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1 2019 年度 経済学部経営学科 網倉ゼミナール 卒業論文 日系自動車企業による販売チャネルの統一とその背景 A1642914 藤井 諒太郎 2020 年 1 月 14 日 提出

日系自動車企業による販売チャネルの統一とその背景pweb.sophia.ac.jp › amikura › thesis › 2019 › fujii.pdf · を廃止した背景であると推測される。同時にこれを本稿における仮説とし、以下で検証を行う。

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2019 年度 経済学部経営学科 網倉ゼミナール 卒業論文

日系自動車企業による販売チャネルの統一とその背景

A1642914

藤井 諒太郎

2020 年 1 月 14 日 提出

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〈目次〉

・第 1 章 はじめに

・第 2 章 仮説の設定

・第 3 章 本論

3-1 マルチチャネル販売採用の背景

3-2 マルチチャネル販売の欠点

3-3 その他の要素

・第4章 結論

・参考文献

3

第1章.はじめに

かつての日本国内における自動車販売の主流であったマルチチャネル販売は、当時の各社の

販売台数向上に大きく寄与していたが、その後の市場の変化に伴い、多くの日系自動車企業が各

チャネルを統合させるに至った。今日までマルチチャネル販売を継続していたトヨタ自動車も、

2018 年 11 月に開催された同社の販売店代表者会議において、全販売店全車種併売化の実施を

決定した。同社の高級車ブランド「LEXUS」を除く全ての販売店を、名称も含めて 2022 年から

2025 年を目処に統一する。この決定を持って、全ての日系自動車企業が、社名と同一のブラン

ドにおいて展開する全車種を全店舗で併売することになる。

本稿では、上記のような全車種併売化、チャネル統一の背景に焦点を当て、そこに至った経緯

を国内自動車市場の変遷に対応させながら考察する。

第2章.仮説の設定

上記の目的に対して仮説を設定するにあたり、以下で各社の販売チャネルの変遷とその統合

時期を整理する。なお、スズキに関してはスズキ店とアリーナ店、いすゞ自動車に関してはい

すゞ店とモーター店、オート店が存在しているが、互いに専売車種を持たないため除外した。

① トヨタ自動車

レクサス店(2005 新設) → レクサス店

トヨタ店

トヨペット店 新チャネル(2022 以降)

ビスタ店 カローラ店

ネッツトヨタ店 ネッツ店(2004)

② 日産自動車

日産系 → 日産系 ブルーステージ

モーター系 → モーター系 (1999) 全車種併売化(2005)

サニー系 → サティオ系 レッドステージ →日産店(2011)

プリンス系 → プリンス系 (1999)

チェリー系

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③ 本田技研工業

ベルノ店(1978 新設)

ホンダカーズ店(2006)

本田四輪店 クリオ店(1984 年)

プリモ店(1985 年)

④ 三菱自動車工業

カープラザ店 ミツビシ・モーター・ネットワーク(2003)

三菱自動車→ギャラン店に改称(1982)

⑤ マツダ

マツダモータース店→廃止(1989)

マツダ店→全車種併売化(2004)

マツダオート店→アンフィニ店に改称(1991) マツダアンフィニ店(1996)

ユーノス店(1989) →全車種併売化(2004)

オートザム(1989)→全車種併売化(2004)

オートラマ店(1981)→フォード店に改称(1994)、以後フォードの小売を担当

トヨタ自動車を除く全ての日系自動車企業が、2000 年代前半から中頃にかけて全車種併売化に

踏み切っている。これに関して詳細に考察を行うため、以下に国内の新車販売台数の推移を示す。

年度 台数 前年比

1993 6,390,016

1994 6,698,410 1.48

1995 6,897,704 1.03

1996 7,291,598 1.06

1997 6,280,166 0.86

5

1998 5,874,169 0.94

1999 5,889,358 1.0

2000 5,980,302 1.02

2001 5,824,774 0.97

2002 5,868,212 1.01

2003 5,890,546 1.0

2004 5,820,722 0.99

2005 5,861,545 1.01

(図 1 国内新車販売台数推移 一般社団法人自動車販売協会連合会 http://www.jada.or.jp/ をもとに筆者作成)

1996 年まで順調に新車販売台数を伸ばしているが、その翌年以降は減少傾向にあり、市場が成

熟期に達したと推測される。チャネルの統合の決定と準備に数年を要すると考えると、この時期

と上記の各社によるチャネル統合の時期が符合することから、成熟した国内自動車市場におい

て、マルチチャネル販売の利点が十分に機能しなくなったことこそ、各社がマルチチャネル販売

を廃止した背景であると推測される。同時にこれを本稿における仮説とし、以下で検証を行う。

第3章.本論

3₋1 マルチチャネル販売採用の背景

国内の自動車メーカーが車種別に複数の販売チャネルを設けた背景には、免許保有者数と所

得の増加等による急速な内需の拡大がある。需要の伸びに対応するため店舗数を増やす必要が

あったが、同一地域に販売車種を共有する販売店を出店したとしても、互いに顧客を奪い合うこ

とになる。取り扱う車種やコンセプトに、系列毎の特長を持たせた販売店を設けることで、同一

地域に同じメーカーの販売店を複数出店することが可能になる。

また、一つの販売店で多様な車種を取り扱うと、人気の高い安価な車種に販売力を傾注する店

舗が増える傾向にあるため、これの回避も目的としている。

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特に 1970 年頃からは、自動車を複数台保有する世帯や女性ドライバーの増加が著しく、サイ

