アドバイザー(学外)事務部門(企画部研究戦略課分室)

コーディネーター(各部局)

教育・人材開発部門技 術 開 発 部 門

知的財産本部

連絡調整会議

産学連携機構九州

TLO

産学連携センターのリエゾン部門及び

 

デザイン総合部門は知的財産本部で活動する。

VBL

産学連携

センター

( )

 2004 年 4月、国立大学法人が誕生した。それまで文部科学省のもとに、いわば大船団を形作っていた国立大学群は、それぞれの大学の個性を発揮して地域あるいは特徴的分野での中核となる新たな大学作りに乗り出した。 産学連携において、九州大学は先端的なシステムを作りだしている。図1に見るように、それまで単独で産学連携活動を行っていたいくつかの部局を「産学連携推進機構」としてまとめ、総長を機構長とする一貫した体制を構築した。 この特集では、九州大学理事・副学長で産学連携を担当する小寺山亘氏へのインタビューと、産学連携センター教授・谷川徹氏の寄稿から「大学最前線」を見ていく。国立大学時代の学部自治を基本とするボトムアップ構造からの脱却に注目したい。

<本誌編集委員 荒磯 恒久>

特集

国立大学法人化後の大学最前線●産学連携における九州大学の改革●法人化後の産学連携 -進化する九州大学の産学連携-

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産学官連携ジャーナル Vol.2 No.6 2006 3http://sangakukan.jp/journal/

●本日は国立大学法人化に伴い、九州大学での産学連携に関する組織体制などについて、変革や改革がおありだったかどうか、まずお尋ねいたします。小寺山 2001 年 11 月九州大学総長に現在総長の梶山が就任し、産学連携を今まで以上に活発に推進しようということになりました。それまでにも、産学連携プロジェクトを行う先端科学技術共同研究センター(KASTEC)、ベンチャービジネスラボラトリー(VBL)、技術移転推進室が設置され、2000 年には本学の教員約 350 名の出資などで九州大学専属の TLO として、株式会社産学連携機構九州(九大 TLO)が設立されていました。産学連携は活発に行われていましたが、学外からは九州大学の産学連携の窓口がどこかわからないという状況にありましたので、私の前任者が技術移転推進室に、先端科学技術共同研究センターのリエゾン関係を統合する方向性を打ち出していました。そのころ、多くの大学には、全学の組織として産学連携をプロモートするような部署が、地域共同研究センターなど、2つくらいはありました。  2002 年九州大学総長特別補佐に就任した私は前任者の考えを引き継ぎ、2003 年 10 月に文部科学省の「大学知的財産本部整備事業」に採択されたことと、九州芸術工科大学との統合を契機として、技術移転推進室を発展的に改組して、九州大学の産学連携機能を集約し、知的財産本部(IMAQ)を設立しました。九大 TLOとも一体となって活動することにしました。

◆知的財産本部でのワンストップサービス●対外的に九州大学の産学連携や知的財産関連は知的財産本部で、ワンストップサービスとして展開されることになったわけですね。知的財産本部での機能や役割分担についてお伺いします。小寺山 知的財産本部は、九州大学における産学連携の一元的窓口となる組織で、総長直下に私が知的財産本部長と産学連携センター長を兼務しています。企画部門、リエゾン部門、技術移転部門、起業支援部門、デザイン総合部門、事務部門の 6つの部門から構成され、それぞれに、グループリーダーを配置し、月に 2回のリーダー会議を開催し、各種案件や問題について深く話し合いを重ねています。  学外からの産学連携関連の電話の受け答えは、知的財産本部が全部行っています。特に、知的財産本部の 6つの部門のどこが外部からの問い合わせ窓口というわけではなく、問い合わせ内容にあった部門へまわします。  一方、産学連携センターは共同研究を行う研究者の集団で、産学連携に対する研究機能、VBL は教育活動、啓発活動と人材や研究のインキュベーションを VBL という場所や設備を使って行い、起業に関する教育と研究機能に特化しています。●九州大学知的財産本部の特徴的な運営戦略はおありでしょうか。小寺山 知的財産本部のリーダー会議で、実によくディスカッションを行

小寺山 亘(こてらやま・わたる)九州大学 理事・副学長(産学連携担当)・知的財産本部長・産学連携センター長・教授

小寺山 亘<インタビュー> 産学連携における九州大学の改革

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産学官連携ジャーナル Vol.2 No.6 2006 4http://sangakukan.jp/journal/

い、大学全体としてのポリシーそのものは忠実に守りながらも、企業に対して柔軟に対応しています。リエゾン部門はいわば営業で、企業の意向をできるだけ実現しようとし、企画部門や技術移転部門は逆に大学のポリシーから出発したスタンスをとりますが、同じ創造パビリオンという建屋にいて、よく話し合っているので、いつでもフィードバック回路がうまく働いています。従って、企業からは柔軟であると同時に非常に安定感のある対応だとの評価を得ています。  もうひとつの特徴は、大学事務局の了解を得て、研究戦略課の所属ではありますが、事務に関して知的財産本部へ執務場所を移してもらい、場所も気持ちも知的財産本部の一員になってもらっています。知的財産本部の業務が次第に多忙になっており、事務部門の支援が非常に大事です。文部科学省や経済産業省からの各プロジェクトについての情報整理、規則などに関しての起案、各部局との打ち合わせ調整業務などは、事務部門を通して行う方がスムーズです。例えば、文部科学省の産学連携関連規則や、学内規則などは事務部門が一番熟知しています。  最近、外部資金の受け入れ窓口も財務部から研究戦略課へ移管してもらい、執務場所を知的財産本部へ移してもらいました。  通常は大学では教員組織と事務組織が歴然と分かれていますが、私たちの知的財産本部では一体化し、活発に動いています。  限られた知的財産本部のスタッフで、いかに効率的な仕事をするかを、常に考えています。●知的財産本部の皆さんは専任でしょうか。異動やスタッフ教育について特色はおありでしょうか。小寺山 知的財産本部では約 40 名が働いていますが、例えば知的財産本部副本部長として全体の統括業務に就いている谷川徹教授 *1 は、正式な身分上のポストは産学連携センター所属で、技術移転部門のグループリーダーの高田仁助教授はビジネススクールの教員です。教員は元来いろいろなところに所属していますが、知的財産本部を兼務し、一生懸命仕事をしている状況です。   サブリーダーなどは、文部科学省の知的財産本部整備事業や共同研究の管理費など雇用財源はさまざまです。  事務部門ではある程度定期的な異動が本来はありますが、知的財産本部では専門的な知識が必要なので誰でも務まるわけではないことを理解してもらっているのか、異動は比較的少ないように思います。また、実務から学ぶことを基本としており、スタッフの研修などは、最小限にしています。

◆知的財産本部の評価・成果●知的財産本部としての成果、課題についてはいかがでしょうか。小寺山 先ほども企業から評価を得ているというお話をしましたが、対外的に産学連携の窓口が分かりやすくなったためか、数値的には共同研究

*1: 7ページを参照。

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産学官連携ジャーナル Vol.2 No.6 2006 5http://sangakukan.jp/journal/

件数、特許化件数、ライセンス件数などが順調に伸びています。  定性的には、対外的に信頼感と安定感が生まれ、組織決定により、かえって企業に対しては柔軟に対応できています。例えば、特許の権利化にしても、企業や分野により考え方は異なりますので、九州大学としても全体ポリシーにのっとった上で、知的財産本部のリーダー会議での議論で、柔軟に対応しています。また、企業から、知的財産本部の見解がどの担当者が対応しても同様であることへの評価もしてもらっています。知的財産本部で、教職員が信頼関係を持って業務を推進している故のことであると思います。  知的財産本部の組織としては、しっかりとした枠組みを構築しましたが、確固たるものになりすぎたことが課題でしょうか。6つの部門で機能を分担していますが、例えば技術移転部門ではライセンスの前に、教員と相談しているうちに共同研究の話が出たり、リエゾン部門で共同研究を進めている中で、特許がいくつも創出され、大学と企業との特許の持ち分比率の話し合いになるなど、そのたびに技術移転部門とリエゾン部門の担当が交代するのでは、話し合いなどがスムーズに進みませんから、リエゾン部門が特許の話し合いまで担当するようなことも生じるわけです。必ずしも各部門でのすみ分けが明確にはできないケースもあります。  一度、知的財産本部のいい形として強い枠組みを作り上げましたので、今後は機能別のみならず、例えば IT 対応とか化学材料分野対応など、柔軟な対応もあるのではないかと考え、研究中です。  さらに、平成 19 年度で文部科学省の知的財産本部整備事業が終わりますので、その収入がなくなります。競争的外部資金や共同研究管理費などの収入と、大学が負担できる費用の範囲内で、知的財産本部としてやっていきたいと考えます。限られた人員と予算で、効率的にやっていくことを考えています。

◆国際産学連携の実施●ところで、上海交通大学との包括提携など行っておられますが、国際的な産学連携についていかがでしょうか。小寺山 必ずしも産学連携に限らず、東アジアに対して九州大学がプレゼンスを高めるというのが、大学全体の方針です。また、欧州や米国との連携も行っています。先日、谷川教授がアントレプレナーシップ養成のために、シリコンバレーに学生を連れて行ったことは、米国との連携です。  国際産学連携は、九州大学の発展に欠かせない事業として位置付けています。国際産学連携では成果が数字としては上がりにくいのですが、大学に新しい文化を持ち込み、風通しを良くする効果が大きいと考えています。  友好使節団を海外へ送るよりも産学連携で一緒に仕事をすることで、実質的な成果を生むように考えています。

◆地域との産学連携の推進●国内での地域との連携についてはいかがでしょうか。

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産学官連携ジャーナル Vol.2 No.6 2006 6http://sangakukan.jp/journal/

小寺山 これまでは国立大学の特に大きな拠点大学では、地域社会をある程度超越した存在でありたいという願望が強かったようです。しかし、法人化し、大学の運営がスムーズにいくためには、地域社会からの強い支持が重要です。地域社会から愛着を持たれる大学であることが大切です。欧米の大学が非常に強力な基盤を持っているのは、ある意味で地域社会から強く支持されているからといえます。  例えば九州大学では福岡市や宗像市と連携協定を締結し、産学官連携でも協力していこうと、実質的にいろいろな事業を行っています。

