20
- 33 - 福井県衛生環境研究センター年報 第 10 巻(2011) C T X - M β - 永田暁洋・山崎史子・石畒 史・大村勝彦 Diarrheagenic Escherichia coli ,Fluoroquinolone resistant Escherichia coli and CTX-M-type β-Lactamase genes harboring Escherichia coli Isolated from Companion Animals in Fukui Prefecture Akihiro NAGATA, Fumiko YAMAZAKI, Fubito ISHIGURO, Katsuhiko OMURA 2009 4 月から 2010 3 月に県内の 5 動物病院で採取した家庭動物の糞便 235 検体 から病原大腸菌、フルオロキノロン耐性大腸菌およびセファロスポリン耐性大腸菌の分 離を試み、分離株の血清型、薬剤感受性および遺伝子型について調査した。病原因子遺 伝子は PCR 法にて astAeaeaggRLTSTstx1 および stx2 について検索したと ころ、astA 陽性 24 検体、eae 陽性 12 検体および astAeae 陽性 2 検体であった。薬剤耐性 大腸菌は、175/29559.4%)株が分離され、CPFX 耐性および CTX 耐性は 51 検体 70 株であった。CPFX 耐性大腸菌の主要血清型は O1:H6 および O25:H4CTX 耐性大腸菌 の主要血清型は O1:H6 および O1:HNM で、CTX-M-14 CTX-M-15 のどちらか、ある いはその両方を保有していた。 CTX 耐性大腸菌等について、地域内流行あるいは動物病院内感染があるかどうかは明らか とはならなかったが、これらの菌は、健康な家庭動物の消化管に常在していると考えられ たことから、家庭動物と過度の接触を避ける等、適切な対応が感染症対策ならびに多剤 耐性菌のまん延防止に重要である。 病原大腸菌は、人および動物に下痢等の症状を引き起こ す大腸菌の総称である。その病原性の発生機序から腸管毒 素原性大腸菌(ETEC)、腸管侵入性大腸菌(EIEC)、腸 管病原性大腸菌( EPEC )、腸管凝集付着性大腸菌 EAggEC)、腸管出血性大腸菌(EHEC)およびその他 の病原大腸菌に分類される。それぞれの病原因子の主なも のとして、 ETEC LT および STEPEC eaeEAggEC aggREHEC stx1stx2、その他の病原大腸菌の astA などがある。 一方、人の医療、畜産現場および小動物医療分野などで は年間 2,000t 以上の抗菌剤が使用されており 1) 、多様な 多剤耐性菌の出現およびその増加が懸念されている。感染 症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律に おいては、病院関連感染で問題となっている MRSAVRSAVREPRSP および多剤耐性緑膿菌が届出対象と なっており、近年では、基質特異性拡張型β-ラクタマー ゼ(ESBL)産生菌およびカルバペネマーゼ産生菌の出現 なども問題となっている。福井県内では 2002 年以降、散 発下痢症患者から分離されるフルオロキノロン(FQ)系 薬剤耐性大腸菌が増加傾向にあり、 ESBL 産生菌も散見さ れるようになっている 2) 病原大腸菌および薬剤耐性大腸菌の人への感染源 は鶏肉等の食品が主であると考えられているが、人の 腸管外病原大腸菌として注目されている O25-ST131 型のクローン株が、犬および猫から分離されたとの報告 -4) が欧米ではあり、人への感染源として家庭動物が関 与している可能性も指摘されている。他方、日本において は、家庭動物の糞便は薬剤耐性大腸菌の人への感染源とし ての意義は低いとする報告 5) もあり、議論されていると ころである。 今回、我々は福井県内の 5 か所の動物病院の協力を 得て、家庭動物の糞便を採取し、病原大腸菌、FQ 薬剤耐性大腸菌および第 3 世代セファロスポリン耐性 大腸菌の分離を試み、血清型、薬剤感受性および遺伝 子型等について調査した。 2009 4 月から 2010 2 月に福井県内の 5 動物病院 (福井3 病院、1 病院および大野1 院)に院した家庭動物の糞便 235 検体を採取した。採 便はワブγ-1 号「栄研」 栄研)を用いた。 動物は犬 161 検体、猫 69 検体、 4 検体およびカ1 検体であった。 採取した糞便は、生塩水約 1ml で懸したmEC 10ml に接し、421820 間増菌培養した。 畠山 らの報告 6) に基 き、増菌 培養液 400 μ l 12,000rpm10 分間遠心分離し、そのさを PBS 2 洗浄した。 いで、 9510 分間の加熱処理後 12,000rpm5 分間遠心し、その上清を PCR 法にした。PCR 法は調査研究

福井県内の家庭動物から分離された病原大腸菌、 フルオロ ...陽性となった株は、Dutour ら16)の報告に基づき、PCR およびPCR産物のダイレクトシークエンスを行い、NCBI

  • Upload
    others

  • View
    1

  • Download
    0

Embed Size (px)

Citation preview

  • - 33 -

         福井県衛生環境研究センター年報 第 10 巻(2011)     

    福井県内の家庭動物から分離された病原大腸菌、 フルオロキノロン耐性大腸菌および CTX-M 型基質特異性拡張型

    β-ラクタマーゼ遺伝子保有大腸菌

    永田暁洋・山崎史子・石畒 史・大村勝彦

    Diarrheagenic Escherichia coli ,Fluoroquinolone resistant Escherichia coli and CTX-M-type

    β-Lactamase genes harboring Escherichia coli Isolated from Companion Animals in Fukui Prefecture

    Akihiro NAGATA, Fumiko YAMAZAKI, Fubito ISHIGURO, Katsuhiko OMURA

    2009 年 4 月から 2010 年 3 月に県内の 5 動物病院で採取した家庭動物の糞便 235 検体から病原大腸菌、フルオロキノロン耐性大腸菌およびセファロスポリン耐性大腸菌の分離を試み、分離株の血清型、薬剤感受性および遺伝子型について調査した。病原因子遺伝子は PCR 法にて astA、eae、aggR、LT、ST、stx1 および stx2 について検索したところ、astA 陽性 24 検体、eae 陽性 12 検体および astA+eae 陽性 2 検体であった。薬剤耐性大腸菌は、175/295(59.4%)株が分離され、CPFX 耐性および CTX 耐性は 51 検体 70株であった。CPFX 耐性大腸菌の主要血清型は O1:H6 および O25:H4、CTX 耐性大腸菌の主要血清型は O1:H6 および O1:HNM で、CTX-M-14 と CTX-M-15 のどちらか、あるいはその両方を保有していた。

    CTX 耐性大腸菌等について、地域内流行あるいは動物病院内感染があるかどうかは明らかとはならなかったが、これらの菌は、健康な家庭動物の消化管に常在していると考えられたことから、家庭動物と過度の接触を避ける等、適切な対応が感染症対策ならびに多剤耐性菌のまん延防止に重要である。

    1.はじめに

    病原大腸菌は、人および動物に下痢等の症状を引き起こす大腸菌の総称である。その病原性の発生機序から腸管毒素原性大腸菌(ETEC)、腸管侵入性大腸菌(EIEC)、腸管病原性大腸菌(EPEC)、腸管凝集付着性大腸菌(EAggEC)、腸管出血性大腸菌(EHEC)およびその他の病原大腸菌に分類される。それぞれの病原因子の主なものとして、ETEC の LT および ST、EPEC の eae、EAggECの aggR、EHEC の stx1、stx2、その他の病原大腸菌のastA などがある。 一方、人の医療、畜産現場および小動物医療分野などで

    は年間 2,000t 以上の抗菌剤が使用されており1)、多様な多剤耐性菌の出現およびその増加が懸念されている。感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律においては、病院関連感染で問題となっている MRSA、VRSA、VRE、PRSP および多剤耐性緑膿菌が届出対象となっており、近年では、基質特異性拡張型β-ラクタマーゼ(ESBL)産生菌およびカルバペネマーゼ産生菌の出現なども問題となっている。福井県内では 2002 年以降、散発下痢症患者から分離されるフルオロキノロン(FQ)系薬剤耐性大腸菌が増加傾向にあり、ESBL 産生菌も散見されるようになっている2)。

    病原大腸菌および薬剤耐性大腸菌の人への感染源は鶏肉等の食品が主であると考えられているが、人の腸管外病原大腸菌として注目されている O25-ST131型のクローン株が、犬および猫から分離されたとの報告3-4)が欧米ではあり、人への感染源として家庭動物が関

    与している可能性も指摘されている。他方、日本においては、家庭動物の糞便は薬剤耐性大腸菌の人への感染源としての意義は低いとする報告5)もあり、議論されているところである。 今回、我々は福井県内の 5 か所の動物病院の協力を

    得て、家庭動物の糞便を採取し、病原大腸菌、FQ 系薬剤耐性大腸菌および第 3 世代セファロスポリン耐性大腸菌の分離を試み、血清型、薬剤感受性および遺伝子型等について調査した。

    2.材料および方法

    2.1 材料 2009 年 4 月から 2010 年 2 月に福井県内の 5 動物病院

    (福井市内 3 病院、坂井市内 1 病院および大野市内 1 病院)に来院した家庭動物の糞便 235 検体を採取した。採便はシードスワブγ-1 号「栄研」(栄研化学)を用いた。動物種は犬 161 検体、猫 69 検体、鳥類 4 検体およびカメ1 検体であった。

    2.2 方法

    採取した糞便は、生理食塩水約 1ml で懸濁した後、mEC培地 10ml に接種し、42℃で 18~20 時間増菌培養した。 2.2.1 病原大腸菌の分離

    畠山らの報告6)に基づき、増菌培養液 400μ l を12,000rpm、10 分間遠心分離し、その沈さを PBS で 2 回洗浄した。次いで、95℃10 分間の加熱処理後 12,000rpm、5 分間遠心し、その上清を PCR 法に供した。PCR 法は表

    調査研究

  • - 34 -

        

    1 に示したプライマーを用い、それぞれの病原因子遺伝子の検出を行った。増菌培養液で陽性となった検体は、DHL培地に 1 白金耳量を塗抹し、37℃、22hr 培養し、発育してきた大腸菌と思われるコロニーを 10~30 個釣菌して、PCR 法により同様に検索を行った。病原因子遺伝子陽性が確定した株については、病原大腸菌免疫血清「生研」(デンカ生研)を用いて血清型別を行った。

    表 1 病原因子遺伝子の検索に用いたプライマー 病原因子遺伝子 プライマー reference astA

    EAST1S

    7)

    EAST1AS

    eae

    EA-1

    7)

    EA-2

    aggR

    aggRks1

    8)

    aggRkas2

    lt

    LT-1

    9)

    LT-2

    st

    ST-1

    9)

    ST-2

    stx1

    V1

    10)

    V3

    stx2

    V4

    10)

    V5

    2.2.2 CPFX および CTX 耐性大腸菌の分離 シプロフロキサシン(CPFX)を 6.4μg/ml 添加したDHL 培地およびセフォタキシム(CTX)を 6.4μg/ml 添加した DHL 培地に、増菌培養液をそれぞれ 1 白金耳量塗抹し、37±1℃で 20~24hr 培養した。発育してきた大腸菌と思われるコロニーは、1 平板あたり 5 個程度釣菌し、血清型別を行った。

