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58 教育現場より報告② 社会科で学ぶ「酪農のさかんな地域」 《(東京都)中央区立常盤小学校5年生/小泉牧場》 ■取組みの動機 中央区立常盤小学校校長の梶井貢先生(平成16年当時)は、5年生社会科で酪農を取り扱い、 北海道と都市部の酪農を比較することで地域の自然条件や社会条件をつかませ、その上で酪農家 の生き様や問題点を考えさせる授業を行った。梶井先生は、この授業を行ったすでに20年前の昭 和60年、東京学芸大学附属大泉小学校の教諭時代に、地域で酪農を営む小泉牧場の存在を知り、 酪農体験を取り入れながら、同じ内容の授業を行っている。昭和60年当時といえば、小泉牧場は 周囲の宅地化が進み、近隣から「きたない」「くさい」と苦情が殺到し、一時は牧場を止めよう と考えていた時代で、とても子どもたちを受け入れる余裕はなく、また、牧場主の小泉與七さん は「(牧場に来ることで)子どもたちの夢を壊したくない」という思いもあり、梶井先生もすぐ には了解を得られなかった。しかしながら、何度も足を運び、熱心に話をする梶井先生の熱意に 打たれた奥さまの助言もあり、4回目にやっと了解をいただき、酪農体験が実現した。 梶井先生は小泉さんに会うたびに、「こんなに優しい気持ちで乳牛に接している小泉さんの姿」 や、哲学や信念のある小泉さんの生き方に強い感銘を受け、 「酪農家から見える食の生産のあり方」 を、子どもたちに伝える絶好の機会になることを確信した。その確信通り、小泉牧場の実践は子 どもの心を揺り動かした。梶井先生はさまざまなテーマで社会科の教材を開発し授業を行ったが、 今回紹介する「酪農のさかんな地域」の授業は、梶井先生の過去の授業の中でも質の高さでは3 本の指に入ると言われ、現在でも自身が受け持っている大学の講義や社会科研究会の研修会など で、頻繁に事例としてとり扱っている。 そして、小泉さんも、このとき子どもたちを受け入れたことで、牧場を存続させていく勇気を もらい、その後、近隣の人からの苦情が酪農理解に変わる大きなきっかけになった。 そこで、今回は、小泉牧場の体験を通して梶井先生がはじめて酪農を教材化した昭和60年の実 践と、それを踏まえてさらに学習を発展させた平成16年の実践内容を、併せて紹介する。 ■酪農をテーマとした実践報告 ⑴実践事例(昭和60年6月)〈東京学芸大学附属大泉小学校〉 教 科:社会科 学 年:5年生 きく組(40名) 時間数:11時間 1.小単元名:「畜産のさかんな地域」 2. 小単元のねらい:根釧台地(北海道別海町)と東京都練馬区の酪農の様子を比較することに よって、畜産農家では地域の自然的条件や社会的条件を生かして生産に努めていることをつ かませ、畜産農家の生きざま、問題点などをとらえさせる。

