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-1- 2012 年度春学期 「刑法 II(各論)」講義 2012 7 4 【第 11 回】横領および背任の罪(その 21 横領罪(・続き) 1-2 委託物横領罪[252 条] (・続き) 1-2-3 横領行為 1-2-3-1 「横領」の意義 [学説] A. 領得行為説 不法領得の意思を実現する一切の行為、と解する。 具体的には、売買、贈与、質入れ(ただし、質権者による転質は、原質権の範囲内である限 り本罪は成立しない。最決昭和 45 3 27 日刑集 24 3 76 頁参照)、抵当権の設定(仮 登記を含み、それが内容虚偽のものであってもよい。最決平成 21 3 26 日刑集 63 3 291 頁参照)、費消、着服、拐帯、抑留などが含まれる。 判例はこの立場であるとされている(大判昭和 8 7 5 日刑集 12 1101 頁、最 判昭和 27 10 17 日裁判集刑 68 361 頁など)。 横領行為を財産侵害行為ととらえ、他人の所有物に対する支配を自己に移転させることによ って財産侵害が具体化される、との理解。窃盗罪等における不法領得の意思必要説に親近性 をもつとされる。 B. 越権行為説 委託の趣旨に反する権限逸脱行為、と解する。 横領行為を保管義務違反行為ととらえ、横領罪を所有権の観念的侵害というよりも所有権か ら独立した利用機能の事実的侵害を抑止するものである、との理解。窃盗罪等における不法 領得の意思不要説に親近性をもつとされる。 [具体例] (1) 委託物を毀棄・隠匿する場合 (2) 委託物を一時的に無断使用する場合 (3) 委託物を本人のために権限を越えて処分する場合 B 説によれば、行為者に与えられている物の使用・使用権限の範囲を超える行為があれ ば直ちに横領罪の成立を認めることになるので、上記(1)(2)(3)のすべてについて横領罪が 成立することになる。 他方、A 説によれば、いずれについても不法領得の意思が認められないので、横領罪の 成立が認められないことになる。 [議論] B 説によれば委託された他人の物を毀棄する行為も横領に含まれることになるが(上記 (1)の場合)、委託物横領罪の法定刑(5 年以下の懲役)が器物損壊罪(261 条)の法定刑 2012 年度春学期「刑法 II (各論)」講義資料

【第 11 回】横領および背任の罪(その 2fukao/lecons/12-1-DPS/resume11.pdf2012 年7 月4 日 【第11 回】横領および背任の罪(その2) 1 横領罪(・続き)

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2012 年度春学期

「刑法 II(各論)」講義

2012 年 7 月 4 日

【第 11 回】横領および背任の罪(その 2)

1 横領罪(・続き)

1-2 委託物横領罪[252 条](・続き)

1-2-3 横領行為

1-2-3-1 「横領」の意義

[学説]

A. 領得行為説

不法領得の意思を実現する一切の行為、と解する。

※ 具体的には、売買、贈与、質入れ(ただし、質権者による転質は、原質権の範囲内である限

り本罪は成立しない。最決昭和 45 年 3 月 27 日刑集 24 巻 3 号 76 頁参照)、抵当権の設定(仮

登記を含み、それが内容虚偽のものであってもよい。最決平成 21 年 3 月 26 日刑集 63 巻 3 号

291 頁参照)、費消、着服、拐帯、抑留などが含まれる。

判例はこの立場であるとされている(大判昭和 8 年 7 月 5 日刑集 12 巻 1101 頁、最

判昭和 27 年 10 月 17 日裁判集刑 68 号 361 頁など)。

※ 横領行為を財産侵害行為ととらえ、他人の所有物に対する支配を自己に移転させることによ

って財産侵害が具体化される、との理解。窃盗罪等における不法領得の意思必要説に親近性

をもつとされる。

B. 越権行為説

委託の趣旨に反する権限逸脱行為、と解する。

※ 横領行為を保管義務違反行為ととらえ、横領罪を所有権の観念的侵害というよりも所有権か

ら独立した利用機能の事実的侵害を抑止するものである、との理解。窃盗罪等における不法

領得の意思不要説に親近性をもつとされる。

[具体例]