    2.2.3 薬剤感受性試験および最小発育阻止濃度(MIC)の測定

    薬剤感受性試験は Clinical and Laboratory Standards Institute(CLSI)11)に準拠した KB 法により実施した。使用した薬剤は、アンピシリン(ABPC)、ストレプトマイシン(SM)、テトラサイクリン(TC)、CPFX、カナマイシン(KM)、CTX、クロラムフェニコール(CP)、ST合剤(ST)、スルフィソキサゾール(Su)、ゲンタマイシン(GM)、ナリジクス酸(NA)およびホスホマシシン(FOM)の 12 剤とし、分離した 295 株を供試した。CPFXに耐性を示した株については、CPFX およびエンロフロキサシン(ERFX)の MIC を寒天平板希釈法により調べた。また、CTX に耐性を示した株については、CTX、セフタジジム(CAZ)、セフトリアキソン(CTRX)、セフピロム(CPR)のMICをE-testにより調べた。有意差の検定は、wilcoxon の順位和検定により行った。

    2.2.4 FQ 系薬剤耐性大腸菌の遺伝子解析 CPFX耐性株のうち、特に多く分離された血清型O1:H6(9 株)および O25:H4(8 株)について、耐性機構の解析のため、Giraud らの報告に基づき12)gyrA および parC遺伝子のキノロン耐性決定領域(QRDR)を増幅する PCR

    を行い、PCR 産物を精製した。その後、ダイレクトシークエンスにより塩基配列を決定し、NCBI の BLAST により遺伝子変異状況について感受性株と比較した。

    2.2.5 bla 遺伝子保有状況 CTXに耐性を示した株は、八木ら13)、 Shibataら14)、Sheng ら15)の報告に基づき、bla 遺伝子のうち、blaSHV、blaTEM、blaCMY、blaCMY-2、blaCTX-M-1GROUP、blaCTX-M-2GROUP blaCTX-M-8GROUPおよび blaCTX-M-9GROUPについて PCR により保有状況を調べた。また、blaCTX-M-GROUPのいずれかに陽性となった株は、Dutour ら16)の報告に基づき、PCRおよびPCR産物のダイレクトシークエンスを行い、NCBIの BLAST により CTX-M 型を決定した。

    2.2.6 サルモネラ属菌の分離 鳥類 4 検体およびカメ 1 検体は、糞便を緩衝ペプトン水(BPW)で 37℃24 時間、前増菌培養した後、ハーナのテトラチオネート培地(TT)で 42℃24 時間増菌培養し、SS 寒天培地(SS)に塗抹して 37℃24 時間培養した。発育してきたサルモネラと思われるコロニーは、TSI 培地および LIM 培地に接種し、生化学性状および ID テスト(栄研化学)を用いて同定した。

    2.2.7 パルスフィールド・ゲル電気泳動 blaCTX-M遺伝子を保有する血清型 O1:H6 は、感染症研究所の方法17)に基づき、制限酵素 XbaⅠ処理によるパルスフィールド・ゲル電気泳動(PFGE)を実施した。 撮影画像は、画像解析ソフト FingerPrintingⅡを用いてUPGMA 法により処理し、散発下痢症患者由来 O1:H6 と比較解析した。

    3.結果 3.1 動物の年令および健康状態 検体の動物種は犬 161 頭、猫 69 頭、鳥類 4 羽およびカ

    メ 1 匹であった。犬 161 頭の年齢は、生後 1 ヶ月から 18才、猫 69 頭の年齢は、生後 1 ヶ月から 13 才であった。鳥類は 4 歳が 1 羽、年齢不明が 3 羽およびカメは 10 才であった。 動物の健康状態および投薬歴を図 1 に示した。消化器症

    状なし・投薬歴なしが 130 検体(54.6%)、消化器症状なし・投薬歴ありが 46 検体(19.3%)、下痢症状あり・投薬歴なしが 11 検体(4.6%)、下痢症状あり・投薬歴ありが27 検体(11.3%)、その他の症状あり・投薬歴なしが 8 検体(3.4%)およびその他の症状あり・投薬歴ありが 16 検体(6.7%)であった。204 検体(85.7%)は採便時に投薬していなかった。

    3.2 病原大腸菌およびサルモネラの検出状況 29/238 検体(12.2%)は DHL 培地にコロニーが発育せ

    ず、大腸菌は得られなかった。増菌培養液の PCR 結果は、61 検体(25.6%)が astA 陽性または eae 陽性となった。その後の菌検索の結果、37 検体(15.1%)から 38 株の病原大腸菌が検出された。動物種では犬が 29/161 検体(18.0%)および猫が 8/69 検体(11.6%)であった。

  • - 35 -

         福井県衛生環境研究センター年報 第 10 巻(2011)     

    astA 陽性は 23 検体(9.7%)24 株、eae 陽性は 12 検体(5.0%)12 株および astA+eae 陽性は 2 検体(0.8%)2株であった。主な血清型は、O153、O157、O103、O74および O8 であった(表 2)。病原大腸菌を保有していた動物の年齢は、生後 2 カ月から 18 才で、1 才未満の動物が 24 検体(64.9%)であった。また、30/37 検体(83.3%)が消化器症状なしであった。なお、鳥類 4 検体およびカメ1 検体からサルモネラは検出されなかった。

    表 2 主な病原大腸菌の血清型等

    血清型 病原因子 遺伝子 検体数 動物種 年令 O153 astA 5 イヌ 3M~14YO157

    eae

    astA+eae

    2

    1 イヌ 2M,6Y

    2M

    O103 eae 2 イヌ 2M,3M O74 astA 2 ネコ 2M,10MO8 astA 2 ネコ 8M

    3.3 薬剤感受性試験および MIC 分離した 295 株のうち、175 株(59.4%)が供試した12 薬剤のいずれかに中間の感受性および耐性を示した。耐性薬剤数は図 2 に示した。1 剤以上に耐性を示した犬分離株は 136/210 株(64.8%)で、猫分離株は 39/83 株(46.9%)であった。薬剤別の耐性率(図 3)は ABPC、TC、SM、Su および NA の順に高く、それぞれ 42.0%、28.5%、27.8%、25.8%および 20.1%であった。FOM を除く 11 薬剤の耐性率は、犬分離株の方が猫分離株より高かった。CPFX 耐性株は 55 検体(23.9%)59 株(犬 48 株および猫 11 株)、CTX 耐性株は 24 検体 30 株、CPFX 耐性かつ CTX 耐性株は 14 検体 16 株が分離された。CPFX耐性株および CTX 耐性株が分離された動物の年齢は生後2 カ月から 18 才で、1 才未満は 20 検体(39.2%)であった。また、24/51 検体(47.1%)は投薬歴があった。複数の検体から分離された血清型は、O1:H6、O1:HNM、O153:H6、O25:H4、O91:H28、O86a:HNM および O157:H16 で、CPFX 耐性株では特に O1:H6(9 株)および O25:H4(8 株)が多かった。17 株に対する CPFXおよび ERFX の MIC 等を表 3 に示した。CPFX の MICは、O1:H6 が O25:H4 よりも有意に高かった(p

  • - 36 -

         

    図 2 分離株の薬剤耐性状況

    図 3 分離株の薬剤別耐性率

    表 3 O1:H6 および O25:H4 に対する CPFX および ERFX の MIC 血清型 動物種 耐性薬剤数 MIC

    CPFX ERFX

    O1:H6

    イヌ 4 64 128 イヌ 7 128 512< イヌ 8 128 512 イヌ 8 64 128 イヌ 9 128 512< イヌ 10 256 512< イヌ 10 128 256 イヌ 10 128 128 イヌ 10 64 128

    O25:H4

    ネコ 2 32 256 イヌ 2 32 128 イヌ 2 64 128 イヌ 3 64 128 ネコ 3 128 512< イヌ 4 32 64 ネコ 4 64 128 イヌ 7 64 512<

    表 4 O1:H6 および O1:HNM の FQ 耐性状況 血清型 分離 検体

    分離 株数

    耐性 薬剤数

    薬剤の MIC 病原因子 遺伝子 CTX CAZ CPDX CTRX CPR

    O1:H6 5 5

    10

    7

    8

    10

    9

    256

    256

    16

    256

  • - 37 -

         福井県衛生環境研究センター年報 第 10 巻(2011)     

    表 5 QRDR の変異パターンと FQ の MIC パターン 血清型 株数 GyrA ParC MIC(μg/mL)

    83 位 87 位 80 位 84 位 CPFX ERFX 1 O1:H6 5 S83L D87N S80I E84G 64~256 128~512<2 O1:H6 2 S83L D87N S80I - 128 128~5123 O1:H6 2 S83L D87Y S80I - 64~128 128~2564 O25:H4 7 S83L D87N S80I E84V 32~128 128~512<5 O25:H4 1 - D87N - - 32 64

    表 6 O1:H6 および O1:HNM の bla遺伝子保有状況

    図 4 CTX-M 型 bla遺伝子保有 O1:H6 の PFGE 解析 (制限酵素 XbaⅠ処理)

    4.考察

    福井県内の 5 動物病院に来院した家庭動物の病原大腸菌の保有率は 15.1%で、eae 遺伝子陽性は、12 検体(犬11 検体および猫 1 検体)12 株で、EAggEC の astA 遺伝子陽性は、23 検体(犬 16 検体および猫 7 検体)24 株であった。それ以外の因子は確認できなかった。畠山らの報告6)では、動物飼養施設および動物愛護相談センターの動物を対象に病原大腸菌の保有実態調査が行われており、ST 遺伝子のみ、犬から 10.3%、猫から 15.9%および鳥類から 4.8%検出されている。検出率については、我々の結果とそれほど変わらないが、対象動物や地域の違いにより、保有する病原因子遺伝子が全く異なる結果となったこと

    は興味深い。 今回分離された大腸菌株の薬剤感受性については、

    175/295 株(59.4%)が 12 薬剤のいずれかに耐性あるいは中間の感受性を示し、薬剤別の耐性率が、ABPC、TC、SM、SuおよびNAの順にそれぞれ、42.0%、28.5%、27.8%、25.8%および 20.1%であった。Costa らの報告18)では、健康な犬 39 頭および猫 36 頭から分離した大腸菌 144 株の 20.0%が ABPC 耐性、12.0%が TC 耐性、15.0%が SM耐性で、他の薬剤の耐性率は 4.0%以下であり、我々の結果の方が耐性率が高い傾向にあった。

    CPFX耐性を示したO1:H6およびO25:H4のQRDRにおける変異パターンは、福井県等の散発下痢症患者から分離された O153 の変異パターン2)とほぼ同様であったが、CPFX の MIC は家庭動物由来株の方が高い傾向が見られ

