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16 第 2 章 摩 擦 振 動 前章では,1 自由度系で発生する基本的な自励振動の例を紹介した.自励振動には,1 自由 度系でも発生するものと 1 自由度系では発生せず,自由度が多くなって始めて発生するもの がある.ここからは,もっと複雑な多自由度系で,さまざまなメカニズムで発生する自励振 動の事例をもとにその基本を学ぼう.まず,本章では摩擦に起因した自励振動を見ていく. 機械系には接触部が多く存在する.それに伴い産業界では摩擦に起因する自励振動,すな わち, 摩擦振動(Frictional vibration)が多く発生し大きなトラブルとなってきた.摩擦は原則的 には振動を抑制する働きがあるが,その摩擦が逆に振動を助長して自励振動を生じさせるこ とがあるから怖い.摩擦は振動に関して善玉にもなるし,悪玉にもなり得るのである. 摩擦に起因した振動には 2 種類ある.一つは非常に激しい振動,音をも発生するような摩 擦振動である.他の一つは摩擦に起因した摩耗によって機械の構成部品や製品が徐々に変形 し,規則的なパターンを形成するとともに,それが原因で大きな振動へと徐々に進展する現 象である.本章では前者を,後者については,第 4 章で例を挙げて詳しく取り扱う. 2.1 摩擦特性と摩擦振動 機械の構成要素は相対運動を繰り返すので,機械の接触部にはすべりやころがりが生じる. そこでの代表的および典型的な摩擦特性,減衰特性には以下の種類がある (1) (1) 減衰力が相対すべり速度に比例する粘性減衰(Viscous damping) (2) 摩擦力が相対すべり速度に対して負の勾配を有する乾性摩擦(Dry friction) (3) 摩擦力が垂直抗力に比例し,接触面積や相対すべり速度の大きさに依存しない,相対す べり速度とは常に逆向きに作用するクーロン摩擦(Coulomb friction) (4) わずかな相対すべりを伴ってころがり接触している接触域にすべり率に比例して作用 するクリープ力(Traction) 横軸に相対すべり速度およびすべり率,縦軸に粘性減衰力,摩擦力およびクリープ力をと って,これらの代表的な特性を図 2.1 に示す.さらに,図 2.1 の摩擦特性の結合型として,す べり率が大きくなるにつれてクリープ力が飽和して一定値に漸近する摩擦特性,また,クリ ープ力の増加後,すべり率とともにクリープ力が減少する摩擦特性もある. 上記(1)の粘性減衰は自励振動を発生させる原因とはなり得ず,常に減衰効果だけを有する, 相対すべり速度 すべり率 粘性減衰 乾性摩擦 クーロン摩擦 クリープ力 2.1 典型的な摩擦特性および減衰特性

第2章 摩 擦 振 動 - Oita Universitymachls.cc.oita-u.ac.jp/kenkyu/kei/download/self-excited/...16 第2章 摩 擦 振 動 前章では,1 自由度系で発生する基本的な自励振動の例を紹介した.自励振動には,1

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第 2章 摩 擦 振 動

前章では,1 自由度系で発生する基本的な自励振動の例を紹介した.自励振動には,1 自由

度系でも発生するものと 1 自由度系では発生せず,自由度が多くなって始めて発生するもの

がある.ここからは,もっと複雑な多自由度系で,さまざまなメカニズムで発生する自励振

動の事例をもとにその基本を学ぼう.まず,本章では摩擦に起因した自励振動を見ていく.

機械系には接触部が多く存在する.それに伴い産業界では摩擦に起因する自励振動,すな

わち,摩擦振動(Frictional vibration)が多く発生し大きなトラブルとなってきた.摩擦は原則的

には振動を抑制する働きがあるが,その摩擦が逆に振動を助長して自励振動を生じさせるこ

とがあるから怖い.摩擦は振動に関して善玉にもなるし,悪玉にもなり得るのである.

摩擦に起因した振動には 2 種類ある.一つは非常に激しい振動,音をも発生するような摩

擦振動である.他の一つは摩擦に起因した摩耗によって機械の構成部品や製品が徐々に変形

し,規則的なパターンを形成するとともに,それが原因で大きな振動へと徐々に進展する現

象である.本章では前者を,後者については,第 4 章で例を挙げて詳しく取り扱う.

2.1 摩擦特性と摩擦振動

機械の構成要素は相対運動を繰り返すので,機械の接触部にはすべりやころがりが生じる.

そこでの代表的および典型的な摩擦特性,減衰特性には以下の種類がある(1).

(1) 減衰力が相対すべり速度に比例する粘性減衰(Viscous damping) (2) 摩擦力が相対すべり速度に対して負の勾配を有する乾性摩擦(Dry friction) (3) 摩擦力が垂直抗力に比例し,接触面積や相対すべり速度の大きさに依存しない,相対す

べり速度とは常に逆向きに作用するクーロン摩擦(Coulomb friction) (4) わずかな相対すべりを伴ってころがり接触している接触域にすべり率に比例して作用

するクリープ力(Traction) 横軸に相対すべり速度およびすべり率,縦軸に粘性減衰力,摩擦力およびクリープ力をと

って,これらの代表的な特性を図 2.1 に示す.さらに,図 2.1 の摩擦特性の結合型として,す

べり率が大きくなるにつれてクリープ力が飽和して一定値に漸近する摩擦特性,また,クリ

ープ力の増加後,すべり率とともにクリープ力が減少する摩擦特性もある. 上記(1)の粘性減衰は自励振動を発生させる原因とはなり得ず,常に減衰効果だけを有する,

相対すべり速度

すべり率

粘性減衰

乾性摩擦

クーロン摩擦

クリープ力摩擦力

クリープ力

図 2.1 典型的な摩擦特性および減衰特性

粘性減衰力

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いわゆる,善玉の減衰である.その他の摩擦特性はすべて摩擦自励振動を引き起こす可能性

がある.図 2.1 で,クリープ力と粘性減衰力の特性に相違がないように見えるが,たとえば,

回転する車輪とレール系で生じるころがりに伴う摩擦力,すなわち,クリープ力はレールの

長手方向のみならず,横方向のせん断力さらにスピンモーメントが連成して発生するところ

を(2.4 節参照),図にはクリープ力の長手方向のみの特性を図示しているためである.本章

では,これらの摩擦によって引き起こされる自励振動の典型例を見ていこう.

2.2 乾性摩擦による自励振動

乾性摩擦(Dry friction)とは,相対すべり速度のある領域に摩擦力が相対すべり速度に関して

負の勾配を持つ特性の摩擦である.この乾性摩擦は摩擦の中で もイメージがわかない摩擦

である.なぜならば,今作用している摩擦は乾性摩擦だと摩擦振動が起こっている現場です

ぐに断定できない摩擦だからである.この乾性摩擦に起因する摩擦振動の特徴は以下のよう

である(1).

(1) この摩擦振動が生じているとき,すべりの向きを逆にしてもこの摩擦振動は再現する.

一般に,方向性(Directional character)を持たない. (2) 摩擦振動の振動方向は主に摩擦力の作用する方向である. (3) この摩擦振動は多自由度系のみならず,1 自由度系でも生じ得る. (4) 摩擦特性の相対すべり速度に対する負の勾配がフラッタ形の不安定振動を生じさせる

原因であり,摩擦力(摩擦係数)の大きさはこの摩擦振動の発生には関与しない. (5) 摩擦振動を生じているときの乾性摩擦特性を求めることは極めて困難である.一般に,

乾性摩擦で摩擦振動が発生しているであろうと推定できる現象であっても明らかには負

の勾配の摩擦特性は見られないときもある. (6) 数学的には,減衰行列の対角項の一部が負となることによる負性抵抗に起因する.原則

的には,相対すべり速度に対する負の勾配に起因する負性抵抗と構造物に内在する正の

減衰との大小で,この摩擦振動の発生・不発生が決まる. (7) 上記(6)からわかるように,この摩擦振動の制振には,積極的な外部減衰(善玉の粘性

減衰)の付加が本質的である.また,この摩擦振動を動吸振器で制振しようとすると,

動吸振器の減衰には 適減衰が存在する. 以下に,このような乾性摩擦による自励振動の事例を示しながら,その現象の特徴を探る.

2.2.1 移動床上の物体の振動

乾性摩擦に起因した 1 自由度系の摩擦振動の基本例を示す.図 2.2 のように,一定速度 vで移動する水平床上に置かれた質量 m の物体がばね定数 k のばねで支持されている.物体の

床移動(摩擦)方向のみの振動を考え,その変位を摩擦力の方向に x とする.図 2.3 に床と物

v

xk

m

( )Vf

xvV −=0 v

( )Vf

摩擦力

図 2.2 乾性摩擦が作用する振動系 図 2.3 乾性摩擦特性と摩擦振動発生領域

( )f V

v V v x= −

( )f V

v

xk

m

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体の間に作用する乾性摩擦力を相対すべり速度V v x= − の関数として ( )f V で表している.極

めて小さな振動が乾性摩擦によって大きな振動へ進展するかどうかを調べるために, x v<<

( 0)V > とする.摩擦方向の運動のみを考えたときの 1 自由度系の運動方程式は次式となる.

( )mx kx f v x+ = − ⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅(2.1) ( ) ( ) ( )f v x f v f v x′− = − と移動床の速度 v のまわりにテイラー展開(線形化)し,さらに,振

動の原点を移動するため, ( ) /x f v kξ = − と置くと,次の線形化された同次方程式を得る.

( ) 0m f v kξ ξ ξ′+ + = ⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅(2.2) 床は定速直線運動をしており,動きは振動的ではない.しかし,図 2.3 の乾性摩擦特性に

おいて床の移動速度 v で接線を引いたとき,その接線が負の勾配を有する領域であれば,

( ) 0f v′ < となり,負性抵抗による自励振動が生じ得る.また,式(2.2)から,そのときの摩擦

力の大きさ ( )f v はこの摩擦振動が生じるか生じないかという安定性には全く関与していない

(式(2,2)の係数に ( )f v は現れない)ことがわかる.

今,図 2.2 の振動系に粘性減衰が存在するとして支持要素をばね k とダッシュポット c で再

度モデル化する.また,乾性摩擦の負の勾配を相対すべり速度の線形関数で近似できるとし

て系を線形解析しよう.すなわち, ( )f v x− ( )a v x b= − − + (a, b:正定数)と線形化して, ( ) /x b av kξ = − − と置くことにより,式(2.2)に相当した式は次式となる.

( ) 0m c a kξ ξ ξ+ − + = ⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅(2.3) 上式から,c a< のとき,すなわち,振動系の構造減衰(c)が乾性摩擦の負の勾配(a)よりも小

さいときに負性抵抗による不安定振動が生じる.定数 b は相対すべり速度が 0V v x= − = のと

きの摩擦力であるが,系の安定性には関与していないことがわかる.上述したように,乾性

摩擦による不安定振動の防止対策としては,構造減衰 c を大きくして乾性摩擦による不安定

化を抑制することが本質的な考えである(2.2 節(7)参照).このことから,多自由度系が乾性

摩擦によって不安定振動を発生するかどうかは,元来存在する振動系の構造減衰に負性抵抗

が打ち勝って減衰行列の対角項の一部が負になるかどうかで概略決まると推定できる.

次に,このような系に発生する自励振動を動吸振器で制振するときの 適な同調(チュー

ニング)法および 適減衰について検討する.図 2.4 のように速度 v で定速移動するベルト上

の質量 m,ばね定数 k,変位 x の 1 自由度系に相対すべり速度 v x− に関係する乾性摩擦力

( )f v x− が作用するとして,質量 dm ,粘性減衰係数 dc ,ばね定数 dk ,変位 dx の動吸振器を搭

載する.動吸振器を含む系の線形化された運動方程式は次式となる.

Mx + Cx + Kx = 0 ········································································································(2.4)

ここに,0 '( )

, , ,0

d d d d

d d d d d d

x m f v c c k k kx m c c k k

+ − + −⎡ ⎤ ⎡ ⎤ ⎡ ⎤ ⎡ ⎤= = = =⎢ ⎥ ⎢ ⎥ ⎢ ⎥ ⎢ ⎥− −⎣ ⎦ ⎣ ⎦ ⎣ ⎦ ⎣ ⎦

x M C K .

ただし,運動方程式が同次方程式になるように変数を調整し,調整された変数変位を改めて

0.5 1.0 1.50.0

0.1

0.2

0.3

0.4

0.5

ζ d

fd / fn 図 2.4 動吸振器による制振 図 2.5 動吸振器のチューニングによる安定化

v

k

md

cd

kd

xd

x m

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x および dx と置いている.

行列 , ,M C K はすべて実対称行列であるので,減衰行列の対角項に存在する '( ) df v c+ の項

がこの系の安定性に直接関与する.つまり,動吸振器の減衰 dc を付加することにより

'( ) 0df v c+ > とする以上の効果を期待するのが動吸振器の機能である. 式(2.4)の零解の安定性を検討しよう.式(2.4)を次の連立 1 階常微分方程式に変換する.

=y Ay ··························································································································(2.5)

ここに, 1 1[ , , , ] ,Td dx x x x − −

⎡ ⎤= = ⎢ ⎥− −⎣ ⎦

Iy A

M K M C0

,0 は 2×2 ゼロ行列,I は 2×2 単位行列お

よび肩号“T”はベクトルの転置記号である. 式(2.5)から特性方程式を求めると,行列 Aの固有値問題となる.固有値の実部に 1 つでも

正のものが存在するとき,系の零解は不安定,すなわち,零解は現実的には存在せず,振幅

の大きな不安定振動,すなわち,自励振動へと繋がると判断する.このときの固有値の虚部

を 2π で除したものが不安定振動の振動数(Hz)である.ここで,減衰係数 ( )f v′ および dc を,

それぞれ減衰比ζ および dζ を介して次式で定義する. '( ) 2f v mkζ= , 2d d d dc m kζ= ··············································································(2.6)

ここで,一例として負の勾配から換算した減衰比を 0.03ζ = − ,固有振動数を / / 2nf k m π=

1kHz= ,動吸振器と主系との質量比を / 0.05dm mμ = = とし,動吸振器の固有振動数 df

/ / 2d dk m π= と減衰比 dζ の関係で主系の安定性を表示する.図 2.5 は /d nf f と dζ を両軸にと

って固有値の実部をプロットしたものである.黒い領域は零解が不安定となる(実部が正の

固有値が存在する)領域を,白い領域は零解が安定となる(固有値の実部がすべて負の)領

域を示す.また色のグラデーションは固有値の実部の変化を表し,色が濃くなるほど正の実

部が大きく,不安定度が高いことを示す.図 2.5 から次のことがわかる. (1) 安定化された領域は動吸振器の減衰と固有振動数のある限られた閉領域に存在する.す

なわち,乾性摩擦に起因する自励振動を動吸振器により制振するためには,固有振動数

のチューニングと 適な減衰比の設定が必要となる. (2) 動吸振器の減衰が全くない場合( 0dζ = )には,摩擦振動の抑制効果は得られない. (3) 安定領域は / 1.0d nf f = の位置からわずかに左側にずれている. また,図では表していないが,質量比 μ が大きくなるにつれて抑制効果は顕著になる.

