21
26 本節では、我が国養殖業の中で主な養殖種類における経営の実態を分析するとともに、養 殖技術の現状と課題について記述します。 (1)養殖業の経営 (養殖水産物の価格動向の特徴) 養殖による生産が約6割を占めるブリ類について過去10年間の生産量と単価の動向をみる と、養殖ブリは生産量が増加すると単価が下落する傾向にあります。また天然ブリの生産量 は増加傾向にありますが単価は一貫して下落傾向にあります。特に平成元(1989)年以降、 養殖ブリの年平均単価が天然ブリを大きく上回る状態が続いています。この価格差は、安定 した仕入れができる養殖ブリは主に刺身用商材として扱われ、仕入れが不安定な天然ブリは 主に加熱用商材として扱われてきたほか、天然ブリには水分が多いため商品価値が劣る小型 魚の割合が大きいこと等によるものと考えられます。このため、近年まで養殖ブリと天然ブ リは独立した値動きを示し、天然ブリの豊漁は天然ブリの単価に対してのみ影響しています (図Ⅰ−2−1、図Ⅰ−2−2)。 養殖による生産が8割前後を占めるマダイについて過去10年間の生産量と単価の動向をみ ると、養殖マダイは養殖ブリと同様に生産量が増加すると単価が下落する傾向にあります。 一方、天然マダイの生産量は横ばい傾向にあるものの、単価は一貫して下落傾向にあります。 その結果、かつては養殖マダイの倍の単価であった天然マダイの単価は、近年では養殖マダ イと差が無くなっています。これは、養殖マダイと天然マダイの市場が重なっており、安価 で供給量が多い養殖マダイが価格の基準となったためと考えられます。 養殖による生産がほぼ100%を占めるホタテガイ *1 、カキ類及びノリ類では、養殖による ものの価格動向が全体の価格動向を決めています。ホタテガイ及びカキ類について生産量と 単価の動向をみると、近年では生産量の増減にかかわらず100円/㎏台で安定的に推移して います。これは、近年ではどちらも冷凍品等への加工向けが増え、保存が可能となったため と考えられます。一方、ノリ類では生産量が減少傾向にあるものの、単価も同様に下落する 傾向を示しています。これは、全般にノリ需要が高級ノリを中心に減少しているためと考え られます。 第2節 養殖生産をめぐる課題 *1 オホーツク海沿岸等における地まき式によるホタテガイ生産を含む。 ブリ類 マダイ 0 100 80 60 40 20 〈生産量(万トン)〉 ブリ類 マダイ 0 100 80 60 40 20 資料:農林水産省「漁業・養殖業生産統計」 〈生産額(億円)〉 図Ⅰ-2-1 ブリ類・マダイ生産量・額に占める天然・養殖の割合 (平成24(2012)年) 養殖 16.0 天然 10.3 61% 81% 79% 80% 天然 1.5 養殖 1,071.2 天然 245.6 天然 122.0 養殖 482.1 養殖 5.7

第2節 養殖生産をめぐる課題 - maff.go.jp第1部 第Ⅰ章 本節では、我が国養殖業の中で主な養殖種類における経営の実態を分析するとともに、養

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26

第1部

第Ⅰ章

 本節では、我が国養殖業の中で主な養殖種類における経営の実態を分析するとともに、養殖技術の現状と課題について記述します。

(1)養殖業の経営

(養殖水産物の価格動向の特徴) 養殖による生産が約6割を占めるブリ類について過去10年間の生産量と単価の動向をみると、養殖ブリは生産量が増加すると単価が下落する傾向にあります。また天然ブリの生産量は増加傾向にありますが単価は一貫して下落傾向にあります。特に平成元(1989)年以降、養殖ブリの年平均単価が天然ブリを大きく上回る状態が続いています。この価格差は、安定した仕入れができる養殖ブリは主に刺身用商材として扱われ、仕入れが不安定な天然ブリは主に加熱用商材として扱われてきたほか、天然ブリには水分が多いため商品価値が劣る小型魚の割合が大きいこと等によるものと考えられます。このため、近年まで養殖ブリと天然ブリは独立した値動きを示し、天然ブリの豊漁は天然ブリの単価に対してのみ影響しています

(図Ⅰ−2−1、図Ⅰ−2−2)。 養殖による生産が8割前後を占めるマダイについて過去10年間の生産量と単価の動向をみると、養殖マダイは養殖ブリと同様に生産量が増加すると単価が下落する傾向にあります。一方、天然マダイの生産量は横ばい傾向にあるものの、単価は一貫して下落傾向にあります。その結果、かつては養殖マダイの倍の単価であった天然マダイの単価は、近年では養殖マダイと差が無くなっています。これは、養殖マダイと天然マダイの市場が重なっており、安価で供給量が多い養殖マダイが価格の基準となったためと考えられます。 養殖による生産がほぼ100%を占めるホタテガイ*1、カキ類及びノリ類では、養殖によるものの価格動向が全体の価格動向を決めています。ホタテガイ及びカキ類について生産量と単価の動向をみると、近年では生産量の増減にかかわらず100円/㎏台で安定的に推移しています。これは、近年ではどちらも冷凍品等への加工向けが増え、保存が可能となったためと考えられます。一方、ノリ類では生産量が減少傾向にあるものの、単価も同様に下落する傾向を示しています。これは、全般にノリ需要が高級ノリを中心に減少しているためと考えられます。

第2節 養殖生産をめぐる課題

*1 オホーツク海沿岸等における地まき式によるホタテガイ生産を含む。

ブリ類

マダイ

0 10080604020

〈生産量(万トン)〉

ブリ類

マダイ

0 10080604020%

資料:農林水産省「漁業・養殖業生産統計」

〈生産額(億円)〉

図Ⅰ-2-1 ブリ類・マダイ生産量・額に占める天然・養殖の割合(平成24(2012)年)

養殖16.0

天然10.3

61% 81%

79% 80%

天然1.5

養殖1,071.2

天然245.6

天然122.0

養殖482.1

養殖5.7

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第2節 養殖生産をめぐる課題

第1部

第Ⅰ章

(養殖対象種ごとに異なる養殖業の経営状況) 魚類養殖と貝類・藻類養殖ではえさ代の有無等により経営の状況が大きく異なります。さらに、貝類・藻類養殖においても、ノリ養殖で使われるノリ乾燥機のように高額な機械が必要なものや、カキ養殖のように殻を外す作業の人件費がかかるなど、養殖対象種によって経営状況が異なります。 ここでは、代表的な業種として、魚類養殖業ではブリ類養殖業及びマダイ養殖業、貝類養殖業ではホタテガイ養殖業(垂下式)、藻類養殖業ではノリ類養殖業について、それぞれ経営状況をみていきます。

(ブリ類養殖業の経営状況とコスト構造) ブリ類養殖業(個人経営体)は平成20(2008)年以降赤字経営が続いており、平成24(2012)年の漁労所得は671万円の赤字となっています(表Ⅰ−2−1)。会社経営体は各年の差が大

180160140120100806040200昭和35(1960)

千トン1,200

1,000

800

600

400

200

0

円/kg

39(1964)

43(1968)

47(1972)

51(1976)

55(1980)

59(1984)

63(1988)

平成4(1992)

8(1996)

12(2000)

16(2004)

20(2008)

24(2012)年

資料:農林水産省「漁業・養殖業生産統計」に基づき水産庁で作成注:平成23(2011)年調査は岩手県、宮城県、福島県の一部を除く結果である。

図Ⅰ-2-2 ブリ類、マダイ、ホタテガイ、カキ類、ノリ類の単価と生産量の推移

〈ブリ類〉1009080706050403020100昭和35(1960)

千トン2,500

2,000

1,500

1,000

500

0

円/kg

39(1964)

43(1968)

47(1972)

51(1976)

55(1980)

59(1984)

63(1988)

平成4(1992)

8(1996)

12(2000)

16(2004)

20(2008)

24(2012)年

〈マダイ〉

7006005004003002001000昭和35(1960)

千トン1,8001,6001,4001,2001,0008006004002000

円/kg

39(1964)

43(1968)

47(1972)

51(1976)

55(1980)

59(1984)

63(1988)

平成4(1992)

8(1996)

12(2000)

16(2004)

20(2008)

24(2012)年

〈ホタテガイ〉300

250

200

150

100

50

0昭和35(1960)