    血清型 β-ラクタマーゼ遺伝子

    blaCMY

    blaSHV

    blaTEM

    blaCTX-M-Group

    blaCTX-M-type

    O1:H6 CMY-2 + + M-9G CTX-M-14

    O1:H6 + + + M-9G CTX-M-14

    O1:H6 + + + M-9G CTX-M-14

    O1:H6 + + + M-1G+M-9G CTX-M-14+M-15

    O1:H6 - + - M-1G CTX-M-15

    O1:HNM + + + M-1G+M-9G CTX-M-14+M-15

    O1:HNM + + + M-1G+M-9G CTX-M-14+M-15

    O1:HNM + + + M-1G CTX-M-15

    O1:HNM + - + M-1G+M-9G CTX-M-14+M-15

    O1:HNM - + - M-1G CTX-M-15

    犬由来 犬由来 人糞便由来犬由来 犬由来 犬由来 人糞便由来犬由来 人糞便由来犬由来 人糞便由来犬由来 猫由来

  • - 38 -

       

    た。今回分離された FQ 系薬剤耐性の O25:H4 は、米国の家庭動物由来株(犬由来 1 株および猫由来 2 株)からも分離され、家庭動物間での伝播が生じていると考察されている19)。米国分離株との関連性を考察するためにもSequence Type を調査する必要がある。

    CTX-M 型 bla 遺伝子保有大腸菌の家庭動物からの検出報告は世界的に増加しており、欧米ではCTX-M-15保有、ST131 の血清型 O25:H4 の分離報告がされている20~21)。また、中国では犬から CTX-M-1G および CTX-M-9G 保有大腸菌が22)、チリでも犬および猫から、CTX-M-1 およびCTX-M-14 保有大腸菌の分離報告23)がなされている。一方、日本においては、畠山らの報告24)で動物愛護相談センターの犬糞便から CTX-M-14 保有大腸菌を 1 株分離している。今回、我々は犬および猫から CTX-M-14 およびCTX-M-15 保有大腸菌を 24 株分離しており、今まで判明していた以上に、日本の家庭動物においても CTX-M 型β-ラクタマーゼ遺伝子の伝播が生じていると示唆された。本研究で分離された CTX-M 型 bla 遺伝子保有の血清型O25:H4 は、CTX-M-27 保有であり、世界的流行株とは異なっていた。ただし、この株は FQ 系薬剤にも耐性であり、動向に注意すべきと思われた。家庭動物由来の CTX-M 型bla 遺伝子保有 O1:H6 については、散発下痢症患者由来O1:H6 との明らかな遺伝子学的関連は見られなかった。 本研究により、日常生活で最も身近な家庭動物である犬

    および猫が、病原大腸菌、CPFX 耐性大腸菌および CTX耐性大腸菌を高率に保有していることが明らかとなった。これらの菌の血清型および薬剤耐性の保有遺伝子の特徴等から、家庭動物間で容易に薬剤耐性が伝播するだけでなく、人と家庭動物の間でも伝播する可能性が示唆された。人に対するレゼルボアとしての公衆衛生上の意義および動物医療の現場における適正な抗生物質の選択のためにも、今後も家庭動物の薬剤耐性菌保有状況を監視する必要があると思われた。

    5.まとめ

    1. 病原因子遺伝子保有大腸菌は 37 検体(15.1%)38 株が分離された。astA 陽性が 23 検体 24 株、eae 陽性が 12検体12株およびastA+eae陽性が2検体2株であった。

    2. 薬剤耐性株は 175/295 株(59.4%)が分離され、薬剤別の耐性率は ABPC、SM、TC、Su および NA の順に高く、42.0%、28.5%、27.8%、25.8%および 20.1%であった。

    3. CPFX 耐性株は 55 検体(23.9%)59 株分離され、特にO1:H6 および O25:H4 が多かった。QRDR における変異は、O1:H6 は 3 点および 4 点変異の 3 パターン、O25:H4 は 1 点および 4 点変異の 2 パターンで、4 点変異株が 12 株であった。

    4. CTX 耐性の 30 株のうち、CTX-M 型 bla 遺伝子保有大腸菌は 24 株で、CTX-M-1G 保有 7 株、CTX-M-9G 保有 13 株および CTX-M-1G+CTX-M-9G 保有 4 株であった。主要な血清型の O1:H6 および O1:HNM は、CTX-M-14 と CTX-M-15 のどちらか、またはその両方を保有していた。

    5. 家庭動物は、病原大腸菌、FQ 耐性大腸菌および CTX-M型 bla 遺伝子保有大腸菌を高率に保有しており、人に対するレゼルボアとしての役割を担う可能性が示唆された。

    謝辞 本研究を行うにあたり、検体採取にご協力いただきまし

    た各動物病院の皆様および研究費を助成いただいた公益社団法人福井県獣医師会に深謝いたします。

    参考文献

    1) http://www.forth.go.jp/keneki/nagoya/KOUSEI-BUSSITU.htm

    2) 石畝 史ら:散発下痢症患者由来のフルオロキノロン耐性大腸菌における gyrA 遺伝子および parC 遺伝子の変異.感染症誌 2006;80:507-512

    3) Constanca Pomba et al.:Detection of the Pandemic O25-ST131 Human Virulent Esherichia coli

    CTX-M-15-Producing Clone Haboring the qnr B2

    and acc(6’)-Ib-cr Genes in a Dog. Antimicrob Agents

    Chemother 2009,53(1): 327-328 4) James R.Johnson et al.:Sharing of Escherichia coli

    Sequence Type ST131 and Other Multidrug- Resistant and Urovirulent E.coli Strains among

    Dogs and Cats within a Household. J Clin Microbiol

    2009; 47(11) :3721-3725

    5) 原田 和記:犬及び猫由来の大腸菌の薬剤耐性. 動物用抗菌剤研究会報 2011; 33:28-35

    6) 畠山 薫ら:ペット動物における病原大腸菌の保有実態調査. 東京健安研セ年報 2006;57:77-81

    7) 八柳 潤ら:水系感染集団事例から分離された毒素原性大腸菌および腸管集合性大腸菌耐熱性エンテロトキシン(EAST-1)遺伝子保有大腸菌の性状 . 感染症誌 1996;70:215-223

    8) Ratchtrachenchai O-A:Investigation on entero aggregative Escherichia coli infection by multiplex

    PCR. Bull Dept Med Sci 1997;39:211-220

    9) 伊藤 文明ら:混合プライマーを用いた PCR による下痢原性大腸菌の病原遺伝子の同時検出法:日本臨床,50,343-347(1992)

    10) 小林 一寛:腸管出血性大腸菌の PCR 法による検出. 臨床と微生物 1991;18:507-513

    11) National Committee for Clinical Laboratory Standards:Performance Standard for Anti microbiol Disk Susceptibility Tests. M100-S12:NCCLS(2002)

    12) Giraud E et al:Comparative studies of mutations in animal isolates and experimental in vitro- and in

    vivo-selected mutants of Salmonella spp. Suggest a

    counterselection of highly fluoro quinolone-resistant

    strains in the field.Antimicrob Agents Chemother 43,

    2131-2137(1999)

    13) 八木 哲也ら:ESBLs 遺伝子の検出法. 臨床と微生物 1999;26:709-716

  • - 39 -

         福井県衛生環境研究センター年報 第 10 巻(2011)     

    14) Shibata N et al.:PCR classification of CTX-M-type β-lactamase genes identified in clinically isolated gram-negative bacilli in Japan. Antimicrob Agents

    Chemother 2006;50:791-795

    15) Sheng Chen et al. : Characterization of Multiple-Antimicrobial-Resistant Salmonella Sero

    vars Isolated from Retail Meats. Appl Environ

    Microbiol 2004;70:1-7

    16) Dutour C et al.:CTX-M-1,CTX-M-3,and CTX-M-14 β-Lactamases from Enterobacteriaceae Isolated in France. Antimicrob Agents Chemother

    2002;46:534-537

    17) 国立感染症研究所細菌部:腸管出血性大腸菌 O157 の検出・解析等の技術研修マニュアル 1997:17-27)

    18) Costa D. et al : Prevalence of antimicrobial resistance and resistance genes in faecal Esherichia

    coli isolates recovered from healthy pets. Vet

    Microbiol 2008;127:97-105

    19) James R. et al. : Sharing of Escherichia coli Sequence Type ST131 and Other Multidrug-

    Resistant and Urovirulent E.coli Strains among

    Dogs and Cats within a Household. J Clin Microbiol

    2009;47:3721-3725

    20) Constanca P et al.:Detection of the Pandemic O25-ST131 Human Virulent Escherichia coli

    CTX-M-15-Producing Clone Harboring the qnrB2

    and aac(6’)-Ib-cr Genes in a Dog. Antimicrob Agents

    Chemother 2009;53:327-328

    21) Christa E et al.:Emergence of human pandemic O25:H4-ST131 CTX-M-15 extended-spectrum- β-lactamase-producing Escherichia coli among

    companion animals. J Antimicrob Chemother

    2010;65:651-660

    22) Junying Ma et al.:High Prevalence of Plasmid- Mediated Quinolone Resistance Determinants

    qnr,aac(6’)-Ib-cr,and qepA among Ceftiofur-

    Resistant Enterobacteriaceae Isolates from

    Companion and Food-Producing Animals.

    Antimicrob Agents Chemother 2009;53:519-524

    23) A Moreno et al.:Extended-spectrum β-lactamases belonging to CTX-M group produced by Escherichia

    coli strains isolated from com panion animals

    treated with enrofloxacin. Vet Microbiol

    2008;129:203-208

    24) 畠山 薫ら:イヌふん便からの薬剤耐性菌検出の試み. 東京健安研セ年報 2007;58:73-76

  • - 40 -

         

    Multiplex real-time PCR を利用した 胃腸炎ウイルス検査の検討

    小和田和誠・東方美保*1・平野映子・中村雅子・大村勝彦

    Examination of the inspection using Multiplex real-time PCR of gastroenteritis virus

    Kazuaki KOWADA, Miho TOHO*1

    , Eiko HIRANO, Masako NAKAMURA, Katsuhiko OMURA

    感染性胃腸炎の発症要因となるウイルスには様々なものがある。そこで、複数のウイルスを同時検出が可能な multiplex real-time PCR 法の導入を検討した。検査対象は、ノロウイルス以外の胃腸炎ウイルス6種(サポウイルス、アストロウイルス、A 群ロタウイルス、C群ロタウイルス、アデノウイルス、エンテロウイルス)とした。アニーリング温度は 57℃、プライマー・プローブ濃度は各 0.2μM の条件に設定することで良好な検出感度が得られた。本研究で設計した multiplex real-time PCR 法を実施した結果、2009 年 4 月から 2012 年 3月までに採取された感染性胃腸炎疑い小児散発例患者 97検体中 45検体および集団発生事例57 事例 484 検体中 13 事例 19 検体からノロウイルス以外の胃腸炎ウイルスを検出した。本法の利用により、ウイルスの検索に要する時間を大幅に削減することができたことから、食中毒などの緊急時対応に非常に効果的な検出系であると考えられた。

