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孤島の村での研究活動 フィリピン中部のビリラン島で小児肺 炎の研究をしています。5歳未満の子ど もたち、約2,700人を対象に3年間にわ たって追跡調査を続け、小児肺炎の実態 を明らかにしようとするコホート研究と いう手法です。医学面だけでなく、社会、 経済、地理的なリスクを解析し、有効な 対策を講じて、成果を世界の開発途上国 の小児肺炎対策戦略に提供していく計画 です。 小児肺炎は年間で約160万人もの死者 が出ており、その95%が開発途上国で す。肺炎は肺の炎症性疾患の総称で、原 因となる病原体はウイルスや細菌などさ まざまです。途上国では診断も治療も容 易ではありません。病院にたどり着けず 適切な治療を受けられない子どもも少な くないのです。そのような最も脆 ぜい じゃく な子 どもたちを疫学的手法で把握し、介入研 究によって肺炎から守る対策を講じる2 段構えの研究プロジェクトです。 毒蛇におびえつつ、熱帯医学を学ぶ 転機となったのはパプアニューギニア での経験です。青年海外協力隊で行った この国に魅了され、派遣期間終了後も熱 帯医学の勉強を続けました。自身がマラ リアやデング熱にかかり苦しい思いもし ましたが、最も忘れられないのがへき地 医療研修。そこは毒蛇のいる村で、血清 が4本しかなく、4人目の蛇 へび こう しょう 患者に 血清を使った後の残り2週間は生きた心 地がしませんでした。 現地の病院で小児科研修をしていると きに、ユニセフと日本のテレビ局のチャ リティー企画番組でパプアニューギニ アのHIVエイズを特集するという話があ り、通訳として参加することになりまし た。自分ではこの国の医療を熟知してい ると思っていたのですが、取材を進める につれ、表には出てこないHIVという特 殊な感染症に苦しんでいる人々が地域に 埋もれていることを知りました。そこか ら、医師として患者個人に向き合う臨床 だけでなく、国際保健や公衆衛生を自分 の研究分野として意識し始めたのです。 地域で考え、世界に貢献 研究活動は苦難の連続でした。最大の ダメージはコホート研究の開始直前に来 た史上最大級の台風です。高潮で完全に 破壊された研究室の復旧や、コホート地 域の再調査など、研究の継続は困難を極 めました。多くの困難があっても研究を 続けられるのは、研究室のスタッフに恵 まれていることが大きいです。そして何 より、研究を通して途上国に貢献できる というやりがいがあるからです。だから こそ、粘り強く続けていけるのです。 好きな言葉は「Think globally, Act locally」でした。しかし長く途上国にい ると思考プロセスは逆になってきます。 「Think locally, Act globally(地域で考 え、グローバルな課題に挑戦する)」と いう考え方です。フィリピンでもパプア ニューギニアでも地域に答えがあること に気付いたのです。 フィリピンは日本から飛行機で4時間 ほどです。興味があればいつでも「Think locally, Act globally」を体験しにきてく ださい。 発行日/平成 26 年 12 月 1 日 編集発行/独立行政法人 科学技術振興機構(JST) 総務部広報課 〒 102-8666 東京都千代田区四番町 5-3 サイエンスプラザ 電話/03-5214-8404 FAX/03-5214-8432 E-mail/[email protected] ホームページ/http://www.jst.go.jp JST news/http://www.jst.go.jp/pr/jst-news/ 2014/December SATREPS(地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム)感染症分野 研究課題「小児呼吸器感染症の病因解析・疫学に基づく予防・制御に関する研究」 子どもたちを 肺炎から救いたい 32 ●玉記さんの詳しい研究内容を知りたい方はこちらへ http://www.jst.go.jp/global/kadai/h2216_pilipinas.html たまき・らいた 1973年兵庫県姫路市生まれ。2008年東海大学大学院 医学研究科博士課程修了博士医学)。同年東北大学 助手。09より現職。11よりJICA専門家 公衆衛生としてフィリピン派遣 駐在趣味はラグビー、物書き。 東北大学大学院 医学系研究科 助教 玉記 雷太 TEXT:寺西憲二/ PHOTO:浅賀俊一 編集協力: 佐藤優子、井上絵里子(JST SATREPS担当) 最新号・バックナンバー 中学生のころから 好きだったラグビー で汗を流す。休日 は地元のチームの 一員として活 躍し ている。 現地のスタッフとともに調査地域となっている 集落へ。この研究を生かすことが、肺炎で苦し む世界中の子どもたちを救うことにつながる。 12年以上の途上国 での活動。さまざまな 困難が伴うが、現地 の子どもたちの笑顔 に力づけられる。 2週間ごとに各家庭を回って聞き 取りを行い、子どもたちの健康状 態を記録する。地域に埋もれてい る肺炎のリスクを見つけ出す。

国立研究開発法人 科学技術振興機構Title JSTニュース2014年12月号 Author 独立行政法人 科学技術振興機構တတတတတတတတ Subject JSTの活動と、最新の科学技術・産学官連携・理数教育などのニュース