千トン1,8001,6001,4001,2001,0008006004002000

円/kg

39(1964)

43(1968)

47(1972)

51(1976)

55(1980)

59(1984)

63(1988)

平成4(1992)

8(1996)

12(2000)

16(2004)

20(2008)

24(2012)年

〈カキ類〉

600

500

400

300

200

100

0昭和35(1960)

千トン500

400

300

200

100

0

円/kg

39(1964)

43(1968)

47(1972)

51(1976)

55(1980)

59(1984)

63(1988)

平成4(1992)

8(1996)

12(2000)

16(2004)

20(2008)

24(2012)年

〈ノリ類〉

生産量(養殖)

生産量

生産量(養殖)

単価(天然)

生産量(天然)

生産量(天然)

単価

生産量

単価(天然)

単価

生産量

単価

単価(養殖)

単価(養殖)

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第1部

第Ⅰ章

きいものの、平成24(2012)年度は2,342万円の赤字となっています。 魚類養殖業は種苗に餌を与え、成長させて高く売ることを目的とした産業です。このためブリ類養殖業の経営はコスト(漁労支出)に占めるえさ代及び種苗代の割合が大きく、個人経営体では概ね8割、会社経営体でも7割以上を占める状況が続いています。さらに、えさ代及び種苗代がコストに占める割合が最も低かった平成21(2009)年(度)と最も高かった平成24(2012)年(度)を比べると、個人経営体で11ポイント、会社経営体で20ポイント上昇しており、特にえさ代の上昇が経営を圧迫している状況にあります。漁労収入に対するえさ代の割合も最近数年は上昇傾向にあり、これらの価格上昇分が販売価格に反映できていない状況にあります。

表Ⅰ-2-1 ブリ類養殖業の経営状況の推移

(単位:千円)

漁労利益(a)-(b)

漁労売上高(a)

漁労支出(b)

製品製造原価合計

うちえさ代

うち種苗代

えさ代・種苗代/漁労支出

えさ代/漁労売上高

資料:農林水産省「漁業経営調査報告」注:1) ブリ類養殖業を主として営んだ経営体の収支を表示した。2)「漁労支出」とは、「漁労売上原価」と「漁労販売費及び一般管理費」の合計値である。

資料:農林水産省「漁業経営調査報告」注:ブリ類養殖業を主として営んだ養殖業経営体について、当該養殖業種に関する収支のみを表示した。

〈会社経営体〉

平成18(2006)年度 2,245 225,152 62% 222,907 204,559 138,880 29,624 76%  19(2007) △ 8,467 242,482 67% 250,949 229,410 162,699 26,183 75%  20(2008) △ 22,367 229,963 69% 252,330 226,958 157,765 28,394 74%  21(2009) △ 5,126 208,493 59% 213,619 196,934 123,046 31,300 72%  22(2010) 2,102 314,348 65% 312,246 284,371 205,355 23,630 73%  23(2011) 1,254 297,673 71% 296,419 293,980 210,857 27,848 81%  24(2012) △ 23,422 263,499 89% 286,921 317,286 234,055 29,177 92%   平  均 △ 7,683 254,516 69% 262,199 250,500 176,094 28,022 78%

(単位:千円)

漁労所得(a)-(b)

漁労収入(a)

漁労支出(b) うち

えさ代うち種苗代

えさ代・種苗代/漁労支出

えさ代/漁労収入

〈個人経営体〉

平成18(2006)年 5,776 86,399 62% 80,623 53,248 14,300 84%  19(2007) 1,658 85,457 62% 83,799 53,336 16,595 83%  20(2008) △ 10,165 89,348 68% 99,513 60,389 19,491 80%  21(2009) △ 3,050 76,832 59% 79,882 45,276 14,887 75%  22(2010) △ 868 72,253 64% 73,121 46,482 15,544 85%  23(2011) △ 1,061 87,568 65% 88,629 56,835 16,632 83%  24(2012) △ 6,711 71,987 73% 78,698 52,620 14,922 86%   平  均 △ 2,060 81,406 65% 83,466 52,598 16,053 82%

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第2節 養殖生産をめぐる課題

第1部

第Ⅰ章

 中央卸売市場における養殖ブリの入荷量及び単価の状況をみると、全体としては入荷量が減少する夏に単価が上昇し、入荷量が増加する冬に単価が低下する動きがみられます。このような中、前年及び前々年より夏の入荷量が多かった平成23(2011)年では、夏の単価上昇がみられず、前年冬の安い時期と同じ800円/㎏の水準にとどまり、翌冬に入荷量が増加するとそのまま単価が低下しました。さらに平成24(2012)年夏の入荷量は前年夏をやや上回る水準にとどまり、単価の上昇は弱く、前年を下回る水準までしか上昇しませんでした。一方、平成25(2013)年の夏は前年より入荷量が減少し、単価も平成22(2010)年の水準まで回復しました。このように、市場における養殖ブリの単価は入荷量との間で相関関係がみられます(図Ⅰ−2−3)。

 また、養殖ブリ類の種苗の量と養殖ブリ類の単価の関係をみると、養殖ブリの単価は2年前にブリ類養殖業者が養殖し始めた種苗の総量と関係がみられ、単価が安い年の2年前は種苗を多く養殖し始めた傾向にあります。これは、ブリ類養殖では育成期間が概ね2年間であるため種苗を多く導入した年から2年後の生産量が多くなり、その結果価格が低迷するものと考えられます。このためブリ類養殖の経営を計画的に行うに当たっては2年後の需要を見据えて種苗の導入量を検討することが重要となっています(図Ⅰ−2−4)。

2,500

2,000

1,500

1,000

500

0

トン1,2001,0008006004002000

円/kg

平成21(2009)

1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月

22(2010)

23(2011)

24(2012)

25(2013)

資料:東京都中央卸売市場資料に基づき水産庁で作成注:掲載したデータは、鮮魚のものである。

図Ⅰ-2-3 養殖ブリの入荷量と単価の推移(月別)

単価(右目盛)入荷量

600550500450400350300250200150100

万尾

養殖し始めた種苗量

600 650 700 750 800 850 900 円/kg2年後の単価

資料:農林水産省「漁業・養殖業生産統計」注:「養殖し始めた種苗量」は、「種苗販売量」のデータである。

図Ⅰ-2-4 ブリ類養殖における養殖し始めた種苗の総量と2年後の単価の関係

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第1部

第Ⅰ章

(マダイ養殖業の経営状況とコスト構造) マダイ養殖業(個人経営体)は、平成23(2011)年及び平成24(2012)年は黒字経営となっており、平成24(2012)年の漁労所得は1,088万円の黒字となっています(表Ⅰ−2−2)。会社経営体においても、平成23(2011)年度及び平成24(2012)年度は黒字経営であり、平成24(2012)年度の漁労利益は244万円の黒字となっています。 コスト(漁労支出)に占めるえさ代及び種苗代の割合はブリ類と同様に大きく、その割合は平成18(2006)年(度)以降では約7割かそれ以上の水準となっています。個人経営体ではえさ代及び種苗代が上昇傾向にありますが、会社経営体では平成20(2008)年度をピークに低下傾向にあり、会社経営体では養殖マダイの生産量を減らしている傾向がみてとれます。 過去5年間のマダイ養殖業の経営状況は、平成20(2008)年(度)から平成22(2010)年

(度)までが赤字、平成23(2011)年(度)以降が黒字経営となっています。ここで、中央卸売市場における養殖マダイの入荷量及び単価の状況をみると、平成22(2010)年春頃までは毎月概ね600トン入荷があり、単価は700円/㎏を下回る水準で推移してきました。しかし、平成22(2010)年夏以降は毎月概ね500トンを下回る入荷量となり、単価は800円/㎏を上回る水準となっています(図Ⅰ−2−5)。この単価の上昇により、平成23(2011)年(度)及び平成24(2012)年(度)の養殖マダイ経営は黒字となっていると考えられます。これにより、漁労収入に対するえさ代の割合も最近数年では低い水準になっています。

表Ⅰ-2-2 マダイ養殖業の経営状況の推移

(単位:千円)

漁労利益(a)-(b)

漁労売上高(a)

漁労支出(b)

