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次異世界で『黒の癒し手』って呼ばれています

7

特別番外編

求めるもの

385

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異世界で『黒の癒し手』って呼ばれています

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89 異世界で『黒の癒し手』って呼ばれています1

プロローグ

「なんで〜! !」

力いっぱい叫んだ。

だって腕が! 

腕が! ! 

突然立ち込めた黒い霧き

。その中から出てきた腕に、私は今、引っ張られている。な

んで?

いったいなんでこんなことになってるの!?

さっきまで家の近くの駅前にいたのだ。久しぶりに会った友達とアニソンカラオケ大

会をしてめいっぱい騒いでおいしいものを食べて、ご機嫌で帰ってきたところだった

のに。

駅を出て歩き出した途端、ふいに地面がぐらりと揺れた。

地震? 

と思った時には、私は真っ黒な空間の中にいた。真っ暗、じゃなくて、真っ

黒。明かりがないから暗いというんじゃなくて、何か黒い霧のようなものが立ち込めて

いる。

乗り物酔いみたいにふらふらする頭を押さえながら周りを見回した。黒い霧はどんど

ん濃くなり、ここが広いんだか狭いんだか、外なのか部屋の中なのかもわからない。

何これ? 

私酔ってる? 

さっきのは地震? 

ううん、違うよね。これ何? 

ここ

どこ?

何か、とてつもなく、危ない状況なんだと思い至る。やっと頭が回り出した。だけど

回り出したからこそテンパり始めた私は、今度こそ絶叫した。

「いやあああ! !」

ふいに霧の中から手が伸びてきて、私の左の二の腕を掴んだのだ。

『腕』は「こっちに来い」とばかりにぐいぐい引っ張ってくる。『腕』の根元は霧にま

ぎれていてよく見えない。黒い中からにょきっと生は

えた腕はかなりのホラーだ。

悲鳴を上げながら必死で引っ張りあいを続けていると、もう一本、霧の中からまた別

の『腕』が出てきて、今度は右の二の腕を掴んできた。そして一本目と同じ方向へ引っ

張ってくる。

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1011 異世界で『黒の癒し手』って呼ばれています1

命をかけた綱引き。負けるわけにはいかない。前のめりにならないように両足でつっ

ぱってブーツのかかとをブレーキ代わりにする。

なんとかしなきゃ!

掴まれているのは両方の二の腕あたり。ひじから先はなんとか動かせるみたいだ。

少しでも均き

衡こう

がくずれたらすっころびそうな綱引きを続けながら、なんとか右手のひ

じをまげて左腕を掴む『腕』をはずすため掴み返そうとした。

もう少し。もう少しで『腕』に届く、と思った時、今度はさらに二本『腕』が現れ、

私の右手首あたりをがっちり掴むとぐいっと引っ張ってきた。

あやういバランスで支えていた身体が、あっけなく倒れそうになる。

その時、私を掴んでいた『腕』達がふいに干からびていくのがちらっと見えた。

ふりほどけるかもと身体を捩よ

ると、『腕』がはずれた。次の瞬間、私は霧き

の中に飛び

込んでいた。

第一章 

異世界へ

暗い。

緑の匂い。じめっとした青臭く

い匂いが、ここが深い森の中であることを知らせる。暗

いから周りは見えないけど、きっとさほど遠くない所に木が生お

い茂っているのだろう。

森の中にある開ひ

けた空間、といった感じかな。

ただ一本、目の前に大きな木が生えているのが見える。天に向かってまっすぐ伸びる

幹はすごく立派だ。仄ほ

かに光を帯びたその姿は、実在のものとは思えないほど荘厳な気

を湛た

えている。

って、ここどこだろう? 

なんで私はここに立っているんだろう?

「そなたは誰だ?」

びっくりした。

一人きりだと思っていたのに、横を見ると知らない男の人が立っていた。一六〇セン

チちょっとの私が見上げると、首が痛くなりそうなぐらい背が高い。長い黒髪に……紫

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1213 異世界で『黒の癒し手』って呼ばれています1

の眼? 

こんな綺麗な瞳見たことない。やたらと整った顔は表情に乏と

しくて人形みたい。

まるで精巧にできたビスクドール。超絶美形だけど感情がうかがえない。

と、私を見下ろすその無機質な瞳に、ふいに光が射さ

したように表情が宿った。

「そうか。そなたが……」

彼の手が伸びて私の頬に触れようとする。

その瞬間、また視界が闇に閉ざされた。

気が付いたら原っぱにいた。体育座りで。

頭がボーッとしている。爆睡していて眠りの一番深い時に無理やり起こされた時みた

い。何か夢を見ていたような気がするけど思い出せない。

明るい。そして暑い。

近くには街道があった。前方にはなだらかな稜り

ょうせん線

の小山が、後ろには森が見えている。

草原の中をつっきるように続く道は舗装されていない土の道。でも轍わ

だちが

あるところを

見ると車はあるんだろう。轍は細い。タイヤ跡のようには見えないから、もしかすると

馬車なのかもしれない。見渡す限り広がる大自然の風景。ビルや電線のような文明を思

わせるものはない。空は澄んでいて広い。ビルで区切られていない空を見るのなんて何

年ぶりだろうか。飛行機雲なんてのもない。

あー、だめ。まだ頭の中がしびれている。夢の中みたいに現実感のないまま、のろの

ろと周りを見回してみた。私が座っているのは街道近くの草原で、クローバーのような

短い草が生は

えている。

街道脇にもう少し背の高いアサガオのような形の葉をつけた草が生えていた。アサガ

オにしては背が低いなぁとか思いながらぼーっと眺めていると、頭に文字が浮かんだ。

ゲーム画面のように目の前のスクリーンに浮かぶ文字。

アガメナ草

止血薬・傷薬

煎せん

じて飲めばHP小回復

『調合』でポーション作成

モーセ草、青つゆ草とあわせて『調合』でエーテル作成

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1415 異世界で『黒の癒し手』って呼ばれています1

え? 

何これ? 

思わず触れようとしたけど、手には何も当たらない。どうやら文字

は何もない空中に浮かんでいるようだった。何? 

なんなの?

ポーションってゲームでお馴な

じ染みのあの回復薬? 

エーテルは魔力を回復するやつ? 

まさかゲームの世界にでも迷いこんじゃった? 