◆新キャンパスの開設と知的財産本部の展開●昨年新しい伊都キャンパスが開設され、これから約 10年かけてキャンパスの移転を行われるそうですが、産学連携の新しい展開、地域との連携や知的財産本部の移転などについて教えてください。小寺山 伊都キャンパスへの移転について、福岡県や福岡市から強い支援をいただいています。  伊都キャンパスを含めた学術研究都市構想は、全国的にも珍しい民間をベースとした研究集積を目指しており、産学連携が大きな役割を果たすものと考えています。キャンパスがある程度形成されてきたら、知的財産本部も移転して、産学連携を盛んに拡大していこうと考えています。だた、キャンパスの移転の完成には 10 年以上かかりますし、まだ大学の本部機能も現在の箱崎地区にありますので、知的財産本部の移転時期などは未定です。

◆今後の展開●最後に、九州大学の産学連携の今後の展開についてお話しいただけますか。小寺山 知的財産本部としての長期目標は独自に作るのではなく、大学の経営理念にのっとっていくのがよいと考えています。あくまで、九州大学の発展のために役立つ知的財産本部を目指していきたいと考えます。  知的財産本部の短期・中期目標としては、今のシステムをさらに効率化することです。単に企業との共同研究をコーディネートしたり、ライセンスする場所だけではなく、大学の中に新しい文化を導入する窓口としての機能を重視したいと考えています。現在は知財に関する全学共通教育やインターンシップ事業の支援などを通して知的財産本部のプレゼンスを高めることに集中しています。目先の産学連携活動に限った仕事だけをすれば良いとは考えていません。●本日は、お忙しい中、貴重なお話をありがとうございました。

●司会・進行・文責 林 聖子(財団法人日本立地センター立地総合研究所 主任研究員)

司会・進行・文責:林 聖子

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谷川 徹法人化後の産学連携 進化する九州大学の産学連携

産学官連携ジャーナル Vol.2 No.6 2006 7http://sangakukan.jp/journal/

◆はじめに九州大学は従来、学内外の複数組織を足場として産学連携活動を行ってきたが、一層の機能強化を目指して法人化半年前の 2003 年 10 月に知的財産本部を設立した。共同研究コーディネート、技術移転支援、大学発ベンチャー支援ほか、九州大学におけるあらゆる産学連携機能を知的財産本部(以下、知財本部)に集約し、知財本部を産学連携の一元的中核組織と位置付けて積極的な活動を開始している。国立大学法人化をにらみ、強力な産学連携体制の構築が焦眉(しょうび)の急であったからである。その後 2年半、幸いにして九州大学の産学連携活動は学内外において大きな成果を挙げており、また地域や産業界の評価も高い。しかしながら九州大学は現状に満足することなく、産学連携分野におけるパイオニアたるべく絶えず革新的な取り組みを行い、産学連携の進化・発展を目指している。以下にその取り組みについて述べたい(図2)。

◆九州大学産学連携の目的九州大学産学連携が目指す重要な点は、産学連携活動を通じて、①大学の持つあらゆる価値を社会に還元すること、②大学と社会との接点を拡大することにより大学における研究や教育を活性化すること、③大学の持つ価値活用により収入を確保し大学の自立的経営に貢献すること、④古い大学の文化を変え大学の構造改革に資すること、である。言い換えれば九州大学を「尊敬される大学、競争力ある大学」とすることである。米国のトップクラスの大学は、研究・教育面での国際的競争力は世界レベルであり、また大半が地域から尊敬されかつ地域経済発展の核となっている。法人化後の九州大学は、産学連携を単に “社会貢献の一環” と考えず、このように多様な意義を持つ活動と位置付けているのである。

◆九州大学産学連携の原則九州大学の産学連携活動における重要な原則は、①大学の持つあらゆる資源(リソース)を活用した産学連携を企画・実行すること、②顧客(ユーザー、ステークホルダー)のニーズを第一に考えて活動すること、である。独立した法人であれば当然の原則であるが、国の一機関であり “官”の意識が高かった際には考えられなかった発想である。九州大学は従来の体質を変える努力をしつつ、あらゆる面で意識改革を進めているのである。①について、産学連携といえば、自然科学系の共同研究や技術移転だけが産学連携内容のごとく狭くとらえられるきらいがあるが、大学の研究機能はもちろんのこと、大学の中立的立場、信用力、OBや研究者の世界的ネットワーク等は大変貴重な価値であり、九州大学はこのようなリソース

九州大学産学連携組織図

九州大学産学連携推進機構知的財産本部

知的財産本部長

企画戦略会議 知財評価会議企 画(アジア・国際担当)

事務 デザイン総合 起業支援 リエゾン 技術移転

東京オフィス

DLO(DesignLicensingOffice)

株式会社産学連携機構九州(九大 TLO)

外部アドバイザー

ベンチャービジネスラボラトリー

産学連携センター

ロースクール

ビジネススクール等

谷川 徹(たにがわ・とおる)九州大学 産学連携センター教授・副センター長・知的財産本部副本部長・ベンチャービジネスラボラトリー長・総長特別補佐

図2 九州大学産学連携組織図

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産学官連携ジャーナル Vol.2 No.6 2006 8http://sangakukan.jp/journal/

も駆使して、産学連携、社会貢献を推進することを目指している。また、産業界のニーズに対応した企業人教育コース開設等、大学の持つ教育機能の活用も重要な産学連携である。このように法人化により自由化された環境を最大限に活用することが重要と考えている。②について、九州大学は産学連携の対象(顧客)を、“産業界はもとより国、地方自治体、住民等、社会を構成する全ての存在、および九州大学の教職員や学生” と考えている。すなわち「知財本部の行う産学連携活動は、顧客のニーズに応えて最高の満足を提供するビジネス活動」としている。具体的には、●知財本部でのワンストップサービス、●企業型意思決定システムによるスピーディーな対応、●ビジネス経験のある中堅・若手中心の体制によるプロフェッショナルで柔軟なサービス、の 3つを心掛けている。

◆特色ある九大産学官連携プロジェクト先に述べたように九州大学は、既成概念にとらわれず、“産学連携のパイオニア” としてさまざまな産学連携プロジェクトに取り組んでいる。2003年 10 月の知財本部発足以来まず取り組んだのは、①成果とマネジメントを重視した、九大型包括連携研究たる “組織対応型連携研究システムの確立と拡大”、②九大のみが持つデザイン研究・教育機能を生かし、地域のデザインポテンシャルを向上させアジアのデザイン拠点を目指す “DLO(Design Licensing Office)の設立”、③アジアに近接する地理的特色を活用した上海交通大学と九州大学との提携による、日中間技術連携支援等を中心とした “国際産学連携の確立”、④マーケティング重視型、費用対効果重視型の “九大方式技術移転システムの実施” 等である。①の九大 “組織対応型連携研究” は、大型、学部横断型の共同研究というだけでなく、研究成果の定義、期限や知財権帰属等を契約で規定するほか、産学双方が協議する会議を設置し、進捗や成果の評価を担保する、というマネジメントシステムが確立されており、高い評価を受けている。現在大手化学メーカーほか 30数件のプロジェクトが動いているがその数と金額は増加の一途である。また④の九州大学の技術移転は、学内発明の権利承継に当たって、事前マーケティングを詳細に行うことにより移転可能性を精査、可能性の低い案件の承継を行わない原則にしており、結果として大学が権利承継する案件を 5割以下に抑えて特許関連費用を抑制、かつ高い移転率を実現している。移転件数と金額も増大している。これらはいずれも “実質的な成果を求める産学連携活動” である。法人化して自律、自己責任が厳しく問われる立場になった以上当然のやり方と言えよう。②③は九州大学の持つユニークな特質を生かした産学連携プロジェクトであるが、特に国際産学連携は、上海の電力不足問題を解決する省エネ技術の普及事業を手掛ける等、逐年拡大の方向である(図 3)。

九州大学の組織対応型(包括)連携研究スキーム

九州大学 連携先企業

知的財産本部 産学連携窓口

契約書締結 研究グループ

研究グループ研究者

研究者

連携協議会

学術研究活動の活性化

研究開発業務の強化

連携協議会事務局

・ 連携企画・ 個別連携のマネジメント・ 個別連携成果の評価・ 知財の取扱い・ 公的資金の受入等

図3 九州大学の組織対応型(包括)連携研究スキーム

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産学官連携ジャーナル Vol.2 No.6 2006 9http://sangakukan.jp/journal/

◆さらに進化する九州大学の産学連携また 2005 年ごろから九州大学知財本部は、産学連携成果の量的な拡大に加え質的向上を目指しさらに新しいプロジェクトに取り組んでいる。●地域中堅・中小企業の産学連携ニーズに応えるべく行った、ドイツの技術実用化支援機関シュタインバイス財団との提携による技術コンサルティング新組織設立と活動開始、●防災や環境対策等、地元自治体の持つ政策テーマの解決に向けた共同研究の提案(官学連携)活発化、等である。また、●部局が国から獲得した大規模研究プロジェクトのマネジメント支援業務や、●新しい産学連携分野の教育事業(MOTや知財、起業教育等の全学教育)企画・運営等、従来学内になかった業務や行い得なかった業務を、知財本部の新分野業務として取り込み始めている。またこのような新しい産学連携関連ニーズへの対応積極化に関連して、2006 年から九州大学は産学連携中核組織たる知財本部の組織体制見直しも実施し始めた。①従来の “機能別組織” に加えて、学内部局へのサポート充実と効率化、研究分野ごとの産学連携ノウハウ蓄積等を目指す “分野(部局)対応チーム制” の導入施行、②共同研究経理業務等の事務機能の知財本部への移管・集中化、③組織経営の在り方を根元的に検討する経営検討手法、“バランススコアカード” の導入施行等である。このような産学連携推進組織の在り方の不断の見直しは、知財本部による産学連携業務の効率化につながるとともに、法人化しても残存する国立大学の古い文化の改革につながるのは間違いない。

