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〔論説〕 民法 798条(未成年者を養子とする縁組) の系譜と解釈 はじめに Thepedigreeandtheinterpretation of Civil CodeArticle798 平田 強子制度に関しては,「家のための挫子制度」や「親のための強子制度」で あったものから「子のための養子制度」へと変遷してきていることか指摘され ている。わが国の養子制度は,封建時代や明治民法における「家のための養子 制度」からスタートしているのであり,実子制度における子の利益の保護に関 する議論の遅れとも相侯って,子のための親子関係法の確立が遅れていると言っ ても過言ではないであろう。 特に未成年者養子制度については,母法であるフランス民法典が認めていな かったにもかかわらず,旧民法の策定時から祖先祭祀の承継,家名断絶の防止, 家産制度の維持などを目的とする習慣を守る必要があるとして,何らの留保も なく認められてきた。そのような意味では,他の家族法の条項と異なり,フラ ンス民法典をそのまま継受しようとする態度が当初から稀薄であったといえ よう。 しかしながら,戦時中の臨時法制審議会による人事草案親族編では,幼年者 養子縁組の濫用例が正面から取り上げられ(ただし,その理由は,濫用は淳風 -47-

民法798条(未成年者を養子とする縁組) の系譜と解釈 · する議論の遅れとも相侯って,子のための親子関係法の確立が遅れていると言っ

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Page 1: 民法798条(未成年者を養子とする縁組) の系譜と解釈 · する議論の遅れとも相侯って,子のための親子関係法の確立が遅れていると言っ

〔論説〕

民法798条(未成年者を養子とする縁組)

の系譜と解釈

はじめに

The pedigree and the interpretation

of Civil Code Article 798

平田 厚

強子制度に関しては,「家のための挫子制度」や「親のための強子制度」で

あったものから「子のための養子制度」へと変遷してきていることか指摘され

ている。わが国の養子制度は,封建時代や明治民法における「家のための養子

制度」からスタートしているのであり,実子制度における子の利益の保護に関

する議論の遅れとも相侯って,子のための親子関係法の確立が遅れていると言っ

ても過言ではないであろう。

特に未成年者養子制度については,母法であるフランス民法典が認めていな

かったにもかかわらず,旧民法の策定時から祖先祭祀の承継,家名断絶の防止,

家産制度の維持などを目的とする習慣を守る必要があるとして,何らの留保も

なく認められてきた。そのような意味では,他の家族法の条項と異なり,フラ

ンス民法典をそのまま継受しようとする態度が当初から稀薄であったといえ

よう。

しかしながら,戦時中の臨時法制審議会による人事草案親族編では,幼年者

養子縁組の濫用例が正面から取り上げられ(ただし,その理由は,濫用は淳風

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法科大学院論集第 21号

美俗を害するというものではあった。),未成年者養子縁組(当初案は, 15歳

未満の未成年者養子縁組に限定されていた。)には家事審判所の許可を得るこ

とを要するという提案がなされた。戦後の民法改正では,人事法案の議論をそ

のまま引き継いで,現行民法第 798条が定められるに至ったのである。

もっとも,現行民法第 798条には,ただし書が付されており,自己又は配偶

者の直系卑属を養子とする場合には,濫用の危険性がないものとして,家庭裁

判所の許可を要しないものとしている。わが国では,従来から孫養子や連れ子

養子が頻繁に行われてきたのであり,一般的には濫用の危険性がないものと考

えられてこのようなただし書が付されたのであろうが,連れ子養子に対する児

童虐待事件は多いといわざるをえない。連れ子養子縁組をした時点で養父母に

虐待の兆候があるケースなどほとんどないであろうが,事前に家庭裁判所のチェッ

クを入れておくことには,子の福祉のために一定の意義があるようにも思わ

れる。

諸外国の養子制度では,未成年者養子縁組は,いわゆる完全養子とする例が

多く, しかも養子縁組に対する裁判所の許可を要するのでなく,裁判所の宣言

によって養子縁組が成立するとしているものが多い。わが国では, 1987(昭和

62)年に特別養子制度を立法化して,いわゆる完全養子制度は整ったといえる

が,未成年者の普通養子と並立しているのが現状である。本稿では,民法第

798条を素材として,「子のための養子制度」がいかにあるべきかを検討する

こととしたい。

第 1 旧民法草案・明治民法の条文と説明

l 当時のフランス民法の状況

未成年者との養子縁組については,諸外国の立法例として,フランス民法典

やイタリア民法典の条項などが参考とされたのであるが,旧民法策定時のフラ

ンス民法典(ナポレオン法典)では,養子縁組は成年者間の行為とされ,未成

年者養子縁組は認められていなかった(第 346条)。そして,普通養子縁組の

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民法 798条(未成年者を養子とする縁組)の系譜と解釈

要件としては,養親は 50歳以上の男女で嫡出の卑属がなく,挫子より 15歳以

上年長であることを要する(第 343条)等と定められていただけである。

養子縁組の方式としては,養親の住所地の最下等裁判所の裁判役(治安判事)