っていうか、異世界トリップ系? 

やいやないから、そういうの。

就職先も無事決まり、卒業式を間近にひかえたオタク気き

質しつ

の女子大生。それが私、神か

崎ざき

美み

鈴すず

だった。小説はジャンルを問わず好きで、ゲームも大好き。シューティング系は

下手すぎてできないから、もっぱらR

ロールプレイングゲーム

PGばかりやってる。

最近のお気に入りは異世界トリップものの小説で、よく読んでいた。

でもだからってこんな状況、簡単に信じられるわけないよね。ど、どど、どうすれば

いいの?

えっと。さっきアガメナ草の情報は見えたけど、他のものも見えるのかな? 

たとえ

ば自分の状態とか。えっと。なんていうのかな。メニュー? 

ステイタス?

神崎

美鈴

Hヒットポイント

P……586/586

Mマジックポイント

P……728/728

種族……ヒューマン

年齢……22

職種……□□□

属性……□□□

スキル……□□□

称号……『異世界の旅人』

状態……□□□

はい来た。『異世界の旅人』、来たよコレ。

ってことは私は異世界トリップしちゃったってことでF

ファイナルアンサー

A? 

って……そんなの……

「だから、なんで〜! !」

私の叫び声が草原に響き渡った。

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1617 異世界で『黒の癒し手』って呼ばれています1

茫ぼう

然ぜん

自じ

失しつ

の数分後。

私はこの状況を受け入れ始めていた。だって現実逃避していつまでもここに座ってい

てもしょうがない。

とりあえず自分のステイタスをもう一度確認してみることにする。

HPは生命力? 

MPは魔力かな?

「状態」欄は毒にでもかかったら「毒」とか出てくんのかな。あと「職種」「属性」「ス

キル」は今のところ空欄。MPがあるってことは私、魔法使えちゃったりするかも。

うん、異世界キター。しかもHPよりMPが高いって私かなり魔力が高いんじゃな

い? 

魔法なら任せて。ゲーマーなめんなよ。昔から呪文覚えるのは得意だったんだ

から。

うん。魔法が使えるかもしれない、と思うと少し気分が浮上してきた。

だってね。ごくごく普通の日本の女子大生にサバイバル能力を求めないでほしいの

だよ。

子供の頃のじゃれあいのような喧け

嘩か

はともかく、大人になってからは暴力とは無縁に

生きてきた。家族や友達と口論くらいはするけどね。もともと運動能力はない。断言で

きる自分が悲しいけど、ないったらない。保健体育はいつも実技で泣いてペーパー試験

で点数を稼いでいた。

野犬に襲われただけでも死ねる自信あるね。異世界なら魔物とかいるかもしれない。

でも、だよ。魔法が使えれば生存率はぐぐっと上がる、と思いたい。

少し耳を澄ませてみる。風の音。木々の揺れる音。鳥のさえずり。

ここは障害物が何もなくて三六〇度全部見渡せる。もし何かが近付いてきたらすぐわ

かる。

今のところ周りは静かで安全なように見えるけど、いつ何が襲ってくるかわからない

から注意は怠

おこた

っちゃだめだ。いろいろと考えたいことはあるけど、とにかく今はできる

ことからやっていこう。

よし、うん! 

ファイト私。頑張れ私。

えっと、今私がわかっているのは……異世界トリップしたらしいこと、自分の状態が

見えること、アガメナ草みたいに利用できる物の名前や効能がわかること、私には魔力

があること、こんな感じ?

まずはRPGや異世界ものの定番をいろいろ試してみよう。出てきますように。祈

るような気持ちで「アイテムボックス」と言ってみた。すると私の前に何もない空間

が! (え? 

何にもないのになんで見えるのって? 

わかるんだよ。そこに「何か」

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1819 異世界で『黒の癒し手』って呼ばれています1

ができたことが感覚でわかるの。察してよ、それくらい)よし! 

アイテムボックスは

使える!

