8
2009 9 30 日パリアマン地震の地震動と大型建物被害の調査 後藤 洋三 1 Mulyo Harris Pradono 2 , Rusnardi P. Rahmat 3 亜紀夫 4 ,宮武一弘 4 Yozo GOTO 1 , Mulyo Harris Pradono 2 , Rusnardi P. Rahmat 3 Akio HAYASHI 4 and Kazuhiro MIYATAKE 4 1 東京大学地震研究所 2 インドネシア技術評価応用庁(Agency for the Assessment and Application of Technology3 京都大学大学院 4 オリエンタルコンサルタンツ 2009930Mw7.6の地震がスマトラ島西海岸沖で発生し,西スマトラ州のパダン市,パリアマン市 と周辺地域に1,000名以上の死者・行方不明者と倒壊家屋約15万戸の被害を及ぼした.被害の特徴の一つは 州都パダン市内で大型の鉄筋コンクリート建物が多数被災したことである.そこで,著者らはパダンの市 街地で常時微動の測定,アンケートによる震度調査,モニタービデオの分析,代表的な被災建物の詳細な 調査を行い,入手可能な地震観測記録と地盤情報から本震の地震動を推定,建物の応答解析を行って被災 原因を分析した.その結果,パダン市街地には震度5強で周期0.52.5秒の地震動が作用し,それに対し建 物の設計地震力が過小であり,柱の靭性が不足し,壁構造が脆弱であるなどの設計上の課題が指摘された. キーワード:2009 9 30 日パリアマン地震,常時微動,アンケート震度,建物被害,設計地震力 1.はじめに 2009930日パリアマン地震についてBMKG Agency for Meteorology, Climatology and Geophysics of Indonesia)は, 本震の震央をパダン(Padang)市西方約80km,震源深さ 71km,マグニチュードをMw7.6と発表している.この 地域の沖合にはスマトラ島西岸のプレート沈み込み帯が 広がりメンタワイギャップ(Mentawai gap)と呼ばれる空白 域があって大きな地震の発生が懸念されていたが,今回の 地震はその空白域とは関係のないプレート内地震であっ たとされている. この地震による主な被災地はパダン市(人口84万人), パリアマン(Pariaman)市(7万人),パダン・パリヤマン 県(38万人),アガム(Agam)県(42万人)である.建物被 害の様相は地域によって異なっていた.西スマトラ州の州 都であるパダン市の中心部では近代的な大型建物の被害 が目立ったが,パリアマン郊外の丘陵地帯では低層で一般 的な工法の住宅 (Non-engineered building) が被害を受け ていた. 著者等は,大型鉄筋コンクリート建物の被害に注目した 調査と解析を行った.それらの建物は,行政機関,ホテル, 学校,大型商業施設などに使われており,州都の基幹機能 を支える重要な役割を果たしている.また,津波来襲時に は鉛直避難場所となることも期待されている.さらに,今 回被災したと同規模の鉄筋コンクリートの建物がインド ネシアの他の都市にも多数建設されており,過去の地震で 被災した事例もあることから,パダン市で被災した大型建 物について被災のメカニズムを分析し,原因を明らかにし ておくことは重要である. 2.パダン市の地震動の推定 パダンの市街地で本震を計器観測した記録は見当たら ない.そのため,著者らはアンケートによる震度調査,常 時微動の測定,モニタービデオ画像の分析などを行い,さ らにパダン市郊外の岩盤で観測された本震の記録を使っ て波形を合成,パダン市市街地の本震の地震動を推定した. (1) アンケートによる震度調査 住民に揺れに関する34の設問を出して択一式で回答し てもらい各回答に重みを付けて合算することにより気象 Padang city Pariaman city Agam pref. Padan Pariaman pref. Epicenter -1 震央と被害の大きかった地域 Attached to OCHA Indonesia Earthquake, Situation Report No.16 (20 Oct. 2009) 第3回近年の国内外で発生した大地震の記録と課題に関するシンポジウム 127

