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-1- 第4章 仮説設定の指導方略(4 QS )開発物語 はじめに- The Four Question Strategy との出会い- 筆者は平成 14 年4月に上越教育大学へ赴任した。学部・修士の学生を受け入れ始 めたのは翌年の平成 15 年度からである。この年に受け入れた修士課程の学生の中に 長野県教育委員会から派遣された中学校理科教員のI氏がいた。I氏が希望した研究 テーマは,理科における問題解決の能力育成の指導法に関するものであった。このテ ーマは,筆者にとってもライフワークであり,思いが一致した。 当時の教育課程の根拠となっていた学習指導要領(平成 11 年9月に告示)には,「生 徒が自ら問題を見いだし解決する観察,実験などを一層重視し,自然を探究する能力 や態度」を育成すると記されていた。また,「目的意識をもった観察,実験を行う」 とも記されていたことから, I 氏の研究のポイントは,探究の過程の初発の段階であ る,仮説設定のための思考を支援する指導法を確立することであると考えた。 I 氏の研究の方向性は決まった。彼は中学校の理科教員を対象に,授業に関する質 問紙調査を行い,その結果から探究的な理科授業を実践していると判断した約 10 の理科教員に対して,仮説の設定をどのような手立てで指導しているのかについて, 聞き取り調査を行った。その結果,「班で相談させる」などの指導形態を挙げたり,「事 図1 Science Experiments and Project for Student Kendall / Hunt Publishing Company, 2000

第4章 仮説設定の指導方略(4 QS)開発物語...- 1 - 第4章 仮説設定の指導方略(4QS)開発物語 はじめに-The Four Question Strategy との出会い- 筆者は平成14

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第4章 仮説設定の指導方略(4 QS)開発物語

はじめに- The Four Question Strategy との出会い-

筆者は平成 14 年4月に上越教育大学へ赴任した。学部・修士の学生を受け入れ始

めたのは翌年の平成 15 年度からである。この年に受け入れた修士課程の学生の中に

長野県教育委員会から派遣された中学校理科教員のI氏がいた。I氏が希望した研究

テーマは,理科における問題解決の能力育成の指導法に関するものであった。このテ

ーマは,筆者にとってもライフワークであり,思いが一致した。

当時の教育課程の根拠となっていた学習指導要領(平成 11 年9月に告示)には,「生

徒が自ら問題を見いだし解決する観察,実験などを一層重視し,自然を探究する能力

や態度」を育成すると記されていた。また,「目的意識をもった観察,実験を行う」

とも記されていたことから, I 氏の研究のポイントは,探究の過程の初発の段階であ

る,仮説設定のための思考を支援する指導法を確立することであると考えた。

I 氏の研究の方向性は決まった。彼は中学校の理科教員を対象に,授業に関する質

問紙調査を行い,その結果から探究的な理科授業を実践していると判断した約 10 名

の理科教員に対して,仮説の設定をどのような手立てで指導しているのかについて,

聞き取り調査を行った。その結果,「班で相談させる」などの指導形態を挙げたり,「事

図1 Science Experiments and Project for Student(Kendall / Hunt Publishing Company, 2000)

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象を見た直後に感想を聞く」など事象提示に関する手立てが多く挙げられたりしたも