この世界に引きずりこまれた時持っていたはずの荷物はない。コートのポケットを

探ってみるとスマホと携帯音楽プレーヤーが出てきた。スマホは圏外。日付は日本で最

後に見た時の記憶から三十分ほど進んでいた。

たしかアイテムボックスの中は時間が止まっていて劣化もしないんだよね。

携帯音楽プレーヤーにはアニソンからクラシックまでお気に入りの曲がめいっぱい

入っている。これから弱った時とか凹へ

んだ時とか、きっとめちゃくちゃ聞きたくなるは

ず。スマホにはカメラ機能をつかって撮った写真も入っている。家族とか友達とか。ど

ちらも私の大切なものだ。私はそれらをアイテムボックスにそうっとしまった。

家族のことを考えて落ち込みかけた気分をふるいたたせて、服をどうするか考えて

みた。

日本は二月初めの寒い季節だったから、着ているものは完全冬装備だ。

とりあえず今のこの世界は暑い。体感でだいたい二五度くらいはあるんじゃないかな。

セーターやスカーフ、タイツなど脱げるものは全部脱いだ。フード付きロングコート

は裏地のダウン部分が取り外せるようになっているから、そこだけ取り外してしまう。

長袖Tシャツ、ロングスカート、ブーツにロングコートを着込み、フードまでかぶる

とこの気温では暑い。だけど顔や髪を晒さ

すのは危険だからね。私の読んだ異世界トリッ

プものの小説の中には、「黒眼黒髪は忌き

避ひ

されていて見つかると迫害される」なんて話

があったりしたもの。

アイテムボックスを閉じる前に足元にあるアガメナ草を十枚ほど摘ませてもらい、ア

イテムボックスにしまっておく。よし、これで少しは身軽になった。

次は魔法だ。魔法。魔法が使えないことにはこの先なんにもならないから。

周囲の安全をもう一度確かめてから、右手を前にかざし、いろんなゲームで使われて

いる火の基本魔法の呪文を唱えてみる。

「ファイアーボール」

……しーーーん。

くっ。これは恥ずかしい。二二歳にもなって一人でファイアーボールとか唱えてい

る女。

ステイタスに変更はない。今のファイアーボールはノーカウントか。魔法が使えない

のかファイアーボールという呪文がだめなのか。おそらくだけど、私の気合いが足らな

かったんじゃないかな。だってぶっちゃけこっ恥ぱ

ずかしかったもん。小声で何も考えず

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2021 異世界で『黒の癒し手』って呼ばれています1

言っただけ。

呪文を唱えるだけじゃだめなんだろう。

すーっ。はぁぁ。深呼吸をして少し心を落ち着ける。

まず魔力を出すことを考えよう。精神統一してしっかりイメージするのが大切なのか

も。ならジムで習ったヨガの呼吸法みたいな感じにすればいいのかな。

身体の気を巡らせるのと同じ要領で、魔力の流れをイメージしてみる。熱が身体から

掌てのひらに

集まってきてそれを外に放出する。その魔力を使って作りたいもの。炎。

頭の中で『ファイアーボール』のイメージを思い浮かべてみる。炎のイメージ。燃え

上がる火。

頭の中の炎のイメージが消えないようにしてもう一度手をかざし、叫んだ。

『ファイアーボール』

熱い波が身体の中をめぐって右手に集まり、一挙に放たれた。

ブォワッ!

びっくりするほど大きな火が火炎放射みたいに飛び出した。あっという間に草が燃

える。

やりすぎた! 

魔力を出すのに必死で加減がわからなかった。足元に六畳間いっぱい

くらいの楕円形の焼け焦げができた。わー、ごめんなさい。無駄に焦がしてしまいまし

た。幸いそれ以上燃え広がることなく火は消えた。青くさい草原の香りに燻

くすぶ

った臭いが

まじる。

神崎

美鈴

HP……586/586

MP……708/728

種族……ヒューマン

年齢……22

職種……魔術師

属性……【火】

スキル……□□□

称号……『異世界の旅人』

状態……□□□

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2223 異世界で『黒の癒し手』って呼ばれています1

いろいろ変わっている。まずMP。さっきの火炎放射は20消費したみたい。それから

職種が魔術師になっている。魔法を使ったから? 

属性は【火】。使える呪文の属性が

表示されるんだろう。

うん。これで魔法が使えるようになった。今の火炎放射で20でしょう? 

もっと小さ

い炎ならMP消費量も下がるよね。残りMP708ならそうそうなくならない、と思い

たい。

なんとか最寄りの町までたどりつきたい。安全な寝床を確保できるまでどれくらいか

かるんだろう。MPがなくなれば私は防御力ゼロの紙か

装そう

甲こう

。MPはできるだけ温存しつ

つ効果的に使わなきゃ。

見上げると太陽の位置が真上にきていた。いつまでもここに座っているわけにはいか

ないよね。夜になるまでにどこか安全な場所へ移動しなきゃ。

いつ敵が現れてもいいように周りを警戒しつつ、どちらへ進むべきかを考えてみる。

選択肢は次の三つ。街道を右へ。街道を左へ。森の中へ。

街道をどちらかに進むのが一番だろうとは思うんだけどね。今私がいる場所は少し高

い位置にあって、街道は左右どちらもゆるやかに下く

っている。つまり、かなり先まで見

渡せるわけだ。んで、私の一・五の視力をもってしても、どちらの先にも街は見えない。

街があるにしてもそうとう遠くなんじゃないかな。何時間も、下手したら何日も歩く

かも。

そして森の奥のほうにも街道から道が続いている。こっちも馬車が通れるくらいの広

さで、轍わ

だちが

微かす

かに見える。つまり森の奥にも人の行き来があるってこと。もしかしたら

村くらいあるかもしれない。もし森の中に村があれば、街道を行くよりきっと近い。

迷いに迷った結果、私は森のほうへ行くことにした。

あまり魔法をムダ撃ちしたくない私は小ぶりの木の枝を武器に、森へ続く道を歩き始

めた。MPは限りある資源だから。できることなら敵が現れても木の枝を振り回して追

い払いたい。

森に入って初めて遭遇した敵は小さな切り株に手足がついたような生き物だった。え

えと、この生き物達は『魔ま

獣じゅう』

とでも呼べばいいのかな。ありがたいことに敵のステイ

タスもちゃんと見えた。HPも15ほどしかない。動きもさほど速くないし、見た目も大

して怖くなかったから落ち着いて『ファイアーボール』を唱えると今度はちゃんと小さ

な火の球ができて一発で倒せた。

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2425 異世界で『黒の癒し手』って呼ばれています1

これなら何とかなるかも、と思ったが、甘かった。ものすんごく、自分をわかってな

かった。

そのあとはもう散々だった。まあ聞いてよ。

私は今まで二二年間、それなりに大きな街で平和的かつ文化的な生活をしてきたのだ

よ。都会のもやしっ子にサバイバルは無理。私が自信を持って殺せるのは蚊だけだった。

Gゴキブリな

んて出てきたら真夜中だってお父さんかお兄ちゃんを起こして退治してもらう。

都会万ば

んざい歳

。エアコンのきいた清潔な部屋カモンカモン!

つまり、何が言いたいかというと、だね。

まず、倫理観が邪魔をして直接攻撃ができない。

この森は弱い魔獣ばかりのようで、攻撃してくる魔獣はみな小型動物サイズなんだよ。

それに醜し

ゅうあく悪

な感じじゃなくて、兎う

さぎに

角つの

が生は

えてるやつとか、山猫っぽいやつとかがメ

イン。

ねえあなた。猫とか兎とか殴れる? 

普通の女の子で猫殴れる奴なんていないよね。

虫系も出てきたけどこっちはもっとだめ。こんどは生理的嫌悪が激しくてよけいに直

接攻撃ができない。なんかわけのわからん汁がビチャッて出てくるんだぜ。飛んできた

バッタモドキをよけようとして、とっさに武器にしていた木の枝を振り回したら、偶然

ヒットしちゃったのだ。つぶれた瞬間の感触が手にダイレクトにきちゃってもう、う

ぎゃgy&%$#+*!!!!!

あまりの衝撃に武器(という名の木の枝)は捨てました。

っていうことで魔法です。仕留めるには炎か氷。

『ファイアーボール』

小さな魔獣なら簡単に燃え尽きる。ええ、死骸なんか見たくありませんとも!

