19
主体性等評価と ポートフォリオの活用 Section 2 2021(令和3)年度入試以降の大学入学者選抜では、 大学入学共通テストが導入されるほか、個別試験の実施 要項も変更される。 このうち、一般選抜では、「主体性を持って多様な人々 と協働して学ぶ態度(主体性等)」を評価するため、調 査書や志願者本人の記載する資料等を積極的に利用する こととされている。各大学が公表した2021年度入試に 関する情報を見ると、面接の実施、調査書の点数化、活 動報告書や学修計画書など「志願者本人の記載する資料 等」の提出など、さまざまな方法が採られている。 また、先行する動きとして、文部科学省「大学入学者 選 抜 改 革 推 進 委 託 事 業 」 の 一 環 と し て、「JAPAN e-Portfolio(JeP)」が構築され、2019年度入試から活 用を始めた大学もある。 これらの大学の動きをきっかけとして、ポートフォリ オを導入し、校内外での生徒の学習活動を記録・蓄積し 始めた高校も少なくない。しかし、高校の先生方へのア ンケートからは、教員の負担が増大する、記載に関する 生徒への指導が難しい、パソコンや通信環境の整備など、 さまざまな課題が挙がる。また、主体性等の評価の扱い が大学によって異なることや、ポートフォリオの記載を 大学がどの程度、合否判定に用いるのかなど、大学入学 者選抜での活用への不安もあるようだ。 ポートフォリオは本来、生徒自身が日々の学習活動を 記録・蓄積し、振り返りながら、自身の成長を把握した り、経験を意味付けたりするとともに、次の学習につな げる…といったように、生徒の学習を充実させるための ツールである。そして、その様子を教員が確認し、日々 の指導の改善に生かすことにこそ、本来の意義がある。 そうした中で、大学は入学者選抜の「主体性等評価」 で何を評価しようと考えているか、その中でポートフォ リオにどのようなことを期待しているか。高校はどのよ うにポートフォリオを活用していくとよいのか。このセ クションでは、大学・高校の双方へのアンケートやイン タビューから見ていく。 ※Section2は、ガイドライン2019年10月号「特集 変わる高校教育『大 学入学者選抜における主体性等の評価と高等学校におけるポートフォ リオの活用』」の再録です。 Part 1 概説 ・ 大学入学者選抜における主体性等評価の方向性と 高校教員の反応 ……………………………… p29 ・ 主体性等評価が求められる背景と ポートフォリオの意義 ……………………… p33 大阪大学 川嶋太津夫特任教授 Part 2 大学の取り組み ・ 佐賀大学/佐賀県立佐賀西高等学校 ……… p36 Part 3 高校の取り組み ・ 鷗友学園女子中学高等学校 ………………… p41 ・ 兵庫県立御影高等学校 ……………………… p44 CONTENTS 28 Kawaijuku Guideline 特別号 2020

主体性等評価と ポートフォリオの活用主体性等評価と ポートフォリオの活用 Section 2 2021(令和3)年度入試以降の大学入学者選抜では、

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Page 1: 主体性等評価と ポートフォリオの活用主体性等評価と ポートフォリオの活用 Section 2 2021(令和3)年度入試以降の大学入学者選抜では、

主体性等評価とポートフォリオの活用

Section 2

 2021(令和3)年度入試以降の大学入学者選抜では、

大学入学共通テストが導入されるほか、個別試験の実施

要項も変更される。

 このうち、一般選抜では、「主体性を持って多様な人々

と協働して学ぶ態度(主体性等)」を評価するため、調

査書や志願者本人の記載する資料等を積極的に利用する

こととされている。各大学が公表した2021年度入試に

関する情報を見ると、面接の実施、調査書の点数化、活

動報告書や学修計画書など「志願者本人の記載する資料

等」の提出など、さまざまな方法が採られている。

 また、先行する動きとして、文部科学省「大学入学者

選 抜 改 革 推 進 委 託 事 業 」 の 一 環 と し て、「JAPAN

e-Portfolio(JeP)」が構築され、2019年度入試から活

用を始めた大学もある。

 これらの大学の動きをきっかけとして、ポートフォリ

オを導入し、校内外での生徒の学習活動を記録・蓄積し

始めた高校も少なくない。しかし、高校の先生方へのア

ンケートからは、教員の負担が増大する、記載に関する

生徒への指導が難しい、パソコンや通信環境の整備など、

さまざまな課題が挙がる。また、主体性等の評価の扱い

が大学によって異なることや、ポートフォリオの記載を

大学がどの程度、合否判定に用いるのかなど、大学入学

者選抜での活用への不安もあるようだ。

 ポートフォリオは本来、生徒自身が日々の学習活動を

記録・蓄積し、振り返りながら、自身の成長を把握した

り、経験を意味付けたりするとともに、次の学習につな

げる…といったように、生徒の学習を充実させるための

ツールである。そして、その様子を教員が確認し、日々

の指導の改善に生かすことにこそ、本来の意義がある。

 そうした中で、大学は入学者選抜の「主体性等評価」

で何を評価しようと考えているか、その中でポートフォ

リオにどのようなことを期待しているか。高校はどのよ

うにポートフォリオを活用していくとよいのか。このセ

クションでは、大学・高校の双方へのアンケートやイン

タビューから見ていく。

※Section2は、ガイドライン2019年10月号「特集 変わる高校教育『大

学入学者選抜における主体性等の評価と高等学校におけるポートフォ

リオの活用』」の再録です。

Part 1 概説・ 大学入学者選抜における主体性等評価の方向性と 高校教員の反応 ……………………………… p29・ 主体性等評価が求められる背景と ポートフォリオの意義 ……………………… p33  大阪大学 川嶋太津夫特任教授

Part 2 大学の取り組み・ 佐賀大学/佐賀県立佐賀西高等学校 ……… p36

Part 3 高校の取り組み・ 鷗友学園女子中学高等学校 ………………… p41・ 兵庫県立御影高等学校 ……………………… p44

CONTENTS

28 Kawaijuku Guideline 特別号 2020

Page 2: 主体性等評価と ポートフォリオの活用主体性等評価と ポートフォリオの活用 Section 2 2021(令和3)年度入試以降の大学入学者選抜では、

概 説Part 1

Section 2:主体性等評価とポートフォリオの活用

 2014年12月22日、中央教育審議会から、高大接続改革に関する答申「新しい時代にふさわしい高大接続の実現に向けた高等学校教育、大学教育、大学入学者選抜の一体的改革について」が公表された。学力の3要素(「知識・技能」「思考力・判断力・表現力」「主体性を持って多様な人々と協働して学ぶ態度」)を高校教育、大学教育双方において高めるとともに、学力の3要素をきちんと評価する大学入学者選抜への転換をめざす方針が示されている。大学入学者選抜について見ると、現行の大学入試センター試験が廃止され、2021年度入試から大学入学共通テストが導入される。各大学の個別選抜は、卒業認定・学位授与の方針、教育課程編成・実施の方針を踏まえた入学者受入れの方針(アドミッション・ポリシー、以下AP)に基づき、学力の3要素を多面的・総合的に評価する選抜への転換が求められている。 2018年10月の「2021年度大学入学者選抜実施要項の見直しに係る予告の改正について(通知)」では、一般入試、AO入試、推薦入試(2021年度入試以降は一般選抜、総合型選抜、学校推薦型選抜)それぞれについて課題と対応が示されている。 一般選抜については、主体性等をより積極的に評価するため、調査書や志願者本人が記載する資料等の積極的な活用を促進する。また、その活用方法について、各大学の募集要項等に明記することとされている。なお、「志

高大接続改革が進む中で一般選抜においても主体性等の評価が求められる

大学入学者選抜における主体性等評価の方向性と高校教員の反応

今年度、各大学が2020年度入学者選抜要項を公表する中で、2021(令和3)年度入試情報も公表しつつあり、2021年度入試における個別選抜の方向性が見えはじめている。「主体性を持って多様な人々と協働して学ぶ態度(主体性等)」を評価するため、一般選抜でも、面接を導入したり、調査書を点数化したり、本人の記載する資料等の提出を求めたりするなど、各大学がさまざまな方法を採っている。一方、主体性等の評価については高校教員もさまざまな課題や不安を感じている。Part. 1では、各大学の公表資料や、朝日新聞社×河合塾「ひらく 日本の大学」2019年度調査の結果などから、主体性等評価やポートフォリオの活用に対する大学・高校双方の意見を紹介する。

願者本人が記載する資料等」については、「その他、エッセイ、面接、ディベート、集団討論、プレゼンテーション、各種大会や顕彰等の記録、総合的な学習の時間などにおける生徒の探究的な学習の成果等に関する資料やその面談など」と付記されている。 2016年度入試から実施されている東京大学や京都大学の推薦入試・AO入試においてもこれらの資料や評価方法が活用されている。さらに、近年、国公立大学の一般入試において、調査書のほかに、大学入学希望理由書や学修計画書、活動報告書など、志願者本人が記載する資料の提出を必須にする大学が増加している。 また、文部科学省の大学入学者選抜改革推進委託事業において、高校段階でのeポートフォリオとインターネットによる出願システムを連動させたシステムのモデルや、主体性等を評価するためのモデルの開発等を推進している。その一環で、「JAPAN e-Portfolio」の取り組みが開始した。探究活動、生徒会・委員会、学校行事、部活動、学校以外の活動、留学・海外経験、表彰・顕彰、資格・検定の8項目について、生徒自身が記録し、振り返りを行う。高校での活動のプロセスを把握する資料として、2019年度入試から活用する大学も見られた。

 各大学から公表されている2021年度入試に関する入試情報を見ると、一般選抜における主体性等評価の扱いは、

主体性等の評価の扱いは大学によって多様合否のボーダーライン上のみを対象とする大学も

29Kawaijuku Guideline 特別号 2020

Page 3: 主体性等評価と ポートフォリオの活用主体性等評価と ポートフォリオの活用 Section 2 2021(令和3)年度入試以降の大学入学者選抜では、

