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2011/10/17 1 テクノロジーアセスメント(TA)とは 吉澤 剛 (京都大学人文科学研究所) 海洋科学技術政策論 2011年度冬学期(10/17ポスト3.11の社会技術システム 安全神話の崩壊 地震、津波、原発、電気、大気、水、野菜、肉、 専門家への不信 科学者、技術者、政治家、官僚、医者、NPO コミュニケーションの問題 アクシデント、リスク、技術、科学、社会、政策、 将来の不安 復旧、復興、産業、エネルギー需給、放射性物質、 政治、村田秀三議員 「やはり、何と言っても発電所の安全性がこれからも議 論されると思うんですが、福島第二原発、これは第二 原発ばかりじゃありませんが、現在建設中のものもそう でございますけれども、私らが非常に不安に思う部分と いうのは、これは一つの仮想、仮定ということもありま しょうが、しかしながら施設でありますから、これは地震 とかあるいは津波であるとか、そういう不測の事態に よって施設が破壊される、こういう問題を常に念頭から 除去することはできないんです。究極安全であるという、 そういう保証があるのかないのか、これはどうです か。」 (参議院商工委員会、昭和49530日) 森山欽司科学技術庁長官 火力発電と異なり、原子力発電は放射能が大きな問題 であるので、それを事前にアセスメントを行い、二重、 三重の防護をやっていることを説明 「そういう意味では、火力発電とは全然違った、要する に技術の発展段階におきましては新しいテクノロジー アセスメントの段階に入ったいわば唯一の科学技術産 業であると言って差しつかえないと思うのであります。」 (同) 森山欽司科学技術庁長官 「この原子力発電、原子力の平和利用というものは、歴史も短いわけでございますし、技術の歴史的発展段 階といたしまして、イノベーションからテクノロジーアセ スメントと、何か放射能というものがあることは事実で ございますから、それには念には念を入れて前もって 準備をしておく、気を使っていく、そういうことでございま すが、放射能の問題について念には念を入れるからと いって、だから原子力発電はあぶないんだということは たいへんな間違いでございますから、念には念を入れ るから安全だというふうにお考えを願いたいと思ってお る次第でございます。」 (国会本会議、昭和49411日) 中曽根康弘科学技術庁長官 「日本の原子力平和利用三原則の公開、自主、民主と いうことは、ある意味においてはこれまた同じテクノロ ジーアセスメントに近いものではないかと思います。結 局私は、テクノロジーアセスメントというようなものは開 発したものが行なうべきであると思う。」 (衆議院科学技術振興対策特別委員会、昭和479 12日)

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2011/10/17

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テクノロジーアセスメント(TA)とは

吉澤 剛(京都大学人文科学研究所)

海洋科学技術政策論

2011年度冬学期(10/17)

ポスト3.11の社会技術システム

安全神話の崩壊

地震、津波、原発、電気、大気、水、野菜、肉、…専門家への不信

科学者、技術者、政治家、官僚、医者、NPO、… コミュニケーションの問題

アクシデント、リスク、技術、科学、社会、政策、…将来の不安

復旧、復興、産業、エネルギー需給、放射性物質、政治、…

村田秀三議員

「やはり、何と言っても発電所の安全性がこれからも議論されると思うんですが、福島第二原発、これは第二原発ばかりじゃありませんが、現在建設中のものもそうでございますけれども、私らが非常に不安に思う部分というのは、これは一つの仮想、仮定ということもありましょうが、しかしながら施設でありますから、これは地震とかあるいは津波であるとか、そういう不測の事態によって施設が破壊される、こういう問題を常に念頭から除去することはできないんです。究極安全であるという、そういう保証があるのかないのか、これはどうですか。」(参議院商工委員会、昭和49年5月30日)

森山欽司科学技術庁長官

火力発電と異なり、原子力発電は放射能が大きな問題であるので、それを事前にアセスメントを行い、二重、三重の防護をやっていることを説明

「そういう意味では、火力発電とは全然違った、要するに技術の発展段階におきましては新しいテクノロジーアセスメントの段階に入ったいわば唯一の科学技術産業であると言って差しつかえないと思うのであります。」(同)