2009 年9月30 日パリアマン地震の地震動と大型建 …library.jsce.or.jp/Image_DB/eq04-07/proc/02002/2010-0127.pdf2009年9月30日パリアマン地震の地震動と大型建物被害の調査

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2009 年 9 月 30 日パリアマン地震の地震動と大型建物被害の調査

後藤 洋三1,Mulyo Harris Pradono

2,

Rusnardi P. Rahmat3,

林 亜紀夫4,宮武一弘

4

Yozo GOTO1, Mulyo Harris Pradono

2,

Rusnardi P. Rahmat3,

Akio HAYASHI4 and Kazuhiro MIYATAKE

4

1 東京大学地震研究所 2 インドネシア技術評価応用庁(Agency for the Assessment and Application of Technology)

3 京都大学大学院

4 オリエンタルコンサルタンツ

2009年9月30日Mw7.6の地震がスマトラ島西海岸沖で発生し,西スマトラ州のパダン市,パリアマン市

と周辺地域に1,000名以上の死者・行方不明者と倒壊家屋約15万戸の被害を及ぼした.被害の特徴の一つは

州都パダン市内で大型の鉄筋コンクリート建物が多数被災したことである.そこで,著者らはパダンの市

街地で常時微動の測定,アンケートによる震度調査,モニタービデオの分析,代表的な被災建物の詳細な

調査を行い,入手可能な地震観測記録と地盤情報から本震の地震動を推定,建物の応答解析を行って被災原因を分析した.その結果,パダン市街地には震度5強で周期0.5~2.5秒の地震動が作用し,それに対し建

物の設計地震力が過小であり,柱の靭性が不足し,壁構造が脆弱であるなどの設計上の課題が指摘された.

キーワード:2009年 9月 30日パリアマン地震,常時微動,アンケート震度,建物被害,設計地震力

1.はじめに 2009年9月30日パリアマン地震についてBMKG(Agency for Meteorology, Climatology and Geophysics of Indonesia)は,

本震の震央をパダン(Padang)市西方約80km,震源深さ

を71km,マグニチュードをMw7.6と発表している.この

地域の沖合にはスマトラ島西岸のプレート沈み込み帯が

広がりメンタワイギャップ(Mentawai gap)と呼ばれる空白

域があって大きな地震の発生が懸念されていたが,今回の

地震はその空白域とは関係のないプレート内地震であっ

たとされている.

この地震による主な被災地はパダン市(人口84万人),

パリアマン(Pariaman)市(7万人),パダン・パリヤマン

県(38万人),アガム(Agam)県(42万人)である.建物被

害の様相は地域によって異なっていた.西スマトラ州の州

都であるパダン市の中心部では近代的な大型建物の被害

が目立ったが,パリアマン郊外の丘陵地帯では低層で一般

的な工法の住宅 (Non-engineered building) が被害を受け

ていた. 著者等は,大型鉄筋コンクリート建物の被害に注目した

調査と解析を行った.それらの建物は,行政機関,ホテル,

学校,大型商業施設などに使われており,州都の基幹機能

を支える重要な役割を果たしている.また,津波来襲時に

は鉛直避難場所となることも期待されている.さらに,今

回被災したと同規模の鉄筋コンクリートの建物がインド

ネシアの他の都市にも多数建設されており,過去の地震で

被災した事例もあることから,パダン市で被災した大型建

物について被災のメカニズムを分析し,原因を明らかにし

ておくことは重要である.

2.パダン市の地震動の推定 パダンの市街地で本震を計器観測した記録は見当たら

ない.そのため,著者らはアンケートによる震度調査,常

時微動の測定,モニタービデオ画像の分析などを行い,さ

らにパダン市郊外の岩盤で観測された本震の記録を使っ

て波形を合成,パダン市市街地の本震の地震動を推定した.

(1) アンケートによる震度調査

住民に揺れに関する34の設問を出して択一式で回答し

てもらい各回答に重みを付けて合算することにより気象

Padang city

Pariaman city

Agam pref.

Padan Pariaman pref.