製品製造原価合計

うちえさ代

うち種苗代

えさ代・種苗代/漁労支出

えさ代/漁労売上高

資料:農林水産省「漁業経営調査報告」注:1) マダイ養殖業を主として営んだ経営体の収支を表示した。2)「漁労支出」とは、「漁労売上原価」と「漁労販売費及び一般管理費」の合計値である。

資料:農林水産省「漁業経営調査報告」注:マダイ養殖業を主として営んだ養殖業経営体について、当該養殖業種に関する収支のみを表示した。

〈会社経営体〉

平成18(2006)年度 4,208 119,869 53% 115,661 105,368 63,540 25,623 77%  19(2007) 2,836 135,774 62% 132,938 118,824 84,041 17,503 76%  20(2008) △ 1,283 149,059 55% 150,343 126,774 81,993 24,373 71%  21(2009) △ 1,854 99,941 68% 101,796 97,310 67,659 13,012 79%  22(2010) △ 1,342 118,676 59% 120,018 98,845 69,507 12,519 68%  23(2011) 2,113 117,691 59% 115,578 96,611 69,906 12,330 71%  24(2012) 2,436 100,375 55% 97,939 79,040 54,847 10,039 66%   平  均 1,016 120,198 58% 119,182 103,253 70,213 16,486 73%

(単位:千円)

漁労所得(a)-(b)

漁労収入(a)

漁労支出(b) うち

えさ代うち種苗代

えさ代・種苗代/漁労支出

えさ代/漁労収入

〈個人経営体〉

平成18(2006)年 3,756 43,164 58% 39,408 24,868 4,377 74%  19(2007) 7,541 38,502 66% 30,961 25,486 3,282 93%  20(2008) △ 3,641 34,446 71% 38,087 24,293 3,780 74%  21(2009) △ 7,224 32,907 84% 40,131 27,485 3,465 77%  22(2010) △ 2,425 46,002 61% 48,427 28,074 3,967 66%  23(2011) 3,129 51,081 57% 47,952 28,938 4,708 70%  24(2012) 10,875 56,151 53% 45,276 29,835 4,461 76%   平  均 1,716 43,179 63% 41,463 26,997 4,006 75%

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第2節 養殖生産をめぐる課題

第1部

第Ⅰ章(近年のブリ類養殖業とマダイ養殖業の経営上の相違点)

 近年では、ブリ類養殖業の経営は赤字が続いているのに対し、マダイ養殖業の経営は平成23(2011)年(度)及び平成24(2012)年(度)の両年で黒字になるなど、両者の経営状況は対照的となっています(表Ⅰ−2−1、表Ⅰ−2−2)。 両者の相違点としては、養殖ブリの単価が概ね低迷しているのに対し、養殖マダイの単価は平成22(2010)年以降比較的高値で推移しており、一方で入荷量は養殖ブリは増加傾向、養殖マダイは減少傾向にあることがあげられます(図Ⅰ−2−3、図Ⅰ−2−5)。 両魚種とも、そのコスト構造は、えさ代及び種苗代が大部分を占めており、構造的に利幅が小さく、単価の低下が直ちにコスト割れにつながりやすくなっています。このため、生産量が多いため単価の低下が生じているブリ類養殖業では赤字経営が続き、生産量が減少し単価が上昇したマダイ養殖業では黒字経営に転じたものと考えられます。

(ノルウェーのタイセイヨウサケ養殖業におけるコスト構造) 世界的商材になっているノルウェーのタイセイヨウサケ養殖では、えさ代及び種苗代がコストに占める割合は66%と我が国の養殖業に比べ低くなっています。餌となる魚粉の供給は我が国と同様にペルー等からの輸入に頼っており、価格も両国間で大きな差がみられませんが、ノルウェーのタイセイヨウサケ養殖では増肉係数が1.2と日本の養殖に比べ非常に良く、このことがえさ代に反映されていると考えられます(表Ⅰ−2−3)。 さらにノルウェーでは、1970年代からタイセイヨウサケの育種研究を行い、成長速度が在来種の2倍で、餌の摂取量が25%少ない品種を作出し、平成4(1992)年から商業養殖用に供給しています。 また、種苗の育成期間中に光の当て方を調節することにより、海中に活け入れできる大きさまで成長する期間を調整しています。これにより、1年中冷涼な環境の中、いつでも海中に活け入れできるため、一定の大きさのタイセイヨウサケを周年出荷したり、ちょうど需要期に収穫できる時期に合わせた活け入れを行うなど、計画的な経営がしやすい飼育環境が整えられています。

(我が国の魚類養殖業とノルウェーのタイセイヨウサケ養殖業の比較) 我が国の主要養殖魚種であるブリ、マダイ及びギンザケとノルウェーの主要養殖魚種であ

1,000

800

600

400

200

0

トン1,2001,0008006004002000

円/kg

平成21(2009)

1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月

22(2010)

23(2011)

24(2012)

25(2013)

資料:東京都中央卸売市場資料に基づき水産庁で作成注:掲載したデータは、鮮魚のものである。

図Ⅰ-2-5 養殖マダイの入荷量と単価の推移(月別)

単価(右目盛)入荷量

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32

第1部

第Ⅰ章

るタイセイヨウサケを比べると、タイセイヨウサケは増肉係数が高く効率的な養殖が可能であるほか、種苗を生

いけ

簀す

に入れてから出荷サイズになるまでの期間が短く、また人工種苗である強みを活かし、産卵時期を人為的にコントロールすることで年中いつでも種苗の活け込みを可能にしています。 活け込みから出荷までの時期が短いことで 給

きゅう

餌じ

量を減らせるばかりでなく、成長中に斃へい

死し

するリスクを減らし、出荷時の需要予測がより容易になるメリットがあると考えられます。 また、活け込み時期が特定の時期に偏っていると、出荷時期が集中し価格の下落を招くおそれがありますが、周年での種苗の活け込みが可能であるため生

いけ

簀す

ごとに出荷時期に合わせて必要な量の種苗を活け込み、出荷サイズに育った魚を生

いけ

簀す

ごとに順次出荷できるので、価格の維持につながる利点があります(表Ⅰ−2−3)。

(魚粉価格の動向とその対策) 養殖用の配合飼料の主原料である魚粉は大半を輸入に頼っていますが、魚粉は魚類養殖だけでなく養豚・養鶏用等の畜産飼料としても利用されており、魚類養殖や畜産業が世界的に盛んになっている中、魚粉の需要は世界的に増大し、価格も上昇を続けています。近年の魚粉輸入価格の動向をみると、平成16(2004)年に平均76円/㎏であったものが平成25(2013)年には154円/㎏と約2倍になり、過去最高の水準に達しています(図Ⅰ−2−7)。

増 肉 係 数 2.8 2.7 1.5 1.2 養 殖 期 間 24か月~ 20か月~ 5か月~ 14か月~ 活け込み時期 3~4月 4~7月 11月 周年

えさ代 455( 67%) 568( 82%) 450( 66%) 435( 56%) ― 198( 56%)種苗代 129( 19%) 71( 10%) 67( 10%) 80( 10%) ― 36( 10%)その他 96( 14%) 57( 8%) 166( 24%) 262( 34%) ― 122( 34%) 計 680(100%) 696(100%) 683(100%) 777(100%) ― 356(100%)

表Ⅰ-2-3 ブリ、マダイ、ギンザケ、ノルウェーのタイセイヨウサケの比較

ブリ マダイ ギンザケ

1kg当たりの

生産コスト(円)

ノルウェータイセイヨウサケ

資料:農林水産省「漁業・養殖業生産統計」、農林水産省「漁業経営調査報告」、Marine harvest「Salmon Farming Industry Handbook 2013」等に基づき水産庁で作成

注:1) ブリ、マダイの増肉係数及び1kg当たりの生産コスト(個人経営体)は、平成24(2012)年の値である。また、生産コスト(会社経営体)は、平成24(2012)年度の値である。2) ブリの増肉係数及び1kg当たりの生産コストは、「ぶり類」のデータを記載した。3) 養殖期間は、種苗を生簀に活け込んでから出荷するまでの一般的な期間である。4) ギンザケの生産コストは統計が存在しない。

(個人経営体) (会社経営体) (個人経営体) (会社経営体)

いけ す

140120100806040200

万トン

昭和39(1964)

49(1974)

59(1984)

平成6(1994)

16(2004)

24(2012)