のの,仮説の設定につながる事象の見方や考え方など,思考を支援する指導法に直結

する情報は得られなかった。実のところ I 氏と筆者は,聞き取り調査を行い,そこか

ら得られた知見を集約して帰納すれば,生徒自らに仮説を設定させる指導の手立てが

浮き彫りになると,たかをくくっていたのである。研究は行き詰まってしまった。

I 氏はもちろん指導教員である筆者も困り果て,手元にあるアメリカ合衆国で出版

されている,理科指導に関する図書を手当たり次第に当たってみた。何冊目かに,

Cothron, j. h.らの“Science Experiments and Projects for Students”を手に取り頁をめくってい

ると,22 頁から 23 頁にかけて“The Four Question Strategy”という見出しに目がとまっ

た。斜め読みをしてみて,筆者はこの方略を取り入れた指導の効果を検証し,仮説を

設定させる指導法として具体化できれば,画期的な提案になるのではないかと直観し

た。 I 氏は早速“The Four Question Strategy”を翻訳して,ほぼオリジナル通りのワーク

シートを作成し,音の単元で検証のための実践を行った。しかし,有効であろうとい

う程度の結果しか得られなかった。ここまでが,“The Four Question Strategy”の研究を

始めるに至った物語である。なお,筆者はこの指導方略を Cothron, j. h.らに敬意を表し

て,頭文字をとり4QS(フォークス)と命名している。

第1節 引き継がれた4QSのワークシート開発

I氏の研究を引き継いだのは,平成 16 年度に千葉県教育委員会から派遣された高

等学校で生物を教えている O 氏である。筆者は O 氏とともに,オリジナルの“The Four

Question Strategy”を翻訳し直した。オリジナルは,STEP1 から STEP 4までの順序性の

あるフローで示されている。その流れは,STEP1「変化させる要因を見つける」,STEP

2「変化させる要因にともなって変化することを見つける」,STEP 3「変化させる要

因を細かく設定する」,STEP 4「変化させる要因にともなって変化することを数量化

する」となっている。翻訳にあたっては,日本語として違和感のないように配慮した。

そのようにして作成したワークシートが図2である。後で分かったことであるが,こ

のワークシートの問題点は,STEP1 で独立変数を考えさせることになっている点であ

り,これが高校生や学部生の思考を混乱させる原因となっていた。

O 氏は高校生用に同じフォーマットでワークシートを作成し,プラナリアの再生の

実験で用いて,その効果の検証を行った。その結果, STEP 2「変化させる要因にと

もなって変化すること」を理解させることが難しいという問題点が浮き彫りになった。

O 氏はワークシートから従属変数を考える STEP 2を削除することで,理解が深まっ

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たという結論を得た。し

かし,これは特に変数を

明確に意識していなくて

も観察や実験を行ったり

考察したりできる傾向の

ある生物の授業であった

ことによるものと考えら

れる。もしも,変数ぬき

では語れない物理であっ

たなら, STEP 2の削除に

より生徒はさらに混乱を

深めたかもしれない。ワ

ークシートから従属変数

を考える STEP 2を削除し

たことは,極めて重要な

示唆を与えてくれた。つ

まり,自然の事象を因果

関係を前提として捉える

という見方・考え方は,

理科において重要である

が, STEP 2の削除により

その視点が失われることを 図2 開発初期の4QSに基づくワークシート

教えてくれた。生物の観察・

実験においては因果関係を前提にしなくても取り組めるものもある。そのような教科

の特性が大切なことを教えてくれた。これも,実践を通して検証を試みた大きな成果

であり,決して失敗ではなかったことを明言しておく。

一方筆者も教員養成大学の学部3年生を対象に,同様のワークシートを用いて,そ

の有効性の検討を行った。しかし,高校生と同様に芳しいものではなかった。問題点

は二つあり,一つは STEP1 から STEP 4までの順序性のあるフローが思考の柔軟性を

妨げていることであった。もう一つは,STEP1 で独立変数を考え,次の STEP 2で従

属変数を考えるという順序に関してである。つまり,「変化させる要因を見つける」(独

立変数)を考えるためには,何が変化しているのか(従属変数)を明確にしておく必要

がある。従属変数を明確にせずして,独立変数の発想はありえない。筆者の実践にお

いても,O 氏の高校生を対象とした授業と同様の問題点が浮き彫りになった。

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O 氏の研究は,さらに平成 17 年度に長崎県教育委員会から派遣された,高等学校