Epicenter

図-1 震央と被害の大きかった地域 Attached to OCHA Indonesia Earthquake, Situation Report No.16 (20 Oct. 2009)

第3回近年の国内外で発生した大地震の記録と課題に関するシンポジウム

127

庁震度を求める方法が太田ら1)によって開発されており,

地震計によらずに震度分布を求める方法として1970年代

から広く用いられてきた.本田ら2)は設問をインドネシア

語に翻訳し,2004年のスマトラ沖地震で揺れによる被害も

出ていたスマトラ島バンダアチェ市の震度推定に適用し

た.著者らはその設問の訳文の一部をパダンの生活習慣に

沿って修正したアンケート用紙を用意し,9名の学生にイ

ンタビュアーとなってもらってパダン市の市街地の住民

720人の回答を集めた.回答の集計には太田ら3)が高震度

域に適合するように改良を加えた集計用のプログラムを

使用したが,現地の古い建物の脆弱性を強調する修正を付

け加えた. 720の回答から得られた気象庁震度の平均値は震度5強

であった.22の地区ごとの集計値の平均値からの変動値

(例えば+0.5の所は震度6弱に相当する)を図-2に示す. 9名のインタビュアーの分担が地区割であったため個人

差が入っている恐れがあるが,図中のBAPPENDAやBPKP(建物名)周辺の大型建物の被害が目立った地域やホテル

建物の被害が多かった地域では震度が平均値より高くな

る傾向が認められる.

(2) 常時微動測定

地盤の地震応答特性を推定する一つの方法としてパダ

ン市市街地の代表点で常時微動測定を行いH/Vスペクト

ルを求めた.図-3にその結果を示す.A地点を除いて1.5秒から2.3秒のやや長周期域に明瞭なピークが現れた.A地点は川(Mata Air Timur)の側ではあるが対岸は岩盤が

露頭した丘陵になっており,堆積層が比較的薄いと推定さ

れる.他の測点も南から北に向かって長周期になる傾向が

見られることから,パダン市市街地の堆積層は北に向かっ

て深くなる傾向があると見られる.

図-2 気象庁震度の平均値(震度5強)からの差

0

30

0.1 1 10

0.80

Location A

0

12

0.1 1 10

1.52

Location B

0

20

0.1 1 10

1.9 Machin Vibration

Location C

0

20

0.1 1 10

1.47

Location D

0

20

0.1 1 10

2.2

Location E

0

12

0.1 1 10

2.3

Location F 図-3 パダン市街地における常時微動の H/Vスペクトル

Mata Air Timur

B

A

Hill

C

D

E

F

Observation points

sec

sec

128

(3) 本震波形の合成

パダン市市街地で本震は記録されていないが,約11km東方のアンダラス大学付近の岩盤にBMKGが設置してい

た地震計が本震を記録している.また,国境なき技師団と

アンダラス大学が岩盤と市街地地盤を含む3地点でアレー

観測を行っており,9月30日のパリアマン地震は記録出来

ていないが他の小さな地震は記録している.一方,野口ら4)は市街地中心部で微動アレー観測結果を行い,表面波の

分散曲線を求めて表層地盤の速度構造を同定している. 著者等はこれらのデータを元に,市街地中心部の本震波

形の合成を試みた. a) BMKGの記録

BMKGは日本の気象庁に類似した役割の組織であり インドネシア国内で95箇所の地震観測点を管理している.

アンダラス大学付近の観測点(コード名PDSI)の位置(北

緯:-0.9118 東経:100.4618)を図-5に示す. BMKGのDr. Suharjonoから提供を受けた記録の最大加

速度はUD: 245gal,NS: 306gal,EW: 68galであり,EWが

UD,NSと比較すると異常に小さい(波形全体が小さい)ため以降の解析ではNSを使用した.図-6がその波形と応答

スペクトルである. b) 国境なき技師団とアンダラス大学のアレー観測記録

著者らが入手した2008年8月から2009年10月の間の記録

でアンダラス大学の岩盤測点とパダン市中心部の測点が

そろっていて,かつP波とS波の立ち上がりが明確な記録

は次の4組であった. 2009年4月16日,7月2日,8月19日,8月24日,9月2日

それぞれの波形を図-7(a)と図-7(b)に示す.