の面前で縁組を行い,その証書を作成し(第 353条),その謄本 1通を第一審

裁判所付き政府委員に送付して(第 354条),裁判所は,非公開で審理を行い,

理由を付さずに縁組に許可を与え又は拒否する(第 355条,第 356条)とされ

ていた匹つまり,当時のフランス民法典においては,未成年者養子が認めら

れていないうえ,養子縁組には裁判所による認可を要するという方式を定めて

おり,養子縁組は制限的に認められていただけであった。

2 旧民法草案の条文

1872 (明治 5)年の民法編纂会議の草案である「明法寮改剛未定本民法」の

第 113条においても,「民法第一人事編」第 103条においても,その最終案と

しての「皇国民法仮規則Jの第 103条においても,フランス民法第 343条より

も要件を緩やかにして,単に「実子ナキ者ハ年齢二拘ラス挫子ヲナスコトヲ得

ヘシ」としたにとどまり, フランス民法典第 346条のような未成年者養子を否

定する条文は置かれることはなかった叫

ただし, 1873(明治 6)年後半に完成したとされる左院の養子法草案におい

ては,フランス民法典 343条とそれらの草案の中間的な形態として,「男女ヲ

論ゼズ,其齢五十歳以上ニシテ嫡庶ノ子孫ナキ者ハ,養子ヲ為スコトヲ得可シ,

其養子タル者ハ己ヨリ年少ノ者タルベシ」(養子法草案第 1条)と定め,その

方式としては戸長への届出のみで足りるものとしている(同第 8条) (3)。とこ

ろが,明治 11年民法草案においては,「男女ヲ問ハス其齢五十歳以上ニシテ適

法ノ子及ヒ適法ノ卑属親ナク且養子トナル可キ者ヨリ満十五歳以上ノ年長ナル

(1) 前田達明編「史料民法典』 (2004年,成文堂) 39-40頁,稲本洋之助『フランス

の家族法J(1985年,東京大学出版会) 76頁。

(2) 前田編・前掲注(1)273頁, 359頁, 369頁(3) 前田編・前掲注(1)466頁

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法科大学院論集 第 21号

者二非サレハ養子ヲ為スコトヲ得ス」(第 314条)と,フランス民法第 343条

をそのまま採用している。また,その方式としても.治安裁判官の面前で証書

を作成し(第 324条),初審裁判所の許可を得なければならないこととしてい

る(第 325条) (4)。したがって.いずれにしても,現行民法第 798条に該当す

るような条文は存在していない。

1887 (明冶 20)年 10月頃までに作成された旧民法草案(第一草案)では,

甚本的にフランス民法典第 343条に依拠しつつも,養親となるべき者の要件と

養親と養子との年齢差に関する要件を緩め,「何人卜雖トモ満四十歳以上ニシ

テ且ツ其養ハントスル者ヨリ年長ナルニ非サレハ養子ヲ為スコトヲ得ス」と修

正している(第 197条) (5)。

この点について.旧民法草案の起草者である法律取調報告委員熊野敏三起稿

の「民法草案人事組理由書」によれば,大要次のように説明している。

① 養子縁組は実子がいないまたは実子を喪った者を憐れんで設けた制度で

あって,実子を持つ望みのある間は認める必要がない。婚姻して 40歳に

なるも子がいないときはほとんど望みがないだろう。また 40歳になるま

で婚姻しない者は婚姻しようと希望しないだろう。婚姻しない者に養子縁

組を認めるときには,人を婚姻から遠ざけてしまうとの批判もあるが.老

年になって養子縁組をしようとして婚姻しなかったことを思い煩うことに

なるのは人情を解さない考え方だといえよう。 40歳という年齢を採用し

たのは,フランス民法典に比較して 10年を減縮したのにすぎない。わが

国民はフランス人に比して早く老衰しかつ短命であるからである。

② 養親は養子より年長でなければならないとしたのは,天倫を模倣して親

子関係を立てるという趣旨である。養親と養子が同年であったり養親が養

子よりも年少であったりするときは甚た奇怪なことになる。フランス民法

典では.養親は養子より 15歳以上年長であることを要求しているが.恩

義の養子縁組においてはただ年長であることで十分である。わが国では養

(4) 前田編・前掲注(1)507頁

(5) 前田編・前掲注(1)677頁

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民法 798条(未成年者を養子とする縁組)の系譜と解釈

親子の間で年齢が離れていることを普通としているが,必ずしも必要だと

はされていないようである。養父母と餐子との年齢差を 15歳以上と要求

すると,前妻の産んだ女子に婿養子を取ろうとするときに.継母が婿養子

より 15歳以上年長であることを要することとなるため,甚だ不都合なこ

とになるだろう心

以上の説明によれば,旧民法草案の登子制度は,「親のための養子」として

考えられていたともいえる。もっとも,同理由苔では,わが国ではローマ法の

ほかに比較すべきものがないほど養子縁組の制度が深く習慣となっており,そ

の理由としては,第 1(こ,祖先祭祀を絶やさないために宗教上必要とされてい

ること,第 2に,家名断絶を防ぐために政体上必要とされていること,第 3に,

親が身代を維持するために経済上必要とされていること,が挙げられている。

そして,フランス民法では相続人を設定するために養子縁組をするにすぎない

のに対し,わか国では民法上の親子関係を生じて養子は実家を離れて養家に入

るものであるから,フランス民法を模範とするぺきではないと説明されてい

る(;;。そうすると,旧民法草案における挫子制度は,「親のための養子」とい

う視点よりもむしろ「家のための養子」という視点か強く意識されていたよう

に見える。

また,養子縁組の方式については,「普通ノ縁組ハ契約ヲ以テ之ヲ為スモノ

トス」(第 203条第 1項)とし,「縁組契約ハ養親又ハ養子ノ住所若クハ居所ノ

身分取扱人ノ前二於テ証人二名ノ立会ニテ之ヲ為ス可シ」(同条第 2項)とさ

れ,官吏の面前においてなすぺき届出制とされた。そして,未成年者養子縁組

を正面から認め,「養子卜為ル未成年者ノ縁組ハ其父母ノ承諾ヲ以テ之ヲ為ス

コトヲ得但シ其子現場二在ル事ヲ要ス」(第 204条第 1項)とし,「未成年者ノ

(6) 以上,石井良助編「明治文化資料叢書 第3巻法律為上J(1959年,風間書房)

