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日本小児循環器学会雑誌 14巻3号 460~461頁(1998年) <Editorial Comment> 総動脈幹に対するconduitを用いない肺動脈再建術式 和歌山県立医科大学・第1外科 内藤 泰顯 総動脈幹は一般に新生児,乳児期早期に何らかの外科治療を要するが,肺動脈絞拒術などの姑息手術の成績 は不良であり,通常一期的心内修復術が第一選択とされる.心内修復術としては,従来,肺動脈をexternal conduitで再建するRastelli手術が行われてきたが,遠隔期のconduitの成長の問題,再狭窄の発 再手術が必要となる.そこで最近,このような問題点を解決するものとして期待されるCOnduitを用いない肺 動脈再建術式(Bailey法1), Barbero-Marcial法2)など)が開発され,本疾患の心内修復術の主流とな 今回の丹らの総動脈幹の外科治療に関する症例報告もこの術式が採用されている.結果的には手術に成功され ているので何よりと思いますが,問題がないわけではないので,彼らの外科治療方針について多少コメントを 述べさせてもらうとともにconduitを用いない心内修復術についての問題点について言及したい. 1.丹らの治療方針について 総動脈幹は放置すると,通常,新生児,乳児期早期に死亡する疾患であり,本例は生後5カ月まで特に問題 がなかったようで,恵まれた症例といえる.呼吸器感染の治療がうまくいかなかったのは高肺血流による心不 全が関係しており,人工呼吸を必要になれば速やかな外科治療が必要となる.肺動脈絞拒術が採用され,間も なく心内修復術が行われているが,一般には心内修復術が第一選択と考えられ,この時期の手術成績は良好で ある.心内修復術の肺動脈再建にはconduitを用いないBarbero-Marcial法を採用されており,c 題点を考慮すれば後述するごとく適切と考える. 術後に総動脈幹弁の逆流,再建した肺動脈の弁上狭窄および分岐部の狭窄,肺動脈弁閉鎖不全などが進行し, 心不全に陥っている.総動脈幹弁の逆流は弁の性状から理解できるが,肺動脈の狭窄に関しては何が原因と考 えておられるか.肺動脈の分岐部狭窄は元来肺動脈が細いか分岐部に過度の緊張がかからないと起こりにく い.直接に肺動脈を右室切開部に吻合するときには,分岐部狭窄を起こす可能性があるが,後壁に左心耳をイ ンターポーズしているので,この手技では分岐部に緊張はかかりにくい.また,弁上狭窄は左心耳の膨隆によ るのでしょうか.われわれも,そのような1例を経験している3). 次に,本論文の主題であるその後の治療戦略について意見を述べる.末梢性の肺動脈狭窄に対し,バルーン 拡大術が施行されているが,通常,この例のような狭窄には期待するような効果が得られないので,ステント 留置か外科治療が必要となる.2歳時の外科治療についてであるが,総動脈幹弁逆流に対する処置として弁の 修復術が採用され,治療に成功されている.私も新生児期の弁修復術の最初の成功例を経験しており4),弁修復 術を第一選択とするのが良いと考えているが,この時期になると新生児,乳児期早期と異なり弁置換術の成績 は比較的良好であり,成人にも適応する大きさの弁の移植も可能で,弁の病態によっては弁置換術も躊躇する 必要はないと考える.なお,本例の総動脈幹弁は二弁性なので,将来弁置換が必要となる.肺動脈弁閉鎖不全 に対して,異種生体弁置換術を採用されているが,術後の問題が明らかな現在,最初のconduitを用いない手 術を選択された意義が生きてこない.術前の病態から肺動脈狭窄を解除し一弁付きパッチで右室流出路を再建 するのが良策と考えられる. 2.external conduitを用いない肺動脈再建術について 総動脈幹の心内修復術において,従来,肺動脈再建にexternal conduitをいたRastelli手術が用 た.しかし,術後遠隔期のconduitの狭窄,用いた生体弁の石灰化や劣化などが比較的早期に起こり,再手術 が必要となることが明らかになってきた5)一’8).特に,総動脈幹においては手術の時期が乳児期早期のため,小 さいサイズのconCluitを用いざるを得ないので,成長しないconduitはやがて狭窄となり,早期の再手術 儀なくされる6)一”8).そこで,このようなconduit手術の欠点を補う方法として, Baileyらは肺動脈を右室切 部に直接吻合し,自己組織による後壁側の連続性を保ち,前壁側をパッチで拡大し,将来の成長を期待しえる Presented by Medical*Online