PDSI パダン市街

11km

Bed rock Pumice Tuff ?

Soil Deposit

BMKG EWBJ1 Shallow soil site EWBJ2

Deep soft soil site EWBJ3

Downtown of Padang Andalas Univ.

Vs=167-300m/s GL-60m

Vs=400-1000m/s で残増

Vs=3000m/s

Assumed soil column model

図-4 各測点位置と地盤条件の概念図

Sea

図-5 BMKGの PDSI測点位置

-5

0

5

0 10 20 30 40

-8

0

8

0 10 20 30 40

-8

0

8

0 10 20 30 40

-8

0

8

0 10 20 30 40

2009年 8月 17日

アンダラス大学 EWBJ-1

パダン市街中心部 EWBJ-3

-15

0

15

0 10 20 30 40

-80

0

80

0 10 20 30 40

-15

0

15

0 10 20 30 40

2009 年 7 月 2 日

アンダラス大学 EWBJ-1

パダン市街中心部 EWBJ-3

-40

0

40

0 10 20 30 40

図-7(a) 国境なき技師団・アンダラス大学 アレー観測波形

N-S

N-S

N-S

N-S

E-W

E-W

E-W

E-W

-300

-150

0

150

300

0 10 20 30 40

0

20

40

60

0.1 1 10

gal

sec

sec

kine 5%減衰 速度応答 スペクトル

図-6 BMKGの記録 (PDSI: N-S)

N-S

129

c) 波形合成の手順

ⅰ) 図-7(a),(b)に示す岩盤測点(EWBJ-1)と市街地測点

(EBWBJ-3)について4地震の水平2成分計8波形の平均フー

リエスペクトルを求め,割り算を行って伝達関数を求める

(図-8).フーリエスペクトルを求める際には各波形のS

波の立ち上がりから10秒間の波形を用いた.

ⅱ) 市街地地盤の地盤構造を仮定し,重複反射理論によっ

て伝達関数を求め,図-8のアレー観測記録から求められた

伝達関数にフィッティングするよう試行錯誤を繰り返し

て地盤構造の仮定を修正した.ただし,地表から60mまで

は,野口ら4)が微動アレー観測により速度構造を同定して

いるので,その値を採用した(図-4参照). ここに,市街地測点とアンダラス大学の岩盤測点は11km 離れており,観測されている地震も小さいため,アレー記録から求められた市街地地盤の伝達関数が真値からズレている可能性がある.そのため,図-8 に示す市街地測点 EWBJ-3 の平均フーリエスペクトルもフィッティングの対象とする.すなわち,重複反射理論の伝達関数を

まず市街地地盤の伝達関数と比較して大きさのトレンド

をフィッティングし,次に市街地測点の平均フーリエスペ

クトルと比較して卓越振動数をフィッティングした.図-9は卓越振動数のフィッティング結果である. ⅲ) BMKGによるアンダラス大学岩盤の観測記録の1/2振幅波が市街地地盤の基盤に入射するものとして,重複反射

理論により市街地地盤の地震応答解析を行い,地表の応答

波形を求める.その際,等価線形化法により地盤の非線形

化による剛性の低下と減衰の増加を考慮した(一般的な砂

質地盤のG-γ,h-γ関係を適用).また,減衰係数は振動

数の1/2乗に比例して増加するものとした. 以上の手順により求められた合成波形とその速度応答

スペクトルを図-10に示す.およそ0.5秒から2.5秒の周期

が卓越した波形であり,この波形から求めた計測震度値は

5.3でアンケート震度の結果とほぼ一致した.また,常時

微動のH/V解析ならびに次に述べるモニタービデオ画像

の分析から推定される卓越振動数とも整合している.

