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7 1-1 日本のモノづくりの変遷と現状の課題 (1)モノづくりのシステム モノづくりとは、一定レベル以上の品質のものを安定的に作り出すことであ る。品質と価格、機能、デザインが顧客の要件を満足するものであるかそれ以 上であれば、売買が成立して利益が得られる。この視点で見ると、品質の高い ものを効率的に生産するシステムを作り上げることがまず重要であることが分 かる。 このモノづくりシステムについては、日本では明治維新以前にもたくさんの 事例が存在する。たとえば、桃山時代以降に中国やオランダの商人により、海 外へも輸出された漆器(陶磁器が China と呼ばれたように、漆器は Japan と 呼ばれた。これは 17、18 世紀頃からヨーロッパで日本の漆器が高く評価され たことに由来する)の開発・生産工程にも見られる。木地師・塗師・蒔絵師・ 青貝師らによる分業制で、伝統技術の伝承と品質向上・効率化が図られていた。 全体を統率するリーダーのもと、各専門の職人はそれぞれの工程で必要となる 原材料を調達する仕組みや、各工程の生産物を流していく物流の仕組みを持ち 活動していた。現代の産業から見ると、その量や複雑さは比べようがないが、 ある程度のレベル以上の産業では、必ず作られていた仕組みである。 (2)生産管理と人材育成 20 世紀になると、購買層の広がりから市場規模が大きく拡大し、産業革命 後の技術発展のもとマス工業化の時代となった。 T 型フォードで有名な自動車メーカのフォードは、ベルトコンベアを利用し 1 章 設計現場力を見える化す る必要性

