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3.萎縮性胃炎とH. pylori感染2.胃がんとH. pylori感染の関連 胃がん発生に関与する因子としては,H. pylori感染,遺伝的因子,過度のストレス,喫煙,塩分などが挙げ

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2. 胃がんとH. pylori 感染の関連 胃がん発生に関与する因子としては,H.pylori 感染,遺伝的因子,過度のストレス,喫煙,塩分などが挙げられます.中でも最も大きな因子はH.pylori への感染です.WHOの外部組織である IARC(International Agency for Research on Cancer,国際がん研究機関)[P36参照]が 1994 年に,H.pylori を「確実な発がん要因」に分類しました.これは喫煙やアスベストと同じ分類です. 2001 年の Uemura らの報告によると,H.pylori 陽性,陰性を対象にそれぞれ約 10 年間内視鏡で追跡したところ,H.pylori に一度も感染したことがない人からは胃がんが発生せず,感染している人の 16 名(2.9%)から胃がんが発生しました.年率にすると約

0.4%の発見率となります(図 1)7). さらに,H.pylori と胃がんの発生に関しては組織学的,内視鏡的に詳細に検討されています.以前はH.pylori が関与するのは分化型胃がんだけとされていましたが,実際にはスキルスを起こす未分化型にも関与していることが分かりました.また,同じようにH.pylori に感染していても,胃粘膜萎縮[P36

参照]の程度が高度だと,軽度に比べて約 5倍のリスクがあることが明らかになりました(表 1)7).

3. 萎縮性胃炎とH. pylori 感染 ヒトに対するH.pylori の感染は原則として 5 歳までに起こるとされています.感染すると表層性の胃炎を起こし,粘膜の萎縮が徐々に進行していき,腸上皮化生[P37参

照]を生じます.この状態から発生する胃がんが分化型胃がんです.一方,萎縮が進行する前に遺伝子の損傷などの因子が加わり,胃がんが発生することがあります.こちらが未分化型です.どちらのタイプにも,発生にはH.pylori が関与しています(図 2).

 内視鏡で見ると,H.pylori 未感染のきれいな胃には光沢とヒダがあります(図 3A)が,表層性胃炎では,

図 � H. pylori と胃がん発生

図 � H. pylori と胃がん発生(Correa の仮説)

表 � H. pylori 陽性群の胃粘膜異常と胃がんの発生

Uemura N, et al. N Engl J Med. 2001;345(11):784-9.

Uemura N, et al. N Engl J Med. 2001;345(11):784- 9. 改変

むくんで,ただれたような状態になります(図 3B).H.pyloriという名前は,pyloricmucosa(幽門粘膜)に感染することに由来しており,萎縮性胃炎は幽門部から広がっていきますが,萎縮の進行に伴い,ヒダや光沢が無くなっていきます(図 3C). H.pylori 未感染の胃は患者年齢に関係なく萎縮の無い状態(図 4 の軽度)が保たれていますが,H.pylori に感染していると萎縮が進行し,20 代の4割近くに中等度の萎縮が認められます.感染が 5 歳までに起こることを踏まえると,20 代の人でも 20 年近く感染していることになり,50 代になると中等度から高度な萎縮の人が8割に達します(図4)8).このように,H.pylori 陰性と陽性では胃の状態に明らかな違いが生じるのです.

4. 萎縮性胃炎とペプシノゲン ペプシノゲン(PG)は消化酵素であるペプシンの前駆体です.通常は 99%がペプシンとして胃液中に分泌されますが,約 1%が血液中に出ます.また,PGには PGⅠと PGⅡの 2種類がありますが,分布が異なっており,PGⅠが胃底腺,PGⅡは胃全体と十二

指腸の一部に分布しています. 血液中のPGの濃度は,萎縮の進行によりいったん上昇してから低下することが分かっています(図 5)9).これは,H.pylori 感染によって炎症が起こり,細胞が破壊されると PGを分泌する細胞数が減るためで,萎縮が進むほど PG値は低下します. 一方で,細胞が破壊される際には通常よりも多くの PGが血液中に出ます.つまり,萎縮が軽度の状態では PGを分泌する細胞数が大きく減っていないため,PG値は上昇します.その後,細胞数の減少に伴って PG値も低下します. 胃粘膜の萎縮の程度は内視鏡検査により判断可能ですが,血中の PGを測定すれば(PG法)内視鏡検査