特別号 2020

大学によってさまざまだ。国公立大では、調査書等を得点化、合否のボーダーライン付近の受験生にのみ加点し合否判定を行う大学などが見られる。ただし、配点全体に占める主体性等評価の得点の割合は高くない。私立大では、出願時に主体性等に関した本人の記載資料を提出させる大学が多いが、合否判定には利用せず、入学後の資料としての利用が大半である。 なお、「JAPAN e-Portfolio」を中心としたeポートフォリオの活用は、合否判定への活用を含めて2021年度入試からの導入は見送りが大勢を占めている。 <図表1>に、2021年度入試の一般選抜における主体性等評価の利用方法をパターンで示した。このうち、左の2パターンは、合否への影響が大きいパターンである一方、右の2パターンは、合否の判定に主体性等評価を用いない。いくつか代表的な例を見ていこう。■調査書を点数化 筑波大は、全ての募集区分で主体性等の評価を実施する。前期日程の新募集枠「総合選抜」(文系、理系Ⅰ~Ⅲの大括り枠で募集する選抜)では、調査書を点数化(総点2,450点中、50点)して評価する。一般選抜の他の募集区分でも、集団討論、個別面接、小論文を実施するか、調査書を点数化して、主体性等を評価する。 長崎大は、面接または「ペーパー・インタビュー」を課す。ペーパー・インタビューは、面接に代わる筆記試

験とされており、サンプル問題がホームページ上で公開されている。また、多文化社会学部前期日程[オランダ特別コースを除く]では、「批判的・論理的思考力テスト」(総合問題)の中で主体性等を評価する。さらに、配点合計の10%以下の割合で、調査書を配点の対象とする。

■合否ライン付近で調査書等を活用 徳島大は、前期日程で面接を課さない募集区分において、募集人員の9割を大学入学共通テストと個別試験の合計点で判定し、残りの1割は、個別試験の配点5~10%を上限に、調査書の評価得点を加点して判定する「調査書加点制度」を導入する。調査書は、特別活動の記録、指導上参考となる諸事項(部活動、ボランティア活動、留学・海外経験等)など客観的な記録部分を重点的に確認し、APに基づき加点することとしている。 佐賀大も、合格ボーダー層を対象に、受験生が申請した活動実績とAPや大学入学後の学習との関連性などを評価する「特色加点制度」を2019年度入試から導入している(具体的な内容については36ページを参照)。 東北大は、志願票に「高校における学習活動に主体的に取り組んできた」「部活動・ボランティア活動に主体的に取り組んできた」など5項目からなるチェックリストを用いる。志願者に当てはまる項目にチェックを入れさせたうえで提出させ、合否ラインに並んだ場合、チェックリストを合否判定に利用する。チェックリストの根拠は調査書により確認し、その他の資料は求めないとしている。■出願時に主体性等の経験を本人が記載 早稲田大は、Web出願時に受験生本人が、高校入学からこれまでの「主体性」「多様性」「協働性」に関する活動・ 経験を記入。記入は出願要件だが、得点化はせず、入学後の教育の参考資料として活用するとしている。 また、愛知県私立大学広報委員会では、受験生本人が記入する「活動報告書」を作成。利用は大学の任意で、大学の枠を越えた統一フォーマットとすることで、エリア内の受験生の混乱を防いでいる。活動報告書は合否判定には使用せず、入学後の指導上の参考資料として活用するとしている。

利用方法 面接で評価 調査書を点数化 合否ライン付近で

調査書等を活用出願時に主体性等の経験を本人が記載

調査書を入学後の参考資料として活用

主な利用例

面接により「主体性を持って多様な人々と協働し て 学 ぶ 態 度 」を評価、調査書も活用(秋田大)

前期日程(総合選抜)で調査書をもとに「主体性等」の評価を行い、点数化して合否判定に利用(筑波大)

合否ラインで志願者が同点で並んだ場合、調査書を判断材料として活用。調査書の内容を質的な観点から点数化して評価し、総合点の高い者から順番に合格(一橋大)

高校入学からこれまでの「主体性」「多様性」「協働性」に関する経験を記入。得点化はせず(早稲田大)

調査書およびeポートフォリオの記載内容を合否判定に活用はしない(立命館大)

その他の利用大学

信 州 大( 教 育・医)、愛媛大、熊本大など

小樽商科大、富山大(医)、信州大、長崎大、札幌学院大、ものつくり大など

北見工業大、東北大、福島大、徳島大、佐賀大、昭和女子大、広島修道大(一般後期)など

尾道市立大(芸術文化-美術)、 慶應義塾大、青山学院大、学習院大、日本大、明治学院大など

成城大、南山大、関西大、近畿大(入学後活用する場合あり)など

合否への影響

活用する 活用する 一部に活用 活用しない 活用しない

<図表1>2021年度入試における「主体性等評価」の主な採用パターン

(河合塾作成)

高 低

0% 20% 40% 60% 80% 100%

1. 大いに活用すべき

一般選抜

学校推薦型・総合型選抜 

4.全く活用すべきでない

2. 活用すべき 3. 活用すべきでない

3%19% 33% 22% 15%

19% 47% 10% 6%11%

5.どちらでもよい 6.わからない 未回答

<図表2>大学入学者選抜において調査書やeポートフォリオを活用すること(n=959)

30 Kawaijuku Guideline 特別号 2020

Page 4: 主体性等評価と ポートフォリオの活用主体性等評価と ポートフォリオの活用 Section 2 2021(令和3)年度入試以降の大学入学者選抜では、

Section 2:主体性等評価とポートフォリオの活用

 大学入学者選抜における、主体性等の評価について、高校教員はどのように感じているのか。朝日新聞社×河合塾「ひらく 日本の大学」2019年度調査(高校版)(注)

から見ていこう。 まず、調査書やeポートフォリオを大学入学者選抜で

活用することについて、一般選抜(一般入試)と学校推薦型・総合型選抜(推薦・AO入試)それぞれについて意見を聞いた。 <図表2>を見ると、一般選抜では「1.大いに活用すべき」+

「2.活用すべき」が21 % に 対 し て、「 3.活用すべきでない」+

「4.全く活用すべきでない」が55%と半数を超えた。一方で、学校推薦型・総合型選抜では「1」+「2」が67 %、「 3」 +「 4」が16%と、対照的な結果となった。 また、大学入学者選抜において調査書やeポートフォリオを活用することへの期待<図表3>を見ると、「多様な観点で評価すること」については、一般選抜では「1.とても望ましい」+「2.望ましい」が46%、「3.望ましくない」+「4.全く望ましくない」が41%と意見が割れた。

一方で、学校推薦型・総合型選抜では「1」+「2」が87%、「3」+「4」が6%と、9割近くが望ましいと回答。「高校以外での生徒の活動を評価すること」も同様の傾向である。現行の推薦・AO入試でも、志望理由書や調査書等を評価の対象とする場合が多いことなどが理由だろう。 調査書やeポートフォリオの活用に対する不安<図表4>については、「高校教員の負担が増える」「『主体性等』

0% 20% 40% 60% 80% 100%

多様な観点で評価すること

高校以外での生徒の活動を評価すること

多様な観点で評価すること

高校以外での生徒の活動を評価すること

一般選抜学校推薦型・

総合型選抜

1. とても望ましい 4. 全く望ましくない 2. 望ましい 3. 望ましくない 5. わからない 未回答

29% 58% 4%2%

23% 56% 7%3%

40% 30% 11%6%

33% 32% 13%5%

0% 20% 40% 60% 80% 100%

高校教員の負担が増える

「主体性等」が入学者選抜でどのように評価されるか

調査書が入学者選抜でどの程度利用されるか

eポートフォリオが入学者選抜でどの程度利用されるか

調査書の内容を重視して評価されること

eポートフォリオに記載する内容を重視して評価されること

高校教員の負担が増える

「主体性等」が入学者選抜でどのように評価されるか

調査書が入学者選抜でどの程度利用されるか

eポートフォリオが入学者選抜でどの程度利用されるか

調査書の内容を重視して評価されること

eポートフォリオに記載する内容を重視して評価されること

一般選抜

学校推薦型・総合型選抜

1. とても不安 4. 全く不安ではない 2. 不安 3. 不安ではない 5. わからない 未回答

49% 38% 7%1%

42%

35%

39% 8% 1%41%

39% 17% 3%32%

1%11%44%

41% 6%1%

26% 39% 22% 3%

33% 39% 14% 2%

39% 39% 10% 2%

48%

35%

43% 16% 2%30%

41% 11% 2%35%

2%12%42%

36% 8% 2%

<図表3>調査書やeポートフォリオを活用することに対する期待(n=959)

<図表4>調査書やeポートフォリオを活用することに対する不安(n=959)

<図表5>調査書やeポートフォリオの大学入学者選抜での活用に対する意見

一般選抜における主体性等評価55%の高校教員が「活用すべきでない」と回答

※<図表2~5>とも、2019年度「ひらく 日本の大学」調査(高校版)より

(注)朝日新聞社と河合塾による共同調査。2019年6~7月、全日制課程がある国公私立高校4,686校を対象に調査票を送付。郵送、FAX、メール、WEBにて回答いただいた。回答数959件(回答率20.5%)

▶eポートフォリオの有無にかかわらず、生徒が自分の活動を記録することは大切なことであると思うが、大学入試においてどの程度利用されるのかがまだよく分からない。

▶記載内容の真偽を高校が確認するというのは、作業量としてあまりにも膨大であると思います。ボランティアの参加証明書を持って来てもらったとしても、それが本当にしっかりとしたものなのかこのようなポートフォリオ対策の表面的な物であるのかは、高校で確認するのは不可能かと思います。いずれは、偽装などで大きな問題になるのではないかと危惧しております。

▶佐賀大など生徒作成資料を重視する大学と、多くの教師作成資料を重視する大学に二分している。どちらにしても、大学教員が求める記述内容と、高校指導が相当ずれている。我々は3つのポリシーを研究し、学力の3要素ベースで子どもの学びを見取るべき。

▶多様な観点で評価されるのは良いことだが、それをどうやって評価するのか。自己記述になるとどこまで本当にやったのか学校の方でも正確につかめない。また、入試のためだけにボランティアや留学、その他の活動をする者も増え、そのようなツアーを売り込む旅行社なども実に増えると思う(現在もAOや推薦入試のために売り込んで来る業者もある)。学校での活動がもっと打算的、形骸化してしまう気がする(保護者も含め)。学校によって差が出ると思われるので公平な合否判定にならないと思う。

31Kawaijuku Guideline 特別号 2020

Page 5: 主体性等評価と ポートフォリオの活用主体性等評価と ポートフォリオの活用 Section 2 2021(令和3)年度入試以降の大学入学者選抜では、