社会科で学ぶ「酪農のさかんな地域」 · ふたつの牧場の違いについ て表に見やすく整理してお く 調べる 2.都市型酪農の特色を 調べさせる

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教育現場より報告②

社会科で学ぶ「酪農のさかんな地域」《(東京都)中央区立常盤小学校5年生/小泉牧場》

■�取組みの動機

 中央区立常盤小学校校長の梶井貢先生(平成16年当時)は、5年生社会科で酪農を取り扱い、北海道と都市部の酪農を比較することで地域の自然条件や社会条件をつかませ、その上で酪農家の生き様や問題点を考えさせる授業を行った。梶井先生は、この授業を行ったすでに20年前の昭和60年、東京学芸大学附属大泉小学校の教諭時代に、地域で酪農を営む小泉牧場の存在を知り、酪農体験を取り入れながら、同じ内容の授業を行っている。昭和60年当時といえば、小泉牧場は周囲の宅地化が進み、近隣から「きたない」「くさい」と苦情が殺到し、一時は牧場を止めようと考えていた時代で、とても子どもたちを受け入れる余裕はなく、また、牧場主の小泉與七さんは「(牧場に来ることで)子どもたちの夢を壊したくない」という思いもあり、梶井先生もすぐには了解を得られなかった。しかしながら、何度も足を運び、熱心に話をする梶井先生の熱意に打たれた奥さまの助言もあり、4回目にやっと了解をいただき、酪農体験が実現した。 梶井先生は小泉さんに会うたびに、「こんなに優しい気持ちで乳牛に接している小泉さんの姿」や、哲学や信念のある小泉さんの生き方に強い感銘を受け、「酪農家から見える食の生産のあり方」を、子どもたちに伝える絶好の機会になることを確信した。その確信通り、小泉牧場の実践は子どもの心を揺り動かした。梶井先生はさまざまなテーマで社会科の教材を開発し授業を行ったが、今回紹介する「酪農のさかんな地域」の授業は、梶井先生の過去の授業の中でも質の高さでは3本の指に入ると言われ、現在でも自身が受け持っている大学の講義や社会科研究会の研修会などで、頻繁に事例としてとり扱っている。 そして、小泉さんも、このとき子どもたちを受け入れたことで、牧場を存続させていく勇気をもらい、その後、近隣の人からの苦情が酪農理解に変わる大きなきっかけになった。 そこで、今回は、小泉牧場の体験を通して梶井先生がはじめて酪農を教材化した昭和60年の実践と、それを踏まえてさらに学習を発展させた平成16年の実践内容を、併せて紹介する。

■�酪農をテーマとした実践報告

⑴�実践事例(昭和60年6月)〈東京学芸大学附属大泉小学校〉

 教 科:社会科 学 年:5年生 きく組(40名) 時間数:11時間1.小単元名:「畜産のさかんな地域」2.�小単元のねらい:根釧台地(北海道別海町)と東京都練馬区の酪農の様子を比較することに

よって、畜産農家では地域の自然的条件や社会的条件を生かして生産に努めていることをつかませ、畜産農家の生きざま、問題点などをとらえさせる。

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東京都中央区立常盤小学校

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3.小単元の指導計画

段 階 ねらい(時間数) 主な学習活動 資 料 子どもの問い・意識

つかむ

1. 日本の畜産の盛んな地域を分からせる

(1)2. 北海道の酪農の様子

を調べ、パンフレット に ま と め さ せ る

(2)

・ 牧場主になったつもりで、白地図に牧場の候補地をさがす

・ TVを見て別海町の関矢牧場の様子や仕事を調べる

・ TVのメモと事典のコピーを基にパンフレットを作る

・ 大泉にも二つの牧場があることを知る

白地図 日本地図

ビデオ

(NHK)

地理事典の コピー

牧場の位置(地図)

○ 広々とした土地がいる○ 温かい地方でないと牧草が育

たないのではないか○ 確かに広い土地が必要だ○ 機械化、共同化、近代化され

て条件が整っている

◎ まさか住宅地の中にあるなんて、どんな牧場だろう

調べる

3. 東京にある牧場(小泉牧場)の様子を見学させる(3)

4. 北海道にある牧場と東京の牧場の違いを明確に捉えさせる

(4)

・ 大泉(練馬区)にある小泉牧場を見学し、メモをとる。

(牧場の様子・仕事の様子・悩みや喜び)・ 見学してわかったこ

と、 疑 問 を フ ァ イ ルノートに書く

・ 北海道の牧場と東京の牧場の違いを、表にまとめる

※ 都会型酪農の特色と北海道型酪農を比べて調べる(本時)