図 4 H. pylori 感染および年齢別の萎縮性胃炎の程度

図 3 H. pylori と胃粘膜

A  未感染 B 表層性胃炎 C 萎縮性胃炎

軽度萎縮 中等度萎縮 高度萎縮

胃がん ─ ABC分類で早期発見を ─

講演 3

Kawai T, et al. J Gastroenterol Hepatol. 2010;25 S1:S80-5.

軽度萎縮 中等度萎縮 高度萎縮

�� 2013 No.77 �� 2013 No.77

語句解説

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講演

講演

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ままに。

医の焦点

検査と私

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終えて

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ままに。

医の焦点

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をしなくても萎縮がどの程度進行しているのかを推測できます.PG法では,PGⅠが 70ng/mL以下で,Ⅰ /Ⅱ比が 3以下を PG法陽性(+)として,萎縮性胃炎と判定します.さらに,PGⅠが 30ng/mL以下で,Ⅰ /Ⅱ比が 2以下だと強陽性(++)で高度萎縮となります.陽性判定以外は陰性(−)と判定します(図 6). PG 法による胃がん死亡率減少効果については,Yoshihara らにより報告されています.PG法を 2年以内に受検した群よりも 1年以内に受検した群の死亡率が下がっており,PG法には死亡率減少効果があると報告しています 10).

5. 内視鏡検査 胃がんが発見されるようなH.pylori 感染の胃は,非感染の胃と内視鏡像が大きく異なっています.図3Aのような未感染のきれいな胃からは胃がんがほとんど発見されません.萎縮あるいは表層性の胃炎を起こしている,例えば図 7A(ヒダが太く,分泌物が認められる胃)や,図 7B(ヒダが消失し粘膜がつるつるになっている胃)からのみ胃がんが発見されます. 1996 ~ 2010 年にかけて 3,161 例の胃がんを調べた広島大学の報告によると,H.pylori 陰性の胃がんは胃がん全体の 0.66%しかなく,H.pylori 陰性の胃から胃がんがほとんど発生しないことが明らかになりました 11).これはH.pylori が胃がんの原因であるこ

とを示しています.

6. ABC分類 ABC分類は胃がんを見つける検査ではなく,胃がんのリスク診断,すなわち胃がんになりやすい人を見つける検査です.内視鏡検査では,胃がんなどの明らかな病変は認められないけれども高度な萎縮が

図 5 内視鏡的胃粘膜萎縮とペプシノゲン値 図 6 ペプシノゲン(PG)法

図 7 H. pylori に感染した胃

B 症例 40代 男性

A 症例 50代 男性

井上和彦:ペプシノゲン法(三木一正編,医学書院)

ある場合に,診断する人によって「異常あり」と判定したり,「異常なし」と判定したりしますが,ABC分類では誰が判定しても同じ結果になります.しかも,その方法は簡便な血液検査です. 図 8にH. pylori 感染と萎縮性胃炎の有無による内視鏡像の違いを示します.左上はH. pylori に感染しておらず萎縮も無いきれいな胃,右上はH. pylori に感染しているものの萎縮がほとんどみられない胃,右下はH. pylori に感染しており萎縮している胃,左下は萎縮が強くなりH. pylori が消失した胃です(H. pylori は正常の胃粘膜にしか定着できないため,萎縮が進み腸上皮化生になると胃から消えてしまいます).前述の順番で胃がんのリスクは増えていきます.内視鏡検査をすれば,ほとんどの場合でどれに該当するのかが分かります. ABC分類は,上記の内視鏡検査による胃の“健康度”評価(胃がんリスク分類)を血液検査で行います.血清H. pylori 抗体とPG法を組み合わせて判定を行