森山欽司科学技術庁長官

「この原子力発電、原子力の平和利用というものは、…歴史も短いわけでございますし、技術の歴史的発展段階といたしまして、イノベーションからテクノロジーアセスメントと、何か放射能というものがあることは事実でございますから、それには念には念を入れて前もって準備をしておく、気を使っていく、そういうことでございますが、放射能の問題について念には念を入れるからといって、だから原子力発電はあぶないんだということはたいへんな間違いでございますから、念には念を入れるから安全だというふうにお考えを願いたいと思っておる次第でございます。」(国会本会議、昭和49年4月11日)

中曽根康弘科学技術庁長官

「日本の原子力平和利用三原則の公開、自主、民主ということは、ある意味においてはこれまた同じテクノロジーアセスメントに近いものではないかと思います。結局私は、テクノロジーアセスメントというようなものは開発したものが行なうべきであると思う。」(衆議院科学技術振興対策特別委員会、昭和47年9月12日)

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注意すべき認識

1. テクノロジーアセスメントを「技術評価」や「テクニカルアセスメント」と同義として、技術そのものや、限られた範囲の影響評価だけに目を向けている

2. ゼロリスクな安全が技術的に担保され、誰にとっても安全であるという通念に基づいている

3. テクノロジーアセスメントは技術開発主体によって実施されることが適切であるとしている

そして、今、TAが基本計画に 科学技術基本計画

第三期(2006-2011)第4章1「科学技術が及ぼす倫理的・法的・社会的課題への責任ある取組」

第四期(2011-2016)第5章2(1)②「倫理的・法的・社会的課題への対応」

「国は、テクノロジーアセスメントの在り方について検討するとともに、生命倫理等の問題に関わる先端的な科学技術等について、具体的な取組を推進する。また、政策等の意思決定に際し、テクノロジーアセスメントの結果を国民と共有し、幅広い合意形成を図るための取組を進める。」「国は、東京電力福島第一原子力発電所の事故の検証を行った上で、原子力の安全性向上に関する取組について、国民との間で幅広い合意形成を図るため、テクノロジーアセスメント等を活用した取組を促進する。」

③「社会と科学技術イノベーション政策をつなぐ人材の養成及び確保」

「国は、テクノロジーアセスメントをはじめ、社会と科学技術イノベーションとの関わりについて専門的な知識を有する人材を養成、確保する。」

TAの概要海洋は本質的に開放系である!

テクノロジーアセスメントは…

Evaluation と Assessmentの違い

Closing-down Opening-up

閉鎖系 開放系

インプット アウトプット

投資

事業

物質

政策

利益

環境影響

リスク

効果

評価

リスク評価

環境影響評価

政策評価

「評価」とは… 定義すると…

テクノロジーアセスメント(TA)とは、

従来の枠組みでは扱うことが困難な技術に対し、

将来のさまざまな社会的影響を独立不偏の立場から

予見・評価することにより、

新たな課題や対応の方向性を提示して、

社会意思決定を支援していく活動を指す。

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コリングリッジのジレンマ(1980)

技術の影響はそれが広く発展・普及するまで

十分に予測できない(情報の問題)

だが、発展した技術は社会に定着しているの

で制御が難しい(力の問題)

しかし、技術の社会的影響を予見することは矛盾と向き合うことでもある

古典的TA 新しいTA

科学の支配的役割

TAの可能性に高い期待

TAは単独の組織でおこなう

問題定義にあまり注意せず

技術的解決策に焦点

TAの成果:研究報告

TA情報の道具的利用

TAの結果は意思決定に編入する

自律的なものとしての技術

研究者と利用者の等しい役割(対話)

TAに控えめな期待

TAのための複数のプラットフォーム

問題定義によく注意を払う

可能な解決策を組み合わせる

TAの成果:研究と議論

TA情報の概念的利用

TAは意思決定への触媒として

人の創造物としての技術

Smits, Leyten & Hertog (1995), Remmen (1995)

他の似たような活動との違い(1)

• TAと呼ばれなくともやっているのでは?

現在のTA的活動はその場限りの対処や実践であり、エネルギーや環境、医療、食糧など長期的な取り組みに対して社会的責任が果たされない

TAとして制度化されることで、国内外の活動連携や知的資源を安定的・継続的に確保することができ、社会からの信頼を構築できる

• 政府審議会や事業仕分けと違うのか?