特別号 2020

が入学者選抜でどのように評価されるか」などを中心に、ほとんどの項目で「とても不安」「不安」が7~9割となった。一般選抜、学校推薦型・総合型選抜を問わず、多くの面で不安を感じているようだ。 また、活用について意見を自由に書いてもらったところ、<図表5>のように、eポートフォリオを大学がどの程度利用するか、高校における指導の在り方、主体性等を公正・公平に評価できるのかなど、不安や課題を中心に、さまざまなコメントが集まった。

 ポートフォリオは、大学が合否判定の資料として用いる場合があるだけでなく、志望理由書や学修計画書を作成するにあたって、生徒が高校までの学習やさまざまな経験を振り返ったり、教員が調査書を作成する上で参考にしたりする上でも、有効なツールである。また、そもそもポートフォリオの本来の目的は、大学入学者選抜への対応ではなく、生徒自身が日々の学習を記録し、自身の経験を意味付けし、学習を充実させていくことや、その記録を教員が確認し、高校教育の改善に活用していくことにある。そうしたさまざまな目的で、近年はポートフォリオ、中でもeポートフォリオを導入する高校も増えている。 そこで、eポートフォリオを導入しているか聞いたところ、「1.導入している」「2.2020年度から導入する」で、全体の5割近くを占めた<図表6>。

 また、導入にあたっての期待や課題を自由記述で聞くと、<図表7>のようなコメントが寄せられた。導入による期待や効果としては、生徒が自身の経験を振り返る習慣をつけ、メタ認知(自身を客観的に認知すること)の力を伸ばすことや、生徒が学校内外での活動に主体的に取り組むようになることなどがある。一方で、課題や不安としては、教員の負担が増えること、ポートフォリオ作成に関する指導が難しいこと、蓄積した内容を大学が入学者選抜でどの程度評価するかなどのほか、パソコンやWi-Fiなどの環境整備、生徒や保護者の理解など、さまざまなものが挙がる。 eポートフォリオの導入は進むものの、各高校が課題や不安を感じながら活用している現状がうかがえた。

1. 導入している47%

3. 導入を検討中22%

5. 未定9%

未回答 1%

4. 当面導入しない18%

2. 2020 年度から導入する 3%

<図表6>高等学校における

eポートフォリオ(n=959)

<図表7>eポートフォリオ導入にあたっての期待や課題

(<図表6・7>とも、2019年度「ひらく 日本の大学」調査(高校版)より)

5割近くの高校がeポートフォリオを導入高校での活用についてはさまざまな課題も

期待や効果「振り返り」や資質・能力向上への期待

▶本校では、昨年度より日々の振り返りとしてポートフォリオの記入をさせている。入試に直接使用するかは別として主体的な学びをさせる上では、有効なものと考える。

▶今年度、1年生全員がポートフォリオを活用することにしました。生徒が学習や諸活動の振り返りをまとめることで、個々の活動の成果を集約し生徒自身が成長の実感や進路選択につなげられると考えました。そして、自分の変化や成長に気づき、将来に向けての課題を考え、次の行動に結び付けて欲しいと思います。

▶生徒自身が振り返りを文章化することにより、自身を俯瞰できるようになると思う。さらに、次の目標に向けて何を行うべきかなどを学ぶことができるため、将来にわたって学び続ける人間育成にもつながると感じている。

▶活動の振り返りを通じて、生徒の思考力や表現力が伸びることを期待している。ただ、生徒の指導をどう行うかわからないのが課題である。

▶導入してから、ボランティアや地域の活動の参加が急増しました。意識が高まったのは良いですが、仕方なく参加している生徒もいます・・・

▶調査書作成時の、時系列の参考データとして教員が活用。大学に提出するデジタルデータとして生徒が活用。探究活動等のデータで、何を、どのような形で蓄積しておくべきかが課題です。

課題高校教員の負担の増大

▶高校現場での負担感は強い。根幹となる学力をつける時間が、諸々の準備で奪われてしまうのは厳しい。

▶eポートフォリオ作成状況の確認や、生徒へ指導することなどの業務が増えた反面、eポートフォリオが入試でどのように利用されるのか、されないのかが不明確である。大学側からの明確な情報も少ない。大変不安がある。

▶昨年度、5名ほどJapan e-portfolioを作成させたが、それだけでも教員負担が重い。学年全体で動く次年度が心配。

指導の難しさ▶定期的に生徒にまとめさせているが、内容は極めて単純になる。時間をかけ、あとか

ら振り返ってこそ、深みがでることもあるので、単なる形式的記録になりがちである。▶書くことがない、あるいは、書けない生徒に対する指導が課題です。

校内の環境整備等▶利用できるパソコンが40台しかない。学校でのスマホ利用となると、決まりごとか

ら変えていかなければならない。消極的な生徒と積極的な生徒との格差が、とても生じてしまう不安。

▶校内でのWi-Fi環境の整備、校内でのスマートフォン等のデバイスの扱い(校内ルールの変更を含めた検討が必要)。

▶タブレットの写メを使えばデジタル化は可能だが、後の整理・加工を考えると入力が望ましい。しかし、現在の高校生はキーボード入力に慣れておらず、140字以上の入力が難しいのが現実である。入力スキルの向上とそれを担保する環境の整備が課題と言える。

▶生徒、保護者の理解が得られない場合がある。▶生徒の個人情報の流出が心配である。

入学者選抜における大学の活用▶どのように使われるのか不確定要素があるので、生徒を指導していて、ストックした

ポートフォリオが本当に活用されるのか不安である。大学がどのように扱うのか、早く決定してほしい。

▶地元国立大学の動向によりeポートフォリオを導入した高校が多い。しかし、初年度は手書き可に変更。困っている。

32 Kawaijuku Guideline 特別号 2020

Page 6: 主体性等評価と ポートフォリオの活用主体性等評価と ポートフォリオの活用 Section 2 2021(令和3)年度入試以降の大学入学者選抜では、

Section 2:主体性等評価とポートフォリオの活用

主体性等評価が求められる背景とポートフォリオの意義

川嶋太津夫 特任教授

高大接続改革により、学力の3要素のうち「主体性を持って多様な人々と協働して学ぶ態度」の評価が一般入試でも求められている。そのために調査書やポートフォリオの活用が各大学で検討され、一部の大学からは「調査書の点数化」や「合格ボーダー層のみを評価する」等の評価方法が公表されている。大学入学者選抜で主体性等を評価することや、高校におけるポートフォリオの活用などについて、大阪大学 高等教育・入試研究開発センター センター長の川嶋太津夫 特任教授にお話をうかがった。

大学入学者選抜において、「知識・技能」「思考力・判断力・表現力」とともに「主体性を持って多様な人々と協働して学ぶ態度(以下、主体性等)」の評価が求められるようになった背景として、川嶋教授は「社会経済が大きく変化し、これまでの日本のキャッチアップ型の教育・社会・経済の在り方では、日本の社会が現在抱えているさまざまな課題や世界中で直面しているような地球規模のさまざまな課題に対応できなくなってきた」ことを挙げる。そのため、「知識・技能」を活用して課題に立ち向かう能力に加え、グローバル化の中で、多様な背景を持った人たちと協働して、課題に向かって挑戦していく態度が必要となったのだ。

また、PISA(OECDが実施する国際的な学力・能力等の調査)やTIMSS(国際数学・理科教育動向調査)などの国際的な調査の結果でも「日本の子どもたちは、数学や理科の基礎的な能力は高いのですが、科学などへの興味や関心が低いという結果が出ており、一番重要な意欲の面で課題が見られます。そこで、受け身ではなく、能動的に学習に立ち向かう力を伸ばすことが初等中等教育の目標となっています」と話す。

そうした状況の中で、中学校・高等学校の学習指導要領で「知識・技能」「思考力・判断力・表現力」「主体性等」という「学力の3要素」が明確化され、大学入学者選抜でも適切に評価することが求められるようになった。

学力の3要素のうち、「知識・技能」「思考力・判断力・表現力」は、一般入試でも「学力試験を通じて、かなりの部分は測定・評価ができていたと思います」と話

す。また、「主体性等」については、大学はこれまでも、AO入試や推薦入試において、面接、受験生によるプレゼンテーションや志望理由書あるいは高校からの推薦書などで評価してきた。しかし、今問われているのは、受験者が多く、試験から合格発表までの期間が限られている一般入試において、いかに主体性等を評価するかである。そのため、各大学が試行錯誤を続けている。

川嶋教授は主体性等の評価について、「そもそも主体性とは何かということは、必ずしも明確にはなっていません」と基本的な課題を指摘する。<図1>は、「主体性等」に含まれると考えられるものの一例であるが、そこには客観的に評価が可能な“能力”と、「態度」「意欲」「人間性」といった、評価が難しい“資質”が混在している。そして、“能力”についてはテスト等でも評価が可能であるが、「態度」「意欲」「人間性」などについては難しいため、「主体性等」は、活動報告書や調査書などによって評価していくことになる<図2>。

しかし、これらの書類だけを見ても、生徒がどれだけ主体性を持って取り組んだ結果なのか、判断できない場合もある。そうした時に、活動の過程や成果をポートフォリオにまとめていると、根拠資料となりうる。

しかし、川嶋教授はポートフォリオの役割として「大学入試のためにあるものではありません。本来の目的は生徒の成長であって、その延長線上に入試があるのです。学習プロセスを記録に残すことが、学習指導に役立ちます。ポートフォリオを見ながら活動を振り返り、何がで

大阪大学 高等教育・入試研究開発センター長 川嶋太津夫特任教授

社会経済の変化と明確化された学力の3要素一般入試での主体性等の評価が大学の課題に

「主体性等」にはさまざまな資質・能力が混在ポートフォリオの本来の目的は生徒の成長

33Kawaijuku Guideline 特別号 2020

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特別号 2020

きたか、どのような課題があるか、そこで次に何をするかという、いわゆるPDCAの『チェック』のところでポートフォリオを使うことで生徒は成長します。また、生徒と教員のコミュニケーションのツールとして、ポートフォリオの記録に基づいて、アドバイス等のフィードバックをしてこそ、効果を発揮するのです」と、教育・学習指導のツールであると強調する。

川嶋教授によると、アメリカでは経済的な理由で進学が困難な高校生に対して、ボランティアの大学教員等が助言するeポートフォリオがあるとのこと。それは、結果として入試にも使えるが、学習アドバイスを行う仕組みとして運営されているそうだ。ポートフォリオは、本来、教育・学習指導に使うツールであるという川嶋教授の指摘は、真摯に受け止める必要があるだろう。