います.すなわち,H. pylori 陰性・PG 陰性をA 群(H. pylori に感染しておらず萎縮も無いきれいな胃),H. pylori 陽性・PG陰性をB群(H. pylori に感染しているものの萎縮がほとんどみられない胃),H. pylori陽性・PG陽性をC群(H. pylori に感染しており萎縮している胃),H. pylori 陰性・PG 陽性をD群(萎縮が強くなりH. pylori が消失した胃)と4群に分けることで胃がんのリスクを判定します(図 9).しかし,実際はD群に該当する人は非常に少なく1%以下のため,煩雑化を防ぐ目的でC群とD群を合わせてC群とし,ABCに分類しています. 井上の報告によると,A群からは胃がんは見つかっておらず,B群からは一部見つかりますが,C群からの発見が大部分を占めています(図 10)12).Ohataらの報告でも,C群から多くの胃がんが発見されています.D群は症例数が少ないのですが,ハザード比で 121倍と非常に高率で胃がんが見つかっています(表 2)13).その他にもC群,D群から高率に胃がんが発見される

図 8 内視鏡検査による胃の“健康度”評価   (胃がんリスク分類)

図�0 血液検査による胃の“健康度”評価    ― 同じ日の内視鏡検査で発見した胃がん―

図 9 血液検査による胃の“健康度”評価   (胃がんリスクABCD 分類)

表 � 萎縮性胃炎進展に伴う胃がん発生率とハザード比

胃がん ─ ABC分類で早期発見を ─

講演 3

井上和彦:消化器科 2006;43:104- 9.

Ohata H, et al. Int J Cancer. 2004;109:138-43.

�3 2013 No.77 �4 2013 No.77

語句解説

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講演

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徒然なる

ままに。

医の焦点

検査と私

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終えて

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ことが報告されています 14, 15). 当院の検診センターで胃のレントゲン検査を行い胃炎が認められた54歳男性の症例を紹介します.オプションで行ったH.pylori の抗体は 115.0U/mLでH.pylori陽性,PGⅠは 59.5ng/mLと70 以下,Ⅰ /Ⅱ比は1.50と 3 以下のPG 陽性であり,ABC 分類で C 群でした.内視鏡検査や除菌に関する相談目的で内視鏡センターに紹介となりました.レントゲン像で認められたのは胃炎だけで,その他の所見は認められなかったのですが,内視鏡検査を実施したところ大きな胃がんが見つかりました.病理学的検査の結果は早期類似進行がんであり,深達度は SEで腹腔に露出している状態でした.幸いリンパ節転移が無かったため,今でもご健在です.ABC分類を行わずレントゲン検査だけだったとしたら非常に危険な状況だったといえるでしょう.ABC分類が補助診断として意味があることを示す良い例だと思います.

7. 現状の検診における 胃レントゲン検査

 現在,H.pylori の感染率はどのくらいでしょうか.2003~2004年,ある企業の全社員,20~50代の419名を対象にして内視鏡検査を行い,同時にH.pylori の検査も実施しました.結果,H.pylori 抗体陽性率は40代で34.3%と低い値でした(図11A 黄)8).H.pylori

感染率を示した最も有名なAsakaらのデータでは,40歳以上で 70%を超えます(図11A 赤)16).どちらのデータも,年齢とともにH.pylori 感染率は上がっています.H.pylori の感染は 5歳までにしか成立しないため,感染率の高い人たちが年代の移行とともに右にシフトしているのです.Asakaらのデータ(1992年)と,私たちのデータ(2003 年)とは 11 年の差があり,Asakaらのデータを右に 10 年分動かすと,私たちのデータときれいに重なります(図11B).つまり,現在のH.pylori 感染率は図 11Bに示す緑の折れ線のようになっていると考えられます.H.pylori の感染率は非常に速いスピードで減っているのです. 別の企業の全社員に対して 2008 年に,生活習慣病予防検診の血液検査と一緒にH.pylori の抗体検査を行いました.結果,35 歳以上の検診対象者 21,144人の内,H.pylori 抗体陽性者は 5,822 人と,わずか27.5%にとどまっています.つまり,誰もがH.pyloriに感染している時代はすでに終わっているのです.年代別感染率では,30 代が 18.0%,40 代が 22.9%,50 代が 37.4%でした.60 代では 46.1%と約半数,70代では 68.2%と約 7 割でした.地域別では,北海道が 31.8%,九州が 35.9%と比較的高めなのに対し,本州は 20%台という結果でした. 2009 年以降は 35 歳時だけを対象に検査を行いました.感染率は年々低下しており,2008年の17.5%から,2011年には 13.3%にまで低下しています.最近,