で生物を教えている N 氏に引き継がれた。O 氏の研究や筆者の実践から,図2に示し

た4QSのワークシートの問題点は,STEP1 から STEP 4までのフロー,特に独立変

数を先に考え,次に従属変数を考えるという順序性にあることが示唆された。古来,

日本人は季節とともに移ろい変化する自然の事象に目を向けてきた。我々には,まず

変化することを先に

考え,その次に何が

原因かを考える方が

自然なことのように

思われた。そこで,N

氏に声をかけ,実験

室の黒板に STEP1 か

ら STEP 4までを構

造化した案を板書し

ながら説明し,議論

を行った。その議論

を踏まえて出来あが

ったワークシートが

図2である。4QS 図3 最終的に完成した4QSの考え方に基づくワークシート

ワークシートが完成

した瞬間である(図3)。

第2節 構造化した4QSワークシートの概要

“The Four Question Strategy”は,直線的な順序性のある4段階の問いについてグルー

プで討論しながら独立変数と従属変数を洗い出したり,それぞれの変数をどのように

測定するのか等について討論しながら仮説を設定したりするブレーン・ストーミング

である。4QSワークシートは,その理念を大切にしつつもオリジナルで示されてい

る直線的で順序性のある4つの問いを構造化するとともに,従属変数を先に考え,次

に独立変数を考えられるように,オリジナルと順を入れ替えた。また,構造化したこ

とによって,STEP1 から STEP 4に進んでも,STEP1 から STEP 2に進んでも良いもの

になった。完成したワークシートの形式は,オリジナルとは大きく異なるものになっ

た。以下に,その概要を述べる。

4QSワークシートを使用して仮説を立てさせる際に,まず注意を払わなければな

らないのは,課題の文言である。この文言の中に従属変数の抽出に直結するキーワー

STEP1に影響を与えている要因としてどんなことが考えられるだろうか?

数で表すには、どのようにしたらよいだろう?

それぞれの要因をどのように変化させれば、STEP1との関わりを確かめられるだろう?

STEP1

STEP2

STEP3

STEP4

関 連 さ

せ て

私の仮説

氏名(            )

思いつくだけ仮説を立ててみよう。

私の疑問(課題):

STEP1に影響を与えている要因としてどんなことが考えられるだろうか?

数で表すには、どのようにしたらよいだろう?

それぞれの要因をどのように変化させれば、STEP1との関わりを確かめられるだろう?

STEP1

STEP2

STEP3

STEP4

関 連 さ

せ て

私の仮説

氏名(            )

思いつくだけ仮説を立ててみよう。

私の疑問(課題):

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図4 「課題:電磁石の強さを変えるには,どのようにすればよいだろうか」を例にし

た4QSワークシートへの記入例

ドがなければならない。そして,さらに独立変数に考えが及ぶような表現がセットで

組み込まれている必要がある。つまり,例えば「・・・すれば,結果は,・・・・の

ようになる。」等のように,作業仮説として表現できるものでなければならない。こ

のことは,特に強調しておきたい。もしも,「なぜ・・・・は,・・・だろう。」とい

う課題を設定したならば,考えなければならない幅が広がってしまう。つまり,「な

ぜ」という問いに対して「因果関係」の原因をあげて説明すれば良いのか,「性質」

を説明すれば良いのか,それとも「構造」に着目して説明すれば良いのかが不明であ

るため,焦点を絞りにくくなるのである。探究の過程において,「なぜ」という発問

は,探究の極めて初期の段階においては必要である。しかし,少なくとも作業仮説を

考える段階では,「なぜ」という問いかけを4QSワークシートの課題の欄に記入す

ることは不適切である。課題を記入する欄の下には STEP1 から STEP 4の枠と仮説を

記入する枠があり,それらが順に矢印でつながっている。繰り返しになるが,STEP1

から STEP 4に進んでも,STEP1 から STEP 2に進んでもかまわないことにも注意を要

する。場合によっては,STEP1 から STEP 4に進んだ方が,授業がスムースに展開す

STEP1に影響を与えている要因としてどんなことが考えられるだろうか?

数で表すには、どのようにしたらよいだろう?