審議会や事業仕分けでは、縦割りの議論が多く、また主催者の意図により結論が大きく左右されるおそれがある

他の似たような活動との違い(2)

• 研究開発評価や政策評価のことではないか?

これらの「評価」の枠組みでは、科学技術の長期的・間接的な社会的影響は考慮されにくい

• 科学技術コミュニケーションとの関係は?

TAはコミュニケーションの促進だけにとどまらず、それを通じて将来に向けた選択肢の提示や意思決定に役立てる情報を提供する

• 科学的な活動をアセスメントできるのか?

TAは基礎科学がもたらす社会的影響なども対象にすることもあるが、将来のイノベーションや産業化、社会問題につながる可能性のある技術を積極的に扱う

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TAの意義• テクノロジーアセスメント(TA)とは?独立不偏な立場で科学技術の発展が社会に与える影響を広く洗い出して分析し、それを市民や政治家、行政に伝え、議論の喚起や意思決定の支援をすること

• どのように政治や行政、社会に貢献できるか?

1. 科学技術やその社会的影響についてこれまでに分かっていることと分かっていないことを整理する

2. 科学技術の発展によって生じる社会的・政策的課題を明確にする3. 科学技術と社会に対する多様な認識や価値観を可視化する4. 利害関係者それぞれの相互理解や協働、知識交流を促す5. イノベーションや新しい制度設計を支援する6. 幅広い市民とのコミュニケーションを深める

I2TAの活動

I2TAの概要

科学技術振興機構(JST)社会技術研究開発センター(RISTEX)「科学技術と社会の相互作用」研究開発プログラム「先進技術の社会影響評価(テクノロジーアセ

スメント)手法の開発と社会への定着」研究開発プロ

ジェクト(平成19~22年度) 参画者26名(内部諮問委員4名)、海外パネル4名、外部諮問委員2名 制度分析グループ

ナノテクTA実践グループ 医療・食品・エネルギー

アウトリーチ・ユニット

TAの実践

1.医療(ナノメディシン)チーム• がん治療に向けたナノドラッグデリバリーシステム

2.食品(フードナノテク)チーム• 食品分野へのナノテクの応用

3.エネルギー(ナノグリーン)チーム• 将来住宅におけるエネルギー利用とナノテク

4. ミニTA• 多層カーボンナノチューブ(CNT)• HPVワクチン• 合成生物学

医療チーム

がん治療などに期待されるナノ技術を応用したDDS(特にリポソーム、ミセル)製剤の開発・導入における諸課題について

医工薬・産学官連携、医薬品の有効性・安全性の検証、研究開発における国民の巻き込み、についてステークホルダーによる円卓会議を開催

ステークホルダー協働手法としてコンセンサスビルディングを用い、参加者による執筆として報告書を公刊

現在、ナノバイオファーストの社会還元部門や、東京女子医大のナノ細胞シート研究プロジェクトとの連携を模索

食品チーム

当初、フードナノテクの表示問題に焦点を当てていたが、食品分野へのナノテクの応用とテーマを広げ直す

食品分野におけるフードナノテク応用の現状、安全性、ガバナンス、情報提供、食品安全などについて、消費者代表や専門家によるワークショップやパネル開催

食品安全委員会や業界団体、企業等幅広いオブザーバーも参加

国際会議での発表や、国内での非公式会合の開催により、多様なコネクションやネットワークを保っている

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エネルギーチーム

住宅におけるエネルギーとナノテクノロジーのあり方について

人々が将来の住宅に求めるもの(ニーズ)とその住宅に合ったエネルギーナノテクを調べるため、Q方

法論を応用したワークショップを開催

具体的な地域を特定し、地域環境や住宅像を含めてトータルに考える必要があるという教訓から、住民を含めた柏市の関係者による未来の住まいフォーラムin柏を2回開催

調湿建材への社会的期待とナノテクの可能性が示唆されたため、TA Note06としてまとめ、公表

CNTチーム 厚労省の「予防的対応」通知(2008)に対応し、小規模な「ミニTA」として実施

企業関係者、NGO代表、消費生活アドバイザーにインタビューし、国衛研、産総研、国環研、サイエンスライターからのレビューを経て2009年3月にTA Note 01として完成