氷の場合は『アイスクラッシュ』または『氷

ひょう

結けつ

粉ふん

砕さい

』。

瞬間冷凍させて、粉みじんにするイメージ。これも死骸を見ずにすむから。

私を見て逃げるものは追わない。森の中には兎とかキツネみたいな野生の動物もいた

けど、そっちは私が近付いたらすぐに逃げていってくれる。だけど、魔獣はどんなに弱

い魔獣でも私を見つけると攻撃してくるのだ。

相手は魔獣。だからと言って殺したくはない。でも襲ってくるから戦うしかない。足

の遅い私は逃げ切れないから。死にたくないなら殺すしかない。そして自分が殺した結

果に向き合いたくなくて、死骸を残さず焼き尽くす。わかってんだけどね。単に逃げて

るだけだって。

豆腐メンタルな神崎美鈴、人生初、生き物の命を直接奪う経験で、精神的にもうライ

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2627 異世界で『黒の癒し手』って呼ばれています1

フはゼロです。

迷子にならないように馬車道に沿ってずんずん進む。途中魔獣が出れば戦う。

何度か戦ってみて気付いたことがいくつか。

まず、イメージ次第で同じ呪文でも効果とMP消費量が違うこと。例えば『ファイ

アーボール』。

呪文を唱える時に火の玉をイメージするんだけど、「これくらいのサイズの火の玉を

何発当てる」と明確に考えることで、威力やMP消費量が変わるのだ。「ゴルフボール

サイズ三つ」とかね。

というよりは「こんな感じの攻撃魔法」をイメージしてその発現のための引き金とし

て何か呪文を言う、という感じかな。呪文ありき、じゃなくて、まずイメージありき。

呪文はイメージを崩さないなら、結局のところ何でもいいみたいだった。

魔法ってのは思い込みの激しさが勝つみたい。今までのオタク生活と、この厨ち

ゅうに二

気き

質しつ

に心から感謝するね。RPGやアニメのお陰。呪文いろいろ知っていてよかった。

あと、これもゲームのお陰なんだけど、激しい炎を出しても周りの木に燃え広がった

りしないのだ。ゲームではどんな激しい魔法を使ってもバトル終了後、その場所の建物

とかが壊れたりしないでしょ。周りを焦がしたのは最初に失敗して火炎放射したあの時

だけ。あれは攻撃目標がなかったから周りを焼いちゃったんだと思う。

なんてご都合主義。でも魔法ってそういうものって、私がすんごく思い込んでいるか

ら、そのイメージが実現しちゃう。何度も言うけど、思い込みの激しさが勝つんだよ。

魔法はファジーだ。ビバ、私のオタク心。

それから、もう一つ気付いたこと。イメージがはっきりしていると呪文は成功しやす

くって、イメージがちゃんとできていないと失敗するってこと。

攻撃をくらった魔獣は怒りと死の恐怖で激しく反撃してくるから、二発目の呪文の時

に私が焦あ

ってしっかりイメージできなくなり、不発になることが多いのだ。

ステイタスを見て自分よりずっとHPの低い魔獣だとわかっていても、命をかけてこ

ちらに向かってくる牙き

は本気で怖い。だからできるだけしっかり効果をイメージして一

発で仕留める。先制攻撃、一撃必殺。へたれ都会っ子にはこれしか生きる道がないの

だよ。

このためにめちゃくちゃ役に立ったのが魔法じゃなくてスキルだった。私が覚えたス

キルは『索サ

ーチ敵

』と『隠お

密みつ

』。

スキルの『索敵』はわりとすぐに取得できた。カサッという物音にびっくりして立ち

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2829 異世界で『黒の癒し手』って呼ばれています1

止まり、周りに耳を澄ませてみた時にピン! 

と音が鳴って、

―スキル『索サ

ーチ敵

』を取得しました―

と文字が浮かんだのだ。

『索敵』を使うと脳内にスクリーンが現れる。そして敵の出現でアラームが鳴り、その

スクリーン上に敵を表す目印がつく。そのマーカーの部分をじっと見るとステイタスを

知ることができる。戦闘モードに入るとマーカーの色が黄色から赤に変わる。黄色が非

戦闘態勢の敵。赤が戦闘態勢の敵ってわけ。最初は半径一メートル程の狭い範囲しかわ

からなかったけど、使っていくうちに少しずつ索敵範囲が広がって、夕方には一〇メー

トルくらいまでレベルアップした。

『隠お

密みつ

』の取得も簡単だった。ちょっと休憩したくて、大きな岩の上によじ登って休ん

でいる時、向こうから太い蛇がにょろにょろ近付いてきたのだ。うっわ気持ちわる、っ

て思って息をひそめてやり過ごしたことで取得できた。『隠密』を使うと、気配だけ

じゃなくて体温や匂いなんかも隠すことができるみたいだ。さすがに物音は消せないけ

どね。

『索敵』と『隠密』を常にかけておくことで敵に見つかる頻ひ

度ど

がぐんと下がった。こち

らが先に見つけられれば、そのままやり過ごすことができるし、見つかっても襲ってく

る前に攻撃できる。

ということで、豆腐のような精神力をガンガン削られつつも、さほど命の危険に陥お

ちいる

こともなく無事に森の奥へと進めたのでした。

馬車道は蛇行していたが枝分かれはなかった。道沿いに歩いてたどり着いたのは一軒

の家だった。裏に馬車置き場があって馬車が一台。その奥は厩き

ゅうしゃ舎

で、馬のいななきが聞

こえてくる。

日は既に落ちかけてうす暗いけど家には明かりも点つ

いていない。そっと扉を押してみ

ると鍵はかかっておらず、ゆっくり開く。怖こ

々ごわ

中を覗いてみると質素ではあるけど清潔

に片付いた部屋が見えた。

ロッジのような生活感のなさ。森へ来る人が泊まるための施設か何かかも。

「すみませーん。おじゃましまーす」

『索敵』しているから中に誰もいないことはわかってるんだけど、人様の家に勝手に入

る申し訳なさからとりあえず声をかけつつ中に入る。明かりの点け方はわからないから

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3031 異世界で『黒の癒し手』って呼ばれています1

『照明』で光の球を出して、天井近くに浮かべてみた。

入ってすぐが食堂兼リビング、奥にキッチン。そのまた奥にもドアが一つ。リビング

の隣にもドアがあって、とりあえずそちらを開けてみた。そこは広めの部屋だった。間

隔を少しずつ開けて四つのベッドが並んでいる。

ベッドを見たとたん、自分がどれほど疲れているかしみじみ実感しちゃって、私はそ

のままふらふらとベッドに倒れ込んだ。一番端の、壁にぺったりくっついたベッド。な

んか端っこって安心しない? 