それぞれの要因をどのように変化させれば、STEP1との関

わりを確かめられるだろう?

STEP1

STEP2

STEP3

STEP4

関連させて

私の仮説思いつくだけ仮説を立ててみよう。

課題:電磁石の強さを変えるには,どのようにしたらよいのだろうか。

電磁石の強さ ・くっつくゼムクリップの数・くっつく砂鉄の重さ

・コイルの巻き数・電流の強さ・エナメル線の太さ・鉄芯の太さ

・コイルの巻き数を増やす・乾電池の数を増やす・エナメル線を太くする・鉄芯を太くする

・コイルの巻き数を増やすと電磁石は強くなる(くっつくゼムクリップの数は増える)。

・乾電池を増やして電流を強くすると電磁石は強くなる(くっつくゼムクリップの数は増える)。

・エナメル線を太くすると電磁石は強くなる(くっつくゼムクリップの数は増える)。

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る。

STEP1 は与えられた課題の表記から,変化する事象を従属変数として簡潔に記述す

る。例えば,課題として「電磁石の強さを変えるには,どのようにすればよいのだろ

うか」が与えられたとすると,STEP1 の枠の中には,従属変数として「電磁石の強さ」

を記述する(図4)。

STEP 2は従属変数に影響をおよぼす独立変数を考えさせる。児童・生徒が4QS

ワークシートに慣れていない場合は,教科書を見ながら考えさせると良い。慣れてく

ると,思いつく独立変数を多数挙げさせるのが理想である。その際,教員の制御はで

きるだけ控えて,自由に自分の考えを発言できる雰囲気を醸成することが大切である。

電磁石の場合であれば,枠の中にコイルの巻き数,電流の強さの他に,エナメル線の

太さや鉄芯の太さ等も出てくるだろう。場合によっては,突飛な独立変数を挙げる者

も出てくる。そのような時の指導のポイントは,実証性や再現性のある実験の計画と

実施が可能なのかを考えさせることである。そして,仮説の検証にあたっては,教科

書に掲載されている条件の実験は最優先で行うこととして,子どもがどうしても確か

めたいという仮説については,実証性,再現性,客観性が保証できる実験計画が立て

られたもの一つ程度に限定して取り組ませるようにすると,子どもの興味・関心を維

持できるとともに授業内容が発散しすぎることはない。

STEP 3は STEP 2で挙げた独立変数を実験条件として,どのように変化させるのか

を考えさせる。電磁石の例であれば,「コイルの巻き数を増やす」や「電池の数を増

やす」をはじめ,「エナメル線を太くする」,「鉄芯を太くする」等を記述する。STEP

4は STEP1 で挙げた従属変数を数量としてあらわす方法,つまり測定方法を考えて記

入させる。もちろん,慣れないうちは,教科書を見ながらの作業でかまわない。小学

校理科の実験であれば,電磁石につくゼムクリップの数等と記述すれば良いだろう。

そして,最後に STEP 3と STEP 4とを関連付けて,例えば「・・・すれば,・・・は

・・・になる。」というような表現で仮説を文で記述させる。電磁石の実験の場合,「コ

イルの巻き数を多くすると電磁石にくっつくゼムクリップの数は増える(電磁石は強

くなる)。」等と記述する。

第3節 小学校教員志望学生を対象とした4QSワークシートの有効性の検証

1.授業の概要

完成した4QSワークシートの有効性の検討は,まず教員養成課程の学部生を対象

に,必修科目「初等理科指導法」(受講生約 200 人)で行った。授業(1単位時間90分)

は平成18年7月11日と18日に,合計2回実施した。

第1回目の授業では,仮説を設定する題材として,「インゲンマメ」を取り上げた。

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インゲンマメは本授業の課題として対象学生が一人一鉢で栽培をしながら観察記録を

