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─ 109 ─ 卵巣に未分化胚細胞腫が発生した犬の 2 川上  正 1川上 志保 1伊藤 大輔 1垰  和明 2堀 由布子 2(受付:平成 26 12 25 日) Two cases of canine ovarian tumors dysgerminomaTADASHI KAWAKAMI 1, SHIHO KAWAKAMI 1, DAISUKE ITO 1, KAZUAKI TAO 2and YUKO HORI 21Kawakami Animal Hospital, 6-1-20, Tyuo, Yasuura, Kure 737-2516 2Tao Animal Hospital, 4-10-20, Nagatsuka, Asaminami, Hirosima 731-0135 SUMMARY Different cases of treatment in two dogs of ovarian tumor was obtained. One patient died shortly after surgery, another example to respond well to chemotherapy after tumor excision, was possible long-term survival. ── Key words: ovarian tumor, dog, carboplatin 要   約 卵巣に未分化胚細胞腫が発生した犬 2 頭に遭遇し,異なった治療経過が得られた.1 例は 子宮からの持続的な出血に起因する全身状態の悪化が原因で手術直後に死亡したが,もう 1 例は腫瘍摘出後の化学療法に良好に反応し,長期生存が可能であった. ──キーワード:卵巣腫瘍,犬,カルボプラチン 1)かわかみ動物病院(〒 737-2516 呉市安浦町中央 6 丁目 1-20) 2)たお動物病院(〒 731-0135 広島市安佐南区長束 4 丁目 10-12) 症例報告

症例報告 卵巣に未分化胚細胞腫が発生した犬の 2 例109 卵巣に未分化胚細胞腫が発生した犬の2 例 川上 1 正) 川上 志保1 ) 伊藤 大輔1)

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─109─

卵巣に未分化胚細胞腫が発生した犬の 2例

川上  正 1) 川上 志保 1) 伊藤 大輔 1) 垰  和明 2) 堀 由布子 2)

(受付:平成 26年 12月 25日)

Two cases of canine ovarian tumors (dysgerminoma)

TADASHI KAWAKAMI1), SHIHO KAWAKAMI 1), DAISUKE ITO1), KAZUAKI TAO2) and YUKO HORI2)

1)Kawakami Animal Hospital, 6-1-20, Tyuo, Yasuura, Kure 737-2516

2)Tao Animal Hospital, 4-10-20, Nagatsuka, Asaminami, Hirosima 731-0135

SUMMARY

Different cases of treatment in two dogs of ovarian tumor was obtained. One patient

died shortly after surgery, another example to respond well to chemotherapy after tumor

excision, was possible long-term survival.

── Key words: ovarian tumor, dog, carboplatin

要   約

 卵巣に未分化胚細胞腫が発生した犬 2頭に遭遇し,異なった治療経過が得られた.1例は子宮からの持続的な出血に起因する全身状態の悪化が原因で手術直後に死亡したが,もう 1

例は腫瘍摘出後の化学療法に良好に反応し,長期生存が可能であった.

──キーワード:卵巣腫瘍,犬,カルボプラチン

1)かわかみ動物病院(〒 737-2516 呉市安浦町中央 6丁目 1-20)2)たお動物病院(〒 731-0135 広島市安佐南区長束 4丁目 10-12)

症例報告

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広島県獣医学会雑誌 № 30(2015)

序   文

 犬の卵巣腫瘍は避妊手術による卵巣・子宮摘出手術の普及の影響もあり,犬の腫瘍全体の 0.5〜 1.2%と稀な疾患である 1).卵巣腫瘍は上皮細胞腫瘍,性索間質細胞腫瘍,胚細胞腫瘍の 3つのカテゴリーに分類されるが,今回の 2症例が分類される未分化胚細胞腫の属する胚細胞腫瘍は,卵巣腫瘍全体のさらに 6〜 12%と特に稀な腫瘍である.今回,我々は未分化胚細胞腫の 2症例に遭遇し,異なった治療結果が得られたので報告する.

症   例

 症例 1:シーズー 未避妊メス.12歳.体重 6.1kg.陰部からの出血を主訴に来院した(写真 1).エコー検査で左腎頭側に直径約 1cmの低エコー性の腫瘤を確認(写真 2).子宮内には液体貯留は確認できなかった.血尿および陰部からの出血が認められ,臨床症状より子宮からの出血が主病変だと判断し,子宮および卵巣の摘出手術を提示したが,オーナーの同意が得られず対症療法のみ行った.一時的に全身状態が改善したが,その後貧血の進行とともに全身状態が悪化し

た.第 11病日,オーナーの同意が得られた為,輸血を実施し貧血を改善したのち(HCT18.3%→ 32.3%)子宮卵巣摘出手術を実施した.卵巣は左右とも腫瘤を形成し,子宮は赤黒く変色していた(写真 3).術後,抜管は速やかにできたが,意識が戻らず抜管後 2時間で斃死した.術後の病理検査結果は,左卵巣は腫瘍性病変なし,右卵巣は未分化胚細胞腫,子宮は未分化胚細胞腫の転移であった.