165頁。明冶 24年から 31年の第 1囮完全生命表ては, 40歳時点におけるわが国民

の平均余命は男 25.7年,女 27.8年となっており(淳生労働省大臣官房統計情報部

「第 19回生命表(完全生命表)」 (2000年)),登親の年齢要件を 40歳以上としたの

も理解しうるc

(7) 石井編・前掲注(6)162-163頁

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法科大学院論集第 21号

縁組ハ之ヲ為ス地ノ地方裁判所ノ認可ヲ経ルニ非サレハ未成年者二対シテ完成

セス」(第 206条第 1項)とされ,「裁判所ノ認可アリタル縁組ハ契約ノ日ヨリ

其効果ヲ生ス可シ」(同条第 2項)とされた(8)0

これらの点について,前掲理由書は,大要次のように説明している呪

① フランス法によれば縁組は身分取扱人の前で契約し,裁判所の認可を要

するものとしているが,これはローマ法を模倣するものであって丁重に過

ぎるため,草案では裁判所の認可は必要ないとした。ベルギー草案では縁

組が相続人の設定にすぎないことから官吏の立会を要しない私署証書で足

りるとしているが,わが国の縁組は親族関係を設定して一家の継続を目的

とする公益上の制度であるから,身分取扱人の前でなすことが至当である。

② 未成年者養子縁組は縁組の事項中最も困難な問題を規定している。一方

では,未成年者の養子縁組は,その子の身分及びそれに付随する権利を喪

失する効果をもたらすため,最も重大な利害を有するのであって,他者が

代理して縁組を承諾することはできないと考えられる。しかし他方,わが

国の慣習では最も盛んに行われているところである。わが国の縁組の実情

を見れば,未成年者を養子とすることができなければ養子の目的を達成す

ることができないであろう。親子の親愛の情は,童子の稚弱可憐な成長の

様子を見守るところに発する。愛情は幼弱に原因し孝心は恩義に発生する。

ただし,未成年者の利益を保護する必要があるため,フランス法の規則に

ならって裁判所の認可を要するものとした。

以上のように,旧民法草案においては,母法たるフランス民法典に先んじて

未成年者養子縁組を認めることとし, しかも未成年者養子縁組は未成年者の利

益を保護するために地方裁判所の認可を要するものとしていたのである。ここ

に現行第 798条の原型を認めることができよう。すなわち,旧民法草案におけ

る未成年者養子縁組の規定は,慣習を重んじて「家のための養子制度」や「親

のための養子制度」を墓本的な骨格としていたのではあるが,地方裁判所の認

(8) 前田編・前掲注(1)678-679頁

(9) 石井編・前掲注(6)170-172頁

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民法 798条(未成年者を養子とする縁組)の系譜と解釈

可制度を創設して子の利益を保護しようとしており,「子のための養子制度」

に転換していく萌芽形態を示しているものといえよう。

3 旧民法の条文

旧民法人事編については, 1890(明治 23)年 10月 6日に公布された。旧民

法においては,旧民法草案に定めている蓑親の年齢要件をさらに成年で足りる

ものとし,「何人卜雖モ養子卜為ル可キ者ヨリ年長ニシテ成年ナルニ非サレハ

養子ヲ為スコトヲ得ス」(第 106条第 1項)とした(LO)。また,旧民法草案のよ

うに緑組が契約であるとの表現は削除され,遺言をもって遺言養子を為すこと

も可能とされた(同条第 2項)。旧民法草案は,法律取調委員会で審査され,

再調査案か作成されて内閣に上呈されたのち,内閣が元老院に附議し,元老院

審査会で修正がなされている。元老院での修正は,手塚豊教授が調査されて明

らかになった資料では,わが国の慣例の実際に戻らないことを主とし,西洋宗

教的な部分は一切取り除き,無益の手続を要することは省き,親子で訴訟をな

すようなことを削除したとされている (LL)。

旧民法草案の養親の年齢要件に関しては,フランス民法の考え方を採り入れ,

実情に合わせて 10歳少なくしただけのものであったが,それ自体が西洋宗教

的な考え方であるとして排除されたのであろうか。しかし,養親の年齢要件を

単に成年で足りるとすると,旧民法草案理由書が,養子縁組をした後に実子が

生まれた場合,養子を虐待して離縁となる例が甚だ多いと指摘していることに

鑑みると叫望ましい修正がなされたとは言い難い。

猜子縁組の方式については,当事者の承諾によって成立するものとされ(第

113条第 1項), この承諾は証人二人の立会を得て慣習に従って縁組の儀式を

行うことによって成立する要式行為とされており(同条第 2項),婚姻の儀式

に関する条項を準用するほか(同条第 3項),当事者が一定の書類を差し出し

(ID) 前田編・前掲注(I)1101頁

(11) 石井良助『民法典の編纂』 (1979年,創文社) 231頁以下

(12) 石井編・前掲注(6)165頁

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法科大学院論集第 21号

て身分取扱吏に縁組の申出をなすものとしている(第 114条)。

未成年者養子縁組については,満 15歳未満の子の縁組は父母が代諾できる

ものとし(第 115条第 1項),満 15歳以上の子は父母の許諾を受けて縁組を承

諾できるものとして(第 116条第 1項),全面的に許容するものとされている。

しかもここでは未成年者である子の利益の保護という観点が消え,裁判所の関

与は全く無いこととなってしまった。ただし旧民法は,民法典論争によって施

行延期とされ, 1893(明治 26)年 3月,内閣に法典調査会が設置され,穂積

陳璽・富井政章・梅謙次郎が起草委員に任命されて見直すこととされたc

4 明治民法の条文と説明

明治民法においては,養子縁組の要件は,人事編第 4章「親子」第 2節「養

子」第 1款「縁組ノ要件」に償かれており,一般的な要件としては,旧民法第

106条第 1項を二つに分け,「成年二達シタル者ハ養子ヲ為スコトヲ得」(第

837条), r尊属又ハ年長者ハ之ヲ養子卜為スコトヲ得ス」(第 838条)と定め

ただけの改正にとどまっている (13)。ただし,旧民法の規定によれば,同年の者

を養子とすることはできなかったのであるが,明治民法の規定によれば,同年

の者を養子とすることもできるという差異は存する。

養子縁組の方式については,婚姻における戸籍吏に届出をなすことによって

効力を生ずるとする条文を準用し(第 847条による第 775条の準用),遺言に

よる場合の特則を置いたにとどまる(第 848条)。未成年者養子縁組について

は,旧民法と同様に,満 15歳未満の子の縁組は家に在る父母が代諾できるも

のとし(第 843条第 1項),満 15歳以上の子は父母の同意を得て養子となるこ

とができるものとして(第 844条),全面的に許容するものとされている。

旧民法と同様な提案をした趣旨について,穂積陳重起草委員は,まず,養親

たる要件として,単に成年に達していればよいとする点につき,婚姻できる年

齢に逹していれば子をもうけることができるため,婚姻年齢を基準として考え