つけている植物であることから,インゲンマメの成長に関わる様々な要因を抽出しや

すいと考えた。なお,この授業は「小学校6年生のある児童がインゲンマメの成長に

ついて研究したいと申し出てきた。教員としてのあなたは児童の思いや気づきを引き

出し,仮説に到達させるためにどのような指導や助言をすればよいだろうか。児童の

考えを生かせるように先生の立場で,できるだけたくさんの仮説を設定してみよう。」

という場面設定のもとで行った。

授業ではワークシートを配布した後,筆者から従属変数を提示し,STEP1 に「イン

ゲンマメの成長」を記入させ,仮説を立てる手順について説明した。STEP 2では STEP1

の従属変数に影響を及ぼす独立変数を思いつくだけ挙げること,STEP 3 は STEP 2

で取りあげた独立変数をどのように変化させるかを考えること, STEP 4では従属変

数を数量化する手立てを考えること,そして最後に STEP 3と STEP 4とを対応させ,

仮説をできるだけ多く文で表現することなどを説明した。

次に,4~5名の班を編成した後,自由な発想で討論をさせ,その結果に基づき仮

説を設定させた。討論と仮説設定には 30 分を当てた。その後,一つの班を指名して

4QSワークシートに記入した内容を板書させた。そして,その内容について筆者が

説明したり,問題のある部分については二本線で削除して適切な表記に修正したりし

て,理解が深められるようにした。全体での検討には約 30 分を当てた。

第2回目の授業は,題材として小学校5年生の学習内容である「振り子の実験」を

取り上げた。本時では,まず前時の内容について次のような確認を行った。「前回は,

変化するものとしてインゲンマメの成長を取り上げ,それに影響を与える要因を抽出

し,インゲンマメの成長と要因を関連づけて仮説を立てた。変化するものと,それに

影響を及ぼす要因との関わりに気づくことが大切である。」次に,前回と同様に,従

属変数を提示し,ワークシートの STEP1 に「振り子の1往復に要する時間」を記入さ

せ,グループで討論させながら仮説を設定させた。なお,仮説設定に当たっては児童

の発想に立ち,物理学的に誤りであっても,実験で検証ができるのであれば問題ない

と強調した。

第2回目の授業が終了した時点で,仮説設定やその手立てなどに関する理解の程度

について質問紙調査を行った(表2)。当日の出席者は207名であったが,記入もれな

どのあった7名を除く200名について集計した。分析は各項目について百分率を求めて

行った。

2.4QSワークシートとそれを用いた授業の評価

まず,第1回目の授業において学生が考えた STEP1 から STEP 4の内容及び仮説の

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うち板書させた班の事例について述べる。なお,従属変数については,筆者が STEP1