(1) 委託物を毀棄・隠匿する場合

(2) 委託物を一時的に無断使用する場合

(3) 委託物を本人のために権限を越えて処分する場合

B 説によれば、行為者に与えられている物の使用・使用権限の範囲を超える行為があれ

ば直ちに横領罪の成立を認めることになるので、上記(1)(2)(3)のすべてについて横領罪が

成立することになる。

他方、A 説によれば、いずれについても不法領得の意思が認められないので、横領罪の

成立が認められないことになる。

[議論]

B 説によれば委託された他人の物を毀棄する行為も横領に含まれることになるが(上記

(1)の場合)、委託物横領罪の法定刑(5 年以下の懲役)が器物損壊罪(261 条)の法定刑

2012 年度春学期「刑法 II(各論)」講義資料

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~「個人の学習目的での利用」以外の使用禁止~

(3 年以下の懲役または 30 万円以下の罰金・科料)より重いことを説明できない。

※ このため、B 説は少数説にとどまっている。

この法定刑の差の根拠は、窃盗罪の場合と同様、物の効用の取得という強力な動機があ

ることに基づく責任の加重に求められるべきであり、このような責任加重根拠を提供する

不法領得の意思を要件とする A 説が妥当である、とされる。

※ ただ、後掲 1-2-3-2 で触れるように、不法領得の意思の内容をどのように理解するかによって、

上記(1)または(2)について横領行為を認める余地があることに注意が必要である。他方、B 説の

立場からも、越権行為の認定を厳格にすれば A 説の処罰範囲にかなり接近するとの主張がなさ

れており、この主張からは両説による具体的な結論に大きな差はないともされている。

前掲の判例(最判昭和 27 年 10 月 17 日裁判集刑 68 号 361 頁)によれば、不法領得の

意思を外部に発現させる行為があった場合に本罪は既遂になる、とされている。..

※ 従って、動産売却の意思表示を行った場合(大判大正 2 年 6 月 12 日刑録 19 輯 714 頁)や、

他人の物について自己の所有物であるとして民事訴訟を提起した場合や提起された民事訴訟にお

いて自己の所有権を主張し抗争した場合(大判昭和 8 年 10 月 19 日刑集 12 巻 1828 頁、最判昭

和 25 年 9 月 22 日刑集 4 巻 9 号 1757 頁、最決昭和 35 年 12 月 27 日刑集 14 巻 14 号 2229 頁)

には本罪が成立する、とされる。ただし、不動産の二重売買の事案についてはすでに見てきた通

りである(【第 10 回】1-2-2-3 の(ii)を参照)。

これについては、A 説を採用する学説からは、不法領得の意思が外部に現れていればよ

いというのでは成立範囲が広すぎるとして、前述のように不法領得の意思を実現する行為..