今後の対策として、MWCNTの有害性とリスク評価・管理のあり方についての議論の掘り下げ、予防的措置、ナノマテリアルの管理体制と関係機関の連携について示唆

科学技術の幅広い影響の整理 社会的・政

策的課題の明確化

多様な認識や価値観の可視化

イノベーションや新しい制度の設計

市民とのコミュニケーションの深化利害関係

者の知識交流の促進

フードナノテクにおける安全性、規制制度、情報提供など

将来の不確実性や社会的懸念の減少

多層カーボンナノチューブに関するリスク評価・管理の最近

の動向について

早い段階で十分な根拠に基づく

将来のビジョンやフォーサイト

柏における将来の3つの住まい像

I2TAプロジェクトによる成果

参加と熟議による社会的信頼の構築

新しい社会技術体制への移行

ネットワーク型TAによる相互理解・協働

ナノDDS導入・普及に関する専門家パネル、合成生物学の研究者コミュニティとのつながり

再生医療の産業化に向けた活動との連携

参加型ワークショップや各種メディアの活用

成果報告書 (i2ta.org) TA Report

「フードナノテク-食品分野へのナノテクノロジーの応用と諸課題」(2011年2月10日)

TA Note

「多層カーボンナノチューブに関するリスク評価・管理の最近の動向─厚生労働省の予防的対応を受けて」(2009年3月31日)

「ナノDDS医薬品の研究開発と社会への導入の現況―ファクト・レポート」(2009年12月15日)

「ナノDDSの社会導入に向けた医工薬および産学官連携のあり方~課題と解決策の提示」(2009年12月1日)

「ナノDDS医薬品の有効性および安全性の検証をいかに行うか~課題と解決策の提示」(2010年4月28日)

「ナノDDS医薬品の研究開発において国民の巻き込みをいかに実現するか~ステークホルダーの役割と可能性」(2010年4月28日)

「住宅における調湿技術とその将来」(2011年1月7日)

「生命機能の構成的研究の現状と社会的課題:日本における『合成生物学』とは?」(2011年3月25日)

TA Talk

「ナノバイオ研究の社会・経済的な影響を検討する座談会」(2011年2月)

日本におけるTAの制度化に向けて

日本における歴史的教訓

断片的視野、国会の限定的関心

アドホックな実践

観点の限定 cf. 例外:1970年代末以降のNIRAの原子力研究

1980年代以降の国会の関心は主として研究評価、省庁再編に伴う科学技術委員会の消滅

初期の方法論的問題‐定量的手法への関心、他の手法との混同、関係者関与欠如

「トータルシステムアプローチ」 –価値の次元を扱い得るか?

研究開発評価、環境アセスメント、技術フォーサイトとの混同

幅広いステークホルダーを明示的に巻き込む努力の近年にいたるまでの欠如

制度化の問題 –フィードバック欠如、民間機関の脆弱な財政基盤

報告の質は高いものもあるが政策過程にフィードバックされない –フィードバックチャネルの観念が狭い:政策決定直結を期待

産業界が中心となった民間レベルでの興味深い試み、しかし基盤的財政の欠如-受託研究依存で課題設定の自律性を失う

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TA機関に必要な条件条件 細目

独立不偏性 意思決定との適切な距離、無党派性、マネジメントの透明性(原則として)、資金源の不偏性ないし多様性

品質 学際性、科学的信頼性、プロセスの公平性・透明性、議論の質

包括性 幅広い課題・複数の視点の考慮、参加的・熟議的

コミュニケーション能力

口頭・文書プレゼンテーション能力、メディア対応、モデレーター能力、イラストレーション・アート

適正規模 支出の抑制、控えめであること(政治的リスクの回避)、柔軟性、即応性

ネットワーク 情報収集、現実認識、結果の普及、個人的信用、外部資源の活用

先見性 各主体の価値判断の一致点を見出す能力、将来の技術‐社会につい

て複数の発展経路を描ける想像力・創造力

政策志向性 政策決定者のニーズへの対応、社会的なニュースへの対応、政策決定への組織的・制度的リンク

社会技術システム

評価

意思決定

一つの閉じたシステムについて様々な情報が与えられる

情報を一つの結果にまとめて閉じた評価とする

評価の結果を受けた特定の意思決定に従って一意に介入する

Stirling(2007)を改変

見方(3)

