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理研シンポジウム 第1回 拡がる原子分子物理研究: 宇宙空間における原子分子進化過程 日時 2010 年 12 月 3 日(金) 9:15 - 18:00 場所 独立行政法人理化学研究所 仁科ホール 主催 独立行政法人理化学研究所 東原子分子物理研究室 協賛 原子衝突研究協会 参加費 無料(懇親会費は一般 3,000 円、学生 1,000 円) シンポジウム概要 星間空間における化学反応を様々な角度から探求するため、宇宙の原子分子進化過程に 興味をもつ研究者が参加し、最新の研究成果を報告・議論する。特に原子分子レベルで の反応過程に焦点を合わせ、天文観測、地上実験から理論的アプローチまで分野横断的 なセッションを通して異分野間の交流を深めたい。 問合せ先: 独立行政法人理化学研究所 基幹研究所 東原子分子物理研究室 中野祐司([email protected]

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Page 1: 理研シンポジウム 第1回 拡がる原子分子物理研究: 宇宙空間にお … · シンポジウムのイントロダクションとして枠組的概念的議論をする。

理研シンポジウム

第1回 拡がる原子分子物理研究:

宇宙空間における原子分子進化過程

日時 2010 年 12 月 3 日(金) 9:15 - 18:00 場所 独立行政法人理化学研究所 仁科ホール 主催 独立行政法人理化学研究所 東原子分子物理研究室 協賛 原子衝突研究協会 参加費 無料(懇親会費は一般 3,000 円、学生 1,000 円)

シンポジウム概要 星間空間における化学反応を様々な角度から探求するため、宇宙の原子分子進化過程に興味をもつ研究者が参加し、最新の研究成果を報告・議論する。特に原子分子レベルでの反応過程に焦点を合わせ、天文観測、地上実験から理論的アプローチまで分野横断的なセッションを通して異分野間の交流を深めたい。

問合せ先: 独立行政法人理化学研究所 基幹研究所 東原子分子物理研究室 中野祐司([email protected]

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プログラム

9:00 受付開始

9:15 はじめに 1 東俊行(理研)

9:30 宇宙における原子分子過程 1 市村淳(宇宙航空研究開発機構)

10:10 Radioastronomical observations of interstellar molecules

and their reactions 2 高野秀路(国立天文台 野辺山宇宙電波観測所)

10:50 Coffee Break

11:00 電子ビームイオントラップによる実験室からの貢献 3

中村信行(電気通信大レーザー新世代研究センター)

11:40 Laboratory experiments of SWCX - 太陽風を起源とする軟X線発 光に対する地上実験 - 4

田沼肇(首都大学東京理工学研究科物理学専攻)

12:20 Lunch

13:30 低温氷表面での原子分子過程と化学進化 5

渡部直樹(北海道大学低温科学研究所)

14:10 陽イオン・陰イオンの分光と反応研究 6 川口建太郎 (岡山大理学部化学科)

14:50 イオン蓄積リングによる炭素クラスター負イオンの蓄積と寿命測定 7

松本淳(首都大学東京理工学研究科分子物質化学専攻)

ページ番号

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15:30 Coffee Break

15:40 Carbon in Interstellar Clouds 8

山本智 (東京大理学系研究科物理学専攻)

16:20 低温移動管質量分析計を用いたイオン分子反応 9 岩本賢一(大阪府立大学大学院理学系研究科)

17:00 クーロン結晶を用いた極低エネルギー極性分子-イオン衝突反 応の研究 10

岡田邦宏(上智大学理工学部物質生命理工学科)