2.2.2 ワイングラスの鳴き

図 2.6(a)に示すように,きれいな指を水に濡らしてワイングラス(Wine glass)の飲み口を円周

方向に擦ると澄んだ大きな音が出る.指をグラスに軽く押し付けて擦るのがコツである.指

(a) ワイングラスを指で擦る (b) 指の位置と水の挙動

図 2.6 ワイングラスの鳴き (Video2-1)

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図 2.7 ワイングラスの鳴きモードの半径および円周方向変位 (Top view)

先にはグラスの振動をほとんど感じることができない.擦る方向を逆にしても,また,擦る

方向をグラスの半径方向に変えてもグラスは同じ振動数で鳴く.グラスの鳴き音の高さ(振

動数)はグラスの飲み口当たりを爪で弾いたときに発する音の高さと同じである.すなわち,

鳴き音はグラスの固有振動数の一つに一致する.

グラスを円周方向に擦って音が出ているときのグラスの振動モードを調べるため,図 2.6 (b)のようにグラスに水を入れて鳴いているときの水の動きを観察する.以下のことがわかる.

(1) 指の位置付近の水は振動していない.すなわち,グラスは指の位置では半径方向に振動

していない. (2) 図 2.6(b)に見るように,指の位置の前後 45 に位置する水が大きくしぶきを上げている.

そこはグラスが半径方向に大きく振動している位置である.そのような位置は他にもあ

り,円周方向に等間隔に合計 4 カ所見られる.図 2.7 がグラスの上から見た摩擦振動の

半径および円周方向振動モードの概略図である.このモードを 2 直径節モードと呼べば,

2 直径節モードの減衰が も小さいために,このモードの摩擦振動が他のモードに優先

して単独で発生したと考えられる. (3) 指の動きに伴い,これらの位置が指と同じ向きに移動する.

水が大きく振動しているところはグラスが半径方向に大きく振動している半径方向の腹の

位置である.グラスの振動モードは半径方向に 2 つの直径節を持つようだ.では,なぜ円周

方向に擦って半径方向に振動するのであろうか.円筒形をしたグラスは半径方向のみならず

円周方向にも同時に振動するからである.しかも,半径方向振動の腹の位置は円周方向振動

の節の位置に,円周方向振動の腹の位置は半径方向振動の節の位置に相当する.指の位置で

はグラスは円周方向にのみ振動している.したがって,指とグラスの間の摩擦の方向は円周

方向である.指の動きと指の位置でのグラスの振動方向はともに円周方向であることになり,

摩擦力の方向とグラスの振動方向が一致することから,乾性摩擦が原因であると推測される.

そのため,指の位置では円周方向の振動のみ(円周方向振動の腹の位置)で半径方向には振

動しないので,指の位置では水しぶきが見られなかったのである.負の勾配をもつ摩擦特性

によって,指は擦り点でグラスの円周方向に振動を誘発させていたのである.グラスを半径

方向に擦って鳴かす場合は,指が半径方向の振動を誘発させると考えればよい.

乾いた指で擦っても,ましてや石鹸水を付けた指で擦っても決して鳴かない.指先には振

動の気配さえ感じない.作用する摩擦が乾性摩擦ではなくなったのである.

次に,グラスに水を徐々に注いでみよう.水が入ってもグラスの鳴きはおさまらない.つ

グラス

円周方向変位

:水しぶき

半径方向変位

指の回転

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まり,水の減衰効果が小さい.しかし,水が入るにつれて,鳴きの音はだんだん低い音にな

る.水が多くなると,グラスとともに振動する水の量(付加質量)も多くなる.すなわち,

水は密度が高いため,グラスとともに振動する質量が見かけ上,多くなることになる.水に

は剛性がないので,グラスの剛性は変わらない.固有振動数は,(剛性)/(振動する質量)の平

方根に比例するので,結果として水が多くなるにつれてグラスの固有振動数は低くなる.そ

のため,グラスの鳴き音も低くなる.したがって,水は減衰効果というよりも,主に質量効

果を有していたのである.

付録 2.1 に円筒の端縁を一定の速度で円周方向に軽く擦り,摩擦特性を相対すべり速度に

関して線形の乾性摩擦としたときのワイングラスの鳴きの解析を示す.そこでは,上述の 2直径節の単一モードで発生する円筒の自励振動は負性抵抗に起因すること,擦り点はグラス

の円周方向の腹となることが示されている.

Tea Time 2.1 3 直径節モードの鳴き現象

かなり昔,中国北京の故宮博物院の入り口付近に,水の入ったフライパンのような形状の

ものの縁を指で擦ってみる場所があった.そのとき発生したモードは半径方向の 3 直径節で

あった.形状によって減衰の小さなモードが異なることがわかる.円筒,円板など丸い形状

のものの面外振動で発生しやすいモードは,半径方向の節直径数が 2, 3, 4 のモードである.

Tea Time 2.2 海に浮かぶブイの振動と付加質量

たとえば,図 2.8 のように,海に長さ 100m 級の大きなブイが浮かんでいるとしよう.ブイ

が風や波によって振動すると,その周りの水も振動する.水は空気に比べて密度が高いので,

動く水の運動エネルギーは無視できない.だから,海に浮かぶブイの固有振動数を考えると

き,ブイの周りで一緒に振動する水の質量をブイの質量に何らかの形で加えてやらねばなら

ない.どの程度の質量をブイに加えるかはブイの振動モードに依存する.このブイに加える

質量を付加質量と呼ぶ.付加質量がブイ本体の質量の 30%程度にまで達するモードもある.

2.2.3 バイオリン

図 2.9 に示すように,バイオリン(Violin)は摩擦を利用して弦を弓で擦って振動させ,これ

をバイオリン本体の音響効果で音を大きくする楽器である.弓に松ヤニを付けて弓を押した

り引いたりしてバイオリンを奏でる.振動的に弓を前後に動かして弦を揺すっているのでは

ない.バイオリンが音を出しているとき,弓と弦の間には常にすべりが生じているのではな

図 2.8 海に浮かぶブイの振動

ブイ

海 付加質量

付加質量

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図 2.9 バイオリン (Video2-2) 図 2.10 弦による円板の摩擦振動(クラドニ図形 Video2-3)

図 2.11 静止円板の外周 2 点に摩擦力が作用する系 図 2.12 円板形状寸法(単位:mm)

く,相対すべり速度が零になる時間帯が起こる.その時間帯は弓と弦が一体となって動く,

すなわち,スティックすることから,このような現象をスティックスリップ(Stick-slip)と呼ぶ.

この振動にはすべりの向きが一方向の場合とすべりの向きが正負で切り替わる場合とがある.

2.2.4 静止円板の摩擦振動

円板の外周上の点を弓の弦で軸方向に擦ると,円板の振動の様子も目で見え,音で聞くこ

とができる.図 2.10 に弓の掃引による円板の節直径数 2,節円数 0 の(2,0)モードの発生を示

す.円板上にまかれたガラス粉が振動しないところに集まって振動モードの節を描く.これ

は振動の可視化で使われるクラドニ図形(Chladni’s figures)である.ガラスの粉が描く形は芸術

的で,美しい(2.2.6 参照).この振動モードの可視化は,クラドニによって世界で初めて蒸

気タービンのロータの振動モードを見るのに使われた.内周を固定した円板では,擦る点が

面外方向振動の腹となり,振動の節が直径節の形で現れる.弦で擦ると,大抵の場合,節直

径数が 2, 3, 4 の振動モード(節円数 0)が発生する.円板の振動モードには節直径のみなら

ず節円も存在する.しかし,節円を有する振動モードは内周の境界条件の影響を強く受け,

減衰が大きいため,工学的な問題では実際にはほとんど問題とならないのが実状である. 図 2.11 に示すような,静止円板の外周上の 2 点を軸方向に棒で擦ったときの円板の自励振

動を解析してみよう(2).振動対象系の 2 点から系に摩擦エネルギーが流入するモデルである.

そのときの摩擦特性を乾性摩擦とする.内周( 0r r= )が固定,外周( Nr r R= = )が自由の段付き

節 弦

節 腹

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円板(N 段)の外周上の点 1( ,R θ− )および点 2( ,R θ )の 2 点にそれぞれ半径方向荷重 1P およ

び 2P の作用に伴ってそれぞれ軸方向摩擦力 1P および 2P が作用する.円板を Mindlin 円板と見

なすと,内側から j 番めリング(以後,添え字 j はリング番号を表す)に対する運動方程式お

よび力-変位の関係は次式となる(3).

3 2

2

112

j j jj jjjr rr r

r

hM M MM Qr r r t

θ θ ρ ψθ

∂ −∂ ∂+ + − =

∂ ∂ ∂ ································································ (2.7a)

3 2

2

2112

j j j jjjr r hM M M Q

r r r tθ θ θ θ

θ

ρ ψθ

∂ ∂ ∂+ + − =

∂ ∂ ∂ ·······································································(2.7b)

21 2

2

1 ( , ) ( , )jj j j

r rj

QQ Q w P Ph R Rr r r t r r

θ ρ δ θ δ θθ

∂∂ ∂+ + = − − −

∂ ∂ ∂ ·········································· (2.7c)

2 2

1,

2 1 1, ,(1 ) 12 12

j j jj j jj jr r r

r rj j

j jj j jj j j j jr r

r j r jj

MMD r r D r r

M w wG GQ h Q hD r r r r

θ θ θ

θ θθ θ θ

ψ ψψ ψν ψ ψ νθ θ

ψψ π πψ ψ ψν θ θ

⎛ ⎞ ⎛ ⎞∂ ∂∂ ∂= + + = + +⎜ ⎟ ⎜ ⎟∂ ∂ ∂ ∂⎝ ⎠ ⎝ ⎠

⎛ ⎞ ⎛ ⎞ ⎛ ⎞∂∂ ∂ ∂= − + = + = +⎜ ⎟ ⎜ ⎟ ⎜ ⎟− ∂ ∂ ∂ ∂⎝ ⎠ ⎝ ⎠ ⎝ ⎠

···································(2.8) ここに, ,r θ は半径方向,円周方向座標, , ,j j j

r rM M Mθ θ はモーメント, ,j jrQ Qθ はせん断力,

jw と ,j jr θψ ψ は面外変位と角変位(図 2.11(a)参照), jh は板厚,t は時間,E (G) は縦(横)弾

性係数, ρ は密度,ν はポアソン比, 3 2/12(1 )j jD Eh ν= − , ( )δ ⋅ は Dirac のデルタ関数,

( , )Rδ θ ( ) ( )r Rδ δ θ θ= − ⋅ − である. 式(2.7)にモード解析を適用し,棒と円板の相対すべり速度に関して負の勾配を持つ非線形

摩擦特性を仮定して非線形系の摩擦振動の定常解とその安定性を解析する.付録 2.2 にその

解析過程を記述した. a.数値計算結果 数値計算および実験に用いた円板形状寸法を図 2.12 に示す.円板は

直径約30mm のボルトで内周を固定した.この円板の各モードの固有振動数の理論値および

打撃試験による実験値を表 2.1 にまとめた. 摩擦棒の押し付け荷重を比較的低い 30N 以下として数値計算および実験を行なった.数値

計算では,点 i ( 1, 2)= の掃引速度 iV および摩擦係数 ( )i if v を同じとし,掃引速度を 1 2V V=

0.085m/s,= 摩擦係数 ( )i if v を円板と摩擦棒の円板軸方向相対すべり速度 iv の三次多項式で近

似( 31 2 3( ) i i i

i i i if v e v e v e= − + )したときの係数をそれぞれ 3 31 150s /m ,ie = 2 4.5s/m,ie = 3 0.57ie = と定め,

円板のモード減衰比も全モード共通に 0.003msζ = とした(付録 2.2 参照). 円板に内部共振(Internal resonance)が発生するかどうかで解析方法が変わってくる.円板の

内部共振とは,円板のもつ複数の面外方向の固有振動数がある小さな整数比に近い場合に,

摩擦力によってその複数の振動モードがある整数比の振動数で同時に発生する現象である.

しかも内部共振関係は解析の前になかなかわかるものではない.実験結果からフィードバッ

クされて解析されることが多い.ここでは,内部共振を起こさないような円板の形状を決定

するため,古典円板理論ではなく,Mindlin 円板の理論を適用し,図 2.12 の段付き形状とした. したがって,この円板には内部共振は発生しないこと,多重モード(節直径数 m, 節円数 s

表 2.1 円板の固有振動数

モード (m, s) (1,0) (0,0) (2,0) (3,0) (4,0) (0,1) (1,1) (2,1) 実験値 327 407 633 1 560 2 733 2 892 3 175 4 266固有振動数

(Hz) 理論値 355 429 643 1 549 2 861 2 892 3 302 4 361

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の異なる 2 つ以上のモードが同時に発生し,単一周期を持たない振動)の自励振動も存在し

ないこと,そして,単一モードのみが発生することを前提に平均法による解析を行った.内

部共振を生じる場合の解析については,文献(5)を参照されたい. ここで計算する 30N 以下の荷重範囲では,(1,0),(2,0)および(3,0)モードのみ安定解がある

こともわかった.ゆえに, も低い固有振動数から 5 個のモードを用いた計算結果を図示す

る.以後の図中,太線は 2 点での相対すべり速度がともに常に正,細線は一方もしくは 2 点

での相対すべり速度が負となり得る場合を示し,実線は安定,点・破線は不安定解を表す. 図 2.13 に,押し付け荷重 1 2 19.6 NP P= = のときの結果を示す.図は 0θ = に関するそれぞれ

対称モードおよび反対称モードの速度振幅 msa および msb (付録 2.2 参照)と 2 つの摩擦力の

作用角度 0 90θ≤ ≤ の関係である. 0θ = は摩擦作用点が 1 個の場合に相当する. 1 2P P= の場

合,不安定の破線以外は,2 摩擦作用点間の中心に腹がある対称モードと節がある反対称モ

ードであり,それらをそれぞれ S 形モードおよび AS 形モードと呼ぶ. msa および msb はそれ

ぞれ対称モードおよび反対称モードの速度振幅であるので,S 形は 0, 0ms msa b≠ = ,AS 形は

0, 0ms msa b= ≠ となる.一方,破線は 0, 0ms msa b≠ ≠ なるモードですべて不安定解である.安

定領域は S および AS 形分枝にのみ存在する. 実・太線は相対すべり速度が常に正の安定解(以後,これを#1 形振動と呼ぶ)である.実・

細線の部分は,平均法からの安定判別では安定であるが,どちらかの摩擦作用点の相対すべ

り速度が負となり得る架空解の領域である.ゆえに,この領域では#1 形振動ではないため,

平均法の適用範囲外となる.そこで,単一モードが発生するという平均法の結果を先取りし,

1 自由度系として,静止摩擦力,復元力と減衰力のつり合い点から数値積分して式(A2.2.9)の定常解を求めると,この部分は, 初に相対すべり速度が零となる点でスティックを生じる

振動(以後,単にスティックスリップと呼ぶ)であることが判明した. 図 2.13 には,直接数値積分法と平均法の結果の比較も示している.○は直接数値積分法に

よる安定解,●は不安定解である.#1 形振動である平均法の太線(実・点および破線)と数

値積分の結果を比較すると,その速度振幅は極めてよい一致を示している.また,より詳細

な計算の結果,安定・不安定境界および#1 形振動とスティックスリップの境界も両者の良い

一致を見た. 図 2.13 で,(1,0),(2,0)の各モードでは S 形,AS 形が重複して存在するθ の領域があり,そ

の領域は各モードで異なる.(3,0)モードは振幅が小さいため,安定解が存在せず,(0,0),(4,0) モードには不安定解すら存在しない.