(13) 前田編・前掲注(1)1180頁

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民法 798条(未成年者を挫子とする縁組)の系譜と解釈

るのが一番理屈に合うとも思われるが,養子縁組はもっと重大であって,法律

行為を行う完全な能力がなければ子を扶養し親権を行使することができないの

であるから,成年という結論が最も穏当であろうと説明している (14)。

次に,養親と養子の年齢差要件につき,穂積委員は,徳川時代には年長者養

子もできることになっていたが,享保期以後明治維新頃までは死後養子・急養

子・仮養子以外年長者養子はできないこととされ,一般平民においては年齢に

かかわらず養子縁組ができるとされていたが,明治 17年以後は年長養子は認

められないこととされた, と説明している。そして,年齢差要件を設ける趣旨

として世人に対して銘記させるという目的があるとするが,たとえば養親の妻

と養子との年齢差がないこともあるのであって,わが国では甚だ困る結果が生

ずることもあるため,親のほうが養子よりも年長でなければならないという<

らいが穏当だろうと説明している (15)0

第 3に,養子縁組の方式については,旧民法では縁組の儀式をもってする要

式行為とされていたが,穂積委員の説明によれば,専門家に聞いてみても,婚

姻と異なり,養子縁組の儀式の慣習はないとのことであるため,単に届出で足

りるとしたものとされている (16)。第 4に,未成年者養子縁組については,満 15

歳未満の子の養子縁組を認めたうえで,家に在る父母の代諾という構成にして

いることにつき,穂積委員は,養子縁組という法律行為の目的を人をもってす

るのは理論上甚だ面白くなく,子を販売するようなことは禁止されていること

であり,養子は親子の関係を生じて生涯のことを決めるのであるから,まず本

人の意思をもってすることが大切であり,親はその子の幸福を図りその子の教

育等についてその子の利益を図り養子縁組をすることについてもその子の利益

を図るものであるから,父母が子に代わって縁組をなすことができるとした,

(14) 第 158回法典調査会(明治 29年 1月29日)議事速記録第 51巻 157-158丁

(15) 第 159回法典調査会(明治 29年 1月31日)議事速記録第 52巻 13-16丁

(16) 第 160回法典調査会(明治 29年 2月3日)議事速記録第 52巻 112丁

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法科大学院論集第 21号

と説明している (17)。

以上のとおり,明治民法の議論においては,多少は子の福祉ということも念

頭に置かれているのではあるが,それよりもわが国の慣習が重視されているの

であって,「家のための養子制度」に逆戻りしていると評せざるをえないであ

ろう。

5 大正 14年民法改正要綱から昭和 17年人事法案親族編へ

明治民法の策定に従事した法典調査会は, 1903(明治 36) 年に廃止され,

その後の法律案の策定は,司法省に移管された第二次法律取調委員会に引き継

がれていたが, 1918(大正 8)年には,臨時法制審議会(総裁穂積陳重)が設

箇され,翌 1919(大正 9)年に臨時法制審議会議事規則によって主査委員会が

設けられた。民法の改正も第 1号として諮問されたが,その趣旨は「政府ハ民

法ノ規定中我邦古来ノ淳風美俗二副ハサルモノアリト認ム之力改正ノ要綱如何」

というものであった。

この民法の審査は, 1904(大正 9)年 11月から翌 1905(大正 10)年 6月ま

で,諮問第 1号主査委員会(主査委員長富井政章)において行われ,民法親族

編中の改正要綱は 1925(大正 14)年 5月 19日に臨時法制審議会総会で決議さ

れ, 1927(昭和 2)年 12月 28日に政府によって発表された。未成年者養子縁

組については,その第 22で「未成年者ヲ養子卜為スニハ家事審判所ノ許可ヲ

受クヘキモノトスルコト」との提案がなされている UB)0

これは,父母の代諾による養子縁組が幼年者の保護に全きを得ないばかりで

(17) 前掲注(16)104丁。なお,父母のない養育院にいる子の養子縁組について,田部

芳委員から誰が代諾できるのかという質問が出され,穂稜委員は院長が後見人とし

て代諾できることになると回答しているが, さらに穂積八束委員が親族会がないと

きはどうするかとの質問に対して,梅謙次郎委員は,親族がいなければ友逹,友達

もいなければ区裁判所ということになると回答している(同 106-107丁)。大村敦

志教授が指摘されているように,この回答は旧民法人事編第 171条ないし第 177条

を念頭に憤いたものであろうが, このような多段階的な支援システムが今後は重要

になってくるであろう(大村敦志「民法読解 親族編」 (2015年,有斐閣) 198頁

を参照)。

(18) 以上につき,前田編・前掲注(1)1221-1229頁を参照。

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民法 798条(未成年者を養子とする縁組)の系譜と解釈

なく,幼年養子が花柳社会などにおいてしばしば濫用されている結果,いわゆ

る淳風美俗を害するものとされ,その弊害を除くために家事審判所の許可を要

するという新しい制度を創設するというものであった。そのため,要綱案では

l―15歳未満ノ者ヲ養子卜為スニハ家事審判所ノ許可ヲ受クヘキモノトスルコト」

となっていたのに対し,花井卓蔵委員が 15歳未満ではこの弊害を是正するに

役立たないから,未成年者に改めるべきであると修正案を提出し,議決には大

きな混乱も見られたようであるが,花井委員の修正動議が可決されたもので

ある〈19)O

この民法改正要綱の公表を受けて.司法省内に民法改正委員会が設けられ,

民法改正案の起草作業が行われたが.養子縁組関係では, 1942 (昭和 17)年

10月 26日までに幹事会の仮決定案が作成され, これが整理されて人事法案親

編という第 5草案ができあがったとされている。しかし,戦局の悪化に伴って,

この作業は中止が命じられ,戦前の民法改正案の起草作業が終了することとなっ

た(20)。人事法案親族編においては,第 119条に「未成年者ヲ養子卜為スニハ家

事審判所ノ許可ヲ得ルコトヲ要ス」と定められている。この民法改正は成立を

迎えなかったが.現行第 798条の原型はここに定まったといえよう。

6 明治民法の解釈

(1) 梅謙次郎による説明

明治民法起草委員の一人である梅謙次郎は,養子制度につき,『民法要義』

において次のような意見を述ぺている。養子制度は社会的必要があって生じた

ものであるが現在もなお必要といえるかどうかについては多少の疑いがない

でもない。ことに養子制度は,近来ますます弊害が多くなっており,むしろこ

れを禁止したほうがいいのではないかという論者もいるが,いやしくも家族制

度が存する以上は養子制度を禁止することはすこぶる困難なだけでなく,現在

(19) 以上については,堀内節編著『家事審判制度の研究j(1970年,中央大学出版部)