    1.はじめに

    非細菌性食中毒あるいは地域流行として小児に蔓延する感染性胃腸炎は、福井県においても毎年患者発生数が多い疾病の一つである。様々な胃腸炎ウイルスが、その発症要因として指摘されており、当センターでもこれまでに、ノロウイルスやA群ロタウイルス等の腸管系ウイルスの流行を確認し、解析を実施してきた1,2)。近年は、発症要因として挙げられるサポウイルスやアストロウイルス等の胃腸炎ウイルスの検査も求められている。しかし、ウイルスの個別検査は煩雑なうえに多くの時間を要するため、食中毒などの緊急検査の際に迅速で適切な検査対応が困難となる。そこで、本研究では複数のウイルス遺伝子を同時に増幅する multiplex real-time PCR 法の導入を検討し、より迅速な検査体制の構築を目的とした。 ノロウイルスは、2011 年の全国のウイルス性食中毒事

    例の約 99%を占め、食中毒発生要因として全国的に突出して多い 3)。そのため、緊急検査時には非細菌性かつノロウイルス陰性とされた後に、その他の胃腸炎ウイルスの検索を実施してきた。その他の胃腸炎ウイルスの検索をmultiplex real-time PCR 法で実施することで、コストを必要最低限に抑えながら大幅な時間短縮が期待できる。そこで、multiplex real-time PCR 法の検査対象ウイルスには、ノロウイルスを除く胃腸炎ウイルスを対象とした。 今回我々は、胃腸炎ウイルスの multiplex real-time

    PCR 法を設計し、2009 年度から 2011 年度に当センターに搬入された小児散発例および集団発生事例の検体に適用し、検討したのでその概要を報告する。

    *1 元福井県衛生環境研究センター

    2.方法

    2.1 材料 2009 年 4 月から 2012 年 3 月の間に福井県内で採取さ

    れた感染性胃腸炎疑い小児散発例患者の糞便 97 検体および食中毒等の集団発生 57 事例 484 検体(糞便 445 検体、嘔吐物 5 検体、肛門拭い液 32 検体、牡蠣 2 検体)を用いた。 陽性対照検体のサポウイルス、A 群ロタウイルス、腸管

    系アデノウイルスおよびエンテロウイルスについては、過去に当センターでウイルス陽性となった糞便検体を用いた。その他については、岡山県環境保健センターより分与された C 群ロタウイルス陽性糞便および愛媛県立衛生環境研究所より分与されたアストロウイルス陽性糞便を用いた。

    2.2 方法 糞便および嘔吐物は滅菌水で 10%乳剤とし、8,500G、

    10 分間冷却遠心後の上清を試料とし、肛門拭い液は粗遠心後の上清を試料とした。牡蠣は中腸腺摘出後、滅菌水で10%乳剤とし、30%ショ糖を用いた超遠心(36,000rpm、2hr)で濃縮したものを試料とした。 試料から、QIAamp Viral RNA mini kit[QIAGEN]を用

    いて RNA および DNA を抽出した。その核酸 10μL をテンプレートとして、5×First Strand buffer[Invitrogen] 4μL、DTT(100mM) [Invitrogen] 2μL、dNTP mix( 10mM ) [Promega]1 μ L 、 ラ ン ダ ム プ ラ イ マ ー(Nona-deoxyribonucleotide mixture) ( 1 μ g/ μ L )[TaKaRa] 0.5μL、 RNase inhibitor(40 U/μL)[Wako] 0.25 μ L 、 Super Script Ⅲ Reverse Transcriptase [Invitrogen](200 U/μL)1μL および dH2O 1.25μL で構成される逆転写反応液を用い、30 ℃:10 分、50 ℃:60 分、98 ℃:5 分処理する逆転写反応により、RNA からはcDNA を合成した。 得られたcDNA 2μL をテンプレートとして、

    QuantiTect 2×Multiplex PCR Master mix [QIAGEN]

    調査研究

  • - 41 -

         福井県衛生環境研究センター年報 第 10 巻(2011)     

    図1 Multiplex real-time PCR の アニーリング温度の検討

    図2 Multiplex real-time PCR の 試薬濃度の検討

    10μL、primer/ probe set(each 0.2μM)3μL およびdH2O 5μL で構成される PCR 反応液を用い、95 ℃:15分処理後、94 ℃:60 秒と 57 ℃:90 秒を 45 回処理する反応条件で multiplex real-time PCR を実施した。

    プライマーおよびプローブは、サポウイルスは Oka ら 4)の、A群ロタウイルスは Jothikumar ら 5)の、C群ロタウイルスは Mori ら 6)の、アストロウイルスは Logan ら 7)の、アデノウイルスは Jothikumar ら 8)の、エンテロウイルスは Nijhuis ら 9)の報告によるものを利用した(表1)。これらのプライマーおよびプローブを、Aセット(サポウイルス・アストロウイルス・C群ロタウイルス)もしくはBセット(エンテロウイルス・アデノウイルス・A群ロタウイルス)の組み合わせで使用し、PCR を実施した。 ノロウイルスの検査については、前記と同様にcDNA

    合成まで実施し、国立感染症研究所発行のウイルス性下痢症診断マニュアル 10)のリアルタイム PCR 法に準じて検査した。real-time PCR 装置は、StepOne Plus [Applied Biosystems]を使用した。

    3.結果および考察

    3.1 Multiplex real-time PCR 条件の検討 Multiplex real-time PCR を実施するためには、検査対象ウイルスが全て検出可能な PCR 条件でなければならない。そのため、PCR 反応時のアニーリング温度と、プライマーおよびプローブの濃度について、全ての検査対象ウイルスが特異的かつ良好な感度で検出される条件を検討した。

    表1 Multiplex real-time PCR 法に使用するプライマーおよびプローブ 検索

    ウイルス 名称 Sequence /(Reporter-Quencher) 方向

    サポ ウイルス

    SaV124F GAYCASGCTCTCGCYACCTAC + SaV1F TTGGCCCTCGCCACCTAC + SaV5F TTTGAACAAGCTGTGGCATGCTAC + SaV1245R CCCTCCATYTCAAACACTA - SaV124TP CCRCCTATRAACCA(FAM-MGB) - SaV5TP TGCCACCAATGTACCA(FAM-MGB) -

    A群ロタ ウイルス

    JVKF CAGTGGTTGATGCTCAAGATGGA + JVKR TCATTGTAATCATATTGAATACCCA - JVKP ACAACTGCAGCTTCAAAAGAAGWGT(TAMRA - BHQ) +

    C群ロタ ウイルス

    CRV7F GCTGCATTTGGTAGTGACTGYGA + CRV7R AGTTTCTGTACTAGCCGGTGAACA - CRV7 TCTGTCTGTCCATTAGATACTACAAGTAATGGAATYGG(TAMRA - BHQ) +

    アストロ ウイルス

    Hast.fwd TCAACGTGTCCGTAAMATTGTCA + HastV.rev TGCWGGTTTTGGTCCTGTGA - HastV.probe1+2 CAACTCAGGAAACARG(VIC-MGB) +

    アデノ ウイルス

    JTVXF GGACGCCTCGGAGTACCTGAG + JTVXR ACIGTGGGGTTTCTGAACTTGTT - JTVXP CTGGTGCAGTTCGCCCGTGCCA(VIC-MGB) +

    エンテロ ウイルス

    EnteroPrimer1F TCCTCCGGCCCCTGA + EnteroPrimer1R RATTGTCACCATAAGCAGCCA - EnteroTaqman1 CGGAACCGACTACTTTGGGTGWCCGT(FAM-MGB) +

  • - 42 -

        

    検査材料には、サポウイルス、アストロウイルス、A 群

    ロタウイルス、C 群ロタウイルス、腸管系アデノウイルスおよびエンテロウイルスの陽性対照検体を用いた。

    Multiplex real-time PCR 反応時のアニーリング温度を、54℃から 64℃の間で検討したところ、56-58℃で実施した場合に比較的良好な検出感度が得られた(図1)。また、PCR に用いるプライマーおよびプローブの濃度を 0.1μM から 0.4μM の間で検討したところ、multiplex real-time PCR kit [QIAGEN]にて推奨されている 0.2μM でも十分に良好な検出感度が得られた(図2)。以上の成績から、アニーリング温度は 57℃、プライマーおよびプローブ濃度は各 0.2μM と定め multiplex real-time PCR を実施した。

    3.2 小児散発例患者からの検出 2009 年 4 月から 2012 年 3 月の間に採取された感染性胃腸炎疑い小児散発例患者糞便 97 検体について、ノロウイルスの real-time PCR およびその他の胃腸炎ウイルスの multiplex real-time PCR を実施した。

    ノロウイルス陰性の糞便 65 検体については、34 検体(52.3%)から multiplex real-time PCR によりウイルスが検出された。内訳は、サポウイルスが 8 検体、アストロウイルスが 3 検体、A 群ロタウイルスが 14 検体、アデノウイルスが 6 検体およびエンテロウイルスが 12 検体であった。この中には重複感染の 8 検体(サポウイルスとエンテロウイルスの同時検出が 1 検体、サポウイルスと A群ロタウイルスの同時検出が 2 検体、サポウイルスとアデノウイルスの同時検出が 1 検体、アストロウイルスとエンテロウイルスの同時検出が 1 検体、A 群ロタウイルスとエンテロウイルスの同時検出が 2 検体、サポウイルスとアデノウイルスと A 群ロタウイルスの同時検出が 1検体)が含まれていた。 また、ノロウイルス陽性の糞便 32 検体中 11 検体

    (34.4%)から他のウイルスも検出された。内訳は、アデノウイルスが 5 検体およびエンテロウイルスが 8 検体であった。この中には重複感染の 2 検体(ノロウイルスとアデノウイルスとエンテロウイルスの同時検出が 2 検体)が含まれていた。 まとめると、感染性胃腸炎疑い小児散発例患者 97 検体

    から、ノロウイルスが最も多く 32 検体(33.0%)から検

    出されているが、それ以外のウイルスも 45 検体(46.4%)から検出された。また、複数のウイルスが同時検出された検体は 19 検体(19.6%)存在した。様々な種類の胃腸炎ウイルスが、福井県内においても潜在していることが確認されたことから、今後ノロウイルス以外の胃腸炎ウイルスによる集団発生が誘発される可能性は十分にあると考えられる。 感染性胃腸炎発病月については、例年の傾向と同様にノ

    ロウイルスは秋~冬季に多く、A群ロタウイルスは冬~春に多かった(表2)。

    3.3 集団発生事例からの検出 2009 年 4 月から 2012 年 3 月の間に発生した集団発生事例 57 事例 484 検体について、ノロウイルスのreal-time PCR およびその他の胃腸炎ウイルスのmultiplex real-time PCR を実施した。 ノロウイルスが検出されなかった集団発生事例 22 事例

    126 検体においては、5 事例 6 検体においてノロウイルス以外の胃腸炎ウイルスが検出された。その一方、ノロウイルスが検出された集団発生事例 35 事例 360 検体(ノロウイルス陽性 227 検体、陰性 133 検体)においては、8 事例 13 検体においてノロウイルス以外の胃腸炎ウイルスが検出された。