図 �� H. pylori 感染率

BA

信州大学が高校生 300名を対象にH.pylori 感染率を調べたところ,陽性率は5.2%であり17),予想以上にH.pylori の感染者が減っていました.30代の約 8割はH.pylori 感染が無いため,胃がんになることはありません.このことは,胃がんにならないから検査は不要というのではなく,H.pylori抗体検査を行うだけでも胃がんリスクのある人を絞り込めるようになったと解釈すべきでしょう. 2008年のある受診者の例を紹介します.H.pylori抗体に加え,胃レントゲン検査も行いましたが,検診では午前中に約 40 ~ 50 名を撮影する必要があり,その受診者が撮影されたのは 6枚で,結果は異常なしでした.しかし,H.pylori 陽性の受診者には原則として内視鏡検査の上,除菌していましたので,この受診者にも内視鏡検査を実施したところ,噴門の直下に早期胃がんが見つかりました.この胃がんは胃レントゲン検査では写りにくい微小な早期胃がんでした. 現在はH.pylori の感染者が減ってきているので,ABC分類を使ってリスクのある人を絞り込んで内視鏡検査を行うことで,より早期の胃がんの発見につなげることが必要だと思います. ABC分類では,例えばA群は画像検査なし,B群はレントゲン検査,C群は内視鏡検査といった運用法が考えられています.その他にも,A群は 5年に 1回の内視鏡検査,B群は 2~ 3年に 1回の内視鏡検査,C群は逐年の内視鏡検査という組み合わせなども考えられます.個人的にはA群,B群でも一度は内視鏡検査を受けていただきたいと考えています. また,川崎医科大学の井上先生が中心となって B群の細分類を行っており,PGⅡを 30ng/mL で分けて,30ng/mL未満をB-1群,30ng/mL以下をB-2群とする提案がされています18,19).B-2群は胃がんのリスクが高いため,B群としてひとまとめにレントゲ

ン検査の対象とするのではなく,B-2 群には内視鏡検査を実施するべきとされています 19). ABC分類は胃がんのリスク診断なので,レントゲン検査に併用して補助診断にしたり,内視鏡検査と併用したりといろいろな使い方が可能です.

8. ABC検診における今後の課題 胃がんの発生は,数十年にわたるH.pylori の感染により起こります.感染により慢性胃炎となった胃に,さまざまな環境因子や持続感染により発生する活性酸素などが関与して組織が破壊され,その結果,胃潰瘍や胃がんが発生します(図 12). H.pylori の除菌適応は,これまでは潰瘍の再発予防や,胃がん切除後の異時性[P37参照]胃がんの抑制だけでした.しかし今では内視鏡検査を行えば胃炎でもH.pylori の除菌ができるようになりました.慢性胃炎の段階で除菌できることは,粘膜の萎縮や腸上皮化生,そして胃がんの発症を抑えることができ,1 次予防[P37参照]に近いがんの予防につながると考えています. 除菌の効果を検討した報告によると,胃がん切除後に除菌を行わないコントロール群と,除菌を行う除菌群に分けて比較したところ,H.pylori の除菌により胃がんの発生リスクが約 3分の 1に低下することが明らかになりました 20). また,除菌により PG 値も大きく変化します 21).PG値に影響を与える因子には,胃粘膜の萎縮や炎症,

図 �� H. pylori 感染から胃潰瘍や胃がんへの進展

胃がん ─ ABC分類で早期発見を ─

講演 3

�5 2013 No.77 �6 2013 No.77

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