とすることにより一定の絞りを掛けようとしている。

※ もっとも、学説の主張するこのような概念が本当に成立範囲の限定になっているかどうかは、

検討の余地がある(後掲 1-2-3-2 を参照)。なお、判例が上記のような概念を採用するのは、本

罪に未遂処罰規定がないことから、処罰範囲の確保のために既遂時期を早く認める趣旨によるも

のであるとされている。

1-2-3-2 不法領得の意思

1-2-3-2-1 総説

判例(364)によれば、不法領得の意思とは、「他人の物の占有者が委託の任務に背いて、

その物につき権限がないのに所有者でなければできないような処分をする」意思をいうと

される。

← 窃盗罪等における不法領得の意思(【第 3 回】1-3 を参照)と対比すると、

a. 委託物横領罪においては占有侵害が存在しないため、権利者の占有排除にか

かわる排除意思は要件とはされていない、

b. 利用・処分意思については言及されていない、

点に注意が必要である。

しかし、学説からは、利用・処分意思が不要であるとする趣旨であれば、上記 B

説と同様の結論に至りうること、利用・処分意思こそが加重処罰を基礎づける要素

であること(前掲 1-2-3-1 を参照)から、不法領得の意思を「自己の占有する他人

の物を、委託の趣旨に反して、物の経済的用法に従い利用・処分する意思」と解す

べきであると主張されている。

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2012 年度春学期「刑法 II(各論)」講義資料

1-2-3-2-2 毀棄・隠匿の意思

※ 上記[具体例](1)の場合。

判例(366)は、公文書を持ち出して隠匿した事案について、委託物横領罪の成立を認め

ている。

← 不法領得の意思を「権限がないのに所有者でなければできないような処分をする

意思」と解するのであれば、毀棄・隠匿の意思も不法領得の意思に含まれることに

なる(この立場からは、この判例の立場は支持されることとなる)。

しかしながら、前述の通り、利用・処分意思のあることが加重処罰の根拠である

ことに不法領得の意思の本質を見出すのであれば、そのような意思を欠く毀棄・隠

匿の意思を含めることは疑問である。

※ せいぜい、隠匿を効用を享受する機会を確保するための行為としてとらえ、そういった

隠匿の意思であれば不法領得の意思に含まれると解することが可能であるにすぎないので

はないか。

1-2-3-2-3 一時使用の意思

※ 上記[具体例](2)の場合。

他人の物を委託の趣旨に反して一時使用する場合、不可罰である一時使用(使用横領)

と委託物横領罪の限界が問題となる。

[裁判例]

下級審レヴェルにおいてであるが、以下の事案について委託物横領罪の成立を肯定し

ている。

* 貸与を受けて保管中の自動車を、許諾を受けた使用目的終了後に返却することな

く数日間乗り回していた場合(判例(362))

* 会社の秘密資料を、退社後に新会社にて使用するためにコピーを作成する意思で、

社外に持ち出した場合(判例(363))

[学説]

A. 所有者が許容しないような使用の意思があれば不法領得の意思があるとする見解

B. 上記のみならず、所有者が許容しない利益・価値の侵害を伴うような行為を行う意

思を不法領得の意思と解する見解

※ B 説は、A 説のいうような意思のみであれば委託関係侵害の意思が肯定されるに過ぎないと

し、所有者が許容しない利益・価値の侵害を伴うような場合に本罪の保護法益である所有権

の侵害があるから、そのような行為を行う意思が必要であるとする。

※ B 説の立場からは、返却すべき物を返却せずに使用する場合(前掲判例(362)の場合など)

については、所有者の物についての利用可能性の侵害がある、秘密資料のコピーを社外に持

ち出す意思で作成する場合(前掲判例(363)の場合など)については、会社の管理外にあるコ

ピーが存在すること自体により秘密資料の価値が侵害される、と解することによって、本罪

の成立が肯定されうることになる。

1-2-3-2-4 補塡意思の存在

委託を受けて不特定物を保管する者が一時的にそれを流用する場合において、後にそれ

を補塡する意思・能力がある場合にも不法領得の意思が肯定されるか否かが問題となる。

[判例]

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~「個人の学習目的での利用」以外の使用禁止~

判例(364)は、農業会長が、農家からの供出米を、肥料確保用余剰米の収集前に、肥

料と交換するために発送した事案において、保管米の不足を後日収集した余剰米により

補塡する意思があっても、委託物横領罪の成立を妨げないとする。

ただし、下級審裁判例の中には、一時流用の事案について、遅滞なく補塡する意思が

あり、いつでも補塡できる資力がある場合には、違法性を欠き本罪は成立しないとする

ものがある(判例(365))。

[学説]

一時流用の事案について、確実な補塡の意思・能力がある場合には、本罪は成立しな

いとする見解が有力である。

※ ただ、一時流用しても他に同等物を所持しており不特定物を保管していることと同視できる

状況がある場合と、単に後日(委託の趣旨を実現するときまでに)補塡する意思があるにと

どまる場合とに分け、前者については本罪は成立しないが、後者については想定された補塡

が確実であると認識しているときに初めて不法領得の意思が否定される余地を認めうるに過

ぎないとする見解も主張されている。

1-2-3-2-5 第三者に取得させる意思

[判例]