年資料:FAO「Fishstat(Aquaculture production)」

図Ⅰ-2-6 ノルウェーにおけるタイセイヨウサケ養殖業生産量の推移

123万トン(平成24(2012)年)

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第2節 養殖生産をめぐる課題

第1部

第Ⅰ章

 このため、国では平成22(2010)年度から漁業者と国が一定の割合であらかじめ積立てを行い、配合飼料価格が一定以上上昇した際にその積立金から補塡金を交付する「漁業経営セーフティーネット構築事業」を実施しています。平成26(2014)年3月末で加入率は64%、加入件数は749件となっており、配合飼料価格が高騰した平成25(2013)年に購入した配合飼料1トン当たり4~6月期3,550円、7~9月期11,610円、10~12月期11,560円をそれぞれ補塡しました。また、本事業では養殖業者の負担に対応した補塡となるよう補塡基準を見直すなど情勢に応じた柔軟な対応をとっています。 魚粉は需要の増大だけでなく、資源変動の大きいカタクチイワシ等の多獲性浮魚類を原料としているため資源変動による生産量の増減が激しく、価格の動向を一層不安定なものとしています(図Ⅰ−2−8)。 このため、飼料メーカーや研究機関では、国の支援の下、魚粉を植物たんぱく原料等で代替した飼料の開発等を進めています。

昭和51(1976)

54(1979)

57(1982)

60(1985)

63(1988)

平成3(1991)

6(1994)

9(1997)

12(2000)

15(2003)

18(2006)

21(2009)

24(2012)

資料:財務省「貿易統計」に基づき水産庁で作成 資料:FAO「Fishstat(Capture production、Commodities production and trade)」

図Ⅰ-2-7 魚粉の輸入価格の       推移

図Ⅰ-2-8 ペルーとチリのペルーカタクチイワシ・チリマアジ及び魚粉生産量の推移

1,8001,6001,4001,2001,0008006004002000

万トン500450400350300250200150100500

万トンペルーカタクチイワシとチリマアジの生産量計

魚粉生産量(右目盛)

1614121086420

万円/トン

平成16(2004)

18(2006)

20(2008)

22(2010)

24(2012)

26(2014)

平成26(2014)年2月143,949円/トン

平成25(2013)年3月169,940円/トン

*1 ラード精製後の豚肉かす。*2 食鳥を加工する際に副産物として得られる羽毛を高温高圧下で処理し、乾燥したもの。

魚粉を使わない養殖用配合飼料の開発

 養殖用配合飼料の主要原料である魚粉の価格が世界的に高騰

し、我が国の養殖経営を大きく圧迫しています。したがって、魚

粉を使用しない配合飼料の開発は喫きっ

緊きん

の課題です。(独)水産総合

研究センターでは、大学、県及び飼料会社との共同研究により、

濃縮大豆タンパク、ポークミール*1又はフェザーミール

*2に嗜

好こう

性物質等を混合することにより、魚粉を使わない配合飼料を試

作して、中間サイズのブリに給きゅう

餌じ

して飼育試験を行ったところ、

魚粉を主体とする配合飼料とほとんど遜色なく成長することを実

証しました。

飼育期間中のブリの体重増加

2

1

0

kg

7 8 9 10 11 12 1 月

資料:(独)水産総合研究センター資料

魚粉区植物区畜肉区

出荷サイズ(4kg)までの給餌試験は今後の課題

魚体重2kgまでの成長度は魚粉区と同等。

事 例

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第1部

第Ⅰ章

(ホタテガイ養殖業(垂下式)の経営状況とコスト構造) 貝類養殖業は基本的に 給

きゅう

餌じ

する必要がなく種苗代も非常に安価であることから、経営状況は魚類養殖業と大きく異なります。 ホタテガイ養殖(垂下式)では、ある程度貝が大きくなった際に行われるネットから耳づりに移す作業の機械化が難しいこと、また貝殻を外す作業も機械化されていないことから、雇用労賃がコスト(漁労支出)の22%と大きな部分を占めています(平成24(2012)年)。また、貝を海中深くに出し入れするための機械が必要となることから、漁船を含めた機械に要する費用(修繕費及び減価償却費)も同様にコストの20%(平成24(2012)年)と大きな部分を占めており、近年ではこれらのコストは概ね4割前後で推移しています(表Ⅰ−2−4)。 また、漁労収入が伸びない中で雇用労賃、修繕費及び減価償却費が増加しており、その結果、ホタテガイ養殖業(垂下式)の漁労所得は黒字が続いているものの、平成24(2012)年は120万円と平成19(2007)年の498万円に比べ大きく減少しています。

(ノリ類養殖業の経営状況とコスト構造) ノリ類養殖業も基本的に 給

きゅう

餌じ

する必要がなく種苗代も非常に安価です。 我が国のノリ類養殖業は養殖業者が収穫したノリをある程度まで加工して販売しているため、加工に必要な大型乾燥機等の機器を運転するための油費、修繕費及び減価償却費がコスト(漁労支出)の大きな部分を占め、近年ではこれらのコストは概ね4割前後で推移しています。一方、機械化が進んでいるため、雇用労賃はコストの8%(平成24(2012)年)にとどまっています。また、漁労支出のうち修繕費が増加傾向にあり、既存の機械を修理しながら長く使う傾向になっていることが示されています(表Ⅰ−2−5)。 その結果、ノリ類養殖業の漁労所得は黒字経営が続いており、平成24(2012)年は684万円と過去5年間では最も高くなっています(表Ⅰ−2−5)。 一般に藻類養殖では貝類養殖に比べ従業員一人当たりの設備投資額が2倍から3倍となっており、資本集約型の産業構造になっています。

表Ⅰ-2-4 ホタテガイ養殖業のコスト構造(個人経営体)

資料:農林水産省「漁業経営調査報告」

注:ホタテガイ養殖業を主として営んだ養殖業経営体について、当該養殖業種に関する収支のみを表示した。

(単位:千円)

漁労所得(a)-(b)

漁労収入(a)

漁労支出(b) うち

雇用労賃うち修繕費

うち減 価償却費

平成18(2006)年 4,321 14,025 9,704 2,101 313 1,415  19(2007) 4,980 15,360 10,380 2,313 367 1,553  20(2008) 3,352 14,466 11,114 2,437 358 1,781  21(2009) 4,260 15,330 11,070 2,598 360 1,654  22(2010) 4,466 15,302 10,836 2,947 1,310 2,228  23(2011) 2,971 16,105 13,134 2,591 963 1,690  24(2012) 1,197 13,767 12,570 2,720 877 1,691   平 均 3,650 14,908 11,258 2,530 650 1,716

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第2節 養殖生産をめぐる課題

第1部

第Ⅰ章

(養殖業の収入安定対策) 養殖生産物の価格が不安定である一方でコストが高止まりしていることから、無理な過密養殖等が行われ、その結果漁場環境の悪化や価格の更なる下落を招き養殖業がたち行かなくなる恐れがあります。このため、国では養殖漁場の適切な管理と漁業経営の安定を両立するため、「持続的養殖生産確保法」に基づき養殖生産量を従来の水準から5%以上減らす取組等により、漁場の環境負荷を軽減し、養殖漁場の改善に計画的に取り組む養殖業者を対象として、漁業共済制度を活用した資源管理・収入安定対策を実施しています(図Ⅰ−2−9)。他方、養殖漁場の改善に取り組まない養殖業者は、環境面や価格面で安定的な養殖経営を目指していないと考えられることから、資源管理・収入安定対策の対象にはなりません。 この仕組みにおいては、養殖数量の5%以上等の削減等を行う漁業者と国が1対3の割合であらかじめ積立てを行い、一定以上の減収があった場合、基準となる生産額の90%から80%の間の10%を限度に積立金から減収の補塡がなされます。また、平成26(2014)年度から、漁場改善の取組みを一層促進するため、養殖数量の平均10%の削減を行う場合に基準となる生産額の95%から80%の間の15%を限度に支援を行う仕組みを導入しています。 平成24(2012)年度における養殖業への積立金の払戻金額の実績は、有明海等のノリ養殖業に30億円、鹿児島県・愛媛県等のブリ養殖業に18億円等、総額58億円となっています。

表Ⅰ-2-5 ノリ類養殖業のコスト構造(個人経営体)