お世辞にも柔らかいとはいえない粗末なベッドだけど、

シーツは清潔で乾燥している。

なんとか夜が更ける前に安全な場所にたどり着いた。村じゃなかったのは残念だけど、

馬がいるってことは世話をする人がいるはず。今はいないけど馬の餌やりがあるから

きっと明日には帰ってくるよね。勝手に上がり込んだうえ、お金も持っていないから無

銭宿泊だけど、それは理由を説明して謝ればなんとかなるだろう。魔獣のいる森で野宿

とかありえないよ。

神崎

美鈴

HP……432/586

MP……251/728

種族……ヒューマン

年齢……22

職種……魔術師

属性……【光】【火】【水】【地】【風】【無】

スキル……索サ

ーチ敵

・隠お

密みつ

称号……『異世界の旅人』

状態……□□□

MPはだいぶ消費した。といっても全部戦闘で使ったわけじゃない。

森に入ってすぐ、こんな道歩いたら服とかブーツがボロボロになるかもって思って、

着ている服全部とブーツに『状態固定』『抗菌防臭・汚れ除去』『防御力・魔法防御力U

P』をかけた(都合よすぎるかもしれないけど勘弁して。できちゃったんだもん。魔法

はファジーなのよ)。

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3233 異世界で『黒の癒し手』って呼ばれています1

それに攻撃に備えて『防御膜』もかけていた。

『防御膜』のような補助呪文系はどれも一定時間で効果がなくなるから時々かけ直した

し、小まめに『ヒール』でHP回復もした。『索サ

ーチ敵

』『隠お

密みつ

』のスキルもMPを消費する

し、攻撃魔法も何度もムダ撃ちしたことを考えるとまあ残っているほうかな。

ステイタスにはレベル表示がないけど、多分経験を積んだだけレベルアップしている

と思う。一つ一つの呪文の威力もだんだん強くなってきたし、補助呪文の効果や持続時

間も上昇した。

「お腹すいたなぁ〜」

ちらっと見たキッチンはかまどだった。使い方わからないし。火は魔法でおこせるけ

ど食べ物とかどうしよう。鳥とか兎とか捕まえてきて殺せる? 

私に。いやいや無理無

理無理無理。

確かに今までの人生、肉だって魚だってがつがつ食べてきた。

料理して出されるものは誰かが殺して加工したものだということは十分に理解してい

るけど、自分でできるかって言われたらできないじゃん、普通。からあげが大好物な人

でも、にわとりを捕まえて羽むしって料理できるかと言われたら、ごめんなさい無理で

すって思うよね。

……多分ね。このまま何日も食べるものがなくてひもじくて堪た

らなくなったらいつか

殺すんだと思う。でも今は無理だ。偽善者だと言われようと甘ちゃんだと嗤わ

われようと

無理なものは無理。

幸い森の中には生で食べられる木の実もあって、いくつか採ってアイテムボックスに

放り込んでおいたから、それを食べる。りんごモドキが水分が多くて美お

味い

しい。

今すぐ寝たいのは山々なんだけど、とりあえず今の状態を改めて理解しておいたほう

がいいよね。

黒い霧き

と、私を引っ張る何本もの『腕』。あれが異世界トリップの元凶だとすると、

私は誰かに召喚されてこの世界に来たことになるよね。なのに、なぜ一人であの街道に

座っていたのか。

一、思ったより私が役立たずだった、あるいは全くの人選ミス。で、捨てられた。

二、召喚時に何かの事故か手違いが起きてあそこに落ちた。

捨てられたのなら無モ

問マン

題タイ

だ。殺さないでそのまま捨ててくれてありがとう。あとはな

んとか一人で生きていくから、きれいさっぱり私のことは忘れてちょうだい。

問題は事故や手違いだった場合だ。ファンタジー小説での召喚の理由の定番は『勇者

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3435 異世界で『黒の癒し手』って呼ばれています1

になって魔王を倒せ』『王の嫁になれ』『イケニエ』『巫み

女こ

』など、まあいろいろあるよ

ね。理由はどうであれ手間暇かけて召喚したんだからそいつはきっと今も私を捜してい

るんだろうけど、こちらから行ってやる気はさらさらない。

だって私は戦闘能力の全くない一般人だよ。勇者の線は低いでしょ。

神崎美鈴二二歳。恥ずかしながら、実はまだ男性経験がありません。彼氏は何度かで

きたんだけど、どうもなんか違う気がしてキスもしないままフェードアウト。

だからね。処女であることが求められそうな『巫女』『イケニエ』あたりが有力候補

な気がするんだよ。

『巫女』なら神殿の奥に閉じ込められ、信じてもいない神に祈らされるし、『イケニ

エ』なら即殺される。『イケニエ』怖いなあ。聖地みたいな所で焼き殺されたり、ドラ

ゴンとかヤマタノオロチみたいなやつに食べられたりすんのかな。

『王の嫁』の線もあるけど、その王がたとえどんなイケメンだろうが権力者だろうが、

知らない男はノーサンキュー。それに後宮の奥に閉じ込められて子作りマシーンにされ

るのがオチだ。

わあダメダメ。どれもないわー。

理由はどうであれ異世界の人間を勝手に召喚する奴。そんな奴とはお近付きにはなり

たくない。

とにかく召喚者に見つからないように。目立たぬこと。

掛け布団がなかったので、コートを身体に巻き付け、ゆっくりと伸びをする。あ、ち

なみにトイレは建物の外にあって、しかも水洗じゃなかった。くみ取り式なんて遠足で

山登りした時以来だ。

それはともかく今日はめちゃくちゃ動いた。こんなに歩いたのは何年ぶりだろう。暴

力も、生き物を殺すことも、ものすごく怖い。変な夢とか見ませんように。

寝る前に『索サ

ーチ敵

』をかけておく。今日一日でだいぶレベルアップした『索敵』を使え

ば、この建物付近に生き物が現れた時すぐにわかる。それにここの住人が帰ってくるの

もわかるはず。お金もないのに勝手に上がり込んでるんだから、住人が帰ってきたら起

きて話をしなきゃ。「黒眼黒髪は迫害対象」だった場合も考えてフード付きコートは着

ておくべきだよね。

本当に怖いのは人間なのだ。

『索敵』が有効なことをもう一度確かめて、私はそのまま眠りについた。

ええもうそりゃぐっすりと。

――そう、『索敵』の敵発見アラームでは起きられないほどぐっすりと。

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3637 異世界で『黒の癒し手』って呼ばれています1

幕間 

〜???〜

「魔術師は全滅か?」

「はい、一五名が死亡。一名はまだかすかに息がありますが、おそらくもう使い物には

なりませぬ」

「界か

渡わた

りは成されたのだな?」

「はい、それは間違いありませぬ。かの者の魔力が界を渡るところまでは追えました」

「なんとしても探し出せ。もう何人か魔術師を使い潰してもかまわん」

「魔法陣の残ざ

滓し

から落ちた場所の座標軸の解析を進めております。今しばらくのご猶ゆ

予よ

を」

  