第三者に取得させる意思も不法領得の意思に含まれるとする(大判明治 44 年 4 月 17

日刑録 17 輯 605 頁、判例(367)など)。

[学説]

A. 肯定説

B. 自己と全く無関係な第三者に領得させる場合には否定する見解

※ 背任罪・毀棄罪にはなり得ても、委託物横領罪は成立しないとする。

委託物横領罪を領得罪と解し、不法領得の意思に責任加重の根拠を求める場合には、

第三者に領得させることによって自己が間接的に領得する場合(判例(367)は、自己が

代表社員を務める合資会社に領得させる事案に関するものであった)や贈与などにより

第三者に特に領得させる意思のある場合には、不法領得の意思を肯定できるのではない

か(ただし、後者については学説の一部に反対がある)。

1-2-3-2-6 本人(委託者・所有者)のためにする意思

※ 上記[具体例](3)の場合。

行為者の意思が、委託物をもっぱら本人(委託者・所有者)のために処分する意思であ

った場合には、不法領得の意思が否定される(判例(369)(370))。

※ この場合、図利加害目的の要件も満たさないので、背任罪(247 条)も成立しない。

しかしながら、もっぱら本人のためにする意思であっても、本人がなすべきでない行為、

なしえない行為を行う意思の場合について、不法領得の意思を肯定する判例が存在する。

[判例]

以下の各事案について、委託物横領罪(業務上横領罪)が成立するとしている。

* 会社の取締役が会社資金を贈賄の用に支出した場合(株主総会の議決を執行し、

また後日その追認を得たとしても、その議決は違法であり、本罪が成立するとして

いる。判例(403))

* 町長が行政事務に属さない町会議員慰労の饗応その他の費用に町の公金を支出し

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2012 年度春学期「刑法 II(各論)」講義資料

た場合(判例(400))

* 作物報告事務所出張所長が人夫費を接待費等に流用した場合(判例(401))

* 森林組合長が使途の特定された政府貸付金を組合名義で地方公共団体に貸し付け

た場合(判例(404)。ただし、横領罪成立を否定する少数意見がある。)

これらに対しては、もっぱら本人のためにする意思である場合には、たとえ本人が行

うことが許されないからといって、行為者が自己のために領得する意思で行為したもの

であるとすることはできないのではないか、との学説上の批判が存在する(この点につ

いては、判例(371)(=判例(405))をも参照)。

1-2-4 共犯

判例によれば、委託物横領罪は刑法 65 条 1 項にいう構成的身分犯であるとされる(大判明

治 44 年 5 月 16 日刑録 17 輯 874 頁、最判昭和 27 年 9 月 19 日刑集 6 巻 8 号 1083 頁)。

「他人の物の委託に基づく占有者」という身分を欠く者がその身分と共働して本罪の構成要

件を実現した場合には、非身分者についても本罪の共犯(関与形態によって、共同正犯・教唆

犯・幇助犯)が成立する。

※ 共犯と身分に関する 65 条の解釈問題については総論の議論《山口刑法 pp. 164-167》を参照のこと。

仮に 65 条 1 項を違法身分についての規定、同条 2 項を責任身分に関する規定であるとの見解を採用

する場合には、上記身分があることによって所有権および委託(信任)関係の侵害の可能性が基礎づ

けられることを理由に本罪を違法身分犯と理解することになる(結論としては、判例と同様となる)。

1-2-5 罪数

1-2-5-1 穴埋め横領

いわゆる穴埋め横領(=横領した金銭の穴を埋めるために自己が占有する金銭を順次充当

する)の場合。

※ このような行為は、実質的には過去の犯行の隠蔽行為に過ぎないものである。

[判例]

穴埋め横領についても一般に委託物横領罪の成立を肯定する(大判昭和 6 年 12 月 17

日刑集 10 巻 789 頁、東京高判昭和 26 年 12 月 27 日高刑判特報 25 号 134 頁、東京高判

昭和 39 年 1 月 21 日高刑集 17 巻 1 号 82 頁など)。

※ ただし、これを限定的に解する裁判例も存在する。福岡高宮崎支判昭和 33 年 5 月 30 日高刑裁

特報 5 巻 6 号 252 頁。

1-2-5-2 横領後の横領

[問] 自己の占有する他人の物について委託物横領罪が成立する場合に、同一物について

さらに不法な処分を行った場合、それについてさらに別途委託物横領罪の成立が認め

られるか?