資料:農林水産省「漁業経営調査報告」注:1) ノリ類養殖業を主として営んだ養殖業経営体について、当該養殖業種に関する収支のみを表示した。

2) 表示単位未満の端数は、四捨五入したため、「平均」の数値計算は必ずしも一致しない。

(単位:千円)

漁労所得(a)-(b)

漁労収入(a)

漁労支出(b) うち

雇用労賃うち油 費

うち修繕費

うち減 価償却費

うち販 売手数料

平成18(2006)年 5,758 17,320 11,562 869 1,520 681 697 2,519  19(2007) 6,843 18,883 12,040 924 1,769 534 707 2,415  20(2008) 5,546 18,187 12,641 1,034 2,082 720 694 2,631  21(2009) 5,455 18,122 12,667 1,313 1,529 654 679 2,665  22(2010) 5,143 17,176 12,033 1,300 1,519 680 595 2,461  23(2011) 4,573 16,732 12,159 865 1,740 724 636 2,601  24(2012) 6,836 21,013 14,177 1,097 1,987 1,260 803 2,691   平 均 5,736 18,205 12,468 1,057 1,735 750 687 2,569

資源管理・

収入安定対策

積立ぷらす(国と漁業者の積立方式)の発動ライン(原則9割)

漁業共済(掛捨方式)の発動ライン(原則8割)

漁業収入安定対策の実施

基準収入(注)から一定以上の減収が生じた場合、「漁業共済」(原則8割まで)、「積立ぷらす」(原則9割まで)により減収を補塡24年度から、漁業共済の対象となる養殖業の種類(うに、ほや等)を拡大

資源管理への取組

漁場改善の観点から、持続的養殖生産確保法に基づき、漁業協同組合等が作成する漁場改善計画において定める適正養殖可能数量を遵守

(注)基準収入:個々の漁業者の直近5年の収入のうち、最大値と最小値を除いた中庸3か年の平均値

収入変動

100

基準収入(注)

図Ⅰ-2-9 資源管理・収入安定対策の概要

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第1部

第Ⅰ章

(2)漁場環境

 現在の養殖業は基本的に海面・内水面環境に依存しています。このため、環境の変化により、養殖業が大きな被害を受ける状況が続いている一方、養殖業が環境に種々の影響を与えています。

(赤潮) 赤潮は主に植物プランクトンの大量発生により生ずる海水の着色現象であり、しばしば養殖業に大きな被害をもたらします。この赤潮は、窒素、リン等の栄養塩類、水温、塩分、日照、競合するプランクトンの有無等の要因が複雑に絡み合って発生すると考えられています。赤潮プランクトンが魚を斃

へい

死し

させる機構については諸説ありますが、ある種の赤潮にさらされた魚体のえら組織が粘質物で覆われることにより、正常な呼吸が阻害され死に至るといわれています。 赤潮の発生状況は、瀬戸内海においては長期的にみると発生件数が減少傾向にあり、九州海域では平成12(2000)年以降高い水準で横ばい傾向にありますが、依然として漁業被害が発生しており、赤潮対策は引き続き重要な課題となっています(図Ⅰ−2−10)。このため、関係府県では赤潮プランクトンや栄養塩類等をモニタリングし、赤潮の発生を予察するなどの対策を講じています。

(栄養塩の不足) 近年では、養殖ノリの色が濃くならない「色落ち」と呼ばれる症状が発生しています。色落ちしたノリは単価が下がったり商品価値がなくなったりすることから、ノリ養殖で大きな問題となっています。この原因については、下水処理施設の発達等により海への栄養塩が補給されにくくなったほか、珪

けい

藻そう

プランクトンが増殖して栄養塩を消費することが指摘されています。このため、特に「色落ち」が問題視されている瀬戸内海では、ノリの養殖時期に下水処理場において排出基準値の範囲内で窒素排出量を増加させたり、ダムから栄養塩を含む河川水を放流するなどの措置を採っています。

(高水温等) 高水温により、養殖ホタテガイが大量に斃

へい

死し

する事態が多発しています。最近では平成22

200180160140120100806040200昭和54(1979)

59(1984)

平成元(1989)

6(1994)

11(1999)

16(2004)

21(2009)

25(2013)

資料:水産庁調べ

図Ⅰ-2-10 赤潮発生件数・被害件数の推移

〈瀬戸内海〉(昭和54(1979)年~平成25(2013)年9月30日)200180160140120100806040200昭和54(1979)

59(1984)

平成元(1989)

6(1994)

11(1999)

16(2004)

21(2009)

25(2013)

〈九州海域〉(昭和54(1979)年~平成25(2013)年9月30日)発生件数被害件数

発生件数被害件数

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37

第2節 養殖生産をめぐる課題

第1部

第Ⅰ章

(2010)年の夏から秋にかけて陸奥湾の海水が過去に例をみない高水温で推移したことから、陸む

奥つ

湾の養殖ホタテガイの生育不良及び大量斃へい

死し

が発生しました。 また、ノリ養殖では高水温になると水カビの一種が繁殖し、赤

あか

腐ぐさ

れ病と呼ばれる病気が発生し、ノリが枯

死し

することが問題視されています。 高水温は広域的な自然現象であり、高水温に強い品種を導入するなどの対応方法がありますが、その根本的な解決には困難な面があります。 さらに近年では、養殖コンブにおいて出荷が近い2年目コンブが枯

死し

する被害が相次いでいます。1年目コンブでは枯

死し

が発生しておらず原因も不明であることから、地元の研究機関が調査を行っています。

(環境悪化の防止) 養殖業自体も周囲の環境を悪化させる原因となり得ます。 養殖では、食べ残された餌や糞

ふん

により海底に大量にたまった有機物が海中の酸素を大量に消費するだけでなく、毒性を持つ硫化物を発生させるため、生物に悪影響を与えます。さらに、有機物が海中に溶け出すと海域の富栄養化により赤潮を誘発する危険性が高まります。貝類養殖は無 給

きゅう

餌じ

養殖ですが、養殖量が多いと排出する糞ふん

も膨大な量になり 給きゅう

餌じ

養殖と同じような悪影響を与えます。また藻類養殖であっても何らかの理由で大量斃

へい

死し

が発生すると、大量の死骸が環境に悪影響を与える可能性があります。 このように、現在の養殖業は、自然による環境変化と養殖生産を含む人為的な環境変化の微妙なバランスの中で実施されているのが現状です。 我が国では良好な漁場環境を保つため、「持続的養殖生産確保法」に基づき策定された漁場改善計画を養殖業者が実施することにより漁場環境の悪化を防止しています(表Ⅰ−2−6、表Ⅰ−2−7)。具体的には、魚類等の 給

きゅう

餌じ

養殖においては、これまでより魚類等の飼育尾数を5%以上減らして餌の食べ残しや糞

ふん

を減らしたり、配合飼料等の使用促進や病気予防のためのワクチンの投与等の措置が採られています。貝類や藻類等の無 給

きゅう

餌じ

養殖については、病気発生時の一斉撤去や海洋環境のモニタリング調査等による、時々の環境収容力に応じた養殖生産管理等が行われています。 また、生

いけ

簀す

の直下等で悪化した海底環境を改善するため、海底を耕して酸素を取り入れたり、石灰を撒いて硫化水素の発生を防ぐといった方法がとられています。

②ゴカイ等の多毛類その他これに類する底生生物が生息している。

①硫化物量が、その漁場の水底における酸素消費速度が最大となるときの硫化物量の値を下回る。

②イトミミズ等の貧毛類その他これに類する底生生物が生息している。

4.0mℓ/L(5.7mg/L)を上回ること 3.0mℓ/L(4.3mg/L)を上回ること

(魚類を対象)連鎖球菌及び白点虫による年間の累積死亡率が、増加傾向にないこと。

疾病による被害が増加傾向にないこと。

表Ⅰ-2-6 「持続的養殖生産確保法」による養殖漁場環境基準

水産動物海面養殖(海産魚介類)

水質(生簀等の施設内の水中における 溶存酸素量)        

底質(生簀等の養殖施設の直下の水底)(①と②のいずれかを満たすこと)