◇ 

◇ 

◇ 

◇ 

なんか遠くでびーびーびーびーって鳴ってる。なんだったっけあの音。ちゃんと聞か

なきゃいけない音だった気がするんだけどな。意識がふわっと浮上してくる。

とたんに脳内のスクリーンに飛び込んでくる『索サ

ーチ敵

』の敵発見アラーム。二つの黄色

マーカー。一つはキッチンに、もう一つは私のすぐ傍にあった。びっくりして目を開け

ると私を覗きこんでいる大きな影があった。

「ひぁああ!」

飛び起きた。のけぞりすぎて壁に後頭部を強打すると、ゴツンと派手な音がした。

「さっきまでぐーすか寝てたくせに、また随分と豪快な寝起きだな」

壁にべったり張り付いたまま固まる私。

熊だ、熊がいる。見上げるほどの長身、ごつい肩幅、もりあがる腕の筋肉。肩にかか

る赤色の髪に青い瞳。ほりが深くくっきりとした目鼻立ち、そのうえ割れ顎あ

ですよ、割

れ顎。鎧よ

ろいは

白く、身体は大きく、いかにも騎士って感じだ。俺ってめちゃくちゃ強いん

だぜべいべー、って顔に書いてます。

異世界初対面の人はワイルド系のイケメンさんでした。

幸運なことに赤髪の言葉はちゃんと理解できた。耳にはまったく知らない言葉が聞こ

えてくるけどちゃんと理解できる。言葉が通じることに心底感謝した。翻訳機能付きだ。

よかった。

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3839 異世界で『黒の癒し手』って呼ばれています1

― ヴァレリアン・フォレスト

HP……836/836

MP……326/326

種族……ヒューマン

年齢……86

職種……ファンテスマ王国 

青あお

騎き

士し

団第二師団 

師団長

属性……【火】【風】

スキル……居合切り・二段突き

称号……『赤あ

獅じ

子し

状態……□□□

うん。つっこみたいことはいっぱいある。なんだよ八六歳って。どう見ても二〇代後

半くらいにしか見えないぞ。なんだよ『赤獅子』って。イタすぎる。こういうのネット

では厨

ちゅう

二に

っていうんだよ。ってか獅子っていうか熊だよ、熊。

「ヴァン。驚かせるものじゃありませんよ」

私の悲鳴を聞きつけて、もう一人の男の人が部屋に入ってきた。

こちらは水色の髪に青い目。水色の髪がサラサラきれいだ。キューティクルつやつや

だ。赤髪と同じ鎧よ

ろいを

着ている。背も同じくらい高い。細身だけどスラリと引き締まった

体たい

躯く

で、こっちも十分強そうだ。赤髪がワイルドイケメンならこっちはクールビューテ

ィ系だ。ってか、水色の髪が普通にいるのがファンタジー。

アルシアン・マイカ

HP……797/797

MP……360/360

種族……ヒューマン

年齢……82

職種……ファンテスマ王国 

青騎士団第二師団 

副師団長

属性……【水】【風】

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4041 異世界で『黒の癒し手』って呼ばれています1

スキル……氷

ひょう

華か

の舞ま

称号……『氷の貴公子』

状態……□□□

こいつにも厨ち

ゅうに二

な称号がっ! 

しかも美人さんだよ。これで八〇代ってどんな若返り

健康法だよ。

「やっと起きましたね。連れが驚かせてすみません。よろしければ朝食を一緒にと思い

まして」

朝食! 

朝食ですよ奥さん! 

ものすごくよろしいです。ご一緒したいです。

「おい、大丈夫か? 

寝ぼけてるんじゃないだろうな」

依然壁に貼りついたまま動かない私に赤髪が手を伸ばし、頭に手をのせてぐりぐりし

てくる。うう、もげる、頭もげるから。

「起きてます。大丈夫です」

こちらの言葉がすんなり出た。頭の中に同時通訳がいるみたい。自分の口から知らな

い言葉が飛び出す不思議。

「そうですか。ではこちらへ」

水色美人さんについて部屋を出ようとふと周りを見ると、私の寝ていたベッドと一つ

間を挟んで反対側の二つのベッドの傍に荷物が置いてあった。え? 

もしかして、ゆう

べ彼らと同じ部屋で寝てたの私? 

爆睡しすぎだよ。起きるよね普通。『索サ

ーチ敵

』仕事し

ろ、じゃないや『索敵』は働いてくれてたや、私の危機管理能力仕事しろ。いたたまれ

なさに、先にお手洗いをお借りしますと声をかけて外に出た。

同じ家どころか、同じ部屋にまで入られて、そこで寝られても起きない私のばかばか。

ありえない、ありえないよ神崎美鈴。怒ど

涛とう

の経験の連続に疲ひ

弊へい

していたからってあり

えない失敗だ。彼らが悪人なら今頃私はもう死んでいたかもしれない。

はあ。そんな風に私の大ポカに一人反省会を開きつつも、だ。

異世界人との初対面を友好的に進められたのはよかったと安堵していた。言葉も通じ

たし、黒眼黒髪もノーリアクションだったからそっちの心配もクリアだ。

そして彼らのステイタス。どうやら彼ら二人はファンテスマ王国って国の騎士らしい。

ここはファンテスマ王国ってことでいいのかな? 