主体性等評価において評価される活動としては「探究活動」や「部活動、大会等」などがある。また、高等学校での活動だけでなく、資格の取得など、生徒が主体的に取り組んだ活動なども含まれる。

この点について川嶋教授は「どこまでの活動を主体性等の評価対象とするかは、各大学がアドミッション・ポリシー(AP)で定めること」とした上で、「学習指導要領で示されている主体性等ですから、高校での学習活動が中心となると考えられます。しかし、高校によって前提条件が異なることにも注意が必要です。例えば探究活動の成果を評価する場合、一般的な教育課程の高校に通学しながら、自身の関心に基づいて探究を進めた生徒と、スーパーサイエンスハイスクール(SSH)やスーパーグローバルハイスクール(SGH)の指定を受けた高校で学んだ生徒では、どちらの方が主体性等を持っていると考えられるでしょうか。また、部活動や大会等も、学校が参加を必須としている場合と、生徒が主体的に参加し

ている場合があります。受験生を公正に評価するためには、大学は、調査書や志望理由書等の書類だけでなく、その生徒がどのような高校で学んだのかという背景情報や文脈も見る必要があります」と指摘する<図3>。

実際に大阪大学では、評価のための背景情報とするため、高校の情報を収集し、データベースの構築を進めている。SSHやSGHの指定を受けている高校か、部活動の全国大会の常連校かといったWEB上で収集できる情報に加えて、大阪大学を受験生した生徒がいる高校については、評定平均値と大学入試センター試験結果や大学入学後の成績の関係を調べるなど、主体性等の評価の際に参考情報とする考えだ。ただ、1大学だけで全ての高校の情報を収集することは難しいため、「例えば、本学は関西の高校の情報はある程度持っていますが、北海道や九州の高校の情報は十分とは言えません。各地域の大学と情報を共有することで、より公正に受験生を評価できると考えています」(川嶋教授)と言う。なお、大阪大学では、WEBを利用した評価システムの開発も進めている。将来的には高校データベースと連携させることで、高校の背景情報を踏まえながら、受験生が提出した志望理由書や課題研究成果報告書などを評価できるようにする方向だ。

一般入試における主体性等の評価にはさまざまな課題があるが、参考になる事例があると川嶋教授は話す。

「佐賀大学は、合否のボーダー層の受験生を対象に主体性等を評価する『特色加点制度』を実施しています(36ページ参照)。受験者数の多い大学の一般入試で全受験生を対象とするのは物理的に難しいでしょう。対象を絞ることで丁寧な評価を実現できますし、ボーダー層の場合は、学力面で大きな差があるわけではないため、それ以外の面も加味して評価するという考え方には一定の説

・主体的に学習に取り組む態度も含めた学びに向かう力・自己の感情や行動を統制する能力・自らの思考の過程等を客観的に捉える力・よりよい生活や人間関係を自主的に形成する態度・多様性を尊重する態度・協働する力・持続可能な社会づくりに向けた態度・リーダーシップやチームワーク・感性、優しさや思いやりなど、人間性

<見える能力の評価(Science)>・調査書(評定、評定平均)・大学入学共通テスト得点・個別学力試験得点・英語4技能検定・資格試験 成績

<見えにくい資質等の評価(Art)>・志望理由書・活動報告書・推薦書・調査書(所見欄)・面接

 能力:客観的な評価が可能(できる、できない) 資質:客観的な評価が難しい

数字を読む 声を聴く

客観的 主観的

探究活動や部活動の評価には高校の背景情報が必要

一般入試ではボーダー層を評価する方法が現実的?学生集団の多様性にはAO入試・推薦入試が寄与

<図1>主体性等の多元性(能力と資質の混在) <図2>見える能力の評価、見えにくい資質等の評価

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Section 2:主体性等評価とポートフォリオの活用

得力があります。また、大阪府の公立高校入試の一般選抜では、学力検査の総合点の高い順から上位90%を合格者としますが、残りの10%は高校のAPに極めて合致する者を優先的に合格とする方法で行われています」と、大学入試と高校入試の一般選抜における事例を紹介する。

そして、「一般入試では、ボーダー層を対象に主体性等を多面的・総合的に評価して、その結果を加味して合否を決め、もう一方で、AO入試・推薦入試の募集人員を増やすことが現実的ではないかと思います」と言う。

ところで、大阪大学でもAO入試・推薦入試を実施しているが、「現段階では、一般入試とは異なるタイプの学生を受け入れることができていると評価しています。ただし、大阪大学の場合は、大学院の修士課程、博士課程での活動状況を見なければ、総括的な評価はできないと思います」と研究を重視する大学ならではの視点を説明する。特にAO入試・推薦入試での入学者は、大学院の博士課程まで進学したい学生が多いため、本当にその意欲が実現されているかまで見る必要があるそうだ。

ただ、「従来の一般入試とは考え方のやや異なる、あるいは能力の異なる学生が入学していますので、そういう意味では多様性につながっていると思います」と話し、多様な学生が入学し、その多様性により学生集団が活性化することが、多面的・総合的評価の入試を行う一番大きな狙いだと言う。その学生集団の多様性の観点で言えば「一般入試においてボーダー層を主体性等で評価したとしても、人数が少ないので、大学全体の学生集団に及ぼすインパクトはそれほど大きくはなく、むしろAO入試・推薦入試による入学者を増やす方がよいかもしれません」とも考えている。

多面的・総合的評価を推進する上では、大学入学者選抜の専門家であるアドミッション・オフィサーが多く必要である。そこで大阪大学では、2017年度から大学教職員や大学院生を対象にアドミッション・オフィサー(HAO:Handai Admission Officer)育成プログラムを提供している。大学入試改革や教育改革に関する講義とともに、面接や口頭試問など多様な評価方法を活用し、受験生をどのように総合的に評価すべきなのか等、入試の実践場面を重視した研修を行うものだ。川嶋教授は「学力の3要素のうち、『知識・技能』『思考力・

判断力・表現力』までは評価できる、一次選抜の部分を担えるような専門職を育成したいと思います。その上で、

『主体性等』については、学生とともに教育研究活動を行う教員が最後に見極めることが望ましいでしょう」と話す。

また、主体性等の評価については、社会の理解や社会的価値観の転換も大きな課題だと言う。「実は記述問題の評価も同じですが、『主体性等』については、志望理由書にしても面接にしても、結局は人の手で評価を行う必要があり、大学は入試の前に「ノーミング

(norming)」という評価軸合わせを徹底して行いますが、それでも、人による主観的な評価なので、結果に採点者による差が生じるかもしれません。こうした人による人の評価の結果を、社会が公正だと受け入れてくれるかどうかです」(川嶋教授)

また、その社会の理解を得るためには、情報開示は欠かせないとの考えだが、「主体性等の評価観点などを明確にして、透明性を確保することは大切ですが、それによって入試対策が進み、ワンパターンの解答しか出てこなくなっては逆効果です」と主体性等の評価を進めることと公平性・客観性の担保とのバランスを悩ましいと感じている。

そして、高校とのコミュニケーションもより緊密にする必要がある。「国立大学はこれまで、広報にあまり力を入れなくても、一定数の志願者が集まっていましたが、これからはそういうわけにはいきません。これからは、さらに積極的にコミュニケーションをとり、APを理解した生徒が受験してくれるよう、高校との関係を強化することが喫緊の課題です。現在も一部の高校とは緊密な関係を築いていますが、今後は過去の志願者の地域分布なども分析しながら、さらに拡大していきたい」(川嶋教授)と考えている。

(<図1~3>とも2019年「大学入試におけるWebを活用した主体性等評価について考えるセミナー」(河合塾)講演資料より)

探究活動

部活、大会等

主体的探究活動

探究活動

主体的部活、大会等

部活、大会等

背景情報が必要(S

SH

/SG

H/

全国大会常連校等)

主体性等評価大学は何を評価する

AP

多面的・総合的評価を行う専門家の育成が急務今後は高校との丁寧なコミュニケーションが重要に

<図3>主体性等と探究活動

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大学の取り組みPart 2

特別号 2020

合格ボーダー層を評価対象とした 独自の「特色加点制度」を導入活動実績と入学後の「学び」とのマッチングを重視

西郡大 教授

高大接続改革により、一般入試でも主体性等の評価が求められている。志願者数の多い大学にとっては大きな課題の一つだ。そんな中、佐賀大学は、一般入試の合格ボーダー層の該当者のみを書類審査の対象とした「特色加点制度」を導入。2019年度入試では理工学部と農学部で実施され、面接を全員に課す医学部を除いて、2021年度入試では全学部に拡大される予定だ。同制度の仕組みと実施結果などについて、アドミッション・センター長の西郡大教授にお話をうかがった。

 主体性等に関わる資質や適性等を評価する場合には、一定の時間をかけ、受験者に関する多くの材料をもとに丁寧に評価することが必要であり、短時間で判定することは難しい。しかし、今回の高大接続改革で問われているのは、一般入試における主体性等の評価である。そのため、受験者数が多く、さらに評価期間が十分に確保できない中で、いかに評価するかが大きな課題となる。 佐賀大学では、こうした課題を克服するため、「特色加点制度」を理工学部と農学部の一般入試に導入した。制度の仕組みは、2019年度入試の場合、まず大学入試センター試験と個別試験の合計点で判定をする(1次選考)。その後、1次選考合格者のうちのボーダー層を対象に特色加点制度による加点を行い(2次選考)、最終的な合格者が決定する<図1>。全ての受験者ではなく、合格ボーダー層を対象に主体性等の評価を行う点が特徴である。また、特色加点の申請は任意である。そのため、申請しなくても良いがその場合は書類審査の評価による加点はない。 特色加点制度の申請内容<図2>は、活動実績の概要

(規模、参加資格、入賞条件、課題研究の成果など)を400字以内で記述、加えて申請する実績・活動を通して身につけた能力・スキルや経験などが、大学入学後の学習や活動に、どのように活かせるかも400字以内で記述する。活動実績に加え、アドミッション・ポリシー(AP)

や大学入学後の学習との関連性も問う仕組みになっている。西郡教授は、評価の観点として「専門分野に対する強い興味・関心および主体的に学び続けようとする意欲と態度」と「自ら学びを深めようとする行動や姿勢を通して、本学の教育・研究活動を活性化できる可能性」の2つを挙げる。つまり、活動実績そのものを問うのではなく、「自分の進路を振り返り、見つめ直す機会を入試の過程に組み込むことで、入学後のミスマッチを少しでも抑えることを期待しています」(西郡教授)とマッチングを重視する制度設計になっている。 また、合格ボーダー層を対象としていることについて、

