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地質系合同セミナー 15.10.19 【文献】Barbara, L. et al., 2013. Quat. Sci. Rev., 79, 99110; Ikehara, M., 2012. J. Geogr., 121, 518–535; McQuoid, M.R. & Hobson, L.A., 1996. J. Phycol., 32, 889–902; Pla, S. & Anderson, N.J., 2005. J. Phycol., 41, 957–974; Sjunneskog, C. & Winter, D., 2012. Glob. Planet. Change, 96–97, 87– 96; Suto, I. et al., 2012. Palaeogeogr., Palaeoclimatol., Palaeoecol., 339–341, 39–51. 南大洋に産する珪質微化石を用いた古海洋環境復元 地質・地球生物学講座 生物圏進化学研究室 加藤 悠爾 【研究背景】 南大洋は,グローバルな環境変動に大きな影響 を与える海域として知られている(Ikehara, 2012). そのため,地質時代に遡って全球的な環境変動史 を解明するには,南大洋広域における海氷分布な どの海洋環境変遷を知ることが必須である. 南大洋の海底堆積物には珪藻化石が多産する ことが知られている.珪藻は水温・塩分・海氷分 布などの環境要素に応じて多様な進化を遂げて きたため,これらの珪藻化石群集を詳細に分析す ることで海氷分布や海洋構造の変遷などを復元 できる可能性が高い.近年では,珪藻化石を用い た第四紀後期の海氷分布復元などが行われてい るものの(Barbara et al., 2013 など),それ以前の時 代を含めた長期間にわたる南大洋全体の海氷分 布変遷などに関する知見はまだほとんど無い. また,湧昇流帯に多産する珪藻のうち Chaetoceros 属は,貧栄養環境下で休眠胞子と呼ば れる形態をとって休眠し,湧昇による栄養塩と日 光の再供給があると栄養細胞としての活動を再 開する,という生活環を持つため(McQuoid & Hobson, 1996),休眠胞子化石は湧昇流や(Suto et al., 2012)それに関連する海氷形成を復元する指標 となりうる.しかし,南大洋の休眠胞子化石につ いては,分類などの基礎研究すら行われておらず, 古海洋学的観点からの研究例も皆無である. さらに,南大洋の堆積物中には,主に淡水棲の 黄金色藻類のシスト化石が含まれる場合があり Sjunneskog & Winter, 2012 など),これらは陸起 源の融氷水の指標となる可能性がある.近年,黄 金色藻シスト化石による湖沼の古環境推定が試 みられているものの(Pla & Anderson, 2005 など), 海洋堆積物を用いた研究例はまだほとんどない. 【研究目的・内容】 上記の背景を踏まえ,本研究では,珪藻化石群 集の解析による約 2000 万年間にわたる海洋環境 変動の長期的傾向の復元を行う.さらに, Chaetoceros 属休眠胞子・黄金色藻シスト化石の産 出種・量に関する基礎データを獲得し,これらの データを統合することにより,南大洋における海 氷・湧昇流システムの発達過程を解明する. 【研究方法】 ・分析対象:下図に示した地点の堆積物試料の分 析分析を行う.湧昇流・海氷生成変動の記録が残 されている海氷縁近傍の堆積物試料(ODP Leg 113 Site 689, ODP Leg 120 Site 751, IODP Exp. 318 Site U1361)に加え,海氷分布域外の試料(DSDP Leg 71 Site 513)も含めて,緯度・経度トランセク トのデータが得られるように試料を選定した. ・分析方法:上述の試料を約 2–3 万年の高解像度 で分析する.珪藻化石の計数は,光学顕微鏡下で 一層準につき 400 殻になるまで行い,珪藻化石を 計数する間に産出した Chaetoceros 属休眠胞子と 黄金色藻シスト化石の産出数も併せて記録する. 【これまでの研究成果】 ODP Site 689 試料の観察を行い,ウェッデル海 の地域的な海洋環境変遷を復元した.本分析では, 漸新世末期〜前期中新世(約 26–15 Ma)の比較的 温暖な環境から,遷移期を経て(約 15–12 Ma), 後期中新世以降(約 12 Ma 以降)の寒冷な環境へ 移行する過程が詳細に観察された.また,南極周 極流の変動(約 22–14 Ma)や海氷の発達史(約 12–5 Ma)を初めて示した. 【今後の予定】 Site 689 試料上部(約 12–2 Ma)の追加分析を行 い,年代解像度を向上させる.その後, IODP Site U1361, ODP Site 751, DSDP Site 513 試料の分析を 行う.これらの分析で得られた珪質微化石群集デ ータを相互に比較することにより,南大洋広域に おける海氷分布,湧昇流,南極周極流などの規模 の変遷を復元する. 南大洋で行われた海底掘削地点と海氷・海流構造の概略

南大洋に産する珪質微化石を用いた古海洋環境復元...2015/10/19  · みられているものの(Pla & Anderson, 2005など),海洋堆積物を用いた研究例はまだほとんどない.