 症例 2:柴 未避妊メス.11歳,9.3kg(写真 4).他院にて腹腔内の腫瘤が確認された.オーナーが自宅に近い病院での手術を希望したため紹介来院した.臨床症状は無く,エコー検査にて左上腹部に拳大の腫瘤(写真 5),子宮と思われる液体の貯留した低エコー病変を確認した,また,膀胱の頭側に大血管を巻き込んだ拳大の腫瘤も確認した(写真 6).オーナーの同意が得られたため,同日手術を行った.目視にて左卵巣に拳大の腫瘤が確認された.子宮は液体が貯留し拡張していたため,子宮卵巣全摘出を実施した(写真 7).また,下腹部に拳大の腫瘤を確認したが,後大静脈を巻き込んでいたため摘出不可能と判断し針生検のみ実施し閉腹した(写真 8).術後の病理検査結果は,左卵巣の腫瘤は未分化胚細胞腫,腰下リンパ節であると

写真 1 症例 1 陰部からの出血の写真

写真 2 症例 1 左腎臓頭側の低エコー性の腫瘤

写真 3 症例 1 摘出した子宮と卵巣

写真 4 症例 2 外貌

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広島県獣医学会雑誌 № 30(2015)

考えられる下腹部の腫瘤は,未分化胚細胞腫のリンパ節への転移であった.右卵巣および子宮への転移はなく,子宮に貯留した液体は細菌培養検査の結果,好気・嫌気培養ともに陰性であった.リンパ節への転移があることから化学療法の実施が必要と考えられた.卵巣腫瘍の転移に対する治療の報告はあまりないが,シスプラチンの腹腔内投与により長期寛解が得られたとの報告 2)があるため,同じ白金製剤であるカルボプラチンによる化学療法を実施することとした.第 14

病日よりカルボプラチンを用いた化学療法を開始した.副作用は極力出さないようにというオーナーの希望があり,カルボプラチンの容量は 100㎎ /㎡を 21日毎に投与するところからスタートした.化学療法実施後,肝酵素の軽度上昇が認められたため,ウルソデオキシコール酸を追加投与した.100㎎ /㎡では腰下リンパ節の縮小が認められなかったためピロキシカム(0.3㎎ /kg 3日に一回)の併用を行った.それでも縮小が認められなかったため 150㎎ /㎡まで増量したと

写真 5 症例 2 左卵巣と思われる腫瘤

写真 6 症例 2 膀胱頭側の血管を巻き込んだ腫瘤

写真 7 症例 2 開腹所見 腫大した左卵巣と子宮

写真 8 症例 2 膀胱の背側の腰下リンパ節と思われる腫瘤

写真 9 症例 2 腰下リンパが腫大し直腸を腹側に圧迫している

写真 10 症例 2 カルボプラチンの投与により腰下リンパが縮小し直腸のラインが正常化している

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広島県獣医学会雑誌 № 30(2015)

ころ,明らかな腰下リンパ節の縮小が認められた(写真 9・10).その後,レントゲン上で腰下リンパ節の腫大が認められた場合あるいは,通過障害による排便障害の症状が出るたびにカルボプラチンを増量し,現在は 300㎎ /㎡まで増量している.13か月経過した現在も腰下リンパ節の腫大はあるが良好な全身状態を保っている.

考   察

 今回,卵巣の未分化胚細胞腫の 2症例に遭遇しそれぞれ異なった治療結果が得られた.症例 1に関しては,肉眼的には小さな卵巣の腫瘤であったが病理検査では悪性と診断され,子宮への転移はびまん性でありエコー検査では,異常が検出されなかったが激しい出血も見られた.早期の手術が必要であったがオーナーの同意が得られず,手術のタイミングを逸したため手術前にはすでに DICを起こしていたと考えられ,手術直後に斃死するという悔やまれる結果となった.症例 2に関しては,卵巣及びリンパ節に大きな腫瘤があったが全身状態は良好であり,臨床症状もなかった.腫瘍摘出後はリンパ節への転移は認められているものの,化学療法により腫瘍の増殖は抑えられていると考えられる.症例 2では臨床症状が発現する前に診断ができていて,かつ良好な全身状態で手術に望めたことが症例 1と異なった経過が得られた要因であると考えられた.子宮蓄膿症を始めとする子宮・卵巣疾患は臨床現場では数多く遭遇するが,症例 1のように卵巣の腫瘤が小さくても悪性腫瘍の可能性を考え,積極的に病理検査を実施していく必要性を感じた.また,卵巣腫瘍は症例 2のように化学療法に良好な反応を示す症例も存在することから,診断後は積極的に化学療法を実施すべきと考えられた.

参考文献

1) Bertazzolo, W.D., Orco, M., Bonfanti, U., et al.: Cytological features of canine ovarian tumours: a retrospective study of 19 cases. J Small Anim, 45(11), 539-545(2004)

2) Grerory, K. O. and Antony, M.:犬の腫瘍(日本語版),第一版 490-491,インターズー(2008)