図 2.13 (1,0), (2,0), (3,0)モードの振動特性 図 2.14 実験装置

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図 2.15 2 つの(2,0)モード 図 2.16 (1,0)モード S 形

たとえば,図 2.13 は, 45θ = では,(1,0)モードの S 形,AS 形,(2,0) モードの AS 形のい

ずれかが,また, 90θ = では,(1,0)モードの AS 形,(2,0)モードの S 形のいずれかが初期条

件に依存して発生することを示している. b.実験結果 図 2.14 に実験装置を示す.円板(Circular plate)外周上のある角度離れた 2点(Point 1, 2)で接するように,2 本の摩擦棒(Friction rod)とガイドとなる鋼棒の合計 3 本がアク

リル板にセットされ,スライダとなっている.法線方向荷重はばね(Spring)の圧縮量をねじ (Load adjuster)で調整し,ベアリングを介して摩擦棒に加えられる.円板の鳴きはスライダを

モータで垂直上方に定速で掃引して発生させる.円板の材質は SK4,摩擦棒は直径 20mm,

長さ 400mm,材質は S45C である.また,実験では, 1 2 0.0574m/sV V= = とし,摩擦両面は#800エメリーペーパで仕上げ,実験前に超音波洗浄し,二つの摩擦面の状態を同じにすると同時

に表面状態の定常性を確保した.振動中の円板と摩擦棒間の接触保持の状態を監視しながら

実験を行なった.発生した各モードの振動数は表 2.1 の実験値と一致していた. 振動中の円板と摩擦棒間の摩擦特性を直接測定することは,円板の剛性,慣性力などもあ

り,極めて困難であるため,その直接測定は行っていない.それゆえ, 1 2,V V についてもあえ

て実験と理論で一致させていない.実験結果を以下にまとめる. (1) 図 2.15 は 1 2 9.8NP P= = のときで,(a)は 17.5θ = ,(b)は 27.5θ = での(2,0)モードが数回

連続発生した後の砂によるクラドニ図形の例とそのときの外周近くの点 A, C(図 2.11 (b)参照)に置かれた加速度ピックアップによる波形である.図 2.15(a)が S 形,図 2.15(b)がAS 形であり,各形で腹,節の位置が明かに区別される(図 2.13 参照).図 2.16 は

1 2 9.8NP P= = , 17.5θ = での(1,0)モードの S 形の同様の例である.加速度波形から計算

してスティクスリップと考えられる(図 2.13 参照). (2) (2,0)モードの S 形,AS 形の発生率を調べた.実験ではピックアップの影響を除くため,

非接触形変位計で発生する振動形をチェックした.結果を 1 2 6.86 NP P= = に対して図 2.17 (a)に, 1 2 9.8NP P= = に対して図 2.17(b)に示す. 0θ = では S 形のみ, 45θ = では逆に

AS 形のみの発生となっている(図 2.13 参照).しかし, 17.5θ = ~30 では,S 形と AS形が混在した.図(a)と(b)を比較すると,荷重が増すと,S 形,AS 形の混在領域が広がり,

22.5θ ≤ で S 型, 22.5θ ≥ で AS 形の発生割合が大きくなる(図 2.13 においても,両方

の形の安定解が共存している). 22.5θ = では S 形と AS 形はほぼ同じ割合で発生したが,

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実験中,一方の形のモードから他方の形のモードへの移行も観測された.なお,各θ に

対するデータは,約 50~100 回の実験結果の統計である. 以上,実験結果と解析結果は定性的に一致していることがわかる.

図 2.17 (2,0)モードの S 形,AS 形発生割合( 1 2P P= の場合)

図 2.18 回転円板の(2,0)振動モードの自励振動 (Video2-4, Video2-5)

2.2.5 回転円板の摩擦振動

水平円板をモータでゆっくり回転させて,円板の外周を軸方向に金属棒で擦ってみよう.

図 2.18 に見るように,薄い OHP フイルムをスライス状にした柔らかいばねの端に BB 弾を取

り付けたものを円板の円周上に均等に配置して回転円板の振動を可視化した.回転円板のモ

ードは 2 つの直径節をもち,回転しているにもかかわらず金属棒の位置が腹となる,空間に

固定されたモードであることがわかった.これは円板が一様で,円板を擦る場所,すなわち,

振動エネルギーが流入する位置が空間に固定されているからである.このことから,この振

動モードが空間に固定する性質を破ることができれば,回転円板の摩擦振動モードは発生し

ないことになる.そのためには,回転円板に一様でない強い癖,すなわち,不均一性(イン

パーフェクション)を取り付ければ,振動モードが円板の回転にあわせて回転し空間固定モ

ードは発生しなくなるであろう(6)(7)(8).

回転方向

腹 腹

←金属棒 節

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図 2.19 解析モデル(12)

負の勾配を有する乾性摩擦による回転円板の定常振動解析は非線形解析となる.モード解

析,平均法,多重尺度法(9),シューティング法(10)(Shooting method)などの解析手法を用いて解

析される.

空間にほぼ固定された振動モードをもつ回転円板の摩擦振動を動吸振器によって制振する

手法について述べる(11)(12).動吸振器を回転している円板に取り付ける場合,振動する静止物

体に取り付ける場合とは概念が異なる.もしも,1 つの動吸振器を回転円板に取り付けたと

すると,この動吸振器が効果的であるのは振動モードの腹の位置を通過するときだけであり,

完全な制振を期待することはできない.そこで,回転円板の自励振動を完全に制振するため

には,複数の動吸振器を取り付ける必要がある.たとえば,2 つの動吸振器を発生するだろ

う振動モードの腹と節の間隔で取り付けると,その対象モードを制振できるかもしれない.

動吸振器のチューニングはその振動数を発生振動数に同調させることが原則であろう.よっ

て,2 つ以上の動吸振器で 1 つの振動モードを持つ自励振動を制振することになる.

図 2.19 に示すように,空間に固定された静止座標系 ,r θ において,円板は内周 0r r= が固定,

外周 r R= が自由で,一定角速度ω でゆっくり回転している.また,外周上の空間固定点

( , )r θ = ( ,0)R において,押し付け荷重 P を作用させた剛体摩擦棒を介して円板へ軸方向の摩 擦力 P が作用する.円板上に固定された座標系 ( , )r φ 上の点 ( , )n nr φ に質量 nm ,粘性減衰係数 nc , ばね定数 nk の動吸振器を N 個取り付ける.ここに, 1, ,n N= である.

ここでは,内部共振関係のない円板の自励振動について理論解析を行うが,内部共振関係

がある場合に対しても一貫した理論展開を可能にするため,円板を Mindlin 円板と見なす. 低速回転時の鳴きを取り扱うため,遠心力およびコリオリ力を無視する.そのとき,静止

座標系 ( , )r θ から見た円板の運動方程式は次式となる(5).

23

23

2

1

112

2112

( )1 ( ) ( ) ( ) ( )

r rrr r

r r

Nnr r

n nn

M M MM HQr r r t

M M M HQr r r t

Q tQ Q PH w r R r rr r r t r r

θ θ

θ θ θθ θ

θ

ρ ω ψθ θ

ρ ω ψθ θ

Γρ ω δ δ θ δ δ θ θθ θ =

∂ −∂ ∂ ∂⎛ ⎞+ + − = +⎜ ⎟∂ ∂ ∂ ∂⎝ ⎠

∂ ∂ ∂ ∂⎛ ⎞+ + − = +⎜ ⎟∂ ∂ ∂ ∂⎝ ⎠

∂∂ ∂ ∂⎛ ⎞+ + = + − − − − −⎜ ⎟∂ ∂ ∂ ∂⎝ ⎠∑

···(2.9)

ここに, , ,r rM M Mθ θ はモーメント, ,rQ Qθ はせん断力, , ,rw θψ ψ は面外変位と角変位,Hは板厚,t は時間,ρは密度, ( )δ ⋅ は Dirac のデルタ関数, ( )n tΓ は n 番めの動吸振器と円板と

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表 2.2 円板の固有振動数とモード減衰比 モード(m, s) (1,0) (0,0) (2,0) (3,0) (4,0)

/ 2msω π (Hz) msζ

355 15.2×10-3

429 8.08

643 1.70

1 549 0.78

2 861 6.13

の接触力および n ntθ ω φ= + .円板は段付きとするが,リング番号を示す添え字は省略してい

る.n 番めの動吸振器の運動方程式および円板との接触力 ( )n tΓ は次式で与えられる.

2

2

2 ( ) ( ) 0( ) {2 ( ) ( )}

n n n n n n n n

n n n n n n n n n

u u w u wt m u w u wζ ω ω

Γ ζ ω ω+ − + − = ⎫⎪

⎬= − + − ⎪⎭

···································································(2.10)

ここに, / 2 , / ,n n n n n n n nc m k k m uζ ω= = は n 番めの動吸振器の変位, ( , )n n nw w r θ= は n 番め

動吸振器取付位置での円板の面外変位である. 式(2.9)および式(2.10)にモード解析を適用する.また,棒と回転円板の相対すべり速度に関

して負の勾配を持つ非線形摩擦特性を仮定し,高い振動数成分と低い振動数成分が共存する

する系に多重尺度法を適用して,非線形系の定常解とその安定性を解析した.付録 2.3 にそ

の解析過程を記述した.以下に使用する記号は付録 2.3 で使用したものである. a.数値計算結果 数値計算に用いた円板の寸法を図 2.12 に,また,円板の固有振動数

と実験から求めたモード減衰比を表 2.2 に示す.押し付け荷重を 19.6 NP = ,回転数を

/ 2 0.05Hzω π = ,剛体摩擦棒の円板軸方向掃引速度を 0.12m/sV = ,および動吸振器取付位置

を外周上とし,摩擦係数については, 3 31 2 325s /m , 2.0s/m, 0.45e e e= = = と仮定した.

なお,動吸振器単体の減衰比 nζ は動吸振器の加振実験から求め,後で述べる発生可能なモ

ードである(2,0)モードおよび(3,0)モードを制振するための動吸振器に対して,それぞれ 0.054および 0.092 と決定した.ここでは比較的小さい減衰の動吸振器を対象としている. 図 2.20 は,質量 M の円板上に一つの動吸振器を取り付けた場合 ( 1)N = で,動吸振器の質

量比 1( / )m Mν = をパラメータとしたときの(2,0)および(3,0)モードの数値計算結果を示す.横

軸は動吸振器の固有振動数 1 1 / 2f ω π= である.動吸振器を取り付けた場合,その不均一性の

ため,円板の振動はうなりを生じる.そのため,縦軸は平均速度振幅を示している. 太線および細線はそれぞれ平均速度振幅から計算された円板と剛体摩擦棒間の相対すべり

速度が正および負の解を,また実線および点線はそれぞれ安定および不安定解を表す.点線,太線,細線の解が分枝上に速度振幅が小さい方から順に存在している.相対すべり速度が負

の解はスティックスリップ形の自励振動であると考えられる.

図 2.20 一つの動吸振器による抑制効果 図 2.21 二つの動吸振器による抑制効果

太線

細線

細線 太線 太線

細線

細線 太線

3.0

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図 2.20 から,動吸振器が取り付けられていない 0ν = の場合と比較すると,動吸振器の固有

振動数を円板の固有振動数付近(横軸下の矢印↑)にチューニングさせると,平均速度振幅

は小さくなり,自励振動を抑制する効果はある.しかしながら,(2,0)モードに対しては不安

定ながら解が存在している.これは,(2,0)モードを制振するための動吸振器を設置した場合,

(3,0)モードが優勢で安定であるためである.したがって,何らかの方法で安定な(3,0)モード

が完全に制振されることがあれば,いつでも(2,0)モードが発生可能であることを意味する.