17:40 Closing 18:00 懇親会 統合支援施設第一食堂

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■はじめに 東俊行

理研東原子分子物理研究室 原子分子物理研究室を、2009年に立ち上げてから、初めての理研シンポジウムを開催いたしました。記念すべき初回のテーマは、宇宙空間における原子分子進化過程という分野横断的な内容です。 我々のAMO、すなわちAtomic, Molecular and Optical Physicsという分野は、基礎物理から様々な関連分野への応用まで実に多岐にわたる領域を内包します。その中で最近、レーザー・放射光、トラップ、検出器といった新たな実験手法の進展により、いくつかの分野が大きく展開しました。その中で立ち返って、我々は星間の原子分子過程を取り上げました。この分野は長い歴史をもちますが、今、再び低温分子というテーマが、イオントラップやリングという実験手法の進展に伴って「熱い」領域として脚光を浴び始めています。またX線衛星の活躍にとって原子過程の大量の情報が手に入るようになりました。 原子分子物理の研究者と宇宙分野の研究者と間で交流は、分子同定のために振動回転分光の地上実験と観測の共同比較研究という形で進展してきました。しかしながら、反応という視野にたつと、一昔前の「state-to -state chemistry」という標語で活発であった分野では、豊穣な物理を含みながらも研究手法の問題からしだいに研究者人口を減らしてゆきました。ところが再び、実験手法の劇的進展によってルネッサンスが到来しています。科学の進歩とはこのような螺旋を描きながら進展するという認識がここでもあてはまります。 今回研究会を開催してみて宇宙分野の研究者の方々との研究会および懇親会での議論が実に有意義であると、認識を深めました。このような研究会は、ややもすれば陥りがちな「たこつぼ型研究」の殻を破る最良の方法です。我々の主催するシンポジウムシリーズは、今後様々なテーマをとり上げて毎年開催する心意気です。どのように会が成長してゆくか温かく見守っていただければ幸いです。

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■宇宙における原子分子過程

市村淳 宇宙航空研究開発機構

シンポジウムのイントロダクションとして枠組的概念的議論をする。 [1] 宇宙の探求と原子分子過程 ・宇宙(今の姿、生い立ち、かくある理由)の探求における原子分子物理の重要性 ・宇宙の環境における原子分子過程の特徴、特に禁制線の出現 [2] 地上/宇宙における原子分子研究の始まり Fraunhofer による太陽光の暗線の発見が、地上か宇宙かを問わず、原子分子の線スペクトルを扱った最初の実験だった。量子論に先立って、19世紀の後半には、天体の物質組成と物理状態を探る天体物理学=分光学が成立する。 [3] 宇宙における原子分子過程の始まり 原子分子過程が宇宙の有為転変に関わる舞台は、星間空間vs. 恒星という温度と密度が極端に変化する非平衡な構造である。一様で熱平衡のビッグバン宇宙から出発して第一世代の星形成に至るには、「宇宙の晴れ上がり」によって放射が物質との結合から切れた後、ガス雲の放射冷却が重要になる。そこでは水素原子から水素分子が形成される必要があるが、水素原子 の特別な構造と宇宙膨張に起因する非断熱効果がそこに深く関わっている。

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■Radioastronomical observations of interstellar molecules and their reactions

高野秀路 自然科学研究機構国立天文台 野辺山宇宙電波観測所

講演では、星間分子の電波観測についての多少の基礎的背景知識について説明し、その次に国立天文台野辺山宇宙電波観測所の観測装置および講演者がかかわっている観測プロジェクトについて紹介を行った。最後に、今後の電波観測を飛躍的に発展させる装置として、ALMA(アルマ)望遠鏡について触れた。 星間分子の電波観測の基礎的背景知識については、分子の発見の歴史の紹介などを行い、さらに現在までに発見されている分子のリストを「理科年表」の表に基づいて示した。2010年6月現在までに158個程度の分子が見つかっている。また、このリストを見ると、負イオンの検出が引き続き行われており、さらに、2009年5月に打ち上げられたハーシェル(衛星)によって検出されたH2O+が入っているなど、最近の傾向を垣間見ることができる。次に、世界の代表的な電波観測装置の紹介を、単一パラボラ、干渉計、衛星の順に行った。 野辺山の観測装置については、主力の直径45m電波望遠鏡、および南米チリのアタカマ高地に設置しているASTE(アステ)望遠鏡について紹介を行った。次に、45m望遠鏡を用いて講演者らが行っている「ラインサーベイ」観測について、その意義、観測対象の天体、およびこれまでに得られている結果を簡単に紹介した。天体としては、(1)炭素鎖が多い星形成領域L1527、(2)明瞭なショック現象が生じている星形成領域L1157、(3)赤外暗黒星雲G28.34+0.06、(4)銀河NGC 1068, NGC 253を主に観測している。 最後にALMA(アルマ)望遠鏡を紹介した。この装置は、北米、ヨーロッパ、日本・台湾による国際協力で進められており、南米チリのアタカマ高地で建設中である。広い周波数範囲、高い空間分解能(~0.1”)、および高い集光力を持ち、質の高い大量のデータによる飛躍的な研究の発展が期待されている。完成は2013年ごろであるが、2011年途中から初期運用が始まる予定であり、その成果に期待が集まっている。