・ 目次、表紙を書いて、パンフレットの概要を完成する

見学のしおり

ファイルノート

比べて 記入する表

写真、図、

小泉さんの話(テープ)、

新聞記事

○ こんな狭いところで運動はどうするのか、牧草はどうなるのか

○ 近所からの苦情はないのか○このやり方でもうかるのか○ 手作業は牛にとってよさそう

だ○ 都会型は設備に費用がかから

なさそうだ○ それぞれに利点、問題点があ

りそうだ○ 地域にあった生産方式をとっ

ている○ 悩みを持ちながら酪農家は精

一杯やっている

まとめ

5. 畜産農家がかかえる問題点をつかませる

(1)

・ 自由化などの新聞記事を読み取る

・ 「これからの日本の酪農」という題で小作文を書く

新聞記事 ○ これから日本の畜産農家は、どのように生きていったらよいのだろうか

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教育現場より報告②

4.本時の指導 *時間数:2時間(小単元11時間の内8・9時間目) テーマ:北海道の牧場と東京の牧場 ねらい: 都会型酪農には飼料が得やすい、消費地に近いなどの利点があるが、反対に糞尿処理

など難しい問題があることを、北海道の大規模酪農と対比しながらとらえさせる。 展 開

過 程 分節のねらい 主な学習内容、活動 指導上の留意点

つかむ

1. 本時のめあてをつかませる

● 小泉牧場について考えていること、疑問に思っていることを発表する

・ 本当に東京の牧場はやって行けるのか・ 悪臭を気にしながらよく続けられる

◎どこに東京の牧場のよさがあるのか

○ 見学後の素直な感想を出させる

○ ふたつの牧場の違いについて表に見やすく整理しておく

調べる

2. 都市型酪農の特色を調べさせる

3. 都市型酪農と北海道型酪農のそれぞれの利点、問題点をつかませる

● 小泉牧場の飼料の集め方、作業の仕方の特色を写真や見学で聞いてきたこととをもとに話し合う。

・ 飼料はビールかす、おから、残菜など・ 草やわらは荒川土手や近所の農家から・ 手作業が中心。特に乳搾りは手で● 都会酪農のよさについて小泉さんの話を

聞く(テープ)・ 乳搾りのよさは牛の呼吸が自分に伝わる・ 都会酪農は肉質がよく、乳価が高い● 都会派と北海道派に分かれて、それぞれ

の牧場のよさをミニ討論会する(都会派)・手作業の方が牛にとってよい・ 大型化、機械化もよいが、借金を抱えて

北海道式は大変だ(北海道派)・ 広々としたところで、気兼ねなくやりた

い・ 近所からの悪臭の苦情には勝てないはず

○ 飼料入手の仕方と搾乳の二点から、都会派と北海道派酪農の違いを明確にさせる

○ テープによって小泉さんの生の声を聞きとらせる

○ 「もしも君が後継者ならば」の設定で、自分なりの立場をはっきりさせて、それぞれの利点を発表させる

まとめる

4. 本時の学習をまとめ、さらに疑問を広げさせる

● 小泉牧場について、次時にもっと調べたいことをはっきりさせる

・いつまで続けられるだろうか

○ 新聞の見出しを手がかりに、新たな問いを生み出すように工夫する

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東京都中央区立常盤小学校

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5.各活動後の子どもたちの感想 ①つかむ

●北海道の酪農の様子を調べ、まとめる*別海町のビデオを見て、子どもたちの感想

・ 別海町は全部機械でやっているようだけれども、なんで手でやらないのかと思います。とても広々としていて、機械でやらなくては大変なのかもしれません。でも、サイロやミルクタンクローリー、サイレージなどいろいろと機械化が進んでいると思いました。サイロなど大がかりな建設もしています。また、1年間に300トンも生産しているなんて、ずいぶんすごいと思いました。

・ ぜんぜんしらない北海道の牧場をビデオひとつで勉強したんだけど、北海道としてのふんいきがよくわかりました。きっと、関矢牧場の牛は体が丈夫な牛ではないかと思います。冬になるととても寒いのに、でも、運動場のところでうんどうしています。ちくさんができるよい地方以外の牧場も調べたいです。