それゆえ,この程度の質量( 310ν −≈ )では一つの動吸振器のみで完全な制振は不可能である. (3,0)モードは,動吸振器の質量が大きい場合に有限振幅を有しない領域,つまり完全に制

振された領域が存在することから,(2,0)モードと比較して(3,0)モードの方が制振されやすい

と考えられる. 図 2.21 は,二つの動吸振器を取り付けた場合 ( 2)N = で,二つの動吸振器の固有振動数を同

じにし,それを変化させたときの(2,0),(3,0)モードに対する図 2.20 と同様の結果である.こ

こに, 1 2( ) /m m Mν = + である.上図および下図は,それぞれ(2,0)モードに対し 45 間隔で動吸

振器を配置した場合,および(3,0)モードに対し30 間隔で動吸振器を配置した場合を示す.ま

た,横軸下の矢印は各モードの固有振動数を示す. 質量比 31.0 10ν −= × を例に取る.円板の固有振動数付近である横軸上の赤い太線部分に動吸

振器の固有振動数をチューニングさせると摩擦振動は完全に制振可能である(赤い太線部分

を完全消滅域と呼ぶ).したがって,円板上に動吸振器を配置し,摩擦振動を完全に制振させ

るためには,完全消滅域にチューニングさせた二つ以上の動吸振器を特定の角度で配置する

方法が有効である(角度に関する考察は後述する).また,動吸振器の総質量と円板質量の比

が約 310− 程度でも円板の摩擦振動を完全に制振できるので,極めて効率の良い制振法である. 図 2.22(a)は,(3,0)モードの固有振動数(1549Hz)にチューニングされた 1 2 2gm m= = の二つの

動吸振器(図 2.22 中の下側の■印.以後,(3,0)用動吸振器と呼ぶ)を開き角 30 30Δφ = で取り

付けた状態で,さらに(2,0)モードの固有振動数(653Hz)にチューニングされた動吸振器(図 2.22中の上側の□印.以後,(2,0) 用動吸振器と呼ぶ)を二つ取り付けたときの開き角 20Δφ の影響

を示す.同様に,図 2.22(b)は, 1 2 2m m g= = の(2,0)用動吸振器を 20 45Δφ = で取り付けた状態

でさらに(3,0)用動吸振器を二つ取り付けたときの開き角 30Δφ の影響を示す.(2,0)用と(3,0)用の動吸振器間の角度は任意であるが,動吸振器による不つり合い量が少ないように配置する. 図 2.22(a)および(b)では,それぞれ(3,0)モードが完全に消滅した状態の(2,0)モードのみ,お

よび(2,0)モードが完全に消滅した状態の(3,0)モードのみが発生可能な状態を示している.各

図から,対象モードに完全チューニングされた動吸振器を用いると,(2,0)モードに対しては

開き角 20 45Δφ = 付近,(3,0)モードに対しては 30 30Δφ = 付近に動吸振器を配置するのが も効

果的である.つまり,制振対象モードの腹と節に相当する角度に動吸振器をそれぞれ配置す

(a) (2,0)モードへの開き角の影響( 30 30Δφ = ) (b) (3,0)モードへの開き角の影響( 20 45Δφ = ) 図 2.22 動吸振器の取り付け角度の効果

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30

図 2.23 完全消滅域

ると,完全消滅域を有効に利用できる.なお,図 2.22 の解はすべて相対すべり速度が正の安

定解である. 図 2.23 は,二つの動吸振器を取り付けた場合の(2,0)および(3,0)モードに対する離調度の許

容量つまり完全消滅域のパラメータ範囲を示した図である.横軸は質量比ν ,縦軸は二つの

動吸振器の固有振動数(2 つとも同じ)と(2,0)または(3,0)モードの固有振動数との比(離調度)

を表す.両図とも二つの動吸振器の開き角がパラメータである.図中 C 字形の内側に動吸振

器の固有振動数をチューニングさせることにより完全な制振が可能であることを示す.図か

ら, (2,0)モードに対して動吸振器を 45°間隔で配置した場合, 310ν −= 程度でも 1 20/ω ω

2 20/ 0.88ω ω= = ~1.12 の範囲で完全に制振が可能であることから,かなりのロバスト性があ

ることがわかる.また,動吸振器の離調度が増すにつれて,(2,0)モードでは30 ,(3,0)では 20の方が完全消滅域のν の範囲は広くなる.

b.実験結果 円板の材質は SK4 で,形状は図 2.12 と同一のものである.摩擦棒の材質

は S45C で,直径 20mm,長さ 1.2m であり,その固有振動数が円板の固有振動数と一致しな

いように考慮し,ゴムを介して両端をガイド棒と平行にアクリル板に固定した.摩擦棒は,

ばねを介した調整ねじにより押し付け荷重19.6Nで円板外周上に押し付けた状態で掃引した.

摩擦棒の円板軸方向掃引速度は 0.12m/s であり,円板の回転に伴う円周方向の摩擦力を打ち消

すため斜めに掃引した.摩擦面は超音波洗浄するとともに,振動中の接触離脱を起こさない

ように,円板と摩擦棒の接触状態を電気的に常に監視した. ピックアップは渦電流形非接触式変位計を用いており,その配置を図 2.19 に示した.図中

の点 A が摩擦点であり,静止状態における円板の固有モードの腹と節の位置に相当するよう,

(2,0)モードのとき点 A, B,(3,0)モードのとき点 A, C から振動を検出した. 取り付けた動吸振器は,小さな金属板にゴムを張り付けたもので,その固有振動数のチュ

ーニングは動電加振器であらかじめ加振を行って,制振対象モードの固有振動数にできるだ

け一致するように設定し,円板のほぼ外周上に設置した.

図 2.24 (2,0)モードの波形 図 2.25 (3,0) モードの波形

ν

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31

図 2.24 および 2.25 に動吸振器を取り付けていないときのそれぞれ(2,0)および(3,0)モードの

時刻歴波形とその時間軸を圧縮したもの(以後,包絡線波形と呼ぶ)を示す.図中,点 S お

よび点 E は摩擦棒掃引開始および終了時刻を表す.図から,円板が回転しているので,それ

ぞれ点 B および点 C で振幅が 0 とはならず,振動モードは回転方向にわずかにずれている.

また,(2,0),(3,0)モードともわずかにうなりを生じているが,これは製作・取り付け誤差な

どで円板に生じたわずかな不均一性が原因である. この円板では,(2,0),(3,0)両モードのみが発生可能であり,実験における発生頻度から,(2,0)モードの方が(3,0)モードより発生しやすいことが明かになった.これは理論解析結果と一致

する. 図 2.26 は 3

1 15g ( 5.46 10 )m ν −= = × の(2,0)用動吸振器を一つ取り付けた場合の包絡線波形で

ある.前半部分が(2,0)モードの発生,途中から(3,0)モードへと移行している.一つの動吸振

器では,質量が 15g であっても完全な制振が不可能であったことから,複数個の動吸振器を

対象モードに対応した適当な角度に配置する手法の有意性が認められる. 図 2.27 は, 1 2 2gm m= = の (3,0)用動吸振器を 30 30Δφ = で取り付けた状態で,さらに

1 2 2gm m= = の(2,0)用動吸振器を二つ取り付け,その開き角 20Δφ を変化させた場合の点 A で

の包絡線波形である.図 2.27 中のマスコットに図 2.22 と同様の表示法により動吸振器の配置

を示す.マスコットの下側■は(3,0)用,上側□は(2,0)用動吸振器である.(3,0)用動吸振器の

効果で(3,0)モードは全く発生せず,図 2.27 中の波形はすべて(2,0)モードである. 20 20Δφ = ま

では鳴きが発生したが,(2,0)モードは 20 25Δφ = で完全に制振された.

図 2.26 一つの(2,0)用動吸振器による制振状況 図 2.27 (2,0)用動吸振器の開き角の影響

図 2.28 (2,0)+(3,0)用動吸振器による完全制振の例

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32

図 2.28 は,(3,0)用動吸振器二つおよび(2,0)用動吸振器二つをそれぞれ開き角30°および 45°で配置した場合の点 A での振動波形および周波数分析結果である.図中,ノイズ的な微小な

振動が存在しているが,これは(1,0)モードの振動である.(2,0),(3,0)両モードとも完全に制

振されたため,(1,0)モードが発生しようとしているが,この振動は極めて間欠的でしかもノ

イズレベルの振幅しか有せず,現象としては完全に鳴き音が発生しない状態が実現された.

図 2.27 において 20 25Δφ = 以上で完全に制振されていることから, 45 に近づくにつれ制振効

果が大きくなるという数値計算結果と定性的に一致している.また,この状態で円板を静止

させ,動吸振器の振動を測定した結果では,動吸振器はほとんど振動しておらず,制振対象

モードの周波数成分は極短時間に間欠的にしかも極めて小さい振幅で存在するだけで,自励

振動発生初期の段階で完全に制振される,すなわち,系は安定化される.この点において,

自励振動を制振する場合の動吸振器の挙動は,激しく振動することにより制振を行う強制振

動における動吸振器の挙動と大きく異なる. Tea Time 2.3 自動車の急ブレーキ時や急旋回時のキー音

自動車の高速道路での高速運転時のブレーキングや通常道路で急ブレーキをかけたときに

はブレーキはキーという鳴き音を絶対に発生しない.手前の信号が黄色に変わったり,赤に

なったりしたときの徐行時にブレーキをかけたときに鳴き音は発生する.急ブレーキや急ブ

レーキと同時に急ハンドル操作をしたときの甲高いキー音はタイヤトレッドとアスファルト

道路との間のすべり摩擦によってタイヤトレッドが局所的な摩擦振動を生じるものであり,

決してブレーキの鳴きではない.つまり,この甲高いキー音は乾性摩擦によるタイヤトレッ

ドの振動音である.自動車のブレーキの鳴き,急ブレーキ,急旋回時のタイヤトレッドの振

動は,3kHz 程度の甲高い騒音を撒き散らす.この周波数帯は人間にとって も聴力感度が高

い周波数帯であるので,極めて耳障りな騒音となる.

2.2.6 板の弦による振動

今,バイオリンと同じメカニズムを使って板に振動と音を発生させてみよう.図 2.29 に見

るように,長方形板は真鍮製で,その中央が下から固定されている.まず,板を金属棒で叩

いてみる.叩くと多くのモードが同時に発生し,色々な音が聞こえる.叩く位置によって発

生する音の高さが異なる.叩く位置がある固有振動モードの腹の位置に近いときにそれに対

応した振動モードの音を発生し,叩く位置が固有振動モードの節の位置の近くであれば,そ

れに対応した振動モードは発生しにくいからである. 次に,弓の弦の部分はテニスのガットを使用して,松ヤニを弦に塗布して板と弦の間の摩

擦力を増加させて,板の縁を板表面に対して垂直に擦る.板と弦の間の摩擦特性は相対すべ

り速度に対して負の勾配を有する乾性摩擦である.なぜならば,板の振動方向と擦る摩擦方

向が一致しているからである.上から下へ擦るときも下から上へ擦るときも同じように板は

振動する.すなわち,方向性がない.また,弓で振動的な力や強制変位などのような,板に

強制振動を与えているのではないが,板が振動し大きな鳴き音が発生する. 板の上にガラスの粉を振りかけて板を振動させると,クラドニ図形で振動中の板のモード

を一目で見ることができる.粉は振動モードの腹では大きく飛び跳ねて移動し,節に集まる.

粉の作る線は振動モードの節線である.擦る位置は必ず振動モードの腹の位置に近く,擦っ

ている板の場所は必ず振動しており,節とはならない.前回生じた振動モードの節の位置を

弦で擦ると,前回とは必ず異なったクラドニ図形が現れる.振動モードが変われば,板から

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の音の振動数も変化する.押し付ける力を強くして擦ると,クラドニ図形が複雑に入り込ん

できて,音の振動数も高くなる.摩擦力が大きくなると,自励系には高次の振動モードが誘

発されやすくなる.

(a) 弓の掃引による板の振動

(b) 板の上のクラドニ図形(↓は弦で擦る位置) 図 2.29 板の乾性摩擦による自励振動 (Video2-6)

2.2.7 自転車用ディスクブレーキの鳴き

交通機関の騒音は社会的に深刻な環境問題となっている.その中でも自動車のブレーキ制

動時に生じるキーという鳴き現象(13)-(19)は,エンジンの騒音レベルが低下するにつれて相対的

に大きな問題となり,長い間研究が続けられている.一方,自転車のブレーキの鳴き音(20)-(22)

は開放空間に放射されるため,ライダーのみならず近くにいる歩行者にも極めて迷惑な騒音

である. 自転車のブレーキの中でもマウンテンバイクのダウンヒル競技用にはゴムを使用したキャ

リパブレーキ(20)からディスクブレーキ(Disk brake)への移行が現在の世界的傾向であり,市販

のマウンテンバイクでもディスクブレーキが数多く使用されるようになった.マウンテンバ

イクで急な坂を下降するときは,後輪制動は車輪のロックを引き起こすので,前輪制動が原

則である.また,自転車のディスクブレーキは,その取り付け場所が制限され,部品の大き

さや形状を変更する自由度が大きく制約される.さらに,ロータは非常に薄く小さいので,

制動時の温度は 300℃を越えることも稀ではない.そのため,マウンテンバイクのディスク

ブレーキには,「キー」という甲高い鳴き(Squeal)を生じるのみならず,制動を持続するとロ

ータの温度上昇に伴って,「キュルキュル」というハンドルから手に激しい震えが伝わる低い

振動数のビビリ(Chatter)を生じることがある (Video2-7).このように,自転車用ディスクブレ

ーキには,2 種類の摩擦振動の発生が可能である.鳴きとビビリの発生は騒音の問題だけに

とどまらない.鳴きやビビリが長時間持続し,繰り返されると,図 2.30 に示すようなブレー

キユニット以外のスポークの破断を引き起こす.鳴きとビビリの発生・持続はマウンテンバ

イクの競技中や通常走行中における人身事故にもつながる危険性がある.

