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52 法政大学情報メディア教育研究センター研究報告 Vol.34 2019原稿受付 2019 3 15 発行 2019 7 18 建築物の環境性能と鉄道駅からの距離の関係性に関する研究 Quantification of Relationship between Environmental Performance of Buildings and Distance from Nearest Train Station 奈良 玲伊 1) 山口 歩太 2川久保 俊 1出口 清孝 1Rei Nara, Ayuta Yamaguchi, Shun Kawakubo, and Kiyotaka Deguchi 1) 法政大学デザイン工学部建築学科 2法政大学大学院デザイン工学研究科建築学専攻 Tools to assess buildings are invented in some countries today. A tool called Comprehensive Assessment System for Built Environment Efficiency (CASBEE) is one of them and it is used for assessing building environmental performance. Initially, CASBEE assessment results data is collected from 24 Japanese local governments in this study. Secondly, relationship among CASBEE assessment results, distance from stations and population density are clarified using Geographic Information System (GIS). Network analysis was conducted to identify area that can be reached within 5-, 10- and 15-minutes’ walk from the nearest station to consider more actual conditions of residents. The study has identified that environmental performance of buildings are affected by various regional characteristics. Keywords : CASBEE, Environmental performance, GIS, Regional characteristics 1. はじめに 近年、我が国では建築物部門のエネルギー消費量 は著しく増加し、2013 年度時点で全エネルギー消 費量の三分の一強を占めている [1]。以上のことか ら、建築物における環境配慮に対する社会的要求が 高まっている。我が国では CASBEE という Q(環 境品質)と L(環境負荷)の両側面を捉えた建築物 の環境性能評価ツールが普及しており、BEE(環境 効率)= Q L で評価が行われる。全国 24 の自治 体(図 1)において、一定以上の規模の建築物を建 設する際には CASBEE の評価結果の提出が義務付 けられている。 CASBEE を用いた研究は数多く存在するが、建 築物の立地と評価結果を比較した研究は少ない。そ こで本研究では、立地を考慮する際の一指標である 鉄道駅と建築物との距離に着目し、CASBEE の評 価結果の提出を義務付けている全国 24 の自治体に 提出された CASBEE データを用いて分析を行った。 Copyright © 2019 Hosei University 分析に際しては地理情報システム(GIS1を用 いて鉄道駅から各建物の距離を可視化し、そのデー タを用いて CASBEE の評価の傾向を把握すること で環境性能に優れた建築物の普及に関する基礎的知 見を得るべく分析を行った。 2010.10 2004.10 2006.4 2011.8 2004.4 2009.10 2007.7 2010.4 2005.7 2006.10 2010.4 2011.1 2009.4 2009.10 2007.11 2010.4 2005.10 2006.4 2006.8 2010.4 2006.10 2010.4 2007.11 2007.10 図1 CASBEE の導入自治体と導入開始時期 Figure 1 Local governments introducing CASBEE

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法政大学情報メディア教育研究センター研究報告 Vol.34

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法政大学情報メディア教育研究センター研究報告 Vol.34 (2019)

原稿受付 2019年 3月 15日発行 2019年 7月 18日

建築物の環境性能と鉄道駅からの距離の関係性に関する研究

Quantification of Relationship between Environmental Performance of

Buildings and Distance from Nearest Train Station

奈良 玲伊1) 山口 歩太 2) 川久保 俊 1) 出口 清孝 1)

Rei Nara, Ayuta Yamaguchi, Shun Kawakubo, and Kiyotaka Deguchi

1)法政大学デザイン工学部建築学科2)法政大学大学院デザイン工学研究科建築学専攻

Tools to assess buildings are invented in some countries today. A tool called Comprehensive Assessment System for Built Environment Efficiency (CASBEE) is one of them and it is used for assessing building environmental performance. Initially, CASBEE assessment results data is collected from 24 Japanese local governments in this study. Secondly, relationship among CASBEE assessment results, distance from stations and population density are clarified using Geographic Information System (GIS). Network analysis was conducted to identify area that can be reached within 5-, 10- and 15-minutes’ walk from the nearest station to consider more actual conditions of residents. The study has identified that environmental performance of buildings are affected by various regional characteristics.