-20

0

20

0 10 20 30 40

2009 年 9 月 2 日

-8

0

8

0 10 20 30 40

-20

0

20

0 10 20 30 40

-6

0

6

0 10 20 30 40

アンダラス大学EWBJ-1

パダン市街中心部 EWBJ-3

-20

0

20

0 10 20 30 40

-6

0

6

0 10 20 30 40

2009年 8月 24日

アンダラス大学 EWBJ-1

パダン市街中心部 EWBJ-3

-12

0

12

0 10 20 30 40

-10

0

10

0 10 20 30 40

N-S

N-S

N-S

N-S

E-W

E-W

E-W

E-W

図-7(b) 国境なき技師団・アンダラス大学 アレー観測波形

図-9 SH 波重複反射理論による伝達

関数と市街地測点平均フーリエ

スペクトル(細線)との比較

0

10

0.1 1 10

-4

-2

0

2

4

10 15 20 25 30 35

0.1

1

10

0.1 1 10sec

Synthesized wave

m/sec2

sec

Response Spectrum Synthesized wave

h=5%

m/sec2

sec 図-10 合成波形とその速度応答スペクトル

図-8 市街地測点平均 F.S./岩盤測点 F.S. = 市街地地盤の伝達関数

( )∑?

?Fourier spectrum

EWBJ-3 ∑

( )∑?

?Fourier spectrum

EWBJ-1 ∑

0

15

0.1 1 10

=0

3500

0.1 1 10

0

10

0.1 1 10

÷

市街地地盤の伝達関数(細線はフィッティングした理論伝達関数)

130

(4) モニタービデオ画像の分析 西スマトラ州の危機管理センターオペレーションルー

ムの天井にモニタービデオが取り付けられていた.大きな

揺れを受けて落下したとのことであるが,S波による大揺

れが始まってから数秒の間は機能し,キャスター付きの椅

子や鍵のかかっていない扉の動きが写っていた.この画像

を一コマずつ再生し(写真-1),扉については開閉する扉

の先端を,椅子については動いていないと思われる机との

距離の変化を画面上で採寸して時刻暦の変位データを作

成した.図-11がその結果で,前節で示した合成波形の周

期と整合する1秒から2.5秒の周期で動いた様子が見て取

れる. オペレーションルームは3階建ての建物の2階にあり,

建物が小破していたことからその影響が揺れが含まれる

ことは否定できないが,応答の初期段階で3階建て建物の

周期が1秒以上になるとは考えにくい. 3.被災した大型鉄筋コンクリート建物の調査

(1) 代表的な被災建物の詳細調査

パダン市街の中心部にあるBPKPビル(Financial and Development Supervisory Board building, located at Jalan Rasuna Said No. 69)と呼ばれる5層の建物(写真-2)を調査した.この建物は2003年に5階まで骨組みが完成し,

その状態で1,2階が先行供用され,2006年に5階まで完工

した.設計図書が一部保存されていて,耐震設計はインド

ネシアのコードSNI-03-1726-1989(現行の20026)より前の

コード)によっており,設計震度は0.07(ダクティリティ

による低減が考慮された値と言っている)であった. 2007年9月のスマトラ地震(Bengkulu沖地震)でテラ

コッタの天井が崩壊したため,鋼製の軽い屋根(写真-3)に葺き替えられていた.また,その地震で4階の柱が一部

損傷し修復が行われていた(写真-4). a) 日本建築協会の方法による損傷度評価5)

全ての柱の外装材や天井板の一部を取り除き,目視によ

り損傷度評価を行った.写真-3から写真-5がその一例で,

各階毎に柱の損傷度を集計した結果が表-1である.

図-11 椅子と扉の移動の時刻暦

0

10

20

30

40

50

60

70

12 13 14 15 16 17 1812 13 14 15 16 17 18

Chair

Door

Chair

sec

写真-1 モニタービデオ画像の例

表-1 各階毎の損傷度別柱本数

写真-2 BPKP building

写真-3 葺き替えられた屋根

写真-4 4F柱の修復跡

131

3階の柱に大きな被害が発生しており,柱の損傷度から計

算される損傷割合D値(>50で大破)は77,D5値(=50で倒壊)は39で,倒壊に近い大破と判定された.一方,4.5階の柱に大きな損傷はなかった. b) 現場計測