[判例]

かつてはこのような場合に委託物横領罪が別途成立することはないとしていた(いわゆ

る「不可罰的事後行為」。大判明治 43 年 10 月 25 日刑録 16 輯 1745 頁参照)。

従って、X がその所有する不動産を A に売却の後、移転登記が未了であるのを奇貨と

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~「個人の学習目的での利用」以外の使用禁止~

して、

(i) 当該不動産に、B に対して抵当権を設定し、

(ii) (i)の後に B に所有権移転登記を行った

場合には、X には(i)について委託物横領罪が成立し、その後の(ii)については別途委託物横

領罪は成立しないと解されていた(判例(355)=判例(372))。

しかし、近時になって、A の土地を管理していた X が、

(i) A に無断で当該土地に抵当権を設定し、

(ii) (i)の後に当該土地を第三者 B に売却し所有権移転登記をした

場合について、抵当権設定・登記後もその不動産は他人の物であり、これを受託者が占有

していることに変わりがないから、これを売却・登記した場合には横領罪が成立し、「先行

の抵当権設定行為が存在することは、後行の所有権移転行為について犯罪の成立自体を妨

げる事情にはならないと解するのが相当である」として、判例を変更して X に(ii)につい

て横領罪の成立を認めている(判例(373))。

※ これについては、(i)をむしろ(ii)の共罰的事前行為とするものと解する見解も見られる。また、

旧判例の立場を支持し新判例を批判する見解も存在する。

1-2-5-3 詐欺罪との関係

a. 領得意思による集金

[問] 集金を委託された者が当初より当該金銭を領得する意思で集金した場合の罪責如

何?

[学説]

A. 詐欺罪説(千葉地判昭和 58 年 11 月 11 日判時 1128 号 160 頁)

← 受託者に領得意思がある場合には、具体的な集金権限がないとの考えに基づく。

B. 横領罪説(東京高判昭和 28 年 6 月 12 日高刑集 6 巻 6 号 769 頁)

← 一般的に集金権限がある以上、有効な弁済であるとの考えに基づく。

b. 欺罔による横領

横領のために本人を欺いて委託された物の返還を免れるなどした場合には、委託物横領

罪のみが成立し、詐欺罪は成立しない(大判明治 43 年 2 月 7 日刑録 16 集 175 頁、大判

大正 12 年 3 月 1 日刑集 2 巻 162 頁など)。また、委託物横領罪成立後に横領物を確保す

るために欺罔行為が行われた場合にも、別途詐欺罪は成立しない(大判大正 3 年 5 月 30

日刑録 20 集 1062 頁など)。

物の占有の移転がない以上、1 項詐欺罪の成立の余地はない。

問題は、理論的には物の返還請求権に対する 2 項詐欺罪の成立の余地がある点につい

てであるが、

* 物の返還を免れるために欺罔行為がなされた場合にはその段階で委託物横領罪が

成立し、所有権侵害がすでに処罰の対象となるから、同一の利益に向けられた詐欺

罪は不可罰的事後行為として別途処罰の対象とはならない、

* 委託物横領罪の法定刑が窃盗罪や詐欺罪より軽いのは、その誘惑的要素に基づく

責任減少を考慮したものであり、詐欺罪で処罰することはその趣旨を没却する、

などの理由から、2 項詐欺罪の成立も認められないと解すべき(不可罰的事後行為。従

って、未遂にもならない)。

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2012 年度春学期「刑法 II(各論)」講義資料

1-3 業務上横領罪[253 条]