    Multiplex real-time PCR によって検出されたウイルスの内訳は、サポウイルスが 4 検体、アストロウイルスが 2検体、A 群ロタウイルスが 1 検体、C 群ロタウイルスが 4検体、アデノウイルスが 8 検体およびエンテロウイルスが 1 検体であった。また、この中にはノロウイルス陽性検体からの検出が 9 検体(ノロウイルスとサポウイルスの同時検出が 2 検体、ノロウイルスとアストロウイルスの同時検出が 1 検体、ノロウイルスとアデノウイルスの同時検出が 5 検体、ノロウイルスとサポウイルスとアストロウイルスの同時検出が 1 検体)が含まれていた。

    ノロウイルス以外の胃腸炎ウイルスが検出された 13 事例中 12 事例は、各事例で 1 名ずつウイルスが散発的に検出された。複数の患者からの同種のウイルスの検出が確認されなかったため、これらの胃腸炎ウイルスが集団発生の発症要因である可能性は低いと考えられた(表3)。 残りの 1 事例からは、ノロウイルス以外の胃腸炎ウイル

    スが複数の患者から検出された。この事例は、中学校とそ

    4 5 6 7 8 9 10 11 12 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 1 2 3ノロウイルスGⅠ 1 1ノロウイルスGⅡ 1 1 9 1 3 2 1 1 1 2 4 1 3 1 31サポウイルス 1 2 1 1 1 1 1 8アストロウイルス 1 1 1 3A群ロタウイルス 1 2 1 3 2 1 4 14C群ロタウイルス 0アデノウイルス 3 2 1 1 1 1 1 1 11エンテロウイルス 1 1 5 1 3 1 2 1 3 1 1 20

    1 5 1 1 1 1 2 1 2 1 2 1 192 3 1 3 2 2 2 2 2 1 3 1 2 1 1 1 1 1 313 4 2 3 2 4 13 2 3 5 5 6 3 1 0 2 6 1 2 4 0 1 1 2 0 10 1 2 2 1 0 3 2 0 0 1 97

    検査方法

    real time PCR

    Multiplex real time

    PCR

    検査検体数

    重複感染 陰性

    総計

    検出ウイルス患者発病年月

    2009 2010 2011 2012

    表2 患者発病年月別の小児散発例患者からの検出

  • - 43 -

         福井県衛生環境研究センター年報 第 10 巻(2011)     

    の中学校区内にある小学校 2 校および保育園の 4 施設で集団発生した感染症疑い事例であった。3 施設(中学校、B 小学校、保育園)から搬入された 6 検体のうち 5 検体からノロウイルスが検出された。その中に、サポウイルスの同時検出が 1 検体およびアデノウイルスの同時検出が 1検体含まれていた。残る 1 施設(A 小学校)の 4 検体全てから C 群ロタウイルスが検出された。

    これにより、検査前は原因が同一事例であると考えられていたが、C 群ロタウイルスが検出された小学校では、他の施設と感染源が異なることが示唆された。ノロウイルス

    陽性事例であっても、ノロウイルス陰性の検体がある場合には、multiplex real-time PCR で他のウイルスの検索を実施する必要があると考えられた(表4)。

    2009 年 4 月から 2012 年 3 月の間に発生した感染性胃腸炎集団発生事例において、検出された全てのウイルスの中で、ノロウイルスが約 95%を占めた。そのため、集団発生の際には、従来通りまず初めにノロウイルスの検査を実施し、他の胃腸炎ウイルスの関与が考えられる場合に今後は本法を利用することが効率的だと考えられた。

    表3 Multiplex real-time PCR 法でウイルスが検出された集団発生事例一覧 事例 No

    初発患者 発生日

    検査 依頼

    発生施設 発症者数

    NV陽性数/検査数

    Multiplex 陽性/検査数

    Multiplex 陽性ウイルス (患者種別) 推定感染経路 原因施設

    1 2009.10.17 食中毒 旅館 6 0 / 5 2 / 5 RotaA(有症者1名) Entero(有症者1名) 不明 2 2009.10.26 食中毒 飲食店 5 0 / 7 1 / 7 Adeno(有症者1名) 不明 3 2009.11.11 感染症 保育園 2 6 / 8 1 / 8 Adeno(有症者1名) ヒト-ヒト感染 4 2010.2.27 食中毒 家庭 10 4 / 10 1 / 10 Sapo,Astro(有症者1名) ヒト-ヒト感染 5 2010.10 月下旬 食中毒 保育園 16 2 / 3 1 / 3 Adeno(有症者1名) ヒト-ヒト感染

    6 2010.11.22 感染症 小学校 110 以上 3 / 6 1 / 6 Adeno(有症者1名) 不明 7 2011.2.12 食中毒 飲食店 3 0 / 8 1 / 8 Adeno(従事者1名) 不明

    8 2011.5.22 感染症 中学校 小学校 保育園

    20 以上 5 / 10 7 / 10

    Sapo(有症者1名) RotaC(有症者4名) Adeno(有症者1名)

    ヒト-ヒト感染

    9 2011.8.2 食中毒 飲食店 5 0 / 6 1 / 6 Adeno(有症者1名) 不明 10 2012.1.24 食中毒 旅館 6 5 / 5 1 / 5 Adeno(有症者1名) ヒト-ヒト感染 11 2012.2.21 食中毒 社員食堂 26 6 / 8 1 / 8 Sapo(従事者1名) ヒト-ヒト感染 12 2012.3.19 食中毒 旅館 5 4 / 11 1 / 11 Astro(有症者1名) カキ喫食 13 2012.3.20 食中毒 飲食店 3 0 / 6 1 / 6 Sapo(従事者1名) 不明

    表4 事例 No.8における各検体の検査結果 番号

    検体 種類 所属

    Real-time PCR Multiplex real-time PCR

    Noro

    GⅠ Noro

    GⅡ Sapo Rota A Rota C Adeno Astro Entero 1 便 保育園 園児 (-) (+) (-) (-) (-) (+) (-) (-) 2 便 小学校 A 児童 (-) (-) (-) (-) (+) (-) (-) (-) 3 吐物 小学校 A 児童 (-) (-) (-) (-) (+) (-) (-) (-) 4 便 中学校 生徒 (-) (+) (-) (-) (-) (-) (-) (-) 5 便 保育園 保育士 (-) (+) (+) (-) (-) (-) (-) (-)

    6 便 中学校 教諭 (-) (-) (-) (-) (-) (-) (-) (-) 7 便 中学校 生徒 (-) (+) (-) (-) (-) (-) (-) (-) 8 便 小学校 A 児童 (-) (-) (-) (-) (+) (-) (-) (-) 9 便 小学校 A 児童 (-) (-) (-) (-) (+) (-) (-) (-)

    10 便 小学校 B 児童 (-) (+) (-) (-) (-) (-) (-) (-)

  • - 44 -

         

    4.まとめ

    ウイルス性食中毒等による感染性胃腸炎の発症要因に

    となる胃腸炎ウイルスは多種多様であり、これらのウイルスの迅速な検査対応が求められている。そこで、複数のウイルスの特異的遺伝子領域を同時に検索が可能なmultiplex real-time PCR 法の導入を検討した。

    本法では、サポウイルス、アストロウイルス、C 群ロタウイルスの同時検出系と、A 群ロタウイルス、アデノウイルス、エンテロウイルスの同時検出系を構築した。本法の実施により、これらのウイルスの検索に要する時間を大幅に削減することが可能となった。

    ノロウイルスは、小児散発事例および集団発生事例で他のウイルスよりも検出率が突出して高かった。そのため、緊急時検査では初めにノロウイルスを検索し、ノロウイルスの関与が低い場合、もしくは他のウイルスの混合感染が疑われる場合に、他の腸管系ウイルスの検索を multiplex real-time PCR 法で実施する方法が効果的と考えられた。

    数は少ないが、ノロウイルス以外の胃腸炎ウイルスが福井県内においても検出されており、今後集団発生要因となりうる可能性がある。そのために、ノロウイルス以外のウイルスについてmultiplex real-time PCRを利用して検索する機会は今後多くなると考えられる。

    謝辞

    本調査研究を行うに当たり、検体採取にご協力いただきました医療機関および関係健康福祉センターの関係者の方々に深謝いたします。 なお、本調査研究の一部は、厚生労働科学研究費補助金

    食品の安全確保推進研究事業「食品中の病原ウイルスのリ スク管理に関する研究」の協力研究として実施した。

    参考文献

    1) 松本和男他:福井県における A 群ヒトロタウイルスの血清型疫学調査,福井県衛生研究所年報,31.51-55(1992)

    2) 東方美保他:平成 14~18 年度に福井県で検出されたノロウイルスの遺伝子解析,福井県衛生環境研究センター年報,5.60-72(2006)

    3) 厚生労働省ホームページ:食中毒統計資料(2012) http://www.mhlw.go.jp/topics/syokuchu/04.html

    4) T.Oka et al.: Detection of Human Sapovirus by

    Real-time Reverse Transcription-Polymerase Chain

    Reaction, J.Med.Virol.78.1347-1353(2006)

    5) N.Jothikumar et al.: Broadly reactive TaqManR assay for real-time RT-PCR detection of rotavirus in

    clinical and environmental samples,

    J.Virol.Methods.155. 126–131 (2009)

    6) 森攻次他:急性胃腸炎事例における real-time PCR 法を用いたウイルスの迅速検索について,第 57 回日本ウイルス学会学術集会(2009)

    7) C.Logan et al.: Real-time reverse transcription PCR detection of norovirus, sapovirus and astrovirus as

    causative agents of acute viral gastroenteritis,

    J.Virol.Methods.146.36–44 (2007)

    8) N.Jothikumar et al.: Quantitative Real-Time PCR Assays for Detection of Human Adenoviruses and

    Identification of Serotypes 40 and 41, Appl.Environ.Microbiol.71.6.3131-3136 (2005)

    9) M.Nijhuis et al.: Rapid and Sensitive Routine Detection of All Members of the Genus Enterovirus

    in Different Clinical Specimens by Real-Time PCR,

    J.Clin.Microbiol.40.10.3666-3670(2002)

    10) 国立感染症研究所ウイルス第二部他:ウイルス性下痢症診断マニュアル(第 3 版)(2003)

  • - 45 -

         福井県衛生環境研究センター年報 第 10 巻(2011)     

    管理型産業廃棄物最終処分場における 塩類と金属類の溶出挙動の検討

    田中宏和・山﨑慶子

    Research on Dissolution Behavior of Inorganic Ions and Heavy Metals

    by Leachate Quality of Industrial Waste Landfill

    Hirokazu TANAKA, Keiko YAMAZAKI

    複数に区分された管理型産業廃棄物最終処分場浸出水の水質濃度から、塩類や金属類の溶出挙動に関する評価を試みた。好気性雰囲気が残る区画でのイオン類濃度上昇は埋立物由来塩分賦存量の増加が原因であり、埋立終了後は速やかに低下した。さらに、埋立終了区画においては、ニッケルとアンチモン、ほう素が経過期間に対して指数関数的低下挙動を示すことが確認された。各成分の溶出挙動はそれぞれ多様であり、埋立層内部の環境変化に対するそれぞれの物理化学的、生物学的特性に関係すると推察された。