に「インゲンマメの成長」を記入するよう指示した。従属変数を筆者から指示したの

は,慣れないうちは,STEP1 でつまずくことがあるからである。STEP 2では独立変数

として「日光,水,肥料,気温,湿度,土,水はけ,鉢の大きさ,添え木など」を思

いついていた。日光,水,肥料,気温,土など一般的なものだけではなく,鉢の大き

さ,添え木など,自らが鉢に土を入れ,水やりなどの世話をした直接体験がなければ

思いつかないような変数が挙げられていた。 STEP 3では「日光が当たる,当たらな

い」,「肥料をやる,やらない」,「気温が高い,低い」,「添え木をする,しない」な

どを記述していた。従属変数としての「インゲンマメの成長」を数量化する STEP 4

では「葉の数,種子の数,花の数,茎の太さ,草丈,重さ(植物体全体)」などを挙げ

ていた。植物の成長を示す一般的な指標として考えられる草丈だけではなく,葉の数

や種子の数など,数量化の観点として多様な考えが挙げられていた。そして,最後に

STEP 3と STEP 4を関連付けて「日光を当てると草丈が伸びる」,「日光を当てると葉

の枚数が増える」,「添え木をすると背丈が伸びる」,「肥料を与えると種子が大きく

なる」の4つの仮説を設定していた。

なお,他の班ではその他の独立変数として「二酸化炭素濃度」,「風」,「空気の振

動」を挙げていた。また,従属変数の数量化については「花の数」,「果実の数」,「果

実の収穫量」,「葉の面積」を挙げていた。

以上のように,学生は

4QSの手法により,従

属変数を数量化する視点

や従属変数に影響を与え

る独立変数を多数抽出す

るとともに,それらを関

連づけ観察・実験で検証

可能な仮説を設定してい

た。

次に,「振り子の実験」

を題材とした第2回目の

授業において学生が考え

た各 STEP の内容につい 図5 「インゲンマメの成長」を従属変数とした板書の例

て述べる。なお,従属変

数は筆者の指示で STEP1 に「振り子の1往復に要する時間」を記入させた。

ある班は,STEP 2で「おもりの重さ,ひもの長さ,振り始めの位置(振れ幅),ひ

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もの太さ」などの要因(独立変数)を抽出し,STEP 3では「おもりの重さを変える」,

「ひもの長さを変える」,「振り始めの位置(振れ幅)を変化させる」などと記述してい

た。従属変数としての「振り子の一往復に要する時間」を数量化するための STEP 4

では「一往復する時間を測る」と記述していた。そして,仮説として「振り子のおも

りの重さを重くすると一往復する時間は長くなる」,「振り子のひもの長さを長くする

と一往復する時間が短くなる」,「振り始めの位置が高い(振れ幅が大きい)方が一往

復する時間が短くなる」などを設定していた。なお,実際の測定においては振り子が

十往復する時間を測定させた。

この班が立てた仮説のうち,「振り子のおもりの重さを重くすると一往復する時間

は長くなる」と「振り子のひもの長さを長くすると一往復する時間が短くなる」は,

物理学的には誤りであるが,実験で検証可能であり,仮説として成り立っている。仮

説を設定するに当たり,児童の発想に立つよう指示したことから,このような仮説を

立てたものと考えられる。児童同士の討論では,このような考えが出てくる可能性が

ある。物理学的には誤りではあるが,検証可能な仮説を設定した子どもの考えを生か

せる小学校教員としての資質を高める上で,4QSの手法は教員養成段階の演習とし

て意義があると考える。もう一つの仮説「振り始めの位置が高い(振れ幅が大きい)

方が一往復する時間が短くなる」については,厳密に考えると難しい問題を含んでい

る。高校の物理では,単振り子の運動は単振動として扱われている。単振動として考

える場合,その周期は糸の長さと重力加速度だけで決まり,周期はその振れ幅では変

わらず等時性を示す。単振り子の運動が単振動と近似できるのは,その振幅がおもり

をつるしている糸の長さに比べて十分に小さいときに限られ,実際の振り子の周期は

その振幅によって変わることが知られている。物理学的には誤りであったり,実験の

厳密さが要求されたりするが,いずれにせよこの仮説も実験で検証可能な仮説である。

いずれの班も仮説としては「おもりの重さを変えても一往復に要する時間は変わらな

い」,「糸の長さを長くすると一往復に要する時間は長くなる」などのように,実験で

検証可能な仮説を立てていた。

次に,第2回目の授業を受けた直後の4QSワークシートに対する学生の評価につ

いて述べる。「今まで仮説を立てるのは難しいと思っていたか」の問いに対して,「と

てもそう思う」と回答したのは 18.2%で,「ややそう思う」は 48.0%であった。両者を

合わせると 66.2%の学生が仮説を立てるのは難しいと感じていた。「児童に仮説を立て

させる手立てが理解できたか」の問いに対して「とてもそう思う」と回答したのは 31.3%

で,「ややそう思う」は 62.1%であった。合わせると 93.4%の学生が,理解できたと回

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答した。また「小学校理科の観察・実験について仮説を文章で表現する手立てが理解