Keywords : CASBEE, Environmental performance, GIS, Regional characteristics

1. はじめに近年、我が国では建築物部門のエネルギー消費量は著しく増加し、2013年度時点で全エネルギー消費量の三分の一強を占めている [1]。以上のことから、建築物における環境配慮に対する社会的要求が高まっている。我が国では CASBEEという Q(環境品質)と L(環境負荷)の両側面を捉えた建築物の環境性能評価ツールが普及しており、BEE(環境効率)= Q/ Lで評価が行われる。全国 24の自治体(図 1)において、一定以上の規模の建築物を建設する際には CASBEEの評価結果の提出が義務付けられている。

CASBEEを用いた研究は数多く存在するが、建築物の立地と評価結果を比較した研究は少ない。そこで本研究では、立地を考慮する際の一指標である鉄道駅と建築物との距離に着目し、CASBEEの評価結果の提出を義務付けている全国 24の自治体に提出された CASBEEデータを用いて分析を行った。

Copyright © 2019 Hosei University

分析に際しては地理情報システム(GIS)注 1)を用いて鉄道駅から各建物の距離を可視化し、そのデータを用いて CASBEEの評価の傾向を把握することで環境性能に優れた建築物の普及に関する基礎的知見を得るべく分析を行った。

2010.10 2004.10 2006.4 2011.8 2004.4 2009.10 2007.7

2010.4

2005.7

2006.10

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2009.42009.102007.112010.42005.102006.42006.8

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図1 CASBEEの導入自治体と導入開始時期Figure1 Local governments introducing CASBEE

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法政大学情報メディア教育研究センター研究報告 Vol.34

2. 研究方法2.1 分析に用いたデータと収集方法まず、分析に用いるデータベースの構築を行うため、自治体版CASBEEの導入を行っている全国24自治体のWebサイト上に公開されているCASBEEの評価データを収集した。図1に示す24の自治体では、戸建住宅を除く対象建築物の延床面積が2,000m2

(福岡市では5,000m2以上)の場合、評価結果の届出を義務付けている[2]。本研究で収集したデータは、各自治体で届出が導入された初年度から2014年度までの評価結果としている。収集対象となる項目は、建築物名称、建設地住所、建築物用途、建築主、設計者、敷地面積、延床面積、竣工年、評価に用いられたソフト、届出年度、各スコア(BEE、Q、L、SQ、SLR、Q1、Q2、Q3、LR1、LR2、LR3)注2)の全21項目である。収集したデータの総件数は13,568件であった。本研究ではGISを使用し空間分析を行うことで、

CASBEEにおける評価結果と立地との関係性を明らかにすることを目的としている。GISでは様々な数値情報を地図上で分析するだけでなく、地図を複数重ね合わせることも可能であり、結果の表示方法も多様である。本研究では、空間分析を行う上で全ての収集データを地図上の正確な位置にプロットする必要がある。しかし、評価結果に記載されている建設地住所は、地番表示や住居表示が混在しており標記が統一されていない。そこで、全ての収集データを地図上にプロットするため、建設地住所の評価結果にある建設地住所の記載が市区町村レベルで留まっている建築物の評価結果に関しては、汎用地図サイトを用いて場所を特定し、それでも特定できないものに関しては欠損データとして扱った。本研究では統計処理を行う上で一定のサンプル数が必要となるため、極端に件数が少なくなった自治体及び建築物用途は分析対象外とした。また、各自治体のWebサイト上に公開されている

CASBEEにおける評価結果のデータを収集し、自治体別、建築物用途別に集計を行った。建築物用途によって建築物に求められる性能が異なるため、CASBEEにおける評価結果の傾向も各建築物用途で異なり得る。複合用途建築物の場合、分析対象用途以外に関係する部分が建築物全体の環境性能に影響を与えている可能性が考えられるため、今回は分析対象から除外し、届出件数の最も多い単一用途である建築物を分析対象とした。最終的に地

図にプロットした件数は9,330件となった。また、収集したデータの中には、同一建築主による複数棟から構成される建築物が存在した。各自治体によって各棟それぞれでCASBEEによる評価を実施している場合と、これらを一つの建築物と見なしてCASBEEによる評価を実施している場合の2つのパターンが混在している。これらのデータを分析する際に、地域ごとに対応が異なると結果に影響を及ぼすため、本研究では複数棟ある建築物で個別にCASBEEによる評価を行うものに関しては、CASBEEによる評価を各棟の延床面積で加重平均し、一つのデータとして統合し取り扱った。