・ 私は別海町の名前すらもわかっていませんでした。こうやってしらべていくうちにいろんなことがわかりました。びっくりしたのは、50ヘクタールもの牧草地を持った家がたくさんあるということです。それを基にして考えると、それだけ牛も多いのだとか、牛を飼ったりするところが多いのだということがわかるからです。なにもしらなかった地方がいろいろしらべることによって、こんなにたくさんのことがわかるんだということがわかりました。

 ②調べる、まとめる●大泉(練馬区)にある小泉牧場を見学し、メモを取る。*小泉牧場を見学して、子どもたちの感想など

・ 48頭も牛がいるのに、全部手しぼりでやるのがすごいと思いました。それから、小泉さんは新しい牛の命をとりだせることがうれしいといっていましたが、それにはわたしも同感です。小泉さんは牛についていろんなことを知っているから、よくかんさつしているんだと思いました。

・ 虫が発生することをどうやってふせいでいるのかな?もし、あとつぎがいなくなったらどうするのか?ふんにょうはどうやってしまつしているのか?あんなにもせまい牧場で、牛が運動不足にならないのか?ぎもんで、ふしぎで、だいじょうぶかなと思いました。

・ 乳しぼりは手でやるなんてとてもいいと思う。機械は使っていない。労働力4人で48頭の牛の世話は大変じゃないかと思う。いつも牛の健康を気にしている小泉さんの気持ちがとてもよくわかる。土地はせまいが、一生けんめい働いている。

・ 牛は放牧ができないので、運動不足にならないか心配。周りは住宅で車がよく通るが、その排気ガスが牛の健康に関わってくるのではないか。最後に近くの人々に牛のにおいがくさいなど、苦情が出たらどうするのか。

・ 私は、初めて牛をさわって、牧場を見に行きました。たくさんの牛48頭のえさをやるのは大変だと思いました。ほとんど親牛なのです。たくさんえさを食べます。何時間も牛の側

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教育現場より報告②

にいってなければなりません。でも、かわいいと思います。小さい牧場でもうんどうができれば、毎日牛舎にいる牛より、ずっとしあわせだと思います。

・ わたしは東京にらく農をやっている家があるとは、ぜんぜんしっていませんでした。「東京にも実はある」といわれた時は、とてもびっくりしました。(あんなに広い牧草地が見られるんだ、楽しみだな)そう思いました。でも、実際に行ってみると予想はぜんぶハズレていました。(せっかく楽しみにしていたのに)と思いました。けれども、見学してみるとそれだけ工夫されていました。だから、わたしは小泉牧場がせまかったからこそ疑問が出てきたり、工夫されているというのがわかったのだと思います。もし、別海町と同じだったらこんな疑問はでなかったと思いました。

● 都会型酪農と北海道型酪農の特色を比べる* 北海道と東京の牧場のちがいをまとめよう

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* 北海道と東京の牧場を比べてみて、子どもたちの感想・ 別海町と練馬区を比較して思ったことは、広さです。なんといっても、別海町は広いです。

あと、牛の数です。なやみもいろいろあると思います。小泉さんは、においが近所にただよわないかのなやみです。関矢さんにもなやみはあると思います。くらべてみて、なやみはどちらにもあるということがわかりました。これからも、みんなにおいしい牛乳を飲ましてもらいたいです。

・ わたしは酪農について、よくわかりませんでした。この勉強をするまでは、酪農について知ろうとも思いませんでした。それが、この勉強を通して、とてもおもしろくなり、早く社会の時間にならないかとたのしみにしていたのです。小泉牧場を見学して、練馬区にも酪農をやっていることをしりませんでした。小泉さんのお話で初めてわかりました。もっと資料があればよかった。おもしろかったの一言です。

・ 私は、今までこの別海町と大泉町の牧場のやり方などの違いを比べてみて、酪農とは広いところでしかできないんだなと思っていました。しかし、この勉強の最後に、全部の条件がそろっている牧場なんてないと思いました。このふたつの牧場も、いい、悪いの条件がそれぞれあります。別海町は広々としていて、苦情も出なくて牛も自由に行動できますが、機械化が進みお金がとてもかかります。借金のことを考えながらの牛の世話は、つらいものです。それに比べて小泉牧場は手しぼりでお金はかかりませんが、周りから悪臭の苦情が出たら困るし、放牧ができていないため運動不足になってしまいます。こう考えると酪農にもいろいろな問題がありそうです。