    1.はじめに

    管理型最終処分場の安定化は、降水による塩類洗い出しと微生物による有機物分解により進行する。 筆者らは、北陸地方の管理型最終処分場を対象として、

    2005年から2011年まで浸出水水質のモニタリング調査を実施している。今回は塩類洗い出し効果を検討することを目的とし、水質濃度から塩類や金属類等の溶出挙動の評価を試みたので、得られた知見を報告する。

    2.処分場情報と調査方法

    2.1 調査対象施設の概況 調査対象の処分場埋立地は掘り込み式で、2011 年 3 月

    現在で 6 区画が存在する。各区画の埋立時期を表 1 に、埋立物組成を図 1 に示す。

    調査対象処分場では埋立開始前から区画内に一定水位の降水を溜め、中間覆土は行わずに区画の端から順次埋立を行う方式を採用している。さらに埋立終了後も、埋立層内部は年間を通じて保有水水位が高い状態が続いている。降水量、日照時間、可能蒸発量等から理論的に算出した浸透水量は設計水処理能力の範囲内であり、保有水水位が高い原因については、北陸地方の多雨な気候特性や最終覆土の高い透水性などが考えられるが、明らかにはなっていない。

    2.2 採水方法と調査頻度 浸出水は各区画別に採取し、それぞれの区画番号を浸出

    水名とした。ただし、第 3 区画は集水管が 2 系列あるためNo.3-1、No.3-2 とした。本報では 2005 年 4 月から 2011年 7 月までの約 3 ヶ月間隔、計 26 回の調査データについて評価を行った。 2.3 水質評価項目

    評価項目は塩化物イオン(Cl-)、硫酸イオン(SO42-)、炭酸水素イオン類(HCO3-+CO32-)、ナトリウムイオン(Na+)、カリウムイオン(K+)、カルシウムイオン(Ca2+)、マグネシウムイオン(Mg2+)、アンモニウムイオン(NH4+)、マンガン

    表1 各区画の埋立時期 (2011年3月現在)

    区画 深さ(m) 埋立開始 埋立終了 埋立期間 終了からの期間1 3.5 1982年12月 1988年3月 5年4ヶ月 23年2 6 1988年3月 1990年9月 2年7ヶ月 20年6ヶ月3 6 1990年9月 1995年5月 4年9ヶ月 15年10ヶ月4 6 1995年6月 2000年12月 5年7ヶ月 10年3ヶ月5 6 2001年1月 2009年5月 8年5ヶ月 1年10ヶ月6 6 2008年3月 ── ── ──

    0% 50% 100%第1区画第2区画第3区画第4区画第5区画第6区画

    汚泥類焼却灰類廃プラ石膏ボードその他

    図1 埋立物組成(重量換算)

    (Mn)、鉄(Fe)、ニッケル(Ni)、アンチモン(Sb)、ホウ素(B)、砒素(As)とした。 分析方法は原則として日本工業規格 JIS K0102 に準拠

    し、機器分析は主にイオンクロマトグラフ法と ICP 質量分析法を用いたが、炭酸水素イオン類は滴定法により、NH4

    +はイオン電極法により分析した。

    3.結果および考察

    3.1 イオン類の溶出挙動 浸出水中のイオン類の溶出挙動については過去に複数

    の研究報告がある 1)~3)。それらによれば、埋立層内雰囲気が好気性に保たれる埋立途中期間では、埋立物由来の塩類賦存量増加に伴い濃度上昇がみられ、さらに埋立終了後においては、Cl-と Na+は有機物分解や化学的変化に伴う埋立層内の環境変化の影響を受けにくいため、指数関数的な濃度低下挙動を示すが、Ca2+と Mg2+は埋立層内が嫌気化して還元状態に移行すると、難溶塩の形成や廃棄物層への再吸着により、溶出しにくくなることが報告されている。

    調査研究

  • - 46 -

         

    本調査で得た各種イオン類の濃度結果を縦軸に、埋立開始からの経過月数を横軸にプロットした。

    Cl-は、埋立途中では一次関数的上昇を示し、埋立終了

    後では指数関数的低下を示した(図 2)。他の易溶出性イオン(Na+、K+)も同様な挙動が確認された(図 3、図 4)。

    一方、Ca2+は、埋立途中では一次関数的上昇がみられるが、埋立完了後の相関性はなかった(図 5)。他の二価イオン(SO42-、Mg2+)も同様な挙動を示し、これらの結果は過去の報告と矛盾しない(図 6、図 7)。

    ここで特筆すべきは、第 5 区画における埋立終了直後の濃度変化で、100 カ月経過付近で No.4 浸出水と同程度まで急低下しており、埋立物由来塩類の補給が停止されたことが原因と考えられる。調査対象処分場の埋立深さは他の一般的な管理型処分場に比べて浅く、埋立が終了した時点においては、未だ埋立層内の嫌気化は部分的に進行途中で、

    R² = 0.84

    R² = 0.79

    0

    25

    50

    75

    100

    0 100 200 300 400

    Cl(m

    eq/L)

    経過月数(月)

    No.1

    No.2

    No.3-1

    No.3-2

    No.4

    No.5終了No.5途中No.6途中埋立途中埋立終了

    図2 塩化物イオンの経月変化

    R² = 0.67

    R² = 0.66

    0

    5

    10

    0 100 200 300 400

    K(m

    eq/L)

    経過月数(月)

    No.1

    No.2

    No.3-1

    No.3-2

    No.4

    No.5終了No.5途中No.6途中埋立途中埋立終了

    図4 カリウムイオンの経月変化

    R² = 0.63

    0

    10

    20

    30

    40

    0 100 200 300 400

    SO

    4(m

    eq/L)

    経過月数(月)

    No.1

    No.2

    No.3-1

    No.3-2

    No.4

    No.5終了No.5途中No.6途中埋立途中

    図6 硫酸イオンの経月変化

    酸化性雰囲気を多く残すと考えられる。そのため、二価のイオンも未だ難溶塩に形態変化しておらず、イオン態で存在するものが多いことや、水中に直接埋立していることから容易に水に接触して溶出しやすいため、易溶出性イオンだけでなく二価イオンについても、速やかな濃度低下がみられたと考えられる。 また、NH4+についても、埋立途中での一次関数的上昇

    と、埋立終了後の急激な濃度低下が確認された。このことは、埋立途中期間の NH4+の溶出は、窒素含有有機物の分解物だけでなく、埋立物中に含まれていた易溶解性 NH4+も関係することを裏付けている(図 8)。

    HCO3-

    +CO32-は濃度がNo.5に比べてNo.4浸出水の方

    が高く、埋立物中に塩として含まれていたかは判断できなかった(図 9)。

    R² = 0.76

    R² = 0.67

    0

    25

    50

    75

    100

    0 100 200 300 400

    Na(m

    eq/L)

    経過月数(月)

    No.1

    No.2

    No.3-1

    No.3-2

    No.4

    No.5終了No.5途中No.6途中埋立途中埋立終了

    図3 ナトリウムイオンの経月変化

    R² = 0.24

    0

    10

    20

    30

    0 100 200 300 400

    Ca(m

    eq/L)

    経過月数(月)

    No.1

    No.2

    No.3-1

    No.3-2

    No.4

    No.5終了No.5途中No.6途中埋立途中

    図5 カルシウムイオンの経月変化

    R² = 0.34

    0

    5

    10

    15

    0 100 200 300 400

    Mg(m

    eq/L)

    経過月数(月)

    No.1

    No.2

    No.3-1

    No.3-2

    No.4

    No.5終了No.5途中No.6途中埋立途中

    図7 マグネシウムイオンの経月変化

  • - 47 -

         福井県衛生環境研究センター年報 第 10 巻(2011)     

    R² = 0.93

    0

    5

    10

    15

    20

    0 100 200 300 400

    NH4(m

    eq/L)

    経過月数(月)

    No.1

    No.2

    No.3-1

    No.3-2

    No.4

    No.5終了No.5途中No.6途中埋立途中

    図8 アンモニウムイオンの経月変化

    0.0

    0.5

    1.0

    1.5

    2.0

    0 100 200 300 400

    Mn(mg/L)

    経過月数(月)

    No.1

    No.2

    No.3-1

    No.3-2

    No.4

    No.5終了

    No.5途中

    No.6途中 図10 マンガンの経月変化

    R² = 0.36

    R² = 0.54

    0.00

    0.05

    0.10

    0.15

    0.20

    0 100 200 300 400

    Ni(mg/L)

    経過月数(月)

    No.1

    No.2

    No.3-1

    No.3-2

    No.4

    No.5終了No.5途中No.6途中埋立終了No.6回帰

    図12 ニッケルの経月変化 3.2 金属類の溶出挙動 浸出水中の重金属類濃度については、処分場安定化の指

    標とすることは困難とした報告があるが、Mn 濃度について経過期間に伴う指数関数的な濃度低下挙動を確認した報告事例もあり、筆者らも過去に Ni の濃度低下について報告している 4)~6)。

    一般的に埋立廃棄物中に多量に存在する Mn と Fe は、本調査では経過期間と濃度の間に規則的な関係は確認されなかった(図 10、図 11)。特に Fe については、回帰曲線が経過期間とともに右肩上がりする傾向はみられたが、相関性が低いことや各区画間の連続性が低いことから、この傾向の信頼性は低いと判断した。 一方、Ni については、過去の報告に比べてデータ数が

    増加した本報でも、埋立終了後での指数関数的な低下挙動が確認できた(図 12)。しかし、埋立途中では第 5 区画と第 6 区画が不連続であり、規則的な挙動はみられなかった。

    Niと同様に、埋立終了後に指数関数的低下挙動を示し、

    R² = 0.35

    0

    10

    20

    30

    0 100 200 300 400

    CO3+HCO3(m

    eq/L)

    経過月数(月)

    No.1

    No.2

    No.3-1

    No.3-2

    No.4

    No.5終了No.5途中No.6途中埋立途中

    図9 炭酸水素イオン類の経月変化

    R² = 0.18

    0.0

    0.5

    1.0

    0 100 200 300 400 Fe(mg/L)

    経過月数(月)

    No.1

    No.2

    No.3-1

    No.3-2

    No.4

    No.5終了No.5途中No.6途中埋立終了

    図11 鉄の経月変化

    R² = 0.24

    R² = 0.230.0001

    0.0010

    0.0100

    0.1000

    1.0000

    0 100 200 300 400

    Sb(mg/L)

    経過月数(月)

    No.1

    No.2

    No.3-1

    No.3-2

    No.4

    No.5終了No.5途中No.6途中埋立途中埋立終了

    図13 アンチモンの経月変化

    R² = 0.67

    R² = 0.48

    0

    5

    10

    15

    20

    0 100 200 300 400

    B(mg/L)