総動脈幹に対するconduitを用いない肺動脈再建術式jspccs.jp/wp-content/uploads/j1403_460.pdf日小循誌 14(3),1998 461-(73) Ba’ley (1 98 1] Barbero

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日本小児循環器学会雑誌 14巻3号 460~461頁(1998年)

<Editorial Comment>

総動脈幹に対するconduitを用いない肺動脈再建術式

和歌山県立医科大学・第1外科 内藤 泰顯

 総動脈幹は一般に新生児,乳児期早期に何らかの外科治療を要するが,肺動脈絞拒術などの姑息手術の成績

は不良であり,通常一期的心内修復術が第一選択とされる.心内修復術としては,従来,肺動脈をexternal

conduitで再建するRastelli手術が行われてきたが,遠隔期のconduitの成長の問題,再狭窄の発生などから

再手術が必要となる.そこで最近,このような問題点を解決するものとして期待されるCOnduitを用いない肺

動脈再建術式(Bailey法1), Barbero-Marcial法2)など)が開発され,本疾患の心内修復術の主流となっている.

今回の丹らの総動脈幹の外科治療に関する症例報告もこの術式が採用されている.結果的には手術に成功され

ているので何よりと思いますが,問題がないわけではないので,彼らの外科治療方針について多少コメントを

述べさせてもらうとともにconduitを用いない心内修復術についての問題点について言及したい.

 1.丹らの治療方針について

 総動脈幹は放置すると,通常,新生児,乳児期早期に死亡する疾患であり,本例は生後5カ月まで特に問題

がなかったようで,恵まれた症例といえる.呼吸器感染の治療がうまくいかなかったのは高肺血流による心不

全が関係しており,人工呼吸を必要になれば速やかな外科治療が必要となる.肺動脈絞拒術が採用され,間も

なく心内修復術が行われているが,一般には心内修復術が第一選択と考えられ,この時期の手術成績は良好で

ある.心内修復術の肺動脈再建にはconduitを用いないBarbero-Marcial法を採用されており,conduitの問

題点を考慮すれば後述するごとく適切と考える.

 術後に総動脈幹弁の逆流,再建した肺動脈の弁上狭窄および分岐部の狭窄,肺動脈弁閉鎖不全などが進行し,

心不全に陥っている.総動脈幹弁の逆流は弁の性状から理解できるが,肺動脈の狭窄に関しては何が原因と考

えておられるか.肺動脈の分岐部狭窄は元来肺動脈が細いか分岐部に過度の緊張がかからないと起こりにく

い.直接に肺動脈を右室切開部に吻合するときには,分岐部狭窄を起こす可能性があるが,後壁に左心耳をイ

ンターポーズしているので,この手技では分岐部に緊張はかかりにくい.また,弁上狭窄は左心耳の膨隆によ

るのでしょうか.われわれも,そのような1例を経験している3).

 次に,本論文の主題であるその後の治療戦略について意見を述べる.末梢性の肺動脈狭窄に対し,バルーン

拡大術が施行されているが,通常,この例のような狭窄には期待するような効果が得られないので,ステント

留置か外科治療が必要となる.2歳時の外科治療についてであるが,総動脈幹弁逆流に対する処置として弁の

修復術が採用され,治療に成功されている.私も新生児期の弁修復術の最初の成功例を経験しており4),弁修復

術を第一選択とするのが良いと考えているが,この時期になると新生児,乳児期早期と異なり弁置換術の成績

は比較的良好であり,成人にも適応する大きさの弁の移植も可能で,弁の病態によっては弁置換術も躊躇する

必要はないと考える.なお,本例の総動脈幹弁は二弁性なので,将来弁置換が必要となる.肺動脈弁閉鎖不全

に対して,異種生体弁置換術を採用されているが,術後の問題が明らかな現在,最初のconduitを用いない手

術を選択された意義が生きてこない.術前の病態から肺動脈狭窄を解除し一弁付きパッチで右室流出路を再建

するのが良策と考えられる.