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教育現場より報告②

⑵�実践事例(平成16年7月)〈東京都中央区立常盤小学校〉

 教 科:社会科 学 年:5年生1組(25名) 時間数:7時間1.小単元名 「酪農のさかんな地域」2.小単元のねらい

 北海道(浜中町)と都市(練馬区大泉町)の酪農の様子を比較することによって、酪農家は地域の自然条件や社会条件を生かして生産に努めていることをつかませ、酪農家の生きざま、問題点などをとらえさせる。3.観点別評価規準

関心・意欲・態度:酪農について関心をもち、北海道型酪農と都市型酪農の違いについて意欲的に調べようとする。思考・判断:北海道型酪農と都市型酪農のそれぞれのよさや問題点をつかみ、自分が後継者だったらどちらを選択するかを、根拠をもって考えることができる。技能・表現:ビデオやその他の資料をもとに、酪農家の生産の工夫の様子を読み取り、それらをもとにミニ物語にまとめることができる。知識・理解:酪農家では、それぞれの地域の自然条件や社会条件を生かして生産に努めていることが分かる。

4.小単元の構造

・広々とした草原・夏の涼しい気候・大型の牛舎・サイロ・放牧方式・かさむ費用・低温保持・成分検査・保冷トラック・高速フェリー

・周りが住宅地・におい、ハエ・つなぎ方式・安価な飼料代・安い設備投資・低温保持・直接買い取り方式

酪農家では、それぞれの地域の自然条

件や社会条件を生かして生産に努めて

いる。

□恵まれた自然条件

□大規模農家

□安全管理

□市場への荷送

□厳しい環境条件

□都会型の飼育・経費

□安全管理とメーカーへの荷送

○ 北海道では自然条件を生かして牛乳の生産を行い、安全管理に気を配って新鮮なままに都会へ輸送している。

○ 都会地では、周囲の環境条件に配慮しながら、安価な飼料の入手に努め、メーカーへ新鮮な牛乳を届けるように工夫している。

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5.この小単元のとらえかた ①学習指導要領との関連

 食糧生産について学習指導要領では、稲作は必ず取り扱い、その他に野菜、果物、畜産物、水産物のいずれか一つを選択して扱うものとしている。本小単元で、特に畜産(酪農)を取り上げたのは、以下のような理由に基づく。・指導者がこの教材(都市の牧場、酪農)にほれ込んでいること。・畜産農家の生きざまは、他の農家以上に子どもの心をゆさぶる要素があること。・近年、期限切れ牛乳の販売など安全性をめぐってマスコミ報道があったこと。

 ②育てたい能力 この小単元では、北海道型酪農と都市型酪農を対比する形で学習を展開する。したがって確かな観察力に基づいて比較思考する力を十分に養っていきたい。また、比較観察・比較思考の上にたって、「自分だったらどちらの後継者を選択するか」という意思決定の場面を設けることで、思考・判断力を高めていきたい。さらに、学習に用いた資料等を活用して、ミニ物語(パンフレット風のもの)にまとめあげていく。このプロセスで資料活用能力や表現力も高めていきたい。

