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トンネル弾性波探査の高度化に関する検討(その1) -既往文献調査と再解析事例- 相澤隆生*,橋本励(サンコーコンサルタント株式会社), 赤澤正彦(鉄道建設・運輸施設整備支援機構) トンネル物理探査研究委員会(物理探査学会) Advancement of Tunnel Geophysics (Part1) : Previous literature Documentation and a Re-Analysis Example Takao AIZAWA* , Tsutomu HASHIMOTO(SUNCOH CONSULTANTS Co.,Ltd.), Masahiko Akasawa (JRTT), Tunnel Geophysics Consortium (SEGJ) Abstract: Investigation of previous paper and re-analysis of seismic refraction survey data were carried out for the purpose of the advancement of the geophysical investigation analysis technique for the tunnel geological survey. We would like to advance manualization and to go as an advancement of seismic refraction survey, based on an argument at SEGJ and the current report of this committee. 1. はじめに 「弾性波探査」の名前で広く適用されている屈折法 地震探査は、古くは金属及びエネルギー資源調査の主 たる調査方法の一つとして、土木地質調査においては 古くから現在に至るまで、主要な地質調査方法として トンネル、ダムを始めとするさまざまな土木工事・土 木建設のための調査に用いられてきた。 弾性波探査が、日本で大きく普及した原因は、1938 年に萩原尊礼が、‘屈折面があまり複雑ではない 2 構造の場合に用いる方法’として、「はぎとり法」と称 される計算が非常に簡単な方法を開発したことが挙げ られる。また、増田・北野(1957)、多治米・武内(1958) らによるその拡張方法、さらには、金子(1961) による「3 層構造を2層構造に置き換える」方法により比較的複 雑な地質構造への適用が可能となった。物理探査学会 の前身である物理探鉱技術協会の 20 周年特集号によ ると、そのせいか、「1960 年後半からは土木建設分野 における弾性波探査適用件数が大きく増大した」とい う統計資料が掲載されている。それ以来、弾性波探査 は、土木地質調査の中で‘いわゆる主流’として今日 まで続いており、 10 年ほど前より「トモグラフィ解析」 が盛んに用いられる様になった。 物理探査学会では、平成 21 年度に、(独)鉄道建設・ 運輸施設整備支援機構から研究業務として「北海道新 幹線、物理探査解析手法の開発」を受託した。本研究 業務は、トンネル建設のための設計支保パターンを決 めるのに弾性波探査結果としての P 波速度が指標とし て用いられており、この弾性波探査を高度化しようと いう研究である。弾性波探査、あるいは物理探査解析 手法の高度化のために、委員会を作り、探査技術の標 準化、複合物理探査、解析ソフトウエアの高度化、地 質解釈のためのデータベース化など様々な角度から研 究を進めている。 本論文では、平成 21 年度に実施した既往文献調査及 び弾性波探査結果の再解析に関する委員会での検討結 果について報告する。 2. 文献調査によるトンネル地質調査、設計、施工の問 題点の整理・抽出 山岳トンネルの事前地質調査と施工実績が一致しな い原因について、現状の問題点を整理・抽出すること を目的に文献調査を実施した。既存の文献 32 編および 参考図書をもとに調査を行った結果、図-1にまとめ たとおり、事前地質調査から施工までのすべてのステ ージで様々な問題があることが認められた。以下に既 往報告、事例を交えて調査結果の概要について示す。 2.1 トンネル事前地質調査が当たらない原因について 1) 弾性波探査 トンネル地質調査では弾性波探査が重要視される。 文献調査の結果、トンネル地質調査における弾性波探 査の主な問題は次のとおりである。 ① 計画立案時の問題として、探査原理上の限界を考慮 せずに適用されるケースが認められる。 123 講演番号 33 社団法人 物理探査学会第122回学術講演会論文集(2010)

Advancement of Tunnel Geophysics (Part1) : …Previous literature Documentation and a Re-Analysis Example Takao AIZAWA* , Tsutomu HASHIMOTO(SUNCOH CONSULTANTS Co.,Ltd.), Masahiko Akasawa