◆おわりに順調に動いていると思われる九州大学の産学連携であるが悩みも多い。産学連携支援を行う知財本部がいかに頑張っても、産学連携に前向きな学内研究者の数が増えなければ産学連携拡大には限界がある。大学人の協力と意識改革は依然重要なテーマである。また企業によっては、大学を研究開発の安価な下請け機関のように位置付け、“新しい知の創造” という大学の使命に無理解なところも多い。さらには大学の自己努力によるさまざまな産学連携の工夫も、法人化による自由化に関する国の対応が追いつかず、大学サイドに戸惑いが生じているところも存在する。しかしながら産学連携あるいは産学官連携は、国立大学法人化後確実に進展しつつあり社会にも大学にも良い影響を与えていると思う。今後さらに産学官間の議論が深まって、より良き方向に向かうことを願ってやまない。

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産学連携と法的問題

7

産学連携と秘密保持契約

産学官連携ジャーナル Vol.2 No.6 2006 10http://sangakukan.jp/journal/

◆問題の所在共同研究や委託研究等の産学連携を実施するにあたっては、企業側から秘密情報を開示し、あるいは、大学側から秘密情報を開示する場合がある。こうして相手方に開示された秘密情報は、その私有性を維持するために、開示目的に従ってのみ使用され、秘密性が保持されるように適切に管理される必要があるところ、これを情報受領者の義務として法的に位置付けることを主題とするものが秘密保持契約(NDA:Non-Disclosure Agreement)である。秘密保持契約の締結は、当該秘密情報について、不正競争防止法上の営業秘密として法的保護を受けるために、その要件の一つである秘密管理性を充足する上でも大切である。そして、特に、ビジネスプレイヤーである企業にとっては、市場競争において自己の優位性を確保するべく、他との差別化の要素となる技術やノウハウ等の情報の私有化が必要であるところ*1、特許等の知的財産権制度による権利化がなされていない情報財について、これを秘匿した上でその秘密性を保持することは、企業財産を維持するために極めて重要である。従って、企業が大学を研究開発の戦略パートナーとして選択し、産学連携活動を展開するためには、秘密保持契約の締結により大学教員等に秘密保持義務を課すことが不可欠となる場合がある。さらに、秘密保持義務は、秘密情報にアクセスした者全員に課さなければ秘密性確保において意味がないため、産学連携プロジェクトに学生が参加する場合には、別途、学生からも秘密保持誓約書等を徴求することが必要となることもある。しかしながら、産学連携のもう一方の当事者である大学は、学術の中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的および応用的能力を展開させることを目的としている(学校教育法52条)。そして、かかるアカデミックプレイヤーである大学における円滑な研究・教育活動のためには、自由な意見交換や研究発表等が必要であり、学術情報は広く自由に流通することが求められる。しかるに、企業との秘密保持契約によって秘密保持義務を負担した大学教員等研究者は、必ずしも同義務に抵触するものではない場合であっても、例えば、その後の同種の研究活動において躊躇(ちゅうちょ)を感じることがあり、あるいは、秘密保持契約を締結した企業の同業他社との間の人的交流を差し控えることがある等といった実情が指摘されている。また、学生についてみても、学生は大学等と雇用関係にあるものではなく、産学連携プロジェクトへの参加も教育、研究指導の一環という位置付けにすぎないにもかかわらず、秘密保持誓約書等を提出してプロジェクトに参加した修士課程の学生が、当該プロジェクトに関連する修士論文を公表できない等といった問題も指摘されているところである。このように、情報の秘匿による私的財産性確保を目的とする秘密保持契約は、その内容如何によっては、アカデミ

荒井 俊行(あらい・としゆき)奧野総合法律事務所 弁護士・ニューヨーク州弁護士/金沢工業大学 客員教授

*1:知的財産戦略本部の「知的財産の創造、保護及び活用に関する推進計画」においては、アジア諸国に比したわが国産業のコスト競争力の低下や「知識経済」という新たな環境にかんがみ、わが国産業の国際競争力を確保するためには、知的財産の生み出す付加価値や差別化が重要である旨指摘されている。

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アとしての大学の使命と緊張関係に立つ可能性が否定できないのである。

◆秘密保持契約と公序良俗産学連携における秘密保持契約の具体的内容の策定にあたっては、前述のとおり産学連携が、ビジネスプレイヤーとアカデミックプレイヤーという異質のプレイヤー間の連携であるという特殊性を考慮する必要がある。すなわち、企業間における秘密保持契約の場合には、同じビジネスプレイヤー同士の経済合理性に即した私的な合意の中で、情報財の秘匿に関する具体的内容が決定されており、独占禁止法に抵触する等の例外的な事情が存する場合は別であるが*2、通常は、例えば、研究成果物の取り扱いや秘密保持期間等に関する契約内容が公序良俗に反するとされる可能性は低い。一方、産学連携というアカデミックプレイヤーとの間における秘密保持契約の場合は、単なる経済合理性による私的な合意とはいえず、特に情報の秘匿に関する契約が公序良俗に反しないためには、その具体的状況下における契約内容が産学連携活動の本旨に沿ったものでなければならない。そもそも、産学連携活動は、「科学技術創造立国」を目指し、今や国策として技術革新や新産業創出等に取り組むわが国において、知的財産の創造と活用を推進すべく、知の源泉である大学の知的資源を「社会貢献」という観点からより一層活用することを趣旨とするものである。しかし、この「社会貢献」という大学の使命は、あくまで「第三の使命」という位置付けにすぎないのであって*3、学問の自由を享有するアカデミアとしての大学の本質にかんがみても、教育と研究という大学の基本的使命を阻害するような活動は、もはや産学連携活動の目指すところではなく、その本旨に悖(もと)るものというべきである。ちなみに、学問の自由(憲法 23条)について、最高裁判所は、「学問的研究の自由とその研究結果の発表の自由とを含むものであって、同条が学問の自由はこれを保障すると規定したのは、一面において、広くすべての国民に対してそれらの自由を保障するとともに、他面において、大学が学術の中心として深く真理を探究することを本質とすることにかんがみて、特に大学におけるそれらの自由を保障することを趣旨としたものである」(最判昭和 38年 5月 22 日)と判示しているところ、こうした憲法価値は、単に公権力との関係で問題になるに過ぎないものではなく、契約法の場面でも公序良俗性の判断において尊重されることになろう。なお、同判例は、大学における学問と実社会とのかかわりについて、学問の自由は真理探究そのものに向けられる作用であり、実社会の政治的社会的活動にあたる行為は当該保障の枠外であるとして学問の自由の限界を示しているが、産学連携活動について、これは社会経済活動であって学問の自由の枠外である、とすることは、その区別があいまいであること等からも困難であると思われる。以上にかんがみれば、産学連携における秘密保持契約は、具体的状況下において、教育と研究という大学の基本的使命を不当に害し、ひいては学問の自由に対する過度の制約となるような場合には、公序良俗に反して無効になる可能性が高いと考えられる。

◆産学連携における秘密保持契約の留意点の概要では、産学連携における秘密保持契約は、どのように設計されるべきか。紙幅の関係上、細目については省略するが、特に、大学側に秘密保持義務

*2:公正取引委員会「特許・ノウハウライセンス契約における不公正な取引方法の規制に関する運用基準」、「共同研究開発に関する独占禁止法上の指針」等参照。

*3:科学技術・学術審議会、技術・研究基盤部会、産学官連携推進委員会「新時代の産学官連携の構築に向けて(審議のまとめ)」2003年、7頁等参照。

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を課す場合については、少なくとも以下の点に留意する必要があると考えられる。まず、大学における研究活動に対する制約を必要最小限度のものとし、不当な萎縮効果を防ぐために、秘密保持義務の対象となる秘密情報は、具体的かつ明確に特定する必要がある。特定の方法としては、情報カテゴリによる特定や記録媒体による特定等があるが、いずれにしろ、過度に広範にわたらないようにすべきであるほか、除外規定等を併用して、対象情報を実質秘に限定することも必要である。また、秘密保持義務の存続期間については、秘密情報の種類にもよるが、合理的な制限を設けるようにすべきであろう。次に、研究成果は公表されることが必要であり、公表の時期や方法等については条件を付することができるとしても、産学連携において創造された新たな知が、企業の営業秘密として秘匿されることは許されないとされる可能性がある。従って、研究成果については、特許等の公開を前提とする知的財産権制度によって保護を図るものとし、研究成果に対する秘密保持義務は、特許等の新規性の確保を目的とする範囲にとどめるべきである。さらに、学生から秘密保持誓約書等を徴求する場合は、あくまで学生の自由意思に基づき、内容を正しく理解した上で提出されたものであることを付属説明書等で担保することはもちろんであるが、秘密保持義務の内容としても、教育の成果を否定することにならないように、範囲や期間等を厳格に制限する必要がある。特に自然科学系の産学連携プロジェクトに参加する学生から秘密保持誓約書等を徴求する場合、当該学生の教育課程期間を超えて秘密保持義務を課すことには極めて慎重でなければならない。すなわち、自然科学系の場合、社会経験としての研究活動経験というより、研究活動から得られた具体的な学術知識そのものの集積が教育成果として重要となる場合が多い。そして、学生のプロジェクト参加は、職務ではなく教育の一環として行われることにかんがみれば、秘密保持義務により活動の成果を発表できない、または、利用できないという事態が生じるならば、教育成果の直接的制約につながる恐れがあるのである。最後に、産学連携における秘密保持契約については、実務上は、秘密保持契約のアカデミアに対する危険性を把握した上で、大学側において適切な書式を用意することが望ましく、少なくとも、通常の企業間における契約と同様の書式を軽々に用いることは適切でない場合が多いと考えられる。また、契約遵守の観点のみならず、情報のコンタミネーションを防ぐ観点からも、適切な情報管理体制が構築されていなければ、大学側としては秘密保持契約を締結することは控えるべきであろう。なお、企業側としては、探索目的や技術開発目的等、産学連携の目的には多様なものがあろうが、大学を戦略的パートナーとするにおいては、強い秘密保持義務を課した上で重要な秘密情報を開示するというような方策を指向することはあまり適切ではないと考える。産学連携における秘密保持契約は、上述のように、その有効性も含めて極めて制約が多いことを十分認識した上で、開示する秘密情報を慎重に選択し、また、学生参加の可否等を判断して、連携態様を決定することが重要であろう。