著者らは,被災現場で,建物構造の主要コンポーネント,

すなわち柱寸法,階高,梁寸法,壁とスラブ厚,ならびに

鉄筋の径と配置を測定した.柱の主鉄筋は1,2階の柱(平

面形状550mm角)がφ19mm16本,3,4,5階の柱(450mm角)

がφ17mm12本であり,フープ筋はφ10mmでそれぞれ120mm

間隔と150mm間隔であった.鉄筋は全て丸鋼でフープ筋の

定着は90度フックであった.コンクリート強度はシュミッ

トハンマーにより計測し平均値はσc=33 N/mm2 ,鉄筋強

度はビッカース硬度計により測定し,主筋が400~415MPa,

フープ筋が310~325MPaであった.設計図書では柱のサイ

ズと鉄筋量の段落としが4階から上とされているが,現物

は3階から上になっていた.

著者らはさらに,建物の5階床上で常時微動測定を行い

建物の固有周期を求めた.結果の一部を図-12に示す.ね

じり微動は離れておいた水平2測点の差分から求めている.

(2) フレームモデルによる応答解析

現場で計測した諸寸法をもとに3次元の質点系フレー

ムモデルを作成した.内外の壁の重量は床の重量に配分し

た.壁の剛性は無視し,柱と梁には損傷が無いものとして

弾性剛性100%を採用した. a) 固有振動解析

汎用構造解析プログラム(SAP2000)により,まず,固有

振動の解析を行った.図-13がその結果で,X,Y方向の1次並進振動と1次のねじれ振動を示している. X方向(建物短軸方向)とねじれの固有周期は常時微動

のそれとほぼ一致している.建物はX方向の被災が激しく

壁が落下するなどして剛性を失っているが,一部の壁と階

段の剛性は残存し柱の剛性低下の影響を相殺していると

思われる.一方,Y方向(建物長軸方向)の固有周期は一

致していない.Y方向はX方向より損傷の程度が小さかっ

たので壁剛性の残存割合が高くなっていたと推定される. この建物の大部分の壁は無筋のブロック積で作られて

いる.地震でひび割れ,崩落して階段を埋めていた.経済

的な理由から採用される構造とのことであるが,耐震性に

欠けるだけでなく人体や避難への危険性を増している.

写真-5 損傷度Ⅲ 写真-6 損傷度Ⅳ 写真-7 損傷度Ⅴ

図-13 フレームモデルによる固有振動解析結果

Sway Y, T2 = 1.00 sec Sway X, T1 = 1.11 sec Torsion Z, T3 = 0.91 sec

0.1 1 10

0.95

0.1 1 10

0.67

0.1 1 10

1.19

Sway X Sway Y Torsion 図-12 建物の 5階で測定された常時微動のフーリエスペクトル

sec sec

Effect of torsion

132

b) 柱の水平耐力と作用荷重の検討

代表的な柱について,実寸された諸元を元に限界耐力を

表す軸力とモーメントの相互作用曲線を作成した.図-14がその結果で,この部材耐力でどの程度の地震力まで耐え

られるかを求めるため,インドネシアの現行の耐震設計コ

ードSNI-03-1726-20026)の規程に従い等価静的地震力載

荷法(Equivalent static seismic load method)により作

用モーメントを計算して比較した. SNI-03-1726-2002はパダン市域を6段階の地震ハザー

ドゾーニングの大きい方から2番目に区分しており設計

地震力係数C1を図-15のように定めている.そして,静的

等価ベースシヤー力V(Static equivalent base shear force)を次式より求めることとしている.

[1] ここに, Wt は建物の全重量で,柱梁床壁に加えて事務所の活荷重

(20N/mm2)を含めて39,005kNとなる. R は非線形応答を考慮した低減係数で,曲げで抵抗する

フレーム構造の場合は3.5を取れるとされる. I は重要度係数で,1.0である.

BPKPビルの場合は一次周期T1が1.11秒,図-15の軟質

地盤(Tanah Lunak)のカーブを適用すると,C1=0.811となる.従って,

V = 0.811×1.0×39005÷3.5= 9,036kN このベースシヤー力が建物の高さに沿って逆3角形分布

するとして,各階に作用する地震力 Fi を求める.