6.研究主題「ともに響き合い、地域に親しむ子どもの育成」との関連について ①「響き合う」について

 この小単元では、研究主題「ともに響き合う子どもの育成」について次の三点から考えてみた。その一つは、学習問題づくりでの子どもの響き合いである。通常、導入段階で子どもの興味・関心や感動性・誘意性を高めれば、その単元での子どもの学習意欲は継続するといわれる。その意味での学習問題の質と、その成立のプロセスが大切になる。ここでは、酪農は北海道の自然条件に限ると考えた子どもが、東京にも牧場があることに驚き、共鳴する。これが響き合いとなって、それならば「東京の牧場ではどんなやり方をしているのだろう」という学習問題づくりにつなげていく。 二つ目には、教材と子どもの響き合いである。北海道では浜中町の荒井さん、都市では練馬区の小泉さんを具体的な酪農家として取り上げる。その仕事ぶり、生きざまを映し出し、語っていく。これらの具体的な教材に対し、子どもがどのように響き合っていくかを追い求めたい。 三つ目は、展開の終末で「討論会」を取り上げ、響き合いの場としたことである。すなわち、北海道派と都市派に分かれて、後継者としてどちらを選択するかについて討論会を開く。それまでの学習成果を踏まえて子ども同士がどのような響き合いを展開するかが見どころとなる。

 ②「地域に親しむ」について この小単元では、あえて都市型酪農家である小泉興七さん(練馬区大泉町で経営)を取り上げることにした。その理由の一つは、子どもの心情をゆさぶることにある。東京都23区の中に今も牧場があることへの子どもの驚きと、どんなやり方をしているのか好奇心をかりたてたいと考えた。もう一つの理由は、小泉さんの酪農家としての営みや生き方について、指導者自身が感動し、長いお付きあいをしていることによる。

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教育現場より報告②

7.小単元の指導計画時 主な学習活動 ☆支援   ◎評価の観点と方法

○ 牧場主になったつもりで、白地図の上で牧場の候補地をさがす。

○ ビデオを見て、北海道浜中町の荒井牧場の様子や仕事を調べ、ワークシートにまとめる。

○ ビデオのメモや「酪農家の一日の仕事」の表をもとに、ミニ物語(パンフレット)の一部をまとめる。

☆ 広々とした写真をもとに、日本の地形図を見て、自分なりに候補地とその理由を記入させる。

☆ ワークシートにメモしやすいように、ビデオの内容に従って小見出しを書いておく。

☆ 「酪農家の一日の仕事」の表から、牛を育てるには年中休みというものがないことを明確につかませる。

◎ 関心・意欲・態度:北海道の酪農の仕事や荒井さんの生き方に関心をもち、この学習への問題意識を持つ。

〔話し合い、ワークシート、パンフレット〕

○ 東京都練馬区大泉町に小泉さんが経営する牧場があることを地図・写真で確かめて、学習問題を立てる。

○ ビデオや写真をもとに、小泉牧場の様子や仕事を調べ、ワークシートにまとめる。

○ 北海道の牧場と東京の牧場の違いを表にまとめる。

○ 都市型酪農の特徴を北海道型酪農と比べて調べる。(本時) 。

☆ 周辺の地図・写真を示し、まさかこんな住宅地の中に牧場がある事実を驚きをもってとらえさせる

☆ 取材してきたビデオや写真をもとに小泉牧場について調べ、北海道の牧場との違いや問題点として想定できることを話し合わせる。

☆ これまでの学習をもとに、二つのタイプの異なる牧場の様子や仕事の工夫について観点を決めて比べ、表にまとめさせる。

◎ 思考・判断:二つのタイプの異なる酪農のそれぞれのよさや問題点をつかみ、自分が後継者だったらどちらを選択するかを根拠をもって考える。

〔ワークシート、討論会での話し合い〕

7 ○ 新聞記事をもとに畜産農家がかかえる問題を読み、「これからの日本の畜産」という題で小作文を書く。

○ 前書き、後書きを書いてミニ物語(パンフレット)を完成させる。

☆ 最近のBSE(狂牛病)や鳥インフルエンザなどの記事をもとに、消費者の需要と生産者のあり方について、各自の考えをまとめさせる。

◎ 知識・理解、思考・判断:畜産農家が消費者の需要に応えて、新鮮でしかも安全な畜産物の生産に努めていることがわかる。

〔話し合い、小作文、パンフレット〕

東京の牧場では、どのようなやり方をしているのだろうか〈学習問題〉

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東京都中央区立常盤小学校

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8.本時の指導 ⑴�ねらい ◎ 都市型酪農には、飼料が得やすい、消費地に近いなどの利点はあるが、反対に