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地域の産学連携事例・連 載・

睡眠時無呼吸症候群(SAS)の早期発見・早期治療サービスの事業化

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◆はじめに (1)国民の健康を脅かす「睡眠時無呼吸症候群(sleep apnea syndrome, SAS)」の早期発見サービスの産業化の必要性SAS は、睡眠中の頻回な上気道の閉塞・狭窄(きょうさく)により睡眠が妨げられ、覚醒中に強い眠気による居眠りや集中力低下をもたらす。日本人成年男子の約 5%に SAS の疑いがあると推計され、SAS 患者の「交通事故」発生率は 3~ 10 倍と報告されている。2003 年 2 月の山陽新幹線運転士の居眠り運転事件を契機に、交通事故・産業災害の一因として注目されている。また、SAS 患者における「心疾患」や「脳血管障害」の発生率は非 SAS 患者の 4~ 8倍に上ることから、国民の健康づくりを通じた国民医療費の適正化という点でも、SAS は社会的なリスク要因となっている。一方、企業では適切な対応を迫られているが、① SAS についての情報不足、② SAS のマス・スクリーニングを適正に行うサービスの担い手の不在、③ 当該領域の専門医が少ないこと、などから適切な対応が取られていない。 (2)SAS スクリーニング・サービスと減量・健康増進サービス一体化の必要性少なくとも閉塞性 SAS 患者の 60 ~ 70%は肥満が認められるとの報告もあり、患者にとって根本治療は減量であるため、効果的な減量指導システムが求められている。一方、肥満と関連する糖尿病、高血圧症、高脂血症は、社会生活上さほど大きな障害にはならないため患者の減量に取り組む意欲を喚起しにくいが、SAS は日常生活への影響が大きいため、患者が減量に取り組む意欲を形成しやすい。その点で、SAS 患者は減量指導サービスをもっとも受け入れやすく、サービス効果が高い層といえる。医療機関や職域・地域保健でも肥満解消に取り組んでいるが、診療報酬上の評価が確立していないことに加え、効果的・体系的な指導法が普及していないため十分な効果を挙げていない状況である。このような現状にかんがみ、多人数の対象者に対して SAS 検診を簡便に実施可能なスクリーニング法を開発し、さらに栄養指導と運動指導を

谷川 武(たにがわ・たけし)筑波大学大学院 人間総合科学研究科

企業保健組合自治体

全日本トラック協 会

スクリーニング検査の依頼

医療技術者養成

トレーニングプログラムの提供

精密検査・治療睡眠専門医療機関

★筑波大学睡眠医学寄付講座★虎の門病院睡眠センター

一般医療機関(双葉郡医師会を含む)

ソムノニクス(株)陽性者・疑陽性者・肥満者

ディジーズマネージメント

筑波大学

テレフォンサポートセンター

ダイエット食品取扱企業

NPO法人睡眠健康研究所

調査研究

センサ製造センサ製造施設

減量・健康増進サービス

SAS に対する減量効果の調査研究

減量プログラム

減量前/後の2回検査を実施

福島県双葉郡医師会

電源立地地域

☆EBH構築の ための分析☆健康増進プロ グラムの開発

自治体:福島県双葉町、大熊町、富岡町、楢葉町、いわき市、静岡県伊豆市

企業:東京電力(株)福島第1、第2原子力発電所関連企業

50名×2グループに対して、週1回ずつ3カ月間、計12回指導を実施

写真1 SASスクリーニング検査機器「ソムニー」☆自宅で手軽にSASスクリーニング検査が受けられる。

図1 事業の概要図

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組み合わせた減量・健康増進プログラムの提供を事業化するべく筑波大学発のベンチャー企業としてソムノニクス(株)*1 が設立された。

◆経済産業省からの委託事業筑波大学、NPO法人睡眠健康研究所、ソムノニクス(株)を中心とした快眠健康サービスコンソーシアムは、経済産業省の公募事業である平成 17年度「電源地域活性化先導モデル事業に採択された。 (1)委託事業実施の主な目的①福島県内の電源立地地域、および大手運輸企業の電源立地地域に位置  する支店、営業所等で広報活動を行い、5,000 件のスクリーニング・  サービスを希望者に提供する。②スクリーニング受診者 5,000 名のうち減量・健康増進サービスの提供  が必要と認められる者で本サービスへの参加希望者100名を対象に減  量・健康増進サービスを実施し、SASに対する減量効果を明らかにする。 (2)成果概要① SAS スクリーニング検査 福島県内の電源立地地域(双葉町、大熊町、富岡町、楢葉町、いわき市)、東京電力(株)福島第一原子力発電所、同福島第二原子力発電所、関連企業において2,982名の検査を実施。その他の電源地域と合わせて5,130名の検査を実施した。

②減量・健康増進サービス 福島県内の電源立地地域スクリーニング受診者のうち減量・健康増進サービスの提供が必要と認められ、参加を希望する107名を対象に主に食事指導を中心とした3カ月間のサービスを実施し、平均で -4.4kg の減量を達成した。

本原稿は以下の2名とともに執筆した。●三浦 仁(みうら じん) ソムノニクス株式会社 総務部長●櫻井 進(さくらい すすむ) 筑波大学睡眠医学講座講師

写真2 SASの広報活動

写真3 減量・健康増進サービスの実施

写真4 専門医による指導

*1:ソムノニクス株式会社〒 305-0031つくば市吾妻 3-7-15TEL:029-861-8581FAX:029-851-2014http://www.somnonics.co.jp/広く一般企業、個人からの SAS検診を受託している。従来にない睡眠面からの健康増進・事故防止対策として活用されたい。

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産学官連携ジャーナル Vol.2 No.6 2006 15http://sangakukan.jp/journal/

人工血液開発の歴史は 1970 年代から始まった。今年でおよそ 30 年になる。日米同時に開発競争はスタートしたが、早稲田大学理工学部では 80年代から研究が始まった。途中、慶應義塾大学医学部との連携へと進み、大学発ベンチャー「オキシジェニクス」が生まれたのは 2002 年 12 月である。研究開始から約 20 年後に、実用化へのプロジェクトとしてスタートした。以来 3年半で約 42億円あまりのファイナンスを積み重ねながら、実用化へのピッチを上げている。高木会長(写真 1)のお顔を拝見すると、ようやくトンネルの出口までの距離が計れるようになった様子がうかがえる。

◆制約の多い今の輸血用血液当該事業を分かりやすくするために「人工血液」について説明しよう。手術や緊急用血液として利用される輸血用血液は 4℃で低温保存しなければその機能を確保することはできない。しかも、有効に使える期間は約3週間と短い。例えば、阪神淡路大震災では、停電のため低温保存されていた血液の半分以上は駄目になってしまったし、緊急輸血に際し、血液型を特定するための 30分間で手遅れになることもよくある話だ、という。オキシジェニクスが開発している人工血液は室温での保存が可能だ。さらに全ての血液型に適合するという特徴がある。前項であげた問題は大半が解消する。また、室温での長期保存は、電力の供給が不安定なアジア・アフリカなどの地域での活用にも道は開ける。そういう意味では地球上の全ての人たちが恩恵に浴することが期待されるプロジェクトということになる。

◆志がつないだ知の連携人工血液には二つの手法(図 1)がある。一つは、ヘモグロビンをくるむ方法。もう一つがヘモグロビンをつなげる方法。余談ではあるが米国国防総省はこのプロジェクトに積極的で、前者は海軍が、後者は陸軍が採用し開発競争をしていたという。早稲田理工学部の土田教授はヘモグロビンをくるむカプセル方式を採用した。現在確立された仕様は、直径 250ナノメートル *2 のなかに 3万個のヘモグロビンを収容する、というものだがここにたどり着くまでに長い時間とたゆまぬ研究があった。職人芸のような精巧さで作り上げる作品に、慶應医学部の末松教授(写真2)が Bioimaging 技術 *3 で実証と改善すべきスペックを返していくことになる。以来、手法のやりとりは 8年間で 15回に及んだ。高木会長は「15回のやりとりがあった、ということはそれだけの失敗があったことになります。この失敗のデータほど貴重なものはありません」という。学部間を超えた産学連携の理想型として叫ば

取材・構成:平尾 敏(ひらお・さとし)野村證券(株)公益法人サポート室 課長/本誌編集委員

大学発ベンチャーの若手に聞く連 載

知のトライアングルを早慶連合で実現人工血液で人類を救う

高木 智史氏 (株式会社 オキシジェニクス*1)

写真1 代表取締役会長 高木 智史氏

赤血球 ~8000nm①ヘモグロビン ~7nm

②オキシジェンキャリア (ヘモグロビンをくるむ方法)

250nm

③リンカー型ヘモグロビン (ヘモグロビンをつなげる方法)20~30nm

図1

*1:(株)オキシジェニクスhttp://www.oxy-genix.com/

*2:1 ミリメートルの千分の一が 1マイクロメートル、1マイクロメートルの千分の一が 1ナノメートル。従って、1ミリメートルの間に 3万個の赤血球を包んだカプセルが4,000個並ぶことになる。

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産学官連携ジャーナル Vol.2 No.6 2006 16http://sangakukan.jp/journal/

れている “医工連携” が、“大学を超えた医工連携” として 10年以上も前から実践されていたことになる。研究レベルから “世に出す段階” と判断した末松教授は、かねてから親交のあった高木氏にベンチャー設立の相談をすることになった。家業の製薬会社の社長から転じてバイオベンチャーの支援活動をしていた高木氏は、末松教授からするとまさにピンポイントの選択だったのではないだろうか。

◆新たなパイプラインも現在早稲田理工学部は、カプセルのサイズを 30ナノから 350 ナノサイズまで、自由自在に粒径をコントロールできる技術を確立した。それは度重なる失敗の連続が改良の歴史でもあったことの証でもある。また、慶應医学部はヘモグロビンを通して酸素と二酸化炭素という二つの Gas 交換のメカニズムを解明してきた。生体内にあるさまざまな Gas が生命現象を調整する重要な役割を果たしているという。本プロジェクトは、結果として“Gas Biology” として研究領域を拡大することになった。早慶の医工連携は、人工血液にとどまらず、新しい創薬への実現に向けて展開していくことと確信した。