影響評価

意思決定

多様な見方による複数の開いたシステムについての情報が与えられる

いろいろな見方や対象の社会的影響を含めて評価を開いたものにする

介入の幅広いポートフォリオが形作られ、

政治的に優先順位をつけることで意思決定が戦略的なものとなる

見方(2)

「システム」の見方(1)

アセスメントと意思決定の関係の変化

制度化に向けたイベント開催 I2TA国際ワークショップ

2009年、2010年、2011年

国際的連携の確保

科学技術ガバナンス研究会(2010年度)

東京大学政策ビジョン研究センターと連携

各分野で活躍する研究者や政策実務家を招いて、TA制度選択肢に関す

る意見を聴取するとともに、具体的な技術と社会の課題について意見を伺いリストアップ(右上)

理系研究者とのネットワーク

I2TA主催公開シンポジウム 2010年3月、8月(右下)、2011年3月

政策実務者とのネットワーク

各種媒体への働きかけ

日本学術会議『第4期科学技術基本計画への日本学術会議の提言』(2009年11月26日)

文部科学省科学技術・学術審議会基本計画特別委員会『わが国の中長期を展望した科学技術の総合戦略に向けて』(2009年12月25日)

原子力委員会『成長に向けての原子力戦略』(2010年5月25日)

総合科学技術会議『諮問第11号「科学技術に関する基本政策について」に対する答申』(2010年12月24日)

第四期科学技術基本計画(2011年8月19日閣議決定)

個別の働きかけの一例

衆議院科学技術・イノベーション推進特別委員会

2011年の通常国会冒頭での設置に各党が基本合意との報道(2010年12月15日)

主導する衆議院議員運営理事等との面会(2011年1月19日)

委員会設置(2011年1月24日)

各党の委員会理事を通じ、TA的機能の実装に向けて委員会事務局機能に外部人材を活用する方向に働きかける

委員会理事である津村議員(民主党)、遠藤議員(公明党)及び古川議員(自民党)のI2TA公開シンポジウムへの出席(2011年3月7日)

第3回委員会で鈴木達治郎メンバーが原子力政策にかかる参考人として、TA機関の設立の検討を促す(2011年4月26日)

TAの制度化選択肢(1)• 国会

過去の米国連邦議会技術評価局(OTA)のように、衆議院の科学技術・イノベーション推進特別委員会において課題の調査分析を担当する事務局の支援機能として

• 政府

内閣府「科学技術・イノベーション戦略本部(仮称)」の下で独立性をもったTA活動を実施するユニットとして

• 日本学術会議

政府への勧告権を持つ学術会議の事務局体制を強化し、若手アカデミー委員会などにおいて幅広く実務者が確保されるようにした上で、TA活動を行うユニットを設置

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TAの制度化選択肢(2)• 政府による資金枠の設定

TAの活動について、政府研究開発投資における一定の資金枠を充当させる政策を実施し、多様な研究機関・大学・NPO等が担い手となる

科学技術・イノベーション政策のための科学や科学技術コミュニケーションの枠組みのほか、大規模研究開発プログラムの社会還元部門の一部として

• 研究開発機関

研究開発独立行政法人を統合する「国立研究開発機関(仮称)」において、科学技術外交や科学コミュニケーション、研究開発戦略等を担う部門にTA活動を実装

アセスメントとコミュニケーションに求められる資質

資質の階梯

1. 自分の価値判断を示すこと欠如モデル

2. 他者の価値判断を考慮して自分の価値判断を示すことリテラシー(批判する力)

3. 他者の価値判断を整理して自分の価値判断を抑えることコミュニケーションの媒介

4. 他者の価値判断の共存により導き出されうる複数の帰結を示すことアセスメント・フォーサイト(予期する力)

資質の階梯:第1段階自分の価値判断を示すこと

自分で培った知識や他者から与えられた情報によって対象の価値判断を示すこと

こうした資質を前提としたコミュニケーションは欠如モデルに基づいている

一見すると双方向コミュニケーションであっても、専門家の価値判断と異なる価値判断を市民が行っていないかという監査のために市民から専門家に情報が伝えられるのであれば、それは一方向のコミュニケーションにほかならない