166-168頁を参照。

(20) 前田編・前掲注(1)1235-1237頁

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法科大学院論集第 21号

盛んに行われている制度を一朝にして廃止しようとすれば大いに人民に不自由

を感じさせるばかりか,富む人が貧しい人を養うように時としては最も有益な

場合をも全部禁止してしまうのは得策とはいえない。もし弊害があるのであれ

ば,法律の規定に基づいて矮正すればいいであろう (21)0

そのうえで,第 837条に定める養親の要件,すなわち,成年者であれば養子

を為すことができるとの規定については,比較法的には制限されている場合も

あるが,わが国事故来の沿革によって強く制限することはしていないと説明し

ている。これは,ベルギー民法草案に依拠しているものであるが,未成年者が

養子を為すのは,普通の慣習にはないし,未熟な未成年者が養子を為すのは危

険でもあるため,養子を為すのは成年者でなければならないとしている。第

838条の養親と養子との年齢差の要件については,養親子の年齢に自然な親子

の年齢差を求める立法例が多いが,わが国ではそのような慣例はなく,束縛し

てしまう嫌いもあるため,単に年長者養子を禁止したと説明している (22)0

未成年者養子縁組については,わが国の慣習においては幼者を養子となすこ

とが多いのであるから,本人の意思を必要とするとすればこの慣習を改めざる

をえなくなる。しかし実際に養子の弊害があるのは,かえって成年者その他自

己の意思によって養子となった者についてことに多いのであり,幼者の養子を

禁ずるのは決して得策ではないのであるが, 15歳未満の幼童の意思をもって

養子縁組のような重大な行為をなさしめるのも甚だ危険と言わざるをえないた

め,父母の同意を必要とすべきことに疑いはないが,幼童の意思は実際上その

意思と視ることができないことも多いであろうから,むしろ従来の慣例に従っ

て父母に代諾させるのが簡便であると説明している (23)0

(2) 明治民法に批判的な学説

以上のように,梅謙次郎も養子縁組制度の弊害を強く意識していたところで

(21) 梅謙次郎『民法要義巻之四親族編』 (1912年,有斐閣) 274頁

(22) 梅•前掲注(21)275-277 頁

(23) 梅•前掲注 (21)286-287 頁

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民法 798条(未成年者を蓑子とする縁組)の系譜と解釈

あるが,明治民法の養子制度に批判的な学説も散見される。穂積重遠は,挫子

制度について祖先祭祀や戸主の地位承継,一家断絶を避けるための末期蓑子な

どのように家族制度的な制度とされているが,血縁関係のない祖先祭祀や血統

継続は本旨に適合しないはずであって,純粋厳格な家族制度とは矛盾するとも

いえる,個人主義的な西洋諸国では養子制度の必要がなかったのであるが,孤

児・私生子等の救済という社会政策的な意義か加わってきていることに注目す

べきであるとしている (24)。

外岡茂十郎は,幼年養子につき,フランス民法は未成年養子を禁じており,

イタリア民法も 18歳未満の養子を禁止しているところ,すでにわが国では幼

年狼子を認めている以上は法定代理を認めざるをえないが,無制限に法定代理

を認めることについては問題かあり, ドイツ民法のように法定代理人か幼年者

に代わって養子縁組の承諾をなす場合には裁判所の許可を必要条件とするのが

至当ではないか, と批判している (25)。

谷口知平の批判は,次の通りである。養子制度を認める目的や事由は極めて

広く,慈善の目的のみではなく家族制度上の目的のごときも加えており, した

がって要件も雑然と一貫した原理に基づかないのみならず,合意と届出とのみ

によって極めて容易に成立するために往々にして濫用される余地を残している。

しかし近時の外国立法が養子制度を認めていることに徴しても養子制度を廃止

するのでなく弊害を除去するように努めるぺきである。わが国の養子制度が往々

にして濫用されるのは,養子制度の甚礎に一貫した指禅原理が存しないことに

一因かあろうが,単に合意と届出のみによってあまりに容易に縁組ができるこ

とにも因るのであるから,各国立法と同じように何かの国家機関の関与統制

(許可を要するなど)を認めることが望ましい。民法改正要綱は,未成年者を

養子とする場合に家事審判所の許可を受くぺきものとするが,いまだ養子一般

について許可を要するとまではしていない (26)0

(24) 穂積重遠『親族法」 (1933年,岩波害店) 475-478頁

(25) 外岡茂十郎『親族法概論」 (1926年.敬文堂) 235頁

(26) 谷口知平『日本親族法』 (1935年,弘文堂) 363-364頁

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法科大学院論集第 21号

ただし,前述した民法改正要綱が未成年者を養子とする縁組には家事審判所

の許可を要するとしていることに関しては,子の利益のための養子制度として,

弊害を防ぐための許可主義を採用している新しい傾向を示すものである (21), あ

るいは,幼年者の養子につき国家的監督を加えんとすることは正当な態度であ

ると評価されている (28)0

第 2 現行民法の条文と今後の立法論

1 1947 (昭和 22)年の民法改正の状況

戦後の民法改正については, 1946(昭和 21)年 7月2日,内閣に臨時法制

調査会が設けられ, 4つの部会中第 3部会が司法関係を担当することとなり,

これと併行して司法省に司法法制審議会も設置された。民法改正要綱草案の起

草委員には,我妻栄(東大教授),中川善之助(東北大教授)などが任命され,

起草にあたる幹事は, ABC3班に分けられ, A班は家・相続および戸籍法

(横田・川島), B班は婚姻(堀内・来栖), C班は親子・親権・後見・親族会・

扶養(長野・柳川)という分担とされた。柳川幹事及び長野幹事による C班

の幹事案では,養子関係は実子関係と異なって,家族制度に深くかかわってい

るのであるから,非常に幅広く検討対象が挙げられているが,未成年者養子に

関しては,戦前の民法改正要綱と同様,「四 養子制度濫用を避ける為め,未

成年者を養子とするには裁判所の許可を要するものとすべきか」という項目が

挙げられている (29)0

民法改正要綱案は,・ 1946(昭和 21)年 12月4日から第四次案に基づいて法

制局の条文審査がはじめられ,翌 1947(昭和 22)年 1月3日に説明が終了し

たが,同年 7月7日やっと最終案(第八次案)を閣議にかけることが了承され

た。そして,条文を口語体に書き下ろしたものが同年 7月 15日に閣議決定さ

(27) 中川善之助『日本親族法』 (1942年, 日本評論社) 321頁

(28) 我妻栄『親族法・相続法講義案』 (1938年,岩波書店) 106頁

(29) 我妻栄編『戦後における民法改正の経過』 (1956年, 日本評論社) 219-220頁

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民法 798条(未成年者を養子とする縁組)の系譜と解釈

れ,同月 25日の国会に上程された。同年 12月 9日には民法改正法が成立し,

同月 22日に公布され, 1948(昭和 23)年 1月 1日から施行されることとなっ

た(30)。そして,現行民法第 798条が新設されたのである (3l)。

第 798条 未成年者を養子とするには,家庭裁判所の許可を得なければならな

い。ただし, 自己又は配偶者の直系卑属を養子とする場合は, この

限りでない。

この規定の本文については,すでに戦前の民法改正要綱の提案に含まれてお

り, ほとんど確定的になっていたところ,之今度は親の同意が要らなくなる関

係から,それにかわるものとして未成年者保護の立場からも裁判所の許可を要

することにしたらよかろうということになった」と説明されている (32)。

もっとも,本条には,起草委員会における検討の段階でただし書きが付され

ており,自己または配偶者の直系卑属を挫子となす場合には裁判所の許可を要

しないこととされた頌)。これは,人情として自己の直系卑属の不利を企図する

ものもないと説明されているが'ふ叫本条ただし書きは配偶者の直系卑属を含ん

でいるのであって,その理由は疑わしいと言わざるをえず,すぺて肯定するの

は子にとって危険であり,立法論としては,配偶者の直系卑属である未成年者

を養子とする場合にも家庭裁判所の許可を要するとすべきとの批判もある偲)。

自己の直系卑属であっても弊害の可能性がないとは言い切れないのであるから,

未成年者を養子とする場合にはすべて家庭裁判所の許可を要するとすることに

(30) 我妻編・前掲注(29)6-9頁(村上朝一発言)

(31) 2004 (平成 16)年の民法現代語化による改正でも, この条文は,表現の変更が

行われただけである。したがって.本稿では現在の条文を掲げておく。

(32) 我妻編・前掲注(29)29頁(長野潔の発言)

(33) 我妻編・前掲注(29)320頁(第 844条)

(34) 中川善之助貢任編集「注解親族法(上)J (1950年.有斐閣) 394頁(柳瀬兼助

執筆)

(35) 我妻栄=立石芳枝「親族法・相続法 法律学体系コンメンタール篇 4」(1952年,

日本評論社) 219頁

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法科大学院論集第 21号

も理由があるように思われる。

2 民法第 798条の解釈論

(1) 本文に対する評価

民法第 798条本文が未成年者養子縁組につき,子の利益を保護するために家

庭裁判所の許可を要するとした点に関しては,おおむね評価されてきた。この

条項は,前述したように,沿革的には戦前の民法改正要綱を受け継いだもので

あるが,家制度が廃止され,遺言養子や婿養子のような「家のための養子」が

否定された現行法のもとでは,全く新しい意味づけと運用がなされなければな

らないと指摘されていたところである (36)。

そうすると,最も問題となるのは,家庭裁判所の許可の基準ということにな

ろう。この点については, (a)未成年者の福祉に合致しているかどうかにつき,

民法の規定する他の実質的な要件を具備しているか実質的に審理すべきである

とする積極説<37), (b)許可の審判には既判力がなく,許可ではなく届出によって

養子縁組は成立するのであるから,実質的な審査を行う実益は乏しいとする消

極説(38), に分かれる。しかしながら,許可審判に既判力があるかどうかやそれ

が届出の要件なのかどうかということと,子の福祉のために裁判所が後見的役

割を果たすべきかどうかということとは,全く論理の次元が異なる問題である。

民法第 798条本文は,子の利益を保護するために家庭裁判所が事前チェックを

行うために許可を要するとしているのであって,許可するに当たっては子の福

祉という視点から実質的に審理すべきものと解すべきである (39)0

(36) 潮見俊隆「未成年登子の許可」中川善之助教授還暦記念『家族法大系IV』(1960

年,有斐閣) 190頁

(37) 山畠正男「非嫡出子の利益のため戸籍上の操作のみを目的とした養子縁組」中川

淳編著『家族法審判例の研究J(1971年, 日本評論社) 106頁以下,久貴忠彦『親

族法l(1984年, 日本評論社) 220頁以下など。

(38) 沼辺愛一「挫子縁組許可申立事件における審理の範囲ー東京家裁身分法研究会編

「家事事件の研究 (l)j(1970年,有斐閣) 41頁

(39) この点については,中川善之助ほか編『新版注釈民法 (24)」(1994年,有斐閣)