◆筆者の感想 「志」と「野心」の違いを説いた人がいる。「志」に利己欲はなく、ひたすら世のため人のためにあるので、他に共有され、後生に引き継がれていく。一方「野心」は動機が利己的な故に、その人だけで終わってしまう。そういえば、人工血液で消えてしまった上場企業もある。 オキシジェニクスには志がある。早稲田大学土田教授の研究は武岡教授(写真 3)に引き継がれ、行き詰まって慶應義塾大学医学部の門を叩いた。臨床研究で小林教授、基礎研究で末松教授の協力を仰ぐこととなる。そして末松教授はプロジェクトの実現のため、高木氏を焼き肉店に呼び、ベンチャーの設立を説いた、と言う。そして今、高木氏は、締めくくりの役割を大村孝男氏に託し社長として招聘(しょうへい)した。一つのことにかけた人たちの執念は四半世紀近くを費やしながらその目的と理念は一度も揺るぎがないと思われる。ついに本プロジェクトに関する特許は 16 本を数えるそうだ。大学発ベンチャーの上場も 10 社以上となり、投資家にも認知されようとしているが、内容は必ずしも盤石とは言えない会社も見受けられる。その意味でも当該企業の果たす役割は大きい。

<高木 智史氏 略歴>東京都出身、千葉大学人文学部卒。1994~1997 年、グレラン製薬社長。2000年、バイオベンチャー専門のVCであるバイオヘルスケア・パートナーズのジェネラルパートナー。2001 年、バイオベンチャー支援企業としてバイオアクセラレータを設立、代表取締役。2002年 12月、オキシジェニクスを設立、代表取締役。2006年 3月、取締役会長。

写真2 慶應義塾大学 末松 誠 教授(医師・医学博士)

写真3 早稲田大学 武岡 真司 教授(工学博士)

*3:ナノサイズの粒子が生体内でどのような挙動を示し、代謝・分布するかを即時に検証し、かつ効果を数値化できる技術。250ナノメートルの特定はこの技術があって実現した。

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ふるさとが取り持つ“人の縁”

産学官連携ジャーナル Vol.2 No.6 2006 17http://sangakukan.jp/journal/

◆はじめに文部科学省派遣・産学官連携コーディネーターとして本欄に登場するのは、筆者が 6人目である。大石、谷口、平野、水谷、村田と続いた強打の上位打線から功打の下位打線に移る。気ままに打たせていただく。「ヒューマンネットワークのつくり方」という題を頂いたが、『つくり方』という表現は、私にはしっくりこないので、「ヒューマンネットワーク」を後から振り返ったときの「人の縁」といった切り口で、いくつかの思いを述べたい。

◆大駄馬先生 昭和 40 年代の高度成長期は、どの企業も従業員教育に熱心であった。そのころの一人の講師の話がわれわれの記憶に残った。昔の戦争では軍馬の良し悪しが戦況を大きく左右した。「駿馬」と「駄馬」の軍馬二分法である。駿馬はおよそ5%しか存在せず、駄馬は 95%に達する。ところが、駄馬の中に「大駄馬」が5%混じっているという。軍馬三分法である。駿馬は誰の目にも明らかであるが、平時の大駄馬は、駄馬に埋没して目立つことも役立つこともない。講師いわく、「大駄馬を生かせるか否かが戦いの眼目である。大駄馬の活躍は駄馬にも活力を与え、敵の駿馬に勝てるのもまた大駄馬である」。われわれは、尊敬を込めてその講師を「大駄馬先生」と呼び、大駄馬なら「われわれにもなれるかも」と思い、大駄馬にあこがれた。 産学官連携運動という現代の文化大革命のミッションは、産・学・官という異質なものを出会わせ、衝突させ、反応させ、一種の戦闘状態をつくり出すことで大駄馬をクローズアップすることにあり、コーディネーターの役割は大駄馬に鞍を付けることなのかもしれない。

◆うなずき君 筆者が産学官連携コーディネーターに就任した動機は「不純かつ殊勝」であった。すなわち後出の狂歌を契機に「粗大ゴミとして最終処分場に行く前に、資源ゴミとしてもう一度お役に立ちたい」というものであった(写真 1)。運良く文部科学省のコーディネーター事業が発足し、会社の先輩の紹介で大学の後輩の面接を受けて採用された。 ≪狂歌:わが友のノーベル賞に決まりし日、月に一度の粗大ゴミの日≫ 就任当初は、天涯孤独、孤立無援、四面楚歌、前途多難、諸行無常という心境にあった。アシ

梶谷 浩一(かじたに・こういち)岡山大学 産学官連携本部 産学官融合センター 産学官連携コーディネーター/文部科学省 産学官連携支援事業 産学官連携コーディネーター

写真1 粗大ゴミと資源ゴミ

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産学官連携ジャーナル Vol.2 No.6 2006 18http://sangakukan.jp/journal/

スタントやパートナー無しで仕事をするのは生涯初めての経験であった。途方に暮れていたころ、岡山県立大学渡辺富夫研究室を訪問する機会があった。「インターロボット・うなずき君」との出会いである。このロボットは、話しかけると熱心に聞いてくれ、同感すると深くうなずいてくれる。話し手はうれしくなって気持ち良く話が進むというものである。日本語だけでなく、英語、ドイツ語、中国語で話しかけてもうなずいてくれる。これだけの「スグレモノ」なのだから高度な人工頭脳が搭載されているに違いないと思った。あにはからんや、頭脳は大変軽いのだそうだ。うなずき君は、話の内容を理解してうなずいたのではなく、話し手の言葉の調子に合わせてうなずいていただけなのである。「これだ! これなら私にもできる!」と思った。コーディネーター免許皆伝 “うなずき術” に開眼した瞬間である(反省:最近この術を忘れかけている)。 インターロボット(株)は、渡辺研究室の成果を実用化すべく社会人ドクターが立ち上げたベンチャー企業である。社長の小川浩基氏とは京都国際会館の産学官連携推進会議の交流会でお会いした。「はじめまして」と名刺交換し、お互いの名刺を確認しながら同時にアッと叫んだ。「あッ! カジ君のお父さん!」。小川氏は、わが息子の大学時代のサッカー仲間で、結婚式にも嫁さん子供同伴で出席してくれた大の仲良しなのであった。彼の会社は、現在、私の部屋の向かいに見える岡山県インキュベーションセンターにある。

◆ふるさとの縁 コーディネーターは、人に会うのが仕事である。会った人同士を出会わせて、新しいドラマの創生を演出するという、何とも幸せな仕事である。名刺は 2カ月に 300 枚のペースでなくなる。講演会やセミナーでも隣に座った人とは名刺交換をする。初対面の人とは、名前の由来と出身地を聞くことが多い。結果として、同郷の人と出会う確率が意外に高い。私のふるさとは、愛媛県佐田岬半島の突端の町であったが、昨年の3町村合併で原発の伊方町にのみ込まれた。結果、青色発光ダイオードの製造方法などの発明者として知られる中村修二氏(旧瀬戸町)と同じ町内出身者となってしまった。この仕事を通じて出会った愛媛県人は 100 人以上、愛媛県南予地方出身者も 20 人に達する。同郷というだけで、百年の知己のごとく話ができるのは「田舎者」の特権である。筆者と同姓異読の K先生は、一学年後輩にあたるが、最近までお互い面識はなかった。先生は「蛍雪時代」(旺文社から刊行されている大学受験生向けの月刊雑誌)を通じて同姓の私を認知してくださっていた由である。先生の医学部在任中は何かにつけ教授室にお邪魔して公私にわたる情報を頂いた。昨年退職されてからは内閣府で要職に従事しておられる。時々お会いする機会に伺う話は現在の私にとって大変貴重である。岡山県インキュベーションセンター内に会社の後輩が設立した(株)日本ステントテクノロジーというベンチャー企業がある。医療現場でステントを扱っている医師の考えも勉強しようと、倉敷中央病院の心臓外科の A医師に講演をお願いした。正調標準語の立派な講演であったが、私はふるさ

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とのなまりを聞き逃さなかった。講演後に「先生は、愛媛県南予の出身でしょう?」、「そうです」、「高校はどこですか?」、「八幡浜です」、「私の後輩ですね」との短い会話があり、即座に A先生は私の子分になった。さらには、将来、私の心臓に何らかの異常が生じたときは、先生が全知全能を傾注して治療に当たるとの堅い口約束も得られた。

◆種まく人 このところ特定のネクタイピンを愛用している。裏に山梨県立美術館の文字があり、表にはミレーの「種まく人」が浮き彫りになっている。このネクタイピンを胸にしていると、「種まく人に徹し、決して収穫者にはなら(れ)ない!」とのメッセージをクライアントにも自分自身にも送り続けている。

◆おわりに ≪俳句:ひとを抱くかたちとなりぬ雲の峰 梶谷超遠心(俳号)≫岡山大学産学官融合センターの玄関ホールには、スタッフ全員の顔写真と簡単なメッセージが掲示されている。不在の時は、お辞儀をしている写真に変わる。事務の女性が考えてくれた仕掛けである。私のメッセージの中に、この俳句がある。この雲のようなコーディネーターになりたいと念じている。この句を見て中小企業支援の仕事をされている津山の方が、わざわざ俳句集を届けて下さった。ヒューマンネットワークも化学結合も一重結合より二重結合、三重結合のほうが強い。 ≪俳句:今年またこの色に逢ふ山つつじ 梶谷超遠心(俳号)≫ 3年前の5月、中国四国地区の文部科学省・産学官連携コーディネーターの仲間が直島に集まって勉強会をした。直島は山つつじが満開であった。夜は、モンゴルのゲル(主にモンゴル高原に住む遊牧民が使用している伝統的な移動式住居)の中で産学官連携活動への取り組み方について激しい言葉のやり取りがあった。振り返ると、あの夜の本音トークは大切な契機になったように感じる。 ≪好きな人には、何を言っても失礼にならない≫ こう信じて大学人にも産業人にも接して来た。時に多少の誤解があったとしても、必ず修復できるチャンスがめぐってくるものである。この世でできなければ、あの世に行ってやればよい。