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■電子ビームイオントラップによる実験室からの貢献 中村信行

電気通信大学 レーザー新世代研究センター

太陽に代表される天体の高温プラズマを理解する上で、多価イオンの特性、とりわけ遷移波長、遷移確率などの基礎分光学的特性や、電子との様々な衝突過程(電離、励起、再結合)の反応速度係数など、原子物理学的な知見が極めて重要な役割を担っている。例えば、太陽観測用衛星「ひので」に搭載された極端紫外線分光撮像装置では、遷移層からコロナ領域に存在する鉄多価イオンのスペクトルを観測し、その輝線強度から、電子密度や温度などの重要なパラメータを診断している。そのような分光診断は通常、温度や密度などをパラメータとして輝線スペクトル強度を算出するモデル計算との比較により行われるが、精度の高い分光診断を行うためには、精度の高い確かな原子データに基づいたモデルを構築することが必要不可欠である。しかしながら、特に反応速度係数においては、実験値あるいは実験によって検証された信頼できる計算値が揃っているとは必ずしも言えず、単純な低密度極限化の電離平衡におけるイオン分布の計算ですら、モデルによって異なった値を与えることが少なくない。 我々の研究グループでは、多価イオン生成分光装置・電子ビームイオントラップ(EBIT)を用いて、多価イオンの基礎原子データの蓄積や、既存モデルの試験などを行っている。EBIT内に生成されるプラズマは、密度とエネルギーを高精度に制御可能な単色単向電子ビームとトラップ多価イオンから成る非常に単純なプラズマであり、モデルの試験には最適である。更に、その電子ビームのエネルギーと電流を適宜高速制御することにより、2電子性再結合のような共鳴的過程を抜き出して測定したり、任意の速度分布を持つプラズマのスペクトルを模擬実験することなども可能である。 本講演では主に、EBITを用いた鉄多価イオン分光測定について紹介する。

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■Laboratory experiments of SWCX 太陽風を起源とする軟X線発光に対する地上実験

田沼肇 首都大学東京理工学研究科

1996年にChandra衛星によって百武彗星から1 keV以下の軟X線が放射されていることが初めて観測された。その後,全ての彗星から同様な軟X線放出が観測され,その機構が太陽風にわずかに含まれている多価イオンの電荷移行反応に伴う脱励起発光であることが明らかになった。同様な機構による軟X線発光は,木星を始めとする惑星やその衛星から観測されたばかりでなく,ROSAT衛星による全天サーベイによって,特定の天体が存在しない方向からでも軟X線背景放射が観測されることが明らかになった。これらは全て太陽風を起源とする電荷交換であるため,SWCX (Solar Wind Charge eXchange) と呼ばれるようになった。首都大を中心とするX線天文学のグループと首都大の原子物理実験グループは,近い将来にX線観測衛星に搭載される予定の高分解能X線分光検出器であるTES型マイクロカロリーメータを用いた地上実験を目標にして共同研究を開始した。現在は,窓無しのSi(Li)半導体検出器を用いた予備的な測定を行っているので,その現状について報告した。また,理論計算を行っている北京IAPCMのJ-G. Wangグループと共同研究を行って,予備的な実験結果との比較を進めており,裸またはH様のCやOの多価イオンにおいて,主量子数n=4, 5への電子捕獲が主要であるにも関わらず,カスケードによって1s-2p遷移が主要な発光として観測されることが定量的に理解できている。

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■ 低温氷表面での原子分子過程と化学進化 渡部直樹

北海道大学低温科学研究所

星間分子雲では,気相反応の他に氷微粒子表面における化学反応が化学進化の鍵を握っている.特に,水素分子,水分子や多くの有機分子の生成には氷表面反応が不可欠である.星が存在しない分子雲の最も冷たい領域(~10K)では,氷微粒子が分子雲外からの輻射を遮っているため,光化学反応などいわゆる energetic な過程は期待されず,極低温でも進む熱的過程やトンネル反応が重要になる.本講演では,極低温氷表面上での酸素分子,一酸化炭素分子の水素トンネル付加反応による水分子,ホルムアルデヒド,メタノール分子生成の実験,および水素原子の氷表面過程(吸着・拡散,水素分子生成,生成分子のスピン温度,オルソ-パラ変換)について報告する.一連の実験で,①水分子,ホルムアルデヒド,メタノール生成にいたる各反応の速度定数比,およびその同位体効果,②水素原子の氷表面拡散の活性化エネルギー,③生成水素分子のスピン温度,およびその氷表面での時間変化(変換),等が明らかになった.