第1章 設計現場力を見える化す る必要性 · 第1章 設計現場力を見える化する必要性 技術を高機能部品化して利益を生み出すなど、ビジネスモデルまで考慮した開

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1-1 日本のモノづくりの変遷と現状の課題

(1)モノづくりのシステム

 モノづくりとは、一定レベル以上の品質のものを安定的に作り出すことであ

る。品質と価格、機能、デザインが顧客の要件を満足するものであるかそれ以

上であれば、売買が成立して利益が得られる。この視点で見ると、品質の高い

ものを効率的に生産するシステムを作り上げることがまず重要であることが分

かる。

 このモノづくりシステムについては、日本では明治維新以前にもたくさんの

事例が存在する。たとえば、桃山時代以降に中国やオランダの商人により、海

外へも輸出された漆器(陶磁器が China と呼ばれたように、漆器は Japan と

呼ばれた。これは 17、18 世紀頃からヨーロッパで日本の漆器が高く評価され

たことに由来する)の開発・生産工程にも見られる。木地師・塗師・蒔絵師・

青貝師らによる分業制で、伝統技術の伝承と品質向上・効率化が図られていた。

全体を統率するリーダーのもと、各専門の職人はそれぞれの工程で必要となる

原材料を調達する仕組みや、各工程の生産物を流していく物流の仕組みを持ち

活動していた。現代の産業から見ると、その量や複雑さは比べようがないが、

ある程度のレベル以上の産業では、必ず作られていた仕組みである。

(2)生産管理と人材育成

 20 世紀になると、購買層の広がりから市場規模が大きく拡大し、産業革命

後の技術発展のもとマス工業化の時代となった。

 T型フォードで有名な自動車メーカのフォードは、ベルトコンベアを利用し

第 1章  設計現場力を見える化する必要性

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第 1章 設計現場力を見える化する必要性

だけで、世界の 40 %以上を占める)へと広がった。この市場拡大のテンポは

今までの想定をはるかに越えており、メガ工業化の時代に突入したといえる。

 一方、インターネットを通した製品情報の共有化は、光るセールスポイント

を持つ場合、類似製品を排除して、勝者一人勝ちになり、光るものがない場合、

コストパフォーマンスを求めた価格競争に陥ることとなった。価格競争を避け

ようとすると、すぐに新機能を追加開発し、短期間に新製品を出荷していかな

ければならない。このため製品のライフサイクルは予想以上に短期化する。こ

れは生産管理や生産工程における品質向上・コスト削減への対処や、コンカレ

ント開発・フロントローディングによる開発期間短縮とは異質のマネジメント

問題の提起であった。

 グローバルな製品情報共有は、計画的・段階的な製品開発・生産・販売を難

しくし、開発・生産の柔軟性が限界になると事業継続も困難になる。また、ひ

とたび問題のある製品が市場に出た場合、その数量に比例し、回収・修理作業

にかかる費用は莫大になるのみならず、企業としての評判も大きく損なってし

まう。このため、競争を避ける目的で、特定顧客のみにターゲットを絞り、特

定数量の販売に限定し利益確保を図る対応も出てきた。

(5)増大する製品仕様

 また、製品の持つ機能以外にも求められる仕様も増加している。たとえば、

環境(エコ)対応や「安心・安全」、ユニバーサルデザインなどへの対応である。

今では環境対応は、省エネルギー“機能”として、重要な製品仕様の一つとな

り、顧客の購買関心度としても高い。環境対応のもう一面としては、リサイク

ルのため効率的な解体対応や有害物質の除去に代表される地球に優しい環境対

応もある。

 安全は、誤操作した場合でも問題を起こさない対応であり、安心は、万一想

定外の異常が発生しても、それを自動的に察知して、人体に危害を与えること

のない製品を設計することである。ユニバーサルデザインは、文化・言語・国

籍の違い、老若男女といった差異、障害・能力の如何を問わずに利用すること

ができる設計といった考え方である。

たライン生産方式などを採用し、月産数百、数万を超える量を安定した品質で

計画的に出荷・販売して、大規模な製造業の代名詞となった。この大量生産を

うまく動かすためには、ものを作るための材料・作業員・作業場所をタイミン

グよく管理する仕組みや手法が必要となり、生産管理などが登場してきた。た

だし、企業競争力の観点で見ると、品質の高いものを、計画数量生産すると同

時に、日々改善作業を実施し、より効率的に・より品質の高いものを目指さな

ければならない。このためには、仕組み・手法だけでなく、現場の技術者・作

業者の人材育成が重要なポイントになる。

(3)開発工程上流の取り組み

 次に製品がより付加価値の高い技術や知識集約型での競争に変化してくると、

モノづくり力は開発工程上流での競争力へと変わっていった。つまり、開発期

間を極端に短くし、他社より早く付加価値を実現して市場投入することが求め

られたのである。開発期間短縮に対し、この 20 年でいろいろな対応が行われ

てきた。たとえば、従来は開発工程において、上流工程作業の終了を受けて、

次工程作業を開始していた。しかし、これを複数の作業グループが、お互いの

役割やインターフェースを定め、同時並行的に作業を行うコンカレント開発へ

変革していった。また、下流工程で、試作機などを用いて実施していた機能・

性能検証を、より上流工程でシミュレーション技術などを用いて実施し、大幅

な期間短縮や手戻り防止を行うフロントローディングも実施された。 

 コンカレント開発やフロントローディングを強力に実現するためには、3次

元 CAD/CAE や設計情報管理などの IT を用いた支援ツールが大きな役割を

担っている。また、同時並行作業ができるようにするためには、製品のアーキ

テクチャの変更や重要なサプライヤを巻き込み、その技術力を自社の設計工程

へ取り込むなど、設計プロセスの見直しが必要とされてきている。

(4)製品ライフサイクルの極小化

 20 世紀後半から 21 世紀の始まりでは、インターネットが世界を結びつけ、

最新製品情報が一瞬に共有できる状況が現出した。また、新製品を大量消費す

る国々が欧米日だけでなく、BRICs(ブラジル・ロシア・インド・中国:人口

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第 1章 設計現場力を見える化する必要性