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産業界と大学での経験を踏まえて

産学官連携活動に携わって思うこと

産学官連携ジャーナル Vol.2 No.6 2006 20http://sangakukan.jp/journal/

◆はじめにこれまでの日本は産業界が中心となって、知的財産の創出とその事業化を進めてきた。バブル崩壊後、企業は生き残りをかけて自社の戦略的な事業分野に研究資源を投入し、企業の研究領域は狭まってきている。このような状況の中、企業はとりわけ手薄となった将来の飯の種になる全社研究に対して大学との接点を強く求めている。また、大学も従来の教育と研究に加え社会貢献が第 3の使命とされ、双方より産学官連携の機運が高まってきた。化学企業での長年にわたる研究開発歴、また大学で知的財産整備ならびに技術移転活動に携わってきた経験を踏まえ、昨今の産学官連携について思うことを述べてみたい。

◆産学官連携との出会い国立大学法人化前の産学官連携は研究成果の取り扱いや人材供給面で特定企業と特定教授間の個人的関係が主体であった。このような産学官連携の下、筆者は企業の研究所において創薬等の研究、また事業部において農薬、バイオケミカルズ等の機能化学品の事業化に注力してきた。生みの苦しみおよび育ての苦しみを味わいながら、学の助けを借りつつ幾つかのものについて幸いにも製品化にこぎ着け、研究開発者みょうりに尽きる体験をしてきた。平成 13 年に新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)に出向、「次世代化学プロセス技術の開発」の産学官プロジェクトのマネジメントに従事し、プロジェクトの成果を得ると同時に産学官連携の意義、進め方等を学んだ。平成 15 年に群馬大学が文部科学省の「大学知的財産本部整備事業」*1 に埼玉大学と連携する形で採択されたのを機に、知的財産マネージャーとして着任し、知的財産の創出・活用等の面で産学官連携の仕事に携わってきた。

◆国立大学法人群馬大学における産学官連携活動は群馬大学の研究・知的財産戦略本部は研究戦略の策定と運用を行う研究戦略室、知的財産戦略の策定と運用を行う知的財産戦略室から構成され、地域共同研究センターおよびインキュベーションセンター等と共同して産学官連携活動を効率的かつ効果的に行っている。同本部の特徴として知的財産戦略室と連携する内部 TLO型の技術移転マネージメントグループを設け、研究開発から特許の出願・権利化とライセンス活動までの一連の業務を一貫して行う体制にしている点がある。大学単独出願特許をベースとしたさまざまな技術移転活動、参画しているコラボ産学官*2 およびその入居大学等との種々産学連携活動、さらに首都圏北部四大学*3との知的財産全般の連携活動は本グループを中心に行っている。また、1~ 2年生を対象に知的財産戦略室のスタッフが講師となって「入門知的財産講座」および

戸田 秀夫(とだ・ひでお)(独)科学技術振興機構 産学連携事業本部 地域事業推進部 地域支援課 主任調査員

*1:「大学知的財産本部整備事業」本事業は、特許等知的財産の機関帰属への移行を踏まえ、大学等における知的財産の創出・取得・管理・活用を戦略的に実施するため、全学的な知的財産の管理・活用を図る「大学知的財産本部」を整備し、知的財産の活用による社会貢献を目指す大学づくりを推進することを目的にしたもの。対象は、国公私立大学、国公私立高等専門学校、および大学共同利用機関。平成15年より実施された。

*2:コラボ産学官東京の下町企業と地方の国立大学とを結び付け、新産業や新技術を創出することを目的とし、朝日信用金庫と電気通信大学の技術移転機関(株)キャンパスクリエイトが中心となって2004年4月に設立したもの。東京都江戸川区のコラボ産学官プラザ in TOKYOには、北海道の室蘭工業大学から九州の長崎大学など10の大学とTLO(技術移転機関)が事務所を構えており、会員企業は約120社。地方の信用金庫も会員として受け入れるほか、50億円規模のファンドを設立するなど、地方で創業する大学発ベンチャーを資金面から支援する仕組みとなっている。

*3:首都圏北部四大学国立大学法人埼玉大学、国立大学法人宇都宮大学、国立大学法人茨城大学および国立大学法人群馬大学を指している。

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産学官連携ジャーナル Vol.2 No.6 2006 21http://sangakukan.jp/journal/

「入門MOT講座」を平成 16年度から、さらに文部科学省の現代 GP*4「知的財産関連教育の推進テーマ」に採択されたのを受け、学部・大学院の学生を対象に提携弁理士による「知的財産専門講座」等を平成 17 年度から開講するなど啓蒙教育に積極的に取り組んでいる。本整備事業の進捗度は大学間で顕著な差異はないと思われるが、群馬大学においては知的財産・産学官連携に関するポリシー、職務規則等の策定・制定から教職員への数々の啓発活動を皮切りに、発明の発掘・出願・管理・活用までの基盤整備を順調に成し遂げ、技術移転の実績例も生まれつつある。しかし、産学官連携を通して実りある技術移転活動をいかに効率的に行うかが、今後の重要な課題ととらえている。

◆産の立場から大学への要望と学の現状は国立大学の法人化を契機に企業と大学の連携は、従来の個人的な関係から大学・企業間の組織的関係に転換した。この新しい仕組みの中で、産の立場から大学の産学官連携に対する取り組みを見ると、技術シーズの情報公開が不十分、共同研究等のスケジュール管理が徹底していない、TLO・知的財産本部・産学連携課等の大学事務局が存在していてどこが対応窓口か分からない、知的財産の取得・管理は十分なレベルになっていない、教員・学生の秘密保持に関する意識の向上が図られていない、各種契約に融通性がなく事務手続きも時間がかかるなどの指摘があるかと思われる。情報公開が不十分およびスケジュール管理の不備等に関してさらなる改善を要するものの、これらの指摘のうち企業の研究者と大学の教員だけの打ち合わせ・情報交換に基づく誤解に起因するものも少なくない。例えば群馬大学の知的財産の取得に関して言えば、大手企業の知的財産部出身のスタッフと専門分野別に提携している弁理士との連携により優秀な特許取得に努めているし、各種契約の締結にも柔軟に対応している。企業同士の打ち合わせと同様に、企業と大学との打ち合わせも知的財産の担当者同席の上で行うことにより、知的財産上の取り扱い・各種契約の締結・秘密保持等の問題の多くは円満に解決できつつあると考えている。なお、大学の事務手続きの簡素化・迅速化は円滑な産学官連携に不可欠であり、大学改革の一環として早期に改善されることを望みたい。

◆産学官連携を地元主体からもう一歩広域な活動へ地元企業等との産学官連携活動は地域共同研究センターが中心となってさまざまな角度から強力に推し進めてきた結果、共同研究および共同出願特許件数は飛躍的に増加した。この種の応用的な共同出願特許は企業中心で開発を行い、大学が研究協力する形の産学官連携を着実に進めれば良いと思われる。一方、大学単独出願の基本的な特許については、地元企業への PR だけでは関心を示す企業を見つけることさえ容易ではない。このような事態を打開するために(独)科学技術振興機構(JST)と共催で実施した「首都圏北部四大学発新技術説明会」*5 は、全国レベルの企業を相手に発明者の教員が説明するものであり非常に有意義なものであった。また、コラボ産学官は江戸川区の中小企業だけでなく、全国に展開している支部の中小企業ともシーズ・ニーズのマッチングを図れるユニークなシステムをと

*4:現代GP(現代的教育ニーズ取組支援プログラム)各種審議会からの提言等、社会的要請の強い政策課題に対応したテーマ設定を行い、大学等から申請された取り組みの中から、特に優れた教育プロジェクトを選定し、財政支援を行うことで、高等教育のさらなる活性化が促進されることを目的とする。「知的財産関連教育の推進」のほかに「人材交流による産学連携教育」等 5つのテーマがある。

*5: 「首都圏北部四大学発新技術説明会」(独)科学技術振興機構(JST)では、大学、公的研究機関およびJST の各種事業により生まれた研究成果の実用化を促進するため、新技術説明会を開催している。大学等と連携した新技術説明会の一環として、首都圏北部四大学発新技術説明会が開催されたもの。

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産学官連携ジャーナル Vol.2 No.6 2006 22http://sangakukan.jp/journal/

っているので、有効に活用している。しかし、全国ネットの活用は地理的・時間的制約が多く効率的でないため、知的財産全般の連携活動を図っている首都圏北部四大学のエリアを対象とするようなブロック単位での活動ができればと考えている。これらの大学が持つ工学部、医学部および農学部等から生まれた幅広いシーズと多種の産業が集積された全国有数の工業地帯である首都圏北部の多様なニーズとのマッチング機会を増大させ、全体のレベルアップが図れればと考えている。

◆産学官連携を効率よく進めるために教員の研究成果を特許として発掘し、シーズ・ニーズのマッチングを図り企業との共同研究化に発展させ、必要に応じ公的な競争資金を活用させていただきながら産学官連携を強化する。その結果、企業での事業化が達成できれば、産学官連携活動に携わる者として本望である。その最初のきっかけを作るため企業訪問による直接 PR、各種展示会による説明およびインターネットによる各種情報発信等マッチングに関してバタバタと動き回っているが、産学官連携を効率的に進める一助として以下の支援・配慮がなされると現場サイドでは元気がでる。第一に、JST との共催による新技術説明会の開催機会を増加できないかである。地域主体の新技術説明会では到底かなわない JST の集客能力の高さに期待するのが主な理由で、発明者の教員も積極的になる。第二に、無料で簡単に利用できるシーズ・ニーズのデータベースが構築されないかである。企業からは大学のシーズを大学からは企業のニーズをキーワード入力で網羅的に検索できるものを指し、ニーズ情報は企業が提供可能な範囲で、シーズ情報は特許出願状況等の産学官連携情報を主体とするものである。最後に若手コーディネータ育成のための環境・仕組み作りである。若手の採用・育成が声高に叫ばれているものの、それどころではないというのがおおかたのところではないか。いつまでも競争資金の獲得等不確定な財源を前提とした採用・育成では、将来を見据えた産学官連携活動のビジョンが描けないと思われる。