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図 2.30 スポークの破断

Rotor Front fork

Caliper

Hydraulic brake line

Thermocouple Thermometer

Data logger

Accelerationpick up

Charge amplifier

Pad

Caliper Oil

Rotor

Piston

Pad

図 2.31 自転車のブレーキユニット 図 2.32 計測装置のレイアウト

表 2.3 ブレーキ系の仕様

外 径 160mm 厚 さ 2mm ロータ 材 料 SUS420J2

パッド サイズ 37mm×15mm×4mm

キャリパ ピストン

サイズ φ13.5mm (リーディング側) φ15.4mm (トレーリング側)

スポーク サイズ 255mm, 260mm(長さ)×φ2mm(直径)

ここでは,実験室でそれらを再現するとともに,鳴きおよびビビリの特徴的な現象を明ら

かにする(23)(24). 図 2.31 に自転車用前輪のディスクブレーキの構造を示す.実験に使用した自転車用ディス

クブレーキのブレーキユニットは,ロータ,キャリパおよびパッドから構成される.ロータ

はマウントに 6 本のねじで固定され,マウントと一体であるハブ(Hub)は車輪片側 16 本(両

側で計 32 本)のスポークを介してリム(Rim)に接続されている(図 2.51(b)参照).ロータは幅

13 mm のリング状の摺動部が 9 本の足で支持された形状であり,摺動部にはロータの放熱効

果を促進するために,小穴が多数あけられている.キャリパはフロントフォークに固定され

ており,ロータ両面にそれぞれ 2 本の油圧ピストンを有する対向型キャリパである.ピスト

ンの油圧でパッドがロータを挟み込み,両者間の摩擦力によって制動力を生み出す.各部の

詳細な仕様を表 2.3 に示す. 図 2.32 は図 2.31 の黒枠部の拡大図であり,測定に使用したセンサ,計測器、計測の流れおよびブ

レーキの構造を示す.キャリパのリーディング(ロータがキャリパに入ってくる)側のロータ面外

方向振動を加速度ピックアップで測定し,パッドの温度をブレーキパッドの側面に取り付けられた

熱電対(Thermocouple)で測定する.それらの信号はそれぞれチャージアンプおよび温度計を経て,デ

ータレコーダに記録される.また,実験中のブレーキ力は油圧計をブレーキに装着して測定する. 実際にライダーが自転車に乗って約 9 の下り坂を 20km/h の速度で走行し,制動時の振動を計測す

タイヤ

リム

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る実車走行実験を行なった.走行開始後約 1 分でパッド温度は 300℃近くまで上昇する.また,走行

中の油圧は約 1.5~2 MPa 程度であった.走行開始直後からキーと言う鳴きが発生・持続し,しばら

く時間が経過した後にキュルキュルという手に伝わるほどの非常に激しいビビリが発生する.低温

域では,鳴きが発生し,高温域では鳴きとビビリが繰り返し発生した.一方,走行開始直後から鳴

きが発生し,しばらくして無音時間帯がそれに続き,その後再び鳴きおよびビビリが発生するとい

う形態もしばしばあった. この実験結果を実験室で再現させ,詳細な実験データを取得した.図 2.33 に示すような自

転車本体を実験室でそのまま使用したベンチ実車実験装置を用いて鳴きおよびビビリの再現

実験を行った.この装置では,後部の自転車フレーム部の一箇所を固定して,モータでフラ

イホイールを駆動し,前輪タイヤを接触駆動する.ライダーは自転車に乗って前輪に荷重を

かけつつ,油圧計を見ながら一定のブレーキ力を保持して,前輪制動過程での鳴きおよびビ

ビリの再現実験を行った. 実車走行実験の条件を考慮して,回転数を 2 rps,ブレーキ油圧を 1.5 MPa と設定した.ま

た,ブレーキユニットにおける加速度,温度,油圧の測定は実車走行実験のときと同様であ

った.なお,実験は制動により温度が上昇する過程で行い,パッド温度が 300℃を幾分越え

たところで終了とした. ベンチ実車実験における鳴きとビビリ発生時のキャリパの面外方向加速度の周波数分析結

図 2.33 実機を使ったベンチ実車実験装置 (Video2-8)

0 50 100 150 200 250 3000

400

800

1200

Chatter

Squeal

Experiment process

Freq

uenc

y H

z

Temperature of pad (a)鳴き (b)ビビリ 図 2.35 回転数 2rps のときのパッド温度と

図 2.34 キャリパの面外振動の周波数分析 鳴き/ビビリ振動数の関係

Experiment progress

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表 2.4 音圧レベル AL

ロータ正面 ロータ側面 鳴 き 89dB 82dB ビビリ 85dB 80dB

0 50 560

70

80

90

2.5en ter tex t here

Frequency kHz 2.5

LP d

B

Frequency kHz

0 50 560

70

80

90

2.52.5

Frequency kHz

LP d

B

Frequency kHz (a) ロータ正面 (b) ロータ側面 (a) ロータ正面 (b) ロータ側面

図 2.36 鳴きの音圧の周波数分析 図 2.37 ビビリの音圧の周波数分析

果を図 2.34 に,また,パッドの温度と鳴きおよびビビリ発生時のキャリパの面外方向加速度

の振動数との関係の一例を図 2.35 に示す.図 2.35 において,実験過程(Experiment progress)は温度が上昇する向きであり,図中の●および○はそれぞれ鳴きおよびビビリの発生を表し,

その直径はキャリパの面外方向加速度の相対的な大きさを示す. また,鳴きおよびビビリが発生しているとき,ロータ中心から 1m 離れたロータ正面およ

びロータ側面における音圧レベルを騒音計 (A 特性) で測定した.その平均的な結果を表 2.4に示す.図 2.36 および図 2.37 にそのときの鳴きおよびビビリの音圧(A 特性)を測定してそ

れを周波数分析した結果を示す. ベンチ実車実験装置による実験結果から,以下のことが判明した.

(1) 鳴きは常温の実験開始直後から発生し,常温から 300℃までの広い温度領域で鳴きの振

動数は約 1 kHz で一定であり,温度依存性はない.一方,鳴きが発生しているときのキ

ャリパの面外方向加速度レベルは実験開始直後が も高く,温度上昇につれて低下する

傾向にあるものの,パッド温度が 200℃付近ではレベルが再度高くなっている. (2) 260~290℃の狭い高温領域でビビリが発生した.ビビリ発生時のロータの面外方向の振 動数は 500 Hz で,この振動数も温度により変化しない.また,鳴きとビビリの振動数比

は温度に関係なく,整数比 2 : 1 にロックされており,ビビリの 2 次高調波成分に鳴きの

振動数成分を倍音として含んでいる. (3) 制動開始後,鳴きが発生しているときにのみ鳴きからビビリへと変化する.すなわち,

ビビリは鳴きと共存し,鳴きが発生していないときに単独でビビリだけが発生するよう なことはなかった.

(4) 鳴きとビビリの音圧の周波数分析結果とキャリパの面外方向振動加速度の周波数分析 結果とは非常に強い相関がある.したがって,鳴きなどの騒音問題は振動測定を通して

検討できることがわかる.また,鳴きとビビリでは鳴きの方が,また方向としてはロー

タ正面の方が音圧は高い. 図 2.38(a)および(b)の左図はベンチ実車実験装置において,鳴きおよびビビリが発生してい

るときのロータ,キャリパおよびフロントフォークのロータ面外方向の振動速度を,スキャ

ンニング・レーザ・ドップラ振動計(Scanning laser Doppler vibrometer)で測定した結果である.

鳴きおよびビビリは空間に固定された振動モードをもつことがわかる.白色,灰色,黒色の

点が面外方向の振動の測定点であり,白と黒は振動速度が大きく,鳴きおよびビビリ発生時

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(a) 鳴 き (b) ビビリ

図 2.38 ロータの面外連成固有振動モード(回転数 2rps)

0 1 2 3 4 5 6-60-50-40-30-20-10

Chatter

Squeal

Acc

eler

atio

n d

B

Rotating speed of rotor rps (a) ロータ回転速度とキャリパ面外方向の振動レベルの関係

0 1 2 3 4 5 60

400

800

1200

Chatter

Squeal

Freq

uenc

y H

z

Rotating speed of rotor rps (b) ロータ回転速度と鳴き・ビビリ振動数の関係

0 1 2 3 4 5 60

100

200

300

℃Te

mp.

regi

on

Rotating speed of rotor rps (c) ロータ回転速度と温度の関係

図 2.39 鳴き,ビビリに対するロータ回転速度の影響(●:鳴き,○:ビビリ)

にはお互いに逆位相の振動をしていることを示す.振動していない点は灰色である.したが

って,フロントフォークは鳴き,ビビリ時ともにほとんど振動しておらず,また,今までの

実験で便宜上測定してきたキャリパの面外振動も大きな振動にはなっていないことがわかる.

鳴きおよびビビリ発生時のロータの速度振幅はおよそそれぞれ 50 mm/s (振動数 1 kHz)お

よび 1m/s (振動数 500Hz)にも達し,鳴きよりもビビリのロータ面外変位振幅がはるかに大

きいこと(40 倍)を示している.目視からも,ロータの面外振動レベルはビビリの方が鳴き

よりもはるかに高いことが確認される. 図 2.38(a)および(b)の右図はそれぞれ鳴きおよびビビリが発生しているときのロータの面外

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方向振動モードをわかりやすく描いたものである.パッドの位置はほぼ振動の節であり,振

動モードの節は,鳴きではパッドの位置を含めて 7 カ所,ビビリでは 5 カ所がパッドを通る

直径軸に関してほぼ対称に存在し,鳴きおよびビビリでロータの面外振動モードがお互いに 異なる.このような直径節をもたないモードはロータ単体の振動に起因するものではなく, ロータ以外からの拘束およびロータ以外の振動系との連成振動の結果である(15). 図 2.39 はブレーキ油圧 1.5 MPa でのベンチ実車実験装置による車輪回転数と鳴きおよびビ

ビリの発生との関係をまとめたものである.図 2.39(a)はロータの回転数と鳴きとビビリが発

生しているときのキャリパの面外振動加速度レベルとの関係を示しており,●印が鳴き,○印がビビリを表す.図 2.39(b)はロータ回転数と鳴きとビビリの発生振動数との関係を示したも

ので,丸印の大きさは図 2.39(a)の加速度レベルの相対的な比較を表している.鳴きとビビリ

の振動数が重複してプロットされている領域はビビリが発生するロータの回転数領域である.

図 2.39(c)は鳴きおよびビビリが発生するパッドの温度範囲を示す.常温から点線の温度範囲

が実験の温度領域を表し,●の間の実線が鳴きの発生領域,○の間の実太線がビビリの発生領

域である.回転数 0.5 rps では,温度は 220℃までしか上昇しなかった.ロータ回転数が 1.5~4 rps では,パッド温度が 300℃を越えても鳴きは持続していた.また,ビビリが発生すると,

ロータの面外振動が大きいため,制動しているにもかかわらず,鳴きに比較してパッ ドの温度上昇は鈍くなった.図 2.39 の結果は以下のようにまとめられる. (1) 回転数 0.5~6 rps までのすべてのロータ回転数で鳴きを生じているが, 2~2.5 rps の範

囲では,鳴きおよびビビリがともに生じやすく,キャリパの面外方向加速度レベルも高

い.また,鳴きおよびビビリ発生時のキャリパの面外方向の振動数はパッドの温度のみ

ならずロータの回転数によっても変化せず,それぞれ 1 kHzおよび 500Hzで一定である. すなわち,ロータ回転数の如何に関わらず鳴きとビビリの基本振動数の比はちょうど 2 :1にロックされている.

(2) ビビリは鳴きが生じているときにのみ生じ,ビビリが発生する狭いロータの回転数領域 が存在する.しかもビビリが生じるのはパッド温度が高温で,およそ 260~290℃の狭い

領域に限定される.図 2.35 は図 2.39(c)のロータ回転数 2 rps におけるパッド温度と鳴き・

ビビリ振動数の関係を示したものである. 図 2.40 に,ロータ側および反ロータ側スポークの 1 本ずつの張力を簡易張力計から,また, その固有振動数を打撃試験から求めた結果を示す.スポークの張力,スポークの各固有振動

数はお互いに近い値ではなく,かなりばらつきがある.スポークをリムに固定しているねじ

(a) ロータ側 (b) 反ロータ側

:張力, :1 次固有振動数, :2 次固有振動数

図 2.40 スポークの張力(単位:N)と面外固有振動数分布(単位:Hz)

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表 2.5 スポークの張力と鳴き・ビビリ振動数の関係

スポーク張力 鳴きの振動数Hz

ビビリの振動数Hz

ビビリ発生の温度領域 ℃

非常に高い 1 040 - 高い 1 025 510 near 270

初期状態 1 000 500 260~290 低い 890(弱い) -

非常に低い - - 記号“-”は鳴きかビビリのどちらかが発生しないことを意味する. すべてのスポークの初期張力は約 1kN

表 2.6 自転車部品の面外方向の固有振動数

部 品 固有振動数 Hz ロータ 270, 360, 645, 1105, 1730, 2450 キャリパ 220, 295, 370, 385, 1580, 1640 パッド 7550, 10950, 14250 スポーク 385, 415, 635, 850, 1275, 1850 リム 100, 288, 375, 462, 700, 1025, 1400, 1813

すべてを 1 回転ずつ回すことによって以下に述べる張力のレベルを段階的に変化させた.表

2.5 はそのときの定性的なスポークの張力変化に伴う鳴きとビビリの発生状況を示す.「高い」

および「低い」は,初期張力よりもそれぞれスポーク張力が(ねじ 1 回転分)高い,および

(ねじ 1 回転分)低いことを表す.その結果は以下のようにまとめられる. (1) 鳴きの振動数はパッドの温度に依存しないものの,スポークの張力を高く,または低く

すると,それに呼応して鳴きの発生振動数もそれぞれ上昇,または低下する.すなわち,

スポーク張力と鳴きの振動数との間には相関がある. (2) 鳴きは初期張力より低い領域から高い領域まで発生しているが,張力を極端に低くする

と鳴きは発生しなくなる.しかし,ビビリは限定された高温領域でのみ存在し,初期張

力以上の少し高い張力で,しかも狭い張力領域にのみ発生する.また,ビビリは鳴きが

発生する領域にのみ存在する.

(3) よって,ブレーキの鳴きおよびビビリにはロータ・キャリパ・パッドからなるブレーキ ユニットだけではなく,それ以外のスポークをも含む広い範囲の振動が関与している(図

2.30 参照).自動車用ディスクブレーキの鳴きよりも振動対象領域が広い特徴がある. 鳴きおよびビビリ現象のような自励振動を解明するためには,系の固有振動数を調査する

ことが非常に重要である(20)(21)(22).そこで,まずベンチ実車実験装置を用いて制動していない

ときのロータ,キャリパ,パッド,スポークおよびリム各単体の常温におけるロータ面外方

向(以後,ロータ面に平行な方向を面内,垂直な方向を面外という)の打撃試験を行った. その結果を表 2.6 に示す.鳴きおよびビビリのそれぞれの発生振動数 1 kHz および 500Hz

とブレーキユニット,スポークおよびリム各単体の固有振動数との強い関連は見られない.

したがって,鳴きおよびビビリの発生メカニズムを解明するためには,さらに突き進めてブ

レーキ系の制動時の連成固有振動数およびロータの固有振動数の温度依存性を知ることが鍵

となる. そこで,ベンチ実車実験装置を用いて油圧 1.5 MPa で制動し,パッド温度とロータ面外方

向の連成固有振動数との関係を測定した.制動によりロータの温度を上昇させた後,静止・

制動させてロータを打撃し,そのときの振動数をキャリパ上の加速度ピックアップで測定し

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40

0 100 200 300 400200

400

600

800

1000

1200F

E

D

CBA

Cou

pled

nat

ural

freq

uenc

y H

zTemperature ゚C

図 2.41 連成固有振動数の温度依存性

Pad

Node

A(●)mode B(○)mode C(▲)mode D(△)mode E(■)mode F(□)mode

図 2.42 常温時のロータ連成固有振動モード

た.その結果を図 2.41 に示す.振動数の低い方から順に A, , F モードと呼ぶことにする.