がっつり揃いの鎧よ

ろいを

着込んでいると

ころを見ると公務中なのかもしれない。

どこまで事情を話すべきか。相手は騎士だ。下手なウソは通用しない。中途半端に隠

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4243 異世界で『黒の癒し手』って呼ばれています1

して不審人物だと思われたら、捕まえられてそのまま牢屋に放り込まれるかも。

とりあえず異世界人ってのは内緒にしておくとしても、できるだけ正直に話してみる

ことにしよう。できれば最寄りの街まで連れていってもらいたい。この世界の事も教え

てもらいたい。

当面の方向性が決まった。まずは朝食、だね。

気付いたら知らない男の人と同じ部屋で寝ていた、心の準備もできないまま異世界人

と遭遇した、なんていうもろもろの衝撃からもようやく覚め、一人反省会もきっちりす

ませて家に入った。

美人さんが用意してくれた朝食は、固めのパンとシチューだった。

ううう。やっと食事らしきものにありつけたよ。火を通して調理してあるものってス

バラしい。

「それでリィーンはどうしてこの森に? 

あなたも青つゆ草を採りに?」

水色美人のシアンさんが問う。青つゆ草? 

えっと、なんだっけ? 

どこかで見たよ

うな……

あ、リィーンってのは私の仮名ね。本名を言わないのは「真ま

名な

、つまり本当の名前を

知られると魔法をかけられたり支配されたりして危険」っていう、異世界定番の注意事

項があるから念の為。

美鈴の鈴の字をとって「りん」ってあだ名を名乗ったんだけど彼らが発音すると

「りーん」って伸ばすのだ。それで「リィーン」に落ち着いたってわけ。

ちなみに彼らのほうも本名を名乗らず、「ヴァン」と「シアン」で騎士、とだけ教え

てくれた。

それはともかくシアンさんの質問に答えなくちゃね。

「青つゆ草というのは知りません。実は私、知らないうちにここにいて。気が付いたら

森の前の街道に一人で座っていたんです」

「……気が付いたら、とは?」

「ほんとに気が付いたら、です。家の近くを歩いていたら急に周りが真っ暗になって。

いきなり腕を掴まれて引っ張られたことまでは覚えているんですけど。気が付いたら街

道に座ってました」

ウソは言ってないよね。ちょっと誤解される言い方だけど、内容は誇張一つない真実

だもん。

「荷物もお金も何も持っていなくて、ここがどこなのか全くわかりません。どちらに進

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4445 異世界で『黒の癒し手』って呼ばれています1

めばいいかわからなかったので、馬車道に沿って森に入りました。たどり着いたのがこ

の家で、どなたもいらっしゃらなかったので勝手に入らせてもらいました」

シアンさんとヴァンさんから細かく鋭い質問が飛んでくるけど、答えられることは全

部答え、日本に関わるところはぼかして答えた。ただ、家名は? 

と質問された時は、

ないと言うべきかと一瞬迷った。そこをつつかれ、あるなら正直に答えろと言われたか

ら神崎の苗字をもじってカンザックと答えた。家はどこかという質問には「田舎のほう

の小さな村」と言葉を濁に

した。

最終的に彼らは、「詳しい身分は明かせないがおそらく貴族かそれに準ずる家柄の娘

で、何者かに誘拐されて意識のないままこの付近まで連れてこられたが、何かの理由で

逃れることができた」というような至極私に都合のいい形で解釈してくれた。

私の話が一区切りつくと、ヴァンさんが聞いてきた。

「なあリィーン。お前、森に入ってからこの家に着くまで誰にも会わなかったか?」

「誰にも会ってません。私も誰かに会えたらすぐ声をかけようと思ってずっと周りを見

てましたけど、人の気配はありませんでした」

「そうか。ならやはり滝のほうだな」

「馬を置いたままですからね。森の外に出たとは考えられませんよ」

「何のことですか?」

私の質問にはシアンさんが答えてくれた。

「この家には森の番人が住んでいるんですよ」

「番人?」

「ええ。ここはアズルの森と言います。この森の奥に青つゆ草が群生している場所があ

るんです。青つゆ草は気力回復に使われる草でエーテルの原料の一つです。煎せ

じて飲む

だけでも魔力を回復できます。薬として広く使われていますが栽培しにくく、野生のも

のを採集するしかないのです。ここは青つゆ草の生育しやすい環境なんでしょうね。一

ヶ所に少しずつしか生は

えない植物なのですが、これほど群生している場所は珍しいので

すよ」

あ、思い出したよ、青つゆ草。アガメナ草のステイタスに書いてあったやつだ。調合

したらエーテルができるやつ。うん、私も少し欲しいかも。

「青つゆ草はどこでも欲しがっている人がいるから、そこそこの値段で買い取ってくれる。

で、それを知っている奴が小遣い稼ぎに森に入り込むからすぐに採り尽くされちまう」

「次が生えるようにちゃんと残さないとすぐに枯れ果ててしまいます。このあたりは国

境に近いので小競り合いも多く、魔力を回復させたい場面も多いですから、安定して採

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4647 異世界で『黒の癒し手』って呼ばれています1

集できるこの森は我が国にとって貴重なんですよ。ですのでここに番人をおいて採集量

を制限しているのです」

「ここはその番人の住す

処か

で、青つゆ草を採りに来る奴らの宿泊所も兼ねているわけだ」

「なるほど。で、その番人さんがここにいないことが何か問題なんですか? 

青つゆ草

を採りにいってるんじゃないですか?」

「青つゆ草の群生地である滝は、ここから二時間ほどです。通常なら夕方には戻ってき

ます。実は、厩き

ゅうしゃ舎

の桶にある水が傷い

んでいました。家を空けて二、三日といったところ

でしょう」

「何かあったんだろうな。怪我をして動けないのかもしれん」

「我々も行ってみましょう。リィーンはここで待っていてくれますか?」

やっと二人が心配している理由がわかった。

彼らはこれから森の奥に様子を見に行くらしい。滝へは馬で行けないので、二人も歩

いていくんだそうな。私がついていったら足手まといになるかもしれないけど、「もし

番人さんが怪我しているなら私も回復魔法が使えるから手伝えます」って言ってみた。

するとずいぶん驚かれた。

「リィーンは癒い

し手だったのか?」

癒し手というのは回復魔法を使う人のこと? 

そんなに驚くことなの?