できたか」に対して「とてもそう思う」と回答したのは 26.8%で,「ややそう思う」は

66.2%であった。これについても,合わせると 93.0%の学生が,理解できたと回答した。

最後の「ワークシートは使いやすかったか」について,「とてもそう思う」と回答し

たのは 47.5%で,ややそう思うは 42.4%であった。両者を合わせると 89.9%の学生が使

いやすいと感じていた。

以上の結果から,“The Four Question Strategy”を参考にして開発した4QSワークシ

ートは,科学的な探究の初期において重要な仮説設定に関する指導の手立てを,小学

校教員志望学生に習得させる上で有効であったと考えられる。特に,実質的には60分

の授業を2回行うだけで,90%を超える学生が「よく理解できた」「やや理解できた」

と回答したことから,教員養成段階で仮説設定の手立てを習得させる指導法がほぼ確

立できたと判断した。

約三年の年月をかけて開発した4QSワークシートは,仮説設定の手立てを小学校

教員志望学生に習得させる上で有効であると判断できたことから,一応の完成を見た

と結論づけた。オリジナルの直線的で順序性のあるワークシートを用いた前年度の実

践では,学生に理解させることが困難であった。しかし,4つの問いを構造化すると

ともに,STEP1 に従属変数を位置付け,そこから STEP 4に進んでも,STEP1 から STEP

2に進んでも良い形式にしたことが学生に受け入れられやすくなったものと考えてい

る。4QSワークシートを用いて検証可能な作業仮説が設定できると,次は観察・実

験の計画の立案が課題となる。4QSワークシートには,観察・実験の計画立案に必

要な要素である「従属変数とその数量化の方法」「独立変数とその条件設定」が明確

に分かるように構造化されている。そのため,指導者の指導・助言によって,「基準

となる値の設定」や「単位の確認」,「測定する範囲の設定」,「必要な観察・実験器

具の選択や考案」など,詳細な観察・実験計画の検討を行わせることも容易になる。

18.2

31.3

26.8

47.5

48.0

62.1

66.2

42.4

28.8

6.1

6.6

9.1

5.1

0.5

0.5

1

0% 20% 40% 60% 80% 100%

今まで仮説を立てるのは難しいと思っていた

児童に仮説を立てさせる手だてが理解できた

小学校理科の観察・実験について仮説を文章で表現する手だてが理解できた

ワークシートは使いやすかった

図6 授業後に学生が感じた仮説設定の手だてに関する印象

とてもそう思う

ややそう思う

あまり思わない

全く思わない

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また,仮説が検証できなかった場合,仮説設定の段階に戻って再検討を容易に行える