ズやルックスにセカンドカーとしての特性を多く持たせた車両が開発されたことで、コンパク

トカーや軽自動車を主力商品とする販売チャネルが誕生した。

以下のグラフは、トヨタ自動車の国内における新車販売台数の推移を表したでものある。グラ

フ内の矢印は、同社が新規チャネルを創設した時期を指す。

(図 2 トヨタ自動車国内新車販売台数の推移 トヨタ企業サイト|トヨタ自動車 75 年史 https://www.toyota.co.jp/jpn/

company/history/75years/ から引用)

本章冒頭にある通り、新規チャネルの創設は、需要の拡大が著しく、市場が成長段階にある時期

に集中して行われている。

また、高級車や軽自動車など、訴求する顧客層の異なる商品をもって市場を細分化し、店舗の

内装や従業員のサービスをそれぞれに適した水準に調整することで、各系列のブランディング

が容易になり、ひいては顧客満足度の向上につながる。特に、以下の図に示されるように、国内

新車ディーラーの粗利の内アフターサービスは 50%を占めるため、顧客満足度向上による既存

顧客維持は必須である。また、新車販売と中古車販売に関しても同様である。中古車販売は、自

動車販売による粗利全体の 30%弱を占めるが、ここでの在庫となる中古車は、顧客の新車購入

時に従来の車を下取りしたものが中心となる。他の販売店や中古車業者よりも高い買取金額を

提示することで、納車から乗り換えまで一貫して担当することが可能になる。

また、取り扱う車種を限定することで、販売担当者やメカニックの商品に対する知識の向上も

期待できるため、販売力の強化に繋がる。同時に、一店舗当たりの在庫数を部品、車両共に抑制

できる。

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(図3 一般社団法人自動車販売協会連合会 http://www.jada.or.jp/ をもとに筆者作成)

ここで、新規販売チャネル採用後の業績推移の例として、以下にトヨタ自動車のトヨペット店、

カローラ店の2チャネルの創立時期前後の営業利益を示す。前者が 1956 年、後者が 1961 年創

立である。

単位:千円

(図 4 トヨタ自動車営業利益推移① トヨタ企業サイト|トヨタ自動車 75 年史 https://www.toyota.co.jp/jpn/compa

ny/history/75years/ をもとに筆者作成)

単位:千円

(図 5 トヨタ自動車営業利益推移② トヨタ企業サイト|トヨタ自動車 75 年史 https://www.toyota.co.jp/jpn/compa

ny/history/75years/ をもとに筆者作成)