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■ 陽イオン・陰イオンの分光と反応研究 川口建太郎

岡山大理学部化学科 (1) 宇宙における負イオンの検出についてまとめ、以下について話題

提供を行った。(i) 晩期型星周辺部での負イオンの分布が化学反応の予想から異なっていること、(ii) 2010 年の CN-検出についての報告での問題点。

(2) 宇宙望遠鏡 Herschel での H2Cl+の検出から、同種の H2F+分子の存在に興味が持たれているので、実験室での H2F+イオンの赤外、サブミリ波分光の結果について報告した。サブミリ波では 5 本の遷移が観測され、赤外分光から得た 120 の combination differences との同時解析により決定された分子定数により、純回転遷移を予想した。その結果、これまでのHerschel 望遠鏡による探査では検出されていないことがわかった。

(3) H2F+の未検出の一つの理由として、H2Cl+と H2F+では電子との再結合反応速度定数における違いが考えられる。H2F+の速度定数は測定されていないので、本研究では、時間分解フーリエ分光法をH2F+の赤外吸収スペクトルの観測に適用し, その減衰から再結合速度定数を見積もった。その結果 H2F+の減衰に関する速度定数として、H3+のものより大きな値が得られた。大きな値はH2F+の星間空間での存在量を少なくするが、実験室での測定では、負イオンとの再結合反応が起こっている可能性もあるので、検討が必要である。また H3+の速度定数としてストレージリングでの測定値より大きな値が得られ、低密度雲の予想外に多い存在量を説明するためにはH2 のイオン化を引き起こす宇宙線の量の見直しが必要とのこれまでの結論を支持する結果となった。

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■イオン蓄積リングによる炭素クラスター負イオンの蓄積と寿命測定 松本 淳

首都大学東京理工学研究科 2006 年 McCarthy 等が実験室で C6H-のフーリエ変換マイクロ波分光に成功したことにより,星間空間に負イオンが存在することが初めて証明された[1]。その後,C4H-, C8H-等の負イオン種の観測や実験が続々と報告されてきた。これらの負イオン生成において,負イオンの準安定状態を経由した,中性粒子の電子付着過程・生成した負イオンの電子脱離過程と放射性脱励起過程が重要な役割を果たすと考えられる。イオン蓄積リングは,10-9 Pa 台の超高真空に保たれており,入射したイオンを数秒にわたり蓄積が可能である。これにより,比較的長寿命の準安定状態から電子脱離を伴う脱励起過程で生じた中性粒子を高感度に検出するのに最適なデバイスである。本研究では,静電型イオン蓄積リング(TMU E-ring)を用いて炭素分子負イオン(Cn-: n = 2, 3, 4, 5, 6),炭化水素負イオン(C4H-,C6H-)を蓄積し電子脱離による寿命を測定した。 セシウムスパッタ型イオン源から引き出した炭素分子負イオン,炭化水素負イオンを 20 keV のエネルギーでリングに入射・蓄積した。入射した負イオンビームには目的のイオン種の他,不純物が混在している。そこで,イオン周回速度の質量依存性を利用したパルス偏向電場により不純物イオンを排除した。負イオンの寿命は,蓄積中に電子脱離により中性化した粒子を検出することで測定した。 炭素分子負イオン(C2-,C3-,C5-),炭化水素負イオン(C4H-,C6H-)において数ミリ秒オーダーの寿命を持つ準安定状態が観測された。一方,炭素分子負イオン(C4-,C6-)では観測されなかった。測定結果の一例として,図 1 に C4H-における電子脱離の寿命を示す。図中で平らに見える部分は実際には数秒程度の寿命で,残留ガスとの衝突による電子脱離によるものである。得られた結果を,短寿命で 3 成分,長寿命で 1 成分の 4 つの指数関数でフィットすることができた。このことはミリ秒オーダーの寿命で自動脱離する負イオンの準安定状態が複数あることを示唆する。炭素分子負イオン(C2-,C3-,C5-),炭化水素負イオン(C6H-)でも同様の結果が得られた。また,炭素分子負イオン・炭化水素負イオンにおいて,負イオンの寿命はクラスターサイズが小さいほど寿命が長くなる傾向が得られた。 [1] McCarthy, M. C. et al., ApJ, 652, L141 (2006). [2] Andersen, J. U. et al., Z. Phys. D, 40, 365 (1997).