「評価期間と受験者数の問題もありますが、合格ボーダー層では数点差で合否が分かれます。この数点の差に学力的な順序性はあまりないと考えました。そうだとしたら、学科試験とは異なる側面、つまり主体性等を評価して加点しようという発想です。また、評価対象者を限定することで、一般入試においても丁寧な評価を可能にしています」(西郡教授)と制度の趣旨を説明する。 2019年度の前期日程の場合、特色加点は、理工学部では当初配点1,500点に対して30点まで、農学部では当初配点1,000点に対して50点までとしており、いずれも配点の5%以下となっている<図3>。すなわち、特色加点の採点結果が満点であっても合格ラインに達しない受験者と、採点結果が0点であっても合格ラインを上回る受験者は特色加点の評価対象から外し、それ以外の受験者を丁寧に評価する仕組みとなっている。

佐賀大学

合格ボーダー層を評価の対象とすることで入試日程と受験者数の課題に対応

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Section 2:主体性等評価とポートフォリオの活用

<図1>特色加点制度による段階的な選考

<図2>特色加点制度の内容

 制度導入に当たり、佐賀大学では高校教員の理解を得るため、実施の2年前から説明会や高校訪問を通じた周知活動を行った。「高校生を直接指導し、志望校の決定に大きな影響を持つ高校の先生方のご理解は欠かせません」(西郡教授) しかし、当初は制度への疑問や不安視する意見もあった。中でも、活動実績自体を点数化するという誤解が多く見られた。西郡教授は「ある資格を取ると何点、どの大会で何位だったら何点といったように、活動を得点化するというイメージもあったようです。また、異なる種類の活動をどのように評価するのかなどについて不安視する意見もありました。しかし本学では、活動実績そのものではなく、活動から学んだことが大学入学後どのように活かせるか、APをどれだけ理解しているかという観点で評価していると説明したところ、一定の理解も得られたと感じています。例えば、同じ検定の同じ級を申請した受験生であっても、記載内容によっては評価が異なることもあるのです」と話す。 また、申請する活動・実績は、高校入学以降に取り組んだ主体的な活動や実績であれば、種類を問わないとしていたが、具体的な範囲や申請件数についての質問も多かったという。「高校で何も活動していない生徒は何を申告すればよいかといった質問もありました。『活動実績』というと、AO入試のようなイメージを持つためか、特別な実績がないと申請できないと構えてしまう受験生や高校教員もいますが、そういったものを求めているわけではありません。日々の高校生活の中で、本人が力を入れて取り組んだものをアピールしてほしいと伝えています」(西郡教授)

 特色加点制度を実施した2019年度入試の結果を見ると、「前期日程では、大学入試センター試験の高得点者の申請率も高く、合格をより確実にしたいという受験生心理も働いているようです。ただ全体では申請率が約6割と、想定よりもやや低い結果となりました。また、本学のAPや学ぶ内容を意識していない回答や、400字の回答欄

に対して10字程度の回答など、本学が求めていることを無視した申請も一定数ありました。AO入試や推薦入試とは異なり、一般入試の場合は大学入試センター試験後に受験大学を変更する受験生もいますから、準備が間に合わなかった受験生もいた可能性があります」(西郡教授)と言う。 申請内容の特徴として「大半が一般的な高校生活での活動実績で、中でも体育系や文化系の部活動が多く見られました。それに次いで多い内容が探究的な活動です。高校時代に自分が取り組んだことで一定の実績を残して、入学後活かせる点をきちんと書いている生徒は、部活動、探究活動に関わらず高い評価となっています。高い評価となった申請内容の特徴としては、内容がとても具体的です。これはどの書類審査でも同じだと思いますが、自

具体的な選考手続き:「段階選考」

2次選考対象者

2次選考免除対象者

1次選考不合格者

2次選考の免除合格者

1次選考 2次選考

合格者

不合格者

合格者

最終合格者1次選考合格者

1次選考の得点との合計で評価

評価対象者を限定することで丁寧な評価を実施

ボーダー層の合否入れ替わりは未申請者が大半申請者は自律性、リーダー性の平均スコアが高い

制度導入の2年前から、高校への説明を開始高校教員からの疑問や不安も受け止め、丁寧に説明を尽くす

(<図1、2>とも2019年「大学入試におけるWebを活用した主体性等評価について考えるセミナー」(河合塾)講演資料より)

特色加点制度の内容

当初配点(センター+個別)とは別に加点形式

1. 活動・実績の名称2. 活動・実績の主催,認定,授与,発行等の機関等の名称3. 活動期間または実績取得年月日4. 活動・実績を証明する資料及び参考資料等の添付5. 活動実績の概要(規模,参加資格,入賞条件,課題研究の成果など) 【400字以内】6. APや入学後の学習との関連性【400字以内】  申請する実績・活動を通して身に付けた能力・スキルや経験などが,  大学入学後の学習や活動に,どのように活かせるか を記述する

(前期日程) (後期日程)当初配点 加点 当初配点 加点1500 30 1000 30

(前期日程) (後期日程)当初配点 加点 当初配点 加点1000 50 750 50

理工学部 農学部

申請は任意

37Kawaijuku Guideline 特別号 2020

Page 11: 主体性等評価と ポートフォリオの活用主体性等評価と ポートフォリオの活用 Section 2 2021(令和3)年度入試以降の大学入学者選抜では、

特別号 2020

<図3>特色加点制度による段階的な選考

<図4>特色加点申請者と未申請者の特徴

分の取り組んできたことをただ説明するだけではなく、取り組みの契機となったこと、取り組みによって生じた変化、そして自身が何を身につけ、それが大学入学後の学習にどう活かせるのか、などが論理的に説明されており、それを証明する根拠資料が添付されています」(西郡教授)と説明する。こうした説得力のある文章を書くためには、自分の経験を意味付けする習慣をつける必要があるため、受験生には一定の準備が求められるだろう。 なお、合否の入れ替わりは「ボーダー層で特色加点によって合否が入れ替わったのは、未申請によるものが多数を占めます」(西郡教授)と、申請内容というよりは、申請の有無が合否に影響したとのことだ。 また、入学者にアンケート調査を行った結果、特色加点制度への申請者と未申請者ではAPに対する認識やリ

ーダー性、自律性などについては、申請者のスコアの方が高いといった特徴があった<図4>。こうした追跡調査は今後も継続し、「入学後に非常に良いパフォーマンスを発揮している学生は、高校時代にどのような活動を行っていたか、あるいはミスマッチを起こした学生はどうだったかなどを調査することで、特色加点制度を検証するとともに、AO入試での評価などにも参考にしていくことができればと考えています」と話す。

 特色加点制度では、前述のように文章による活動の説明に加えて、それを証明する根拠資料も添付できる。そのため、探究活動の報告書や論文のほか、部活動で入賞した場合は表彰状などを添付する受験生がいた。一方で、運動会の写真など、それだけでは解釈が難しい添付資料もあったという。論文や表彰状といった、具体的な成果物がない活動でも、その内容を記述したポートフォリオがあれば、評価対象にもなり得るだろう。 ただし西郡教授は、ポートフォリオについて、「大学入試のためだけに導入するのではなく、高校の実質的な教育改革、学習の質の向上に使ってほしいと思います。そのうえで、ポートフォリオの意義として、取り組んだことが可視化されるので、それを基に自分の言葉で振り返ることができます。活動が可視化されることで、生徒が自己モニタリングしながら活動に取り組んでいけば、主体性等の育成にもつながるでしょう。そして、振り返りは定期的に行うことが重要です。また、少し長い期間を置いて、振り返ることも必要です。こうすることで志望理由書などが、今以上に自分の言葉で書けるようになるでしょう。大学としてはそこを期待したい」と話す。 また、「例えば、第1志望大学に合格した生徒は、高校1年生、2年生の時に、何を考え、どのような活動を行っていたのかという情報を記録していけば、進路指導や学習指導にも活用できるはずです」(西郡教授)とポートフォリオに蓄積された情報を基に、個々の生徒がどう成長していったかを追跡調査することは、高校にとっての教育改善にもなると言う。 最後に西郡教授は、高大接続改革について「今回の改革の結果、どのような成果があったかという検証が必要です。例えば、この改革によって、高校生の学習活動がどう変化したのか、また、それによってどのような効果

ポートフォリオは学習の質を向上させるツール蓄積された情報は、高校の教育改善にも資する

(<図3、4>とも2019年「大学入試におけるWebを活用した主体性等評価について考えるセミナー」(河合塾)講演資料より)

総合点で選考の場合:主体性評価の影響力

特色加点申請者の特徴(新入生アンケート分析より)

共通テスト500点

高得点

低得点

配点だけでなく,どの程度の差をつけて採点するかが実際の影響力となる

全体としてみれば,主体性評価の影響力は限定的なもの

主体性評価が0点でも合格となる受験者層

主体性評価により影響を受けるボーダー層

主体性評価が満点でも不合格となる受験者層

「主体性」に関わる資質等を点数化して評価する場合

■アドミッション・ポリシーに対する理解 申請者 > 未申請者

■志望分野で学べることの満足度 申請者 > 未申請者

■入学後に学ぶことに対する理解 申請者 ≒ 未申請者

■これまでの行動や考え方の特性     (自律性,他律性,自制心,自己主張,リーダー性) 自律性:申請者 > 未申請者 リーダー性:申請者 > 未申請者

個別学力検査450点

主体性50点

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Section 2:主体性等評価とポートフォリオの活用

多面的評価をきっかけに高校生の学習活動を充実させ大学入学後のミスマッチを防止

松髙和秀 先生

佐賀大学の「特色加点制度」は初年度から一定の成果が見られたが、大学入試で高校生の多様な活動を多面的に評価することも含めて、高校側はどのように受け止めたのだろうか。佐賀大学の近隣に位置し、毎年50 ~ 60人の卒業生を佐賀大学に送り出す、佐賀県立佐賀西高等学校の松髙和秀先生にお話をうかがった。なお、佐賀西高等学校の取り組みについては、Guideline2018年7・8月号を参照いただきたい。