240頁:中川良延執筆:を参照

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民法 798条(未成年者を養子とする縁組)の系譜と解釈

(2) 但書に対する評価

以上の本文に対する評価とは反対に,但書に対する評価には批判的なものが

多い。我妻博士は,旧法で家にある父母の同意を要件としていたのに,それが

削除されたことは未成年者養子の場合にはすこぶる疑問であるとし,また, 自

己または配偶者の未成年の直系卑属を養子とする場合に家庭裁判所の許可がい

らないとすることは,配偶者の同意も不要なのであって,立法論として疑問だ

としていた(40)。配偶者の同意については,昭和 62年の法改正によって必要と

されたが,子の福祉の観点からは,配偶者の直系卑属である未成年者を養子と

する場合には家庭裁判所の許可を要するとすぺきではないかという疑問は残っ

ていると言わさるを得ない(41)0

3 比較法的検討

(1) フランス

前述したように,明治民法成立時点のフランス民法典では,未成年者養子縁

組は認められていなかった(42)。しかし,戦争により生じた孤児・棄児を保護す

る措置として, 1923年 6月 19日法によって未成年者養子縁組が認められるに

至ったが,養子縁組には,①正当な事由がある場合で,かつ,養子のための利

益となる場合であること,②養親が 40歳以上で直系卑属がなく,養子よりも

15歳以上年長であること, という一般的な要件のほか,③未成年者養子であ

る場合,その父母の同意を必要とするが,父母が離婚しているときには,有責

でない一方で,子の監護にあたる者の同意のみで足りる,という要件が付加さ

(40) 我妻栄 r親族法」 (1961年.有斐閣) 274頁

(41) 久貴• 前掲注(37)218頁は,但書を廃止すぺきであるとする。また,二宮周平

『家族法(第 4版)j (2013年.新世社) 190-191頁は.祖父母が孫を蓑子にする場

合も含めて.許可に例外を設けてはならないとしている。

(42) 養子制度全体の歴史については.山畠正男「養子制度」中川善之助ほか編『家族

制度と家族法IVJ(1974年,酒井書店) 253頁以下,来栖三郎「養子制度に関する

二,三の問題について」穂梢先生追悼論文集『家族法の諸問題』 (1952年,有斐閣)

239頁以下を参照。

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法科大学院論集第 21号

れた (43)0

次に, 1939年 7月29日のデクレ・ロワによって,①普通養子縁組の要件が

緩和されたほか,②断絶養子縁組 (adoptionavec la n1pture des liens de

parente)が創設され,未成年者養子縁組の場合,養親の請求によって養子と

実方との血族関係を断絶させることを宣言することができるものとし,③養子

準正 (legitimationadoptive) の制度も創設され, 5歳未満でその父母が知

られていないかまたは公的扶助機関の被後見子である遺棄子である場合,夫婦

共同で養子とすることによって嫡出子と同一の血族関係を発生させることとし

た(44)。それらの要件は, 1941年 8月8日法, 1958年 12月 23日のオルドナン

ス, 1960年 12月 21日法, 1963年 3月 1日法によってさらに緩和された(45)。

1966年 7月 11日法(その後, 1976年 12月 22日法, 1993年 1月8日法に

よって要件が緩和されている (46)。)は,普通養子,断絶養子,養子準正の構成

を廃棄し,完全養子縁組 (adoptionpleniere) と単純養子縁組 (adoption

simple)の 2つの構成を採用した。そして完全養子縁組を原則的形態とし,

単純養子縁組は特例的形態として位置づけた。また, 1966年 7月 11日法は,

これまでの縁組契約プラス裁判所の許可という手続ではなく,裁判所の認可に

よって親子関係が形成されることとなった。

完全養子縁組(第 343条以下)は,養子を完全に実方から離脱させ,養方の

血族=嫡出子とし,離縁を認めないものである。完全養子縁組は, 28歳以上

(43) 以上につき,稲本・前掲注(1)77-78頁,中川善之助「フランス養子法の変遷」

『家族法研究の諸問題』 (1969年,勁草書房) 153頁以下を参照。フランス法におけ

る父母の同意の意義については,高橋朋子「未成年養子縁組における父母の関与」

三木妙子・磯野誠一•石川稔先生献呈論文集『家族と法の地平J (2009年,尚学社)