2.2 鉄道駅から各建物への徒歩到達圏の生成方法建築物の用途や性能は、建設地の地域特性と密接な関係がある。例えば、住宅や事務所、公共建築物は居住者や利用者などの交通利便性を考慮し、駅周辺を中心に建設される傾向がある。また、人口の過密地域では、人口が過密ではない地域に建設されている建築物と比較して、周辺環境や求められる環境性能などが異なる可能性が考えられる。そこで本研究では、この9,330件の建築物のCASBEEによる評価結果と各自治体に存在している鉄道駅からの距離との関係性を明らかにすることを試みる。各駅から一定の時間内に徒歩で到達できる圏域(徒歩到達圏)を生成する上で、駅を中心に地図上に同心円を描く方法がある。GISでは地図を重ね合わせ、分析を行うことが可能であるため、駅を中心に描いた同心円が載っている地図と実際にCASBEEによる評価結果がプロットされている地図を重ね合わせ、分析を行うことが可能である。しかし、地図上に描いた同心円の端まで、実際に設定した時間内に徒歩で到達できるとは限らない。道が続いていない場合や川を挟む場合、大きな建築物や山、線路などが存在する場合など多数の要因が考えられる。そこで本研究では、現実との乖離が生じないよう、地図に道路ネットワーク解析を行い、実際の道路に沿って歩いた場合に設定された時間内に徒歩で到達できる範囲を特定した。これにより各自治体に存在する駅から機械的に同心円を作成し徒歩到達圏を地図に生成するよりも、より正確な到達圏を地図に生成することが可能となる。今回は以下の手順で便宜的に徒歩到達圏を設定した。図2と図3に示すように、駅から400m、800m、1,200mの同心円状の徒歩到達圏(人が歩く速度を80m/minと仮定)と、道路ネットワーク解析により徒歩5分、10分、15分で到達可能な徒歩到達圏を地図へ生成した。

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図2に示すケースでは、線路を挟んで左側は低層な山が広がっている。さらに、右側は川が流れている状態となっており、山や川の上に徒歩到達圏である同心円が生成されている。一方で、図3では山のある地帯を迂回するように徒歩到達圏が生成され、川を挟んだ陸地には徒歩到達圏が生成されていない状態となっている。また、同一地図内に複数の駅が存在し、それぞれの駅を中心として徒歩到達圏を生成し、複数の徒歩到達圏が被った場合、短い時間の徒歩到達圏が採用されるように分析を行った。

3. 研究結果(地域特性との関係性)図4に建築物のBEE値と地域特性との関係性を分

析した結果を示す。建築物用途ごとに利用者や建設地域の傾向が異なり地域特性との関係性も異なることが考えられるため、用途ごとに傾向を把握した。図4に地域特性の一つとして、鉄道駅からの距離について分析した結果を示す。道路ネットワーク解析により生成した4区分の徒歩到達圏ごとに結果を集計、分析した。ここでは、徒歩到達圏ごとに建築物の平均BEE値を示す。また、多重比較分析の結果を(5min/10min/15min/15min以上)の順に「*」の数で示す注3)。(A)に徒歩到達圏別に算出した全建築物の平均

BEE値と延床面積の結果を示す。駅から遠い地域に建設されている建築物ほど平均 BEE値が良い傾向であることが確認された。徒歩 15分圏外に建設されている建築物では、平均 BEE値が低くなる傾向であった。また、延床面積に着目すると、圏外を除く全ての徒歩到達圏に建設されている建築物において、規模が大きくなるほど BEEが高くなる傾向であることが再確認された。以下、(B)から(F)に建築物の用途ごとに算出した結果を示す。なお、各徒歩到達圏に含まれる建築物の件数が極端に少なくなった建築物用途は分析対象から除外した。(B)に集合住宅における徒歩到達圏別に算出した平均BEE値と延床面積の結果を示す。集合住宅では、駅から遠い地域の建築物ほど平均BEE値が良くなる傾向にあることが確認された。また、延床面積も平均BEE値と比例して規模が大きくなることが把握された。駅から遠くなるほど、建設費用を環境性能の向上のために投資していることが考えられる。(C)に工場の結果を示す。工場では、徒歩5分圏内よりも外の領域において、駅から遠ざかるほど環境性能が向上する傾向が把握された。駅から徒歩5分圏内に建設されている工場では、徒歩10分圏内に建設されている工場に比べ平均BEE値が高い傾向であることが確認された。この要因としては、駅により近い地域に工場を建設する場合、周辺環境を考慮し、より環境に配慮しているためと考えられる。(D)に病院の結果を示す。病院では、徒歩5分圏内から徒歩10分圏内の間ではその範囲に含まれる建築物の平均BEE値に大きな差は見られなかったが、徒歩15分圏内の平均BEE値は高くなる傾向が確認された。延床面積に関しては、平均BEE値の推移とは異なり徒歩15分圏内まで徐々に規模が大きくなる傾向となった。