[2]

ここに,Wi は各階の重量,Zi は各階の高さである.

Fi の計算結果を表-2に示す.この地震力を3次元のフレ

ームモデルに入力し各階の柱に発生する軸力と作用モー

メントをSAP2000により求めた.表-3に図-14の相互作用

曲線から求められる耐力モーメントと基準から計算した

作用モーメントを比較して示す.作用モーメントは耐力モ

ーメントを超えている.3階の柱の方がその傾向が著しく,

3階に被害が集中したことを裏付けている. 現行の基準で計算された作用モーメントが旧基準で設

計された建物の柱の耐力モーメントを越えるのは旧基準

の設計地震力が過小であったためである.

tWR

ICV 1=

図-14 軸力とモーメントの限界耐力相互作用曲線

-2000

-1000

0

1000

2000

3000

4000

5000

0 100 200 300 400 500 600

Axi

al F

orc

e (

kN)

Moment (kN.m)

P-M Interaction Diagram

-2000

-1000

0

1000

2000

3000

4000

5000

0 100 200 300 400

Axi

al F

orc

e (

kN)

Moment (kN.m)

P-M Interaction Diagram

First floor column

Moment (kN.m) Moment (kN.m)

Third floor column

図-15 SNI-03-1726-2002設計地震力係数 C1

FW Z

W ZVi =

∑i=1

n

i i

i i

表-2 各階に作用させる地震力

Floor Name

Height (m)

Weight (kN)

Force per floor (kN)

Floor-4 20 4,847 3,012 Floor-3 16 8,540 2,410 Floor-2 12 8,540 1,807 Floor-1 8 8,540 1,205 Floor-G 4 8,540 602

Floor Name

Axial force (kN)

Demand moment (kNm)

Capacity moment (kNm)

Floor-3 865 504 230

Floor-1 1,525 792 515

表-3 3階と 1階の柱の

作用モーメントと耐力モーメントの比較

133

c) 設計地震力と耐震設計適用の課題 図-16はSNI-03-1726-2002の設計地震力係数C1と1.(3)で合成したパダン市街地の本震波形の応答スペクトルを

比較している.参考のためにBPKPビルの3階の柱の耐力

モーメントと作用モーメントが一致するレベルにC1カー

ブを引き下げたカーブも併せて示した. 2009年9月30日Pariaman地震でBPKPビルに作用した

地震力はその設計時に想定された地震力(=0.07,ダクティ

リティによる低減が考慮された値、線形応答では0.25程度)を2倍以上超過し,現行の設計地震力にほぼ匹敵する

レベルであったということが出来る.それでも倒壊に至ら

なかったのは,屋根が軽量な物に変更されていたことと,

一部の柱端がピンになっても倒壊にはつながらない多ス

パン・モーメントフレーム構造の利点が発揮されたためで

ある.また,施工品質もある程度のレベルにあったと言う

ことが出来る.もし柱のフープ筋がダクティリティによる

低減を保証できるように密に配置され適切に定着されて

いたら,損傷を小さくできたと思われる.旧基準による耐

震設計の適用に課題があったと言うことが出来よう. 3.結論

1) アンケートによる震度の調査を行った結果,パダン市

街地の揺れの強度は気象庁震度で5強と推定された.

2) パダン市街地の地盤の常時微動のH/Vスペクトルには

約1秒から2秒に明瞭な卓越周期が見られ,南から北に向

かって長周期する傾向が見られた. 3) モニタービデオに記録された椅子や扉の動きからS波の主要動の初期において1秒から2.5秒の周期の波が作用

したと推定された. 4) 国境なき技師団とアンダラス大学のアレー地震観測で

蓄積された記録とBMKG(インドネシアの気象庁)がパ

ダン市街地中心部から11kmの岩盤サイトに設置してい

た地震計の本震記録,ならびに鳥取大の野口らと京都大の

清野らにより同定された表層地盤構造を使ってパダン市

街地で推定される本震波形を合成したところ,震度,卓越

周期とも上記1)~3)の結果と整合する波形が得られた. 5) 被災した大型鉄筋コンクリート建物の代表例として5階建てのBPKPビルを選択し詳細な現地調査を行った.全