黄色に着色された部分が各チャネルの創立時期である。特にトヨペット設立直後の営業利益と

35%

14%

50%

1%

新車販売

中古車販売

サービス

その他

1954年 1954年 1955年 1955年 1956年 1956年 1957年

6月1日 12月1日 6月1日 12月1日 6月1日 12月1日 6月1日

1954年 1955年 1955年 1956年 1956年 1957年 1957年

11月30日 5月31日 11月30日 5月31日 11月30日 5月31日 11月30日

営業利益 1,016,102 832,565 971,894 1,416,821 2,439,852 2,737,956 3,134,107

前年比 0.82 1.17 1.46 1.72 1.12 1.14

期首

期末

1959年 1960年 1960年 1961年 1961年 1962年 1962年

12月1日 6月1日 12月1日 6月1日 12月1日 6月1日 12月1日

1960年 1960年 1961年 1961年 1962年 1962年 1963年

5月31日 11月30日 5月31日 11月30日 5月31日 11月30日 5月31日

営業利益 5,383,658 5,844,243 6,685,135 7,849,848 8,293,162 8,208,124 12,253,949

前年比 1.09 1.14 1.17 1.06 0.99 1.49

期首

期末

8

その伸び率は高く、新規チャネルの設立が販売台数の増加に大きく貢献したことが推測できる。

当時の有価証券報告書を確認できたのがトヨタ自動車のみであったため、本章では同社を例

に挙げたが、これらの成功例に倣って他社がマルチチャネル化を実施したという一面もあるた

め、他社においてもその有用性は確かだと考えられる。

3₋2 マルチチャネル販売の欠点

前章ではマルチチャネル販売の利点を挙げたが、販売店ごとに取り扱う車種が異なること

は、顧客にとって必ずしも良いものではない。前述の通り、マルチチャネル販売は各系列のブ

ランドイメージ構築に寄与し、それと同時に各ディーラーは顧客との長期的な関係を目指して

いるが、車格によって専売車種を棲み分けると、顧客の乗り換え需要に対応できないことがあ

る。例えば軽自動車のオーナーが、収入の増加に伴い高級車への乗り換えを求める場合や、バ

ンのオーナーが子育てを終えて小型車への乗り換えを検討する場合などである。また、消費者

のチャネルの分類に対する認知度の低さも問題視される。

これらの課題に対するアプローチとして、基本設計を共有する兄弟車、姉妹車が多数用意され

た。特にトヨタ自動車においては、フロントマスクとエンブレム、車名に多少の差を残しながら

も、それ以外の一切の要素を共有する車を各チャネルにラインナップすることで、乗り換え先の

車種を豊富にしている。また、今日ではプリウス等の人気車種は販売チャネルの垣根を越えて全

てのディーラーで販売されている。

一方で、このような特定の人気車種の併売化や兄弟車の増加は、マルチチャネル販売の形骸化

を意味する。

このような傾向の背景には、やはり市場の成熟がある。自動車を必要とする最終消費者の殆ど

が、既に自動車を保有しており、2台目以降の購入や乗り換え以外の需要が小さい。メーカーと

各販売店は新規顧客獲得を求め他社と競合するが、さらに成熟化が進むと、次第に同一メーカー

内の各チャネルが競合を始めるようになる。また、売れ行きの芳しくない車種があっても、生産

を容易に中止することができない。メーカーの生産する車種を各チャネルに割り振ると、1つの

チャネルが扱う車種は少なくなるため、生産中止が販売店に与える打撃が、全車種を併売する販

売店へのそれに比べて大きいのである。

3₋3 その他の要素

前章の要素に加え、今日「CASE」と呼ばれ注目されている自動車業界の大きな変革も、マル

チチャネル販売に影響を与えた。特に、2018 年に全車種併売化を決定したトヨタ自動車に対す

るこの影響は大きいと考えられる。

「CASE」とは、2016 年のパリモーターショーでダイムラーの CEO であったディッター・ツ

ェッチェ氏が用いた、自動車業界のトレンドを表す言葉である。C は Connected、A は

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Autonomous、S は Shared、E は Electric をそれぞれ意味する。

これらの 4 要素の中で最もディーラーに対する影響が大きいのは、S のシェアリングエコノ

ミーである。以下のグラフはその登録者数と車両数の推移である。

(図 6 国内カーシェアリング車両台数、会員数推移 公益財団法人交通エコロジー・モビリティ財団 www.ecomo.or.jp

より引用)

近年、日本国内でカーシェアリングは広く普及し始めており、会員数や新規参入企業が急増して

いる。この台頭により自動車保有率の低下、販売台数の減少が起こり、同時に各販売店の担当す

る整備台数も減少することで、自動車販売からアフターサービスまでを一貫して担当する従来

の手法で得られる収益は減少する。

これに対応するための新規事業として、各自動車企業はカーシェアリングの展開を始めてい

る。本稿冒頭にもあるように、2018 年にトヨタ自動車はチャネルの統一を決定したが、その背

景には、同一地域内にある各店舗の使われていない試乗車を用いたカーシェアリングサービス

の画策があり、そこでの車両台数増加やサービス拡大にチャネルの統一は大きく貢献する。

また、電気自動車は内燃機関を用いた自動車に比べて構成部品が少なく、自動運転化は事故の

低減につながるため、いずれもディーラーのアフターサービスによる収益の低下に繋がる。

第4章.結論

以上を総括すると、高度経済成長に端を発する所得の増加や自動車市場の成長に伴い各社が

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販売店をマルチチャネル化し、市場の成熟によりマルチチャネル販売のデメリットがそのメリ

ットを上回ったことで、同体制が廃止されるに至ったと結論づけることができる。特に、2018

年にチャネルの統一を決定したトヨタ自動車においては、カーシェアリング等の台頭やその影

響も大きい。従来通りの販売手法では十分な収益を見込めないため、全車種併売化と店舗の削減

による販売の効率化やコストの削減、さらには新規サービスの展開等により、自動車販売の在り

方を見直している。

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〈参考文献〉

・一般社団法人自動車販売協会連合会 http://www.jada.or.jp/

・トヨタ企業サイト|トヨタ自動車 75 年史 https://www.toyota.co.jp/jpn/company/history/75y

ears/

・Honda|会社案内|ヒストリー https://www.honda.co.jp/guide/history-digest/

・トヨタは国内販売 4 チャネルを維持できるか-東洋経済オンライン

https://toyokeizai.net/articles/amp/215207?display=b&amp_event=read-body

・「マツダ地獄」を天国に転じさせた戦略の要諦 https://toyokeizai.net/articles/-/218957

・国内自動車ディーラーを取り巻く動向-三井住友銀行

https://www.smbc.co.jp/hojin/report/investigationlecture/resources/pdf/3_00_CRSDReport085.p

df

・マルチチャネルの販売政策を見直すトヨタ自動車の危機感-経済界

http://net.keizaikai.co.jp/archives/33079

・ 日産自動車ホームページ https://www.nissan.co.jp/

・ マツダ株式会社 企業サイト https://www.mazda.com/ja/

・公益財団法人交通エコロジー・モビリティ財団 www.ecomo.or.jp