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トンネル弾性波探査の高度化に関する検討(その1) -既往文献調査と再解析事例-

相澤隆生*,橋本励(サンコーコンサルタント株式会社),

赤澤正彦(鉄道建設・運輸施設整備支援機構) トンネル物理探査研究委員会(物理探査学会)

Advancement of Tunnel Geophysics (Part1) :

Previous literature Documentation and a Re-Analysis Example

Takao AIZAWA* , Tsutomu HASHIMOTO(SUNCOH CONSULTANTS Co.,Ltd.), Masahiko Akasawa (JRTT),

Tunnel Geophysics Consortium (SEGJ)

Abstract: Investigation of previous paper and re-analysis of seismic refraction survey data were carried out for the purpose of the advancement of the geophysical investigation analysis technique for the tunnel geological survey. We would like to advance manualization and to go as an advancement of seismic refraction survey, based on an argument at SEGJ and the current report of this committee.

1. はじめに 「弾性波探査」の名前で広く適用されている屈折法

地震探査は、古くは金属及びエネルギー資源調査の主

たる調査方法の一つとして、土木地質調査においては

古くから現在に至るまで、主要な地質調査方法として

トンネル、ダムを始めとするさまざまな土木工事・土

木建設のための調査に用いられてきた。 弾性波探査が、日本で大きく普及した原因は、1938

年に萩原尊礼が、‘屈折面があまり複雑ではない 2 層

構造の場合に用いる方法’として、「はぎとり法」と称

される計算が非常に簡単な方法を開発したことが挙げ

られる。また、増田・北野(1957)、多治米・武内(1958)らによるその拡張方法、さらには、金子(1961)による「3

層構造を2層構造に置き換える」方法により比較的複

雑な地質構造への適用が可能となった。物理探査学会

の前身である物理探鉱技術協会の 20 周年特集号によ

ると、そのせいか、「1960 年後半からは土木建設分野

における弾性波探査適用件数が大きく増大した」とい

う統計資料が掲載されている。それ以来、弾性波探査

は、土木地質調査の中で‘いわゆる主流’として今日

まで続いており、10 年ほど前より「トモグラフィ解析」

が盛んに用いられる様になった。 物理探査学会では、平成21 年度に、(独)鉄道建設・

運輸施設整備支援機構から研究業務として「北海道新

幹線、物理探査解析手法の開発」を受託した。本研究

業務は、トンネル建設のための設計支保パターンを決

めるのに弾性波探査結果としての P 波速度が指標とし

て用いられており、この弾性波探査を高度化しようと

いう研究である。弾性波探査、あるいは物理探査解析

手法の高度化のために、委員会を作り、探査技術の標

準化、複合物理探査、解析ソフトウエアの高度化、地

質解釈のためのデータベース化など様々な角度から研

究を進めている。 本論文では、平成 21 年度に実施した既往文献調査及

び弾性波探査結果の再解析に関する委員会での検討結

果について報告する。

2. 文献調査によるトンネル地質調査、設計、施工の問

題点の整理・抽出 山岳トンネルの事前地質調査と施工実績が一致しな

い原因について、現状の問題点を整理・抽出すること

を目的に文献調査を実施した。既存の文献 32 編および

参考図書をもとに調査を行った結果、図-1にまとめ

たとおり、事前地質調査から施工までのすべてのステ

ージで様々な問題があることが認められた。以下に既

往報告、事例を交えて調査結果の概要について示す。 2.1トンネル事前地質調査が当たらない原因について

1) 弾性波探査 トンネル地質調査では弾性波探査が重要視される。

文献調査の結果、トンネル地質調査における弾性波探

査の主な問題は次のとおりである。 ① 計画立案時の問題として、探査原理上の限界を考慮

せずに適用されるケースが認められる。

123

講演番号 33 社団法人 物理探査学会第122回学術講演会論文集(2010)