ての柱の被災度判定から倒壊に近い大破と判定された. 6) BPKPビルは旧基準により設計震度0.07(ダクティリテ

ィーによる低減が考慮された値)で設計されていた.上記

の4)の合成波形との比較,ならびに現地調査とフレーム解

析から推計される実耐力と被災状況との比較から,設計震

度の2倍を超える地震力が作用したと推定された. 7) BPKPビルの壁の大部分は無補強のブロック積みであ

った.常時微動測定から求めた建物の固有振動数とフレー

ム解析から求めた固有振動数の比較から,特に被害の激し

かった短軸方向については壁の剛性がほとんど残存して

いないと推定された.地震応答の初期で壁剛性が失われ純

粋のモーメントフレーム構造になることは,柱梁接合部の

配筋やフープ筋の配置が適切に行われていれば耐震的に

有利となる面もあるが,ブロックの落下散乱は人体に危険

であり,避難の妨げにもなる. 8) インドネシアの都市には,BPKPビルと同様に旧基準で

設計され,設計に由来する脆弱性を同じように有している

た大型鉄筋コンクリート建物が相当数ストックされてい

ると推定される.これらの建物は都市を支える基幹施設と

して利用されることが多いため,その調査と補強が課題で

ある.

謝 辞

この研究における被災現場調査はJICAが2009年に実施

した”The Preparatory Study on Disaster Management Program for Indonesia”に著者らが参加する機会を得て実施したも

のである.調査のとりまとめに当たっては東京大学生産技

術研究所の中埜良昭教授の指導を受けた.また,京都大学

大学院の清野純史教授,小野祐輔助教からはディスカッシ

ョンと諸データの提供を受けた.本震の観測記録について

はBMKGのDr. Suharjonoから提供を受けた.常時微動計

については大林組技術研究所の協力を受けた.各位と各関

係機関に深謝する次第である. さらに,現地でアレー地震観測を実施している国境なき

技師団とアンダラス大学には,その努力に心よりの敬意を

表したい. 参考文献

1) Ohta Y., Goto N. & Ohashi H. (1979). “Estimation of seismic

intensity during earthquake by questionnaire method.” Research report of engineering department of Hokkaido University, No. 92, 117-128

2) Honda R., Takahashi Y., Pradono M. H. & Kurniawan R. (2005) “2004 Off Sumatra Earthquake - Questionnaire Seismic Intensity Survey in Banda Aceh” Proc. 28th JSCE Earthquake Engineering Symposium, 2005

3) Ohta Y., Koyama M. & Nakagawa K. (1998). “Revision of algorithm for seismic intensity determination by questionnaire survey –in high intensity range-“ J. JSNDS 16-4, 304-323

4) 野口竜也, 堀尾卓司, 久保正彰, 小野祐輔, 清野純史(2010)

“微動探査によるインドネシア・パダン市の地盤構造推定”平

成22年度土木学会全国大会学術講演会講演概要I-320,土木学

会DVD出版 5) 日本建築防災協会:被災建築物等の被災度判定基準および復

旧技術指針(RC造),1991 6) DEPARTEMEN PERMUKIMAN DAN PRASARANA WILAYAH,

BADAN PENELITIAN DAN PENGEMBANGAN PERMUKIMAN DAN PRASARANA WILAYAH, PUSAT PENELITIAN DAN PENGEMBANGAN TEKNOLOGI PERMUKIMAN “SEISMIC RESISTANCE DESIGN CODE FOR BUILDING STRUCTURES, SNI - 1726 - 2002 ”, APRIL 2002

0

2

4

6

8

10

0.1 1 10

図-16 合成波の応答スペクトルと現行基準の設計地震力係数、ならびに柱の耐力レベルに引き下げた地震力係数の比較

Synthesized wave

Capacity moment level C1

Main period of the building C1 curve

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