◆おわりに今から 13 年ほど前、英国大使館主催の日本企業を誘致するための視察団に参加し、その一環で英国内の産学官連携に熱心な中央と地方の大学を訪問した。当時の日本企業は自前主義、また大学も研究と教育主体で生きて行くことができた時代で、英国の産学官連携の高まりは日本には関係ないという認識でいた。制度的なものを含めて日本の産学官連携は欧米に比べ 15~ 20年遅れとされているが、近年急速に盛り上がっているとの印象を持っている。体験談を交えながら産学官連携および知的財産等の講義をすると高校卒業直後の1年生でも大変興味を示し、研究室に入ったら企業と共同研究をしたい、発明をして特許出願したい、ベンチャー企業を起こしたいという声が終了後のアンケートで多くあったのも明るい材料である。4月から勤務先が JST の産学連携事業本部になったが、これまでの経験を活かしつつ産学官連携の推進に微力ながら努めていきたいと考えている。

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産学官連携ジャーナル Vol.2 No.6 2006 23http://sangakukan.jp/journal/

◆はじめにご紹介いただきました有本でございます。今度の第 3期科学技術基本計画は政界、産業界、大学など学界、役所なども、多重構造の中でこの 2年間ぐらい、理念から細かい施策まで含めて分析をし、ポリシーがまとまったと考えております。ただし、これが真に内実のあるものとして、実効性あるものとして世の中に成果が上がっていくかどうか、常にその状況を監視し、分析をし、政策提言していただく、こういう構造をつくることが非常に大事だと思っています。この意味で、本日の研究会の主催者である先端技術産業調査会などの勉強会、シンポジウム等で、この第 3期科学技術基本計画を実効あるものにしていくようお願いしたいと思います。そして、産学官、市民も含めた第 3期科学技術基本計画に関する大きな運動をつくっていくことが大事と思っています。それから、かわさき科学技術サロン*1 といったような催しが大事だと思っています。本調査会が地域において交流の場を維持する、あるいは拡大していく機能というものを、川崎市のみならず、全国枢要なところに広げていただくということが極めて大事ではないかと思っています。ちなみに、かわさき科学技術サロンの世話人の藤嶋先生は、40 年かけて、光触媒という日本発のイノベーションをなさった方ですが、今、日本化学会の会長も務められています。

◆第3期科学技術基本計画の概観2006 年 3 月 28 日の閣議で決定されました第 3期科学技術基本計画について、できるだけ時代背景も含めてお話しします。まず、イギリスの有名な「エコノミスト」、去年の秋に出されたこの雑誌のある号の表紙にタイトルとして「日本は再生するか」と書かれています。今の日本はミニバブルと言われるくらい経済が回復してきましたが、果たして、80年代のあのバブルの経験をほんとうに生かしているのでしょうか。長期的に持続可能となるような日本の経済力、社会力をつけなければならない。次世代のために、現在のわれわれが何をやるべきか再考したいと思います。振り返りますと、80年代までがキャッチアップのフェーズで、そこでの知識も人材も組織も資本も設備も制度、政策も、このキャッチアップの時代に対して最適に配置されたものだったと言えましょう。これが 80年代の日本の大繁栄です。80年代のピークから 90年代中葉の 15年間、明らかに社会の構造が変わりました。そして今現在、農業社会から工業社会そして知識基盤社会へ、移りつつあるわけです。しかも、中国もインドも資本主義市場に参入するという中で大競争時代を迎えており、日

有本 建男(ありもと・たてお) 内閣府 総括政策研究官

特別寄稿 先端技術産業調査会 研究会 講演「第3期科学技術基本計画の展望」

*1:かわさき科学技術サロンhttp://www.hir.or.jp/salon/index_salon.html第 1 回サロン「『社会に役立つ科学技術・研究者の使命』独創性の高い研究成果を生み出し続ける原動力の秘訣」ご案内:http://www.hir.or.jp/seminar/index_seminar.html#060606

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産学官連携ジャーナル Vol.2 No.6 2006 24http://sangakukan.jp/journal/

本はその中でキャッチアップからフロントに押し出されたのです。この 15年間の種々の構造改革は、緒についたばかりであると言えます。あえて 2030 年としまして、今からおよそ 25 年先は、ことしの中学 3年生が、40歳になります。そのときに、ほんとうに日本は繁栄をしているかどうか、その基盤をつくる今がちょうど過渡期にあるということです。そういう意味で、2006 年から 2010 年の科学技術基本計画の 5年間に、きちっと構造を改革し、日本と世界が変わる中で、知識、情報、人材、組織、資本、設備、あるいは制度、政策を新しい時代に即して最適配置し、全体としての最適化を行う。非常にしんどいのですが、一方、国民の方々と一緒になって新しい国創りを前向きにやっていくという時代ではないかと思います。時代の変化という中で、人口減少が一つの重要な要素になります。そして財政再建です。今まで、財政再建が前面に出て、多くの国民の方々は将来の展望がない、一部だけがバブル状態で繁栄をし、格差社会の出現とも言われだしました。そして、地域の再生があります。こういった観点から見る第 3期科学技術基本計画ですが、最終的な、2030 年ぐらいの社会を見据えた上で、この先の社会には、文化的な価値、公共的な価値、および経済的な価値があるわけですが、それを生み出すのは何か、それは教育と科学、そして公共的な価値と経済的な価値を生み出す科学を基盤にした技術でしょうか。第 3期科学技術基本計画の大きな柱は、人材とイノベーションシステムの基盤づくりです。従って、人、金、情報、制度が集まり革新が生まれる場をどうやって形成していくかがポイントとなると思います。次に、第 3期科学技術基本計画で強調されている人材育成とイノベーションについて述べます。小学校、中学校、高校、大学、学部、大学院で、これまでの教育をどう変えていくのかというところは、過日の 3月 7日に先端技術産業調査会が出された提言 *2 に非常に的確に書いてあると思います。本計画に書かれている科学技術系人材の育成・確保については、一人一人の人生ですので丁寧に育てていくということが肝要です。今から総合的な施策を打とうとしています。10 年前に打ち出した「ポスドク 1万人計画」で現在、日本は 1万 4,000 人ものポスドクを誕生させましたが、彼らの就職は厳しいものがあります。ここで今後、若い人でこのキャリアパスに入ろうとしている人びとに対しては、今までのようにアカデミアの世界だけでキャリア、あるいはポストが得られるわけではなく、マネジメント、MOT、知財、コミュニケーション分野にも進めるような物の考え方、知識とスキルを大学の課程で学んでほしい、もしくはインターンシップで実地に経験をしていくなどで、強固な人材育成を意欲的に展開し始めています。それから、基本計画の中では女性の研究者をファカルティーメンバーの 25%を目標に採用する、外国人およびシニアの研究者の活躍の機会と場を拡大することになっています。日本発のオリジナルなアイデア、技術シーズをベースにしたイノベーション。フロントランナー時代にはこれが大切になります。イノベーションには、不確実性と時間性がつきものです。科研費で実施される自由発想基

*2:3 月 7日に先端技術産業調査会が出した提言http://www.hir.or.jp/project/report/060307teigen.html

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産学官連携ジャーナル Vol.2 No.6 2006 25http://sangakukan.jp/journal/

礎研究の成果の中から JST の支援制度で行う基礎技術開発の段階へ移す際のテーマの選択メカニズムの構築が大きな問題です。イノベーションにたどり着くまでの確率を最大化するための連続した制度づくりと、その運用が重要です。加えて税制・規制、金融、知財、調達など、いわゆるイノベーション・エコシステムをきちんと整理する。例えば規制を緩和しておいた上で、社会に実装するように仕掛けをしないとうまくいかないということではないかと思います。税金以外の資金も含めて長いイノベーション活動をどのように支援していくかをみてみます。ベンチャーキャピタルの年間投資額の各国 GDP 比をみると、米国が 0.5%ぐらい、OECD の平均が 0.3%ぐらい、韓国も 0.2%で、それに対して日本はほとんどありません。オリジナルな基礎研究から価値を生み出すまで、20年、30 年かかる場合、これに対するファンディングですが、これはいわば、アーリーステージのベンチャーキャピタルみたいなもので非常にリスクが高いと思います。資金が真に手当てをされているかについては、実は、非常におぼつかないといえます。しかも、資金を支援した側が、その資金が使われている内容のマネジメントについて指導するといったシステムを作らねば、本格的にイノベーションが連続的に起こるようなシステムになりません。こうした機能を作ることは重要です。総じて、日本のオリジナルな基礎研究を、30年、40 年かかってもいいから、最終的な社会の価値に結び付けるというところが基本です。それを支える人材づくりがイノベーション関連の施策と表裏になっているわけです。私なりにシュンペーターの「イノベーション論」から抽出しました人材の要件は、事態を見通す洞察力、それから精神的な自由、意思の使い方、社会環境の抵抗を克服する、あるいは事物を使い真相を見る意思と力、不確定、抵抗を反対と感じない能力、それから他人への影響力でしょうか。このような資質の養成は短期ではできません。そして作り上げるのです。つまり、教育・訓練のシステムと、その文化的な基盤が求められます。

◆オリジナルな研究をイノベーションに結び付けるには日本がオリジナルな基礎研究をイノベーションに結び付けるにはどうしたらいいかを考えてみますと、まず自由発想の基礎研究に多様性と深みを持たせることです。その上で、次のフェーズとして、目的志向の基礎研究を行うことです。そこで見通しを得たものを技術実証、試作と続けて行く。20年、長いもので30年、40年近くをかけて大きな価値を生み出していく。今、工業化社会から知識基盤社会へと社会が大きく変わっています。これを産学官が自らの問題意識として制度を変えるために、真剣に考えていかねばなりません。人材を見ますなら、求められる人材も工業化社会のそれとは全く違ってきています。個性、創造性、専門性、多様性、流動性などが求められています。

◆科学技術系人材の育成・確保のシステム改革戦後 60 年間、米国は世界市場から優秀な人材を確保してきました。人材の確保は世界大競争になっています。自国の教育システムが重要です。

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産学官連携ジャーナル Vol.2 No.6 2006 26http://sangakukan.jp/journal/