 高校生活の中で行う活動は、学習活動にとどまらず、学校行事、部活動などさまざまなものがあります。近年は、佐賀大学が実施する「科学のとびら」や、九州大学の「未来創成科学者育成プロジェクト」といった高大連携講座なども活発です。ボランティアなど、校外での活動に主体的に参加する生徒もいます。このような生徒たちの経験や活動を多面的に評価していただけることは、高校としてもありがたいと思います。 また、「自主性」「やり抜く力」「協調性」などの非認知能力は、教科の学習よりもむしろ部活動や学校行事などで養われます。これらの能力が高い生徒は、社会に出てからの活躍も期待できます。多面的評価によって、こうした大学入学後の学習集団で、重要な役割を担う生徒を入学させることができ、入学後のミスマッチを防ぐことができれば、大学にとってもメリットがあると言えるでしょう。

 佐賀大学の「特色加点制度」では、申請内容として「研究活動」「課外活動」「社会活動」が想定されていますが、これら3点で学習活動以外の高校生の活動はほぼ網羅されます。これらをアドミッション・ポリシーと照らし合わせて、大学入学後の学習や活動に自分の経験がどのように活かせるか記述することは、生徒が大学への志望動機を深めることにつながりますし、高校生活を振り返るきっかけになるとも考えています。 生徒にも指導する教員にも新たな負担となりますが、その意味で、申請が必須ではなく任意とされていることは理解できます。また、活動実績ばかりが高く評価されると、生徒が教科の学習をおろそかにしてしまう心配もあります。基礎学力に不安を残したまま大学に入学してしまうと留年などの恐れもありますから、一定の学力保証の意味でも、合格ボーダー層の合否判定にのみ特色加点を利用することにも納得感があります。

佐賀県立佐賀西高等学校

多様な活動の評価は大学・受験生の双方にメリット

特色加点制度の仕組みには納得申請率の低さは予想外

が得られたのかなどが検証されなければなりません。大学や高校もそれぞれの取り組みを検証しますが、全体としての検証も必要でしょう。ただ、改革をきっかけに、CBTやeポートフォリオなど、技術革新が進みましたし、多くの大学が入試の在り方について真剣に考え、主体性等の評価についても、評価システムの検討が進んで

います。その先にアメリカのコモン・アプリケーション(注)

のような仕組みが生まれ、大学入試全体の効率化につながっていくことに期待しています」と、成果検証の必要性とさらにその先の展望についても語った。

(注)全米の500大学以上が採用しているオンラインによる出願のためのシステム。共通のフォーマットに必要事項(入学時期、高校時代の成績・履修科目、GPA、ACT/SATの成績、課外活動歴、エッセイ等)を記入し、志願する大学に提出する。

39Kawaijuku Guideline 特別号 2020

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特別号 2020

 特色加点制度は申請すれば加点対象となる制度のため、申請率が6割と低かったことは意外でした。導入にあたって、佐賀大学は多くの機会で高校教員に制度の趣旨を説明していましたが、高校に浸透するにはもう少し時間がかかるのかもしれません。また、大学入試センター試験の後などに、志望校を変更して佐賀大学に出願した生徒などは、準備が間に合わなかった可能性もあります。 本校では、5月頃から理系の生徒全員に告知して、佐賀大学に出願予定の生徒は経験や活動の内容をまとめておくよう指導しました。また、出願を決めた生徒には、積極的に申請を促しました。指導内容はクラスによって少しずつ異なりますが、学科内容、研究内容、アドミッション・ポリシーを調べ、自分と合った大学なのか、多くの生徒が考えたようです。こうしたことは、入学後のミスマッチ防止につながります。AO入試や推薦入試をめざす生徒には指導してきたことですが、一般入試の生徒にはあまりされてこなかったため、今回の特色加点制度の意義は大きいと感じています。

 私が顧問を務めるサイエンス部では、AO入試や推薦入試に挑戦する生徒が毎年いるため、高校1年生から全ての活動の記録を残しています。科学系部活動の研究発表会に限らず、高大連携プログラム、大学の研究室訪問、小学生向けの実験教室や中学校での出前実験講座などのボランティア活動も含めて、いつ、誰が参加したかを記

録しています。 研究発表会などでいただいた賞状等は時系列に整理し、また、活動が掲載された新聞などはPDFファイルにして保存もしています。活動の日付等が明確だと後になって、作成した資料などを検索することが容易です。こうしたエビデンスとなる根拠資料をいつでも引き出せるように準備しておくことで、出願時に生徒も教員も慌てる必要がありません。今後もこうした活動は続けていきたいと考えています。 出願の時期は、生徒も教員も多忙です。そのため、3年間をかけて、日頃からeポートフォリオなどを活用して、デジタルデータとして積み上げていくよう指導することが、生徒だけではなく、教員の負担軽減にもつながります。今後は、担任だけでなく、副担任や他クラスの教員、進路指導部の教員も協力するなど、学校全体で取り組む体制を作っていくことがこれまで以上に求められるでしょう。 私としては、大学入試で、高校生の多様な活動を評価していただくことは、歓迎しています。大学入試で評価してもらえるのであれば、生徒が部活動や学校祭等の学校行事、学校外の活動に積極的に挑戦するきっかけになります。先述した佐賀大学の「科学のとびら」や、九州大学の「未来創成科学者育成プロジェクト」も、大学入試をきっかけに取り組んでみたら、面白さを感じて活動にのめりこんでいくような生徒を何人も見てきました。多くの活動に取り組み、小さな成功体験を積み上げていくことが生徒の自己肯定感を向上させ、高校での学習を充実させることにつながっていくと考えています。

学校全体で取り組むことで負担を軽減多面的評価がさまざまな活動に挑戦するきっかけに

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Section 2:主体性等評価とポートフォリオの活用

高校の取り組みPart 3

「ホームルームノート」やeポートフォリオに学習の履歴を蓄積し、生徒が自ら成長を把握

福井守明 先生

鷗友学園女子中学高等学校では、6年間を通して、生徒が「できるようになったこと」を1つひとつ確認し、学習の成果を「書く」ことを中心にアウトプットして蓄積、蓄積した学習の履歴を振り返ることで、大学卒業後も視野に入れた進路を考えられる生徒を育成している。学習の履歴を蓄積する意義と取り組みについて、教務・学習指導統括部長の福井守明先生にうかがった。

 東京都世田谷区に立地する鷗友学園女子中学高等学校は1935年に創設された女子教育のための伝統校である。1995年度以降は高校からの生徒募集を停止し、6年間を通して生徒の進路選択と希望する進路実現をサポートしている。国立大学や難関私立大学に多くの合格者を輩出する首都圏有数の私立女子進学校として知られるが、大学入試はあくまでも通過点ととらえ、学校生活の全てを通じて、「あなたは何のために学ぶのか?」という問いに対して能動的学習者として、将来のなりたい自分を描かせている。そのため鷗友学園では、「総合的な探究の時間」や進路指導、キャリア教育、生徒の心の成長を促す活動など多種多様のプログラムを総合した「ホームルーム」の時間を置いている。中学校では「さまざまな体験を通して、自分の可能性を開拓し、将来の自己像を描く」こと、高校では「自分の人生をプロデュースする力を身につける」ことを目標とし、さらに学年ごとにテーマを設けて活動する。まず、その概略を見てみよう。 中1の「ホームルーム」のテーマは、「自己発見」としての「環境」である。これまでの自分を見つめ直すことと、身の回りの環境(人間関係など)について理解することである。そのため「3日に1回の席替え」を行い、クラスを自分の居場所としてのグループ(親密圏)にし、その中で自己を見つめるとともに、7月から8月にかけて「自分レポート」を作成する。「自分レポートでは、産まれたときから13歳までの自分の履歴を書きます。家族やこれまで関わった人にも取材し、自分の独自性と社会性に気づかせます」(福井先生)

 中2のテーマは「福祉」で、車椅子やシニア体験を通じて、さまざまな立場にある人たち(公共圏)に目を向け、現代社会が抱える課題に気づき、解決する力を養う。 中3のテーマは「平和」と「職業」である。職業については、国内外のさまざまな立場の人の講演や職場訪問・見学を通して、将来の姿を描いていく。平和については、11月に沖縄への修学旅行の際、歴史や文化などについて十分な事前学習をした後に現地を訪れ、将来平和をつくる人となることを自覚する。 高1では、まず4月の宿泊研修で、自分の興味がどのような学問につながるのかを考え、進むべき方向性を探る。さらに、卒業生や大学教授らの講演を聴いたり、夏にオープンキャンパスに行ったりするなどして将来の展望に基づいた進路選択の土台を築いていく。 高2は生徒会活動や学校行事の中心学年として活動し、運営力や協力して作り上げる集団力を養う。また、大学の出張講義など学問に触れる機会を豊富に設け、学問の面白さに目覚めるとともに、より具体的に進路を絞りこんでいく。そして、高3は大学進学以降の将来も含めて進路を決定し、希望する進路実現に向けての学習を深めていく。 「こうした指導の流れは『ホームルーム』だけではありません。鷗友学園では、教科の学習指導、学校行事など教科外活動を含めた全ての活動が『慈愛と誠実と創造』の校訓にタグ付けして行われています。このことは学校全体の取り組みとして徹底されています。こうしたカリキュラムマネジメントを推進することで、学校全体で生

鷗友学園女子中学高等学校

進路学習や探究学習を横断した「ホームルーム」で生徒が進路について繰り返し考える

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<図>志望理由書作成にあたってのポイント

徒の活動や成長を連続して把握するとともに、取り組みの質を高めていくことが可能になります。そのため『総合的な探究の時間』においても、自然と探究学習が行われています」(福井先生) 鷗友学園では、これらの教育を通じて生徒の経験を充実させるとともに、「自己表出」の機会を多く設けることを心がけている。具体的には、中学からさまざまな場面で「書く」ことを積み重ね、学習の過程や成果を記録する習慣を身につけていく。 その一つが、「ホームルーム」での活動内容を記録する「ホームルームノート」である。生徒が1人1冊ずつ持ち、各学年の学校行事や、進路学習、総合的な学習の時間等の活動を記録していく。「ホームルームノート」には学年のテーマに沿った活動を記録するページに加え、