飼育生物の状況 ―

内水面養殖(淡水魚介類)水産植物

いけ す

いけ す

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38

第1部

第Ⅰ章

(3)天然種苗の利用の限界

 養殖を行うためには種苗が不可欠です。かつては、養殖用の種苗は、天然に発生した幼生や幼魚を捕獲することにより確保してきました。しかし、天然種苗の確保は資源状況に大きく左右されるため、安定的な種苗確保のために人工種苗生産技術の開発が進められてきました。現在では、マダイ、ヒラメ、トラフグ、ギンザケ、クルマエビ等多くの魚種で人工種苗の生産技術が確立しているほか、ノリ類等藻類養殖についても人工種苗を用いた養殖が行われています。 一方、ウナギの人工種苗生産技術については、ウナギの仔

魚ぎょ

は自力で餌を食べる能力が低い一方で、食べ残し等による水質の悪化に弱いほか、安定的に供給できる仔

魚ぎょ

用の餌の開発が課題となっており、商業的にウナギの人工種苗を供給できるまでには至っていません。 クロマグロについては最近になって人工種苗生産技術が確立したものの、現状の種苗生産施設の規模が限られていることから、種苗を大量生産できる施設の整備が課題となっています。 また、ブリでは人工種苗生産技術は確立されているものの、天然種苗の資源量が安定しているため人工種苗に対する需要がほとんどないことから、人工種苗の供給体制が整っていな

表Ⅰ-2-7 漁場改善計画の策定状況

資料:水産庁調べ注:カバー率は、加入者の養殖業生産金額/全国の養殖業生産金額。

平成21(2009)年度 22(2010) 23(2011) 24(2012)策定道府県数 21 21 28 28計 画 数 356 356 349 355カ バ ー 率 75.9% 76.1% 87.5% 85.5%  魚  類 90.2% 90.6% 93.3% 93.6%  貝  類 64.3% 64.8% 91.5% 74.5%  藻  類 77.8% 78.8% 89.2% 91.7%

サンゴの養殖でサンゴ礁を回復(沖縄県 恩おん

納な

村そん

漁業協同組合)

 養殖は販売用の水産物の育成だけに限られません。

 サンゴ礁は貧栄養状態にある熱帯性海域において豊かな生態系

を育んでいます。しかし、サンゴ礁が発達している沖縄県の海域

では、陸上からの赤土の流入、オニヒトデによる食害、海水温の

上昇によりサンゴが大きな被害を受けています。このため、沖縄

県の恩おん

納な

村そん

漁業協同組合では、平成10(1998)年からひび建式

でサンゴを養殖し、育ったサンゴを植え付ける活動を実施し、サ

ンゴ礁の再生に大きな成果を上げています。また、定着した養殖

サンゴが産卵することにより卵が沖縄周辺海域に広がり、沖縄全

体のサンゴ礁の回復にも寄与することが期待されます。 設置した土台に基盤ごとサンゴを設置

コラム

Page 14: 第2節 養殖生産をめぐる課題 - maff.go.jp第1部 第Ⅰ章 本節では、我が国養殖業の中で主な養殖種類における経営の実態を分析するとともに、養

39

第2節 養殖生産をめぐる課題

第1部

第Ⅰ章

い状況です。

(天然種苗利用の問題点) 天然資源が比較的豊富で種苗の確保が安定的なものや人工種苗の開発技術が確立されていない魚種ではこれまで天然種苗が用いられてきましたが、ここにきて天然種苗が持つ様々な問題点が浮き彫りになってきました。 特に、天然種苗の中にはウナギや太平洋のクロマグロのように資源状況が悪化・不安定であり、より厳しい資源管理が求められているものがあります。 ウナギについては、生態そのものにかかる知見が限られている中で漁獲抑制や生息環境改善等といった資源管理にかかる取組を一体的に進めているところですが、シラスウナギの来遊量は海洋環境の変動にも左右されることがわかっており、天然種苗の安定的確保を困難なものとしています(図Ⅰ−2−11)。 太平洋のクロマグロについては、養殖種苗用を含めた漁獲量(尾数換算)のうち98%が産卵前の魚で占められており、平成23(2011)年以降生まれた魚が少ないことと考え合わせると当該クロマグロ資源の再生産が困難になっていると考えられています。 このように、これら魚種については天然種苗の確保と資源管理の両立が課題となっており、人工種苗の生産技術の確立が求められています。 また、天然資源の管理とは別の観点から人工種苗の生産技術が求められているものもあります。 カンパチについては、種苗資源は比較的安定しているとされていますが、一部の種苗に人間も感染するアニサキスに感染しているものが見つかり、特にカンパチは刺身として消費されることから問題となりました。このため、天然種苗の資源量が比較的豊富であっても人工種苗への転換が進められています。 また、カキについては、全国のカキ種苗の8割を宮城県が生産していたことから、東日本大震災により種苗の安定供給が困難となりました。このため、主要な養殖地では地元での採苗に取り組むだけでなく、自然環境に左右されない人工種苗生産技術の開発が進められています。

35302520151050

トン300250200150100500

万円/kg

平成15(2003)

16(2004)

17(2005)

18(2006)

19(2007)

20(2008)

21(2009)

22(2010)

23(2011)

26(2014)

24(2012)

25(2013)

年度資料:財務省「貿易統計」(輸入量)、業界調べ(池入れ

量及び取引価格)に基づき水産庁で作成注:採捕量は池入れ量から輸入量を差し引いて算出。

1.6 2.2

22.5 8.7

1.7

27.5

2.9

22.210.3

11.4

24.7

4.2

10.7

9.2 9.5

12.5

6.9

9.07.4

5.210.1

24.4

16 2566

27 36

7838

82 87

215248

26.0 24.7

18.8

29.225.1

21.7

28.9

19.922.0

15.912.6

輸入量採捕量平均価格(右目盛)

図Ⅰ-2-11 シラスウナギ池入れ量及び価格の推移

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40

第1部

第Ⅰ章

クロマグロ、ウナギにおける人工種苗開発の現状

 養殖用人工種苗は一定量を安定的に生産する必要があります。このため、人工的に採卵・ふ化・成長を

行う完全養殖技術と表裏一体です。

 クロマグロの人工種苗生産技術の開発は1970年代に近畿大学で始められました。当初は人工飼育だけ

でも困難であり、受精卵の安定した採卵、ふ化後の共食いの防止、稚魚の生いけ

簀す

への衝突死等多くの課題を

解決する必要がありました。昭和60(1985)年に(社)日本栽培漁業協会(現(独)水産総合研究センター)

でも人工種苗生産技術の開発が始められ、これら研究機関間で連携しつつ研究が進められた結果、平成

14(2002)年に近畿大学が世界で初めて完全養殖の達成と人工種苗生産技術を確立しました。ただし、

現状では海で産卵や種苗の初期育成が行われており、天候や水温等外部環境の影響を受けやすいことから、

影響を受けにくい陸上で種苗生産が行えるよう(独)水産総合研究センターを中心に引き続き技術開発が

進められています。

 一方、ニホンウナギの人工種苗生産技術の開発はクロマグロより古く、1960年代から東京大学や北海

道大学等で研究が進められてきたものの、そもそもの生態に不明な点が多く、技術開発は困難を極めまし

た。サメの卵を初期餌じ

料りょう

とするなどにより平成22(2010)年に(独)水産総合研究センターが完全養殖

に成功しましたが、必要なサメの卵の安定的な確保が困難であるほか、ふ化仔し

魚ぎょ

の生育に適した環境維持

が難しいなど人工種苗の商業的生産に向けた課題が残っており、引き続き技術開発が進められています。

一般の養殖と完全養殖の概念図

〈一般の養殖〉 〈完全養殖〉養殖した成魚

天然幼魚の漁獲養殖した成魚 天然幼魚

人工ふ化仔魚・稚魚

受精卵幼魚

出荷出荷

コラム

中国産カンパチ種苗とアニサキス

 平成17(2005)年に、平成16(2004)年秋以降中国から

の輸入種苗を用いた国内産養殖カンパチから、生食により急性

胃腸炎を引き起こすアニサキスが高い頻度で発見され、一部魚

肉からも発見されました。カンパチは通常刺身用食材として利

用されるため、いったん冷凍してアニサキスを死滅させてから

出荷する措置がとられましたが、冷凍すると品質が大きく低下

するため養殖経営上からも大きな問題となりました。

 この教訓を踏まえ、これまで輸入に頼っていたカンパチ種苗

アニサキスの生活史

養殖の種苗として採捕される。

オキアミに食べられ、幼虫が大きくなる。

海洋ほ乳類のお腹で成虫になり産卵

オキアミが食べられ、多くの魚介類にアニサキスが寄生。

フンと一緒に卵が海水中に排出される。

コラム

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41

第2節 養殖生産をめぐる課題

第1部

第Ⅰ章

(天然種苗の利用管理) クロマグロの天然種苗の管理については、天然種苗の活込尾数の増加を前提とした養殖漁場の新設、生

いけ

簀す

の数・規模の拡大が行われないようにすることにより、種苗の需要面を抑制しています(図Ⅰ−2−12)。また、養殖業者は、養殖施設の設置状況、種苗の入手先、種苗の導入、成魚の出荷状況等について国に対し報告することが義務づけられています。さらに、我が国周辺水域のマグロ資源の保存管理を任務とする中西部太平洋まぐろ類委員会