所収を参照。

(44) 以上につき,稲本・前掲注(1)78頁,谷口知平三フランス血縁断絶養子・準正養

子」『親子法の研究』 (1956年,有斐閣) 73頁以下を参照。

(45) 以上につき,稲本・前掲注(1)79-82頁を参照。 1958年のオルドナンスについて

は,國府剛「各国養子法の改正」同志社法学 14巻 9号 (1963年) 111頁以下を

参照。(46) 1993年法については,稲本洋之助「フランスの養子法」前掲注(39)『新版注釈

民法 (24)』4頁以下を参照。

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民法 798条(未成年者を養子とする縁組)の系譜と解釈

であれば単独養親でも可能であり(第 343-1条),養子の年齢は 15歳未満でよ

いが,少なくとも 6ヶ月以上養親の家庭に受け入れられていることが必要であ

り(第 345条第 1項),養親は原則として養子よりも 15歳年長でなければなら

ず(第 344条第 1項),養子準正が可能であった国の被後見子や遺棄の宣言を

受けた子のほか,父母または家族会が養子縁組に同意している場合にもできる

こととされた(第 347条) (47)。完全養子縁組における年齢要件には特例が認め

られていたが, 1996年 7月 5日法によって特例は廃止されている (48)O

単純養子縁組(第 360条以下)は,養子の年齢にかかわらずなしうる養子縁

組であるが(第 360条第 1項),基本的に完全養子縁組の規定が準用されてい

る(第 361条)。単純養子縁組では,実方との関係を維持しつつ,養方との関

係も生じることとなる。ただし,養親を相続することはできることとなるが,

養親の尊属については遺留分権利者としての資格を認められないなど(第 368

条),単純養子の立場には微妙な点が残っている。

1996年 7月 5日法は, 1993年のハーグ条約を批准するために整備されたも

のであるが,国際養子に配慮しつつ,完全養子縁組の要件を詳細化し,諸要件

を緩和している。その後も 2001年 2月 6日法, 2005年 7月 4日法, 2006年 7

月 6日デクレ,同年 9月 8日デクレなどによって微修正がなされているとされ

ている (49)0

フランス未成年者養子法は,実方と完全に断絶する完全養子縁組と実方と養

方が両立する単純養子縁組という 2類型を利用しうるのであるが,そのいずれ

(47) 以上につき,稲本・前掲注(1)83-87頁,山口俊夫「概説フランス法 (_f::)」(1978

年,束京大学出版会) 455-458頁を参照。なお,今日における制度とその実情につ

いては,金子敬明「養子制度」大村敦志ほか編著「比較家族法研究J(2012年,商

事法務) 179-196頁を参照。

(48) 1996年法については,中川高男「フランスの挫子法」蓑子と里親を考える会編

『養子と里親」 (2001年, 日本加除出版) 197頁以下を参照。

(49) 以上につき,高橋朋子「フランス親子法の現状」野田愛子ほか編『新家族法実務

大系②』 (2008年,新日本法規) 79-82頁を参照。なお,ハーグ養子条約との関係

については,岡村美保子「フランス 養子に関する法律」ジュリスト 1103号 122

頁 (1996年)を参照。

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法科大学院論集第 21号

も裁判所の判決によって成立することとされており,当事者間の契約によって

養親子関係が成立することにつき裁判所の許可を要するという手続ではなく,

裁判所の判決による直接的な養親子関係の形成という手続となっている。これ

は, もっぱら子の利益を保護する目的をもって,裁判所の関与を広く認め,裁

判所によるコントロールを強化したものである。

(2) ドイツ

1896年に公布され, 1900年に施行されたドイツ民法典 (BGB) は,成年養

子を原則的なものとし,無子要件(旧第 1711条),実子を得る見込みのない 50

歳以上とする養親要件(旧第 1744条),養親と養子との年齢差を 18歳以上と

する年齢差要件(旧第 1744-1745条)などを要件として,夫婦生活の幸福増進・

家族の承継・家産の承継のため,実子の不足を養子によって補うとする養親の

ための養子法であった。

1920年代には,嫡出でない子の保護のために養子制度を活用することが要

望されたが, 1933年代にはナチスの影響下で養子制度に消極的な態度に変わ

り,養子制度の濫用防止,裁判上の離縁制度の導入,養子縁組の私的あっせん

の排除などが立法化された。しかし第二次世界大戦後は,再び養子縁組を促進

する方向が示され,未成年者を保護するための養子制度の構築が進められるこ

ととなった(50)0

1961年 8月 11日には,「家族法変更法」に基づき,養親となる者の年齢を

35歳以上に引き下げ,養子となる者は原則として未成年者に限るとしたほか,

後見裁判所が父母の同意を補充しうるなどを認めることとし,子の利益のため

の養子法であることが明確に示された。 1967年には, ヨーロッパ養子協定に

署名し,その要請に基づいて, 1976年に養子法が全面的に改正された(51)。

(50) 以上につき,川井健「ドイツの養子法」前掲注(39)『新版注釈民法 (24)』16頁

以下を参照。

(51) なお, 2008年の新ヨーロッパ養子協定については,床谷文雄「ヨーロッパにお

ける養子法の動向」中川淳先生傘寿記念論集『家族法の理論と実務』 (2011年, 日

本加除出版) 351頁以下を参照。

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民法 798条(未成年者を養子とする縁組)の系譜と解釈

改正前の養子法は,未成年養子と成年養子の区別なく,養子縁組は養親と養

子との契約で成立するものとされ(旧第 1741条第 1文), しかし同時に,不適

法な縁組の発生を防止するため,管轄裁判所の許可 (Bestatigung) を要する

ものとし(同条第 2文),それによって縁組の効力が発生するとされていた

(旧第 1754条第 1項)。また,未成年者を投子とする場合,養子となる者が行

為無能力または満 14歳未満であるときには,その者の法定代理人が代諾でき

るものとしており,その場合には裁判所の許可ではなく,後見裁判所の認可

(Genehmigung) を要するものとされていた(旧第 1751条第 1項)。認可の

審理に当たっては,具体的基準は示されておらず,子の利益を比較衡量すぺき

であるとされていたようである (SZ)。

1976年 7月 2日「養子縁組並びにその他諸規定の変更に関する法律」では,

未成年養子につき,完全養子を導入し,かつそれを原則とした(第 1755条)。

完全養子の例外としては,①夫婦の一方が他方の嫡出でない子を養子とする場

合(第 1755条第 2項),②養親が養子と二親等または三親等の親族関係にある

場合(第 1756条第 1項),③夫婦の一方が他方の嫡出子を養子とする場合(同

条第 2項)のみに限定されている。

ドイツ民法典は,養親と養子との契約に事前に管轄裁判所の許可を得ること

で成立するものとしていたが, 1976年法は,後見裁判所による子の収容宣言

に基づいて蓑子縁組が成立することとされた(第 1752 条第 1 項• 第 1768条第

1項)。養親の年齢要件を満 25歳以上に引き下け(第 1743条),養親と挫子の

年齢差要件は廃止された。無子要件も廃止された。未成年養子にあっては,原

則として父母の同意を要するものとし(第 1747条第 1項),後見裁判所による

同意の補充も認められる(第 1748条)。未成年者養子の要件としては,蓑親に

よる養子の相当な期間の試験養育が必要とされている(第 1744条)国)。

(52) 以上につき.岩志和一郎「未成年投子縁組許可制度の現状と機能」川井健ほか編

『講座現代家族法 3』(1992年, 日本評論社)補記 322頁以下.國府・前掲注(45)103頁以下を参照。

(53) 以上につき.川井•前掲注(39)18 頁以下,

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法科大学院論集第 21号

ドイツ民法典においても,離縁を認めておらず,重大な理由に基づいて子の

福祉に必要と認められるときは,後見裁判所が職権に基づいて縁組関係を廃止

することができるものとされている(第 1764条)。

(3) イギリス

イギリス(ここではイングランドとウェールズを指す。)では,養子法が制

定される前には,救貧法等のもとで慈善団体などが事実上貧窮児童を引き取っ

て養育していたのであるが,そのような児童には,児童虐待や苛酷な児童労働

の危険も及んでいた。イギリスにおいて,「児童虐待防止法」 (Preventionof

Cruelty to and Protection of Children Act)が成立したのは 1889年であり,

児童労働に対する全般的な規制(綿工場等では先に規制が行われていた。)が

法制化された「連合王国の工場の児童,年少者の労働を規制する法律」 (Lord

Althorp's Act: Act to regulate the Labour of Children and yeung Persons

in the Mills and Factories of the United Kingdom) は 1833年に成立して

しヽる (54)O

そして 1926年には,「養子法」 (Adoptionof Children Act 1926)が成立す

る。他の欧米諸国に比してイギリスの養子制度は遅れて立法化されたのである

が,他の諸国に先駆けて子どもの養育に主眼を置いたものとなった(5,:。この立

法化を推進したのは直接的には第一次世界大戦後の私生児の増大であったが(56l,

遺棄・虐待・搾取等から児童を保護するため,養子制度を一種の親権剥奪の手

段として利用することが企図されたのである (57)。したがって, 1926年養子法

の成立を支えたのは,未成年者の福祉を第一義とする立場であったといえるで

あろう (58)。同法による養子命令 (adoptionorder) は,子の希望を確かめ,

(54) イギリスにおける児章立法の推移については,拙著『親権と子ともの福祉J

(2010年,明石書店)第 3部を参照されたい。

(55) 川田昇『イギリス親権法史」 (1997年,一粒社) 288頁

(56) 川田・前掲注(55)290頁

(57) 川田・前掲注(55)319-325頁

(58) 内田力蔵「イギリス家族法の基本原理」 (1951年, 日本評論社) 82頁

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民法 798条(未成年者を挫子とする縁組)の系譜と解釈

子の年齢と理解力を考慮しつつ,子の福祉のために (forthe welfare of the

infant)なされなければならないとされている(第 3条(b))。

1926年養子法の特徴は,①未成年養子だけを認めること,②挫親子関係の

成立は,私人間の契約によらず,裁判所の決定(養子命令: adoption order)