「7月までを振り返って」「12月までを振り返って」「1年間の記録」と、要所要所で振り返り、記録するページを設けている。 「ホームルームノート」以外にも、読んだ本の感想などをまとめる「読書ノート」や、英語版読書ノートの「ブックダイアリー」などがある。 教科の授業でも、レポートや感想を書く課題は多い。例えば中3の「現代社会」では、差別偏見、戦争と平和、生命倫理等について学ぶが、関連する講演を聴いたりビデオを視聴したりした後には必ず感想を書くこととしている。さらに、「現代社会」の定期考査はほとんど記述問題で、解答用紙として原稿用紙のみ配付される場合もあるという。 また、生徒の振り返りを促すために、学年別・科目別に作成するシラバスも工夫している。鷗友学園のシラバスは、授業計画や到達目標を示すだけでなく、生徒が「で

きるようになったこと」を確認するツールとしても活用している。シラバスの形式は学年や教科によって少しずつ異なるが、高1の「世界史A」のシラバスを例に見ると、【単元目標】の各項目の前にチェックボックスが設けられ、単元が終わった後、目標に到達できたかどうかを確認できるようになっている。また、【確認しよう】には、押さえておくべき歴史用語、その用語に関するキーワードが挙げられていて、歴史用語を、キーワードを使って説明できるかどうか確認する構成になっている。 さらに、定期考査終了後には、シラバスやルーブリックを参考にして、できたこととできなかったことを振り返る。「このチェックを中学から高校へと重ねていくことで、生徒は自分で振り返ることができるようになります」(福井先生)

 高校ではこれらに加えて、学校内、学校外での活動を問わず、学習の履歴を蓄積するために、学習eポートフォリオシステムの「まなBOX」を導入している。 eポートフォリオには、文字情報だけでなく、音声や画像も保存できるので、蓄積できる学習履歴の種類と量が紙と比べて何倍にもなるのが魅力だ。 記録する「活動内容」をあらかじめ設定されているキーワードから選ぶ形式のeポートフォリオもあるが、「まなBOX」の場合はそれを生徒自身が自由に記入する必要がある。不便に感じられる面もあるが、福井先生は「生徒の活動は複数の領域にわたることがあり、活動のカテゴリーやキーワードを自分で考えることそのものが、自

<志望理由書>課題  自分は、高校卒業後、(大学で)何を学び、どのように成長しようと考えているか、800字程度で述べなさい。ただし、以下の点に注意するこ

と(テーマ型論文)●自分はこれまでどのようなことをしてきたのか、どのような勉強をすることによって知的に成長してきたのか。●学校内外でどのような活動に参加することによって社会的に成長してきたのか。●社会に対してどのような関わり・貢献をしたいのか。●単なる一般論ではなく、「自分」をしっかり見つめて記述すること。

【作業を進める上で重要なこと】①自己を知る:過去や今の自分を振り返り、どういう学問や仕事に興味を持っているのか。②目標:どのような学問を究めたいのか、どのような社会貢献をしていきたいのかという目標を立てよう。③ 動機:なぜ、そのような目標を定めたのか、その動機や経緯を整理しよう。また、動機を深めるために、目標を実現するとどんな社会的な役割を

果たすことができるかを考えよう。自分のこれまでの知的成長が動機に関わっていることを具体的に提示しよう。④目標を実現するために、どういうことを学んだり、環境を得たりしなければならないかを把握しよう。⑤ マッチ:目標を実現するための過程が、志望先で叶えられることを確認しよう。「志望先なら目標を実現できる」ということを丁寧に説明し、志

望先に進むのにふさわしい人材であることをアピールしよう。 視点1)目標を実現するためには、どのような環境が必要ですか。 視点2)志望先では必要な環境が具体的にどのように整っているか。 視点3)なぜこの志望先でなければならないのか。数ある志望先の中からなぜこの志望先を選んだのか。⑥段落構成:②~⑤の材料をもとにして、志望理由書の骨組みを考えよう。段落構成を考え、「見知らぬ他者に伝える」ことを念頭に置こう。⑦実際に書き終わったものを自分で読み返し、推敲しよう。自分が面接官になった気持ちで読み返し、不明な点、曖昧な点があれば書き換えよう。⑧ルーブリックの評価軸を意識する。

(「2019年度に向けて、高校2年生小論文の取り組み」より)

高校では生徒が自身で蓄積するものを決めeポートフォリオにカテゴリー分けして登録

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Section 2:主体性等評価とポートフォリオの活用

らの学びを整理することになります」とその利点を語る。 また、記録する内容は、「ホームルーム」や、学校行事や部活動などでの活動のほか、生徒が主体的に行った活動も蓄積することを推奨している。実際に、学校外のコンテストで書いた論文などを入れる生徒もいるそうだ。 中学校からの「ホームルームノート」や、高校からの

「まなBOX」に日々の学習の記録を残すとともに、高2の2月には、生徒全員が大学の志望理由書を書く。 志望理由書は慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスを参考にしており、高校での“知的成長”と、それをもとに大学で何をし、どう成長していきたいかを考えるきっかけとすることが狙いである。また、書く上で重要なポイントも予め生徒に提示している<図>。「志望する大学や学部学科が決まっていない生徒や高3になってから志望が変わる生徒もいますが、高2の最後にこれまでの“知的成長”を文章にすることが大切です。志望が決まっている生徒にとっては、本当にそれで良いのかを確認することになります」(福井先生) 提出した志望理由書は終業式までに担任が添削し、4段階の評価をつけて返却する。生徒はそれを春休みにリライトし、4月に高3のクラス担任に提出する。これによって、担任は新しいクラスの生徒の学びの履歴と生徒の素養、将来の希望を把握することができる。 このように、さまざまな機会に「振り返り」を生徒に促す理由について、福井先生は「できるようになったことを認識し、できるようになったことを自分で言えるようになろうということ、それを各自の “リュック”に詰めていくということです。これを通して将来やりたいことがわかったり、やりたいことに近づいたり、やりたいことが変わったりします。もし、高2で志望理由書を作成した後に、志望大学や学部学科が変わっても、大学が求める内容にしたがって“リュック”から必要なものを取り出し、再構成すればよいと伝えています」と語る。

 ポートフォリオを作成することは、生徒に振り返りを促すだけでなく、教員間で指導内容を共有する意義もある。例えば、鷗友学園では以前から、生徒が前期と後期に1回ずつ、学習面・生活面で「できるようになったこと」などを自己評価として書き、教員が通知表や調査書の所見を書くための資料として用いていたが、それが終わると資料の原本は生徒に返却し、教員側には残らない

という課題があった。そこで近年は、学年ごとに箱に収めて保管し、電子化してパソコンの共有フォルダにも保存している。修学旅行の感想文等さまざまな提出物も、生徒にはコピーを返却し、原本は学年ごとにまとめて保管している。これによって、教員は必要に応じて生徒の学習の履歴を確認することができる。 なお、ポートフォリオは「自分の気づきを表現する」ことに力点を置いているため、「ホームルームノート」や「まなBOX」の記載内容は、教員が確認することはあっても、基本的に評価はしない。 「ポートフォリオを導入すると、記入すること自体が『目的』となりがちですが、本来は生徒が自分の成長を振り返り、将来に向けての変化を見るための『手段』です。そこで本校では、『まなBOX』も、高校進学直後に使い方を説明しますが、その後の記入は必須にせず、生徒の主体性に任せています。『やらされているもの』ではなく、

『やるべきもの』として捉える道筋さえつくれば、あとは生徒が自走します」(福井先生) 最後に、大学における主体性等の評価については、「これまでは1回の試験で合否が決まるという、ある意味わかりやすい入試でした。今後は多様な基準で選抜されることになりますが、選抜基準がはっきりしていない大学も少なくありません。選抜の基準を明確にするとともに、受験生や高校教員に過度な負担とならないような入試となることを望みます」(福井先生)と締めくくった。

鷗友学園女子中学高等学校◇所在地:東京都世田谷区宮坂1-5-30

◇沿革:1935(昭和10)年 財団法人鷗友学園、東京府立第一高等女学校同窓会により設立。

    1947(昭和22)年 鷗友学園女子中学校開設。(翌年、鷗友学園女子高等学校開設)

    1951(昭和26)年 学校法人鷗友学園となる。    2014(平成26)年 併設型中高一貫校となる。

◇学級編成:中1:8クラス、中2~高3:各学年6クラス

◇生徒数:女子1,430名(2019年4月1日現在)

◇特色:キリスト教精神・自由教育、全人教育・リベラルアーツ、グローバル教育の3つをカリキュラムポリシーに掲げる。また、2018年度からは高校生を対象に、自分の使い慣れた端末を学校に持参し、授業や課外活動などで活用するBYOD(Bring Your Own Device)を行っている。

◇卒業生の進路:卒業生237名(2019年4月1日現在) ・進路:4年制大学 196名、大学校2名 ・ 合格者の内訳(現役生、延数): 国公立大学 73名、私立大学

1,018名

ポートフォリオは生徒自身の成長を振り返るもの手段と目的を取り違えずに活用を

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毎週金曜日に「ポートフォリオの時間」を設定文例集も配布して生徒の「振り返り」を支援

谷本公子 校長 野原由里子 先生 栗林ゆか 先生

兵庫県立御影高等学校は、2018年度からポートフォリオを導入している。ポートフォリオは、市販のクリアファイルに生徒が記載した「活動ポートフォリオ記入用紙」などを挟み込み、教室の専用ボックスに保管する形式である。さらに、高校1年生の毎週金曜日の朝のSHRを「ポートフォリオの時間」に設定して習慣づけを行うなどの工夫をしている。同校の特色や取り組みについて、谷本公子校長、進路部長の野原由里子先生、第2学年担任の栗林ゆか先生にうかがった。

兵庫県立御影高校は、神戸市東灘区に立地する都市部の進学校だ。谷本校長は「本校は伝統的に部活動や学校行事が盛んです。生徒たちは行事を通して団結したり、協働したり、いろいろな企画を自分たちで考えたりしています」と話す。また、2007年には普通科の中、総合人文コース(1クラス)が設置され、今年で13年目を迎えている。総合人文コースは「人文科学、社会科学についての幅広い学習に加え、社会との関わりを重視しながら早期から探究活動に取り組みます」(谷本校長)という特色のあるコースである。コースの特色に適った生徒を受け入れるため、選抜は全て推薦入試で行われている。