    経過月数(月)

    No.1

    No.2

    No.3-1

    No.3-2

    No.4

    No.5終了No.5途中No.6途中埋立途中埋立終了

    図14 ほう素の経月変化 かつ、イオン類と同様に埋立途中は一次関数的上昇挙動を示した金属として Sb が確認された(図 13)。しかし、第2 区画から第 5 区画の濃度低下挙動に対し、第 1 区画は連続性が低く、その原因は不明であった。

  • - 48 -

        

    R² = 0.30

    R² = 0.29

    0.00

    0.02

    0.04

    0.06

    0.08

    0 100 200 300 400

    As(mg/L)

    経過月数(月)

    No.1

    No.2

    No.3-1

    No.3-2

    No.4

    No.5終了No.5途中No.6途中埋立途中埋立終了

    図15 砒素の経月変化 3.3 ほう素と砒素の溶出挙動 易溶出性イオンに類似した溶出挙動を示した非金属と

    して B と As が確認された(図 14、図 15)。 B はイオン類とは逆に、埋立終了直後に一時的な濃度上

    昇を示しているが、この原因として、B は pH により化学形態が変化し、粒子表面への吸着性が変化することが分かっていることから、埋立終了に伴う層内環境変化が原因と推察された 7)。このことは、100 ヶ月経過付近の第 5 区画と第 4 区画の pH が不連続に異なることからも示唆される(図 16)。

    As は埋立終了後の濃度低下が指数関数的ではなく、250ヶ月から 300 ヶ月経過付近で増加し、その後低下した。また、Sb とは異なり、経過期間に対しての連続性がみられることから、何らかの原因で As の溶出が一時的に増加したと考えられる。第 1 区画は埋立終了から 20 年以上経過し、安定化に伴い埋立層内が還元性雰囲気から酸化性雰囲気へと回復する時期であることから、その環境変化に敏感に反応していることが推察される。

    3.4 溶出挙動に及ぼす影響 上述してきたとおり、成分の種類によって、それぞれの

    溶出挙動は異なることが分かった。これは、埋立層内部の環境変化に対する各成分の物理化学的、生物学的特性が異なるためと推察される。つまり、元素特有のイオン化エネルギーや化合物を生成する際の活性化エネルギー、硫酸還元菌に代表されるような微生物の働きにより、嫌気性雰囲気による形態の変化、還元性雰囲気での硫化物や炭酸塩等の難溶塩の形成しやすさ、また、酸化性雰囲気に回復した際の難溶塩の解離しやすさ、周辺 pH による形態の変化等が各成分で異なり、その結果、同じ条件においても溶出能が異なるため経過期間に対する溶出挙動が異なるものと考えられる。

    4.まとめ

    好気性雰囲気が残る埋立区画における浸出水中イオン濃度の上昇は埋立物由来塩分賦存量の増加が原因であり、埋立終了後は速やかに低下した。 一方、嫌気性雰囲気における埋立区画においては、易溶

    出性のイオン類は経過期間とともに指数関数的な濃度低下を示したが、二価イオン類は規則的な挙動はみられなかった。イオン類以外では、Ni と Sb、B で指数関数的低下挙動が確認され、As も連続的な低下挙動が確認された。

    R² = 0.24

    R² = 0.57

    5

    7

    9

    11

    0 100 200 300 400

    pH

    経過月数(月)

    No.1

    No.2

    No.3-1

    No.3-2

    No.4

    No.5終了No.5途中No.6途中埋立途中埋立終了

    図16 pHの経月変化

    最終処分場埋立地から浸出水への溶出挙動は、埋立層内部の環境変化に対する各成分の物理化学的、生物学的特性が関係すると推察された。今回、埋立終了後の区画において、経過期間に伴う連続的な溶出挙動を示した成分については、埋立層内の酸化還元雰囲気の変動影響を受けにくい可能性があり、今後さらなる検討を行いたい。

    謝辞

    本研究は、特別電源所在県科学技術振興事業「安定化の促進と安全な跡地利用のための最終処分場の分析評価と技術開発」の一環として実施した。ご指導いただいた国立環境研究所資源循環・廃棄物研究センター廃棄物適正処理処分研究室の山田正人室長、遠藤和人主任研究員、石垣智基主任研究員、そして、調査にご協力を賜りました関係者の方々に深謝いたします。

    参考文献

    1)長森正尚他:浸出水の水質経年変化,埼玉県公害センター研究報告,21,49-65(1994)

    2)柴田公子他:一般廃棄物最終処分場における浸出水の水質の推移について,山口県衛生公害研究センター業績報告,18,56-59(1997)

    3)福井 博他:最終処分場浸出液の水質の経年変化,全国環境研究会誌,29,162-166(2004)

    4)栃木県保健環境センター化学部,最終処分場浸出水の水質経年変化について,栃木県保健環境センター年報, 3, 110-112(1998)

    5)栗原正憲他:最終処分場浸出水の成分濃度の時系列変化と降水量の関係, 第18回廃棄物学会研究発表会講演論文集,707-709(2007)

    6)田中宏和他:産業廃棄物最終処分場(管理型)における経過期間と浸出水水質の関係,福井県衛生環境研究センター年報, 6,43-46(2007)

    7)森田昌敏他:廃棄物埋立処分における有害物質の挙動解明に関する研究,独立行政法人国立環境研究所特別研究報告 S-R40-2001,9-22(2001)

  • - 49 -

         福井県衛生環境研究センター年報 第 10 巻(2011)     

    河川から検出される全亜鉛の由来に関する研究 -河川底質に由来する全亜鉛-

    岡 恭子・下中邦俊

    Research on the Origin of Zinc Detected from River

    -Zinc Originated in River Bottom Material-

    Kyoko OKA, Kunitoshi SHIMONAKA

    公共用水域常時監視調査で、水生生物保全項目の全亜鉛は県内河川のほとんどの測定地点において検出されているが、河川底質の巻き上げによる浮遊物質の混入が河川水中の全亜鉛濃度に影響している可能性が懸念される。そこで、過去の調査で全亜鉛濃度が比較的高かった地点および比較的低かった地点について調査を行い、河川底質の亜鉛が河川水中の全亜鉛濃度に及ぼす影響について検討を行った。その結果、浮遊物質量(SS)が高いほど全亜鉛濃度(T-Zn)が高い傾向にあり、また、T-Zn に占める懸濁態亜鉛濃度(S-Zn)の割合が大きくなる傾向にあった。模擬河川水による実験では、用いた底質が泥質か砂礫質かの違い等で底質の巻き上がり易さが異なり、底質の巻き上げによる SS が高いほど T-Zn も高くなったことから、河川底質が河川水の T-Zn に影響を及ぼしていることが推測された。

    1.はじめに

    平成15年11月に水生生物の保全に係る全亜鉛の水質環境基準が設定された。これを踏まえて、県内公共用水域では、平成 16 年度から全亜鉛の測定を開始した。河川においては県内 25 地点において測定を行っており、そのほとんどの測定地点で全亜鉛が検出されている。河川における全亜鉛の環境基準は 0.03mg/L であるが、これまでの調査では基準を超過した例もあり、また、傾向としては、全亜鉛がやや高めに検出される地点と、低めに検出される地点があるように見受けられた。 河川水中の主な亜鉛の由来としては、雨で流された大気

    沈着物、工場排水や生活排水および地質等に由来するものが考えられる 1)2)。さらに、河川底質が巻き上げられて混入し、全亜鉛濃度に影響している可能性が懸念される。 そこで、本研究においては、河川底質の特に表層底泥中

    の亜鉛が河川水中の全亜鉛濃度に及ぼす影響について検討を行ったので報告する。

    2.方法

    2.1 調査地点 平成19年度から21年度までの県内河川の常時監視測定

    結果において、全亜鉛濃度が比較的高かった地点(高濃度地点)および比較的低かった地点(低濃度地点)を 4 地点ずつ選定し、平成 22 年度に高濃度地点を、平成 23 年度に低濃度地点の調査を行った。選定地点を表 1 に、その位置を図 1 に示す。

    2.2 調査内容 2.2.1 水質分析

    SS、T-Zn、S-Zn の関係を調査するため、晴天時および降雨後の濁った河川水を採取し、SS、T-Zn、溶存態亜鉛(D-Zn)を JIS K0102 に準じて分析した。

    亜鉛の前処理は、硝酸による分解とし、D-Zn については、0.45μm のメンブランフィルターを通過させた後に同様の前処理を行った。亜鉛の濃度測定は、ICP 質量分析法(ICP/MS)で、イットリウム(Y)を内部標準として内部標準法により分析した。 また、得られた T-Zn と D-Zn の差を懸濁態亜鉛濃度

    (S-Zn)とみなした。

    表1 調査地点 地 点 名 底質の性状

    平成22

    年度

    高濃度地点

    ①磯部川(安沢橋) 泥質 ②大納川(末端) 砂礫質 ③深川(木の芽橋) 砂礫質 ④二夜の川(末端) 砂礫質

    平成23

    年度

    低濃度地点

    ⑤九頭竜川(荒鹿橋) 砂礫質 ⑥竹田川(清間橋) 砂礫質・泥質⑦笙の川(三島橋) 砂礫質 ⑧井の口川(豊橋※) 砂礫質

    ※架け替え工事のために採水ができなかった際には、直上流側の樋詰橋で行った。

    図1 調査地点

    調査研究

    ⑤ ③④⑦⑧

  • - 50 -

         福井県衛生環境研究センター年報 第 10 巻(2011)     

    2.2.2 底質分析 底質は 9~10 月の晴天時に、各調査地点で採取し、亜鉛含有量を測定した。前処理は底質調査法に準じ、約 0.1gの底質を塩酸および硝酸により湿式分解した後、1μm のガラス繊維ろ紙でろ過した。得られた試料溶液を希釈し、河川水と同様に ICP/MS により分析した。ただし、Y 濃度が定量結果に影響を与えるほど高かったため、絶対検量線法により定量を行った。 2.2.3 模擬河川水の分析

    図 2のように、底質乾燥試料約 21gを 1Lポリ瓶に採り、これに超純水 700mL を加え、スターラーを用いて室温で約4時間撹拌した後 30 分間静置した。その上澄み 500mLを採取して模擬河川水とし、河川水と同様に、SS、T-Zn、D-Zn を分析した。ただし、底質試料溶液と同様に Y 濃度が高かったため、絶対検量線法により定量を行った。

    図2 模擬河川水の作成

    3.結果および考察

    3.1 河川水中の SS と T-Zn の季節傾向 平成 19~23 年度の SS および T-Zn の調査結果を図 3、

    図 4 に示す。データは今回の調査結果および常時監視における調査結果を含む。(常時監視調査では、一部項目を外部委託している地点(深川(木の芽橋)、二夜の川(末端)、笙の川(三島橋)、井の口川(豊橋))については、同年月でも SSと T-Zn の検体が異なっている。) なお、本報告書においては、グラフを描くにあたり報告