同一記号のデータは同系統と思われるモードである.これらのうち,常温・制動時における

ロータの面外方向振動モードの測定結果を図 2.42 に示す.キャリパの支持剛性がロータの面 外方向の剛性に比べて非常に高いので,パッドでブレーキ油圧をかけた影響から,すべての

振動モードでパッドの位置がほぼ節となること,常温時には表 2.6 のロータ単体の固有振動

数(直径節が 1, 2, , 6 のモードの固有振動数を順に表示)から図 2.41 の直径節をもつ A, C, E モードの連成固有振動数に変化すること,および制動によって新たにパッド位置を含めて

奇数個の半径節(23)をもつ別の連成振動モード B, D, F が出現することが確認できる.このよう

に,薄い円板であるロータの外周付近をパッド/キャリパで極めて強く拘束すると,ロータが

拘束されていないときに発生する直径節を持つ(拘束位置が節の)振動モードのみならず,

半径節を持つ(拘束位置が節の)振動モードも出現する.拘束が点ではなく,円周方向に長

さを有する拘束のときには,半径節の振動モードが発生しやすくなる.もちろん,拘束が強

くなるほどロータの固有振動数は高くなる. 図 2.41 から,ロータの温度が上昇するにつれて,縦弾性係数が低下し,そのため,ロータ

面外方向の連成固有振動数も低下する.面外連成振動モードに対するロータの影響は大きい. 実車走行実験における鳴きの振動数のようにパッドの温度の如何に関わらず約 1 kHz で一

定の連成固有振動数をもつモードは,ロータを含む面外方向の連成振動モードには存在しな

いことがわかる.また,スキャンニング・レーザ・ドップラ振動計による鳴きの測定結果[図

2.38(a)]から,鳴き発生時のロータおよびキャリパの面外方向振動レベルはビビリに比べて

著しく低く,そのときのロータの振動モードは図 2.42 の F モードである. 一方,ビビリが発生する温度領域 260~290℃付近で,ロータ面外方向の連成振動モード Dの振動数が約 500Hz に低下している.この振動数および振動モードはそれぞれビビリの振動

数およびスキャンニング・レーザ・ドップラ振動計で測定された,ビビリ発生時のロータの

面外振動モード(図 2.38(b))と非常によい一致を示している(23).

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41

0 5-80

-40

0℃℃25

2.5

Vel

ocity

dB

Frequency kHz0 5

150

2.5Frequency kHz

1 000Hz1 000Hz

0 5

-80

-40

0200 300℃℃

2.5

Vel

ocity

dB

Frequency kHz0 52.5

Frequency kHz

1 000Hz1 000Hz

(a) at 25℃ (b) at 150℃ (c) at 200℃ (d) at 300℃

図 2.43 ロータの面内連成固有振動数

次に,ロータ面内方向の連成振動を調査するため,ベンチ実車実験装置を用いて制動して

いないときの連成固有振動数を打撃試験によって測定した.ロータ支持部の足の位置にアル

ミ小片の反射板を固定し,パッド温度毎にレーザ・ドップラ振動計によってロータ面内方向

の振動を測定した.結果を図 2.43(a)~(d)に示す. 図 2.43 から,ロータ面内方向には鳴きの周波数に一致し,しかも温度依存性をもたない 1

kHz の連成固有振動数が存在することがわかる.さらに,ロータの面内外周部 4 カ所に加速

度ピックアップを取り付けることにより,振動数 1 kHz をもつロータの面内振動モードを常

温で調査した.その結果,ロータ各箇所の面内円周方向の振動振幅はすべて等しく,しかも

同位相の剛体振動モードであった.また,ロータとハブとの面内方向の振動の位相差を測定

した結果,それらの間の振動も同位相であった. 要するに,振動数 1 kHz の鳴きモードは,スポークが支持要素となり,主にロータおよび

ハブ部が一体となって剛体的に車軸の回りにねじりを生じる振動モードである.この鳴きモ

ードはロータの温度が高くなってもスポークには影響せず,振動数は変化しないので,鳴き

の振動数が温度依存性を持たないことが理解できる. 鳴きとビビリが発生しているときのキャリパの面外方向振動を加速度ピックアップで,ロ

ータ,ハブ,ロータ側に位置するスポークの面内および面外方向の振動をレーザ・ドップラ

振動計で測定した.ハブ,スポークの振動測定には面内・面外各方向に小さなアルミの反射

板を取り付けて,車輪の回転中にレーザ光線が反射するわずかな時間帯の振動速度を測定し

た.その結果を鳴きに対して図 2.44 に,ビビリに対して図 2.45 に示す.図の上段から (a)キャリパの面外振動の波形と周波数分析,(b)ロータの面外,面内振動(面外が左,面内が右で,

それぞれの波形と周波数分析.以下同様),(c)ハブ,および(d)スポークの振動である.加速 度は 1V=316 m/s2,速度は 1V=1m/s および 1V=0dB である.振動波形には一部周期性に欠け

るところが見られる.この原因は,反射板が非常に小さいため,回転している部位からの反

射光がうまく取り入れられなったためである.図から,以下のことがわかる. (1) 鳴きの振動数は,キャリパの面外方向,ロータ,ハブ,スポークの面外および面内方向

ともすべて 1 kHz である.鳴き発生時のロータの面内方向振動は面外方向と比較して非

常に大きく,鳴きは主にロータの面内方向の振動モードをもつ.その原因の 1つにロー

タが非常に薄い(厚さ 2mm)ことがあげられる.しかし,鳴きは振動数 1 kHz の面内振 動モードであるものの,わずかな振幅ではあるがロータの面外方向にも同じ 1 kHz の振

動数をもって振動していることに注意する必要がある. (2) ビビリの振動数は,キャリパ,ロータ,ハブの面外方向に 500Hz,ロータ,ハブの面内

方向に 1 kHz,スポークの面内,面外方向にはともに 1 kHz である.ロータとハブのビビ リ発生時の振動数は面内方向と面外方向とでお互いに異なっていることがわかる.また, ビビリ発生時のロータの振動は面内よりも面外方向に極端に大きな変位振幅を持つ.

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42

0 5 10

-1

0

1

A

ccel

erat

ion

V

Time ms0 5

-80

-40

0

1000Hz

2.5

A

ccel

erat

ion

dBV

Frequency kHz

Rotor

Hub

Spoke

Front forkCaliper

Rotor

In-planeOut-of-plane (a) キャリパの面外振動 (面外方向と面内方向の表示)

0 5 10-1

0

1

V

eloc

ity V

Time ms0 5

-80

-40

0

1000Hz

2.5

V

eloc

ity d

BV

Frequency kHz

0 5 10-1

0

1

V

eloc

ity V

Time ms0 5

-80

-40

01000Hz

2.5

V

eloc

ity d

BV

Frequency kHz

(b) ロータの面外振動および面内振動

0 5 10-1

0

1

V

eloc

ity V

Time ms0 5

-80

-40

0

1000Hz

2.5

V

eloc

ity d

BV

Frequency kHz

0 5 10-1

0

1

V

eloc

ity V

Time ms0 5

-80

-40

01000Hz

2.5

V

eloc

ity d

BV

Frequency kHz

(c) ハブの面外振動および面内振動

0 5 10-1

0

1

V

eloc

ity V

Time ms0 5

-80

-40

0

Spoke

1000Hz

2.5

V

eloc

ity d

BV

Frequency kHz 0 5 10

-1

0

1

V

eloc

ity V

Time ms0 5

-80

-40

0

Spoke1000Hz

2.5

V

eloc

ity d

BV

Frequency kHz (d) スポークの面外振動および面内振動

図 2.44 鳴きの振動波形と周波数分析

(3) 鳴きおよびビビリ発生時のスポークはロータ面外方向より面内方向の振幅が大きなふ れ回り運動をしている.

(4) 以上から,ビビリは振動数 1 kHz をもつ鳴きの振動モードに振動数 500Hz をもつロー タの面外振動が重ね合わされた振動モードをもつことがわかる.

次に,ベンチ実車実験装置を用いてブレーキ油圧が 1.5 MPa,常温からおよそ 300℃までの

制動過程に生じるキャリパの面外方向加速度の時間的な変化過程の一例を図 2.46 に示す.横

軸はパッドの温度,縦軸は振動加速度である.常温から温度が上昇する過程で鳴きが発生し, 200℃付近で一時的に面外方向の振動レベルが高くなり,260~290℃ではロータの面外方向の

振動レベルが極めて高いビビリの発生が見られる.この傾向は図 2.35 にも見ることができる.

図 2.46 で,温度領域 260~290℃に発生しているビビリには 500Hz を有する図 2.41 のロータ

の面外方向連成振動モード D の発生が深く関与し,ロータの面外方向の振動が大きい[図

2.38(b)].一方,200℃での比較的高い振動レベルは,図 2.41 に示す 200℃におけるロータの

面外方向の振動数 1 kHzをもつ連成振動モード Fの発生が関与している[図 2.38(a)].しかし,

振動数 1 kHzの鳴き発生中,200℃付近でロータの面外方向の振動がわずかに増加するものの,

振動数 500Hz の大きな面外振動レベルを有するビビリまでには至らない.200℃付近でもビビ

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43

0 5 10-1

0

1

A

ccel

erat

ion

V

Time ms0 5

-80

-40

0500Hz

2.5

A

ccel

erat

ion

dBV

Frequency kHz

Rotor

Hub

Spoke

Front forkCaliper

Rotor

In-planeOut-of-plane (a) キャリパの面外振動 (面外方向と面内方向の表示)

0 5 10-1

0

1

V

eloc

ity V

Time ms0 5

-80

-40

0500Hz

2.5

V

eloc

ity d

BV

Frequency kHz

0 5 10-1

0

1

V

eloc

ity V

Time ms0 5

-80

-40

01000Hz

2.5

V

eloc

ity d

BV

Frequency kHz

(b) ロータの面外振動および面内振動

0 5 10-1

0

1

V

eloc

ity V

Time ms0 5

-80

-40

0

500Hz

2.5

V

eloc

ity d

BV

Frequency kHz

0 5 10-1

0

1

V

eloc

ity V

Time ms0 5

-80

-40

01000Hz

2.5

V

eloc

ity d

BV

Frequency kHz

(c) ハブの面外振動および面内振動

0 5 10

-1

0

1

V

eloc

ity V

Time ms0 5

-80

-40

0

Spoke

1000Hz

2.5

V

eloc

ity d

BV

Frequency kHz0 5 10

-1

0

1

V

eloc

ity V

Time ms0 5

-80

-40

0

Spoke1000Hz

2.5

V

eloc

ity d

BV

Frequency kHz (d) スポークの面外振動および面内振動

図 2.45 ビビリの振動波形と周波数分析

0 100 200 300-1

0

1

Acc

eler

atio

n V

Temperature of pad 図 2.46 温度上昇時の鳴きとビビリ過程

リと同様な現象が発生しかかっている状況であると判断される. 鳴きのモードが主にブレーキユニットとスポークを含む系に生じるロータ面内方向の振動

モードであるならば,ロータとパッドとの間に作用する摩擦特性はこれらの間の相対すべり

速度に関して負の勾配を有する乾性摩擦であることが推察されよう.これを確かめるために,

ベンチロータ実験装置(24)を用いて,鳴きを生じない程度にロータを支持するねじをゆるめて,

油圧を 1.5 MPa,回転数を一定として温度上昇過程での摩擦トルクを測定した.パッドの位置

を考慮して摩擦トルクを摩擦力から摩擦係数に換算し,ロータの温度をパラメータとしてロ

ータ回転数と摩擦係数の関係を図 2.47 に示す.パッドの温度,ロータの回転数および摩擦係

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44

0.6 0.7 0.8 0.9 1.0 1.1 1.20.3

0.4

0.5

0.6

1.5 2.0 2.5

℃℃℃

℃℃℃Co

effic

ient

of f

rictio

nCircumferential speed of rotor m/s

50 200 100 250 150 300

Rotating speed of rotor rps 図 2.47 ロータ回転速度と摩擦係数の関係

0.80.91.01.1

0.45

0.50

0.55

100200

300 0.80.91.01.1100 200 300

Coe

ffici

ent o

f fric

tion

Temp. deg.CCircumferential speedof rotor m/s

Temp. deg.CCircumferential speed

of rotor m/s

図 2.48 ロータの円周速度,温度および摩擦係数の関係

数との関係に書き換えたのが,3 次元表示した図 2.48 である.図から,以下のことがわかる. (1) パッドの温度上昇につれて,摩擦係数は常温から 125℃までの間上昇し,その後低下する.摩

擦係数はパッドの温度に依存するが,平均でおよそ 0.5 である. (2) 相対すべり速度(ロータの回転速度)に関して負の勾配を有する温度領域とロータの回

転数領域が存在し,ロータとパッド間の摩擦特性は乾性摩擦であることが明らかになっ

た.この摩擦特性だけで自転車のディスクブレーキに発生する複雑な鳴き現象をすべて

説明することはできないが,鳴きは乾性摩擦によるロータ面内の摩擦振動である可能性

を示唆している. 以上から,鳴きはロータとパッド間の乾性摩擦に起因した摩擦自励振動であって,スポー

クで支持されたロータとハブ部が一体となって回転軸回りにねじりを生じるねじり振動モー

ドをもち,振動数は温度に依存しない一定の 1 kHz である.また,鳴きの振動モードには,

ロータ面外方向に 1 kHz の振動数成分がわずかながら含まれる.この鳴き発生時の面外方向

の振動が鳴きからビビリへの変化を可能にする. 一方,振動数 1 kHz の鳴きが発生しているときに,パッド温度が上昇して約 260~290℃に

なると,ロータの面外方向の固有振動数(図 2.42 の D モード)が鳴きの振動数 1 kHz の半分

である 500Hz をよぎる.そのとき,温度領域 260~290℃でロータの面外振動モード D の固有

振動数がロータの面内方向振動である鳴きの振動数 1 kHz のちょうど 1/2 にロックインされ,

ロータの面内および面外両方向に非常に激しい振動が発生する.すなわち,ロータの温度変

化を介して面内と面外方向の振動モードにはある高温領域にのみ内部共振関係が成立するこ

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45

とになる.これがビビリの発生メカニズムである.このように,ビビリは乾性摩擦に起因し

たロータ面内方向の連成振動である鳴きとクーロン摩擦に起因したロータの面外振動(クー

ロン摩擦による自励振動については,2.3 節で詳しく説明する)とが重畳された自励振動であ り,乾性摩擦特性およびクーロン摩擦特性の両方に起因して発生する現象である.