によって成立すること,③子と実親・実方親族との関係は,婚姻障害を除いて

終了し,養子は養親の嫡出子と同じ法的地位を得ること,④離縁(養親子関係

の解消)を認めないこと,などにある (59)。つまり 1926年養子法は,子の福祉

という見地から養親を一種の保護機関とし,それに必要な範囲で成立要件と効

果を厳格に定めたのであって,養親子関係を実親子関係に擬制する意図は持っ

ていなかった (60)。そのため, 1969年の「家族法改正法」 (FamilyLaw Reform

Act) が制定されるまでは相続にあたって子としての地位も認められなかっ

た(61;。したがって,同法は,「用心深くできていて,養子縁組みの合法性と,

子どもと実親および養父母の間の法律的地位についてのみ規定した」と指摘さ

れている (62)O

1975年「児童法」 (ChildrenAct)は第 1部養子 (Adoption), 第 2部監

護 (Custody), 第 3部世話 (Care), 第 4部その他の修正 (FurtherAmend-

ments of Law of England and Wales), 第 5部雑則及び補則 (Miscellane-

ous and Supplements)の全 109条からなっている⑮)。第 1部の養子制度の

部分については,それまでも地方当局は登子収容に関与する権限を有していた

(59) 島津一郎=許末悪「イギリスにおける他児養育制度の動向」判例タイムズ 529号

(1984年) 116-117頁。なお.三木妙子「イギリスの養子制度」ジュリスト 782号

(1983年) 16-22頁も参照。

(60) 川田・前掲注(55)328頁

(61) 伊藤正己『イギリス法研究」 (1978年.東京大学出版会) 476頁。なお.遺言に

おける実方との断絶については, 1949年養子法 (Adoptionof Children Act 1949) によって修正されていた(三木妙子 rイギリスの養子法」前掲注(39)『新版注釈民

法 (24)』48頁)。

(62) ヘイウッド(内田守訳)『イギリス児童福祉発達史』 (1971年, ミネルヴァ書房)

155頁

(63) 1975年児童法については.山本正憲「イギリスにおける連れ子養子をめぐる諸

問題」『投子法の研究III」(1985年,法律文化社) 304-317頁を参照。

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法科大学院論集 第 21号

が,本法によって地方当局に対人社会サービスの一環として行うことを義務づ

けたものであった(臼)。なお,本法第 1部は翌 1976年「養子法」 (Adoption

Act) に統合された。

1989年 2月 16日には「児童法」 (ChildrenAct)が成立した。 1989年児箪

法は, 12分 108条からなる膨大な法典てある :,5)。この児童法は,第 1に,こ

れまでの統合立法よりもさらに進んで児童ケアに関する私法と公法を統合した。

第 2に, 子どもの福祉 (thechild's welfare) が裁判所の至高の考慮事項

(paramount consideration) であることを原則とした。第 3に,「親権」に

代わる概念として「親責任 (parentalresponsibility)」が強調された。

そして, これを受けて 2002年「養子法」 (Adoptionand Children Act

2002) が制定された。この養子法では,登子命令を得るための試験養育期間に

つき,迷親候補者の属性によって異なる期間を定めている(第 42条)。養子命

令発令の要件としては,①子の福祉に合致していなければならないこと(第 l

条),②親責任を有する親の同意等を要すること(第 47条)などが定められて

いる。養親の資格としては,単身者でも非婚カップルでもよいとされている

(第 49条第 50条) (66)。

以上のように,イギリス養子法は,未成年者養子のみを認め,子どもの福祉

を裁判所の至高の考慮事項とし,当事者間の契約でなく裁判所の養子命令によっ

て成立するとされている。これは,子とものニーズを中心においた制度づくり

に向けた努力と評価できるであろう (67)0

(64) 磯野誠一「英国新児童法の素描」ジュリスト 604号 (1976年) 116頁,秋元美世

『児童青少年保護をめぐる法と政策J(2004年,中央法規) 219頁を参照。

(65) 1989年児童法については,英国保健省編(林茂男・網野武博監訳)『英国の児溢

ケア:その新しい展開』 (1995年,中央法規) 173-292頁に,許末恵教授による全

訳か転載されている。

(66) 以上につき,金子・前掲注(47)196頁以下を参照。

(67) 許末恵「イギリス親子法の現状」前掲注(49)『新家族法実務大系②』 69頁

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民法 798条(未成年者を投子とする縁組)の系譜と解釈

4 民法第 798条の立法論

民法第 798条は,未成年者養子縁組につき,家庭裁判所の許可を定めること

によって,事前に子の福祉に配慮できるようにした。このことは一定の評価を

得ているものの,諸外国の立法例のように,子の福祉を徹底させた未成年者投

子法への改正を求める声も高いといえよう。例えば,家庭裁判所の許可をもっ

て,消極的に児童の不利益となる縁組の成立を阻止するという制度でなく,積

極的に要保護児童の福祉を図って縁組を成立させる国家機関の宣言とするよう

な制度への改正が示唆されている (68)。また,認知の場合とパラレルに成年に達

して後一定期間は,子からの一方的な意思表示で縁組を解消できるという改正

も示唆されている如)。

確かに,子の福祉のための未成年者養子縁組制度に純化していくためには,

諸外国の立法例の推移に照らして,消極的な家庭裁判所の許可よりも梢極的な

家庭裁判所の養子縁組宣言のほうが,法的効力が強く,当事者に対する動機づ

けとしても好ましいであろう。しかしながら,手続法的には,いずれも家事事

件手続法別表第 1審判事件として位置づけられるであろうから,家庭裁判所が

後見的役割を十分に果たさなければ,機能的には有意な差異が生じないとも考

え得る。成年到達時の縁組解消権については,認知の場合と同様に保障されて

しかるぺきであるか,成年到逹時までの子の利益保護のほうがむしろ重要であ

ろう。

床谷文雄教授は,子の利益のための挫子制度であることを明確にして,それ

が十分な役割を果たせるように体系的見直しを図るという観点から,次のよう

な基本方針を示している。①成年蓑子と未成年養子の目的的分離,②未成年養

子の規制強化,③特別養子縁組の要件緩和.の 3つである。したがって.契約

型の普通養子(成年養子と未成年養子)と決定型の特別養子という現行の区分

を維持しつつ,未成年普通養子に対する家庭裁判所の統制を強化して,成年養

(68) 深谷松男「現代家族法(第 3版)』 (1997年,青林書院) 127頁

(69) 鈴木禄弥「親族法講義』 (1988年,創文社) 191頁

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法科大学院輪集第 21号

子との区別を明確にし,実質的には,契約(自由)型の成年養子と裁判所関与

型の未成年養子(許可型普通養子と決定型特別養子)に区分するものとしてい

る。民法第 798条との関連では,孫養子であっても,連れ子養子であっても,

家庭裁判所の許可を要するものとするという提案がなされておりけ'¥そのよう

な立法論が最も現実的であろうと考える。

(70) 床谷文雄「養子法」中田裕康編『家族法改正』 (2010年.有斐閣) 85-90頁, 97-

100頁

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