米国にわが国の人材を供給し、そこで訓練を受けさせることではなくて、国内で人材を輩出するシステムを造らねばなりません。広いすそ野、分厚い中壁、高いピーク。八ヶ岳のような山をイメージしてください。また日本も米国のように世界から人材を導入できるようになっていなければ、人口減少の中で 2030 年ごろの人材は全く寂しいものになりましょう。もう一つ、ご注目いただきたいのは、教育基本法です。これは政治的に大きな課題になっていますが、愛国心の議論とともに大切なことは、教育に対する投資の拡大です。ちなみに、科学技術基本法では、研究投資金額は書かれていません。国会の決議で政府が定量的な数値を入れるべきであると書かれました。これによって最初の基本計画に産学官、諸先生方、政治家のご尽力で 17 兆円が付きました。その後、24 兆円、25 兆円と明記されました。教育について、これができるかは、非常に大事なポイントになると思います。それから人材の流動性が重要です。米国には、日本、中国、欧州から頭脳が流出しています。米国は人材を得ているというわけです。最近は頭脳の循環(サーキュレーション)が大切になっています。ブレインサーキュレーションとは何か。例えば中国の人が米国のスタンフォードとかハーバードとかMIT で勉強して、トレーニングを受けて中国に帰る。中国に帰ってきて、常にMIT の先生と連絡をとりながら共同で研究をする、共同でいろいろなものを開発するというネットワークが張られているのです。それからまた、若い人たちもそのあと行かせる。このブレインサーキュレーションのネットワークの中に、日本だけが孤立しています。これは致命的です。例えば最近の日本の若い人々が 10 年前と比べて、どれくらい海外のトップユニバーシティーに行かなくなっているかは驚かされます。例えば、10年前と現在のスタンフォード大学への日本からの留学生の数ですが、学部生がほとんどなのです。語学の勉強に来ているぐらいで、中国、韓国、インドに比べて学生の留学の勉強の中身が全然違います。こういう現象についてどうしたらいいのか。おそらくこれは、リスクを背負って理系のキャリアパスに入ろうとする若者が、あまりにリスクが高いので、修士課程でどんどん就職してしまう、優秀な人ほど博士課程には行かないことに反映されているのでしょう。リスクを負ってもチャレンジする精神を涵養(かんよう)するためのシステムと文化をつくらない限りは、先細りだと思います。

◆21世紀の人材について知識は生産だけではなくて、活用する、あるいは時には制御する。それから、抽象だけではなくて、市民一人一人が世界の、例えばエネルギーの問題、環境の問題について、知識をソリューションに向けてどのように役に立たせるのかというような個別具体を考える、つまり公共を常に考えることです。象牙の塔を出て、常に現実の生活、世界との関係性が非常に大事になります。こういう科学者、技術者の人間像を踏まえて、考えられるような環境を若い人たちのために作る、先達が教えるという文化を作っていくところが非常に大事なのではと思います。

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産学官連携ジャーナル Vol.2 No.6 2006 27http://sangakukan.jp/journal/

◆さいごに私は、本日は第 3期科学技術基本計画の重点分野がどうだということは申しませんでしたが、社会に対して重要分野の成果をインストールするために、どういう推進方策を取るかが非常に重要になるという観点でお話ししました。本調査会で出された 3月 7日の第 3期科学技術基本計画を実行するにあたっての意見書に書かれていた項目をご紹介いたします。(1)人材の還流をしっかりする。(2)大学の競争力強化。競争的環境、特に国立の研究所も含めて大学の中に 30 ほど世界のセンターオブエクセレントをつくろうということ。このための行政的な支援として 2007 年度から新たに 21 世紀 COE の次のフェーズが始まります。この点の重要性が書かれています。(3)総合科学技術会議と学術会議の重要性、あるいは改革の必要性、です。今やほとんどの国が開発途上国も含めて、科学技術とかイノベーションの担当の総理補佐官、あるいは大統領補佐官、つまり国のトップリーダーに日常的に、いつでもアクセスできる体制がとられています。こういう体制を日本でもつくったらどうかの提案が書かれており、これは非常に大事で、そういった構造の実現を望みます。次のことで締めくくりたいと思います。米国大統領の科学補佐官、マーバーガーという物理学者が、去年からずっと言い続けていることがあります。それは、今後の科学技術政策は、いろいろな社会へのインパクトもあり、それから予算に対する正当化も必要ですので、経済学や社会科学を、すなわち科学技術政策のための社会科学を振興しない限り、科学技術もうまくいかないということです。NSF ではこのためのファンディングを非常に増やして、数年かけてこのような政策研究センターを米国の中に数カ所つくることになっています。これは大変に示唆的なことです。日本でも、科学的根拠に基づく政策の立案と実施体制の構築が大切です。そして日本国内のあちこちで科学技術コミュニティーと社会とがコミュニケーションをして議論していくことが重要であると考えます。

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日時:2006年 3月 23日(木)   13:00~ 16:15場所:第 151回春季講演大会   第 6会場   (早稲田大学理工学部 53号館   302教室)主催 : 日本鉄鋼協会 社会鉄鋼部会   産学連携(F)フォーラム

パネルディスカッションの模様

「日本鉄鋼協会シンポジウム

『動き出した産学連携現状と期待』」報告

産学官連携ジャーナル Vol.2 No.6 2006 28http://sangakukan.jp/journal/

日本鉄鋼協会の春季講演大会で産学連携シンポジウム『動き出した産学連携現状と期待』(産学連携(F)フォーラム座長:長谷川史彦教授(東北大))が平成 18年 3月 23日に開催された(於早稲田大学理工学部)。前半の基調講演は鈴木信邦グループリーダー(新日鐵)と丸山正明編集委員(日経 BP)の 2人。鈴木氏は「産学連携の政策動向と鉄鋼産業からの大学への期待」で鉄鋼業界が必要とする産学連携の考え方を述べた。現状課題の解決型で進めるのではなく、10年後・20 年後の技術を共同で研究したい旨を述べた。新たな視点でのアイデア、異分野との融合による新たな発想を大学に期待し、「産発プロジェクト展開鉄鋼研究」を日本鉄鋼協会として公募し鉄鋼研究の振興活性化を図る。続く丸山氏は「産学連携の成功例について 実例を基に」でさまざまな業界での産学連携の成功例を述べ、産学連携が成功する大学側と企業側の条件を述べた。後半のパネル討論は、モデレーター:喜多見淳一教授(東工大)、パネリスト:伊藤学司室長(文科省)、豊田政男教授(大阪大)、三島良直教授(東工大)、高木節雄教授(九州大)、大内千秋教授(東北大)の 6人が務めた。冒頭で喜多見教授は、法人化後のメリットを産学連携に積極的に活用した事例を通して、他大学や他産業の活動の参考になることを期待したい、と討論の趣旨を述べた。伊藤室長は「大学改革の現状と産学連携への期待」で大学の組織的な産学連携の進展状況と今後の教育面への活用の期待を述べた。豊田教授は「組織的産学連携について大阪大学の事例」で産学共同研究と産学連携教育の大阪大での事例産学連携は組織戦略型から共同での新分野開拓と人材育成のステージへ移っているを紹介した。三島教授が「経営者と話のできる研究者の育成:新しい博士後期課程の人材育成コース」で博士後期課程の教育で研究開発リーダーへのキャリアパスを拓く試みを行っている現状を報告。高木教授と大内教授は「鉄鋼に関する研究教育の活性化と人材育成を目指した鉄鋼リサーチセンターの設置」と「産業連携による先進鉄鋼研究教育センター開設の狙いと目的」をそれぞれ解説し、鉄鋼研究者の研究拠点を産学連携で構築しつつある取り組みを紹介した。最後に井口泰孝教授(前座長:東北大)の、産学連携を有効活用し充実した研究成果、優秀な経営層の輩出を行い、21世紀も日本の鉄鋼業界が世界一の座を保持して行こう、という熱い言葉に満場の拍手が送られシンポジウムは終了した。

(フォーラム幹事 平塚 洋一)

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産学官連携ジャーナル2006年6月号2006年6月8日発行

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(月刊)

産学官連携ジャーナル Vol.2 No.6 2006

★連載「産学連携と法的問題」が第 7回を迎えた。産学連携の実績が華々しく報じられるなかで、産学間の軋轢(あつれき)や大学内の不祥事が気に掛かる。発明者(東工大教授)と、大学、企業の 3者で、発明者の認定をめぐって訴訟に発展する事案もあった(東京地裁 3月 23 日判決)。大学側の法知識の不足と不適切な対応に起因しているように見受けられる。神戸大学教授が実験していないデータを記載して特許出願したとして学内から内部告発を受け、大学が当該特許出願を取り下げたという報道もあった(4月 27 日)。産学連携が一部で利権化するという危険も指摘される。産学連携の健全な発展には、法知識のほか、産学双方の倫理観が重要となる。                         (青山前委員)

★ 本ジャーナルも通巻 18 号を迎え、産学官連携をテーマとするジャーナルとして、ある意味での個性が備わりつつあると思われる。ある意味とは、執筆者や対談者として登場される方々に恵まれていることである。しかしながら、編集委員としては、読者の方々が本ジャーナルの編集に間接的であれ参画していただけるような仕組みが必要かと考えている。本来、ジャーナルはヒューリスティックな論争的性格を有しているはずであり、読者の自発的参画を誘発するものである。この記事は良かった、参考になったという評価だけでなく、この点は考え方が異なるとか、検証したいから詳しく知りたいといった双方向のプロセスが機能するようになることを期待している。                 (川村委員)

★今月号は、京都で開催されます産学官連携推進会議に先立つ 8日にウェブで公開いたしました。広く読者の方々にご高覧いただきたく切に願っております。 日本は産業技術に関して、既にキャッチアップ型からフロントランナー型へと移行しています。そこでは、イノベーションが重要な役割を持ちます。そして、国際競争力を持ちうる人材の育成と確保が必要であると、第3期科学技術基本計画で言われています。本号では「第3期科学技術基本計画の展望」というタイトルで、推進方策として重要となる観点をお話しいただいた記事を掲載いたしました。また、国立大学が法人化したのち、産学連携に関する全学的な組織体制をとられた九州大学の例をインタビュー記事と執筆記事で掲載しております。知識基盤社会へと社会が変遷している中で、こういった記事は大変に示唆的であると思います。 前者の記事の最後に「今後の科学技術政策のための社会科学の振興が求められ、社会科学と科学技術が理系、文系の枠を外して、コミュニケーションをする体制こそ今後の方向であり、そういった体制の構築が大切である」と書かれています。これはまさしく今後の方向であるといたく感じ入りました。   (加藤編集長)

産学連携の健全な発展に必要なのは…

今後の科学技術政策を示唆する記事を

読者が自発的に参画できる仕組みが必要