総合人文コースにはさまざまな特色があるが、中でも学校設定科目の科目群「グローバルスタディ(GS)」は、1年生から3年生までの各学年に「GSコミュニケーション」「GS英語」「GS国語」などが設置され、同コースの特徴的な科目となっている。栗林先生は「2年生で行う『GS課題研究』は、最も総合人文コースらしい取り組みと言えるでしょう。地域をテーマにして、高校生が身近な疑問から、自ら『問い』を立ててフィールドワークなどに取り組みます」と説明する。課題研究の過去のテーマを見ても、自転車の不法駐輪、外国人定住者のための防災カルタ、地域での高校生の役割など、高校生の視点から地域の課題を捉えたキーワードが多く見られる。さらに、「課題研究では、『問い』を立てることが大切ですが、学びの深まりと共に『問い』、つまり研究テーマも変わっていきます。しかし、ここは非常に重要な部分ですので、生徒には『問い』をどんどん変えても良いと

指導しています」(栗林先生)とのことだ。谷本校長も「今年度の1年生から全員が『総合的な探究の時間』で、地域での課題研究に取り組んでいますが、総合人文コースの『GS課題研究』が先行していたことで、こうした探究学習を全校に広げる際も、大きな混乱はありませんでした」と言う。

御影高校がポートフォリオを導入したのは、2018年度の高校1年生からである。高大接続改革によって求められる「主体性を持って多様な人々と協働して学ぶ態度」

(以下、主体性等)の育成に、高校としてどのように取り組むかを検討する中で、「学びみらいPASS」で客観的に測定するとともに、ポートフォリオに具体的な活動内容やその中での生徒の成長を記録していくことにした。

ポートフォリオは、市販のクリアファイルに生徒の作成物を蓄積していく形式とした。このクリアファイルはファイルする書類の量が増えると背表紙幅が伸びる仕組みになっている。eポートフォリオとしなかったことについて、栗林先生は「生徒全員がスマートフォンを持っているわけではありません。学校の情報教室の機器にも限りがあります。eポートフォリオのための環境が整っているとは言えません。そのため、紙で保管することにしました」と説明する。

ポートフォリオの導入にあたって、生徒に対しては、大学入試での活用よりも、高校生として身につけたい力を育成することが目的だと説明している。野原先生は部活動を例にして次のように説明したと言う。「部活動で

兵庫県立御影高等学校

特色ある総合人文コースを設置「グローバルスタディ」で取り組む探究的な学び

「高校生として身につけたい力」を伸ばすため「学びみらいPASS」とポートフォリオを導入

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Section 2:主体性等評価とポートフォリオの活用

も近畿大会出場などの目標をまず立てます。目標なくしての練習は意味がありません。目標を立ててどんな実践をしたのかを記録しておき、試合の勝敗を振り返って次に活かす生徒と、漠然と練習をして試合に負けて悔しかっただけで終わる生徒と比べた場合、プレイヤーとしてどちらが成長するか分かりますよね。ポートフォリオはそれと同じです。教科のテストを受けた後も必ず復習をします。それとも同じです。これからは勉強、部活動、学校行事や委員会活動、ボランティア活動など全てに適用します」と話したところ、生徒たちはその言葉を素直に受け止めてくれたそうだ。「本校の生徒たちは何かにつけて振り返りを行うように言われていますが、多少面倒でも、それが成長につながることには納得していると思います」(野原先生)

なお、各生徒のポートフォリオは、教室に専用のボックスを用意して、そこに保管している。「生徒たちには、自分で書いた記録は全てファイルしておきなさいと指導しています。定期試験の成績や模擬試験の成績表などは教室に置いておくことができませんから、別のクリアファイルに挟んで自宅で保管するようにしています」(栗林先生)

取り組みを始めた2018年度の1年生は、毎週金曜日の朝のSHRを「ポートフォリオの時間」として、「活動ポートフォリオ記入用紙」(以下、記入用紙)<図1>を配布し、学校行事や定期テストなどについての振り返りを記入させることから始めた。全ての生徒が経験する学校行事等を対象とすることで、振り返りを習慣づけることが狙いだ。また、「総合的な学習の時間」やオープンキャンパス参加後に記入したプリントや作成したレポートなどもポートフォリオにファイルするようにした。

記入用紙には、「探究活動」「学校行事」「部活動」「学校以外の活動」など活動の「分類」、活動の結果・成果、活動の過程、感想・学んだことについて記入する欄を設けている。形式は神戸大学の「志」特別入試の活動報告書などを参考にしたという。

記入用紙は、大量に印刷して職員室に置いておくことで、学校行事など全生徒が対象のもの以外でも、部活動の顧問の教員やボランティア担当の教員が、振り返りが必要だと思ったときに、生徒に配っている。そのほか、学校外の活動や、資格・検定などについても書くことが

できるようになっており、生徒が自主的に記入できる。また、クリアファイルとしたことで、部活動の大会での表彰状や定期演奏会で作成したリーフレットなども一緒に保管できる。そのため、生徒によっては、2年生の夏休みまでにファイルがいっぱいになるほどの資料を蓄積しているという。

こうした日々の振り返りに加えて、学年末には「活動報告書」をまとめる。栗林先生は「生徒たちは1年間、資料などを綴ってはいますが、言わば備忘録的なもののため、それだけで高校での取り組みを説明することはできません」とまとめを作成することの必要性を説明する。

1年生は、「総合的な学習の時間」のまとめと課題研究で取り組んだ内容の説明、そこでの気づきや成果、身についた力などを記入させる。その際、実際の生徒が課題研究で取り組んだ内容を例に、活動報告書への記入例を示している。2年生は、4月のLHRで、部活動と三大行事(体育祭、文化祭、修学旅行)での取り組み目標を定め、そのための行動等を具体的にまとめる「高2活動計画書」を作成し、学年末の「活動報告書」では、その計画について振り返らせる予定である。なお、3年生の取り組み内容は未定だが、文化祭や部活動など1学期までの活動内容について報告書を作成することを検討している。

ポートフォリオの活用を実質化する上で重要な役割を果たしているのが、栗林先生が2018年度に作成した冊子

「ポートフォリオの取り組み」である。この冊子には、「活動ポートフォリオ記入用紙」の記

入例が解説付きで掲載されている<図1>。また、活動を振り返る際、「高校生として身につけたい力」<リテラシー(思考力・判断力・表現力)とコンピテンシー(主体性・多様性・協働性)>を意識して記入することとしており、それぞれの力はどのような時に発揮されるか、またそれをどのように表現できるか、文例集として提示している<図2>。

文例集について、栗林先生は「実際に生徒に記入用紙を書かせることをイメージした時、生徒たちは未だ表現する言葉を十分に持っていないため、文例集として言葉を例示した方が書く上でも参考になると考えました」と話す。

また、個別の能力を文例として示すことにより、目標

共通フォーマットの記入用紙の配布や「ポートフォリオの時間」の設定で習慣化を促す

「ポートフォリオの取り組み」冊子を全員に配布記入例を示すなど生徒が自分で書ける仕組みを作る

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としてもより分かりやすくなったと言う。「生徒は概念の説明だけをされても、経験と結び付かないと理解できません。それらを言葉に落とし込んだ実際の例を見せることで、気づきを得て腑に落ちるようです。また、今後自分がどのような力を身につけるべきか、具体的な行為や姿をイメージしやすくなります。今では教員よりも生徒の方が、リテラシー、コンピテンシーという言葉に馴染んでいるように思います」(栗林先生)と生徒の理解も進んでいるようだ。

独自の工夫で順調に進んでいるように見える御影高校のポートフォリオだが、添削やアドバイスをするなど指導の時間が十分に取れないことが課題の一つとなっている。栗林先生も「生徒から提出された文章にコメントを入れてあげたいが、ポイントとなる箇所に下線を引くぐらいが精一杯です」と話す。多忙な中でポートフォリオに取り組んでいるのが現状のようだ。

今後の取り組みについて、栗林先生は「活動報告書などで示している例文をバージョンアップし、もっと御影高校の生活の場面に即した内容の例文を作りたいと思います。現在の例文は誰にでも使えるような内容にしているので、どうしても抽象的になってしまいます。“御影高校の学校行事のこの場面”と言った具体的な例を考えたいと思っています」と改善に意欲的だ。そこには、例

文で示したはずの意図が生徒に十分に伝わっていなかったことも理由としてある。「活動報告書のまとめとしてキーワードだけをつなげた文章で提出してきた生徒がいました。文例では生徒自身の

情報を記述することも示したつもりでしたが、分かっていない生徒もいたようです。そのため、生徒には自身が何をしたのかという、事実を客観的に記述する部分を必ず入れるよう指導しています」(栗林先生)

ポートフォリオによって、生徒たちは書くことに慣れてきているようで、「文章で表現することを厭わなくなってきています」(野原先生)とのことだ。「書くことに対しての敷居は下がっていると思います。全く何も書けない生徒はほとんど見られません」(栗林先生)と話し、全体として記述力が向上している様子がうかがえる。

最後に、栗林先生は「目標を設定するだけではなく、能力を高める機会を設ける必要性を感じています」と話し、これからはポートフォリオに加えて「生徒たちのコンピテンシーを高めるための活動も、自分なりに工夫して組み立て、実行していきたい」と新しい目標について力強く語った。

記入例などに、より御影高校らしさを盛り込む客観的事実を必ず記述させ内省につなげる

<図2>ポートフォリオ文例集(抜粋)

兵庫県立御影高等学校◇所在地:兵庫県神戸市東灘区御影石町4丁目1-1

◇沿革:1941年 第三神戸高等女学校として設置    1948年 兵庫県立御影高等学校と校名変更    2005年 総合人文類型を設置    2007年 総合人文コースを設置

◇学級編成:総合人文コース各学年1クラス、      普通科7クラス(1年)、8クラス(2・3年)

◇生徒数:1,032名(男子480名 女子552名)(2019年5月1日現在)

◇特色:1941年に開設された県立第三高等女学校を前身とする75年の歴史を持つ伝統校。国際的に活躍できるグローバルリーダーの育成に取り組む学校として、兵庫県より「ひょうごスーパーハイスクール」に指定されている。総合人文コースは、特色ある教育を3年間展開し、普通科は2年次より希望進路に合わせて、人間文化類型、自然科学類型を選択する。

◇卒業生の進路:2019年3月卒業生353名・進路:4年制大学281名、短期大学4名、専門学校2名、就職

2名、その他64名・合格者の内訳(過年度生含む・延数)国公立大学146名、私立

大学940名、短期大学5名

<図1>活動ポートフォリオ記入用紙

( )

a b c d

a

c

b

d

身についた力(コンピテンシー)を、下段の「活動の過程」や「感想・学んだこと」と対応させて書く。

「例文集」も参考にしながら、「活動の結果・成果」と対応させて書く。

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