業務上他人の物を占有する者を主体とする、委託物横領罪の加重類型。

← 他人の物の占有者という身分と同時に、業務者という身分を必要とするので、二重の意

味で身分犯である。

1-3-1 刑の加重の根拠

業務者であることによる責任の加重に求められる。

→ 業務上横領罪は委託物横領罪の責任加重類型ということになる。

※ 学説上、物の保管を業務とする場合に多数人の信頼を害することから、法益侵害の範囲が広いこ

とを理由とする違法加重類型とする見解もあるが、個別の横領行為について見る限り、このような

理解は妥当しないというべきである。

1-3-2 業務の意義

一般には「社会生活上の地位に基づき、反復継続して行われる事務」をいうが、業務上横領

罪との関係では、本罪の性質から、業務とは委託を受けて物を管理(占有・保管)することを

内容とする事務をいうことになる。

具体的には、質屋、倉庫業者、一時預かり業者、銀行やその他の会社・官庁において職務上

金銭を保管する従業員や公務員が業務者にあたる。

※ 会社・団体の役員については、役員であるというだけでは会社・団体の財産について業務上の占有

を有するとはいえない。ただし、代表者についてはこれを肯定する見解がある(大判大正 2 年 11 月 4

日刑録 19 輯 1090 頁はこれを否定する)。

業務の根拠は、法令や契約のほか慣例による場合を含む(大判明治 44 年 10 月 26 日刑録 17

輯 1795 頁、札幌高判昭和 28 年 6 月 9 日高刑判特報 32 号 29 頁)。

本来の業務に付随して物を保管する場合も含まれるが、その場合には本来の業務との間に密

接な関連性があることが要求されるべきである。

遺失物保管業務については、所有者から直接・間接の委託がないことを理由に本罪および委

託物横領罪の成立を否定する見解もあるが、独立した委託(信任)関係があることから本罪の

成立を肯定してよいとする見解もある。

1-3-3 共犯

[問] 業務者でも占有者でもない者(非身分者)が業務上横領罪に関与した場合の罪責如何?

[判例]

判例は、非身分者については 65 条 1 項により業務上横領罪の共犯(共同正犯を含む)が

成立するが、65 条 2 項により委託物横領罪の刑を科すべきであると解している(最判昭和 32

年 11 月 19 日刑集 11 巻 12 号 3073 頁(#))。

[学説]

共犯と身分に関する 65 条の解釈問題《山口刑法 pp. 164-167》について、

A. 65 条 1 項は構成的身分犯・加減的身分犯を通じて身分犯における共犯の成立につい

て規定したものであり、同条 2 項は特に加減的身分犯について刑の個別作用を定め

たものであると解する見解

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~「個人の学習目的での利用」以外の使用禁止~

→ 上記判例の処理を妥当とする。

[批判] 罪名と科刑に分離を認める点で妥当ではない。

B. 非身分者には占有者の身分がないことを理由に、65 条 2 項の適用はなく、同条 1 項

により業務上横領罪の共犯の成立を認めるべきであるとする見解。

[批判] 関与者が占有者であった場合に委託物横領罪の共犯が成立することとの間

で不均衡が生ずるので妥当ではない。

C. 65 条 1 項は構成的身分の連帯作用を、同条 2 項は加減的身分の個別的作用を定めた

ものであると解する見解(大判大正 2 年 3 月 18 日刑録 19 輯 353 頁をはじめとする

判例および学説の多数が採用する見解)

→ 非身分者については 65 条 1 項により委託物横領罪(の共犯)が、身分者につ

いては同条 2 項により業務上横領罪(の共犯)がそれぞれ成立することになる。

※ この立場を採りつつ、委託物横領罪も遺失物等横領罪の加重類型といいうるから、非身

分者には 65 条 2 項により遺失物等横領罪(の共犯)の成立を認めるにとどめるべきだとす

る見解があるが、現在ではほとんど支持されていない。

D. 65 条 1 項を違法身分の連帯性を、同条 2 項を責任身分の個別作用を規定するもので

あるとする見解

→ 占有者たる身分は違法身分、業務者たる身分は責任身分であるから、非身分者

については 65 条 1 項により委託物横領罪(の共犯)が、身分者については同条 2

項により業務上横領罪(の共犯)がそれぞれ成立することになる。

1-4 遺失物等横領罪(占有離脱物横領罪)[254 条]