(WCPFC)の決定を踏まえ、平成27(2015)年以降、種苗用を含むクロマグロ未成魚の漁獲量を平成14(2002)年~平成16(2004)年平均水準から50%削減し、供給面からも抑制する方針です。 ウナギの天然種苗の管理については、国際的な資源管理対策として、東アジア地域による資源管理の枠組み構築に向けて協議を進めつつ、国内においては、シラスウナギ採捕、親ウナギ漁業及びウナギ養殖業に係る資源管理を三位一体として進めています。現在複数の県において、産卵に向かう親ウナギの漁獲抑制やシラスウナギ採捕期間の短縮等といった資源管理措置が講じられており、国においても、ウナギ養殖業について池入れ数量及びその入手先等の実態面の把握や国際的な資源管理の枠組みに整合した資源管理措置の検討を進めているところです。

(4)養殖用餌じ

料りょう

の改良

(養殖用餌じ

料りょう

の現状) 養魚用餌

料りょう

は魚類養殖が始められた当初は、主として小魚をそのまま餌として利用していました。しかし、このいわゆる生

なま

餌え

は、種類や季節によって脂肪含有量等栄養成分が大きく異なるほか、沈みやすい上に腐敗しやすい内臓を含んでいるため養殖場の海底を汚しやすい欠点がありました。このため、赤潮が発生しやすくなったばかりでなく偏った栄養バランスにより成長が遅れたり、漁場の汚染と相まって病気を誘発したり、品質面でもいわゆる「イ

 平成24(2012)年10月26日以降、

①各県の1年当たりの天然種苗の活込尾数が平成23(2011)年から増加するような養殖漁場の新たな設定を行わないこと。

②生簀の規模拡大により各県の1年当たりの天然種苗の活込尾数が平成23(2011)年より増加することのないよう、漁業権に生簀の台数等に係る制限・条件を付けること。

*人工種苗向けの漁場は、上記指示の適用外

クロマグロ養殖の管理強化に関する農林水産大臣指示(平成24(2012)年10月26日発出)

図Ⅰ-2-12 クロマグロ養殖への規制

いけ す

いけ す

を国内で人工的に生産する取組が急速に進められ、平成23(2011)年に鹿児島県で我が国初の養殖用カ

ンパチ種苗の大量生産施設が整備されました。平成25(2013)年12月末には人工種苗を用いたカンパチ

が初出荷され、安全で品質の高いカンパチの安定供給に道筋がつき始めています。

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42

第1部

第Ⅰ章

ワシ臭い」養殖魚の原因となっていました。 これらの問題の解決のため、1980年代頃に粉末の配合飼料や飼料添加物等と生

なま

餌え

を混合する方法が開発されました。養殖現場で粉末配合飼料と生

なま

餌え

を混ぜ、必要に応じて法律で認められた飼料添加物等を加えた上で粒状に成型して作るもので、モイストペレット(Moist Pellet、MP)と称されています。生

なま

餌え

に比べ栄養バランスが安定し、足りない栄養素を加えることも容易な上、粒状なので養殖魚が食べやすいことから漁場汚染も大幅に抑えることが可能となりました(図Ⅰ−2−13)。 さらに、保存性を良くするとともに餌に含まれる栄養成分を一定にして養殖魚の品質を統一するため、1990年代初めにエクストルーデッドペレット(Extruded Pellet、EP)が開発されました。これは工場で配合飼料に栄養剤等を適宜混ぜた後、高圧下で乾燥した多孔質ペレットとして成型したもので、養殖場ではそのまま手を加えずに 給

きゅう

餌じ

できます。EPは水がしみこむまでは海面上で浮くため、一時的に食べ残されてもしばらくは浮かんでいて後からでも魚が食べられること等により、さらに漁場が汚染されにくくなるメリットもあります。 現在では、魚種や状況に応じてそれぞれの形態の餌

料りょう

が使われています。クロマグロ等栄養面の研究が進んでおらず生

なま

餌え

を好んで摂食する養殖魚では依然として生なま

餌え

が主体です。MPは現場で魚の様子を見ながら原料の配合割合を変えて 給

きゅう

餌じ

できるメリットがあり、そのメリットを重視する養殖業者に用いられています。EPは取引上養殖魚の品質を一定に保つことが求められている養殖業者や汚染されやすい漁場で用いられています(表Ⅰ−2−8、表Ⅰ−2−9)。 また、特にEPはその場での調製が不要で変質しにくいため、自動 給

きゅう

餌じ

機での使用も可能であり、人件費の削減や荒天時の 給

きゅう

餌じ

に効果を発揮しています。

図Ⅰ-2-13 給餌された餌の行方

〈生餌〉なま え

給餌100

給餌100

接餌76

接餌81~97

残餌24

残餌3~19

汚染負荷

成長14

成長24~26

糞尿16

糞尿3~15

呼吸(代謝)46

呼吸(代謝)47~63

〈MP〉

汚染負荷

資料:(一社)全国海水養魚協会資料に基づき水産庁で作成注:1) 給餌された餌を100とした時の、餌の行方の割合を示した。給餌された餌(赤字)は、魚に接餌されるものと、接餌されないものに分

かれる(青字)。接餌されたものは、成長に使われるもの、呼吸(代謝)されるもの、糞尿として排泄されるものに分かれる(黄字)。2) MPの呼吸(代謝)の数値は、接餌の数値から、成長及び糞尿の平均値を差し引いたものを表示した。

きゆうじ

きゆうじ

きゆうじ せつ じ

ざん じ ざん じ

せつ じきゆうじ

きゆうじ せつ じ

せつ じ

せつ ふんにようじ

せつ じ

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第2節 養殖生産をめぐる課題

第1部

第Ⅰ章

(配合飼料の利用による品質の向上) 配合飼料は漁場を汚しにくいだけでなく、様々な栄養剤を添加することも簡単な上、水分が少ないことから、生

なま

餌え

に比べ少ない量でも大きく成長させることができます。また、天然魚を利用する生

なま

餌え

は季節や漁場によって栄養成分が変わり、餌として品質が安定しないといった問題点があります。このように、配合飼料の利用は生

なま

餌え

よりメリットが多いため一部の漁業種類を除き近年では多くの 給

きゅう

餌じ

養殖の現場で使用されています。 なお、配合飼料及び飼料添加物は、養殖魚等の健康に直接影響し、生産された養殖魚等を介して消費者の健康にも影響するおそれがあることから、「飼料の安全性の確保及び品質の改善に関する法律」に定められた規格に適合した、安全な飼料や飼料添加物を使用することが必要です。

(魚粉以上に不安定な生なま

餌え

の供給) 養殖用の生

なま

餌え

には、主にサバ類、イワシ類及びアジ等浮魚類の中でも小型サイズのものが利用されています。近年では小型のサバ類について輸出用としての需要が増え、生

なま

餌え

用に回るものの割合が低下しています。このため、浮魚類の漁獲そのものは好調であっても養殖用生なま

餌え

向けの出荷が減少しており相場も高止まりしています。

表Ⅰ-2-8 主に使われる餌料

資料:各種資料に基づき水産庁で作成

餌の種類 ほぼ生餌 MP

対象種 クロマグロ ブ リ 類

マ ダ イギ ン ザ ケヒ ラ メト ラ フ グクルマエビア   ユコ   イ

EP

じりよう

〈生餌〉なま えなま え

〈MP〉 〈EP〉

平成20(2008)年 236,169 273,042 187,141 20,509

  21(2009) 222,987 236,719 170,497 19,464

  22(2010) 226,833 228,917 162,088 16,961

  23(2011) 233,839 233,493 147,716 15,032

  24(2012) 233,042 221,957 137,924 15,385

   平 均 229,957 243,043 166,861 17,992

   割 合 48.6% 51.4% 90.3% 9.7%

ブリ類 マダイ

配合飼料 生 餌なま え

生 餌なま え

配合飼料

(単位:トン)