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Page 1: 南大洋に産する珪質微化石を用いた古海洋環境復元...2015/10/19  · みられているものの(Pla & Anderson, 2005など),海洋堆積物を用いた研究例はまだほとんどない.

地質系合同セミナー 15.10.19

【文献】Barbara, L. et al., 2013. Quat. Sci. Rev., 79, 99–110; Ikehara, M., 2012. J. Geogr., 121, 518–535; McQuoid, M.R. & Hobson, L.A., 1996. J. Phycol., 32, 889–902; Pla, S. & Anderson, N.J., 2005. J. Phycol., 41, 957–974; Sjunneskog, C. & Winter, D., 2012. Glob. Planet. Change, 96–97, 87–96; Suto, I. et al., 2012. Palaeogeogr., Palaeoclimatol., Palaeoecol., 339–341, 39–51.

南大洋に産する珪質微化石を用いた古海洋環境復元

地質・地球生物学講座 生物圏進化学研究室 加藤 悠爾 【研究背景】

南大洋は,グローバルな環境変動に大きな影響

を与える海域として知られている(Ikehara, 2012).そのため,地質時代に遡って全球的な環境変動史

を解明するには,南大洋広域における海氷分布な

どの海洋環境変遷を知ることが必須である.

南大洋の海底堆積物には珪藻化石が多産する

ことが知られている.珪藻は水温・塩分・海氷分

布などの環境要素に応じて多様な進化を遂げて

きたため,これらの珪藻化石群集を詳細に分析す

ることで海氷分布や海洋構造の変遷などを復元

できる可能性が高い.近年では,珪藻化石を用い

た第四紀後期の海氷分布復元などが行われてい

るものの(Barbara et al., 2013など),それ以前の時代を含めた長期間にわたる南大洋全体の海氷分

布変遷などに関する知見はまだほとんど無い.

また,湧昇流帯に多産する珪藻のうち

Chaetoceros属は,貧栄養環境下で休眠胞子と呼ばれる形態をとって休眠し,湧昇による栄養塩と日

光の再供給があると栄養細胞としての活動を再

開する,という生活環を持つため(McQuoid & Hobson, 1996),休眠胞子化石は湧昇流や(Suto et al., 2012)それに関連する海氷形成を復元する指標となりうる.しかし,南大洋の休眠胞子化石につ

いては,分類などの基礎研究すら行われておらず,

古海洋学的観点からの研究例も皆無である.

さらに,南大洋の堆積物中には,主に淡水棲の

黄金色藻類のシスト化石が含まれる場合があり

(Sjunneskog & Winter, 2012など),これらは陸起源の融氷水の指標となる可能性がある.近年,黄

金色藻シスト化石による湖沼の古環境推定が試

みられているものの(Pla & Anderson, 2005など),海洋堆積物を用いた研究例はまだほとんどない. 【研究目的・内容】

上記の背景を踏まえ,本研究では,珪藻化石群

集の解析による約 2000 万年間にわたる海洋環境変動の長期的傾向の復元を行う.さらに,

Chaetoceros属休眠胞子・黄金色藻シスト化石の産出種・量に関する基礎データを獲得し,これらの

データを統合することにより,南大洋における海

氷・湧昇流システムの発達過程を解明する.

【研究方法】

・分析対象:下図に示した地点の堆積物試料の分

析分析を行う.湧昇流・海氷生成変動の記録が残

されている海氷縁近傍の堆積物試料(ODP Leg 113 Site 689, ODP Leg 120 Site 751, IODP Exp. 318 Site U1361)に加え,海氷分布域外の試料(DSDP Leg 71 Site 513)も含めて,緯度・経度トランセクトのデータが得られるように試料を選定した. ・分析方法:上述の試料を約 2–3万年の高解像度で分析する.珪藻化石の計数は,光学顕微鏡下で

一層準につき 400殻になるまで行い,珪藻化石を計数する間に産出した Chaetoceros 属休眠胞子と黄金色藻シスト化石の産出数も併せて記録する. 【これまでの研究成果】

ODP Site 689試料の観察を行い,ウェッデル海の地域的な海洋環境変遷を復元した.本分析では,

漸新世末期〜前期中新世(約 26–15 Ma)の比較的温暖な環境から,遷移期を経て(約 15–12 Ma),後期中新世以降(約 12 Ma以降)の寒冷な環境へ移行する過程が詳細に観察された.また,南極周

極流の変動(約 22–14 Ma)や海氷の発達史(約12–5 Ma)を初めて示した. 【今後の予定】

Site 689試料上部(約 12–2 Ma)の追加分析を行い,年代解像度を向上させる.その後,IODP Site U1361, ODP Site 751, DSDP Site 513試料の分析を行う.これらの分析で得られた珪質微化石群集デ

ータを相互に比較することにより,南大洋広域に

おける海氷分布,湧昇流,南極周極流などの規模

の変遷を復元する.

南大洋で行われた海底掘削地点と海氷・海流構造の概略