糞尿処理など難しい問題があることを北海道型の酪農と対比しながら分かる。      ● 二つのタイプの異なる酪農について、よく問題点を考えて討論会の中で話し合

いを深め合うようにする。 ⑵�展 開

主な学習活動と内容 ☆支援 ●響き合い ◎評価 ※資料

○前時からの学習テーマを確かめる。

○ 小泉牧場の飼料の入手の仕方、牛乳の輸送、設備投資などの特色を聞き、ワークシートに書き込む。

・飼料はトウフカス、ビールカス、残菜など・草やわらは、荒川土手や近所の農家から・近くの工場 → 学校給食に・建物や設備になるべくお金をかけない

☆ 北海道との違いを明確にしながら、都市型酪農のメリットにも気付かせていく。北海道型酪農の方が好都合と思っている多くの子どもの心をゆさぶっていく。

◎ 〔知識・理解〕都市型酪農のよさ、利点について、飼料の入手、製品の輸送、投資などの面から分かる。

(発表、ワークシート)

○ 自分が後継者だとしたら、北海道と東京のどちらの牧場を選ぶかをワークシートに記入する。

○ 北海道派と東京派に分かれて、それぞれのよさをPRするミニ討論会をする。

【北海道派】牛にとっては広々とした自然がよい。周りのにおい、ハエなどの苦情がなくてよい。

【都会(東京)】えさ代が安くすみ、牛の体にもよい。設備の費用がかからず、借金がない。

☆ これまでの学習をもとに、一人ひとりが根拠をもって立場を明らかにできるようにする。

☆ どちらかの派の人数が少ない場合には、教師もメンバーの一人となって討論会に加わる。

● 友だちの考えとの違いや自分の強調点をはっきりさせて、意見をたたかわせるようにする。

◎ 〔思考・判断〕二つのタイプの異なる酪農について、それぞれのよさや問題点をつかみ、立場

(どちらかの派)をはっきりさせて自分の考えを言おうとしている。

(話し合い、討論会の発言)

○ 討論会を終えての自分の考えをワークシートにまとめる。

☆ 友達や先生の意見で共感したこと、納得したことなどをもとに、自分の考えをよりはっきりさせる。

◎ 〔思考・判断〕友だちや先生の話を聞いて、さらに自分の考えを進めようとしているか。

(ワークシート)

北海道型と東京の牧場のようすを比べよう

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教育現場より報告②

9.研究授業について 本時は、前時までに北海道の牧場と小泉牧場の現状を知り、比較検討することで、それぞれのよさをPRするミニ討論会の授業である。 以下に示すように、相手側の意見をよく聞き、自分の考えを主張している。意思決定がしっかりできているのもねらった児童の姿である。

 ①主な子どもの議論

北海道・荒井牧場 派 東京・小泉牧場 派

・自然がある。温度が低いから牛にはより効果的。・小泉牧場は、牛が草原で動けない。

・小泉牧場は、苦情が大変。

・小泉牧場は、仲間が少ない。・費用が高くてもストレスがたまりまずくなる。・交通が発達すればすぐ届く。・大型扇風機で費用がかかる。

・冬は寒すぎる。こっちはあたたかい。・ 小泉さんは豆腐のかすなどをみんなに協力しても

らっているから費用がかからない。・地域の人に理解してもらえばいい。・障害者のモーモー教室もやっているから大丈夫。

・北海道から輸送している間に腐るかもしれない。

・えさとか輸送する値段の方が高い。

 ②研究授業後の協議会 ●主な協議内容

・討論が盛り上がった。そのためにも、意思決定を促す指導が必要になる。・ それまでの情報から、自分の考えをクローズアップした形の討論会だったように思う。社

会科として根拠を持った考えで、楽しい授業であれば立場はどちらでもいい。話し合いの中から中間派が出てくるのは自然である。

・地域に合ったやり方があるのではないかというまとめが、子どもから出てきていた。・ 最初はほとんどの子どもが北海道派だった。小泉牧場のマイナスイメージが先に入ったよ

