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ASMR(自律感覚絶頂反応)を誘発させる音刺激の物理因子解析 下倉良太 大阪大学大学院基礎工学研究科システム創成専攻 システム科学領域 【はじめに】 Autonomous Sensory Meridian Response(自律感覚絶頂反応)とは(以下、ASMR)、主に聴覚への刺 激により、頭から首筋にかけてゾワゾワとする感覚のことであり、医学的なメカニズムや作用はまだ示さ れていない。ASMR を誘発する音源には個人差があり、綿棒で耳元をこする音やキーボードのタイピン グ音など様々である。近年、人の両耳付近で録音するバイノーラルマイクが安価となり、ネット上で多数 ASMR 音源を試聴できる。多くの視聴者は ASMR から心地よさを感じており、入眠補助やストレス解 消に利用している。本研究は、心理実験を通して ASMR を誘発する物理因子の特定を行ったので報告す る。 【物理解析】 ASMR を誘発する可能性の高いバイノーラル音源を、人工音から 10 種(野菜のカット音や耳かき音な ど)、自然音から 10 種(たき火の音や川のせせらぎなど)選択し、物理解析を行った。行った解析は騒音 評価に用いられる音質評価解析(Loudness など)と、音の時間的な特徴量(ピッチなど)の抽出に用い られる ACF 解析と、音の空間的な特徴量(拡がり感など)の抽出に用いられる IACF 解析である。 【心理実験】 心理実験は、被験者 17 名(男性 12 名、女性 5 名、平均年齢 21 歳)に対し、5 件法(配点 : 2、-1012)で行った。評価対象は ASMR 特有のゾワゾワする感覚(ASMR 感覚量)に加え、音の大きさ、 音の近さ、音の高さ、心地よさを判断した。音刺激はヘッドホン(MDRCD900STSennheiser)で 50 秒間呈示し、その後の 10 秒で被験者は判断を行った。呈示音圧レベルは 45dBA で統一した。 【結果とまとめ】 全体的に ASMR 感覚量は、人工音で高く、特に耳かき音と、シャンプーをされる音で高い値を示した。 この ASMR 感覚量をよく相関するその他の心理量は、音の近さであった(r088)。つまり音源を近く に感じるほど ASMR 感覚量は大きい。物理因子では、IACF 解析から得られる IACC (両耳間相互相関度) が相関した(r=-061)。特に人工音に限定すると強く相関する(r=-090)。つまり IACC が低く、両 耳に入る音が似ていないほど ASMR を誘発する。一般的に音源が近いと IACC は高くなるが、片耳に触 れるほど接近すると IACC は低くなるので、今回の結果と一致する。 Audiology Japan Vol. 62, No. 5 2019 118 475

(a) 10 (b) IACC (a) IACC & (b) AMSR

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Page 1: (a) 10 (b) IACC (a) IACC & (b) AMSR

ASMR(自律感覚絶頂反応)を誘発させる音刺激の物理因子解析

下倉良太大阪大学大学院基礎工学研究科システム創成専攻 システム科学領域

【はじめに】Autonomous Sensory Meridian Response(自律感覚絶頂反応)とは(以下、ASMR)、主に聴覚への刺激により、頭から首筋にかけてゾワゾワとする感覚のことであり、医学的なメカニズムや作用はまだ示されていない。ASMRを誘発する音源には個人差があり、綿棒で耳元をこする音やキーボードのタイピング音など様々である。近年、人の両耳付近で録音するバイノーラルマイクが安価となり、ネット上で多数の ASMR音源を試聴できる。多くの視聴者は ASMRから心地よさを感じており、入眠補助やストレス解消に利用している。本研究は、心理実験を通して ASMRを誘発する物理因子の特定を行ったので報告する。【物理解析】

ASMRを誘発する可能性の高いバイノーラル音源を、人工音から 10種(野菜のカット音や耳かき音など)、自然音から 10種(たき火の音や川のせせらぎなど)選択し、物理解析を行った。行った解析は騒音評価に用いられる音質評価解析(Loudnessなど)と、音の時間的な特徴量(ピッチなど)の抽出に用いられる ACF解析と、音の空間的な特徴量(拡がり感など)の抽出に用いられる IACF解析である。【心理実験】心理実験は、被験者 17名(男性 12名、女性 5名、平均年齢 21歳)に対し、5件法(配点 : -2、-1、

0、1、2)で行った。評価対象は ASMR特有のゾワゾワする感覚(ASMR感覚量)に加え、音の大きさ、音の近さ、音の高さ、心地よさを判断した。音刺激はヘッドホン(MDR―CD900ST、Sennheiser)で 50秒間呈示し、その後の 10秒で被験者は判断を行った。呈示音圧レベルは 45dBAで統一した。【結果とまとめ】全体的に ASMR感覚量は、人工音で高く、特に耳かき音と、シャンプーをされる音で高い値を示した。この ASMR感覚量をよく相関するその他の心理量は、音の近さであった(r=0.88)。つまり音源を近くに感じるほど ASMR感覚量は大きい。物理因子では、IACF解析から得られる IACC(両耳間相互相関度)が相関した(r=-0.61)。特に人工音に限定すると強く相関する(r=-0.90)。つまり IACCが低く、両耳に入る音が似ていないほど ASMRを誘発する。一般的に音源が近いと IACCは高くなるが、片耳に触れるほど接近すると IACCは低くなるので、今回の結果と一致する。

Audiology Japan Vol. 62, No. 5 2019

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