横領罪の基本類型であり、所有権侵害のみを法益侵害とする犯罪である。

法定刑の低さは、占有侵害という違法性が存在しないことのほか、誘惑的要素が極めて大きい

ことによる責任減少によって説明されている。

[客体]

所有者の占有を離れた物(占有離脱物)

※ 遺失物、漂流物は占有離脱物の例示である。

← (i) 誰の占有にも属さない物(遺失物、漂流物など)のほか、

(ii) 行為者の占有に属するが、その占有が委託に基づかない物(誤って払い過ぎた金

銭、誤配達された郵便物など)

を含む。

他人の物でなければならないから、所有者が所有権を放棄した物、無主物は客体から除外さ

れる。

※ 他人の所有にかかる物と認められれば足り、所有権の帰属が明らかである必要はない(最判昭和 25

年 6 月 27 日刑集 4 巻 6 号 1090 頁)。

[判例]

* ゴルフ場のいわゆるロストボールについては、ゴルフ場の所有に属する(判例(178)。さ

らにゴルフ場管理者の占有に属するので、本罪ではなく窃盗罪の客体となる)。

* 養殖の生け簀から逃げ出した錦鯉については、その回収が困難であるとしても飼養主の所

有に属する(最決昭和 56 年 2 月 20 日刑集 35 巻 1 号 15 頁)。

* 1500 年~ 600 年前の古墳内の埋蔵物については、所有者不明の「他人の物」に該当する

Page 9: 【第 11 回】横領および背任の罪(その 2fukao/lecons/12-1-DPS/resume11.pdf2012 年7 月4 日 【第11 回】横領および背任の罪(その2) 1 横領罪(・続き)

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2012 年度春学期「刑法 II(各論)」講義資料

(大判昭和 8 年 3 月 9 日刑集 12 巻 232 頁。ただし、これを疑問とする見解もある)。

[他罪との関係]

横領した遺失物等を毀棄しても、器物損壊罪(261 条)は成立しない(不可罰的事後行為)。

※ 包括一罪(共罰的事後行為)として器物損壊罪の成立を認める見解があるが、本罪の法定刑が軽く

なっている趣旨を没却するので妥当でない。

同様の趣旨から、拾得した乗車券の払戻を受けた事案について、詐欺罪の成立を否定した下

級審裁判例が存在する(東京地判昭和 36 年 6 月 14 日判時 268 号 32 頁、浦和地判昭和 37 年 9

月 24 日下刑集 4 巻 9=10 号 879 頁)。

※ ただし、この場合には異なる被害者に対する新たな法益侵害があるとして、詐欺罪の成立を肯定す

る見解も存在する。

《参考文献》

1-2 全般について

* 山口厚「横領罪の基本問題」『問題探究 刑法各論』pp. 176-191(再掲)

1-2-3-2 全般について

* 佐久間修「横領罪における不法領得の意思」『刑法の争点』pp. 204-205

1-2-3-2-2 について

* 判例(366)について: 山口厚『基本判例に学ぶ刑法各論』pp. 161-163

1-2-3-2-4 について

* 判例(364)について: 山口厚『基本判例に学ぶ刑法各論』pp. 163-164

1-2-3-2-6 について

* 判例(370)について: 山口厚『基本判例に学ぶ刑法各論』pp. 165-166

* 林幹人「業務上横領罪における不法領得の意思」『判例刑法』pp. 365-372(検討の素材は判例(371))

1-2-5-2 について

* 林幹人「横領物の横領」『判例刑法』pp. 229-243(検討の素材は判例(373))

1-3-3 について

* 最判昭和 32 年 11 月 19 日刑集 11 巻 12 号 3073 頁(同項目の(#)

印)について:

山口厚『基本判例に学ぶ刑法各論』pp. 168-170

《『刑法各論の思考方法[第 3 版]』参照箇所》

1-2-3 について: 第 16 講のうち、特に pp. 263-267 の部分

1-2-5-2 について: 第 17 講のうち、特に pp. 275-278 の部分