資質の階梯:第2段階他者の価値判断を考慮して自分の価値判断を示すこと

他者の価値判断(あるいは他分野・領域において確立されたディシプリン)を批判的に分析し、自分の価値判断を提示すること

リテラシー(批判する力)

一般的な対話型・参加型コミュニケーション (Trench 2008) において、話し手と聞き手からなるコミュニケーションの両端の主体に求められる能力

資質の階梯:第3段階他者の価値判断を整理して自分の価値判断を抑えること

コミュニケーションの媒介者として、他者の価値判断を整理して、対話や参加が促進されるように働くこと

翻訳者・通訳者、モデレーター、ファシリテーター、コミュニケーターといった中間的な主体や、メディア・ジャーナリストの基本的能力

日本における科学コミュニケーターは2種類に大別され、この段階の資質まで有さないことが多い科学技術の振興に務める科学の代弁者

反体制・反権力を志向したり、センセーショナリズムを求めるジャーナリスト・STSアクティビスト

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資質の階梯:第4段階他者の価値判断の共存により導き出されうる複数の帰結を示すこと

他者の価値判断どうしは必ずしも合意的であるとは限らず、非常にしばしば対立的であるが、それらを緩やかに包みながら、将来起こりうる(取るべき)複数の技術的・社会的・政策的方向性や選択肢を示すこと

アセスメント・フォーサイト(予期する力)

論理的な綜合力、各主体の納得感を得られる落としどころを見つける感性、説得的な文章・口頭表現力、将来の技術-社会について断絶的なイノベーションの経路を描ける想像力・創造力などが求められる

TAの方法論・マネジメント

調査研究体制

2年もかければ十分な最終報告書ができるが、3ヶ月程度でも可能(ミニTA)