図 2.46 に見られる 200℃付近の比較的大きな面外振動領域は,図 2.42 に示すロータの面外

方向の F モードが鳴きの面内振動数 1 kHz をよぎるときの振動発生領域で,ビビリとよく似

た現象である. ビビリが発生する前には,必ず鳴きが発生しており,ビビリ単独では発生しない.また,

ビビリはロータ面内方向の振動モードとロータの面外方向振動モードが温度を介して内部共

振関係で結合されて発生する形態を有することから,鳴きに対して有効な防止対策はビビリ

の防止にも有効であることが予想される. 鳴きとビビリの発生メカニズムの結果を考慮して鳴きおよびビビリの発生を完全に抑制す るための基本的な対策を提案し,実験でその効果を確かめる.鳴きとビビリの対策が行える

部位には,ロータ,キャリパおよびパッドからなるブレーキユニットのほかに,スポークが

挙げられる.そのうち,ロータは薄い回転円板であり,制動時にはかなりの高温になること,

キャリパは非回転物であるが,高温で鳴き発生時にはキャリパの面外・面内方向の振動レベ

ルが低いこと,パッドは極めて高温で対策できる領域が非常に狭いことなどからともに効果

的な対策は期待できない.一方,スポークは常温であるが,32 本の細長い物体で回転すると

いう特徴がある.ここでは,振動学的な考察から鳴きおよびビビリに対する受動的な対策を

検討する. a.ゴム片の付加 鳴きの振動に減衰を付加するため,図 2.49 に示すようなスポークク

ロス部に厚さ 2mm の合成ゴムの小片を挟む対策を行った(図 2.49 の(1)参照).ゴム片を挟

むスポーククロス部には 2 種類ある.すなわち,ロータが取り付けられている側のスポーク

クロス部とその反対側のスポーククロス部である.スポークの長さはロータ側が 255mm,反

ロータ側が 260 mm と異なり,リムが軸方向にぶれないようにスポークの張力で調整する.

ロータ側のクロス部(8 カ所)にゴム片を挟んだ場合,鳴きとビビリがともに抑制される.

これはロータ側のスポークの方が反ロータ側スポークよりも大きく振動し,しかもスポーク

がクロス部でお互いに相対運動をなし,ゴムの減衰効果で制振されたと考えられる.しかし,

多くの実験結果から,この対策でビビリに対しては完全に制振されるものの,鳴きに対して

は非常に小さなレベルながら 1 kHz の鳴きの発生が極まれに観察された. b.重りの付加 板状の鉛片を内部は相対変位ができるようにわずかにルーズに巻き,そ

の外側は接着剤で固く固定した質量 2 g の重り(Weight)を用意し,この重りをロータ側スポー

ク 16 本おのおのに取り付ける対策を検討した(図 2.49 の(2)参照).重りの質量の合計は 32gである.重りのスポーク取付半径方向位置と鳴きおよびビビリの発生状況を図 2.50 に示す.

図 2.50 において,記号□で示されるスポーク上の重りの取付位置はハブからリム方向へそれ

ぞれ 15mm から 250mm までの 13 カ所である.四角の中の濃淡は鳴きおよびビビリの発生状

Rotor

Weight

Spoke

Rotor

Rubber Spoke

① ② 図 2.49 (1)ゴム片,および(2)重り付加による鳴きの防振

(1) (2)

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46

500Hz

1 000Hz

Freq

. H

z

Hub

Rim

Spoke cross part

:Both squeal and chatter

:Neither squeal nor chatter :Squeal only

:Vibration mode of spoke

① ②

③④

⑤④③②①

Time ms

Vel

ocity

V

-1

1

0 2 0 2 0 2 0 20 2

図 2.50 減衰質量付加による鳴き・ビビリの防振対策

況を表す.白抜きの□が重りの取り付けによって鳴きおよびビビリともに発生しなくなる制

振効果のある位置を, がビビリは抑制されるが鳴きが発生する位置を, は鳴きとビビリ両

方とも発生し,重りの鳴きおよびビビリに対する制振効果がない位置を示す.上図はその位 置での鳴き発生振動数(●)およびビビリ振動数(○)を示している.リム(Rim)上の発生振

動数は対策を施していないときのものである.鳴きおよびビビリがともに発生しない重りの

取付位置での記号×の振動数は,対応した取付位置に重りを取り付け,制動していないとき

のロータ面内方向の連成固有振動数を打撃試験で求めたものである.さらに,下図の①~⑤

は,中図に示すスポークの半径方向位置での鳴き発生時のロータの面内方向振動速度波形を

レーザ・ドップラ振動計で測定した結果であり,中図の実太線は重りを取り付けていないと

きの実験から得られた鳴き発生時のスポークの振動モード推定線である. このように,スポークの振幅が大きい位置に重りを取り付けるほどロータ面内方向の連成

固有振動数は低下し,しかも鳴きおよびビビリを防止している.また,鳴きおよびビビリ発

生時のスポークの振動モードが 2 次モードに近いこと,およびスポーククロス部はスポーク

が大きく振動している場所であることがわかる.さらに,重りの層状内部をもボンドで強固

に固めると,重りの制振効果が大きく減退することから,この重りによる鳴きおよびビビリ

の防止は,重りの層状内部の減衰効果を利用した対策であると考えられる. 重りによる制振効果は以下のようにまとめられる. (1) 鳴きおよびビビリを完全に制振するためには,重りを鳴きおよびビビリ発生時においてスポー クの振動モードの腹の位置,すなわち,スポーククロス部付近かその内側に取り付けることが

も効果的である.鳴きが発生できなくなれば,振動数が鳴きのそれのちょうど 1 / 2 であった

ビビリ(ロータの面外振動)は内部共振関係の崩壊を生じてその発生が不可能となる. (2) このように,鳴きの防止が達成されれば,ビビリの防止も自動的に達せられる.逆に,

鳴きが発生しても,ビビリは生じたり,生じなかったりする.ビビリの方が鳴きよりも

対策効果が顕著に現れる. 重りの質量を 1g に変更してロータ側スポーククロス部付近に取り付けて実験を行った.そ

の結果,ビビリは抑制されたものの鳴きをも完全に抑制することはできなかった.このこと

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47

は,鳴きを防止するための重りの 小減衰力が存在することを示唆している. ビビリ現象は,主に面内振動の鳴きが発生しているときに,ロータ面外方向の固有振動数

が温度上昇に伴って低下し,その過程で鳴きの振動数とロータ面外方向の一つの固有振動数

の比が 2:1 になる領域で内部共振を生じたものである.内部共振現象としては,温度上昇が

原因で,振動方向が異なる振動モード間のものであるという特徴があり,前例は少ない.鳴

きおよびビビリを面内および面内と面外が連成した線形振動および非線形振動と捉え,両方

向に関連した鳴きとビビリを解析的に明かにすることができる(25)(26). 自転車用ディスクブレーキは自動車のそれと異なり,ロータの厚さが 2mm 程度と非常に薄

いこと,ロータがハブを介してスポークで支持されているため,その取り付け剛性が低いの

が特徴である.そのため,ロータ,キャリパおよびパッドだけが関与し,クーロン摩擦に起

因するロータ面外方向の振動モードを持つ自動車用ディスクブレーキの鳴き(18)(19)とは異なる

摩擦振動が発生する. 上述した自転車用ディスクブレーキ(23)(24)に対して,メンテナンスをより簡単にするため,

特にロータ形状の改善と,ホイールの軽量化に伴うスポーク本数の削減が行われた.その結

果,ディスクブレーキの鳴きは上述の鳴きとは異なる傾向を示すことがわかった.そこで,

新型ディスクブレーキユニットおよびベンチ実車実験装置(23)を利用した実験から鳴きの発生

メカニズムを再度確認する.さらに,スポークを含む新型ディスクブレーキ系のモデル化を

行い,ディスクブレーキの鳴きの再現を解析的に取り扱う(27). c. ブレーキユニットの比較 図 2.51 に新型ブレーキユニットと上述した旧型ブレーキ

ユニット(23)(24)の構造的な違いを示す.旧型ロータは摺動部とハブ取付部が一体となっており,

ロータ

ホイール

スポーク支持

(a) 新ユニット (b) 旧ユニット

図 2.51 ディスクブレーキの新ユニットと旧ユニット

Rim

Hub

Rim

Hub

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48

0 1 2 3 4 5-80

-40

0

650 Hz

Spec

trum

dB

Frequency kHz 図 2.52 鳴き振動数

0 100 200 3000

400

800

1200

Freq

uenc

y H

z

Temperature of pad

Squeal2rps

Experiment progress

0 1 2 3 4 5 60

400

800

1200

Squeal

Freq

uenc

y H

z

Rotating speed of rotor rps 図 2.53 温度と鳴き振動数の関係 図 2.54 回転速度と鳴き振動数の関係

ビスで固定する形式であったのに対して,新型ロータは小穴が多く開けられた摺動部と黒く

見えるハブへの取付部がカシメを介して結合された 2 段構造で,ハブにスプラインを介して

ロータをワンタッチで取り付けられる構造になっている.また,新型ロータの摺動部はステ

ンレス製,ハブ取付部はアルミ鋳造合金製である.

キャリパは旧型ブレーキユニットと同様に,ピストンを介してロータの両面をパッドで押さえ

つける対向型であるが,ピストンの数が片側 2 本の対から片側 1 本の対に変更されている.また,

フロントホイールのスポークの直径は 2mm で旧型車輪と同じであるが,本数は 32 本から 24 本に

減少している.また,旧型車輪では 2 本のスポークが互いに交差して接触していたが,新型車

輪ではこのようなスポーク間の接触は全くない.新型車輪のスポークは図のようにハブ側にね

じが切られ,ニップルでハブと固定されており,リム側は引っ掛けるだけの構造をしている.境

界条件は,リム側が単純支持,ハブ側が固定端に近い状態である.旧型車輪では反対に,ハ

ブ側が単純支持,リム側が固定端であった.これらの構造上の違いからいくつかの鳴き特性

の違いが現れた.実験には,ベンチ実車実験装置を使用した.車輪回転数 2 rps,ブレーキ油

圧 1.0MPa とし,ともに一定の条件で行った. d.鳴きの特徴 図 2.52 は常温時,鳴きが発生しているときのキャリパの面外方向加速

度の周波数分析結果である.図 2.53 はパッドの温度上昇に伴う鳴き振動数の関係を調べた結

果である.黒丸の大きさはキャリパの面外方向加速度の大きさに対応している.実験開始か

ら図中の矢印の方向に温度は上昇していくが,鳴き振動数は 650 Hz で,常にほぼ一定である

ことがわかる.図 2.54 は,鳴き振動数と車輪回転数の関係を調べるために,回転数を 2 rpsから一時的に変化させたときの結果である.鳴き振動数は回転数にかかわらず 650 Hz でほぼ

一定であるという自励振動の特性を示した.これらの特徴は旧型ユニットと同じ傾向であっ

た.一方,相違点としては,これまでのブレーキユニットの鳴きは 1 kHz と高く,狭い高温

領域で鳴き振動数の 1/2 の振動数をもつロータの面外方向の振動であるビビリが発生してい

たが,新型ユニットではこのような振動は発生せず,650 Hz の鳴きのみが常に発生した.し

かし,高温になるに従って,鳴きのレベルが上昇していた. e.振動特性 次に,鳴き発生メカニズムを調べるために,ブレーキをかけた状態で,ロ

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49

ータの打撃試験を行った.図 2.55 はロータの面外方向を打撃したときの各モードの連成固有

振動数を表す.図 2.56 は,図 2.55 の記号に対応する常温時のロータの面外方向連成固有振動

モードを示す.打撃試験では,温度と連成固有振動数の関係を調べるために,制動実験で温

度を 400℃まで上昇させ,冷却過程で打撃を行い,各温度に対する連成固有振動数を測定し

た.その結果,パッドの位置は常に振動の節になっており,固有モードには半径節モード(23) が現れている.実験から,温度が高くなるにつれて面外方向の連成固有振動数がわずかに低下

することがわかった.旧型ロータと比較して,連成固有振動数の低下は小さいものであった

が,温度変化に依存しない鳴き振動数(650 Hz)はロータの面外方向の固有振動数とは直接関係

しないことがわかった.しかし,300~400℃付近になるとモード D の 2.5 節モード(○印)

が 650Hz に近づいていた.図 2.53 の鳴き実験においても,高温領域においてキャリパの面外

方向の振動レベルが大きくなっていることから少なからず影響があると考えられる. 次に,ロータの面内方向の打撃試験を行った.この実験も温度との関係を見るために,常

温で制動していないときと,はじめに制動実験で高温状態にして,その後制動を解除した

300℃付近でのロータの面内方向の固有振動数とを比較した.制動していないときの固有振動

数を測定したのは,旧型ブレーキユニットの実験結果から鳴きはパッドとロータ間の円周方

向相対すべり速度に対して負の勾配を有する乾性摩擦に起因した自励振動であることが推定

されたためである.図 2.57 に固有振動数の実験結果を示す.実験から,面内方向に約 650 Hz付近の固有振動数が存在して,この固有振動数は温度に依存しないことが確認された.キャ

リパやパッドなどその他の部品にも鳴き振動数 650 Hzに近い固有振動数は見られなかったこ

とからも,鳴き振動数はロータの面内方向の固有振動数と関係していると結論付けた.さら

に,ロータ面内摺動部上の 3 箇所およびハブ上の1箇所に加速度計を取り付けて,振動数 655

0 100 200 300 4000.0

0.5

1.0

1.5

2.0HGFEDCBA

Cou

pled

nat

ural

frqu

ency

kH

z

Temperature deg.C

A B C D

HGFE343Hz 418Hz 506Hz 675Hz

868Hz 1125Hz 1413Hz 1763Hz 図 2.55 連成固有振動数の温度依存性 図 2.56 20℃でのロータ連成固有振動モード

-100

-80

-60

-40-100

-80

-60

-40

0 0.5 1.0 1.5 2.0

655 Hz

Spec

trum

dB

Frequency kHz

300℃

655 Hz

Spec

trum

dB

20℃

#1(0.0 deg.)

#3(-0.1 deg.)

#2

Hitting point

Accelerometer

Hub (1.4 deg.)

(1.7 deg.)