「癒し手は珍しいんですか?」

「回復魔法は光、水、地の三つの属性の複合魔法です。三属性もの複合魔法は高度な術

式になりますから習得することが難しいんです。そもそも三つも属性を持っている者自

体が少ないのですから」

難しいも何も最初から普通に使えたよね。ゲームで『ヒール』は基本中の基本だもん。

ちょっとマズったかな。あんまり目立ちたくなかったのに。回復魔法使えますって言

わないほうがよかったかも。とはいうものの、一宿一飯の恩義があるものね。お金持っ

てないから治療費を宿泊代のかわりにしてもらおう。初めて出会った異世界人だもん。

お役に立てるならうれしい。

ということで、ヴァンさん達と一緒に滝まで行くことになったのでした。

滝までは歩いて二時間くらいらしい。ちなみに二時間というのは私の耳にそう翻訳さ

れただけで、実際は一い

刻こく

と言っていた。二時間が一刻。一日が何時間あるのか、刻より

も短い単位は何があるのかとか、ぜひ聞きたいけど、それ聞くとあまりにも不審者すぎ

るから聞けなかった。

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4849 異世界で『黒の癒し手』って呼ばれています1

水とお弁当らしきものをシアンさんが準備してくれた。番人さんが何も食べてないか

もしれないしね。私も手伝ったわよ。かまどを使えないから、たいしたことはできな

かったけど。

山登りはさすがに暑いだろうし、黒眼黒髪云う

々ぬん

の危険もなくなったからコートは宿泊

所に置いてきた。ほんとはアイテムボックスにしまいたかったんだけど、二人の前でそ

れはできないからね。

異世界人だということ以外では、人のステイタスを見れる能力とアイテムボックスが

私のトップシークレットだ。これは知られるとかなり面倒なことになる。どっちも軍事

利用し放題だからね。

それはともかくここから滝まではちょっとアップダウンが厳しいらしい。

魔獣を警戒して、ヴァンさんが前を歩き、数歩遅れて私、そのすぐ斜め後ろをシアン

さんが歩く。

自然、会話はだいたいシアンさんと私ですることになり、時々ヴァンさんがそれに加

わる。

「勝手にこの森に入りこんで青つゆ草を採ったら、捕まっちゃったりするんですか?」

「節度を守ってくれるのなら特に罰則はありませんよ。小さな村には癒い

し手がいません

ので薬草で治すしかありませんから。このあたりの村でも必要に応じて採りに来ている

ようです」

「シアンさん達も青つゆ草を採りに来たんですよね?」

「そうです。城には定期的に届けてもらっているのですが、今回は少しこちらに来る用

事がありまして。ちょうど手持ちのものが少なくなりましたから番人に都合をつけても

らおうかと」

それからシアンさん達は、これからの私の身の振り方について話してくれた。

「このあたりに小さな村はいくつかありますが、どこも農民や猟師、木こりのような者

しか住んでいません。女性が一人で生活するには辛いと思いますよ」

ここから一番近い街はシアンさん達が今住んでいるコルテアという街で、馬車で四日

ほどかかるのだそうだ。そこはこの国では王都に続く二番目の大都市で、人も多くて

様々な仕事があるから、私でもできる仕事がきっとある。癒し手なら診療所や騎士団で

働くこともできる。

シアンさん達は今公務中で、これから青つゆ草を受け取ったら次の目的地に行くらし

い。だけどそこはちょっと危険だから私を連れてはいけない。

ここの番人さんが定期的に青つゆ草を届けにコルテアに行っているから、その時に一

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5051 異世界で『黒の癒し手』って呼ばれています1

緒に連れていってもらえばいい。それまでは宿泊所で番人さんが面倒を見てくれるだろ

う、というようなことをシアンさんは説明してくれた。

「でも私、お金も何も持っていないのに」

「親お

爺じ

も話し相手ができて喜ぶんじゃねぇか。金のことは気にしねぇでいいからしっか

り手伝いでもして世話になっておけばいいんだよ」

ヴァンさんもそう請け合ってくれた。ありがたい、身元不明の超不審者な私に。ヴァ

ンさんもシアンさんもいい人だ。これも騎士道精神ってやつなのかしら。

ヴァンさん達がそう言うなら番人さんもきっといい人だ。宿泊所で泊めてもらう間、

番人さんのお役に立てるよう頑張ろう。そしてその間にこの世界についていろいろ教え

てもらうとしよう。

最初はシアンさんといろいろ話しながら歩いてたんだけど、だんだん道が険しくなっ

てきて私はすぐにバテた。滝は山の上のほうにあるんだそうな。毎日番人さんや採集の

人達が通るから、道はちゃんとあるんだけどね。ゴツゴツしててアスレチックもかくや、

だよ。この道を毎日歩いているなら、番人さんはきっとワイルド親爺だ。

途中魔獣にも何度か遭遇したけど、どこから魔獣が出てきてもシアンさん、ヴァンさ

んのどちらかが、あるいは二人であっという間に倒してしまう。私の出番はまったくな

かった。

剣での戦いを初めて見たけど、そのスピードと斬ざ

撃げき

のすさまじさに声も出なかった。

ヴァンさんはあんなに大きくて重たそうな身体をしているのに、いざ戦うとなったら

放たれた矢みたいに一瞬で敵に近付き、抜ば

刀とう

したと思った時にはもう魔獣が倒れてた。

はじめてヴァンさんに会った時、『赤獅子』じゃなくてどう見ても熊じゃんと思った

けど、こうやって戦う姿はなるほど獅子だと思った。

シアンさんもスピードのある攻撃なんだけど、しなやかでムダのない動作はまるで

踊っているみたいだった。『貴公子』の称号は伊だ

達て

じゃない。

すごいね。誰が考えたんだろう、称号。「をを! 

あれこそ『赤獅子』だ」とか、「きゃ

あ見てステキ。『氷の貴公子』様だわっ」とかそんな感じでみんなが呼んでるのかな。

誰かがそう呼ぶから称号がつくのか、その称号がついたから皆がそう呼ぶのか。

そういえば私の称号って『異世界の旅人』だけど、誰が決めたのこれ? 

誰も私が異

世界人だって知らないのに。私だって「どうも! 

ワタクシ『異世界の旅人』です」と

か言ってないわよ。

もしかしたらこの世界の神様的な存在が称号を決めてるのかも。だとすると神様って

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