うだ。・意思決定をはっきりとさせると、社会科の討論はやりやすい。・ 単元の中での山場は学習問題づくりにあった。子どもが新たな事実に感動し、また見通し

をもったことが大きかった。・教材の開発・選択において、授業者自身が感動していることが大切である。

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東京都中央区立常盤小学校

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⑶�活動のまとめ

 授業が成功するか否かの1/2は動機付けで決まると言われている。授業をはじめるにあたってどのような方法で動機付けを行えば、子どもたちの興味や関心が引き出せるか考えた。そこで、相反する北海道と東京の牧場を紹介し、ギャップの大きさから子どもたちの心を揺さぶることにした。ふたつの実践ともまずは北海道型の酪農をビデオで見せながら、イメージをしっかりと定着させた。その上で、東京にも牧場があることを提示したところ、子どもたちは、北海道のビデオから牧場は広いという固定観念があったため、「土地の狭い東京に牧場があるわけない」と疑問を抱いた。そこで、附属小学校では小泉牧場に体験に行き、常盤小学校では小泉さんの仕事の様子などを撮影したビデオを見せたところ、反応は教師が予想した以上のものだった。驚きや戸惑いを感じたことはもちろんだったが、「ふたつの牧場のやり方は同じではない」「工夫の仕方にちがいがあるのではないか」など、子どもたち自らが強い問題意識を持つようになった。 次に課題となったのが、1回の酪農体験あるいはビデオ鑑賞で、小泉さんの生きざまをどのように伝えていくのかということだった。直接、小泉さんに会った附属の子どもたちはそれだけで強烈な印象が残り、小泉さんが語られる言葉そのものに酪農に打ち込む姿が伝わっていった。ビデオでしか見られなかった常盤小学校の子どもたちは、附属に比べるとクールな伝わり方しかできなかったが、愛情を込めて牛を育てる小泉さんの優しさや思いやりを感じることができた。 このような一連の学習を通して、最後に「もし自分が後継するとしたら、どちらの牧場を選ぶか」という、ディベート型の討論会を行った。最初は二者択一で話し合っていた子どもたちが、学習で得た知識を活用して少しずつ視野を広げ、議論を進める内に、「酪農は地域の環境や特性を活かす仕事であり、仕事のやり方や工夫の仕方は地域によって違う」ということを理解し、どちらも大切な牧場という結論に行きついた。この結論こそ、教師がねらっていた学習成果である。価値が多様化している現代社会の中で、どちらかを選択するのではなく、どちらのよさも認めながら合意形成していくことが今後ますます求められ、社会に参画していくための生きる力と考える。育みたい子どもの力として設定したねらいを達成できたこの実践に、あらためて手ごたえを感じる。

文部科学省 初等中等教育局教育課程課 教科調査官 田村 学氏

 およそ20年の時の流れを経ても、優れた実践は輝きを失わない。社会科における酪農の学習において、北海道と東京都とを比較することによって、畜産農家の生産に向けての努力や工夫を、畜産農家である小泉さん自身の生きざまと重ねて学んでいく骨太な実践である。 実践者の梶井先生は、最初の教材開発に当たり、小泉さんの人柄に惚れ込んでいる。昭和60年当時の小泉牧場の周辺は宅地化が進み、牧場経営への様々な障害が浮き彫りになってきた頃である。「汚い」「くさい」といった苦情が、牧場経営を止めることさえ考えさせたという。そうした中、自らの仕事に信念をもって取り組む小泉さんに、梶井先生は惚れ込んだのであろう。畜産農家小泉さんを学ぶことなくして酪農を学ぶことにはならないと考えた梶井先生は、小泉牧場を中心にして単元を構成していく。実践者の強い思いが、子どもの豊かな学びのバックボーンになることを、20年後の再度の実践が証明している。

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