図2 同心円状の徒歩到達圏Figure2 Buffer circle from the nearest stations

図3 道路ネットワーク解析による徒歩到達圏Figure3 5–15 mins service area from the nearest stations

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(E)に学校の結果を示す。学校では、他の建築物用途と比べ平均BEE値が高い傾向であることが把握された。また、徒歩5分圏内に建設されている学校の平均BEE値と徒歩10分、15分圏内に建設されている学校の平均BEE値との間に大きな差がある傾向が確認された。(F)に事務所の結果を示す。事務所では、学校と同様に他の建築物用途と比べ平均BEE値が全体的に高い傾向であることが把握された。また、延床面積は駅から遠くなるほど概ね小さくなる傾向が確認された。これは交通利便性を求め、より駅の近くに大規模な事務所が建設されていることを示唆している。

4. 結論・今後の課題本研究では、道路ネットワーク解析により、鉄道駅からの徒歩到達圏の算出を試みた結果、鉄道駅から機械的に同心円を作成して徒歩到達圏を生成するよりも、より実態に即していると考えられる徒歩到達圏を生成することが可能となった。集合住宅では鉄道駅から遠い地域に建設される建築物ほど環境性能が良くなる傾向が確認された。Q1から LR3の分析では Q2のサービス性能の項目のみ異なった傾向

を示した。今後は、CASBEE評価結果に関するデータベースに他のデータを追加し、さらなる知見を提供することが重要である。

参考文献[1] 国土交通省:住宅・建築物の省エネ・省 CO2施

策と支援事業の動向h t t p s : / / w w w. k e n k e n . g o . j p / s h o u c o 2 / p d f /symposium/20/20-1_mlit.pdf(最終閲覧日:2019年 3月 11日)

[2] CASBEE建築環境総合評価システム:CASBEEとは、自治体による CASBEEの活用[Webサイト]http://www.ibec.or.jp/CASBEE/local_cas.htm(最終閲覧日:2019年 3月 11日)

注注 1)空間分析は、ESRIジャパン(株)の地理情報シ

ステムソフトウェア ArcGIS 10.3.1 for Desktopを使用した。

注 2)BEE(Built Environment Efficiency)は建築物の環境効率を表しており、Q(建築物の環境効率:Quality)を L(建築物の環境負荷:Load)で除したものである。CASBEEのランクは BEEの値に

図4 各種建築物用途ごとの平均 BEE 値と平均延床面積Figure4 Average BEE value and average gross floor area for building type in each service area

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応じて Sランク(BEEが 3.0以上、Qが 50以上)、Aランク(BEEが1.5以上3.0未満)、B+ランク(BEEが 1.0以上 1.5未満)、B-ランク(BEEが 0.5以上 1.0未満)、Cランク(BEEが 0.5未満)の 5つに格付けされる。SQ、SLRは Q、Lそれぞれの総合スコアを示しており、この値をもとに Qと Lが導かれる。CASBEE-建築(新築)[2016年版]の場合、Q及び Lは、Q1:室内環境、Q2:サービス性能、Q3:室外環境(敷地内)、LR1:エネルギー、LR2:資源・マテリアル、LR3:敷地外環境から構成される。この Q1から LR3までの 6分野は 5段階評価となっており、レベル 5は世間で最も先進的な取り組みレベル、レベル 3は世間一般的な取り組みレベル、レベル 1は最低限満たすべき取り組みレベルに相当する。なお、LRの Rは Reductionを表しており、高評価ほどスコアが増大するシステムとし、理解を容易にしている。

注 3)多重比較分析は、IBM(株)の SPSS Statistics 24を使用した。凡例に *(p < 0.1)、**(p < 0.05)、***(p < 0.01)として示している。