    下限値(SS:1mg/L、T-Zn:0.001mg/L)未満の結果は報告下限値として取り扱った。 この図から、SS、T-Zn ともに冬季に高くなる傾向が見

    られる。 これは、北陸の冬は降水量が多く川が濁り易いことや、

    また、河川によっては、冬季は非かんがい期であるために河川水量が減少して濃度が高くなることが理由として考えられる。

    3.2 河川水中の SS と T-Zn、S-Zn の関係 今回調査した全 8 地点での SS と T-Zn との関係および

    SS と全亜鉛中の懸濁態亜鉛の割合(S-Zn/T-Zn)との関係について、高濃度地点を図 5~図 8、低濃度地点を図 9~図 12 に示す。 3.2.1 河川水中の SS と T-Zn の関係 各地点ともばらつきはあるものの、SS が高いほど T-Zn

    も高い傾向にある。ただし、ともに高濃度地点である大納川(末端)、二夜の川(末端)および深川(木の芽橋)では、この傾向は見られない。 これは、大納川上流には過去に亜鉛鉱山があったことか

    ら、大納川周辺は地質的に亜鉛を多く含み、河川水の亜鉛濃度も全般的に高くなったものと考えられる。 また、二夜の川は、敦賀市の郊外(農地)から市街地を

    流下する三面コンクリート張りの河川であり、周辺は下水

    超純水 700mL

    底質乾燥試料 約 21g

    1L ポリ瓶

    スターラー撹拌

    図3 平成 19~23 年度の調査結果 (SS)

    4月 6月 8月 10月12月 2月 4月 6月 8月 10月12月 2月 4月 6月 8月 10月12月 2月 4月 6月 8月 10月12月 2月 4月 6月 8月 10月12月 2月平成23年度平成19年度 平成20年度 平成21年度 平成22年度

    図4 平成 19~23 年度の調査結果 (T-Zn)

    4月 6月 8月 10月12月 2月 4月 6月 8月 10月12月 2月 4月 6月 8月 10月12月 2月 4月 6月 8月 10月12月 2月 4月 6月 8月 10月12月 2月平成23年度平成19年度 平成20年度 平成21年度 平成22年度

    環境基準

    0

    10

    20

    30

    40 磯部川(安沢橋) 大納川(末端) 深川(木の芽橋) 二夜の川(末端)九頭竜川(荒鹿橋) 竹田川(清間橋) 笙の川(三島橋) 井の口川(豊橋)

    SS(mg/L)

    0.00

    0.04

    0.08

    磯部川(安沢橋) 大納川(末端) 深川(木の芽橋) 二夜の川(末端)九頭竜川(荒鹿橋) 竹田川(清間橋) 笙の川(三島橋) 井の口川(豊橋)

    T-Zn(mg/L)

  • - 51 -

         福井県衛生環境研究センター年報 第 10 巻(2011)     

    道整備され、生活排水の流入は少ない。中流に鯉公園が整備され多くの鯉が放流・飼育されている。サンプリング時に突然川が濁ってきたことがあったが、その上流では市民が餌を与え、餌に群がる鯉が底質を巻き上げていた。鯉の餌には若干の亜鉛が含まれていることから、この餌に含まれる亜鉛が河川水にも影響を与えている可能性が考えられる。

    図5 SS と T-Zn、SS と S-Zn/T-Zn の関係 [磯部川(安沢橋)]

    図7 SS と T-Zn、SS と S-Zn/T-Zn の関係 [深川(木の芽橋)]

    図9 SS と T-Zn、SS と S-Zn/T-Zn の関係 [九頭竜川(荒鹿橋)]

    図 11 SS と T-Zn、SS と S-Zn/T-Zn の関係 [笙の川(三島橋)]

    深川(木の芽橋)は、採水地点である木の芽橋の上流で、産業廃棄物中間処理施設からの排水が流入しており、また、当該事業所は、以前亜鉛の製錬を行っていたことも、河川水の亜鉛濃度に影響を与えている可能性が考えられる。 低濃度地点として選定した 4 地点では、晴天時は SS も

    T-Znも低かったが、雨天時にはSSもT-Znも高くなった。

    図6 SS と T-Zn、SS と S-Zn/T-Zn の関係 [大納川(末端)]

    図8 SS と T-Zn、SS と S-Zn/T-Zn の関係 [二夜の川(末端)]

    図 10 SS と T-Zn、SS と S-Zn/T-Zn の関係 [竹田川(清間橋)]

    図 12 SS と T-Zn、SS と S-Zn/T-Zn の関係 [井の口川(豊橋、橋詰橋)]

    0.0

    0.2

    0.4

    0.6

    0.8

    1.0

    0 10 20 30

    SSとS-Zn/T-Znの関係

    SS(mg/L)

    S-Zn/T-Zn

    0.000

    0.010

    0.020

    0.030

    0.040

    0 10 20 30

    SSとT-Znの関係

    晴天時 雨天時SS(mg/L)

    T-Zn(mg/L)

    0.0

    0.2

    0.4

    0.6

    0.8

    1.0

    0 1 2 3 4

    SSとS-Zn/T-Znの関係

    SS(mg/L)

    S-Zn/T-Zn

    0.000

    0.005

    0.010

    0.015

    0.020

    0 1 2 3 4

    SSとT-Znの関係

    晴天時 雨天時SS(mg/L)

    T-Zn(mg/L)

    0.0

    0.2

    0.4

    0.6

    0.8

    1.0

    0 5 10 15 20

    SSとS-Zn/T-Znの関係

    SS(mg/L)

    S-Zn/T-Zn

    0.000

    0.005

    0.010

    0.015

    0.020

    0 5 10 15 20

    SSとT-Znの関係

    晴天時 雨天時

    SS(mg/L)

    T-Zn(mg/L)

    0.000

    0.005

    0.010

    0.015

    0.020

    0 2 4 6

    SSとT-Znの関係

    晴天時 雨天時SS(mg/L)

    T-Zn(mg/L)

    0.0

    0.2

    0.4

    0.6

    0.8

    1.0

    0 2 4 6

    SSとS-Zn/T-Znの関係

    SS(mg/L)

    S-Zn/T-Zn

    0.0

    0.2

    0.4

    0.6

    0.8

    1.0

    0 10 20 30

    SSとS-Zn/T-Znの関係

    SS(mg/L)

    S-Zn/T-Zn

    0.000

    0.002

    0.004

    0.006

    0.008

    0 10 20 30

    SSとT-Znの関係

    晴天時 雨天時SS(mg/L)

    T-Zn(mg/L)

    0.0

    0.2

    0.4

    0.6

    0.8

    1.0

    0 10 20 30 40

    SSとS-Zn/T-Znの関係

    SS(mg/L)

    S-Zn/T-Zn

    0.000

    0.002

    0.004

    0.006

    0.008

    0.010

    0.012

    0 10 20 30 40

    SSとT-Znの関係

    晴天時 雨天時SS(mg/L)

    T-Zn(mg/L)

    0.0

    0.2

    0.4

    0.6

    0.8

    1.0

    0 50 100 150

    SSとS-Zn/T-Znの関係

    SS(mg/L)

    S-Zn/T-Zn

    0.000

    0.005

    0.010

    0.015

    0.020

    0 50 100 150

    SSとT-Znの関係

    晴天時 雨天時SS(mg/L)

    T-Zn(mg/L)

    0.000

    0.005

    0.010

    0.015

    0.020

    0 20 40 60

    SSとT-Znの関係

    晴天時 雨天時SS(mg/L)

    T-Zn(mg/L)

    0.0

    0.2

    0.4

    0.6

    0.8

    1.0

    0 20 40 60

    SSとS-Zn/T-Znの関係

    SS(mg/L)

    S-Zn/T-Zn

  • - 52 -

         福井県衛生環境研究センター年報 第 10 巻(2011)     

    3.2.2 河川水中の SS と S-Zn/T-Zn の関係 SS と T-Zn の関係同様に、ばらつきはあるものの、SS

    が高いほど S-Zn/T-Zn も大きくなる傾向にあったが、SSが全般的に低かった大納川(末端)と二夜の川(末端)では、この傾向は見られない。 なお、低濃度地点として選定した 4 地点では、雨天時で

    は SS が高い場合ほど S-Zn/T-Zn の値も大きくなったが、晴天時では SS が低い時に S-Zn/T-Zn が大きい時もあり、そのばらつきは大きかった。 3.3 底質中の亜鉛含有量と模擬河川水試験の結果 今回調査した全 8 地点での底質中の亜鉛含有量と、模擬

    河川水試験の結果を表 2 に示す。 3.3.1 底質中の亜鉛含有量

    底質中の亜鉛含有量は、測定に用いた試料量が 0.1g と少量であるため、3 回行いその平均値により求めた。 その結果、低濃度地点と比べて高濃度地点の方が底質中

    の亜鉛量が多かった。 3.3.2 模擬河川水中の SS と T-Zn の関係 底質の性状が泥質の方が砂礫質のものよりも巻き上が

    り易く沈降しにくい傾向にあり、泥質を多く含む底質から得られた模擬河川水の方が SS が高くなった。また、SSが高いほど T-Zn も高い傾向にあった。

    4.まとめ

    公共用水域常時監視調査で、県内河川のほとんどの測定地点において検出されている水生生物保全項目の全亜鉛について、河川底質の巻き上げによる浮遊物質の混入の影響について検討した。 その結果、SSが高いほどT-Znも高い傾向にあり、また、

    T-Zn に占める中の S-Zn の割合が大きくなっていた。 河川底質に含まれる亜鉛含有量は、過去の常時監視調査

    の測定結果において河川水中の全亜鉛濃度が比較的高かった地点の方が、比較的低かった地点よりも多かった。 模擬河川水による実験では、用いた底質の性状が泥質か

    砂礫質かの違い等で底質の巻き上がり易さが異なり、底質の巻き上げによる浮遊物質量が高いほど全亜鉛も高い傾向にあった。 これらのことより、河川底質が河川水中の全亜鉛濃度に

    影響を及ぼしていると考えられた。

    参考文献

    1) 内藤航他:詳細リスク評価書:亜鉛,平成 19 年 5 月 2) 曽根真理他:路面排水の水質に関する報告,国土技術政

    策総合研究所資料,596,May, 2010 3) 鳥羽峰樹他:大牟田市内河川における懸濁物質中の亜

    鉛について,福岡県保健環境研究所年報,36,89-92,2009

    表2 底質中の亜鉛含有量および模擬河川水試験の結果

    河川名 底質中亜鉛含有量 (mg/kg) 模擬河川水

    No.1 No.2 No.3 平均 SS(mg/L) T-Zn(mg/L) D-Zn(mg/L)高濃度地点

    磯部川 (安沢橋) 173 185 161 173 660 0.420 0.003 大納川 (末端) 189 148 140 159 55 0.071 0.003 深川 (木の芽橋) 261 269 258 263 170 0.280 0.003 二夜の川 (末端) 146 107 105 119 100 0.150 0.003

    低濃度地点

    九頭竜川(荒鹿橋) 114 52 148 105 110 0.043