2-3名が最低必要で、技術畑と政策畑に加え、両者を管理・仲介する者とで密なコミュニケーションを取り合う

質の担保および権威化のために(技術的)アドバイザーを見つける

議題内容およびプロセスの妥当性を監視するため理事会的な組織があるとよい

仮想クライアントおよびテーマ・議題設定

質的・量的研究、集約的・外延的研究

技術的現状と将来、社会的課題の整理、技術の社会的影響についてのインタビュー、社会的意思決定に向けた方向性の提示

テクノロジーアセスメントには特定の手法はない

TA自体のプロセスより、その前後が重要となりうる

議題設定 TA アウトリーチ

TAは議題設定やアウトリーチと往復しながら進める

TAと議題設定、アウトリーチ

TAにおける探索戦略

2つの探索空間

クライアント志向研究志向

自由議題

固定議題

Rip (2010) を基に作成

I2TA

TAにかかるステップ

1. 議題設定・仮想クライアントの設定

2. 文献レビュー

3. インタビュー/参加型イベント

4. 報告書執筆

5. 専門家・関係者によるレビュー

6. アウトリーチ

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(1) 議題・仮想クライアント設定

社会的要請・期待、将来的な重要性に照らして、《今》《われわれが》やる必要のある議題を選定する

一つの学問領域やプロジェクト単位に閉じるほど狭くなく、議論が発散しすぎない程度に広くする

技術に焦点を当てても、社会的課題に焦点を当ててもよい

議題の広狭は措いても、既に他で議論が進んでいる場合は、議題の切り方に斬新さが求められる

TAを進めていく中で、関係者の見解や意識を反映し、また、社会情勢を見極め、必ず一度ならず議題設定に立ち戻った見直しが迫られる

議題に対する議論の深耕や問題の対応策・将来の意思決定を求めるような主体を仮想クライアントとし、その主体の意向はできる限り早い段階で探る

(2) 文献レビュー

論文・書籍、新聞・雑誌記事、公文書(報告書、審議会議事録)、グレイマテリアル

入手方法:大学図書館、国会図書館、データベース(CiNii)、Google Scholar、Internet Archive、ホームページ、ブログ等

情報の質に従って参照する度合・優先順位を決める

課題が狭く、既往論文が多いものは系統的レビュー(メタ分析)という方法論が有効

課題が広い場合、なるべく学際的に文献を猟集し、社会との多様な関わりを描出する

引用するのではなく言い換え(paraphrase)する 文献で見つけられなかった必要情報を整理する

文献で示唆されている、あるいは文献から推論できる社会的課題は何かをまとめる

(3) インタビュー

適切な人に当たろうとするより、多様な人に当たろうとする努力を 仮想クライアントないしその代弁者は押さえておく

スノーボーリング、理論的飽和

自分は何者か、何の目的か、どう利用するか 場合によっては正式なレターを送付する

半構造化インタビュー、自由回答

予見を持って質問を組み立てない、自分の意見を伝えて誘導しない

メモ書き、あるいは録音

クレジットの取り方を丁寧に相談すること

インタビューで終わりではない

(3) 参加型イベント

インタビューと異なり、たとえ非公開・招待制であってもプロセスの社会的妥当性が高まる

インタビューはインタビュアーのコミュニケーション能力と前提知識に多くを依存するが、参加型イベントはその負担を軽減する

その代わりに適切な人選(参加者どうしの相性を含んだ考慮)と進行が求められ、モデレーターないしファシリテーターの高い能力が必要となる

議論喚起の段階ではやり易いが、意思決定支援に近い段階では参加者にある程度の責任を取らせながら進める仕組みが有効

招待制の場合、イベント前後の参加者への丁寧なコンタクトが特に鍵となる

(4) 報告書の執筆

標準的には、

1. 社会的背景やこのテーマを取り上げた趣旨を説明し、

2. 現在まで分かっている技術的《事実》を記述し、

3. 将来の技術のあり方や、そうした技術の社会に及ぼす影響について多様な《見解》を紹介し、

4. それぞれの見解を整理してもっともらしい複数の方向性を展望する(複数の政策提案を示す)

上記1は議題・仮想クライアント設定、2は文献レビュー、3・4はインタビュー/参加型イベントから知見を得る

特に4は「誰かがどこかで言明したこと」以上の飛躍が求められうるので、TAチームによる総合力が必要となる

3においては、両論併記などでも科学的・社会的に優勢な見解のウェイト(紙幅)を大きくするなどの配慮が特に重要

(5) レビュー

初稿を仕上げるまでの時間以上にレビューおよび修正の時間が必要

レビュアーはこれまでのインタビュアーでも良いが、さらに幅広く声を掛けて参加を求める

レビューは一斉にお願いし、一斉に修正をかけたものをレビュアーにフィードバックして内容のチェックをしてもらう – さもない

とレビューをもらう順番などで揉める可能性があるとともに、順番の合理的な説明が必要となるから

レビュアー同士の見解の齟齬がある場合、両論併記、該当箇所の削除、パラフレーズなどで対応する

最終稿はレビュアーに確認を取り、クレジットの記載の了承を得る

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(6) アウトリーチ

何よりも仮想クライアントにどのタイミングでどのように伝えるかを考える Ex. 国会議員はA4で1頁、ダブルスペースが限度 逆に行政官はある程度長文でもデータのある文書が効果的

アドレシー(報告書の読み手)として幅広く想定しておくことが間接的に仮想クライアントを動かしうるので、読みやすい報告書が必須

もっとアート/デザイン/イラストレーションを通じた芸術的表現の充実が図られるべきであるが…

報告書の作成過程自体がアウトリーチとなりうる ワークショップ、コンセンサス会議等

インタビュー、レビューを通じた関心の喚起

校正者、エディター、デザイナー、イラストレーター、翻訳者、ジャーナリストの巻き込み

日本の事例

沖合立地方式の原子力発電

実施年度:1973年度 担当部局:科学技術庁原子力局

委託先:野村総合研究所

実施体制

野村総合研究所7名が研究担当、1名が監修 外部専門家5名(大学1、企業4)による委員会(原子力工学、海洋開発、建設、電力、造船)

沖合立地方式の原子力発電

報告書の主な構成

1. 沖合立地原子力発電所の具体的プランの作成

2. 沖合立地原子力発電所の経済性及び直接的利益の検討

3. 環境評価のための評価項目及び評価システムの整備

4. 環境への影響の予測と対応策、代替策の検討

5. 環境への影響の評価基準の設定とそれに基づく評価

6. 総合評価

沖合立地方式の原子力発電

TAの手順1. 環境項目の設定2. 評価方法の検討3. 関連マトリックスの作成4. 環境への影響の予測5. 重大な影響とその対策6. 生活の質(QOL)の構成要素の重要度の測定7. 生活の質(QOL)の重要度に基づく環境への影響の評価8. コスト予測(経済性、直接的不利益、自然・社会環境への影響)