 2.external conduitを用いない肺動脈再建術について

 総動脈幹の心内修復術において,従来,肺動脈再建にexternal conduitをいたRastelli手術が用いられてき

た.しかし,術後遠隔期のconduitの狭窄,用いた生体弁の石灰化や劣化などが比較的早期に起こり,再手術

が必要となることが明らかになってきた5)一’8).特に,総動脈幹においては手術の時期が乳児期早期のため,小

さいサイズのconCluitを用いざるを得ないので,成長しないconduitはやがて狭窄となり,早期の再手術を余

儀なくされる6)一”8).そこで,このようなconduit手術の欠点を補う方法として, Baileyらは肺動脈を右室切開

部に直接吻合し,自己組織による後壁側の連続性を保ち,前壁側をパッチで拡大し,将来の成長を期待しえる

Presented by Medical*Online

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日小循誌 14(3),1998 461-(73)

Ba’ley (1 98 1]  Barbero-Marciat(1991ノ

図1 Conduitを使用しない右室 肺動脈再建術式

方法を開発した(1981)1)(図1左).また,Barbero-Marcialらは1990年,直接吻合が難しいものに左心耳を肺

動脈と右室切開部の間に介在させる方法を報告した2)(図1右).

 これらの術式で本当に右室流出路の成長が期待できるのか明らかにされていない.この点に関し,我々の総

動脈幹以外の疾患も含めた6例の経験のうち2年以上を経た4例では,短い遠隔期の検討ではあるが十分成長

している知見をえているので,期待通りの優れた術式といえると思っている3).

 これらの手術の問題点について述べる.総動脈幹のうち一般的な1型についてみると,Baileyらの手術の場

合,肺動脈切断端からすぐが左右肺動脈の分岐部なので,右肺動脈が総動脈幹のために起始部が屈曲し狭窄に

なる可能性がある.肺動脈の右室切開部への直接吻合に強い緊張がかかる場合には,この方法を避けた方がよ

い.これに対しBarbero-Marcialらの方法は左心耳を介在させるのでこのような合併症は起こりにくいと考

える.しかし,後壁に用いた左心耳は膨隆するので同部での狭窄を1例経験した3).この術式にはこのようなこ

とが起こる可能性があるので,大きめのパッチを用いるか左心耳の使い方に注意が必要と思っている.

 今後,external conduitを用いない心内修復術が第一選択とされていくと考えられ,その問題点も明らかに

されていくだろうが,いろいろと工夫され,より良い術式として発展していくことを期待してやまない.

                       文  献

1)Bailey LL, Petry EL, Doroshow RW, Jacobson JG, Warenham EE:Biologic reconstruction of the right

  ventricle outflow tract. Preliminary experimental aualysis and clinical application in a neonate with type I

  truncus arteriosus. J Thorac Cardiovasc Surg 1981;82:779 784

2)Barbero-Marcial M, Rios A Atik E, Jatene A:A technique for correction of truncus arteriosus type I and II

  without extracardiac conduit. J Thorac Cardiovasc Surg 1990;99:364 369

3)藤原慶一,内藤泰顯,駒井宏好,野口保蔵,西村好晴,上村 茂,鈴木啓之:自己組織を使用した右室一肺動脈再建

  術:術後遠隔期の流出路形態と発育について.日胸外会誌 1998;46:432~439

4)内藤泰顯,藤原慶一,高垣有作,川崎貞雄,鈴木啓之,上村 茂:高度の総動脈幹弁逆流を伴った総動脈幹に対する

  新生児期心内修復術の1治験例.口胸外会誌 1992;40[330-333

5)Agarwal KC, Edwards WD, Feldt RH, Danielson GK, Puga FJ, McGoon DC:Clinicopathological correlates

  of obstructed right-sided porcine・valved extracardiac conduits. J Thorac Cardiovasc Surg 1981;81:591-601

6)Jonas RA, Freed MD, Mayer JE Jr, Castaneda AR:Longterm foUow-up of patients with synthetic right heart

  conduit. Circulatrion 1985;72(SupPl II):II-73-83

7)Boyce SW, Turley K, Yee ES, Verrier ED, Ebert PA:The fate fo the 12mm porcine valved conduit from

  right ventricle to the pulmonary artery. J Thorac Cardiovasc Surg 1988;75:201-207

8)Sano S, Karl TR, Mee RBBB:Extracardiac conduits in the pulmonary circuit. Ann Thorac Surg l991;52:

  285-290

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