技術を高機能部品化して利益を生み出すなど、ビジネスモデルまで考慮した開

発が求められている。

(7)市場・技術の変化に対応する「モノづくり力」の構築

 現在、製品およびその機能は、複雑になっている。またその複雑な構成や機

能の実現手法に登場する技術・手法やツールは盛りだくさんである。現場に入

ってきた新人技術者が、業務の流れや知識を理解しながら、この技術・手法・

ツールを勉強するには負荷が大き過ぎる。たとえば、3次元 CADの機能を習

得し使い切るだけでも、相当な学習時間が必要である。逆に、中途半端な使い

方をしていると、業務の効率は落ちてしまう(そして、いつの間にか 3 次元

CADがだめだの議論になっていく)。また、技術や手法の教育にも時間がかか

る。この技術・手法・ツールの習得に投資する(人材を育成する)という考え

方が必要と思える(新人への教育と同時に、ベテランへの最新技術や手法の教

育も重要)。この投資は、事業継続の重要ポイントである。と同時に、これら

技術や手法・ツールを支援し、新しい技術を育てていくチームも必要である。

 エレクトロニクス産業は、対象となる製品の種類が多く、また、技術の発展

とともにその製品は大きく変化する。たとえば、テレビもブラウン管から壁掛

けまで、形状やその仕組みを含め大きく変わった。電話は、今の機能満載の携

帯電話に至るまで、大きくその様相を変えた。コンピュータもネットワークと

ともに短期間に変わったし、これからも大きく変化するであろう。そして、各

製品は、ユーザである我々のライフスタイルも大きく変えた。携帯電話やイン

ターネットのない世界を想像できない若者も多いと思う。これらの製品は、変

化させる力を持っていると同時に、ライフスタイルの変化とともに、製品寿命

も尽きていく可能性を持っている。今後も次々と新しい技術と利用スタイルに

新しい提案がなされ、その中の一部は、市場に受け入れられ大きなビジネスに

展開していくだろうが、今ビックビジネスになっているものが、次の 10 年で

消えてしまうことも当然起こりうることである。

 このような市場動向や技術動向の大きな変化を想定に置き、事業体としての

コアコンピタンスを磨くことが 21 世紀を生き抜くポイントとなる。技術、ス

 つまり、製品は拡大する必要機能を装備した上で、このような社会性の観点

からのさまざまな仕様を装備することが必須となっており、設計者・開発技術

者への負荷は拡大している。

(6)勝敗を握る国際標準の提案力と新たなビジネスモデル

 一方、種々の媒体で活用されるコンテンツの共有化を図るために、基幹部

品・基幹モジュールでの国際標準のインターフェース規格づくりが、活発に展

開されている。エレクトロニクス市場は、グローバルスタンダードに従った製

品でないと世界市場への参入は難しい。また、ネットを中心に、世界中の企業

が開発する製品がつながるための規格や、利用者が間違えないように安心して

利用できる操作レベルでの規格も重要な開発上の問題といえる。

 これらの規格の策定は、人手がかかり直接的な売り上げが見込めるわけでも

ないため、一事業体の対応では限界がある。このため、以前から国家戦略とし

て活動している国々もある。ただ、現場の設計者や技術者は、常にこのグロー

バルスタンダードを意識しなければならない。日本国内では問題のないことで

も、グローバルに認められないと、それを活用した商品の市場参入はかなわな

い。したがって前述したように、常に自社の優位性を保つためには、グローバ

ルに規格を提案することを目指さなければならない。

 また、この規格に準拠すると同時に、複雑な機能までも組み込んだ高機能部

品が、グローバルにコモディテイ化している。逆に、この部品を中心に、複数

の部品を組み合わせるだけで、グローバルスタンダードを持つ完成品を、世界

中のどのメーカでも作れる環境が作り出された。これらの完成品メーカをキャ

ッチアップ型メーカと呼んでいるが、労働集約型で安価に大量生産し、製品価

格を大幅に落としてくる。その結果、キャッチアップ型メーカに高機能部品を

供給するメーカは、世界市場から利益を吸収することとなった。

 反面、コスト以外の差別化要素を持たない完成品メーカは、キャッチアップ

型企業の参入による製品価格の下落で、市場から撤退せざるを得ない状況にな

る。このような傾向は今後も続くと考えられることから、完成品メーカと言え

ども、常に完成品としての製品開発を行うだけでなく、早い時期に自社の独自

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キル、そして組織としてのモノづくり力を、他社にまねのできないものに変革

していかなければならない。

 一時世界を席捲した日本のエレクトロニクス産業の底力はまだまだ大きい。

世界を見たとき、アニメやマンガだけでなく、寿司を初めとした和食文化やフ

ァッション・映画そして、スポーツの分野でも、日本の若い世代が堂々と世界

で活躍している。エレクトロニクスの分野は、スピードの大変速い分野である。

日本の各メーカがまた世界の上位を占めるためにも、モノづくり現場を革新し、

事業継続できるモノづくり力を作り上げる必要がある。

1-2 求められる設計プロセス改善・改革

(1)設計プロセス改善の実情

 設計部門は、業績のよいときには次々に新製品を世に送り出すために、また

業績の悪いときにはコストダウンモデルの開発と、常に多忙な状態にあるのが

実情である。そのような中にあっても、問題意識の高い多くの設計者は仕事の

やり方に疑問を持ち、何とかもっと楽に(工数をかけずに)よい品質の製品が

設計できないものかと悩んでいる。しかし、それを具体的に解決へと導く組織

的活動に発展させることは難しい場合が多い。

 現状を打開するため何らかのアクションを起こさなければならないが、本来

トップダウンで進めるべき改革も、設計業務をあまり理解していない経営層は、

常時休日出勤と残業に明け暮れている設計者に対して、さらなる負荷を強いる

ことは難しいと考える。また、設計部門においても、

 ①どんな切り口で設計プロセスの善し悪しを見ればいいか分からない。

 ②問題(弱み)を皆同じように認識できているかどうか分からない。

 ③それぞれの問題の大きさを、皆同じように感じているかどうか分からない。

 ④問題に対する真の原因について、皆同じような心当たりがあるかどうか分

からない。

 ⑤解決に向けて、まず何から取り組むべきか分からない。