資料:農林水産省「漁業・養殖業生産統計」に基づき水産庁で作成

表Ⅰ-2-9 ブリ類・マダイの配合飼料・生餌投餌量なま え

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第1部

第Ⅰ章

(5)魚病の発生状況と水産用医薬品等の使用

 水産動植物についても常に病気にかかる可能性があります。天然の水産動植物も病気にかかりますが、そのような生物は人目につかないまま死ぬことがほとんどであるため、天然では病気にかかった水産物を漁獲することは事実上ありません。一方、養殖水産動植物は人間の管理下にあり、また養殖水産動植物の生存率は養殖経営に大きく影響するため、養殖業においては病気への適切な対応が重要です。 アユ養殖では昭和62(1987)年にアユ冷水病と呼ばれる病気が発生し、徐々に全国に広まりました。現在では稚魚の移動前及び河川への放流前での検査による菌の有無の確認の徹底や適正な飼育環境の確保等の防疫対策が講じられ、平成16(2004)年以降は発生が大きく減少しています。また、コイ養殖では平成15(2003)年にコイヘルペスウイルス病と呼ばれる病気が発生し、発生から2か月で全国に感染が拡大しましたが、これについてもコイの移動制限や殺処分等のまん延防止措置等により発生件数は大きく減少しました。 海面魚類養殖業においては、かつて連鎖球菌症、類結節症等各種の病気がまん延し、その治療のため抗菌性の水産用医薬品が多く使用されていました。しかし、平成9(1997)年に魚病の中で被害額が大きかった連鎖球菌症に対するワクチンが市販されたことを契機に、順次イリドウイルス感染症ワクチンや類結節症ワクチンが市販されるなど、現在では主要な病

クロマグロ養殖で使われる浮魚類

 クロマグロは世界的にもよく知られた食材となっていますが、その生態や生理機構は未だによくわかっ

ていない部分が多くあります。マグロが必要とする栄養もその一つで、体重が1㎏を超えたマグロについ

てはどのような栄養素をどれだけ摂取する必要があるのかよくわかっていません。このため、クロマグロ

用の配合飼料は現在まで開発されておらず、養殖を行う際には、自然界のクロマグロが食べている浮魚類

をそのまま生なま

餌え

として与えています。このため資源・環境にやさしい養殖の実現に向け、クロマグロ養殖

用飼料の開発の取組が始められています。

 クロマグロ養殖では、餌は主にサバ類とアジ類が多く、イワシ類やイカ類も使われています。クロマグ

ロが1㎏成長するために必要な餌の量は14~15㎏といわれているので、クロマグロの種苗から平均出荷

サイズである50㎏まで育てるのに消費される生なま

餌え

の量は約700㎏になります。また、50㎏のマグロは、

刺身にすると約25㎏になります。平成24(2012)年のクロマグロ養殖による出荷尾数は17万7千尾で

すので、これらを育てるために消費された浮魚類を単純に計算すると約12万トンとなります。これは日

本人約240万人が1年間に消費する魚介類の量に匹敵します(平成24(2012)年の国民一人当たり年間

魚介類供給量(粗食料)51.1㎏から計算)。

マグロ種苗1kg

出荷サイズ50kg

生餌(サバ、イワシ等)700kg

可食部25kg

コラム

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45

第2節 養殖生産をめぐる課題

第1部

第Ⅰ章

気に対するワクチンが普及しており、魚病の発生は大きく減少しました(図Ⅰ−2−14、図Ⅰ−2−15)。さらに養殖漁場の環境改善により、そのほかの病気についても発生は少なくなっています。その結果、ワクチンを除く水産用医薬品の使用は大きく減少しています。ブリのα溶血性連鎖球菌症は1990年代初頭には年間で推定8億円の被害額を出しており、抗生物質の推定年間使用額も8億円を超える年がありましたが、ワクチンが開発された平成9

(1997)年以降ワクチンの投与尾数の大幅な伸びとともに、抗生物質等の推定年間使用額は大幅に減少しています。 なお、魚病が発生した場合に使用される水産用医薬品の使用に当たっては、医薬品の過剰投与等により食品中に薬品が残留しないよう、「薬事法」により国が認めた医薬品以外の医薬品の使用を規制するとともに、抗菌性の水産用医薬品・駆虫剤については使用できる動物の種類、用法・用量及び使用禁止期間を定め、その遵守を義務づけています。また、医薬品や水産用ワクチンの適正な使用について、各都道府県の水産試験場等の指導機関が適切に指導する体制が整えられています。  このように、国内では養殖水産物の安全性を確保する体制が整えられていますが、タイのエビ養殖において「EMS(早期死亡症候群)」が発生し、タイのエビ生産量が半減するなど、海外では依然として魚病被害が続いています。 また、最近では養殖魚種の多様化により、国内では生産できない種苗が海外から輸入されています。しかし、これらの種苗には我が国周辺には存在しない病原体が潜んでいる可能性があります。万一病原体が持ち込まれてしまうと免疫を持たない我が国の水産物に病気がまん延し、我が国水産業に壊滅的な被害を出すおそれがあります。このため、養殖用種苗の輸入には一部の魚種について「水産資源保護法」に基づく規制がかけられています。

300

250

200

150

100

50

0

億円10

9

8

7

6

5

4

3

2

400

350

300

250

200

150

100

50

0

万尾12

10

8

6

4

2

0

億円

生産額に占める被害率

昭和61(1986)

昭和59(1984)

62(1987)

8(1996)

5(1993)

平成2(1990)

11(1999)

14(2002)

17(2005)

20(2008)

平成2(1990)

6(1994)

10(1998)

14(2002)

18(2006)

22(2010)

年 年

資料:水産庁調べ 資料:大分県農林水産研究指導センター水産研究部

図Ⅰ-2-14 給餌養殖魚の魚病被害額の推移

図Ⅰ-2-15 大分県におけるブリ類のワクチン投与尾数と魚病被害額及び抗生物質使用額の推移

推定被害額(全体)

マクライド系抗生物質推定使用額(右目盛)

連鎖球菌症推定被害額(右目盛)

連鎖球菌症関連ワクチン投与尾数推定被害額

(ブリ類)

被害率(全体)

被害率(ブリ類)

きゅうじ

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46

第1部

第Ⅰ章

水産用ワクチン

 人間を含む動物は、ある病原体による病気を一度経験すると通

常、一定期間は同じ病気にかかりません。これは、免疫と呼ばれ

る動物に備えられた生体防御システムが備わっているからです。

魚類も同様の機能を備えています。ワクチンはこのシステムを利

用し、感染力を無くしたり弱らせた細菌等の病原体を体内に入れ、

当該病原体に対する免疫を獲得させることで病気を予防するもの

です。

 現在市販されている水産用のワクチンはすべて感染力を無くし

た病原体を利用した「不活化ワクチン」です。ワクチン実用化以

前は魚病被害の対策として抗菌性薬剤の治療に頼っていました

が、近年では抗菌剤の魚への残留に対する消費者の懸念が高まっているほか、薬剤が無効なウイルス病の

流行があり、これらの諸問題を解決できるワクチンの実用化が進められました。ワクチンの安全性と有効

性は、「薬事法」に基づく国の承認や検定等の各種の制度により確認されています。

 水産用ワクチンの接種方法には、①経口投与法、②浸漬法、③注射法がありますが、現在は使用するワ

クチン量が少なく、規定量の投与が確実と考えられる注射法が水産用ワクチンの接種法の主流となってい

ます。注射法によるワクチンの接種は養殖魚1尾ずつにワクチン液を注射して行われているため労力の負

担も大きいものとなっています。このため、ワクチンのカートリッジを換えなくても良い連続注射器を利

用し、負担の軽減を図っています。

モジャコ(ブリの稚魚)を生いけ

簀す

に移して約1か月後、注射でワクチンを接種。写真提供:熊本県海水養殖漁業協同組合

コラム