9. ベネフィット予測(直接的利益、自然・社会環境への影響)10. 地上立地方式との比較11. 立地点による比較

沖合立地方式の原子力発電

インパクトの分野

1. 健康状態の向上と疾病の減少

2. 機会の向上(教育機会、就業機会など)

3. 物質的環境

4. 生活水準の向上

5. 公共の秩序・安全

6. 教育・科学・文化

7. (地域)社会への参加

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沖合立地方式の原子力発電

重大な負の影響とその対応策1. 着底式の海底整地における発破掘削による海水汚染、水生生物相への影響→ロータリー掘削機(高価)、空気カーテン(実験段階)

2. 有用利用水域の固定化(漁業の制約、海洋レジャーの阻害)→損失を被るものに対する適切な利益機会の提供、経済的補償

3. 送電線(架空ケーブル)の設置及びその工事に伴う土地の占拠、景観への影響→海底ケーブル

4. 温排水による海中生物相への影響→希釈(ジェット流として放出)、冷却(表層流に部分的な撹拌)など

海洋牧場

実施年度:1975年度 担当部局:不明

委託先:海洋科学技術センター

実施体制

同センター海洋保全技術部が事務局

外部専門家12名(研究機関、大学、行政、団体、民間)による委員会

海洋牧場

TAの手順1. 問題の明確化

2. 実施範囲の設定

3. ケースの選定

4. 現状技術

5. 海洋牧場の想定

6. インパクトの摘出・分析

7. 主要インパクトの選定

8. 構造解析

9. 技術的実現性評価

10.代替案

11.技術システムの確定

12.社会的背景

13.基本的技術像

14.ジェネラル・スタディ

15.総合評価

16.結論

海洋牧場

対象技術の範囲

1. マダイ養殖型

2. マダイ増殖型

3. クルマエビ増殖型

インパクト調査手法

「主体」「分野」「客体」を網羅したチェックリスト作成

「蛋白供給性」「経済性」「社会性」「技術性」の評価軸ごとにインパクトのプラス・マイナスと重要度を評価

重要なインパクトの構造解析

海洋牧場 海洋牧場

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海洋牧場 海洋牧場

インパクト予想結果

1. マダイ養殖型+)関連産業の事業機会の発生と関連技術の向上−)他の飼料用蛋白需要者と資源利用についての競合、事故発生の可能性による不安、自家汚染

2. マダイ増殖型+)同上

3. クルマエビ増殖型+)同上−)事故発生の可能性による不安

海洋牧場

対応策1. マダイ養殖型対応策および、投餌効率向上型、放牧型、小割生簀型という技術システムの代替案

2. マダイ増殖型特になし

3. クルマエビ増殖型安全点検の強化等、陸上での種苗生産

一般的対応 長期的な食料政策と海域利用計画に基づく公的機関の行政的生産者指導及び生産物の質的・量的供給の調整が必要

原子力委員会の試み

事故リスク、複数試算=発電コストに反映へ—原子力委政府の原子力委員会は13日、原発の発電コストを検証する「原子力発電・核燃料サイクル技術等検討小委員会」の2回目の会合を開き、原発事故に伴う損害賠償や除染費用など「事故リスク」を検討した。リスクを試算して発電コストに織り込む考え。会合後、鈴木達治郎座長は記者団に、既存の原子炉と最新鋭の原子炉に分けてリスクを試算する考えを示した。

同小委は25日の3回目の会合で、核燃料サイクルのコストとともに試算結果を取りまとめる方向。その上で、原子力委を通じ、エネルギー・環境会議のコスト等検証委員会に報告する。

時事通信2011年10月13日(木)18時26分配信

まとめ

TAは開放系である社会技術システムを扱い、意思決定に対しては謙虚に、ゆるやかに将来の(複数の)方向性を示す

日本では第四期科学技術基本計画にTAが謳われ、制度化としては国会、政府、日本学術会議などいくつかの選択肢が考えられる

TAを行うために、従来の調査分析・コミュニケーション能力に加えて、将来を予期する力が求められる