図 2.57 ロータの面内固有振動数 図 2.58 面内方向のロータとハブの位相差

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50

-0.25

0.25

0.75

1.25

0 0.01

Vel

ocity

V

Time s -0.75

0.00

0.75

0 0.01Time s -1.5

-1.0

-0.5

0.0

0 0.01

Vel

ocity

V

Time s 0.00 0.01-0.75

-0.25

0.25

0.75

Time s (a) 面内 (b) 面外 (a) 面内 (b) 面外 図 2.59 鳴きのロータ振動波形(1.25m/s/V) 図 2.60 鳴きのスポーク振動波形(1.25m/s/V)

Spoke (Out-of-plane)Spoke (In-plane)

Rotor (Out-of-plane)Rotor (In-plane)

0.00 0.04 0.08Amplitude mm

図 2.61 ロータとスポークの振動振幅

Hz をもつロータおよびハブの面内振動モードを打撃試験により常温で測定した.そのときの

固有モードの測定結果を図 2.58 に示す.図の加速度計#1 の振動を基準に位相差を測定した結

果,ロータおよびハブの 655Hz の振動はほぼすべて同位相であった.したがって,ロータと

ハブは一体となって面内方向に振動していることがわかる.以上の結果は,旧型ブレーキユ

ニットと同じであった(23). f.鳴き発生メカニズム 次に,鳴き発生時のロータおよびスポークそれぞれの面内方向 および面外方向の鳴き振動モードをレーザ・ドップラ振動計で測定した.ロータの面内方向

およびスポークの面内・面外方向の振動は,回転中にアルミ反射板から反射した信号を計測

している.ロータの面内方向は図 2.51 の新ユニットに示すカシメ部近傍,ロータの面外方向

はロータの外周部,スポークの面内・面外方向はスポークの振動が大きな位置(ハブから 26 mm)をそれぞれ測定した.図 2.59 にロータの,図 2.60 にスポークの振動波形を示す.ロー

タの面内方向と面外方向の振動を比較すると,ともに 650 Hz で振動しているものの,振幅は

面内方向の方が十分に大きいことがわかる.スポークは面内方向,面外方向ともに鳴きと同

じ振動数で振動しているが,面外方向には鳴き振動数の 2 次成分が含まれている. ロータおよびスポークの鳴き振動数 650 Hz 成分の振幅の比較を図 2.61 に示す.図から,鳴

き発生時にはロータおよびスポークは面外方向よりも面内方向に大きく振動していることが

わかる.また,ロータとスポークの振幅を比較すると,面内・面外両方向ともロータの方が

スポークよりも大きな振動をしている.旧型ブレーキユニットの鳴きの振動レベルがスポー

クの面内・面外,ロータの面内,ロータの面外の順に大きかったことと比べると,大きく異

なる結果となった(23). 新型ブレーキユニットを使って,スポークの固有振動数を調べたところ,鳴き振動数(約

650 Hz)がスポークの 1 次(約 490 Hz)と 2 次(約 1 kHz)の固有振動数のほぼ中間に位置

していた.これが鳴き発生時にスポークの振動が小さい原因と考えられる.新型モデルでは

スポークの疲労破壊が全く起きていないのも,スポークの振動が小さいことと関係している

と考えられる(23). 以上,新型ブレーキユニットにおいてもロータ面内方向の振動が大きいことから,鳴き発

生メカニズムは旧型ブレーキユニットの鳴き(23)(24)と同様に,パッドとロータの間の相対すべ

り速度に対して負の勾配を有する乾性摩擦に起因した自励振動であることが明らかになった.

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51

Rotor

Hub

Rim

Spoke

(a) ブレーキユニットの概要 (b) ロータ,ハブおよびスポークの状態変数

図 2.62 自転車用ディスクブレーキの面内振動解析モデル

今まで,自転車用ディスクブレーキの鳴き発生メカニズムを実験的に明らかにした.ここ

では発生メカニズムの本質となるものを抽出して自転車用ディスクブレーキの鳴き解析モデ

ルを構築し,解析結果と実験結果との比較を行う. g. 解析モデル 自転車用ディスクブレーキの鳴きは乾性摩擦に起因した自励振動で,

ロータの面内方向主体の振動である.また,自転車用ディスクブレーキの鳴きは,ロータお

よびキャリパのブレーキユニットのみならずスポークを含む系を考慮する必要がある. 図 2.62(a)に解析モデルの全体図を示す.モデル化に際して以下のような簡略化を行う. (1) ロータとハブはロータの面内方向には一体となってねじり振動をしており,剛体とみな

し得る.ロータの面外方向の振動は小さく,鳴きとは本質的に関係していないので,解

析では無視する. (2) スポークは長手方向にはばねとしてハブを支持し,横方向には曲げ振動が可能な張力の

かかったはりと考える.スポークの振動特性は 24 本すべて同じとする. (3) スポークのハブ側を固定端,リム側を単純支持とする.また,スポーク長手方向に関し

てはリムの剛性を考慮して,リム側をばね支持されているとする. (4) キャリパとパッドの質量は無視する. 図 2.62(b)にロータ,ハブ,スポークの各部の変位および作用する力を示す.ハブの中心に

原点をとる.半径 1R の位置にハブの法線方向に対して傾きα で 24 本のスポークがハブの円

周上に等間隔に取り付けられている.スポークはロータ側とその反対側に各 12 本ずつあるが,

解析ではロータの面外方向の奥行きを考慮せず,同じ位置にスポークが 2 本ずつ取り付けら

れていると考える.ロータとハブのねじれ角をθ ,任意のスポークの長手方向座標を x ,そ

れに垂直な座標を y ,横変位を ( , )y x t とする.摩擦係数 μはロータとパッド間の相対すべり

速度 v に対して負の勾配を持つとして,線形関数 1 0vμ μ μ= − + で近似する.ここで, 0μ , 1μ は

正定数である.ロータの角速度をΩ とすると,相対すべり速度は 2 ( )v R Ω θ= + である.1 つ

のパッドとロータ間に働く摩擦力は rF Nμ= となる.ここに, N はロータ片面に作用するパ

ッドの一定押し付け荷重である. h.運動方程式 スポークを張力のかかったはりと考えると,スポークの運動方程式はス

ポーク共通に,次式で表わされる. 2 3

1 22 2( , ) ( , ) ( , )y x t y x t y x tA c c

tt t xρ ∂ ∂ ∂

+ −∂∂ ∂ ∂

4 2

4 2( , ) ( , ) 0y x t y x tEI Tx x

∂ ∂+ − =

∂ ∂ ······················ (2.11)

ここに,ρはスポークの密度,Aは断面積,E は縦弾性係数,I は断面二次モーメント,T は

張力である.また,スポークの横変位に対する減衰 1c および曲率の変化に起因する減衰 2c を

考慮している. 定数係数を持つ式(2.11)の解を次の形式で表す.

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52

( , ) ( ) ty x t Y x eλ= ····························· (2.12) 式(2.12)を式(2.11)に代入し, ( )Y x を求めると,

31 2 4

1 2 3 4( )k xk x k x k x

l l l lY x C e C e C e C e= + + + ····························· (2.13)

ここに, λは複素固有値, l はスポークの長さ, 1,C 2 3 4, ,C C C は積分定数, 1 2 3 4, , ,k k k k は次

式の中の 2 つの複号±の符号を組み合わせて求められる.

1 2 3 4( , , , )k k k kl

2 22 2 11 4

2c T c T A c

EI EI EIλ λ ρ λ λ⎛ ⎞+ + +⎛ ⎞⎜ ⎟= ± ± −⎜ ⎟⎜ ⎟⎝ ⎠⎝ ⎠

····························· (2.14)

一方,スポークの境界条件は次のようになる.

0

( ) 0x

dY xdx =

= , ( ) 0Y l = , 2

2( ) 0

x l

d Y xdx =

= ····························· (2.15)

ただし,ハブのねじれ角とハブ側スポークの横変位の適合条件は次式のようになる.

1(0, ) ( )cosy t R tθ α= ····························· (2.16) ハブとロータは面内方向の剛体ねじり振動を行っているので,運動方程式は次式となる.

3 22 2 2

1 2 1 13 20 0

( , ) ( , )2 24 cos sinx x

y x t y x t EAJ C R N EIR EI Rlx x

βθ θ μ θ α θ α= =

⎛ ⎞∂ ∂+ − = − ⋅ − +⎜ ⎟⎜ ⎟∂ ∂⎝ ⎠

20 2 1 22 2NR NRμ μ Ω− + ····························· (2.17)

ここに, J はロータとハブを含めた回転軸回りの慣性モーメント,C はロータとハブの回転

運動に関する減衰を表す.スポーク長手方向のばねとリム側の支持ばねは直列で,リム側の

ばね定数がスポークのばね定数 /EA l よりも小さくなっており,その全体の補正値をパラメー

タ β を使って /EA lβ で表す. 式(2.17)の変数θ を次のように一定値(大文字の変数)と変動量(チルダ付き変数)の和で

表す.

θ Θ θ= + ····························· (2.18) 式(2.15), (2.17)から,変動量に関する方程式を行列形式にまとめると,次のようになる.

2 3 41

2 3 41

1 2 3 4 1

2

2 2 2 231 2 3 4

41 2 3 4

⎡ ⎤ ⎡ ⎤⎢ ⎥ ⎢ ⎥⎢ ⎥ ⎢ ⎥

=⎢ ⎥ ⎢ ⎥⎢ ⎥ ⎢ ⎥⎢ ⎥ ⎢ ⎥⎢ ⎥ ⎣ ⎦⎣ ⎦

0k k kk

k k kk

k k k k C

e e e e C

Ck e k e k e k eCA A A A

·········································································· (2.19)

ここに,

2 2

2 2 11 2

24 sin( 2 )iEARA J C R N

lβ αλ μ λ= + − +

3 2 2 21 13 2

24 cos 24 cosi iEIk R EIk Rl l

α α+ − ··· (2.20)

式(2.19)の定数 1 4, ,C C が非自明解を持つための条件,すなわち,特性方程式は次式となる.

2 3 41

2 3 41

1 2 3 4

2 2 2 21 2 3 4

1 2 3 4

0

⎡ ⎤⎢ ⎥⎢ ⎥

=⎢ ⎥⎢ ⎥⎢ ⎥⎢ ⎥⎣ ⎦

detk k kk

k k kk

k k k k

e e e e

k e k e k e k e

A A A A

·········································································· (2.21)

i.数値計算結果 Newton-Raphson 法を用いて式(2.21)の固有値λを計算し,安定性を調

べた.収束した固有値λの実部が正となるときの虚部を 2π で除して不安定系の振動数を求め,

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表 2.7 計算パラメータ値

A 6 23.14 10 m−× N 500 N 1R 26 mm 2R 73 mm C 0.058 N・m・s 1c 4.8×10-2 N/m2・s 2c 1.8×10-4 N・s T 1 000 N E 1.97×1011 N/m2 α 80 degrees β 0.28 I 13 47.85 10 m−×

J 6.20×10-4 kg・m2 dJ 3.10×10-5 kg・m20μ 0.5 1μ 0.07 s/m

l 268 mm ρ 8 030 kg/m3 - - - -

0.00 0.05 0.10 0.15 0.20 0.25

-1

0

1

11

1

1

1

1 1

1

22 2

2

2

2 22

3 3

3

33 3 3

3

4 4

4

4

4

4 4

4

55

5

5

5

5 5

5

66

6 66

6 6 6

Rim sideHub side

Com

plex

mod

e

Position of spoke m 図 2.63 スポークの不安定振動モード

鳴き振動数と比較する.計算に使用したパラメータを表 2.7 に記す.摩擦係数の定数 0 1,μ μ は

上述の摩擦係数測定結果から決定した. 初期値 0λ の値に関わらず,不安定となる固有値λから求めた振動数は約 650 Hz のみで,

実際に発生する鳴き振動数と一致した. 次に,スポークの不安定モードを求めた.固有値λの実部が正となるとき,式(2.19)から定

数 1 2 3 4, , ,C C C C の間の比を求め,式(2.13), (2.12) に代入してスポークの鳴き発生時の振動モー

ドと振動波形を求めた.式(2.12)の teλ でλの実部を 0 とし,虚部だけを考慮した鳴き振動モ

ードの結果を図 2.63 に示す.横軸はスポークの長手方向の位置を表し,ハブ側が左側,リム

側が右側である.縦軸はある位置の振幅を規定したモード振幅を表す.図 2.63 は 1/6 周期毎

の波形を示しており,図中の番号は経過時刻順を表す. 図 2.63 からスポークの振動モードは 1 次と 2 次の中間のモードであり,複素モードの特徴

である振動モードの節が明確に現れない様子が伺える.一方,実験で鳴き発生中のスポーク

の振動モードをレーザ・ドップラ振動計で測定した.反射板が小さいため,面内方向のスポ

ークのハブ側半分だけを測定した結果,振動モードは 1 次と 2 次の中間のモードであること

がわかり,解析結果と実験結果との良い一致が確認できた.また,この複素モードでは,ロ

ータ摺動部の面内方向振動振幅が も大きいことも確かめられた. 新型ブレーキユニットに変更された自転車用ディスクブレーキの鳴き現象を解明した.得

られた結果は以下のようにまとめられる. (1) 新型ブレーキユニットにおいても鳴きはロータとパッドの乾性摩擦に起因した自励振

動であり,鳴き発生時にはロータの面内方向の振動が主体である. (2) 鳴き発生時にスポークも鳴き振動数で振動しているが,ロータの振動振幅ほどは大きく

なくスポークの疲労破壊には至らなかった.この点は安全性において新型ブレーキユニ

ットが旧型ブレーキユニットよりも優れていることを示す. (3) スポークを含むブレーキユニット系で自転車用ディスクブレーキの鳴き解析モデルを

構築した.解析では乾性摩擦による自励振動系を考え,ロータの面内方向の振動のみに

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しぼり,スポークは張力のかかったはりでモデル化し,解析を行った.その結果,解析

結果と実験結果との良い一致を確認した.

図 2.64 自転車用ローラブレーキ

Tea Time 2.4 ローラブレーキ

ブレーキの鳴きを抑える対策として,クーロン摩擦や相対すべり速度に関して負の勾配を 有する乾性摩擦ではなく,相対すべり速度に関して常に正の勾配を有する粘性減衰を使用す

れば鳴きは生じないであろう.この試みのブレーキが図 2.64 に示す自転車のローラブレーキ

である.自転車の後輪軸に「高温注意」と赤や黄色で書かれているブレーキを見たことがあ

るであろう.いわゆる市街地を走るママチャリに利用されている.制動時には,図 2.64 のカ

ム(A 部)を回転させ,ローラを介してシューをドラムに押し付ける構造である.これはド

ラムとシューの間にグリースを注入し,数 10kN という極めて大きな押し付け荷重を加えて制

動するブレーキである.制動性能は十分であるが,制動時にグリースがシューとドラムの間

に保持されなくなるときなど,鳴きの問題が完全に解決されたとは言いがたい.このブレー

キの特徴は,安価であること,グリースを封入しているので,摩擦係数が一定であること,

およびメンテナンスフリーであることである.

Cam