図 1 イオンリングに蓄積されたC4H-の電子脱離による寿命。実線は,3 成分の短寿命と 1 成分の長寿命の指数関数でフィッティングを行った結果である。

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■Carbon in Interstellar Clouds 山本智

東京大理学系研究科物理学専攻

山本氏には、宇宙における分子進化研究の歴史とその最先端における観測例とモデルに関する外観を報告された。34年間探索して発見されなかった新しい分子雲を山本グループが、最近オオカミ座に発見した様子を皮切りに、正イオンのみならず、負イオンに関する炭素鎖の分子進化過程と、grainの果たす役割の重要性を伺った。また、ALMA計画の意義や現時点での状況に関しても理解を深めることができた。 (東俊行 筆)

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■ 低温移動管質量分析計を用いたイオン分子反応 岩本賢一

大阪府立大学大学院理学系研究科 土星の衛星タイタンの上層大気を探査機カッシーニによって観測したところ、正イオンとしてはメタン由来の低分子有機化合物、ベンゼンなどm/z350 まで、負イオンとしてm/z 8000 までのイオンが観測された。正イオンの生成機構は多様な経路が考えられているが、低温領域の速度定数について実験値が報告されていないイオン分子反応も多数存在する。さらに、負イオンの生成機構はほとんど解明されていない。また、低温移動管質量分析装置を用いた、ベンゼンカチオンとプロペンの Associative charge transfer reaction (ACT)反応について温度依存性が(El.Shall et al.)報告された。

C6H6+ + 2C3H6 → C6H12+ + C6H6 この反応は負の温度依存性を有するため、宇宙化学の領域において、高分子が生成する反応過程に寄与し、ベンゼンイオンが触媒的な役割をする可能性が示唆されている。我々は、上記のような低温領域におけるイオン分子反応の研究を行なうために、低温移動管質量分析装置を開発した。装置の性能を報告するとともに、今後の展開を報告した。

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■ クーロン結晶を用いた極低エネルギー極性分子 -イオン衝突反応の研究

岡田邦宏 上智大学理工学部物質生命理工学科

我々は高周波線形イオントラップで生成された冷却イオンのクーロン結晶とシュタルク分子線速度フィルターを組み合わせ、極低温分子イオン-極性分子反応測定を行うことを計画している[1, 2]。本シンポジウム講演では本研究を行うために必要となる以下のような実験の準備状況報告を行った。すなわち,(1)シュタルク分子線速度フィルター[3]の開発とその性能評価,(2)線形ポールトラップ中における極低温分子イオン標的の生成と観測,である。(1)については,アンモニア(ND3)及びホルムアルデヒド(CH2O)分子を用いたテスト実験の結果について報告した。現在までのところ,約 30 m/s にピーク速度をもつ分子線の生成とその検出に成功している。分子線強度のガスノズル温度,圧力依存性の測定結果についても併せて報告した。一方(2)については,極低温CaH+の生成とその観測結果について報告した。実験では,レーザー冷却されたCa+とH2ガスとのイオン-分子反応を利用して極低温CaH+イオンを生成した。反応時間を変化させたときのCa+からのレーザー誘起蛍光画像を系統的に観測し,CaH+の生成速度を決定した。また,平均温度約 7 mKに冷却された CaH+と Ca+からなる混合クーロン結晶の生成に成功した。一方,分子イオン標的の種類を増やすために,電子ビームイオン化による分子イオンの生成とその共同冷却を試みた。実験では,Ca+クーロン結晶を生成した後,意図的に導入した窒素ガスに電子ビームを照射してN2+イオンを生成し,N2+イオンを含む混合クーロン結晶の蛍光画像の取得に成功した。今後は上記(1),(2)の実験手法を組み合わせ,様々な極性分子・分子イオンを対象とした極低エネルギー極性分子-イオン衝突反応の研究を行っていく予定である。 [1] K. Okada et al., Phys. Rev. A80, 043405(2009);Phys. Rev. A81, 013420 (2010). [2] S. Willitsch et al., Phys. Rev. Lett. 100, 043203 (2008). [3] R. Rangwala et al.,Phys. Rev. A67, 043406(2003).