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② 初動読取り、走時曲線の作成、速度走時(T´曲線)

の傾きの決定、深度走時の分割などの各段階で、解

析者の経験や判断によって個人差が生じる。 ③ 土被りが大きなトンネルや、測線が分割されたトン

ネルで波線がトンネル計画位置を通過していない

ケースが認められる。 ②の個人差は、トモグラフィ解析においても初期モ

デルの与え方によって個人差が生じることに注意が必

要である。③の問題は、三木ほか(2004)が詳細な分

析を行っている 4)。今後はできる限りトンネル位置を

波線が通過するように測線を設定するとともに、起震

点計画を適切に行う必要がある。 2) 地質調査(地質解釈・地山分類) トンネル地質調査が当たらない原因は、中川ほか

(2000)が研究を行っており、表-1にまとめている。 事前地質調査結果と施工後の地山状況の対比事例を

図-1に示す。施工実績から 1.7km/sの低速度帯が実際

には存在せず、ひん岩の分布も過少評価されていたこ

とが認められる。一方でこの誤りは、調査ボーリング

等の地質調査が十分に実施されていれば修正され、精

度が高くなった可能性もあり、地質調査が当たらない

原因には様々な問題が複雑に関係している。

2.2当初設計と施工実績とが一致しない原因

1) 当初設計と施工支保パターンの比較 表-2は旧日本道路公団が建設した道路トンネル

(37 本、総延長 41.6km)における、当初設計と実際の支

保パターンの対比結果である。支保の変更はすべての

岩種において下位側(支保が重い側)に行われる場合

が多く、上位側(支保が軽い側)への変更は少ない。

支保バターンは、B、CⅠがCⅡ(鋼製支保工)に変更

される割合が多い。この支保パターンの変更の傾向は、

本事例だけでなく、他文献の事例からもほぼ類似した

結果が得られている。 当初設計と支保パターンの変更割合は、各文献でバ

ラつきがあるものの、およそ 50%前後と見積もること

ができる。 2) 当初設計と施工実績が一致しない原因 文献調査結果から、以下のとおりまとめられる。 ①地質調査結果の誤り

図-1.事前地質調査と施工実績との一致、不一致

表-1.山岳トンネルの地質調査が当たらない原因 5)

図-2.事前地質調査と施工実績との相違事例 6)

表-2.設計時と施工時の地山等級の変更割合 7)

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2.1 項に示したような問題に起因する。 ②地山分類基準の問題 地山分類基準が実際の地山状況と整合していないこ

とにより、地質調査結果が正しくても地山分類から決

定した設計支保と施工支保パターンに相違が生じる。 ③ 設計・施工の問題 何らかの理由により、地山分類から選定すべき設計支

保と異なる設計支保パターンが選定される場合や、施

工時に実際の地山よりも過大な支保パターンを用いて

施工される場合等が含まれる。 3.弾性波探査の再解析による検討 弾性波探査の現状について把握すること及び探査を

適用する上での問題点を整理することを目的として、

既存の調査データを用いて弾性波探査結果の再解析を

行った。再解析を行う場合、波形記録に戻って走時曲

線の作成から行うべきであるが、波形記録に戻って読

み直しをして再解析を実施したとしても、現場状況も

知らずに実施した解析と既往解析とを対比することに

意味があるかどうかという疑問がつきまとう点に注意

しなければならない。今回も、この疑問に対する答え

はないが、技術的判断の一つとして捉えて頂きたい。 3.1 調査計画が不十分な事例

調査には用地、季節や調査環境などの条件が密接に

関係するため、結果のみを見て一概に調査計画が不十

分であると決めつけることは困難であるが、測定条件

などの記録を確認し、計画が不十分であると考えられ

たケースである。図-3は、既存の走時データをその

まま用いてトモグラフィ解析を行ったものである。既

往の走時曲線を一見して、距離程 450m 付近を境界に

測定が分断されていることが分かる。その結果として

距離程 500m 付近の基盤走時に十分なオフセットのも

のが無く、その影響か周囲に比べて低速度として表さ

れている。 3.2トモグラフィ解析(の表示)が不十分な事例

弾性波探査業務の解析方法に関して、‘ハギトリ法’