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  • 16 December 2014

    孤島の村での研究活動

     フィリピン中部のビリラン島で小児肺炎の研究をしています。5歳未満の子どもたち、約2,700人を対象に3年間にわたって追跡調査を続け、小児肺炎の実態を明らかにしようとするコホート研究という手法です。医学面だけでなく、社会、経済、地理的なリスクを解析し、有効な対策を講じて、成果を世界の開発途上国の小児肺炎対策戦略に提供していく計画です。 小児肺炎は年間で約160万人もの死者が出ており、その95%が開発途上国です。肺炎は肺の炎症性疾患の総称で、原因となる病原体はウイルスや細菌などさまざまです。途上国では診断も治療も容易ではありません。病院にたどり着けず適切な治療を受けられない子どもも少なくないのです。そのような最も脆

    ぜい

    弱じゃく

    な子どもたちを疫学的手法で把握し、介入研究によって肺炎から守る対策を講じる2段構えの研究プロジェクトです。

    毒蛇におびえつつ、熱帯医学を学ぶ

     転機となったのはパプアニューギニアでの経験です。青年海外協力隊で行ったこの国に魅了され、派遣期間終了後も熱帯医学の勉強を続けました。自身がマラ

    リアやデング熱にかかり苦しい思いもしましたが、最も忘れられないのがへき地医療研修。そこは毒蛇のいる村で、血清が4本しかなく、4人目の蛇

    へび

    咬こう

    傷しょう

    患者に血清を使った後の残り2週間は生きた心地がしませんでした。 現地の病院で小児科研修をしているときに、ユニセフと日本のテレビ局のチャリティー企画番組でパプアニューギニアのHIVエイズを特集するという話があり、通訳として参加することになりました。自分ではこの国の医療を熟知していると思っていたのですが、取材を進めるにつれ、表には出てこないHIVという特殊な感染症に苦しんでいる人々が地域に埋もれていることを知りました。そこから、医師として患者個人に向き合う臨床だけでなく、国際保健や公衆衛生を自分の研究分野として意識し始めたのです。

    地域で考え、世界に貢献

     研究活動は苦難の連続でした。最大のダメージはコホート研究の開始直前に来た史上最大級の台風です。高潮で完全に破壊された研究室の復旧や、コホート地域の再調査など、研究の継続は困難を極めました。多くの困難があっても研究を続けられるのは、研究室のスタッフに恵まれていることが大きいです。そして何より、研究を通して途上国に貢献できるというやりがいがあるからです。だから

    こそ、粘り強く続けていけるのです。 好きな言葉は「Think globally, Act locally」でした。しかし長く途上国にいると思考プロセスは逆になってきます。

    「Think locally, Act globally(地域で考え、グローバルな課題に挑戦する)」という考え方です。フィリピンでもパプアニューギニアでも地域に答えがあることに気付いたのです。 フィリピンは日本から飛行機で4時間ほどです。興味があればいつでも「Think locally, Act globally」を体験しにきてください。

    発行日/平成 26 年 12 月 1日編集発行/独立行政法人 科学技術振興機構(JST) 総務部広報課〒 102-8666 東京都千代田区四番町 5-3 サイエンスプラザ電話/03-5214-8404 FAX/03-5214-8432E-mail/[email protected] ホームページ/http://www.jst.go.jpJST news/http://www.jst.go.jp/pr/jst-news/2014 / December

    SATREPS(地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム)感染症分野研究課題「小児呼吸器感染症の病因解析・疫学に基づく予防・制御に関する研究」

    子どもたちを肺炎から救いたい

    32

    ●玉記さんの詳しい研究内容を知りたい方はこちらへhttp://www.jst.go.jp/global/kadai/h2216_pilipinas.html

    たまき・らいた1973年兵庫県姫路市生まれ。2008年東海大学大学院医学研究科博士課程修了。博士(医学)。同年東北大学助手。09年より現職。11年よりJICA専門家(公衆衛生)としてフィリピン派遣・駐在。趣味はラグビー、物書き。

    東北大学大学院医学系研究科助教

    玉記 雷太

    TEXT:寺西憲二/ PHOTO:浅賀俊一編集協力:佐藤優子、井上絵里子(JST SATREPS担当)

    最新号・バックナンバー

    中学生のころから好きだったラグビーで汗を流す。休日は地元のチームの一員として活躍している。

    現地のスタッフとともに調査地域となっている集落へ。この研究を生かすことが、肺炎で苦しむ世界中の子どもたちを救うことにつながる。

    12年以上の途上国での活動。さまざまな困難が伴うが、現地の子どもたちの笑顔に力づけられる。

    2週間ごとに各家庭を回って聞き取りを行い、子どもたちの健康状態を記録する。地域に埋もれている肺炎のリスクを見つけ出す。

    http://www.jst.go.jp/global/kadai/h2216_pilipinas.htmlhttp://www.jst.go.jphttp://www.jst.go.jp/pr/jst-news/mailto:[email protected]