形式になっていることも本ワークシートの優れた点の一つである。

堀(2005)は,中国文学者の白川静を引用し,理科教育における「思考」とは,「新

しいものをつくる力」を生み出すものであることが望ましいと述べている。指導者に

よりあらかじめ設定された仮説ではなく,討論を通して学生が相互に自由な考えを出

し合い,自分たちの考えを生かした仮説を設定することができたことから,4QSワ

ークシートは,創造性の育成についても可能性を内包しているものと考えられる。

第4節 完成した4QSのその後

平成 20 年度頃からは,初等理科指導法での4QSワークシートを用いた仮説設定

の授業(90 分)は1回のみで済ませている。授業では小学校理科教科書の電磁石の実験

の頁をカラーコピーして配布し,それを手がかりにして個人でワークシートに記入さ

せるようにしている。その作業と説明の時間は約 60 分である。その後の残り時間で,

課題として「振り子が一往復する時間は,どのようにすれば変えられるだろうか」を

与えて個人で作業仮説を設定させるようにしている。つまり,1単位時間で4QSワ

ークシートを用いた仮説設定の説明と確認の演習とが行える程の完成度になってい

る。そして次の週に,振り子の実験について,自分が考えた仮説を2~3人のグルー

プで検証させている。

実験を終えた学生に感想文を書かせているが,なかなか良いことを書いてくれる。

平成 26 年度のものを二つ紹介する。一つは「実際に実験で確認してみると,自分の

仮説とは異なった結果が得られ,インパクトを受けた。教えてもらうより,自分で検

証する方が,明らかに納得できると感じた。また,自然に疑問やこうなるのではない

かと声に出して予測をしていることに気付いた。自然に子ども達が気付き,実感の上

で習得するとは,このようなことをいうのだなと気付かされた。ぜひ子ども達にもこ

の生の驚きを味わってもらいたいと感じた。」と記しており,この学生は仮説を立て

て検証して新しいことを発見することに,知的な感動を覚えたようである。もう一つ

は「振り子の実験では,おもりの重さ,糸の長さ,振れ幅の大きさを変えることで,

(一往復にかかる時間が)変化すると考えていましたが,おもりの重さと振れ幅の大き

さを変化させても変わらないことに驚いた。糸の長さによって振り子の一往復する時

間が変化すると知った。仮説を立ててみたが,検証が重要で,検証してみて初めて結

果が分かる。この流れは大切だと感じた。地道な作業だったけど,改めて勉強になる

ことばかりだった。」と記しており,自分の素朴概念が正しい科学概念に変容したこ

とと,探究の過程の重要性を実感を伴って理解できたことを述べている。ほとんど全

員の学生がこのような感想を書いていることから,4QSワークシートを用いた仮説

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設定の授業と実験で検証する授業の組み合わせが効果的であることを毎年実感してい

る。

おわりに-小学生や中学生にも有効な4QS-

教員養成課程の学生を対象とした仮説設定の指導方略(4QS)の指導方法は,平成

20 年頃にほぼ完成した。その後,金子や山田が中学生や小学校高学年を対象として,

4QSワークシートを活用した仮説設定の指導の効果を検証し,学会誌に発表してい

る。

金子は中学校1年生のフックの法則の実験で4QSを用いた実践を行い,4 QS を

用いいた群の方がグラフ作成能力を習得した生徒の割合が有意に高くなったことや,

応用問題に対してもグラフ作成能力を適用できる生徒の割合が有意に高くなったこと

等を報告している。また,山田は小学校6年生の単元「ものの燃え方と空気」の学習

において,4QSを用いた群の方が燃焼の仕組みに関する科学的知識を高い水準で理

解及び維持できることや燃焼現象を科学的に説明する能力の育成にも有効であること

を報告している。探究の過程における仮説の意義と重要性を認識した実践者によって,

その有効性が裏付けられつつある。

最後に実践の参考となる資料を掲載しておく。この資料は妙高市新井小学校の先生

が4QSワークシートの概要をたいへん分かりやすくまとめてくれたものである。実

践の参考にしていただければ幸いである。

文献

1)Cothron, j. h., Giese, R. N., & Rezba, R. J. m: Science Experiments and Project for Student, pp.

21-35,Kendall / Hunt Publishing Company, 2000.

2)金子健治・小林辰至,The Four Question Strategy(4QS)を用いた仮説設定の指導が素

朴概念の転 換に与える効果-質量の異なる台車の斜面上の運動の実験を例とし

て-,理科教育学研究,日本理科教育学会,第 50 巻第3号,pp.67-67, 2010.

3)金子健治・小林辰至,The Four Question Strategy(4 QS)に基づいた仮説設定の指

導がグラフ作 成能力の習得に与える効果に関する研究,理科教育学研究,日本

理科教育学会,第 51 巻第 3 号,pp.75-83, 2010.

4)山田貴之・寺田光宏・長谷川敦司・稲田結美・小林辰至,児童自らに変数の同定

と仮説設定を行わせる指導が現象を科学的に説明する能力の育成に与える効果-

第6学年「ものの燃え方と空気」を事例として-,日本理科教育学会,第 55 巻

第 2 号, pp.219-229, 2014.

5)妙高市立新井小学校,平成 21・22・23 年度 新潟県小学校教育研究会「理科」指

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定研究 研究のあゆみ わかたけ~言葉と体験を一体化させる理科・生活科の創

造~,pp.12-13, 2010.

6)堀哲夫,科学的思考の課題とその育成,理科の教育,Vol.55, pp. 8-11, 2005.

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