と‘トモグラフィ法’の適用方法について、これまで

物理探査学会では、議論や提案がなされたことがない

ため、各社まちまちである。適用方法の標準的な考え

方の整理及び、必要とされる成果品に関する標準化な

ど、弾性波探査に関する標準化が必要と考えられてい

る。図-4(下段)は、既往調査の走時データをその

まま用いてトモグラフィ解析を行った結果である。既

往解析結果(上段)では、解析データがあるにもかか

わらずトンネル施工面よりも浅いところでデータを切

って表示している。推定であるが、‘ハギトリ法’によ

る解析を重要視するあまり、トモグラフィ解析につい

ては例示程度に考えているのではないかと思われる。

ハギトリ法’と‘トモグラフィ法’の適用及び成果に

関して学会で議論が必要と考えさせられた所以である。 3.3 走時の読み取り及び解析の個人差 既往文献でも議論されていた解析結果の‘個人差’

である。トモグラフィ解析は、屈折法地震探査(弾性

波探査)の解析技術レベルを一定に保つことを目的と

して開発されてきた経緯がある(斎藤,2010)が、トモ

グラフィ解析にも解析者の技量が存在するため、解析

上のガイドラインや技術レベル維持のためのインスト

ラクションなど、物理探査学会として取り組まなくて

ならない問題と考えている。図-5(下段)は、波形

記録から新たに走時を読み直した ‘トモグラフィ法’

による再解析結果である。本章の冒頭で述べた様に正

誤を議論するのは難しいものの、既往解析(上段)で

は距離程 750m 付近に認められた高速度ゾーンである

が、基盤層のハギトリからは高速度が認められないこ

とから‘トモグラフィ解析’の最大速度を 3.0km/sに設

定して解析を行うと高速度ゾーンは強調されなくなる

ことが分かる。

4. まとめ 既往文献調査の結果、トンネルの調査から施工に至

る様々なプロセスで、設計支保パターンと施工パター

ンとの違いが生じることがわかり、それについて分

類・整理を行った。弾性波探査データの再解析結果か

らは、弾性探査の標準化に関する幾つかの重要な視点

が明らかになった。既往文献調査結果及び弾性波探査

結果を基に、また、物理探査学会での議論をベースに、

弾性波探査の高度化の一つとして、マニュアル化を進

めて行きたい。 参考文献 1)増田秀夫, 北野昭彦(1957):浅い地下構造の屈折法に

ついて,物理探査 10,2,56-66 2)田治米鏡二, 武内俊昭(1958):屈折法の解析に対する

萩原の方法の拡張,物理探査 11,1,44-46 3)金子徹一(1961):屈折法における 3 層構造の簡単な解

析, 物理探査, 15,3, 127-131. 4)三木ほか(2004):再解析に基づくトモグラフィ的解析

法に適した測線計画の検討、土木学会論文集、

No.756, Ⅳ-62 5)中川浩二ほか(2000):トンネル事前設計における地質

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調査の問題点とその評価に関する研究、土木学会

論文集、No.658, Ⅳ-48 6)門藤正幸ほか(2000):付加体中に計画されたトンネル

地山の事前予測と施工時切羽状況の対比、日本応

用地質学会平成 12 年度研究発表会講演論文集

7)城間博道ほか(2002):支保実績から分析した弾性波速

度評価の一考察、トンネルと地下 9 月号 8)斎藤秀樹(2010):ハギトリ法とトモグラフィ解析,「弾

性波探査における解析・解釈技術の継承」シンポジ

ウム講演概要集,47-52

図-3 調査計画が不十分な事例

図-4 トモグラフィ解析(の表示)が不十分な事例

図-5 走時の読み取り及び解析の個人差の事例

走時

(ms)

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